第三百十二話 気付き
7451年5月28日
水攻めをしたコラン村を放置したまま、周囲に残されていた農奴を殺して回らせた。
面倒くさいのでその作業は随伴させていた騎士団員に命じている。
人数が少ないから当然結構な割合で取り逃してしまうがそれは最初から計算ずくだ。
尤も、耕作地に居たからには逃してしまった者の大多数(全員の可能性が高い)は農奴であり、農奴に限らず奴隷という存在は基本的に村の周囲から大きく外れるような移動には忌避感がある。
逃がした者の数は多く見ても一〇〇人程度だと思われるが、そのうちの三分の二くらいは村から一㎞も離れていない場所に潜伏して成り行きを覗っているだろう。
また、残りの三分の一は周囲の村などを目指して移動した可能性も高いがほぼ確実に単独行動だろうから、さらにそのうちの八割程度はダート平原に巣食うモンスターの腹に収まると思われる。村の周囲に留まっている者も二日から三日もすれば八割くらいは同様の末路を辿るんじゃないかな?
本当に、ごく僅かな人数だけが他の村に辿り着ける可能性がある。
が、やはりそのうちの半数くらいは証言を信じて貰えずに逃亡奴隷として捕らえられてしまうのが関の山だろうね。
一箇所か二箇所、気の良い奴がそれなりの地位にいて逃げてきた農奴の言葉を信じる村もあるだろうが、真相の調査をさせるのは必定であり、調査結果が判明するまで後方の街やデーバス軍への報告はためらわれるだろう。
何にせよ、この辺りを管掌するデーバス軍が真相を知るまでにはかなりの時間を稼げると思われる……。
……一時間ほどで胸糞の悪い虐殺を切り上げさせ、再集合させる。
そして、居留地を覆っていた粘板岩の壁と、内部を満たしていた水を消し、目につく水死体全てに槍や剣による外傷を与えさせた。
時間の問題もあり、略奪は構わないがポケットに入るだけにしておけと命じたためか部下たちはきちんと仕事に邁進したようで、僅か二時間程度の行動時間で傷を付けた遺体の数は三〇〇を超えた。
そのまま昼食も摂らずにコラン村を後にし、ガルへ村へはまだ日も高い午後三時には帰還出来た。
ん?
何をどれだけ略奪出来たかは興味ないし、聞いてなかったから知らないよ。
帰り道で領主の館近辺を担当していた騎士が「今回はみんなで分けるべきだ」とか言っていたから、いいとこ数枚の金貨とか銀貨とかそんなもんじゃねぇの?
・・・・・・・・・
7451年5月29日
「じゃあまた後でな」
エムイー訓練参加で一足先にべグリッツへと向かうため、西ダート環状線の客車へと乗り込むトリスに声を掛けた。
このガルへ村に馬車鉄道が通ってまだ半年くらい。
もう物珍しさは感じていないのだろうが、領主の出立には大多数の村人が見送りに集まっている。
トリスはそれなりに慕われているようだ。
「はい。アルさんはいつべグリッツに?」
「ん。何事もなければ来週の木曜くらいだな」
一応、コラン村壊滅による反撃を警戒して一週間はガルへ村に留まるつもりだ。
隣ではジェルとミースが少し古めのハリウッド映画みたいに抱き合ってキスをしている。
今生の別れでもあるまいし、軽く口づけるだけならまだしも、人目も憚らずにようもこれだけ熱烈に出来るもんだと少し呆れる。
ミースの腹はまだ目立った膨らみを見せていない。
だが、すぐ横でこんな事をされていたら、トリスを独占している俺がベルに恨まれかねない。
「じゃあ、しっかりな」
そう言ってトリスの肩を叩き、見送りに来た者たちの中に入った。
バルドゥックでも見かけた者もいるのでトリスの奴隷も多いのだろう。
そう言えば、あの人相の悪い奴らはドランにいた愚連隊、暁の連中か。
振り返るとジェルたちもかくやと言う程に熱いキスを交わしているカロスタラン夫妻が目に入る。
見送りに来た住民の中にはまだ小さな子供もいるのに、と思って肩を竦めるがトリスもベルも全く気にしていないようだ。
あいつら、ひょっとして普段からああなんかね?
