第二百五十一話 理由 2
7450年11月19日
「何故、と仰られましても……」
俺の問いにバリュートは口ごもった。
が、俺の視線を受けたことで続きを口にする。
「あの二人は入団時点で優秀でしたから、そうそう伸びはしにくいかと」
バリュート以外の騎士たちも同感のようで、頷いたりしている。
俺としては、予想通りの答えが返って来たことに渋い顔を禁じ得ない。
予想の範囲を一歩も出ない事に落胆し、心ならずも苛ついてしまったからだ。
っつーかさ、そういった事も考慮して評価システムを作ったんじゃ?
不満を押し殺して平静を保ち、「他の意見はないか?」と聞いてみた。
ひょっとしてこいつら、最初に考えろと言って考えさせて以降、何も考えてなかったんじゃあるまいな?
「「……」」
残念なことにクローやマリーも含めて全員がお互いの様子を窺うかのようにしている。
……はぁ、どうしたもんかね?
せめて一人くらいは責任感のある奴がいてもバチは当たらないと思うのだが……。
なんのために考えさせたのか虚しくなるが……まぁ、いたら多少は違っていたか。
「違うだろう? 彼女らの成績について満足し、伸ばすように指導しなかったからだろう? つまり、そなたらの責任だ」
俺の発言に全員揃ってハッとしたような顔つきになった。
「そなたらの言う通り、確かに彼女らの入団時の成績は従士として優秀だった。騎士団に入団した年齢を考えれば一般的な従士より優秀なのは尤もだ……従士ホワイトフレイムや従士ビルバーンらも彼女ら以上に年を食っているのだから優秀なのは当たり前だと評することもできよう」
全員、頷いている。
「従士ホワイトフレイムらの年齢は軒並み三〇を超えているのだし、優秀じゃなければ入団させる意味も低いからな」
奴らを入団させたのは騎士や従士として優秀だからではなく戦力として使い出があるから、というのが本音だが、そこはそれ。
まぁ、年が年だから伸びしろは大してないだろう。
「それは従士ファイアフリードと従士アクダムも同様だが、彼女らは私と同じ年齢だ。まだまだ充分に若いのだから叩けば伸びる……」
納得したような顔をする者も多いが、完全に納得したという顔つきをした者はいない。
この分だとストレートに言っても効果が低そうだ。
その時は理解したような気になっても、心の底から理解できなきゃ意味がない。
何せ、この地の領主、絶対者であるはずの俺が「考えろ」と言ってもその時だけ考えて、それで終わりにしちゃうような奴らだからな。
ま、多少は理解した様子の……マリーから聞いてみようか。
「……そなた。騎士マリッサ」
「は」
「貴様、私に言われた時だけ考えて、その後考えるの止めていただろう? 正直に言ってみろ」
「……はい」
「なぜ止めた? 先程も改めて言ったが、私はその時もあれでは不充分だと言った筈だ」
「それは、その……」
マリーは返答に窮した感じだ。
「教えてやる。日々の業務に追われているうちに忘れてしまったからだ」
「……はい」
マリーは情けない顔をして頷いた。
だが、俺はその顔の下にホッとしたというような感情が隠されているのを見抜いた。
こう言えば納得しやすそうだから言っただけだ。
自分を騙すなよ。
「そなた。騎士バラディーク」
「は」
「貴様はどうだ? 私に言われた時だけ考えて、その後考えるの止めていただろう?」
「は……その、私も日々の業務に追われて、つい失念しておりました。申し訳ありません」
確かに二人は騎士団の経理全般の業務に加えて騎士としての通常の任務、そして従士の指導役まで担っている。最近だと捕えたオークの尋問や俺のエムイー指導の助教も務めている。
