第二百九十二話 百鬼夜行 18
7451年4月12日
――しかし、俺が付いていたとしても暗殺は成功しただと!? 幾らなんでも舐めすぎだろ、こいつ……。いや、それだけの自信があったという事だろうが、まぁ、そこらあたりをつついてみるか。
「ほう。たとえ私がフォーケイン殿の……」
「閣下!」
アルは突如として会話に割り込んできたミマイルに視線を向けるが……。
「いい加減にフォーケインなどと他人行儀な呼び方はお止め下さい。妾の事はどうか、愛情と親しみを込めてミマイルかミームとお呼び下さいまし」
――そんなに親しくもないし、結婚もしてないし、姓以外で呼べるかよ。他の奴に勘違いされるだろ。
丁寧に無視をしてすぐにロボトニーへと視線を戻した。
「……護衛に付いていたとしてもですか。一体、如何なる理由でそう仰っているのか、私にも理解出来るようにご説明下さいませんか?」
アルの言葉にロボトニーは返答しようと無表情を保ったまま口を開きかけた。
が……。
「……」
何かを言おうとして思い直したのか口を閉ざす。
答えが得られなかったために、アルの目つきは少し鋭いものになったが、この時点ではそれ以上の追及はしなかった。
「……まぁ良いでしょう。では次の質問です。ロボトニー閣下、貴兄は現在フォーケイン殿の下僕となられている、と先程よりお伺いしております……」
アルの言葉にロボトニーもミマイルも小さな頷きを返した。
「……ですが、そもそも閣下はフォーケイン殿を拐かすか暗殺を狙い、デーバス王国のダンテス公爵閣下の命を受けて我が国に参られたと仰られている。そちらのご命令は無視なされたままだとしか思えませんが、その理由をお聞かせ願いたい」
「無視している訳ではありません。延期しているだけです」
――物は言いようだな。
「では延期なされている理由は?」
「私がフォーケイン様の下僕となったためです。主人の前で申し上げるには大変に口幅ったい事ではありますが、万が一、フォーケイン様がお隠れになられたらダンテス閣下にはフォーケイン様の魔晶石をお持ち差し上げて首尾をご報告に参ります」
「……」
アルは不快そうな顔をしかけたものの、一度だけピクリと頬を痙攣させたのみで何とか踏みとどまった。
そして、それ以上ロボトニーが続けようとしないことを悟り、また質問をする。
「下僕にですか。ところで、なぜ貴兄は目標であるフォーケイン殿の下僕となったばかりでなく、アンデッドとなったのですか? この質問には必ずご返答……」
「閣下もアンデッドにご興味が!? でしたら……」
またミマイルが割り込んできたが、今度ばかりはアルも無視出来ない内容であった。
目を丸くして黙ってしまう。
「……私がお手伝いして差し上げましょう!」
嬉しそうな顔でアルに向かって一歩を踏み出そうとするミマイル。
アルは慌てて手の平を向け直し「動くなと言った!」と怒鳴る。
ミマイルは沈痛な面持ちになって足を止めた。
「私の許可無くそれ以上近付こうとするなら……心より残念だが、フォーケイン殿。貴女を本物のフォーケイン殿と認める訳にはゆかぬし、従って娶ることも出来ぬ」
アルの言葉は一転して静かな口調に戻ったが、目つきは鋭くミマイルを睨んでいる。
「閣下……。なぜそのような目で妾を……あれだけ愛を囁いてくれた閣下が……ミマイルは悲しゅうございます」
――ひとっ言も囁いた記憶はねぇわ!
「好きって、好きって言ってくれたのに……」
――こいつの頭、大丈夫か? でも、アンデッドではないんだよな。それにしても目の色とか一体何で……?
アルとしては少し意外なことに、異形の瞳から流れ落ちる涙は透明であった。
「フォーケイン殿。今はロボトニー閣下と話している。少し控えていて貰いたいな」
「はい……」
「ロボトニー閣下。お答えいただきたい。貴殿はなにゆえにフォーケイン殿の下僕となり、アンデッドになられたのですか?」
「捧げたからです」
「何を?」
「私の全てを、です」
――くっそ、何を言ってるのかさっぱりだ。
「それは閣下ご自身の意思ですか?」
「……いいえ。ですが、今はこれで良かったと思っております。フォーケイン様にお仕えするために私はここに存るのだ、と思えますから」
――自らの意思ではないと言うなら強制的にってことか? ミマイルにそんな事が? 本当に何を言ってるのかさっぱりだ。
「フォーケイン殿。ロボトニー閣下はご自分の意思で下僕になられたのではない、と仰っておりますが、誠ですか?」
「そうでしょうね……」
ミマイルの言葉にアルは目を剥く。
「……残念なことですが、今、私に付き従ってくれている他の者達も自らの意思で私の下僕になってくれた訳ではありませんし」
「では、フォーケイン殿が命じた結果、下僕になられたと?」
「それは、先程もそう申し上げたつもりですが?」
きょとんと小首をかしげるような仕草で返答するミマイルに、アルは毒気を抜かれかける。
――いや、うん。そんな事を言ってたのは覚えてるけどさ……。
「では、なぜアンデッドに? フォーケイン殿が彼や他の下僕たちを、その意に反してアンデッドにしたという事ですか?」
「……それは……先程も申し上げた通り、言いたくありません」
――さっきのは襲撃を受けた件についてだったろうがよ! ん? 関係があるのか?
