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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第二百二十七話 下見中

7450年6月25日


 ロンベルト王国の王都、ロンベルティア。

 その街なかを流れる川の河川敷の訓練場で、ミルーは模擬戦を終えた。


「……ふぅ~」


 額から流れる汗を手の甲で拭い、一息つく。


 彼女の前には第二中隊長となった、かつての上官であるセーガン・ケンドゥス士爵が脇腹を押さえて蹲っている。


「くっ……やるじゃねぇか」


 ミルーはケンドゥス士爵に手を差し伸べながら「どうです? 合格ですか?」と尋ねた。


「わかってるくせに聞くなよ。以前の勘は取り戻せたようだな。これで再訓練は終わりだ。今から本部へ出頭し、再訓練が終わったことを報告しろ。おそらく明々後日に出発する第四騎士団の交代要員と一緒に出ることになるだろう」


 顔を歪めながらケンドゥス士爵は答え、埃を払った。


「あの、大丈夫ですか? 怪我をしたのであれば治療を……」

「いいのは貰ったが、お前如きの打ち込みで怪我なんかするかよ。鍛え方が違わぁ……さっさと行け」


 平然とした顔を取り戻し、士爵はひらひらと手を振ってミルーを追い払う。


「は。では、再訓練の終了を報告してまいります。失礼します!」


 ミルーは元気よく答えるとすぐに振り向いて走り出した。

 訓練場を横切って、土手を駆け上るとすぐにその姿は見えなくなる。


 その途端、ケンドゥス士爵は再び脇腹に手を当て、顔を歪めた。


「いっつつつ……」


 それを見ていた中隊員達が士爵の傍に寄って来くる。

 士爵はゴム鎧を脱ぎ始めた。


「ぐっ……こりゃ肋骨が折れてるな、くそぅ……」


 それを耳にした中隊員達は口々に喋り始めた。


「あーあ、無理すっから……」

「格好つけんなよ、ホント」

「しっかし、ミルーの奴、前よりキレが増したな」

「ああ、ケンドゥス隊長から一本取ったばかりか、肋骨をへし折るとはたまげたな」

「おい、お前、治癒してやれよ」

「しょうがないね。隊長さん、脇腹を見せて頂戴」


 士爵は治癒魔術を掛けるべく近寄ってくる中隊員に情けない顔を見せると「痛え。多分二本折れた。頼むわ」と言った。


「ったく、どうせならミルーに掛けてもらった方が早く治るのに……ちょっとそのままでいてください……」


 


