第二百七十九話 百鬼夜行 5
7451年4月2日
深夜。
ガソレイン子爵領、カイエル村の広場。
広場には大勢の者が集まり、整列している。
だが、数百もの人が一箇所にいるというのに咳き一つ聞こえないのはともかくとして、誰一人として微動だにしていないのが少しばかり異常な光景である。
「じゃあ次。あなた。報告なさい」
ミマイルに声を掛けられた鎧姿の若い男は、立っていた最前列から一歩進み出る。
「 」
「そう。ならあなたは関所に戻りなさい。そして異常があったらすぐに連絡するのよ。いいわね?」
「 」
男はそのまま列から外れると村から北へ伸びる街道に向かった。
「ん~、あれから三日程度だとまだ特に問題視されてはいないのかな? でもそれも時間の問題よねぇ」
ミマイルは右手の人差し指を頤に当ててぼやく。
彼女自身、既に己が肉体的に生き物としての枠を超えた場所に遷移した事を理解している。
彼女が進化する手助けをしてくれた魔法の水晶球や、魔力を差し出してくれた協力者達のうちでもロボトニー伯爵を始めとする博識の者から得られた知識から、俗に“アンデッド”と呼ばれる存在になったのであろうことも、彼女自身認めたくないところではあるが、理解していた。
当初こそ、進化自体を忌避する気持ちも発生し、それまでの自分自身を含む生命力や活力に溢れた存在を忌むような気持ちが発生した事に気付いた時には愕然とした。
生きとし生ける全ての者から恐怖や憎悪の念を抱かれるであろう事に気付いてしまったからだ。
だが、進化に伴って通常では考えられないほどに大きな力を得た事もあって、そういった考えにも既に心の整理をつけている。
そして――。
「私もそうだったけど、皆はまだこの良さを知らないだけなのよね……」
微笑を湛え、地に四肢をついた女の背に腰を下ろした。
「ん。座るなら男より女の方がいいわね。あ! アレイン様の第一夫人にも存在価値はあるって事ね! うん、この世の全てのものに無駄はない、って事かぁ」
そして、金色の瞳を輝かせると、まだ整列したままの者達にテキパキと指示を下し始めた。
これでも暫く前までは王国第二騎士団において正騎士として振る舞っていたミマイルだ。
戦争のような大きな戦いの経験こそないが、指揮能力はそれなりに鍛えられている。
そして、目の前にいた人数も大分減った。
残っているのは全員が碌に武装もしていない者ばかり。
恐らくは元々このカイエル村の農奴や、天領のハルミス村から連れてきた農奴なのだろう。
「さて、そろそろ今日の分を作りましょうか。まだ結構残ってる筈だから適当に見繕ってね」
ミマイルに命じられた亡者達は了とも言わずに一斉に村中へ散っていった。
彼らがここに戻った際、彼女が進化にあたって獲得した能力、【魂喰い】を振るうのだ。
因みに昨日魂を吸収したゴブリン達は全員アンデッド化に成功しているが、言葉でのコミュニケーション(ボディ・ランゲージなどによるごく簡単且つ非常に低レベルの意思疎通しか出来ない)が満足に行かないことをミマイルは学んでいる。
・・・・・・・・・
7451年4月3日
ハルミス村。
この村から数㎞も南に下れば、天領からガソレイン子爵領に入る。
領境には簡単な関所も建っており、王国第三騎士団員とガソレイン子爵騎士団員が詰め、関所破りに対して緩い目を光らせている。
