第二百五十三話 金剛石
7450年12月7日
バーン!
射撃壕の中に大音声の発射音が響き渡った。
「撃ち方やめ」
膝撃の姿勢のまま俺を見上げたベルに右手で立ち上がれと合図を送った。
「「……」」
バリュートを始めとする騎士団の幹部たちはあんぐりと大口を開けたまま何も言えないでいる。
ここは、コートジル城の裏に作った屋外射撃場だ。
同行させていた騎士デーニックに命じてベルが的にしていた目標を持ってこさせる。
この鉄板は一〇㎝四方で厚みは一㎝の鋳鉄製である。
それと同じ大きさで四〇㎝の厚みに加工し、崩れないように布で巻いた豚肉を挟んでもう一枚。
これを簡易的なテーブルに万力のようなもので固定したものが今回の標的だ。
それを発射位置から五〇m離して目標として固定していたのだが、ベルは見事に中心をぶち抜いてくれた。
因みに間に挟んでいた豚肉は中心を弾丸が通り抜けた衝撃波でかなり膨らんでいる。
まぁ、正直に白状すると今日は最長五〇〇mくらいまでの狙撃を見せるつもりだったし、最初から狙撃失敗というのも恥ずかしいからベルに撃って貰いたかった、という都合もあったので、わざわざ彼女を呼びつけたのだ。
新しい的となる鉄板と豚肉のセットをデーニックに渡し、今度は一〇〇m先にセットして貰うように頼む。
かまぼこ型をした射撃所の外に留めていた馬に飛び乗るデーニックの背に視線を送りながら「その的の材質は一般的な鋳鉄だ。見ての通り、充分な厚みはそれ一枚でも金属鎧の胸甲と背甲を足したよりも厚い」と教えてやる。
バリュートたちは一言もないままに穴の空いた鉄板を前後から見つめたり、膨らんだ豚肉にナイフを入れている。
暫くは好きに観察させるべきだな。
再び膝をついて俺を見上げるベルに掌を見せ、「待て」と合図を送りながらバリュートたちに視線を送り続けた。
ナイフで中心から開かれた豚のバラ肉は、弾丸の入り口付近に少し焦げ目を作りながらもしっかりと四〇㎝を貫通し、二枚目の鉄板に穴を穿っていた。
「気が済んだか?」
俺が声を掛けるとバリュートたちは揃って顔を上げ、ある者は銃口を上にベルが保持したままのライフル銃を、ある者は一〇〇m先に設置された的に視線を送った。
「今度は一〇〇mだ」
ベルではなく騎士団員に言う。
「射撃用意」
俺の号令でベルはまた膝打ちの姿勢をとると銃を構えた。
「撃て」
バーン!
「撃ち方やめ」
デーニックが持ってきた的は今度も前後にあった鋳鉄板は両方とも貫通していた。
こうして的を少しづつ射撃位置から遠ざけ続けたが、二〇〇mの距離で奥側の鉄板は貫通ではなく割れ、三五〇mの距離でついに弾丸は奥の鉄板を貫通できずにめり込んだだけでヒビを入れるにとどまった。
ここに至って、いかなベルとて狙いをつけてから発射まで数秒の集中時間を要するようになった。
裸眼では流石に限界だろう。
「使ってもいいですか?」
ベルが腰に提げた物入れに手を当てながら言った。
幾つかの試作品を作ってベルに送っていた狙撃眼鏡を使いたいと言うのだろう。
「出来てるのか?」
距離に応じた目盛り入れや各種調整を頼んだのは先々月だ。
「一つだけですが」
ベルは器用に肩を竦めながら言った。
「わかった。許可する」
ベルはいそいそと物入れからエボナイトでできた筒状の物を取り出した。
脇に俺の字で「x2」と書かれている。
(俺の感覚的にだいたい)二倍のレンズのものだ。
倍率から言って比較的近距離の精密射撃用として作成したスコープである。
勿論ちゃんとしたプリズムの入った正立像が得られるものであることは言うまでもない。
慎重な手付きで狙撃眼鏡を愛銃に取り付けたベルは事も無げに四〇〇m先の標的に命中させると、スコープに対して僅かに調整を入れたのみで四五〇m先の標的にも命中弾を与えた。
デーニックが持ってきた標的は豚肉に入って三〇㎝で盲管となっていた。
つまり、鋳鉄製の一般的な金属鎧を着ている目標であれば四五〇m先でも充分な殺傷能力を持つことが証明された。
最後に余っていた標的六つを五〇〇m先に並べさせた。
標的の間隔は大体二m前後だ。
「連続射撃用意……撃て」
バーン! バーン!
二連射をして弾が切れたベルは慣れきった素早い動作で挿弾子を交換すると引き金を引く。
バーン! バーン! バーン! バーン!