「ちょっと待て……」
ミマイルやロボトニーへ視線を向けたまま、アルは考えを整理する。
――襲撃を受ける前までは特におかしな事は全く無かったとバースさんからも聞いている。と言うことは、ロボトニーたちが行った襲撃自体が異常だった? いや、違うな。バースさんの報告では花火やファイアーボールの魔術などが使われたらしいという事は判明しているし、襲撃自体も内容におかしな点は……バースさんが谷に蹴り落とされて以降に何かあった?
段々とミマイル達へ向ける視線が厳しいものに変わりつつあることに、アル自身も気が付いているが、改めようともしない。
――そうとしか考えられん。それに、先程ミマイルは襲われた時に死んでしまった者はデス・ナイトになっていないとも言っている。バースさんも緑色団の女性二人の遺体はそのまま残されていたのを確認していると言っていたから……。そして、襲撃自体は半ば成功していた。なのに、なぜ襲撃者までひっくるめて下僕に……アンデッドに……?
アルの脳裏に過日、バルドゥックの迷宮の深層で見た光景が再生される。
吸血鬼の真祖は吸血しなくてもヴィルハイマーをただのヴァンパイアからデス・ナイトへと変貌させる事が可能だった。
――! ミマイルがヴァンパイア・ロードに似たアンデッドなら……いや、アンデッドでなくとも似た能力……この場合は魔術か? を持っているのなら……って、数ヶ月前に会った時は……。くそ、どういうこと……あ! 襲撃は必ず成功出来る……襲撃じゃない、暗殺だ。俺が護衛していても暗殺は必ず成功出来た、と……。
二秒とかからずに、アルは一連の明確な返答が得られなかった事象を結びつけるという考えに至ることが出来た。
しかし、それらを有機的に結合させるところまでは行き付けない。
第一に、ミマイルは容貌が変わってこそあれ、鑑定してもなんの異常も認められなかったこと。
第二に、嘘看破の魔術が何の反応も示していなかったこと。
そして第三に、特殊な聖遺物の存在について思い当たるような材料が何一つなかったためである。
だが、それでも明らかにおかしな点は残っている。
「フォーケイン殿。そなたに変装の魔術を教えたのは人か? はいかいいえかで答えよ」
「いいえですわ、閣下」
――やはりな。何らかのアンデッドが絡んでいた。そいつから教えを受けたということか。
「そなたがロボトニー閣下の襲撃を切り抜けられたのは、変装の魔術を教えた存在があってこそだな? これもはいかいいえかで答えて貰おう」
「はいですわ、閣下」
――バースさんが蹴り落とされた後で、都合よくあのヴァンパイア・ロードクラスの強力なアンデッドが駆けつけてくれて、味方をしてくれた、というところか? 少し無理がありそうだが、そうとしか考えられんのもまた事実。ならば……!
「そなたの窮地を救い、変装の魔術を教えた存在はアンデッドだな?」
「いいえですわ、閣下」
――え? 嘘じゃない、だと?
この返答にはアルも思考が停止した。
アルにしてみれば、ダメ押しの一発とでも言うべき問いだったからだ。
だが、すぐに自己を再構築する。
「……そうか。だが、そなたは恩を受けたにも拘わらず、その者に名を問うこともせずにいた、と?」
「ええ。それについては閣下のご指摘の通り、痛恨の極みです」
平然と答えるミマイルだが、相変わらず嘘看破の魔術は何の反応もない。
アルは更に鋭い視線を投げかける。
「ロボトニー閣下を始めとするそなたの下僕となった者らだが、アンデッドの下僕にしたのは、そなたの窮地を救い、変装の魔術を教えた存在だな?」
「それについてははいでもいいえでもありますわ」
「どういう意味だ?」
「全部が全部ではありませんもの。数で言えば、大半は私がやりましたけれど」
「なに……!?」
思わずもう一度【鑑定】してしまうが、当然の如く不審な点は見当たらない。
「……アンデッドは生者にとって不倶戴天の敵と言っても過言ではない。そなた、それを解っているのか?」
「そのような、狭量な事を仰られないで下さいませ」
「なんだと……?」
「ですが、閣下の仰られる事も理解できます。誠に勿た……残念ですが、アンデッドの下僕は処分した方がよろしいのであれば処分しますが?」
「え?」
「出来れば、ロボトニーなど使える者は残すご許可が頂きたいところです。何名か残したいのですが、構いませんか?」
――え? 後ろのでっかいドラウグルだけ見ても百人とかいるし、それ以外のドラウグルやデス・ナイトも……処分だって? そりゃ願ったりだが、処分? どうやってだ?
