第三百十三話 文殊の知恵?
7451年6月5日
べグリッツへと戻ってきた。
ウラヌスがいることを理由に、ガルへ村からは馬車鉄道を使わずに、どこかに寄り道でもしながら少しのんびりと騎乗して戻りたかったのだが……。
べグリッツには行政府や騎士団所有の馬車で納税用の貸し出しダイヤグラムを組むのが得意なバリュートが居ただけあって、予定通り昨晩のうちに牛馬搬送用の鉄道車両がガルへ村に到着していたのだ。
そして朝イチでガルへ村を発ち、午後三時にはべグリッツへと到着する事になる。
念の為、行政府に顔を出すとミヅチとクローはまだバークッドから戻っていないことが判る。
尤も、こちらは首尾よくホーンドベアーを捕獲出来ていたのであれば、往路はともかくとして復路にはかなりの時間が見込まれるので心配はいらない。
そのまま屋敷に戻って、むずかるアルソンをあやしながら風呂に浸かって日が暮れた。
・・・・・・・・・
7451年6月7日
昨日は土曜日だったので騎士団へは顔を出さなかったし、行政関係の決裁も溜まっていたので面会を求めてきた騎士団関係者も全員に「明日にしろ」と言って近づけさせなかった。
そして、行政府で昨日の残りの事務処理の続きを終え、昼休みに騎士団へと移動した時。
「団長閣下!」
衛士の挨拶を受けながら門をくぐる俺に、リンディーちゃん(人質として送られてきているベリンダ・ザーム准爵)が護衛騎士のマクレーン卿を伴って詰め寄ってきた。
すわ、直訴か、暗殺か、と血気に逸る衛士たち。
当然だ。
暗殺は当たり前だが、直訴も重大な犯罪なのだ。
そして、そもそも直属の部下でもない一介の騎士団員が任務以外でアポイントメントもなしに、騎士団長に近づいて話しかけるなど大変に無礼な行いであるし、言語道断である。
地球の軍隊でも下っ端の兵隊が駐屯地や基地司令クラスの士官に近寄って行って話し掛けるなどそう簡単に許される行いではない。
まして彼らは騎士団の訓練に参加を許されているだけで正規の騎士団員ですらないのだから、衛士たちの行動は当然の行いだ。
俺としてもどこかの漫画やフィクション小説みたいに上級士官と下級兵士が気軽に会話出来るような規律の緩んだ、腑抜けた軍隊などを持った気はない。
とは言え彼女は正式な騎士団員ではなく、居候で、且つお客様とも言える。
だからこそ、騎士団の規則をそのまま適用するのは難しいかもしれない。
ついでに言えば、今の身分こそ最下級の准爵だが、その後ろには国内でも有力なザーム公爵家がついているからその点でも面倒くさい存在だ。
規則を振りかざして無視しても良かったが、何かを必死に訴えようとする表情も俺の心に刺さった。
何せ護衛騎士のマクレーン卿も付いているし、彼もザーム公爵騎士団に所属している正騎士である以上、リンディーちゃんの行為が横紙破りな行いであることは理解している筈。
駆け寄ってくる衛士たちに手の平を向けて宥めながら、一体なんだろうと足を止めた。
「あの、エムイー訓練ですが……!」
おいおい、まずは「大変お忙しいところをお呼び止めしてしまった非礼をお詫びいたします」とか言うのが当然の所だろうがよ。
俺はマクレーン卿に非難の視線を送るが、彼は慌てた様子を見せることもなく無表情を保って控えている。
以前から薄々とそうじゃないかと思っていたが、よくわかった。
マクレーン卿にはリンディーちゃんへの愛情はない。
ついでに、少しばかり俺を舐めてもいるようだ。
「少し待っててくれないかな?」
少し屈んでリンディーちゃんに目線を合わせながら言って黙らせると、立ち上がってマクレーン卿に目を向ける。
今言っておかないとだめだろう。
「おい貴様」
俺の行動と発言が意外だったようで、マクレーン卿は面食らったような顔で目をみはる。
「は……?」
「ザーム公爵騎士団は一兵卒の教育も満足に出来ないのか? それともサボタージュか?」
