第三百三話 ギマリ攻略 2
7451年5月5日
中部ダート(ドレスラー伯爵領)の首都であるデバッケンに寄って領有の宣言をし、伯爵騎士団の騎士を伴った事もあり、ギマリ村の近傍に到着するまでに結構な時間が掛かってしまった。
今の時刻はそろそろお昼に差し掛かろうという頃だ。
因みに今回はダービン村からタンクール村、そしてキンケード村を経由してやって来たのだが、キンケード村に駐屯していた部隊から道案内として二名の従士を同行させている。
元々、タンクール村やキンケード村はデーバス王国の領土であったため、往来する道も存在していたから移動に苦労したのはダービン村からタンクール村までの間くらいだったのだが、何度も輜重部隊や交代要員が往復していたために当初ほどの苦労はない。
有り体に言えば、キンケード村からギマリ村までの道もあるから、単にギマリ村に移動するだけなら道案内すら必要ないとも言える。
だが、現在のギマリ村はデーバス王国にしてみれば最前線もいい所であるし、そこを前線基地にデナン村やキンケード村にはしょっちゅう偵察隊を送り込まれていることが分かっている。
その偵察隊に捕捉され難いように、出発時間や休憩時間を調節したり道以外の経路を辿る必要があっただけだ。
キンケードに詰めていた従士はそのあたりについてもよく知っているからね。
「あと一〇分も進めばギマリの耕作地が見えてくると思います」
案内の従士の報告に頷き、一行の前進を止めさせた。
今居る場所は深い森の中で、キンケード村とギマリ村を結ぶ道からたっぷり百mは離れている。
小休止を兼ね、最後の打ち合わせを行った。
アンダーセンを始め、旧黒黄玉、現殺戮者も全員が居る。
彼らに加え、ドレスラー伯爵騎士団で一番の剛力だという獅人族の男が俺に同行する。
僅か一二名での攻略……実質は俺とライオスだけで、アンダーセンたちは豪華な護衛なんだけどさ。
「よし。行くか」
打ち合わせを終えて軽い昼食を摂った後、立ち上がりながら言う。
「は。お供します」
アンダーセンも立ち上がった。
ここから村までは徒歩での移動となる。
・・・・・・・・・
村の居留地から見てほぼ真東の位置へ移動した。
側には更に東方にあるダクリスという村へと伸びる道がある。
この道はついさっき横断した。
「ここらだな」
今居る位置から耕作地の東端までは一〇mくらいしか離れていない。
樹々や草葉の陰から村を窺うと、上手いことにこの周辺には農奴も居ないようだ。
一番近くで働いている者もここから一〇〇m近くは離れている。
それに、この東の方はまだ開拓が十分ではないようで、他の方角よりも居留地までの距離が一番近いようだ。
おおよそ、五〇〇mというところかな?
ギマリ村の居留地はほぼ円形をしているが、耕作地は少し歪んでおり、居留地の東側の耕作地だけがかなり狭くなっているのだ。
あの道案内の従士が言う事は正しかった。
おっと、あまりのんびりとしてもいられん。
時間を掛けてしまえばしまうほど、馬の面倒を見て貰っている騎士たちが発見される可能性が高まってしまう。
「じゃあやるぞ。全員、用意はいいか?」
小声で尋ねると問題ないとの返答が帰ってくる。
ガサガサと草を掻き分け、耕作地の端まで近づき、慎重に辺りを窺う。
……異常なし。
俺のすぐ後ろには大盾を持ったヴィックスが続いている。
一瞬だけ振り返って彼に頷くと耕作地に顔を出した。
春播きの麦はもうとっくに芽を出し葉を伸ばしているがその高さはまだ二〇㎝を超えたくらい。
とても隠れられるような高さではない。
その若芽を踏み潰しながら少し前進し、空へと右手を伸ばす。
俺の脇に大盾を構えたヴィックスが控え、矢でも飛んで来ようものなら即座に飛び出して受けられるように踵を浮かせている。
「ふんっ!!」
気合を込め、地魔法を使った。
勿論大量の土で高台を作るためだ。
一〇秒程度で高さ三〇m程の高台を作り、目の前に設置した。
勿論、目の前には登りやすいように階段を作っているから、高台の頂上があるのはここから百m近くも居留地に近い場所だがそれは計算済みだ。
「~!」
さっき見かけた農奴の物らしい叫び声が届くが、それを意に介さずヴィックスが駆け上り始めた。
俺も彼の後に続く。
俺の後にも何名か、打ち合わせた通りの者たちが森から飛び出して駆け寄る足音が続いた。
一息に駆け上り、高台の上から周囲を眺める。
耕作地のあちこちでこちらを見上げて何か叫んでいたり、腰を抜かしたかのように見上げている者たちが見えた。
気の利いた何名かは既に脇目もふらずに居留地へと駆け出している。
また、居留地の中にもこの高台に気が付いた者が居るようで、何かを叫んで走っている姿も見られた。
そして、予想通りにギマリ村の居留地の向こう側まで見通すことが出来た。
ちょっと高めに作ってよかったな。
うん、魔法を使う視界的にもこれなら問題ない。
俺は再び掌を天に向けて伸ばすと精神集中を行う。
使うのは勿論地魔法だ。
当たり前だが、今度こそマックスレベルで使う。
とりあえずは居留地を取り囲む事さえ出来ればいいので、高さも五mくらいで造形も雑でいい。
でもCの字形に切れ目(居留地から見て南側、俺から見て左側に作っている。そちらにはデーバスの別の村へと向かう道が伸びている事も理由の一つだ)を付けておくことも忘れちゃいけない。
……いや、切れ目になる部分だけ薄く作るくらいでいいか?
