第二百四十九話 才能
7450年11月14日
朝からべグリッツの町外れにある神社まで出向いた。
真冬でも体感で一〇℃を下回る事は滅多に無い地方だからか、神社にはサザンカみたいなピンク色の花を咲かせたザマハールという低木が垣根のように生えており、その木には赤く熟した実を付けた胡椒の蔓が巻き付いている。
垣根の足元にはアザミのようなカートリーという花が植えられているのか、胡椒みたいに勝手に生えているのか、とにかく目を楽しませてくれる。
今日は子供の命名日なのだ。
ああ、子供と言ってもアルソンのことじゃない。
昨年の今月にべグリッツで生まれた奴隷の子供の事だ。
昨年の今月にべグリッツで生まれた子供は合計一二人。
そのうちで俺の奴隷が生んだ子は九人だ。
そして、集中保育の効果が現れたのか今日までに死亡しているのは一人もいない。
この九人の赤ん坊の命名については持ち主である俺か、俺の家族が立ち会わねば執り行ってもらえない。
神社に入ってから出てくるまで合計一五分もかからないし、俺は命名の儀式には都合がつく限り必ず自らが立ち会うようにしている。
ミヅチに頼んだのは今までに二回だけだ。
「ステータスオープン。天におわす神の代行者として名付ける、命名、アムル……。これで全員終わりました。閣下、御確認願います」
バーミン神官長の言葉に最後の一人の赤ん坊に触れてステータスを検め、ちゃんと命名されているのを確認した。
「うむ。しっかりと命名されている」
「では、この九名を新たに人別帳に追加記載いたします」
「ああ、よろしく頼む」
そう言いながら九人分の命名費用(?)とでも言うべき一三五万Zを喜捨した。
ぞろぞろと奴隷たちを引き連れて神社の敷地から外に出る。
そして、少し離れたところで待機していたズールーとルビーのところまで行くとくるりと振り返った。
子供を抱いた夫婦たちの視線が俺に集まる。
「これでそなたらの子は正式な名を持った。今後も奴隷頭の言うことを良く聞いて一層励むように。では解散」
ものすごく簡単な訓示だが、いつもこんなものだ。
毎月々々、奴隷の子の命名なんぞ何人もやっているし。
正直言ってこんな事にあまり多くの時間を割きたくはないからね。
奴隷の方も普段滅多に顔を見ることもない俺の話なんか聞きたくもないだろうし、そんな事で時間を食われるくらいなら赤ん坊の顔でも眺めている方が余程マシだろうからこれでいいのだ。
一番手前にいたドワーフらしい夫婦――その嫁さんの胸に今命名されたばかりの赤ん坊が抱かれている――が一歩脇に避けるように移動すると、夫婦揃って俺に頭を下げる。
夫婦は俺よりも少し年下のようだが、当然のように嫁さんの方も髭モジャだ。
「ありがとうございました、ご主人様」
ん?
「あ、ああ。ミルトだったな。元気に育つと良いな」
「はい。ご主人様に触れて頂いたことで丈夫な子に育つと存じます……」
はぁん?
ドワーフの夫婦はまた丁寧に頭を下げながら、俺の脇を通り過ぎようとしている。
「ありがとうございました、ご主人様」
え?