表面上の言い訳としては納得させ、いや、文句も付けづら、反論するのは面倒臭いからそれでいいや、だろう……ここにいる者は。
「そなた。騎士カムリ」
「はっ」
「貴様は?」
「う……申し訳ありません、団長。私も失念しておりました」
彼の業務はクローやマリー程多岐にわたってはいないが、それでも中核を担っているだけあって結構な量がある。
特にバリュートと並んで領内各地から徴収する税や王国騎士団への補給の実務については、実施において彼がもうひとりのリーダーとして皆を主導している。
しかし、日々の業務に追われて、とは言わなかった。
ふん。
「そなた。騎士バルソン」
「はっ」
「貴様はどうか?」
「申し訳ありません。その……私も失念しておりました」
彼女もカムリ同様に業務量はそれなりに多い。
正騎士や入団して数年が経ったベテラン従士の訓練計画や策定を担い、現場で主導しているのは主に彼女だ。
訓練用の模擬武装などを含め、騎士団全体の備品などについても最終的な管理責任者となっている。
そんな彼女だが、これも表情などから察するにうまい言い訳だと飛びついているだけのようだ。
「そなた。騎士バリュート」
「は」
「貴様はどうだ?」
「恥ずかしながら私も……つい失念しておりました。団長直々のご命令にも関わらず失念してしまったのはひとえに私の不徳といたすところです。誠に申し訳ありません」
副団長ともなると騎士団内のほぼ全ての業務に目を光らせる必要があるから必然的に業務量は誰よりも多い。
何せ、一番大切で厄介なのは俺に対する報告だからだ。
しかしねぇ……。
こうして一人ひとりに尋ねたが、あとは言わずもがな。
「そなたら、揃いも揃って嘘吐きだな。本当はその後改めて私に問われなかったからだろう? あれで済んだと思い込んだからだろう? 違うなら違うと言ってみろ」
「「……」」
全員さっきのマリーよりもずっと情けない顔をして項垂れた。
いみじくもバリュートが言う通りに、団長直々のご命令を遂行できていないんだから当然だよね。
「それについて今更どうこうは言わんからいい。だが、私はそなたら全員について一人前の正騎士だと見込んで言ったという事は忘れるな」
正騎士に叙されているからには一人前なのは当然だけどさ。
「騎士バリュート。正騎士の定義を述べろ」
「は。常に己を律して向上心を持って行動し、品行方正を心掛け、団に忠誠を示し続けられる者。それに加えて、具体的には部隊指揮官として水準以上の能力が……」
「そうだな」
まだバリュートが喋っている途中だったが、長くなりそうだしここまでで充分だから遮った。
「今、騎士バリュートが言った通り、騎士とは常に己を律して向上心を持って行動が出来る者でなければならない。そして従士はすべからく騎士としての叙任を受けるべく励むべきである。従士にも色々あるから、実態はともかくとして王国騎士典範にはそう記されている……そなたらも正騎士として叙任を受けているからには当然知っていて、且つ理解しているものと思う」
バリュート一人に向けて言っているでのはないと、全員の顔を見回しながら言う。
「今ここには、私が騎士としての叙任を執り行った者はいない……」
ウェブドス騎士団で叙任を受けたクローとマリーを除けば、残りの全員は俺の前任者であるゴッシ男爵が騎士としての叙任を執り行っている。
「……が、全員が己を律し、向上心を持って行動が出来る者であると信じている」
信じていたのに……。
信じていたのにぃぃっ!
テキトーなところで満足しちゃってるよね?