厳しい顔つきを心掛けながら問い詰めるように言う。
「え? いえ、そんな。そのような事は一切……」
「ならばこの行動はザーム騎士団においては許されるのだな?」
「は。その……ザーム准爵と私は、正式に閣下の騎士団に所属している訳ではなく……」
あーあ。
言うに事欠いてそれかよ。
余計まずいだろうが。
「そうか。では、正式には所属していない、よその騎士団長に、その騎士団の敷地内で近づくばかりか、みだりに話し掛ける事は許されるのだな。良くわかった」
そう言うと再び腰を落とし、リンディーちゃんに視線を合わせる。
もうマクレーン卿には興味を失ったからだ。
「待たせてごめんな。それで、エムイー訓練だったっけ?」
微笑んで言ったのだが、リンディーちゃんは怯えたような表情になっている。
「あの……」
エムイー訓練について何か言いたいようだった筈だが、リンディーちゃんはその先を口にするのを躊躇っている。
「うん?」
「あの……」
目が泳ぎかけている。
流石に自分が騎士団に所属する者として常識外れな行いをし、とんでもなく非礼だった事を理解したようだ。
だが、リンディーちゃんはマクレーン卿に助けを求めるような事はせず、どうにか俺に視線を合わせてきた。
「すみませんでした、閣下。私と護衛騎士の非礼をお詫びいたします」
そう言って素直に頭を下げる。
「いや、君は悪くないよ」
悪いのはそれを教育しなかったばかりか止めようともしなかった君の護衛騎士だ。
まぁ、自分がしようとする行いが騎士団員として正しい事なのか事前に確認をしていなかったようだから、二~三割はリンディーちゃん自身にも責任はあると思うけれど。
成人前とは言え、一三という年齢を考えれば、聞いていないとか知らなかった等という言い訳は通用しない。
俺と話すにはどうすべきなのか予め誰かに確認するとか、調べていなかった自分をこそ恥じるべきだろう。
ついでに、そもそも貴族なんだしそのくらいの責任は負って欲しいところだ。
それが自覚出来ないうちはちゃん付けは当然の扱いだ。
それはそうと、失点らしい失点は初めての事だ。
一回目なんだし見逃してやるべきだろうな。
いじめるつもりはないし。
「えっと……その、後ほどお時間を頂戴できないでしょうか?」
「わかった。今日の夕方頃になると思うが、それでいいか?」
「はい」
「では、後ほど使いを出す」
ふん。
意地なのか見栄なのか、どっちでもいいが、溜めた涙を決壊させることはなかったな。
・・・・・・・・・
夕刻。
俺は騎士団の執務室の高級なソファにふんぞり返ったまま、冷めたお茶を啜っている。
彼女の要求は単純だった。
今月から始まったエムイー訓練に自分も参加させてくれというものである。
これ自体はバリュートたちにリンディーちゃんの行動について尋ねていたので面談する前に知ってはいた。
勿論、彼女や人質として一緒に来ていたカールくん(カーライル・バスボーン准爵)は年齢も低いし、相応に技術も体力も伴わない。
ついでに重要なお客様である以上、訓練中に死亡すら考えられるようなエムイー訓練への参加を認めるなどあり得ない――。
――今月の始め、予定通りエムイー訓練が開始された。
最初に行われるのは体力テストだ。
ここで規定以上の値をクリアできない者は、訓練自体への参加から弾かれてしまう。
騎士団の若手や殺戮者からの参加希望者はここで最初の篩に掛けられたのだ。
なお、今回は一四名に上る受験希望者全員がパスした。
まぁ、最初の関門くらいはパス出来そうな者を選んだのだから当たり前といえば当たり前である。
それはそうと、騎士団の練兵場に設えられた鉄棒だの何だのは当然目立つ。
兵舎で寝起きをしていたリンディーちゃんとカールくん、そして彼女らの護衛騎士たちが気付かないという事はない。