また一組、赤ん坊を抱えた夫婦が俺に頭を下げる。
この二組の夫婦が呼び水となったのか、今回の命名に参加した夫婦たちは全員が俺に頭を下げてきた。
こんな事は今までになかった。
どうやら、彼らのポイントは俺が赤ん坊に触れたことらしいが、そんなの、命名確認でいつもやってることなので、今回が特別という訳でもない。
全員の挨拶を受けた後でズールーとルビーに訊いてみた。
「実はその……例のブルードラゴンを斃した話が広まって以降、ドラゴン・スレイヤーであるご主人様に触ってもらうと元気に育つという話が……」
ズールーが言うには、今年の春くらいからそういう話になっていて、命名の際に必ず俺に触れられるという事で奴隷たちは有難がっているという。
まるで力士か何かのようだ。
「あとはあれダスね。夏頃から妊婦なんかにはぁ、消毒用の焼酎だんの布だんのをお与えになっておられますから……」
今命名された子供たちの両親はそういった恩恵を受けてはいないが、それでもそうした行為についてはありがたく感じているそうだ。
ま、礼を言われたくてやった事ではないが、自分の行いについて感謝されるというのも悪い気はしない。
なお、この日の夕食時にミヅチに自慢気に話したら、俺に触って貰えるとご利益があるという話はズールーが出処だとわかって、なんだかなぁ、という気分になってしまった。
どうせならそういうのは自然に出て来て欲しいところだが、勇者伝説というのはやはりこうして側近の者が作り上げるものなのだろうか。
っつーか、ズールーの野郎、一体どんな事を言ったのか知りたいような気もするが、ここは聞かぬが花というやつだろうな。
・・・・・・・・・
7450年11月15日
ロンベルト王国北部。
グラナン皇国と領境を接するベルタース公爵領第二の街、フラキス。
昨夜遅くから降り始めた雪は、一夜明けた今、世界のすべてを白く塗り替えていた。
これは今年始めての本格的な降雪である。
降雪自体は先月から断続的にあったのだが、積もる程の量は降らなかった。
フラキスの北に聳えるデマカール山の山頂付近でも昨日までは碌に積もっていない。
日照時間になった今も大量に降り続けている雪は、本格的な冬の到来を告げるために鳴り響く鐘の音のようだった。
今日はこの地に駐屯する第一騎士団と第四騎士団総出での模擬戦が予定されていた日である。
「う……寒いがあまり風が強くないのが救いだな」
王国北方軍の司令を務める王国第一騎士団第三中隊長であるマリーベル・ラードック士爵は執務室の窓板を跳ね上げると外の様子を確認して呟いた。
「そうですね。それに……この降雪量なら視界も悪いですし、切り札の能力を試すのにも宜しいかと」
彼女の脇から同様に外の景色に視線を飛ばした副官も少し寒そうな顔つきで言った。
「……そうだな。後始末には骨が折れるだろうが、確認は早い方がいいしな」
「ええ」
「では、今日の模擬戦については貴様に任せる。私は切り札と別行動をするが、昼頃には後始末の手伝いに来てくれ」
「は」
窓は閉じられ、執務室は再び魔道具が照らす明かりのみとなった。
一方、第一騎士団員専用の兵舎では出入り口が渋滞を起こしかけていた。
「う~、寒……。これが雪かぁ……」
どうにか人混みを掻き分けて兵舎から出てきたミルーは寒さに顔を顰めながら零した。
積もっている雪の深さは一〇㎝程度であろうか。
「すごいな。見張り櫓すらまともに見えないぞ」
ミルーと同様に黒いゴムプロテクターに身を包んだ第一騎士団の騎士もあたりに降り注ぐ雪に驚いている。
「お? 足跡が……これちょっと歩きにくいな」
「む……本当だ」
「これ氷なんでしょ?」
「そう聞いてるが……雪ってこんな感じなのか……」
この季節のこの地では当たり前の降雪だが、初めて経験する者もそれなりにいるのだ。
物珍しげな顔で地面に積もった雪の上を歩いてみたり、手のひらで雪を受けてみたりしている。
はっきりと目立つ足跡が出来る事を見て、どことなく嬉しそうで楽しげな顔をしている者が殆どだ。
