第二百八十六話 百鬼夜行 12
7451年4月12日
「……で、戻った時にはジルとリズの遺体は見つけられたんですが、他の奴らは影も形もありませんで。ですから俺、私ぁ、あいつらはまだ生きてると信じてます」
「そうか。しかし、フレイムシャフトさんやヒュールニーさんが彼女らの遺体を放っておいたまま移動するか?」
「ぐ……それを言われると辛いですね。……止むに止まれぬ事情があったのだと思っています。何せ私が川に落ちる前は、正直言って全滅寸前でしたし……なんとか切り抜けて生き残っている者達の安全確保を最優先に動いたのだと……」
アルは生命感知の魔術を使用しながらも、ミマイルの馬車隊に何が起こったのかを一番詳しく知っている筈のバースと馬首を並べていた。
果たしてバースの口から語られる言葉を聞く限り、馬車隊への襲撃はそれなりに計画立てられたものであったことが知れたのみで、そこにはアンデッドのアの字も出てこない。
しかし、その後バースの口から続けられたハルミス村や関所などでの件を聞いて、アルは少し考え込む。
――確かにバースさんの言う通りならば遺体の数も合わないし……特に関所がドラウグルとかいうアンデッドの巣になっていたなど妙な点も多いが……。しかし、うーん……ヴァンパイア以外に眷属を増やすアンデッドなんか居るのか? 大昔のゾンビ映画とか、ゾンビに噛まれた者もゾンビになるなんて話はあったが、ミヅチによるとそんなの映画だからとしか……いや、あいつの知識も小説やらゲームやらが元になってるんだった……。
「それで、関所に居た奴らってのは全員アンデッドだったのは確かなんだな?」
「ええ。斃した後でステータスも確認しました。全員がドラウグルというアンデッド……ああ、一人だけデスナイトが混じっていました。まぁ、斃すまでアンデッドだとは思ってもいませんでしたが。それを考えると馬車隊を襲った賊がそもそもアンデッドだったかも知れない、という話は頷けもします」
「うむ……」
――ファイアーボールに地魔法ダイレクト使用による街道封鎖。そして正体不明の煙幕の魔術……これは花火の魔術の可能性が高いか……加えて各種の弾頭魔術ね。まぁヴァンパイアならそれくらいやっても不思議でもなんでもないが、流石に真っ昼間にヴァンパイアが出て来るってのはな。やはり俺の知らないアンデッドか……む? 動いてる!?
今まで全く動きを見せていなかった生命反応だが、何度目かの魔術を使用した際に前回よりもこちらに接近して来ている事が判明した。
思わず雰囲気を変えたアルにバースも顔つきを変える。
「何かありましたか?」
彼は見通しの悪いバルドゥックの地下迷宮でも、かなり遠くから魔物を察知できるアルについて、内心で非常に感心していたのだ。
「ああ。多分、敵だ」
同時にアルは無言で肘を直角にした右腕を上げた。
手の拳が握られているのは何かを発見したのでその場で停止せよ、との意である。
「左斜め前、直線距離一五〇mくらい。何か居るぞ。全員、抜剣!」
その合図で剣を抜いたのは古臭い歩兵用の剣しか持っていないバース一人で、あとの者は槍を小脇にした。
そして……。
アルが言った一五〇mよりも大分手前、僅か三〇m程先の左手から街道に姿を現したのは……巨きな人型であった。
「なっ!?」
「だんちょ……」
「あれは……?」
「ど、ドラウグルの巨人?」
「あれが?」
「まさか?」
――あれがドラウグルの巨人だと? 勝手に歌川貞秀の「朝比奈島遊び」か歌川国虎のロードス島の巨人、又はフランシスコ・ゴヤの「巨人」をイメージしていたが、まさかまさかの歌川国芳の「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」だとはな!
沸き起こる違和感を無理矢理に振り切り、アルは巨人へと右手を伸ばす。
どこかユーモラスな巨人の顔面にストーン・カノンを叩き込み、様子を窺おうとする。
しかし、顔面の上半分を吹き飛ばされたにも拘わらず、僅かにたたらを踏んだだけで全く怯んだ様子を見せないまま巨人がこちらへと走り出すに及び、アルは「私の後ろを護れ!」と叫ぶ。
そして、アルの右手から更に二発、ストーン・カノンが発射された。
電信柱よりも更に太い岩石の槍は見事に巨人の両足を噴き飛ばし、巨人を転ばすことに成功する。
「おおっ!」
「さすが!」
「やった!」
……だが。
両脚を失ったにも拘わらず、奇怪な巨人は残された両手を使って這い寄ってきているではないか!
「ええ~?」
「う……そ……?」
「あんなの……どうやって」
騎士団員達の間に動揺が走る。
魔術を使ったアルにしても地魔法最上位の攻撃魔術を三発も命中させたにも拘わらず、まだ動いているモンスターを目にするのは初めてであり、かなり驚いていたが同時に納得もしていた。
何せ巨人は単体での存在ではなく、集合なのだから。
「ふっ!」
吐き出す息に気合いを込め、アルはもう一度攻撃魔術を使う。
今度は弾頭を強力にした蜘蛛の巣の魔術だ。
ひょろひょろと飛ぶ白いボールのような塊は避けようと転がる巨人に対し、追いかけるようにして命中するとパッと弾け、あっという間に巨人を真っ白い繭のように覆い今度こそ動きを止めた。
――く、くそ。反応が近づいてるだと!?