当然、「あれは何のためのものだ?」という質問がそれぞれの護衛騎士に発せられ、騎士たちは体力測定用の器材などを準備していた従士に同じ質問を投げかける。
帰って来た答えを聞いた二人の人質は「自分も受験させて欲しい」と頼んだ。
だが、それを聞いたバリュート士爵ら教官組は碌な説明もせずに、受験自体をにべもなく拒んだ。
うん。
正直言って、彼らが最初の体力テストをパスする可能性は低い……と言うより、現役の騎士団員ですら選抜して受験させている以上、現時点での合格など夢物語なのだ。
それ故に、受験させた上で不合格を言い渡して諦めさせてやっても良かったのに、と思う。
因みにバリュートらに受験を拒んだ理由を尋ねたら「正式なリーグル伯爵騎士団員ではない事と、お預かりしている子供たちの身に万一があっては後に問題となりかねないから」というものだった。
表向きの理由としては、まず納得が行くものだと思う。
そしてもう一点「エムイー資格に伴う各種基準値が漏れる可能性を防ぎたいという事と、合格者には執銃資格を与えることになるから」という理由もあり、むしろこっちが本命の理由だったようだ。
バリュートらにしてみれば、リンディーちゃんとカールくんを何年預かるのか分かっていない以上、一度でも受験を認めてしまえば、いずれ合格する(してしまう)可能性を慮った上での判断だった。
それは良しとしても、受験を拒むのであれば表向きの理由くらい説明してやっても損はない。
直接子供たちに言うのが憚られるのであれば、護衛騎士に言うくらいはしてやれよ、とも思う。
従って、俺はリンディーちゃんには表向きの理由を述べて受験を諦めさせようとした。
しかし、彼女は諦めずに受験を懇願してきた。
一瞬だけ「どうせ受からないし、受けさせてやってもいいかな」と思ったが、それでは俺に頼めばバリュートたちの決定を覆せると思われてしまう事に思い至った。
受験の是非はともかくとして、そういった前例は出来るだけ作らないほうがいい。
そう考えた俺は、成人と違って体もまだ完全に発達しきっていない。今年は無理だが来年なら受験の可能性はあると言って今回は諦めさせることに成功した。
因みにカールくんはリンディーちゃんよりも年下であるためか、最初にバリュートに断られた時点で少し考え込んで「もっと大きくなってから出直します」と参加を諦めたという。
それを聞いてもいたので彼女だけに特例で参加を認めるのも憚られたのだ。
あ、そうそう。
今回の件を反省して受験に年齢制限を設けるような事はしない。
獅人族とか虎人族とか、成人前でもそこそこに立派な体格を誇る種族もいる。
それに、今回もそうだけど、受験者は騎士団員のみに限定はしない(騎士団員でないなら貴族の推薦は必要だ)し、将来的には実銃の射撃もテスト項目に含めるつもりだからだ。
射撃という特殊技能はどんな人間が持っていたとしても不思議ではない以上、門戸自体は広げておきたいからね。
……そういう、強力な武器である“銃”の存在が知れ渡るような時期が来たなら人質にだって受験させてもいいさ。
そんな思いを抱きながらも「面倒臭ぇなぁ」という気持ちもあり、小さな溜め息が出るのを抑えられなかった。
練兵場からはトリスたちのものらしい、しょうもない掛け声が開け放たれた窓から聞こえてくる。
そう言えば、あいつらの訓練状況とかまだ聞いていなかったな。
バディもどういう形で組んだのだろう?
なんとなくお茶のカップを持ったままソファから立ち上がって窓に向かう。
窓の正面は練兵場ではないが、顔を突き出して横を見ればエムイー訓練生たちが見えるかもしれない、と思っての行動だ。
その時、執務室のドアがノックされた。
「団長。従士ファイアフリードと従士アクダムです」
ちっ、あいつらか。
騎士団長に一介の訓練従士が会いに来てんじゃねーよ!
そして会えると思ってんじゃねーよ!