・・・・・・・・・




7450年7月10日


「ふぇふぇふぇ……。お見積り金額はこちらです」


 ロリバスラル外商長は皺だらけの手で一枚の羊皮紙を広げると机の対面のストールズ公爵とダンテス公爵に差し出した。


 羊皮紙には各種の条件と金額が記入されている。


「……三〇〇〇万か」


 見積額を見て両公爵はどちらともなく呟いた。

 金額は上限に近いが当初より予想されていた範囲内ではある。


「如何ですかの?」


 二人の顔色を諮るように老婆が言った。


 両公爵は顔を見合わせると頷きあう。

 その様子を見て、老婆は更に口を開く。


「条件についてもご確認願えますか? 先日の通りの記載となっている筈です」


 その言葉に、二人は見積書に記載された文面に目を通し始めた。


 暫く沈黙が流れるが、程なくしてストールズ公爵が「結構です。この条件で正式にご依頼したいと思います」と言った。

 ダンテス公爵も持参していた箱を机の上に載せ、蓋を開ける。


 箱の中には五枚を一組として纏められた金貨の山が十組収められており、ダンテス公爵はそこから六組を取り出すとそれを老婆の方へ押しやった。


 見積もられた金額を値切らないのは、ライル王国が値段の交渉について一切受け付けないからである。


「では確認させて頂きます……ステータスオープン……ステータスオープン……」


 老婆は金貨のステータスを確認し始める。

 三〇枚なので大した時間は掛からない為か、両公爵は一枚一枚金貨を手にとって確認するのを黙って眺めている。


「……ステータスオープン……ステータスオープン。……確かに三〇〇〇万Z、頂戴いたしました。ふぇふぇふぇ」


 全ての金貨の確認を終え、ロリバスラル外商長は不気味な声で笑った。


「では、お見積りの通り、一〇月末までに候補地を絞ります。ご報告は一一月の半ばには出来ると思います」


 そう言うと老婆は席を立ち、部屋から出ていった。


「……では私もこれで失礼します。後の事はよしなにお願いします」


 ストールズ公爵もダンテス公爵に声を掛け、席を立つ。


 それを見上げながらダンテス公爵は「ではロボトニー伯爵に冒険者の募集を命じます。残りの二〇〇〇万は雇い入れの前金として全部使っても良いのでしたよね?」と言った。


「ええ。問題ない筈です」


 ちらりと振り向いて答えるとストールズ公爵も部屋を出ていった。




・・・・・・・・・




7450年8月18日


 アルはダート平原でまた屠竜ドラゴン・スレイヤーを使って間引きを行ったあと、どうにか二週間の時間を作って王都に向かっていた。


 目的は、改めて国王に鉄道路線のコースについて許可を取ることである。


 べグリッツからロンベルティアまで鉄道の線路を引くこと自体の許可は取れているが、どこを通すのかについてはまだ決定していない。


 先月、ベグリッツとウィード、そしてゾンディールまでの線路が開通したのだが西ダートの地には未だ未通の場所も多い。


 従ってこれについては急いで許可を取る必要はないのだが、工事人夫に間者を潜り込まされた事もあり、アルとしてはそういった作業員達についてはさっさと領外の工事へと追いやりたかったのだ。