夜明けと同時に襲撃地からこのハルミス村を目指して来たバース達は、昨夜聞いた通りの光景を目にしていた。
「こりゃあ一体……?」
「ああ、どういうこった?」
「あそこ、魔術の跡か?」
昨夜から殆ど寝ずに遺体の検分や埋葬、遺留品などの捜索・調査を行なっていたため、騎士団員やバースの顔には疲労の色が濃く浮き出ているものの、報告されていたままの明らかな異常事態に誰も休息しようなどと口にしない。
村には戦闘が行われた痕跡があったのだ。
そして、その戦闘での犠牲者らしき多くの死体は村の耕作地に埋葬もされずに遺棄されたままだったのである。
「まず、生存者がいないか調査だ!」
キザク村に駐屯していたこの辺りを管掌する第三騎士団の小隊長が髭を震わせて命じた。
生存者の調査は昨日この村に派遣された二人の騎士団員が行ってはいるものの、たった二人ではとても完璧だとは言えないので妥当である。
バースと騎士団員、そしてコラマック村の従士達は小隊長が命ずるまま二人一組で村中の捜索を開始した。
が、太陽が高くなっても生存者は見つからなかった。
「遺体の数が少なすぎる」
「ああ、ここにゃあ五〇〇人からが居た筈……」
「畑に捨てられてるのはどう見ても五〇〇人もいないわ。せいぜい半分かそこら……」
「ああ、さっき数えたら二六三人だった」
「じゃあ残りの半分はどこに行っちまったってんだよ!」
「そんなのあたしが知るか! だからこうして調査を……!」
「くそ! カリドーとリームはどこ行ったんだ? ここに駐屯していたのあいつらだろ!?」
「死体の中には見つからなかったな……」
あと一~二時間もすれば正午になる。
満足な休息はもとより、碌な食事も摂れていない事に騎士団員を始め全員が余裕をなくしている。
それを見て取った小隊長は念の為に歩哨を立てた上で全員の休息を命じた。
勿論、関所に送った筈の補給物資(手つかずの食料付き)が打ち捨てられているのを発見したからだ。
――本当にどうなってやがる、くそったれ!
バースも心ここにあらずといった様子で配給された黒パンと干し肉を齧っていた。
彼の仲間達が無事ならば(遺体が無いというのは無事な証拠でもある。バースの帰還を待ったり、リズとジルを埋葬出来なかったのは急ぐような理由――例えば馬車隊の護衛隊長の先を急ぐ命令など)後を追って来るであろう彼に対し、何らかの合図を残しているのが当然である。
勿論、襲撃地から南下していた馬車隊の車輪跡は途切れることなく南へと続いている事は確認済みだ。
ここで休息でもしたのか、村の広場には馬車隊が停車していた跡もあった。
しかし、畑に遺棄された遺体の中に仲間の姿は認められなかったものの、バース達が護衛していた先頭の馬車を操っていた御者や、ミマイルに侍っていた侍女、そして襲撃時に肩を並べて戦った騎士団員の遺体まで混じっていた事を確認していた。
馬車隊は、確かにこの村で戦闘したのだ。
それが自発的なものか巻き込まれたものか、はたまた村人から襲われるなどしての防戦だったのかは不明だが、この村で行われた戦闘に対して馬車隊が何らかの関与をしているのは確実だろう。
これが意味するのは一つ。
――あの襲撃の手際は恐ろしく良かった。一時は撃退したものの、この村で追いつかれて戦い、生き残った村人達と追われるように逃げたのか……?
