第百九十五話 新入り 4
7450年4月8日
『えっと……その、期間はどの程度になりますか?』
ノブフォムはおずおずと話した。
『出発を明日、受動的な情報収集以外の行動開始を今月二〇日と想定して、今月中にマヤク組織の重要な内部情報……人的な組織構成や複数の拠点などの情報を得るか、組織に取り入る事が出来なかった場合、すぐに帰ってきてくれ。首尾よく取り入ることが出来たら無期限になるが、そちらから有力な情報が齎され次第、攻め込む事になる。従って君たちの働き如何で期間は変動する』
俺の言葉をノブフォムは一つ一つ頷きながら聞くと再び口を開く。
『旅装や武器はありますから問題ありませんが、荷物を預かっていてもらえますか?』
一応、革鎧なんかもあるという。
ダスモーグからべグリッツまでの移動中は人数もあまり多くなかったことから、追い剥ぎやモンスターの襲撃も懸念されたためアンダーセンも鎧を着ていたらしい。
『勿論だ。余計な荷物は全て預かってしっかりと保管しておくから、そこは安心してほしい』
ノブフォムに返事をしたつもりだったが、ヒーロスコルもグレースも頷いた。
まぁ、当然ながら彼らの荷物も預かるつもりだったので全く問題はない。
『それと、足はどうするのでしょうか? 私、馬車は勿論、馬も持ってないんですけど……』
『馬はこちらで用意する。だが、あまりいい馬を使ってると怪しまれるかもしれんから、駄馬に毛が生えたくらいの奴になるが、そこは我慢してくれ』
そう答えたが、ノブフォムはそもそも馬には乗れないという。
そうなるとノブフォムはフィオかグレースどちらかの後ろに乗って貰うことになる。
確認すると、フィオの方は訓練された軍馬でなら二人乗りでも戦闘すら出来るという。
流石に騎士団出身なだけはある。
俺? 自分一人ならともかく、二人乗りで戦闘なんかまだ出来ないよ。
『あと、経費や工作費としてある程度の現金も渡す。足りなくなりそうなら戦闘奴隷に言えば数日で追加分も渡せると思う。だけど、君たちのカバーストーリーとあまりかけ離れた使い方をすると悪目立ちする可能性があるから、そこは注意して使ってくれ』
彼ら三人には簡単なカバーストーリーを考えておいて貰っていた。
ヒーロスコルは故郷で騎士の叙任を受けたものの、冒険者を志して騎士団を退職した。
その後、冒険者として活動しているときにグレースを見初めて結婚した。
この部分は本当の事を話しても問題はないと思う。
ノブフォムの方は故郷のアンダーセン子爵領を出て冒険者をしている時に結婚後の二人と出会って合流した、という流れになっている。
そして三人は、リーグル伯爵領で殺人の容疑を掛けられてサミッシュに逃れてきたというストーリーだ。
当然、日本人であることを隠す必要はない。むしろアピールするくらいで丁度いい。
そっちのほうが向こうも接触しやすいだろうし、組織内の日本人とも話しやすいだろうからね。
三人が完璧な“転生者ではない”冒険者を装うことが出来たとしても、日本人でなければ幹部と会ったり、すんなり組織に入れて貰うのはそれなりに骨が折れるだろう。
だが、日本人なら別だ。
特に麻薬組織の中心か、それに近い地位に日本人がいると思われる以上、フィオたちが日本人だと気付いて貰った方がいい。
先方からコンタクトしてくる可能性も跳ね上がる。
勿論、先方もバカではないだろうから、コンタクトして来るにしても用心していきなりの勧誘はないと思われる。
何しろ一般的な日本人にとって、麻薬ってのはそれだけで忌まれる存在だからだ。
接触してきた上でこちらの価値観を確認しようとするだろう。
彼らの組織にとって都合が良いか、それに近い価値観であれば仲間とか手下として取り込もうとするだろう。
オース一般の人達と比べて、日本人は元々が余程幼かったのでない限り、優秀な人材であることは確実だからだ。
しかし、その場合でも麻薬を摂取させて来ようとするかも知れない。
そこはどうなるか解らないが、用心はしておくべきだ。
また、恐らくはこちらが本命になるだろうが、先方からのコンタクトが無かった場合、ザーラックスあたりのアヘン窟でナックスを吸ったことにして、麻薬だと気が付いた、と言ってバルザス村に出向くのもありだ。
その際は『儲け話に一枚噛まさせろ』と言うのが手っ取り早い。
まぁ、そのあたりは彼らも解っているはずなので、そろそろ本題に入ろう。
『それと……一応確認しておきたい。ヒーロスコルの固有技能はロリックから聞いているから知っているが、グレースとノブフォムの固有技能は聞いていない。強制はしないが自分から話してくれると有り難いな。ああ、私の固有技能は【魔法習得】といって、レベルは九。文字通り魔法の習得が楽になるものだ』
雰囲気が少し変わったのを感じ取ったのか、グレースとノブフォムはお互いに顔を見合わせる。
彼らを見てヒーロスコルは少し面白そうな顔をした。
ひょっとしたらロリックから俺の鑑定の魔術について聞いていたのだろうか?