「ほらお前ら、そんなとこに溜まってないでさっさと行けよ」
「もう雪かぁ、しっかし今日から積もるとはついてねぇな」
「全くだ。これから先が思いやられるぜ」
「先週から冷え込み始めてたからなぁ……」
対して以前に雪の経験があるらしい者達は、特に珍しそうな顔をしていない。
どちらかと言うと嫌そうな表情が目立つ。
駐屯地の傍に広がる練兵場には既に多数の人影が見えるのだが、降り続く雪に邪魔されて普段よりも明らかに見分けにくい。
ぞろぞろと練兵場に向かう騎士達。
「そういやぁ、この鎧、あんまり冷えねぇな」
「ああ、本当にな。買ってよかったぜ」
「革鎧も悪くはねぇけど、冷えると硬くなっちまうしなぁ」
誰かの声に幾つかの反応がある。
板金鎧や金属帯鎧、重ね札の鎧など、金属部分が多い鎧は雪中では使い物にならないのだ。
勿論、鎖帷子も例外ではない。
重量があることに加えて表面温度も相当に下がり、着用者の体力を奪うのみだからである。
数人いる、ゴムプロテクターを持っていない騎士は羨ましそうな顔をするばかりだ。
なお当然だが、ゴムプロテクターの表面温度もそれなりに下がるのは確かだが、金属程ではないし、降雪時と言っても零下何十度というレベルではないので気にするほどに脆くなる事もない。
そうこうしているうちに全員が練兵場に到着した。
練兵場には五〇〇名程の第四騎士団員が小隊ごとに並んでいる。
そこに第一騎士団員が約四〇名加わった形だ。
馬は第一騎士団員のもののうち半数程度が引き出されているようで、まだ全て揃ってはいないが、厩舎から引き出されつつある事は視界の悪い降雪中でも判る。
すぐに揃うだろう。
寒い中、全員震えて待っていると、司令官であるラードック士爵と副官もやってきて、早速訓練前の訓示が行われた。
それによると今日は珍しく第一騎士団も第四騎士団もそれぞれ半数ずつに別れ、練兵場内のみを使った素直な模擬戦を行うという。
いつもなら練兵場など使わずにフラキスから数㎞離れた林や丘陵、森などまで出向いてから騎兵対歩兵を中心とした防御戦や強襲戦などを行うのが常であるが、雪に不慣れな者もいるために雪中での騎乗戦闘それ自体に慣れる意味合いもあって、紅白戦のように互いの戦力の差をなくした素直な訓練になったらしい。
「騎士ミルハイア・グリード」
「はっ!」
訓示の最後に名を呼ばれたミルーは鋭い返事をする。
「貴様だけは特別メニューだ。私について来い」
「は? はい!」
ラードック士爵に連れられて、ミルーは駐屯地から少し離れた河川敷まで移動した。
幅広い上にきっちり造成されている王都の河川敷とは異なり、この河川敷の幅は川まで一〇mもない。
普段は川砂利に覆われているために耕作地にも訓練場にもならない河川敷だが、駐屯地から近いのでミルーも何度となく傍を通っている。
川幅も一〇mもない筈だが、雪足が強まったのか対岸の河川敷は霞むようにしか見えない。
「さてグリード。馬から降りろ」
「はい」
司令官に命じられ、ミルーはすぐに下馬した。
ゴム底のブーツは足首よりも深く埋まる。
手を差し出してくれた司令官に馬の手綱を預けた。
「あっちの方、限界ギリギリだと思う場所に、幅五m、高さと厚み一mの土塁を作ってみろ。射程の延長はしないでいい」
命じられてミルーにも模擬戦から外れた別行動の意味が飲み込めた。
降雪中における魔法の能力を測っておこうというのだろう。
「は」
ミルーは数歩移動すると、すぐに司令官に命じられた方角に体を向け右手を開いて上空に翳した。
空に向けて伸ばしたミルーの掌よりも更に高いところから、ざあっという音と共に土が湧き出して球体を形作り始める。
僅かな時間で大きな土球を生み出したミルーは、すぐに整形にかかった。
あれよあれよと言う間に土球は横に引き伸ばされ細長い土でできた棒状に変形する。
それを眺めながら「いつもながら見事な技だ」とラードック士爵は感嘆を禁じえない。
なにせ、僅か十秒程度で歩兵一個小隊くらいの人数を保護できる程度の土塁が作られてしまうのだから無理もないだろう。
「っ……!」