瞬間、己も知らなかった魔術を使いこなしていた事を思い出し、背筋が寒くなった。
街道上だけを取っても、ドラウグル達はかなりの広範囲に散乱している。
これだけの数、範囲のアンデッドを一気に処分するなどアルにも不可能だ。
「とりあえずですが、まずはドラウグルだけでも処分しましょう。全員街道に出てきて整列、その後すぐに自尽なさい」
「は?」
ミマイルは表情一つ変えずに恐ろしい事を口にした。
すると……。
アルから見て街道の北側に広がる森の奥から大勢の人影が現れた。
同時にミマイルやロボトニーの後ろにいた超巨大ドラウグルも崩れるようにバラバラになり始める。
街道へと出てきたドラウグルや合体を解いたドラウグル達は、アルの魔術に巻き上げられてそこここに散乱し、蠢いているドラウグル達をに手を貸し、あっという間にミマイルの後ろに並んだ。
「……た、大した数だな」
少し嗄れた声でアルが言った。
あまりの光景に口を半開きにしたままだった為だろう。
「ええ。全部で四二九六人居りましたが、八二四人が閣下の魔術で失われましたから……えーっと……えーっと……」
ミマイルが計算している間にも、ドラウグル達は続々と並んでいく。
「……そう、残りは三四七二人です」
そして、ミマイルが残りの人数を言うと同時に整列を終えたのか、全員が一斉にその場に倒れ伏した。
かなりの音と土煙があがる。
――死んだ? ……【死体(普人族)】……【死体(精人族)】……【死体(猫人族)】……どいつもこいつも?
倒れたドラウグル達を何人か鑑定し、アルは少なくとも見渡す限りのドラウグルは全員滅んだと考えた。
――あれだけ居たんだ。まだ隠しているかもしれん……それにデス・ナイトの事もある。
「他には残っていないな?」
「はい。ドラウグルは全て処分を終えました」
――これだけのアンデッド……下僕を処分して惜しくもない、だと?
「……デス・ナイトも処分して貰おう」
アルの声にミマイルは「ロボトニーもですか?」と尋ねる。
少し考えてから、アルは「彼は除いてもいい」と答えた。
能力から言ってロボトニーは十分に危険な存在ではあるが、証拠品は残しておかねばならないのだ。
「レンバール、ベンノコ、レンバル、ロックウェル……トマック、ギャレット、フィゾン、レミナ。出て来て整列しなさい」
数十人もの名を淀みなく言って、ミマイルが整列を命じる。
「「うわっ!?」」
「「動くな!」」
バースやアルの部下達が口々に叫び声を上げるが、アルは振り返りもせずに剣を左手に持ち替え、空いた右手を上に伸ばすと手首から先を揺らす。
何もせずに見守れという合図だ。
それを読み取ったのか、バースの「落ち着いて。何もするな」という声がアルにも届く。
彼らに背を向けているアルにも聞こえるようにわざわざ大きな声で言ったのだろう。
アルの後ろの方や森の中から姿を現したのは数十名のアンデッドであり、その大半が大小何らかの傷を負っていた。
もしアンデッドでなかったとしても、治療もされていないし、まず助からない程に大きな傷を受けたままの者もいる。
ミマイルの後方、倒れたドラウグル達を踏みつけたりして整列を果たした者達は全員がデス・ナイトであった。
当然、アルが知っている顔も混じっている。
「全員揃ってるわね。ここまでありがとう。じゃあみんな、すぐに死んで」
ミマイルの声と共に、デス・ナイト達は一斉に倒れた。
「親父っさん! ベンノ!」
その光景を目の当たりにし、直感的に彼らが滅んだのを感じ取ったのか、バースの叫び声が響く。
が、どうにか自制出来たのか、彼の操る馬の足音は続かなかった。
「これで全部です。……ロボトニーがこのままだと色々不都合もあるでしょうから、縛るなり何なりしても構いません」
「それでは魔術が使えるだろう?」
「そうですね。では腕を一本、落としておきましょうか? ロボトニー、右腕を自切なさいな」
ロボトニーはアルに対する抵抗ではなくミマイルの命を聞く事を示すためか、ゆっくり剣を抜こうとする。
――内臓がはみ出したままだったりする奴も居たし、そもそもアンデッドなんだし魔術への制約にはなりそうもないんだが……かと言ってどうしたら良いか分からん……あ、そうか。
「いや、止めさせろ」
「はい。ロボトニー、腕の自切は止めなさい」
ロボトニーは再びゆっくりと剣を鞘に戻した。
「その替わりに彼の目を塞いでくれ」
「え? 構いませんが、それだと流石に真っ直ぐ歩くことも難しくなると思いますが」
「それは……仕方がないな」
「わかりました。ロボトニー。両目を抉り出しなさい」
――やっぱりか。予想はしていたが……見ていて気持ちのいいもんじゃねぇわ。
アルはロボトニーが顔色一つ、苦鳴一つ漏らすことなく自らの眼球を抉り出す光景を見て眉を顰めた。
――これだけの死体を放っておく訳にはいかんし、国王への報告も必要だ。手駒は少ねぇし、どうしたもんか。ああ、こうなるって解ってたんなら、自らの墓穴を掘らせた後でも良かったな。あまりの事に頭が回ってなかった……。
「みんな、来い!」
アルに呼ばれ、馬の足音が近付いて来た。