尤も、あのロリックが軽々しく話すとも思えないが。
どうやらグレースから話すようだ。
『私の固有技能は【耐性(精神異常)】といいます。漢字の耐性にカッコ書きで精神異常です。どんなに慌てたり、動転したりした時でもこの技能を使えばすぐに平常心に戻ることが出来ます。あと、なぜかフィオのと違ってレベルの表記はありません』
なるほど。そういう理解をしていたのか。
いやまぁ、嘘を吐いているのかも知れないが、恐らくは自分で理解している事をそのまま言っているのだと思われた。
ノブフォムは興味深そうに聞いている。
因みに、彼女の固有技能については俺の鑑定だとこう見えている。
【固有技能:耐性(精神異常);耐性技能の一種。あらゆる精神異常に対する耐性を得る。摂取または何らかの要因により体内に入った毒物が原因の精神異常にも効果はあるが、無毒化が可能になる訳ではない。効果時間は技能使用から一時間で、一度の技能使用に於いて一種類の原因(本人が認識している必要はない)にしか効果がない。なお、本技能には便宜上以外のレベルはない】
この表記であれば、麻薬を摂取した際にも有効な筈だ。
また、ホーンドベアーやドラゴンなどの【咆哮】や、アンダーグラウンド・ヴォジャノーイの【混乱】すら種類によっては無効化出来るだろう。
……尤も、麻薬なんかの場合、固有技能の効果時間が切れた瞬間に使っておかないと結局は一緒かな?
延長使用が可能かどうか、試しておきたいところだが麻薬以外に精神をおかしくさせ続けるような物は知らない。
あ、酒でもいいのか。
『えっと、わ、私のは……』
次いでノブフォムも喋り始めたが、一瞬だけ口籠った。
『……と……【暦】です。文字通りカレンダーですが、時間の表示も出るようになったので時計にもなります。レベルは、その……マックスです』
ほう、そう来たか。
レベルについて俺は自身のものを九と表現したが、彼女はマックスと言った。
技能の名前を誤魔化し、加速出来る事についても言及していないが、そこ以外は概ね正しく申告……言わなかった事も結構あるな。
加速以外、スケジューラーだのアラームだのは殆どどうでもいいけれど。
迷宮にいた頃なら見逃したが、今はそうは行かないな。
特に加速は、いざという時の切り札になるものだ。
『そ……』
『わ……』
そうか、と言いかけたところにフィオが喋り始めたので手のひらを上にして「どうぞ」と促した。
『……たしのは【根性】と言って、レベルは八です。獅人族の瞬発のように短時間だけ火事場の馬鹿力を出したように身体能力を向上させます』
ノブフォムは興味深そうに聞いている。
しっかし、ここに来て自分の固有技能について謀ろうとする奴が出るとはな……。
一対一の状況ではなく、他の者が正直に答えているからには遂に予てから考えていた件を……。
『ところで、ヒーロスコルは私の魔術について、何か特別なことは聞いているか?』
『いえ……いろいろな魔術に精通していることはお聞きしておりますが……』
急に話題が変わったためか、フィオは少し意外そうに答えた。
『そうか。実は君がバルドゥックを出て暫くしてからステータスオープンの拡張のような魔術の開発に成功した。それで判ったのだが、固有技能には自分が気がついていない使用法がある場合もある。他にも判る事柄は多い。念の為、今からその魔術を使ってもいいか?』
ノブフォムの方には視線を送らずに、意識してフィオの顔に視線を固定させていたので彼女の様子は目の端でしか見ていないが、目を大きく見開いたことだけはわかった。
『そ、それって、どういう……?』
そして、おずおずと尋ねてくる。
しょっちゅうおずおずしている様子に小柄な背格好も相まって、なんとなく小動物的な印象を受ける。