「今の従士たちも同様に己を律し、向上心を持って行動が出来る者に育てなくてはならない。そうでないと彼ら、彼女らは騎士になれないからな……」
ここまで言って初めて、何人かが悔しそうに頷いた。
その気持ちを忘れないでくれ。
「水準に満たない者を引き上げてやることは当たり前だし、大事なことだ。彼らを教育し、騎士たるに相応しい力量を身に着けさせる……。勿論、中には頑張っても水準まで伸びない者も居るかもしれん。だが、そういった者に対して手を差し伸べ続け、教え導くのはとても大切なことだ」
貴族の継嗣のような少し特殊な立場にある者を除き、騎士候補たる従士、いわゆる訓練従士として騎士団に入団してくる者は、だいたい一五~一六歳くらいだ。
例外もいるが将来的に騎士への出世を望む者はこのくらいの年齢で騎士候補として入団してくる。
そして、数年間――平均的には四~五年間頑張ったあたりで、将来的にもとても騎士になれそうにないと思った者は、騎士になることを諦める者が多い。
勿論、もうちょっと頑張ればなれそうだ、という者はその後も頑張るが、そうでない者はこのあたりで退団するか、任期制の志願従士として歩兵部隊の方へ転属を願い出る者が結構いる。
指揮官たる騎士には向かなかったが、歩兵としては充分な力を持っていることはままあるし、少々下世話な言い方をするなら領地の公務員なので生活自体は安定している、という事もある。
歩兵も訓練従士も給料自体はそう変わらないが、任期制の志願従士だと勤続年数に応じて多少の報奨金が支払われる事が多い、という側面も無視できないだろう。
歩兵として勤める任期制の志願従士は三年の任期毎に年収分くらいの報奨金が払われるし、騎士団の規模にもよるが俺の騎士団だと交代制で外泊も許可されているので結婚して家族を持つことも夢ではないからだ。
なお、超エリート集団である王国第一騎士団を除き、他の騎士団においては無任期とも言える訓練従士の在任期間なんかの規則は無きに等しいので、そのまま訓練従士の立場として居続ける者もそれなりにいる。
騎士への未練を断ち切れないからだろう。
そういう者でも稀には伸び、騎士としての叙任を受けることが出来る者も全くゼロではない。
とにかく、訓練従士に留まっている者についても見捨てるのは良くないことだ。
どうしても騎士になれそうにないのであれば、任期制の従士など別の道を指し示してやる事も必要だろうし。
「そして、入団時点で優秀な者をもっと伸ばすことも、同じくらいに、いや、将来の騎士団を担う人材を育てるという観点から見れば最重要とも言えるほど重要なことだ」
こいつは今すぐにでも騎士の叙任を受けたとしてもおかしくはない程に出来の良い奴だから放っといていい、とは行かないのだ。
「成績の良い者はもっともっと伸ばしてやる必要がある。特に入団時点から優秀なら尚更だ。出来る事の範囲を広げてやるんだ。だから今のうちにどんどん負荷を与えてストレス漬けにしてやる必要があるんだ……」
もうそろそろ大部分の騎士が俺の目指していた教育に思い至ってくれたようだ。
だとすると、ちょっと例を交えてやった方がいいかな?
「ここに成績の良くないジョンとそのままでも騎士になれそうなほどに成績の良いテリーがいたとする。訓練従士を導く者は、どうにかしてジョンの力を引っ張り上げ、立派な騎士に育て上げるのは当然の仕事だ。そのためにはなだめたりすかしたり怒鳴りつけたり、時には罰を与えたりする事もあるだろう。どんな方法をとったとしても騎士の叙任を受けた暁には、ジョンの力は入団当初よりも大きく伸びているのは間違いないと思う……」
ここで残りの者もやっと理解してくれた顔つきをしてくれた。
「……しかしまたテリーに対しても教育の手を抜いてはならない。折角優秀な素質を持っているんだ。もっと伸ばしてやらねばテリーが可哀想だろ? ジョンはこんなに伸びて騎士になれました。テリーも騎士になれましたが、その能力は入団当時と大して変わりがありませんってのはあんまりだろ?」
後は簡単に済ますか。
「私が“不公平があったとしても一向に構わない”と言った理由が解ったか?」
あら?
まだ解ってない奴もいそうだな。
「槍術が水準に満たないジョンに特別居残り訓練を命じるなら、テリーにももっと高度な課題を与えて居残り訓練をさせろ。いつも身だしなみが悪いジョンに罰として腕立て伏せをさせるなら、不条理だろうが理不尽だろうがテリーにも難癖をつけて腕立て伏せをさせてやれ。不公平が何だ。そんな事、従士たちが立派に育ってくれるならどうでもいいことだ。いいか? そなたらの仕事は訓練従士を全員、騎士に仕立て上げるだけじゃないぞ。そんなのはやれて最低線だと思え! 良い素質を持っている従士がいるならもっともっと伸ばしてやるんだ」
流石に理解してくれたようだ。
半分近く言ってしまったが、ここまで言えば後は誰だって考えられると思う。
「従士たちから嫌われるのも仕事のうちだ……解散」
目の輝き不備、か……本当にクソなセリフだが懐かしいね。