そういうのは家の中で済ませておいてくれよ……。
やれやれと溜め息を吐いて周囲の奴隷たちを見回すと、普段は生意気そうな顔をした矮人族のメスガキが頬を赤らめつつもぽーっとした顔で二人を見つめていただけで、他の奴らは気にもとめていないようだ。
程なくして御者が馬に鞭を入れ、馬車鉄道はガルへ村を発っていった。
「アルさん、今日は……?」
ベルが微笑みながら話しかけてきた。
彼女の腹はすっかり大きくなっており、臨月が近いことを物語っている。
昨晩はトリスとベルの家――領主の館に泊まらせて貰った。
ワイン樽の風呂もあり、ある意味初めてとも言えるベルの手料理も堪能した。
食材の問題もあったから物凄く美味い、という程でもなかったが、充分に美味であり、元日本人だけあって俺の口にも合った。
「ん~、騎士団の兵舎にやっかいになるつもりだよ」
「そんな! 今日もぜひ家に……」
確かに風呂や飯は魅力的だが……。
「ありがとう。でも、ここの中隊長や小隊長たちとも報告や打ち合わせもあるしなぁ……」
昨晩は戻ってすぐにトリスとベルに捕まってしまったので騎士団とは碌に打ち合わせが出来ていない。
色々な想定に対応する行動を指示しなければならないし、時間的に多少の余裕があるとは言えそういった事は出来れば早めに済ませて置きたいのだ。
「そうですか……」
残念そうなベルの顔を見て、なんだか悪い事でもしたような気がする。
ここに残っているのがベルでなくトリスだったら俺もそうしたろう。
なんとなく妊婦一人の家にやっかいになる、という事に尻込みをしてしまった感じだね。
でも、ちゃんとした宿などない田舎の村に貴人が滞在するときは領主の館に部屋を借りるのは常識だ。
やっぱり騎士団の宿舎に、ってのは悪い事だよなぁ。
「だから明日からは頼むよ」
「ええ。お食事は腕によりをかけて作りますね。期待して下さい!」
「ああ、楽しみだな」
そう言えばトリスもベルもデーバスで作られているという味噌には多大な関心を示していたな。
・・・・・・・・・
7451年5月30日
ガルへ村の領主の館で夕食を終えた俺とベルはゆっくりと食後のお茶を愉しんでいた。
なお、当然のことながらトリスとベルはメイドを雇っており、一つ屋根の下で妊婦と二人きりになるなどという事態にはなっていない。
尤もあと数十分もすれば日も暮れるし、ベルはメイドを帰宅させるであろうから二人きりになってしまうのだが。
まぁ、バルドゥックの地下迷宮で肩を寄せ合って眠る事などしょっちゅうだったから、俺はともかくベルの世間体なぞ今更なんだけれどさ。
なんとなくね。
世間話をしながらゆっくりとした時間が流れる。
食堂に顔を出したメイドが照明の準備はいるかと聞いてきたが、ベルは必要ないと言ってメイドを帰宅させた。
ベルはテーブルの上に載せてあった明かりの魔道具のスイッチを入れて光を灯した。
お互いの顔の視認も難しくなりつつあった開け放たれていた窓から差し込む薄暗い光に代わって、乳白色の強い光が室内を満たす。
「そういえばアルさん」
「ん?」
明り採りを兼ねて開けていた窓からつっかえ棒を外して閉め、施錠しながら問いかけるベルに生返事をする。
「デーバスの間者ですけど……」
「うん?」
デーバスの間者……?
ああ、言われてみれば報告を受けていたっけな。
「どうしますか? 後顧の憂いを絶つためにも早めに……」
「いいさ。放っておけよ」
確かもういい年の女奴隷だったか。
当時貰った報告では家族も居た筈だ。
「でも……」
「どうせ何も出来ないだろ?」
なんだかベルは心配そうな顔をしているように見える。
そこまでびびんなくても大丈夫だよ。
「えーっと、確か……」
ミュンは何と言っていたっけ……?
……そうだ。
「現地へ潜入している間者には連絡員の間者がついている筈だ……と言っても、それはロンベルト王国の奥地と言ってもいいバークッドだからかも知れないけど……」
最前線であるガルヘ村であればバークッドみたいな専用の連絡員を置く必要はないんじゃないかな?