『ああ。ステータスを見ると名前とか人種とか魔法なんかの特殊技能とか判るだろう? あれを拡張したものだ。家名なんかについてその由来も少し分かったりする事があるし、固有技能もそのレベルまで見えるうえ、詳しい能力について判る事もあるんだ』
『えっ!?』
ノブフォムが絶句する。
『それはいいですね!』
『なるほど。是非お願いしたいです』
グレースはどこか嬉しそうに、フィオも深く頷きながら言った。
『うむ。わかった……』
おもむろに光る眼の魔術を使って鑑定する。
『ヒーロスコルの肉体レベルは一五……ヒーロスコル家は今のシクールイで五代目。元はカバリッシ家からの分家となっている』
フィオは相当に驚いたようで目を丸くしている。
『それから、特殊技能として【夜目】と【剛力】を持っているがこれは虎人族だから当たり前だな』
ここまでは金を掛けて調査しておけば調べられないこともない情報ばかりだったためか、ノブフォムは微妙な表情だった。
『……魔法の方は水魔法が四に火魔法が三、無魔法が四だな。固有技能は【根性】でそのレベルは八。内容は技能レベルあたり三秒間……肉体の能力を、大幅に引き上げる……効果時間終了後は運動量に応じて通常通り疲労を感じ、筋肉には相応の疲労物質が……』
『ご、ごめんなさい……っ!』
フィオの固有技能について説明している時、顔を真赤に染めたノブフォムが急に謝ってきた。
その様子を見てフィオとグレースが不思議そうな顔をする。
説明を中断された形だが、もう全部喋り終える寸前だったしまぁいいか。
『あ、あの……その……私の固有技能は、本当は【時計】というんです! 念じれば時間やカレンダーが見えるのは本当ですけど、他にスケジューラーもあって、宙に浮かんだキーボードのようなものでメモ帳としても使えますし、アラーム機能も……』
『いや、いい。もう止せ』
ノブフォムが話している途中で手を上げて中止させた。
『固有技能は本人の生命線や切り札になる可能性があるものだ。みだりに話すような事ではない。だから、君が本当のことを話さずにいたことについて責める気はない。むしろ、用心深かったと言っても良いとすら思う……』
ノブフォムは俺が怒りもせずに彼女の行動を用心深いと評した事に意外に思った様子だ。
『……これについて、二人はどう思う?』
フィオとグレースに問いかけてみる。
『た、確かに……』
『言われてみればそうですね……』
二人共眉間に皺を寄せ、悩むような感じで答えた。
『そうだ。軽々しく固有技能について訊いてしまった私に一番の非があるだろう。何しろ、ノブフォムとは年末に少し話した以外はドラゴン退治に赴く時に同行した程度だからな。この程度の付き合いしかない私に全てを話せと言うのは無理がある。そこで、詫びと言ってはなんだが、君たち三人には私の妻しか知らない私の秘密を開示しよう……』
三人は面食らったような顔をしている。
『実は私は固有技能を二つ持っている。一つは先程も言った【魔法習得】だが、もう一つはナチュ……【天稟の才】という……』
自分で口に出しておきながら恥ずかしさと照れくささに真っ赤になる。
因みに、天稟の才をラグダリオス語で発音するとヘンミン・コ・ダキ、又は天才という表現だとヘンカミ、と発音する。
固有技能は日本語で表示されているが、天稟の才、つまり天才だなんて言いたくないから無理やりジーニアスと英語にして呼ぶようになったのはいつの頃か。
その頃から他の人の固有技能や魔術の名前なんかについても自分で勝手にそれらしい英語風の名前を付けて呼ぶようになったんだ。
『『『……』』』
三人は黙ったまま俺の言葉に耳を傾け続けている。
笑い出しそうな、笑いを堪えているような顔をしている者はいない。
やはりラルファやグィネにも解らない英語にして正解だったか。
いや待て!