「撃ち方やめ」
ベルは銃の槓桿を引いて中に残っていた弾丸を排莢すると空になった挿弾子を外した。
なお、五〇〇m先の標的には全て命中しており、うち手前の鉄板を貫通したものは二発で、貫通はしたものの穴を開けただけでなく割ってしまったものが残り四発であった。
どちらにせよ全ての豚肉には弾丸がめり込んでいたので五〇〇m先の目標に対してもそれなりの威力は見込めることも証明された。
まぁ、当てられれば、の話だけど。
このあたりは実地で経験させねばなかなか難しいので三人の幹部にも射撃を体験させてやることにした。
ベルの使っていたライフル銃は彼女が使い込んで癖など全てを把握している物なので、これを渡して変な癖でも付けられたら大変だ。
彼らに渡すのは今月に入ってから新造したおニューの銃にした。
因みに二〇〇m先での照準調整だけは午前中にベルにしてもらっている。
的は予め用意させていた大きな布に同心円を描いた物を、二〇〇m先にセットさせた。
「私が射撃用意と言うまで引き金には指を掛けるなよ」
「はい」
緊張した面持ちのバルソンは射撃姿勢についてベルからの指導を受けつつ返事をした。
当然だが、射撃姿勢はベルとは異なり姿勢が安定させ易く命中精度も高い伏撃だ。
「そうです。手前の穴の中心に銃口、先端の上に出っ張っている先を合わせて……それをあの的の中心と一直線に重ねるんです」
ちゃんとした射撃姿勢が取れるようになってから、初めて弾丸が装填された挿弾子をベルに手渡した。
「いま弾を込めました。先程お教えしたように銃の右側面に出ている槓桿を引いて……戻して捻って……はい。これで一発目の弾丸が装填されました。そのままお待ち下さい」
ベルは立ち上がるとバルソンから距離を取り、準備が完了したと俺に頷く。
「よし。言った通り結構な反動があるから覚悟しておけよ……射撃用意」
バルソンの指がトリガーガードから引き金にかかったのを見て取った。
「撃て!」
……バーン!
号令から少し間を置いてバルソンは発射した。
「撃ち方やめ! ……おい、引き金から指を離せ」
俺に言われて慌てて引き金から指を離したバルソンは少し興奮気味の顔をしていた。
発射音にビビっていないのはいいが、あんま興奮すんなよ。
その後も挿弾子の弾がなくなるまで射撃をさせ、カムリ、バリュートにも同様に射撃を体験させてやる。
デーニックに回収させた的には四つの穴が空いていたが、全員が自分の開けたものだと主張していた。そんな彼らを見て少々呆れつつも、的の大きさや距離を思い出させてやる。
いかにベルが優れた射手であるか、彼らにも理解ができたようだ。
「さて、銃の威力は全員が理解したな?」
「「はい」」
「そうか。では騎士バルソン、そなたはどう思った?」
「はい。これだけ遠くに対してもあの威力です。この銃という武器は戦場のありようを変えると思います」
「ふむ。騎士カムリ。そなたは?」
「そうですね。私もバルソン卿と同様です。ですが、この音はどうにかなりませんか? これだけ大きな音を立てるとなると、二度目からは敵に簡単に気づかれてしまうでしょう」
「うん。音についてはある程度の対策はある。絶対ではないがかなり有効だ。しかし、それも消耗部品を取り付ける方式だから一〇発も撃つと部品を交換しない限り再びそれなりの音を立ててしまうがな」
「いえ。対策はあるのですね。で、あれば安心しました」
バリュートは頷きながら聞いていた。
「騎士バリュート。そなたはどうか?」
「は。私は皆と同様、威力にも感心しましたが、それ以上に命中率に驚きました。初めて弓を持った者は僅か一〇m先の目標に確実に中てられるようになるまででもかなりの修行期間を必要とします。しかしながら、我々は合計一五発撃っただけで四発が中っています。中ったのが人であれば、威力を考えれば充分に殺せていたでしょう」
おう、流石は副団長。
目の付け所が違うねぇ。
バリュートの言葉にはバルソンやカムリだけでなく、ベルも感心した顔をしている。
「そこで質問がございます。この武器はどの程度の数を用意できますか? また、弾丸もそれなりに必要になると思われますが、こちらももっと多くの数が必要になると存じます」
うん。よく大切なところに気がついてくれた。
「こいつを一丁作るのに、数時間はかかる。そして気力が続かないので毎日作るのは無理だ」
元々、このライフル銃は非常に精度の高い金属工作技術と高度な冶金技術が必要であり、現時点でそれらを満足した水準でクリアできるのは俺の魔術だけだと言ってある。
加えて、銃床や被筒の木材を加工するのにもそれなりの手間がかかっているのだ。
何せ、今の所、銃関係については部品製造にすらトールを直接関わらせていないからね。
銃床や被筒の製造はコートジル城に住まわせている、元ソーセージ工場で働かせていたガキの奴隷の中でもバストラルが器用さについて保証した数人の者にしか関わらせていない。