バースはそう考え、それを小隊長にも伝えた。
小隊長もバースの考えを妥当なものであろうと判断したものの、馬車隊の後を追うにしても調査をするにしても休息が必要であり、この状況について報告する事も必要である、と村からの移動は認めなかった。
――しかし、おかしい。幾ら戦闘が行われ、逃げるように去ったにしても、俺に対して何一つ手がかりを残していないとは、レンバーもヤキが回ったか? ……いや、レンやベンノ、ロックも居て誰一人それに気付かないってのも変だ……。
バースとてベンノコに蹴り落とされたのは、彼の身を案じての事だと理解している。
ある意味、あの状況は絶望に近かった。
緑色団だけならあの場を切り抜けて逃げ出すことは出来ただろうが、それではお尋ね者になってしまう。
貴族に叙された旧知の者を頼るにしても、所詮はロンベルト王国の貴族であり、庶子とは言え、国王の娘の護衛を放棄しての敵前逃亡を庇って貰えるとは思えない。
事故のような不可抗力にでも見せかけなければ、全滅は免れたとしても死亡者は出る。
事実、リザーラとジュリエッタは重傷を負っていた(そして恐らくはそれがもとで死亡していた)。
そうしているうちにバースもいつしか眠りに落ちていった。
腕の怪我が完治していない事に加え、満足な食事を摂った上に無人の民家で休んでいたのだからこれは致し方ないであろう。
そして、その間に村にはなんとか襲撃地の土砂を取り除いて駆け込んだ六頭の軍馬による伝令隊が到着していた。
伝令は調査のための援軍が近づいて居ることに加え、新たな情報があればそれを報告する必要があること、そして馬車隊を追いかけるための者、ついでに目的地である西ダートへ異変を知らせるために組織されたものであった。
・・・・・・・・・
夕刻。
ロンベルティアの目抜き通りを伝令の腕章をつけた騎士が駆け抜けていった。
騎乗しているのは天領南部を持ち場とする第三騎士団員である。
天領各地の第三騎士団の屯所から馬を乗り換えつつ重要な報せを抱えてきたのだ。
「なんだと!?」
王国第三騎士団長を拝命するミレイユ・イツーリン女爵は報告を聞いて思わず席から立ち上がると声を荒らげた。
しかし、それもむべなるかな、彼女の部下である第三騎士団員一個小隊が護衛する国王陛下の庶子の嫁入りの馬車が襲撃され、目下のところ行方不明との報告であったのだから。
女爵は陰湿そうな容姿をした精人族だが、その質は明るく公明正大である。
そして、第三騎士団長という軍の要職に就いている以上、無能からは程遠い。
「一個中隊全員が乗れる馬車と馬を集めろ! 他の騎士団から借りてもいいから急げ!」
ものすごい剣幕で命じられた次席副官は即座に執務室から飛び出して行った。
「王都警備大隊から一個中隊を調査に赴かせろ。どれでもいい! 出発は私の命令を待つ必要はない。小隊単位で準備が出来た部隊からでいい。休暇中の者? 招集している時間が惜しい。放っておけ!」
その命に主席副官も執務室を飛び出して行く。
「陛下のご予定を確認しろ。私は陛下にご報告に行く!」
事務官に命じ、今は勘定尚書であるベルタース准爵と歳出予算の報告を兼ねた会食中である筈との返事を受けると女爵も執務室を後にした。
――襲われたのは天領内だと? まずいぞ、これは……。
女爵はすぐにこの件の問題点に頭を悩ませる。
庶子が襲われたのが天領の外であれば、その領土を治める貴族と責を分け合うことも可能だが、天領の内部であればそうは行かない。
グリード侯爵はこの婚姻に気が進まぬ様子だったと聞いているが、流石に自分の妻となる者が襲われたと聞いたら怒るだろう。
勿論、襲撃地点を誤魔化すなどという無意味さはとっくに理解している。
合計で百名以上にもなる嫁入り行列を全員殺し尽くすのはそれなりの人数を用意していたとしても非常に困難であり、常識で考えたら絶対に生存者はいる。
生存者がいる以上、その者は近隣の村落などで保護されているであろうし、そこでは必ず襲撃者はもとより、襲撃地点の情報も喋っている筈だ。
これは野盗や山賊、魔物の出現情報が非常に重要視されているためでもある。
そうなるともう、襲撃地点の情報について抑えようがないのだから。
――元素魔法が使われたというし、魔物ではなかろうが……山賊や野盗風情があの馬車隊を襲撃するなど……あの辺りの野盗団はもうかなり前に掃除されていると……。