村の近辺まで接近出来さえすれば例のコリサル草で作ったペレットで接触要求は送れそうだし。
「……それに確か何年かおきに適当な情報を流す必要もあると聞いているな。その間者、古くからガルヘに住み着いていたんだろ? だったらもう今までに何回か情報を流している。まぁ、お前らがガルへに来た事とか、村の収穫高とか、どうでもいい情報だろうけどな」
ここまで言ってやってもベルはなんだか浮かない顔をしたままだ。
そりゃあ、敵国の間者が同じ村に居るなんて事を知ってりゃ完全な安心なんかできないだろう。
だけど、碌な通信手段もない世界だし放っといても大した害なんぞないんだがな。
「どうしても気になるなら俺がとっ捕まえて今までどんな情報を送ってきたのか吐かせ……」
「そんな! そこまでアルさんのお手を煩わせる訳には……」
あそ。
ならいちいち気にすんなよ。
つってもまぁ、ベルと俺は別人だし、生活上無視できないポイントなんかも異なるだろう。
俺は気にならなくてもベルは気になる、と言うだけの話で男女差とかもあるのかも知れない。
だけど、殺戮者でも太い肝っ玉の持ち主だったベルが大した働きも出来ない間者如きにここまで神経質になるもんかねぇ……ちょっと腑に落ちないな。
あ! 子供が出来たんだし、母親になれば意識も変わるか。
かく言う俺もアルソンが生まれるまでは「家族の命と何万人もいる全ての領民の命を選択せねばならない」ような、まぁあり得ないような究極の選択を迫られた場合には「領主として領民を守るためには時として家族を犠牲にする可能性もある」とか考えた事もあった。
だが、アルソンが生まれ、赤子を抱くミヅチを見ると「そんな選択は無理だ」と思う様になってしまった。
ベルだって一番大切なのは我が子と配偶者であるトリスだろう。
トリスはともかくとして、まだ腹の中にいる子供、その子が生まれても何年もの間まともな抵抗力なんかない事を考えれば、少しでも不安要因をなくしておきたい、というのは母親として当然のことかもしれない。
「まぁ、一刻も早くとかいう問題じゃないだろうし、処分は任せるからトリスと相談してみ?」
ベルは少し安心したようで、穏やかな顔になって俺の言葉に頷いた。
こうなるとあれだね。
「ん……ってことで何か酒とかない? あと旨いツマミも」
ベルはにこりと微笑む。
「ちょっと良い焼酎とゼノムさんから戴いた燻製イウェイナがありますよ」
と言って立ち上がろうとした。
「あ、いいよいいよ。場所を教えてくれれば自分で取りに行くからさ」
食事を作らせたばかりか窓まで閉めさせてしまったくせにアレだが、これ以上妊婦に動いてもらうのは少し心苦しい。
・・・・・・・・・
デーバス王国、親衛隊詰め所。
「何だと!?」
白鳳騎士団で五〇〇人長の階級にあるツェットが目を剥いて言った。
先日齎された急報でギマリ村が蹂躙されたばかりか城まで築かれたと聞いていたが、つい先程耳にした情報では東部ダートの東の端にあるミューゼにも新たな城が確認されたという。
「ミューゼの方がギマリよりも後だったのかな?」
「俺が知るか」
アル子の疑問にセルが吐き捨てるように答えた。
ミューゼ村は元々ロンベルト側の村だったため、偵察が行われてからの報告となっており、正確な築城日は不明だ。
三月に行われた偵察では城など影も形も無かった事は確認されていた。
「どっちが先でも後でも出来ちまったのなら一緒だよ。今更どうでもいいさ」
突っぱねるような答え方を気にしたのか、セルは少し声音を優しくして再びアル子に言った。
「うん。確かにそうだね……でも……」
アル子はセルの口調こそ気にしていないふうに答えたが、まだ疑問があるようだ。
「石造りっていうのは……どうなの?」
「どうって?」
アル子の言葉にヴァルが疑問を呈する。
「魔法で石を出すのは物凄く魔力を食うんだ。レーンだって石を出せない事はないと言っているが、村を丸々覆える程の石壁を作るには何日も掛かると言っていた……まぁ、厚みにもよるから薄くてもいいならあっという間に作れるとも言っていたけどな」
ヴァルに教えるようにセルが話す。
「ああ。外側だけ石壁を作って内側を土壁にするのが防御用の壁の制作としては一番効率が良い筈だと……」
「複数の魔術師かな?」
「……こうなるとそうとは限らんかもな。俺たちにレーンが居るように、あちらさんにも似たようなとんでもない魔法の使い手が居るかもしれない」
「あの人……バラディークさんはそういう事は言ってなかったね」
「軍人だったんだしそりゃ言わんだろう。まぁ、軍人以前に俺だって向こうに行って『日本人』と話す機会があってもレーンや皆の事は言わんさ……」
俄に会議の様相を呈し始めた。
「どちらにせよ、レーンみたいなとんでもない魔術師など居る訳はないと思っていたのは間違いのようだ。ロンベルトにはレーンと同じかそれ以上の魔術師が居るものと思うべきだな」
「例の“黒の魔女”かな?」
「可能性はあるが、今の所なんとも言えないだろうな……」




