第二百八話 いろいろな通信
今週はちょっと短いです。
毎年5月末から6月頭くらいに海外出張があるのですが、今回は接待などの予定が入ってない日が二日もあって余裕かましてました。
でも、連れ出されちゃったの。
断りたいけど断れず、夜だからとのんびりホテルに居られなかったという。
いつも思うのですが、チェックインした後は深夜に戻って朝飯食うだけのホテルならもっと安いとこでも良くないか?と思います。
会社が見栄張ってるのかな?
7450年5月14日
ダート平原の南西部。
とある川の畔。
どろりとしたような赤いジェル状の物体が、ゆったりと川面を流れてきた。
物体は川の流れる速さよりは少し遅い程度で下流の方へと流されている。
そして、ゆっくりと曲がる河川の川岸に生い茂る草に隠されるようにして巧妙に作られた梁のようなものに引っかかって止まった。
引っかかったジェル状の物体の量は大したものではないが、その正体を知っている者が見ればコリサル草から作られた信号用のジェルの成れの果てである事は一目瞭然だった。
・・・・・・・・・
バルザス村。
ニギワナ教会の訓練場に指定されている空き地で、今まさに模擬戦が始まろうとしていた。
模擬戦は教会の食客であるフィオと、聖騎士リライとで行われるようだ。
――隙がない。
フィオは右手の木剣を中段に、左手の逆三角形の盾を正面に向け、リライを睨みつけた。
リライの方も兜の下でフィオを睨みつけている。
フィオ達、ヒーロスコル夫妻が教会の食客となって以来、こうした模擬戦は何度か行われていたが、お互いに勝ったり負けたりで実力は伯仲していたと言って良いだろう。
「ふしゅっ!」
どっしりと盾を構えていた筈のリライが目を瞠るような速さでフィオに突っ込んで来た。
「むっ!」
フィオも必要最小限の動きで対処し、突き出された木剣を払い除けつつ攻撃したものの、フィオの木剣もリライの盾に阻まれてしまう。
――全く油断できん男だ。
そうして数合打ち合いを続け、僅かな隙を突いて今日はフィオが勝利をもぎ取った。
「……流石は精強なファルエルガーズ騎士団のご出身。どうしても我が剣を御身に届かせることが叶いません」
荒い呼吸でリライがフィオを称賛する。
「……ふん。筋は良いけどなぁ。お前ぇの剣は素直すぎる。先読みは容易い」
対してフィオは馬鹿にしたような口調でぞんざいな言葉を投げつけた。
そして「おい、今日は天気が良くて暑い。ビールを持ってこい」と二人の模擬戦を見守っていた若手の教団戦士に声を掛け、木陰に座ってしまった。
――糞。麻薬を常用しているような男を相手に差をつけて勝つことも出来んとはな……。
フィオは苦い顔をした。
――ああ、きちんと稽古がしたい。強い者を相手取っての稽古ほど己を伸ばすことはないと言うのに。
歯噛みをするような思いをしながら革鎧のベルトを緩めそっと周囲に視線を走らせる。
以前はそんなフィオに対して誰もが畏怖の視線を送っていたが、最近ではすっかり慣れてしまったのか、休憩に入ってしまえば殆ど注意を払われていない。
――ふふふ。やくざな食客もすっかり板についてしまった。
フィオがそんな事を考えているうちに今度はグレースが教団戦士と模擬戦を始めるようだ。
彼女もフィオと同様に傲慢な言動を続けている。
木槍を構える妻の姿を見ていると、リライが近づいてきた。
「ヒーロスコル殿。隣に掛けても宜しいですか?」
リライは常に丁寧な喋り方をし、折り目正しい態度で接してくる。
そういった部分について、フィオは好感を覚えているが口にも態度にも出さない。
「勝手にしな」
唾でも吐くような態度にも拘わらず、リライは「では、失礼」とフィオの隣に胡座をかいた。
そして、腰の物入れをゴソゴソと弄った。
――チッ、またそれか。
この後、リライが何をするのかもう判っている。
フィオの予想通り、リライは短めのパイプの先に茶色い粉末を詰め始めた。
この後は適当な小枝に魔法で火を付け、それをライター代わりに麻薬を吸うのだ。
旨そうな顔で麻薬を使うリライを横目に、フィオはグレースの模擬戦を眺める。
明らかに突出して力のあるリライとフィオは別にしても、グレースの力もここにいる教団戦士の中では上位に位置する。
「そらそらあっ! そんなもんかい? あんたの力はさぁっ!」
普段は絶対に耳にすることなどないグレースの台詞が響いた。
「ふん」
フィオはグレースの相手を馬鹿にするように息を吐いた。
その隣でリライは麻薬を愉しんでいる。
「ヒーロスコル殿もバックスをやったらどうですか? 気持ちが落ち着きますよ」
もう何度も聞いた勧誘の言葉。
「臭えから俺の傍で吸うなって言ってるだろうが!」
「まぁまぁ。物は試しとも申しますし……」
「るっせぇ。気を落ち着かせる程度の事でそんなもんに頼らなきゃいけねぇ程落ちぶれてねぇんだよ」
「そうですか。お気替わりなされた時はいつでも仰ってください。私がヒーロスコル殿に対抗できるのはこのお恵みのお陰でもあるのですから。一度でもお恵みを味わったならお分り頂けるのですが……」
「早くどっか行けよ」
邪険な態度でリライを追い払ったフィオは、憎々しげな表情でその背を見つめた。
――このリライという男。薬さえやらねば……惜しい。