「だが、弾丸についてはそれなりに大量に作ることが可能だ。まだ保存期間の検証が済んではいないが、今の所雨がかからない程度の納屋みたいな場所に保管しても製造後半年未満で発射障害のあった物はない」
ここまで言ったにも拘わらず、銃や弾丸の具体的な数について一言も触れないことにバリュートは少し不満げな表情を浮かべた。
……ま、こいつらならいいか。
「銃の保有数はここにある二丁を除いて、現時点でほぼ同型の物が私の屋敷と城に合計七丁ある。弾丸も屋敷や城にあるものを合わせれば八千発くらいはあるが、今言った通り保存形態による保存期間の検証用にしている物が大半なので、今日のように好きに練習に使えるものは、現時点では千発もないな」
まぁ、ベルと一緒にトリスもべグリッツに来ているから弾丸については明日あたり、大量に作ろうと材料は確保済みだけどね。
なお、銃も弾丸の数も「現時点でべグリッツに存在する数」しか言っていない。
その後も弓よりも優れた射程や速射性など簡易的な弾道曲線図をベルに描かせたりしながら解説し、初歩的な銃の特性について理解を深めて貰った。
そして最後。
「銃については今後も全て騎士団から執銃資格を取得した者に対して貸与する。例外はない。なお、銃貸与のための執銃資格は先に行ったエムイー訓練の終了者とする」
これを言った所で騎士たちは重々しく頷いたが、ベルだけが目を見開いていた。
うん。
例外はないと言った。
「という訳で、ベル。君の銃も本部に戻せ。あと、領内の貴族は現在騎士団に所属していなくても希望すればエムイー訓練を受けられるからな。その銃に愛着があるなら次のエムイー訓練に参加してもいいぞ。他の者には渡さずに保管しておくから」
「あの、伯爵閣下。質問をよろしいですか?」
「ああ」
「エムイー訓練とは何でしょうか?」
「……各種戦闘技術や戦術論を学び……いや、実質的には精神修行に近いものだ。訓練の受講資格には体力測定もあるが、ベルなら問題なくクリアできるはずだ」
「訓練期間は?」
「座学、体力錬成、想定訓練それぞれでだいたい五週間づつだ。座学だけは分割して受けることも可能にするつもりだが、体力錬成と想定訓練の合計二ヶ月は連続して行われる」
「次回の実施時期はいつでしょうか?」
「来年の……うーん、六月スタートが一番近いかな?」
そうなるとベルは最短でも今から九か月間は銃に触れない。
彼女としてはそれを恐れているのだろう。
そんな顔をしている。
だが、思い出せ。
俺はガルへ村に預けたライフル銃の一丁、つまりベルの愛銃についてはたった今回収すると言ったが、それとは別にガルへ村には今三丁のライフル銃を調整のために送っているのだ。
勿論、ロリックが治めるラッド村、ビンスが治めるミドーラ村、カームが治めるベージュ村、そしてゼノムが治めるウィードにも現時点で二丁づつのライフル銃が配備されている。
それらの銃まで返せとは言っていない。
ちまちまでも鼻血を垂らしながら銃を作り続けていたのは伊達ではないのだよ。
現在、西ダート全体で見ればセミオートのライフル銃が二〇丁にリボルバーピストルが三丁存在している。
そして、今では殺戮者のメンバーを中心に射手も育ってきている。
彼らが報告通りの腕なら、という仮定ではあるが、ピストルはともかくとして二〇丁ものセミオートライフルがあればお馬さんに跨った数人の騎士と碌に当たらない弓矢程度しか飛び道具がない上、徒歩の敵であれば、二〇~三〇倍程度の数ならば奇襲でも受けない限りは文字通り無傷で蹴散らせる。
俺の計画では五〇丁のセミオートライフル……まぁ、今はそんな事関係ないな。
「とにかく、例外はない。その銃はたった今騎士団が預かっておく」
そう言ってベルに手を伸ばす。
納得したのか思い当たってくれたのかはわからないが、ベルは「少し待ってください」と言って革製の細長いバッグに銃をしまってから俺に差し出してきた。
「あと、エムイーってなんですか?」
あー、お前もそれ聞くか。
まぁ、聞くよね。
「……マルソー・エンゲラだ。彼女の様になれ、という意味を込めて名付けた」
そして、
「無事に訓練を終了すれば、資格所持の証明としてこのバッジを渡す」
俺の左胸につけている徽章を右手の親指で指しながら言った。
ドラゴンが金剛石を咥えているようなデザインを図案化したものだが、本当は咥えているのではなく、噛み砕こうとして出来ない、という意味だ。
ベルは徽章には今気付いたようだ。
まぁ、ドラゴンはデフォルメされた頭部だけで色は黒。
金剛石も自衛隊のレンジャー徽章のように図案化されたもので、こちらも黒なので目立たない。
因みに金剛石はシャドウドラゴンの小さな鱗(千枚単位で余っている)を鎧職人のカーリムが頑張って削ったものだ。
「そう……ですか……来年の六月でしたね。夫と共に受けますので席を空けておいてください」
今日初めて、ベルは燃えるように目を輝かせて言った。