まぁ、勤務時間が終わってからの訪問なだけまだマシかもしれんが……。
用件は想像がつく。
知らず顰め面が浮かび、カップを執務机に置く。
つかつかと扉まで行くと少しだけ開き、「訓練従士にエムイーの受験資格はない。悔しかったらさっさと正騎士になることだな!」と言ってバタンと扉を締めた。
・・・・・・・・・
7451年6月8日
午後。
デーバス王国ラゾッド侯爵領。
領都ケルザス。
そこに駐屯するアレクが率いるデーバス王国軍の陣地に本国からの補給部隊が到着した。
刀槍や食料、そして鉄砲の弾丸や火薬、新規生産が間に合った銃など大量の補給物資に混じってセルからの報告書も齎された。
「何だと……?」
接収した領主の館の私室で一人報告書に目を通していたアレクだが、文面を追うごとに目つきは険しく、鋭くなる。
一通り報告書に目を通した後で、部下である三人の転生者(ジャックは除かれている)を呼んだ。
「……まずはこの報告を読んでみてくれ。セルからのものだ」
アレクの言葉にミュールやレーン、ヘクサーが報告書を受け取る。
「ロンベルトの『日本人』だって?」
「やっぱりいるわよね」
「正騎士か……」
三人は額を寄せ合うようにして書類を読む。
防諜のためか報告書はどうでもいい近況報告はラグダリオス語で、同枚数ある本命の方は日本語で記載されていた。
「これ、喧嘩売ってきたってことか?」
「こちらが襲撃したという証拠?」
「なんだこの話? 聞いてたか?」
ヘクサーの問いにアレクは首を横に振った。
「俺も初耳だ……」
そして答えを口にしながら肩を竦める。
「知ってたら止めてたさ。嫁さんを襲われたら誰だって怒るだろうよ」
アレクの言葉に全員が顔を歪めながら頷いた。
彼にしても来年にはダンテス公爵の娘を娶る予定なのだ。
「でも、証拠があると言っておきながら提示できないなんておかしいわよね?」
レーンの言葉には誰も反応しない。
当然の疑問と言えるからだろうか?
「いや、陛下達は最終的にロンベルトからの使者を始末しようと兵を動かしている。開戦は避けられないと見ての時間稼ぎのつもりなのだろうからそれはわかる。ロンベルト側もそれくらいは予想していただろうから、一緒に証拠とやらを隠滅されることを恐れて最初から持たせなかったというところだろ?」
ミュールの言葉には説得力があった。
「そうだろうな。だが、という事はだ……」
後を継ぐアレクだが、その先は誰でも予想がつく。
ロンベルト側、いや、グリード侯爵とやらには正面切ってデーバス王国と戦争をしても、最低でも痛み分け程度は可能だとの腹積もりがあるという事なのだ。
その上で、戦後処理の一環として、デーバス側が言い逃れようもない時と場所、状況を整えた上で証拠とやらを突きつけるつもりだとしか思えない。
「しかし、そもそも、このロンベルト王家の娘が襲われて行方不明ってのは本当なのか?」
ヘクサーが尤もな疑問を口にした。
「それは……流石に本当だろうよ。犯人がこっちの者かは別にしてだけどな」
「うむ。次のページに裏取りはされているとの情報がある。ロンベルト王家の娘……正式な王族籍にない庶子らしいけれど、グリード侯爵に降嫁することも含めて本当だと見ていいだろう」
ミュールとアレクが言うとヘクサーも息を吐きながら黙り、報告書を握るレーンに先をめくるよう促した。
「しかし、グリード侯爵ってあれだろ? 迷宮で出てきたドラゴンを斃した竜殺し……」
「ダート平原の青いドラゴンもね……」
「生まれ変わりだったのか……」
「それだ。過去の報告では真っ赤な毛だとあったから生まれ変わりだとは思っていなかった」
ひとしきりグリードという侯爵について話がされるが、報告書は新たなページがめくられる。
「なるほど。国王陛下はもとより外務大臣達は始末する方向でいたと……。まぁ敵国と言えば敵国だし、わからんでもないが、正式な使者を殺すってのは理解できん」
「そうね。だけどセル達が助けたんだし、生まれ変わりの『日本人』に恩を売れたのではなくて?」
「だな。向こうもそれは理解しているだろうし、少なくとも『日本人』同士、決定的な溝にはならんだろう」