……ついでに高さも二m程度に抑えておくか。そっちのが分かりやすいし。
簡易に造形した巨大な土の輪っかを居留地に向けて飛ばす。
このあたりで耕作地に出ていた者も居留地内に居た者もほぼ全員が突如現れたとんでもない光景に心を奪われてしまったようだ。
無理もないが、魔法と気が付いた――且つ攻撃を受けていると考えた者はほとんど居ないみたいで、あっけにとられて土の輪っかを見上げている者ばかりだ。
僅かに居留地内に居た何名かが高台に気が付き、大声で何かを叫びどこかへ駆け出したくらいである。
そして、あっという間に居留地を土壁で取り囲んだことで、居留地の内も外もパニック状況だ。
居留地の中では駐屯していたと思われる兵隊や住民が右往左往しているし、屋内に居た者は騒ぎ声で外に顔を出して肝を潰していたりしている。
耕作地に出ていた者は俺たちに恐れをなしているからなのか、単に土壁に覆われた居留地を目指しているのかイマイチ分からないが、近づいてくる者は居ない。
その光景を尻目に再び地魔法を使った。
今度は多少時間的な余裕があるため、粘板岩とか凝灰岩的な少し脆い石にする。
今さっき出した土壁を補強するように、高さ一〇m程度で厚みは……一発で土壁の外側を補強出来る程度でいいか。
多分七~八m程度だろう。
面倒なので最初に出した土壁の上に積むような真似はしない。
土壁のすぐ外側にピッタリとくっつけるようにしただけだ。
でも、ちゃんとCの字の切れ目は合わせておく。
あと、少しゆっくり飛ばしたので土壁にひっついていた農奴が逃げる時間は充分にあったから未だに死者は出ていない筈だ。
これで居留地内部からは土壁の更に外側に黄土色っぽい石壁が作られたように見えるようになった。
ついでに、壁の南側にだけ石壁に幅一〇m程度の切れ目が有ることも分かるだろう。
この時点で居留地内ではパニックのような金切り声が上がり始めた。
耕作地で働いていた農奴たちは全員が慌てて土壁に駆け寄っている。
俺が見た感じだと、逃げ出した者は居ない。
骨の髄まで奴隷根性が染み……ああ、家族や親族が居留地内に居る者も多いか。
まだ居留地の外でも中でもCの字の切れ目に注目した者はいないようだ。
あそこ、高さこそ二mもあるが、厚みは二〇㎝程度にしてあるから、その気になりゃ農耕具でもすぐに崩せるんだが。
次はCの字の切れ目の両脇に壁を作り始める。
これも魔力の節約、と言うよりは出来るだけ少ない回数で仕上げるために粘板岩みたいな少し脆い石だ。
なお、両脇と言ったが、正確には俺から見て奥側の壁から作り始めなければならない。
この壁の長さは居留地の端から南の森への入口辺りまでなので幅七〇〇mくらいだ。
高さは今さっき作った石壁に合わせ一〇m、奥行きは一四~一五m程度だろうか。
居留地を取り囲んだ石壁もそうだが、いくら脆い凝灰岩とは言えどもそれは花崗岩と比較しての話なのでこれだけの厚みだと一朝一夕には崩せない。
取り敢えず奥側の壁を作ったら、今度はCの字の切れ目を塞いでいたような単なる薄い土壁を出す。
居留地から見て何枚も連なるようにね。
……。
うん、これで奥側に作った壁から櫛の歯が生えているように高さ二mで厚さ二〇㎝、幅一〇mの壁を複数作った。
この薄い土壁は底面で繋げており、一発成形だ。
飛翔速度を緩めることはしなかったので、設置の過程で耕作地で働いていた農奴が何人か潰されたが、底面の厚みは数㎝なので怪我すらしていないと思う。