すぐに生命感知を使ったアルの顔が驚愕に歪む。
時間が無駄なので鑑定こそしていないが、アルは直感的に「あれこそが噂に聞くドラウグルの巨人である事に間違いはあるまい」と感じ取っていた。
また、その大きさに見合わぬ俊敏さから相手にとって大きな戦力であろうと予測もしていたのだ。
――だが、つい先程発見した生命反応がこちらに近づいてきていると言うことは……。
そこまでアルが考えた時。
五〇~六〇m程先の、やはり左手の森から葉鳴りと共に新たな巨人が姿を現した!
続いて更に数十m先、その先にも……。
――あー、はいはい。切り札って訳じゃなかったって事ね。
「そんな!?」
「なん、で……?」
「おいおい、冗談だろう?」
そんな騎士団員達の言葉を耳にしてアルは薄い笑みを浮かべる。
――ふん。戦力の小出しかよ。
そしてまた新たな魔術への精神集中を始めた。
先程は距離が近すぎて使うのを断念した風魔法最上位の攻撃魔術、超乱気流塊だ。
ゴッ!!
耳を劈く轟音とともに一〇〇m以上も先に巨大な竜巻状の気流塊が発生した。
乱気流が樹々から葉を引き千切る。
――そう滅多に使ってねぇから、安全距離までの感覚が、ね。
口元を歪め、アルは魔術へ精神を集中し続けた。
そして街道に姿を現した巨人達は生えている樹を掴むまでもなく竜巻に引き寄せられていく。
・・・・・・・・・
――ほう。これは大したものだ。
――黙ってろって言ったでしょ!
心の中で怒鳴り声を上げながら、ミマイルはドラウグルやデスナイト達に周囲を固めさせながらゆっくりと街道に向かって歩を進めている。
――すまぬな。だが、人界であれだけの魔力を感じたのだ。無理を言うでない。
その時、枝鳴りと共に突如大嵐でも発生したかのような風切り音が響いてきた。
――え? これ魔術なの?
あまりの轟音にミマイルは目を見開く。
と、僅か一〇m程先にいたデスナイトやドラウグルが数十体も空に巻き上げられたのを目の当たりにする。
驚いて彼らの行く末に目を向け……今度こそ驚愕した。
揺れる樹々の裂け目から見える上空には様々なものが舞っていたのだ。
今さっき攫われるように巻き上げられたドラウグルやデスナイトを始めとして落ちていた枯れ葉や枯れ枝、礫のような石は当然として、合体して巨人化させた斥候ドラウグルまでもが何体も空を舞い、互いに衝突していたのだから。
「え?」
思わず声を漏らしつつ、ミマイルは強力な乱気流に翻弄される眷属に目を奪われてしまう。
――竜巻でも起きたか?
――え、ええ。でもなんで……見えないのに。
――魔力の流れで想像はつく。魔術までの距離は大分……これは一〇〇mと少しあるな。
――そう……そこに使い手が?
――そこまではわからん。ふむ、あれが続いている間はこちらを観ないか……。
――あとどのくらい続くの?
――いつまでも続かんよ。竜巻が治まったら残っている戦力を一気に投入してさっさとカタを付けた方が……。
――そうしたら教われないじゃない! それに黙っててって言ったでしょ!
――……好きにしろ。だがあれだけの使い手だ、用心を……。
――うるさい!