・・・・・・・・・
7450年5月15日
朝。
バルザス村。
「何っ?」
ヒーロスコル夫妻に割り当てられた部屋で、フィオは声を上げた。
勿論、その声は低く抑えられているが驚きは隠せない。
「日の出の頃だって」
グレースも苦々しい表情を浮かべて言う。
いつも通り自堕落を装って、すっかり朝日が登ってからグレースが食堂に顔を出したところ、今朝、教会の教主である大悟者がリライ他数名を伴ってザーラックスへ出かけてしまったとの事だった。
ペギーには気分屋なところがあり、今までに何度もこういった突然の行動を取ることがあったという。
その度に大主教は窘めつつもブツブツ零しながら同行していた。
目的はこのサミッシュ地方の領主であるヨーライズ子爵やザーラックスに住む貴族への布教と伝道だという。
宗教団体としては至極まっとうな目的である。
下働きが聞いていた予定では、ザーラックスで二~三泊した後に戻るらしい。
過去、場合によっては一月も布教の旅に出る事もあったと言うから、それと比べれば大分マシなようだ。
「待つしかないか……」
失敗した、という顔でフィオは呟いた。
同行しなかった他の教会戦士や下働きはそのまま残されているし、そもそもこういった事は数ヶ月に一度くらいの割合であるというから、二人を除けば誰も慌てている者はいない。
「そうね……それに、ネルさん達が気付いて追っているかも知れないし」
「だといいが……」
泊まり掛けでペギーが出掛ける事について、フィオ達は報告出来ていない。
報告がない以上、遠目でしか見ることができないネル達が馬車に乗る人物を見分け、且つ行く先を調査すべく追うような事はすまい。
それが理解出来るため、フィオとしては臍を噛まざるを得ない。
「とにかく連絡だけはしておこう。もう彼らが出発してから二時間以上経っているから、今から追ったところで流石にあの馬でも追いつけるとは思えないが、行き先ははっきりしているのだしな」
「そうね」
ネル達からの報告では、このバルザス村に駐屯する部隊は二日前にべグリッツを発っている筈である。
その位置は、徒歩が大多数なため、まだ西ダートとサミッシュの領境あたりであろう。
要するにここから東へ少し行ったところの筈だ。
ネル達のうち一人がサミッシュに向かい、一人が報告のために部隊に合流出来れば最低限の情報共有は可能だ。
そう考えた二人は早速通信文を書き始めた。
・・・・・・・・・
午後。
西ダートとサミッシュの間にある関所から少し北へ向かった街道上。
「ふーん」
リンビーが持ってきた通信文を目にしたクローは顎に手をやった。
そこには教会の大悟者で転生者のペギーが凄腕の戦士を護衛にザーラックスに布教に出かけたという内容が書かれている。
併せて、その監視のためにマールが後を追っているともリンビーは報告している。
クローが所属する対デーバス王国の間者組織討伐部隊の予定では、今夜はザーラックスまでの途中にある村で休み、明日の昼前にザーラックスに到着、追いかけてくるはずのアルと合流し、領主であるヨーライズ子爵に部隊を観閲させ、そこで一泊。
翌朝、表向きの駐屯予定地であるバルザス村に向かい、日没までにはバルザス村に入る、というものだ。
明日の昼にはヨーライズ子爵を相手に閲兵式がある。
流石に、領主が出席する式典の予定は崩せない。
そして、クローにはこれがフィオ達の失敗だとも思えない。
どう見ても不可抗力であり、事前に予定を掴む事自体が困難だと思われたからだ。
ついでに、この派遣部隊全体の指揮官は当然アルだが、アルが不在の今、部隊の最上位者はロンベルト王国の第二騎士団と第四騎士団の中隊長である。
おまけに二人の中隊長にはまだ真の目的は知らされていない。
要するに今のクローには何も決定権はないのだ。
「リンビー、君は関所に行くんだ。明日の朝、閣下が到着されるから、それまで待ってご指示を仰げ。あそこなら行き違いもないだろうしな。我々は予定通り行動する」
そう言いながら、クローは「わざわざアルがバルザス村とやらにまで行かなくても、ザーラックスで捕らえられるかも知れないな」と考えている。
麻薬畑を破壊し、焼き払ったうえ、教会がデーバス王国の間者組織だったとでっち上げる程度であればアルが行く必要はないのだ。
・・・・・・・・・
夕刻。
ペンライド子爵が治めるジューダンル地方の東部。
領都カールムから西隣のサミッシュ地方の領都であるザーラックスへと向かうテューラック街道の上。
一頭の騎馬がてくてくと歩いていた。
「この分なら日が暮れるまでには間に合いそうだな」
騎乗しているのは一人の若い男で、先日、カールムにいるウォーリーへと手紙を届けた者である。
大主教へ手紙を渡した翌朝、「すまんが、出来るだけ急いで欲しい」との言葉と共に返事を託されていた。
このペースで行けるのであれば日没までにはザーラックスに着けるだろう。
そして、明日にはバルザス村に到着できる筈だ。
男は腰に下げた革袋から水を一口飲む。
「さ。もうちょっとだ。頑張ってくれ」
男の声に反応したかのように、馬はぶるると息を吐いた。
「よーしよし。可愛い奴め……」
大地に蹄の跡を刻みつけながら、刻一刻とザーラックスへと近づいて行く。