因みに櫛の歯に当たる薄い土壁の数は合計二〇枚である。
まだ切れ目の土壁だけが低くて薄いというのには気が付かれ……お? 南を指差しているっぽい人の姿も見えるな。
急がないと。
少し急ぎ気味で手前側の石壁を作り、配置する。
さっきの土壁で思い知ったのか、今回も押し潰された者はいないと思う。
櫛の歯の隙間に取り残された者は居たみたいだけど。
上空から見るならば、今まではCの字の切れ目から櫛のようになっていたのが、梯子みたいになったろう。
ここまで高台を作ってから二分程度。
こんな短時間だと居留地内では殆ど何も出来ていない。
「ふぅ。おい、頼むぞ」
長弓を持って付き従っていた力持ちのライオスに命じる。
ライオスは文書を結わえ付けた矢を番えるとギリギリと引き、斜め四五度で発射した。
放たれた矢はひょろひょろと飛翔し、ギリギリで居留地を覆う壁を超えたようだ。
気付かれなかったら意味がないので、少し角度をずらしつつ合計十射させた。
矢文には、
「今からきっちり三時間後に居留地を土で押し潰す。命が惜しければ追わないから逃げろ。南側のみ壁を薄くしてあるが複数作っているので破壊には数十分を要すると思われる。また、退去時間の延長を含むいかなる交渉も受け付けない。我々はこの集落で捕虜を取るつもりもないし、耕作地に未練もない。集落に残されるであろう食料や財産にも興味がない。内容を理解し、おとなしく退去するなら居留地中央の広場で目立つように焚き火をしろ」
という内容を書いてある。
正直言って、三時間で全員退去というのは不可能ではないだろうが、土壁の破壊にも人手を取られるだろうし、かなり困難だ。
農奴なんか、碌に整列もした事がないだろうし、整然と退去する事なんか出来っこない。
徴兵主体の兵士も我先に逃げようとCの字の切れ目で押し合いへし合いする奴が多いんじゃないかな?
火事場泥棒や溜め込んだ財産を纏めようとする者も居るだろう。
老人とか、もし居れば怪我人とか病人とか、取り残される奴も出ると思う。
だが、容赦するつもりはない。
制限時間の到来と共に埋めるのは居留地部分だけにするつもりなので、大部分は問題なく退去可能だろうし、せいぜいあちこちに逃げて俺の悪鬼ぶりを宣伝して欲しい。
あえてこちらの所属や名前も書いていないけれど、俺個人はともかくとしてロンベルト側の攻撃だと思わない奴はいないだろうし。
さぁ、残りの耕作地も石で埋め……覆うとしようか。
俺が目論んでいるギマリ要塞は高さ一〇mの高台の上に造るつもりなのだから。
何枚か岩盤を作り出して慎重に位置合わせを行い、耕作地を覆っていったところで、居留地の中央あたりで焚き火が熾されたのが見えた。
因みに、耕作地にいた農奴は飛んでくる岩盤を見て全員森の中や街道に身を引いている。
逃げる踏ん切りが付いたものは逃げ出した者も居るようだが、大半は道の奥で固まり、様子を窺っていた。
・・・・・・・・・
制限時間が近づいてきた。
Cの字の切れ目とは反対方向になる北側から岩盤を設置していたが、まだ半分くらいしか埋まっていない。
アンダーセンを始めとする元黒黄玉の連中も殆ど会話らしい会話をせず、俺の作業を見ているか、周囲の警戒を行っているだけだ。
また、居留地内ではそれなりのパニックもあったみたいだが、今はほぼ全員がCの字の切れ目の通路内に入っているようだ。
まだ居留地内を走っている者も数名いるようだが、時間と共に埋めてやるつもりでいる。
ここで甘い顔を見せたら今後が大変だし。