馬車隊には充分な護衛が付けられていた。
そして、国王からの贈り物が積載されていた三輌の馬車にはロンベルト公爵家の八咫烏の紋が染め抜かれた幟も立っていた筈である。
その他、ミマイルの乗る馬車や持参する嫁入り道具、人員が搭乗する馬車には彼女の実家であるフォーケイン准男爵家の紋もあった筈だ。
それを別にしても車両数や同行者数に比して過大な護衛が付いている馬車隊を襲うなどせいぜい数十人程度のけちな野盗や山賊にはとても出来ることではない。
女爵は必死で頭を回転させるが、そもそも国王に対してありのままを報告する以外の考えはない。
グリード侯爵を含め、他の貴族家や諸外国への報告とは訳が違う。
彼女が考えているのは事後処理も含めた色々なケースである。
まず、馬車隊に大きな被害がなく、そのまま進行している場合。
この場合は侯爵に対して詫びればそれで済む可能性が高い。
侯爵の人柄から言っても大きな問題に発展する可能性は低い。
だが、侯爵は王国の警備体制に疑念を抱くであろう事に疑う余地はないと思われる。
――最良でもあまり良い状況とは言えないか……。
しかし、襲撃地点の治安や馬車隊の警備状況、現場には馬車が残されていないという状況を考慮すれば恐らくはこのケースであろうと思われる。
現場には馬の死体もそれなりに残されているようだが、その馬が馬車を引いていた馬なのかどうかは不明であり、馬車が移動を済ませている以上、襲撃者が使っていた馬であろうと考えるのが普通だ。
また、行方不明であるのは碌な通信手段などない以上、続報が入るまでは当たり前と言える。
次に、大きな被害を受け、どこかの街や村で待機している場合。
このケースの場合も最初のケースよりも少し悪い状況という程度で、全く取り返しが付かない訳ではない。
そして三番目。
上記両方のケースにおいてミマイルが生存しているかどうかだ。
怪我を負っていても適切に治癒魔術による治療が受けられたなら傷や後遺障害はまず残らないからこれはあまり気にしなくてもいい。
だが、亡くなっていた場合……。
女爵は嫌な考えを振り払うかのように頭を振り、同時に小さな溜め息を漏らしながら先を急いだ。
本丸まであと一分もかからない。
【特殊技能:魂喰い;この能力を使用した存在は、任意の対象(使用時点で生きている事と魔力を持つことが最低条件)の肉体から魂のみを摘出し、吸収することができる。魂が肉体から完全に摘出された者はアンデッドとなる(栄養の摂取や休息をしなくても行動し続けることができる点でゾンビに酷似するが、成り立ち及びその他の特徴などは異なるため、ゾンビではない。例えば、ゾンビに限らず自然発生やある種の魔術、特殊能力による影響などによってアンデッドとなった者は生物を殺し、その生命力を吸収することで経験値を獲得することが可能だが、この能力によってアンデッド化した者は魂を持たないため経験値を獲得する事は不可能)。魂の吸収の方法や完全吸収までに掛ける時間が複雑で長時間になるほど、アンデッド化する対象の能力は強化されるが、上限はある。魂を吸収された者は本能や反射、自衛などを除く自由意志を失い、吸収した存在に無条件で従うようになる。なお、魂の摘出には最低でも5秒以上に亘る接触が必要である。対象の経験レベルが使用者の経験レベル以下ならば、5秒以上接触することさえできれば魂の摘出には自動的に成功するが、対象の経験レベルが使用者のそれを上回っている場合、1レベル上回る毎に摘出に対する抵抗確率は上昇していく(上限99.9999%まで)。抵抗に成功した者には使用者のレベルが変動するまでは何度試しても成功しない。一日に自分の経験レベルの百倍の経験レベルまでの魂を喰らう事ができる。】
※反魂の水晶球(使用者以外の周囲の生命から魔力や生命力を吸収し、それをエネルギーに使用者の魂を変質させる)が使用された事でアンデッドになった者とは全く異なります。
なお、ミマイルの経験レベルは反魂の水晶球が使用された時点で8(騎士団での訓練と三年近くに及ぶ迷宮内での戦闘で獲得したもの)でした。また、ミマイルが獲得した特殊技能は他にもまだあり、その中には別の方法でアンデッドを作り出す能力も含まれています。