確かフィオはその昔、迷宮に潜る集団の事をスコードロンと英語で表現していた。
しかもネイティブさながらの発音でだ。
わ、解ってない訳がない……。
冷静になってみるとラルファとグィネなんか何の基準にもなりゃしなかったわ……。
『んさ、先程、私はヒーロスコルの肉体レベルを一五、と言ったのを覚えているだろうか?』
変な声が出てしまったが、気を取り直して説明する。
神と会う条件――何かのレベルアップ。
そこからの類推である肉体レベル。
転生者のアドバンテージであるレベルアップの特典。
生き物を殺すことでほぼ確実に経験値が得られ、一定量でレベルアップすると思われること。
そして、俺の固有技能である【天稟の才】はその経験値を多目に得られること。
あまりにも荒唐無稽な話ではあるが、今では【天稟の才】の部分を除いて殺戮者の全員がこの話に納得していると結んだ。
それら全てを三人は黙って聞いてくれた。
『ええと。一つ聞いてもいいですか?』
グレースが尋ねてきた。
照れくさくて真っ赤になったままの顔で頷いた。
『今のお話は理解しまし、したと思います。ですが、根本的な疑問があります。なぜ閣下は固有技能を二つお持ちなのですか?』
ああ、それね。
『例の列車事故の折、私は子供を一人助けたんだ。神に逢った時に聞いたんだが、私のおかげでその子は助かったそうだ。要するに、あの事故で死ぬ筈だったその子の分の固有技能を褒美に貰った、というところだな。……普通は一つしか固有技能を持っていないと聞いていたから、なんとなく不公平な気がして言えなかった……』
言いながらも子供を助けたなどという照れくさい行為を白状したことから、つい下を向いてしまう。
『口止めはしないが、出来れば折を見て自分から話したいから、私が固有技能を二つ持っている事はそれまで言わないでいてくれると有り難い』
下を向いたついでという訳ではないが、詫びるように、請うように更に頭を下げながら言った。
恐る恐る顔を上げると、グレースは年老いた母親が我が子を誇るような表情を浮かべてくれていた。
ノブフォムはさっき迄の俺のように恥ずかしそうに赤くなりながら少し俯いていたが、すっと顔を上げた。
そして、フィオは僅かに渋面になって顎に手をやっていた。
その目は確かに俺の方を向いてはいるが、焦点は遥か遠くにあるようで俺を見ていないのは明白だ。
その様子からは何かを思い出そうとでも言うような印象すら受ける。
何にしても彼らからは不平不満を表す様子は窺えない。
かなりホッとした。
シチュエーションを選んでの告白だっただけに、お前だけ固有技能を二つ持っていてずるい、と不公平感を述べられなかった事についてはある程度予想はしていた。
しかしながら、やはり一番わかり易い違いを告白しただけに、相当に不安だったのも確かだったのだ。
『言いません。そんな大事な、奥様しかご存じないような事を仰って頂けた事は私を……私達をそれだけ信頼して頂けているということですから』
顔を上げ、真正面から俺を見たノブフォムが喋りだした。
『それに、閣下には出会った時から良くして頂きました。にもかかわらず、私は閣下のことを信じられませんでした。あとになってすごく後悔もしました。でも……それでもまた私は……最後のところで信じていませんでした……』
も、もうそのへんで勘弁してくんねぇかな?
まだ全部を告白していない俺がとんでもなく酷い奴になったような気がしてくるからさぁ。
尤も、未だに独立すら出来ていない有様で、誰がいつ敵対する組織なりに囚われて拷問されるかも知れない以上、全ての告白は出来ない。
これは信用や信頼とは全く別次元の話だから一方的に責められる類の話ではないとは思うけれど。
でも、それでも、俺の秘密全てを知っているのはミヅチただ一人である事には変わりがない。
俺とは立場が少し異なるが、ロンベルトやデーバスの国王を始め、各地の領主だって臣下どころか家族にすら秘密にしている事なんか、それこそ山程あるだろう。
そう考えると領主だの国王だのってのは孤独なもんだな。
『先程も申し上げましたが、私の固有技能は【時計】です。私は格好をつけてタイム・ロードと呼んでいますが……』
クロックでもウォッチでもなく、た、タイム・ロードと来たか。
『その名の通り時間を確認し、時を計る事にも使えます。でも、タイム・ロードという名前で呼ぶ本当の理由は……最終的に周囲の時間の流れを遅くすることができるからです。私の感覚で三秒くらいでしかありませんが、相手の時間の流れが遅くなっての三秒です。それだけあれば十分に急所を狙うことも出来ますし、多少の距離を走ることも出来ます。魔法抜きの接近戦ならドラゴンを斃した閣下にすら勝てると思っています』
お、おう。
『アラームは自分にも使えますが、他人に使うことも出来ます。状況を選んで、狙って使えば相手の集中を乱す事も可能です……』
そうして、己の固有技能について知る限りの事を言うとノブフォムは俯いて『隠していてすみませんでした』と謝った。
ならば次に喋るのは俺の番だろう。
再び光る眼の魔術を使う。
『ネイレン・ノブフォム。ノブフォム家次女、肉体レベルは一一。特殊技能として傾斜感知を持っている。魔法は無魔法も含め全属性が四。そして、固有技能のタイムロードだが……使用者は視覚的に時刻や時間を感知できる。時刻などの表示形式は使用者が理解可能な形式で視界の端の方に投影される……』
喋っている途中、視覚的に時刻や時間を感知できる、というのがどういう感じなのかちょっとわからんな、と思って少し顰め面をしてしまったら、それを感じ取ってくれたのかノブフォムが注釈を入れてくれた。
『テレビの時刻表示のようにデジタル形式で表示されます。数字はアラビア数字です』
なるほど、そうか。
空中に時刻が浮かんでいる感じ?