整形が終わると同時にミルーは上へ伸ばしていた手を前方に向けて振り下ろし始めた。
その動作と同時に、宙に浮かんでいた土塁は音もなく前進する。
「……っ」
スーッと飛び始めた土塁だが、だんだんとその速度が落ちていった。
それに伴って、ミルーの顔に集中による汗が噴き出すが、ラードック士爵には背を向けている恰好なので士爵には見えない。
が、振り下ろしつつある腕が痙攣でもするかのように細かく震えだした事には気がついた。
魔法の使えない士爵にもミルーの集中が普段以上の極度の集中を必要とされる領域に入った事が理解できる。
土壁は二〇m程前進したであろうか。
雪は降り注ぎ続けているが、まだ土壁の全容は見えている。
練兵場の風景を思えばあと五〇~六〇m程度は離れても認識は可能だろう。
しかし、土壁とミルーの間に降り注ぐ雪はミルーの視界を妨げているのは確かで、まだ充分に土壁の形状は認識できるにも関わらず、ミルーの魔法はいつもより大分通りが悪い。
――んっ……なんで? あの程度の距離で……ううっ……。
ミルーは歯を食いしばりながらも集中を続けるが、どうにも上手く土壁を飛ばせない事に焦っていた。
それとほぼ同時にドン!と音を立てて土壁は地に落ちた。
――焦って集中を切らしちゃったか……。
「す、すみません、中隊長……。なんか上手く行かなくて」
士爵を振り返ってミルーは詫びの言葉を口にした。
「いや、いい……それはそうと、射程延長に魔力は使っていないだろうな?」
「はい」
ミルーに返事をしながらも士爵は内心の驚愕を隠すのに精一杯だった。
ここは普通の顔をして能力の確認を続けなくてはならないのだ。
「……それと、中隊長ではなく司令官と呼べ」
「あ、はい。司令官。もう一度やらせてください」
「うむ」
数メートル脇にずれ、ミルーはもう一度同じような土壁を作り出すと飛ばした。
今度は焦燥感を覚悟していたために先程より遠くまで飛ばすことが出来たが、それでもプラス五mというところで、この結果にミルーは大いに落胆した。
その後土壁の大きさを小さくしたり大きくしたりして何度か実験を繰り返したが、結果に大差はなかった。
「おっかしいな……見えにくいというのはあんまり関係ないと思うんですけど……」
「そういえば、夜でも普段通りだったな」
「あと、雨でもそれなりに……」
「何が問題だと思うか?」
「やっぱり雪だからではないでしょうか?」
雪が降る中では、放たれた攻撃魔術の飛翔距離が落ちることは一部で知られている。
今回のミルーのように土などの元素を飛ばした場合にも飛距離が短くなってしまうことも同様である。
しかしながら、それには個人差もある事も同時に知られていた。
また、雪の降り具合によって大きく左右される事も判っている。
今の降雪量はかなり多い部類だが、この程度の場合平均すると、魔法の飛距離は本来の一割以下に落ち込むのが普通である。
雪が降っていない晴天時における通常の場合、土壁を飛ばすだけであれば、射程の延長に魔力を注ぎ込まない本来の飛距離は一六〇m程である。
しかして、たった今士爵の目の前でミルーが飛ばした土壁は最終的に五〇m近い距離まで飛んでいたのであった。
常人の三倍以上の飛距離である。
無魔法の「飛ばす」に関わる魔術を使う際に射程の延長を意識して魔力を注ぎ込めば飛距離を伸ばすことが可能です。
注ぎ込めるのはその魔術に必要な無魔法のMP量の一〇倍までですが、1ポイント注ぎ込む毎に20m程射程が延長されます。
今回の土壁には「飛ばす」ことと「整形」、「量加減」「あやつり」で無魔法だけで合計16ポイントのMPを使用しています(普通の人は「飛ばす」ことと「整形」のみで8ポイントしか使わない事が多いですが、ミルーは大きさや形状を正確に、位置も微調整可能なように贅沢に使っています)から射程延長には160ポイントまで魔力を注ぎ込めます。
視界さえ開けており、(雪景色だろうがなんだろうが)天候が良くて視線が遮られないのであれば本来の射程である160m+3200mが射程限界です。