アレクは腕を組んで三人の言葉に耳を傾けていたが、ここで報告書へと手を伸ばしてページを押さえた。
「それはそうだろうな。ところで……向こうにも、いや、向こうでも銃を開発していると思うか?」
彼らが頭と戴く王子の言葉に部屋は沈黙に満たされた。
答えようがないからだ。
「悲観的な予想をするなら、俺達が作ったものと同様の火縄銃程度が出来ていてもおかしくはないな。何しろ向こうにも生まれ変わりは居て、今まで生きてきたんだしな……でも流石に冶金技術の事を考えれば薬莢を使った後装式の銃は作れないと思う。前装式と較べれば銃本体以上に弾丸の製造に必要な工作精度が段違いだし、薬莢はともかく、雷管の部品は使い捨てになる。そもそも材料費から高価な金属部品……っと、これは金属の使用量自体はカスみたいなもんだけど、それでも繊細な工作を必要とする雷管を使い捨てるなんて、弾一発当たり幾ら掛かるんだよって話だ」
どうやら軍籍にあるミュールが三人を代表して答えるらしい。
「希望的観測を言うなら……いや、恐らくはこっちが正しい答えになっているとは思うけれど、例のグリード侯爵は元々は一介の冒険者だったと言うし難しいだろうな。だが、侯爵という立場ならそれなりに開発に掛ける費用はあると見てもいいだろう」
ミュールの答えに全員が頷く。
「その上での予想だが、開発中と見るのが妥当だと思う。理由は……えーっと、九年も前から開発を始めたアレクやセルに対して、当時の彼が費用面で対抗可能だとは思えないことが一つ」
再び全員が頷いた。
「それでもまともな物が出来たのは二年くらい前だ……要するに、潤沢に金を掛けられた俺達ですら開発には六年、いや、七年近くも掛かってる。銃の設計や職人の手配なんかも考えるなら、もう出来上がっているというセンは薄いと思う。大体、出来上がっているなら使われた痕跡や情報が一切伝わって来ていないというのもおかしな話だ。ウチの情報網だってそれなりに張り巡らされているんだし……」
「いや、俺達も試射の場所や人払いとか銃の情報漏洩には相当苦労した。このオースなら切り札になるものだし。向こうも隠していた可能性もあると思うぞ。迷宮に潜っていた冒険者なら試射を迷宮の中でやっていた可能性もある」
ヘクサーの言葉は事実に裏打ちされたものだ。
彼ら自身、ベンケリシュの迷宮内で銃の試射を行ったこともあったからだ。
尤も、携帯性はともかくとして重量物を運ぶ苦労や発射音が魔物を引き付けてしまった事もあり、今後はそう気軽に迷宮内に銃を持ち込みたくはないと思ってもいる。
そもそも銃の存在が明るみに出た以上、今後新型銃を開発した際の試射などは白昼堂々と騎士団の敷地内で行うつもりでもあった。
「あと、第二に、火薬の問題がある。材料を知っていたセルが居ても使える配合割合を見出すまで何年も掛かってるし、研究はまだ続いている。死人こそ出していないが、それはレーンが居てすぐに治してくれたからだ」
確かにレーンが居なければ何人も死人を出していたであろう。
指を無くした奴隷の数は一個小隊でも足りないかもしれない。
それだけの開発費は、どんなに凄腕の冒険者と言えどもそう簡単に出せる金額ではない。
なお、アルの作る無煙火薬はデーバスで開発されている、いわゆる黒色火薬よりも配合比は柔軟である。
ニトロセルロースを基剤とするシングルベース火薬なので材料の配合比率が多少おかしくても火薬として、弾丸の発射薬としての性能に大きな変化はない。
爆薬として使うにはあまり向いていないが、それは用途の問題だ。
対して黒色火薬は弾丸の発射薬としての使用には銃の口径や使用する弾丸重量などを考慮して配合比や薬室に投入する量を微妙に変化させる必要があるが、単なる爆薬としての使用なら多少配合比に問題があっても結構簡単にそれなりの性能を発揮する。
「そうだな。皆が冷静に判断してくれた事は嬉しいな」
アレクは満足そうに押さえていた報告書をめくった。
そこには丁度今議論していた内容についての記載がある。
どうやらセルやツェットらの想像とほぼ同一の見解を見たようだ。