『……表示内容はレベルに伴って増加する他、レベル六からはスケジューラー機能を備えたカレンダーも表示される。スケジューラーへの記入はスケジューラーの使用を意識すると、視界の中央にこちらも使用者が理解可能な形式で入力用のデバイスが表示される……』
デバイス?
『これが先程申し上げましたキーボードです』
ほほう。
『……また、レベル七で本人だけに感知可能なアラーム機能が追加される。その際には過去に聞いたどんな音声もアラーム音として使用可能である。なお、アラーム音を感知する時間やスヌーズ間隔も指定可能。更にレベル八に達すると一〇〇〇分の一秒単位のストップウオッチ機能も追加される。そして、レベル九では任意の対象一人にアラーム機能の適用が可能となる。但し、適用する相手の固有名を知っていなければならない他、対象者を視界に収めている必要がある。しかしながら、一度設定してしまえば対象者を視界から外しても問題はない……』
これがさっき言っていたやつだな。
『マックスレベルの拡張能力は自己を周囲の時間軸から切り離し、加速しての行動を可能にすることである……』
『え?』
ノブフォムは驚いた様子で声を上げた。
『どうした?』
『あ、そのぅ、周りを遅くするんじゃ?』
『いや、君自身が加速するみたいだ。続き、行くぞ?』
『は、はい』
『自己の肉体レベルの平方根の秒数、自己の活動や行動速度を肉体レベルの平方根だけ倍加させるが、身に着けている衣服や荷物などは元の時間軸のままであるため、その重量などは相応の負担となる。加速倍率と自意識における残り稼働時間も視界に表示される。その間、他者からは加速したようにしか見えない……』
ノブフォムは目を丸くしている。
まぁ、幾ら自分の事とは言え、平方根とか分かる訳ないよな。
『……但し、使用する度にその自意識時間だけ肉体年齢が加齢するため、能力使用直後に一気に老化が進んでしまうことで大きな倦怠感に襲われる、とある』
今度こそノブフォムは肝を潰したように真っ青になった。
『か、加齢って!? 老化するって、ほ、本当に!?』
そして、声のボリュームも上がる。
『いや、本当かどうかは知らん。だが、私も含めて今まで何人も見てきたが一切の間違いは無かったから……』
『じゃあ本当なんですねっ!? あ、あああ、わ、私、今までに何回使った……?』
ノブフォムは細かく震え始めた。
『そう怖がることはないと思うぞ。自意識時間だけの老化なら、今の君の肉体レベルは一一だから、その平方根で……』
『三色に並ぶより少し多いくらいだろうから、だいたい三・三とか三・四くらいだろうな』
計算のために僅かに沈黙した間にフィオが補足してくれた。
それはそうと、俺、富士山麓オウム鳴くまでしか覚えてなかったわ。
昔の学校ではそこまで教えていたのだろうか。
『ん、そうだな。今までに千回使っていたとしても、一時間分も老けていないと思う……』
と言ったらものすごくホッとした顔になった。
『それはさておき、ヒーロスコル、グレース。今の説明でもう気がついたとは思うが、固有技能はレベルが九、マックスになったら隠された能力が発現することがある。不明なこともあるから全てではないのかもしれんが、覚えておくといい。因みに、固有技能は使えば使うほどレベルが上がるから、暇を見つけてガンガン使えばじきにマックスにはなると思う』
ミヅチやクロー、マリーなんかのマックスレベルの拡張能力は未だ不明なままだし、本当に全部じゃないのかもしれないな。
天稟の才をジーニアスとしているのはアルの意訳です。
本当ならギフト・オブ・ナチュラル・タレントか単にナチュラル・タレントとするのが正しいのですが、ジーニアスでも訳として「間違っている」とまでは言えないと思いますのでいいんじゃないでしょうか。