「ロボトニー、レンバル!」
ミマイルの呼び声に周囲を固めていたデスナイトから二人の男達が進み出てきた。
「あの魔術の使い手を手に入れたいの。私はこれから街道まで進むけど、あなた達は手下を連れて使い手の位置を特定しなさい。見つかってもいいけど、私が何か合図するまで手は出さないでね」
二人はそれぞれ数名のデスナイトを引き連れて森の中に消えていった。
その間に大嵐は治まったようだ。
「さて、私も行きますか。これしか続かないなんて、あんな魔術、単に規模が大きいだけの虚仮威しね」
ミマイルは薄笑いを浮かべると再び歩き始めた。
・・・・・・・・・
「まだ終わってないぞ。油断するな」
アルの言葉にバースや騎士団員達は気を引き締め直す。
街道の先には落下によるダメージを受けて体中をひしゃげさせながらもまだ蠢くようにしている者達が見えることも一因だろう。
アルの生命感知は相変わらず数秒おきに使われており、一度は動きを止めた反応がまた近づきつつある事を伝えてくれている。
十分な安全圏だったので、蓑虫のように街道に転がっている巨人と脚は空中に巻き上げられずに済んでいる。
だが、簀巻きにされている巨人の本体の方はともかく、脚の方は気色の悪い光景を見せつけていた。
脚を構成するドラウグル達が、合体を解かないまま少しずつ本体の方へと這い寄ってきている。
しっかりと抱き合う形をとっていたドラウグル達は片手や片足だけを離して、空いた手足を器用に使って地を蹴り土を掻いていたのだ。
――なんだかなぁ。あんまり見たくないねぇ、こりゃ。
アルが小さく溜め息をついた時。
「べ、ベンノ! レン! お前ら! お前らやっぱり生きて……!」
嬉しそうなバースの声が響く。
それに釣られ、アルも思わず左後方を振り返った。
そこには、着ている鎧の隙間から血を流した跡が残る男達が幽鬼のように無表情に立っていた。
中心に居るのは熟練した山人族の戦士、レンバル・フレイムシャフトだろうか。
彼の着ている重ね札の鎧はバースの物よりはマシ、と言う感じで、贔屓目に見てもボロボロだし、血糊が乾いた跡も目立っている。
その隣で槍を立てているのは兎人族の魔術師兼槍使い、レンバール・コールマインだ。
顔には剣が食い込んだような大きな傷跡が残っており、治療の痕跡はない。
着ている革鎧も各所に槍でも突き込まれたような穴が空き、流血したのであろう跡もある。
レンバル・フレイムシャフトを挟んで彼の反対側に立つのはバルドゥックでも盾使いとして五指に入ると言われている高名な普人族の戦士、ベンノコ・ヒュールニーが暗い表情を見せている。
彼も体中のあちこちに手傷を負ったままのようで、その総数はこの中でも最高だろう。
そして、彼らとは少し離れた場所で弓を手にしているのは精人族の魔術師、ロックウェル・マロスタロンだ。
彼が着ている革鎧の腹には見紛うことなき大穴が空いており、大量に血が流れた跡も窺える。
全員の顔からは血の気が失せており、乾いた血液で固まった髪なども全く手入れがなされていない。
ただならぬ様子の彼らに対し、アルは素早く【鑑定】を行う。
注意するのはただ一点、【状態】欄である。
【状態:デス・ナイト】
「バース! そいつら全員アンデッド、デスナイトだ!」
アルの警告を聞く前から戦闘態勢を固めていた騎士団員達とは異なり、バースは一人馬から降りようとしている。
「バース! 馬から降りるな!」
バースと一緒にここまで来た第三騎士団の騎士も緑色団のメンバー達に異様なものを感じて警告を飛ばすと同時に、手にする槍をバースと緑色団の間に伸ばした。
ちらりと騎士とアルに目を向けたバースは顔を歪めて再び馬の背に座り直した。
「お前ら、返事をしろよ!」
バースは請うような、切なそうな声で呼びかける。
だが、緑色団はただ立ち尽くすのみで返事もしなければ大きな反応も見せない。
実は彼らの口は小さく動いていたのだが、数mも離れているバース達にそれに気が付けと言うのは酷である。
「本当に……本当にお前ら、アンデッドになっちまったのかよ? 俺の事も分からなくなったのかよ!?」
血を吐く様に叫ぶバース。
そんな彼から前方に視線を戻しながら、アルは「やはりミマイルの馬車隊を襲ったのはアンデッドで、そいつはデスナイトを量産できる奴、って事か……厄介だな。だが、生命反応はこっちに近づいている……まだミマイルは無事かも知れない」と考えていた。
アルとしては、こちらに何らかの要求を突き付ける方策として、相手はミマイルを人質に取った、と考えるのが自然だからだ。
しかし、
――ふ。要求先の俺がここに居るって事を分かっての行動だろうか?
と疑念は保ち続けている。
――見た感じ、ドラウグルの巨人ってのはそれなりに強力なモンスターっぽい。それを……合計七体もあっという間に始末されたんじゃ、その相手が俺と分からなくても交渉しようと……おっと、先走りは危険か。
そこまで考えてから少しだけ悩み、アルはもう一度、生命感知の魔術を使う。
――反応はある。こっちに、いや、街道に出ようとしている? こっちの位置までは掴まれていない?
「おいベンノ! お前が蹴り落としてくれたから助かったが、俺ぁもう一歩で死んでたんだぞ! 何とか言えよ!」
バースの叫びはダート平原に虚しく響くのみであった。
・・・・・・・・・
街道を目指すミマイルの前には数名のドラウグルが先行し、危険そうな足場があればその上にうつ伏せに寝転がって我が身をミマイルの通路としていた。
「そう。わかったわ。レンバー達のお仲間ね。え? リーダーだったの? それは使えそうね。あとは……ふーん、騎士風のが六人。何ですって!? すぐに行くわ!」
歩いていたミマイルは突如大きな声を上げたかと思うと、俊敏な動作でドラウグル達を躱し、街道へと躍り出た。
そして迷うことなく右側――アルの方を向き喜色を湛える。
「アレイン様! 私です! ミマイルです! お迎えに来て下さったのですか!?」
そう言いながら両手を広げてアルに向かって走り出した。
巨人のイメージが今一わからない、という方は「Toyota Prius Family People Person」でググって見てください。
動画は海外向けのトヨタ・プリウスのCMですが顔の作りなどは歌川国芳の「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」によく似ています。