 アルを先頭に、三騎は道なき道を突き進んでいる。


 今朝、日の出と共にベグリッツを発ち、太陽が中天に差し掛かる現時点でもう二〇〇㎞も北上している。

 平均時速は三〇㎞にも達するだろう。


 ちらりと空を見上げ、アルは昼食を兼ねて大休止を取ることにした。


 軍馬の手綱を手近な木に結びつけ、三人は適当な岩に腰を下ろした。


「あー、動かない石っていいですね……」


 リーグル伯爵騎士団で古株の実力者、クロスボウが得意なカムリ准爵がゴム製の食器を膝に乗せて言った。

 カムリ准爵は狼人族ウルフワーで、毛並みの良い灰色の尻尾を自慢としている。

 だが、今はその自慢の尻尾も力なくだらんと垂れたまま、ピクリともしない。


「ええ、本当に。こんなにきついとは思いませんでした」


 同じく女ながら槍の腕に優れているバルソン准爵も食器を取り出して腰をさすりながら答える。

 彼女はヒュームだが、二人の子供がいるとは思えない程引き締まった体と長く美しい紫色の髪を誇りに思っている。


「おいおい。まだ半日でそんな調子でどうする。今日はガリー(天領南部にある街)まで行くんだからな」


 そういうアルも微妙に顔を顰めていた。


「さて、飯にしよう。今回、道中の食事は野戦食のテストも兼ねているからな」


 そう言いながら、アルは蕎麦パスタを取り出し、全員の食器に入れる。

 そのためか、食器は細長い形をしている。

 パスタを入れた長方形の食器を三つ並べると、正方形に近い感じになった。


「カムリ。熱いお湯を出せ」


 細長い容器にぴったり合う形状の蓋を手にしながらアルが命じる。

 カムリ准爵は命じられたまま食器の上に手を翳す。

 それを見たアルが「あ、近すぎるぞ」と注意する間もなく沸騰するお湯を出す。


「うあっち!」


 跳ね返ったお湯が手に掛かったのか、カムリ准爵は食器一つ分にも満たない量しかお湯が出せなかった。


「もっと手を離さないと危ないぞ」

「そうよ。このくらい」


 バルソン准爵は食器から四〇㎝程も上に手を翳し、器用にお湯を出し、三つの食器が一杯になる寸前でお湯を止めた。


 すかさずアルが蓋をする。


「このまま一五分待つ。その間にソースを用意しておこう」


 アルは瓶詰めにされたソースを三つ取り出して言った。

 相当に揺れたが、タオルで包んだ瓶は割れていなかった。


 アルは広口瓶のコルク栓を開けて、瓶ごと小型のフライパンに並べた。

 そしてバルソン准爵よりも器用にフライパンをお湯で満たす。

 湯煎のようにソースを温めるのだ。


 ソースは塩、砂糖、煎りゴマ、ニンニク、生姜、レモン汁、ワイン、みじん切りにした玉ねぎを混ぜ、鶏ガラからとった出汁で伸ばしたものだ。

 その塩ダレをベースに、瓶毎に炙った鶏肉、ベーコン、薄切りにして炒めた豚肉を具材として加え漬け込んである。


「鶏とベーコンと豚肉、どれがいい?」

「ベーコンいいですか?」

「私、豚肉が食べたいです」


 そして、和やかに食事を終えた。

 どうやらこの野戦食は合格が貰えたようだ。


 尤も、アルだけは内心で不満があったようだが、二人の准爵は全く火を使わない野戦食としては出色の出来だと嬉しそうに頬張っていた為に「まぁいいだろう」と渋々合格にしたというのが本当のところだった。


 お茶を飲んで一休みし、三人は再び馬上の人となる。


 そして、この日は予定通りガリーの街で宿をとった。

 当然、領境にある関所は素直に通ったところもあるが、山野を越えることで無視したところも多い。

 が、大貴族であり、南方総軍司令官でもあるアルが居るから何も問題はない。


 翌日。


 予定ではこの日の夜にはロンベルティアに到着する。

 今日も道なき道を高速で馬を走らせていた。

 山を越え、谷を抜け、時に川面を走る。


「川はあんまり揺れないからいいですねぇ」

「ええ。楽ですよね」

「ああ、そうだな。だが、川は渡るのが殆どで、川沿いはあんまりコースにないんだよ」


 昼食時にカンパンを齧りながらオレンジ(オロンジ)果汁を混ぜた蜂蜜を舐め、会話をする。

 そして、再び走り始めて数十分。


 珍しく街道の上を走らせているが、街道の両側が切り立った崖になっており、その崖の上もゴツゴツとした大岩が沢山転がっているため、流石に上下動が激しすぎてかなり体力を消耗してしまうからだ。

 この場所自体は一㎞程度という大した事のない距離なのですれ違ったり追い抜いたりしても違和感を持たれにくい、人が走る程度まで速度を落としている。


 と、先頭を走るアルが開いた右手を上げた。


「誰か居るな。もう少し速度を落とすぞ」

「はい」


 道の先の方には、確かに馬車が居るようだが、動いているようには見えなかった。


「何だ? 馬車が故障でもしたのか?」

「何やってんですかね?」

「ん~、そこらの村人じゃないみたいですね。隊商かな?」


 見ると、馬車の傍にいる数人の人影には腰に剣を提げている者もいるようだ。

 槍など長柄の武器であれば税を納めに行くような平民が使う事も多いが、剣はそれなりに訓練を積んだ者しか上手く扱えない。

 護衛の冒険者である可能性が高い。


 そうしているうちに馬車の傍に来た。


「あら? 闇精人族ダークエルフじゃないか。ちょっと挨拶して来る」


 そう言うとアルはウラヌスから飛び降りて「やぁ皆さん、どうしました?」と声を掛けた。


 荷物を積んで、行商の途中らしい馬車が動かなくなったのであれば何か力になれないだろうかと思っての行動である。


「ん? リ、リーグル伯爵!?」

「ええ。こんな所で馬車の故障ですか?」


 にこやかに声を掛けたアルを見てダークエルフ達は驚いている。


 

お湯で戻しただけの蕎麦、うどん、パスタは数十秒~一分程度茹でると美味しく食べられます。

また、その際に大さじ一杯程度の油を加えて茹でるとなお一層美味しくなります。

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