第百九十四話 新入り 3
7450年4月8日
黒黄玉を解散すると聞いて激昂(?)しかけたヴィックスを張り飛ばしたアンダーセンは、俺に対して丁寧に頭を下げた。
彼女が頭を上げ、俺を見る。
俺はアンダーセンに向かって鷹揚に頷いてやった。
「皆、理解したな? アンダーセン女爵以下、彼女の家臣団はたった今を以て殺戮者の一員となった……」
最早黒黄玉とは呼ばない。
かつての煉獄の炎も俺はその名を口にしていないしね。
「……これについて、何か言いたいことのある者はいるか?」
今日彼女が現れたことや、そもそも王都で会った際に俺に対して忠誠を誓うと言ったことなどは全て予想だにしていなかった出来事だが、彼女が俺を謀ろうとしていないことは確認済みだ。
更には、ドレスラー伯爵領に手駒が置けることは大きいから多少怪しかろうが見逃すという訳にもいかないし……と言っても、これだけ何度も頭を下げるアンダーセンには、なんだか妙な同情心めいた気持ちが出始めてしまったということもある。
加えて、報酬についての折り合いがつかずに取り込むことが叶わなかった転生者であるノブフォムの存在も大きい。
また、年明けからこっち、成り行きとは言えデーバスの村を三つも奪ってしまった以上、彼の国における俺の評価は結構変わっている筈だ。
国王だかなんだかの親衛隊として勧誘された経験があると言っていた彼女には依然としてスパイかもしれないという不安感は付き纏っているが、そういうのは目の届く範囲に置いておいた方がましだという考えもある。
尤も、例のドラゴン退治に赴く際にそれっぽいことを尋ねてみたのだが、嘘看破への反応は冒険者の腕前の件と過去の収入についてくらいだったのでそちらの方については実はあまり心配していない。
なんにしても奇貨は活用してこそだ。
「ええと、いいかな?」
キムが発言を求めたので許可する。
「ん~、メンバーを教えて欲しいな。あと、貴族は誰と誰なの?」
バルドゥックを出てかなりの時間が経っている以上、当然の質問だろう。
アンダーセンに視線を送ると彼女は答え始めた。
「メンバーは知ってると思うけど、一応言っておくわ。まずバール。それからロールに私の戦闘奴隷のスティーグ、あとは……」
まずは、以前から所属していた者たちの名が挙げられた。
そして、死んじまったゲイリー・バグマイアとロストール・ミルストロンの弟たちの名も挙げられていく。
「……で、後はここにいるヴィックスとネルよ。貴族は今の所私だけね」
淀みなく答えたアンダーセンはキムから俺に視線を戻す。
「他にはいるか?」
全員の顔を見回しながらもう一度尋ねた。
「いいですか?」
今度はトリスだ。
頷いてやる。
「今、アンダーセンさんが黒黄玉の解散を宣言した際、ヴィックスさんは非常に驚かれていた様子でした。まぁ、結局はご納得されたようですが、あの様子を見るに、この話をお伝えしたとして、他の方々も同様……悪くすれば脱退者すら出かねないと思います。全員がヴィックスさんのようにご納得いただけるものですか?」
これも当たり前の質問だ。
「それについては俺……私から返答させて頂きたい」
ヴィックスが俺に許可を求めてきたが、その目つきはやはりというか、親しげなものではなかった。
まぁしょうがないね。
頷いてやる。
「確かに今、聞かれ……ご質問頂いたご心配は理解できます。ですが、そのご心配は無用です。すでにご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、我々は元々姐、アンダーセン閣下の家臣のようなものです。まぁ、新入りもいますから全員とは言い難いですが……」
その言葉にノブフォムは居心地の悪そうな顔になったが、特に何も発言はしなかった。
ヴィックスはその様子をちらりと覗う。
彼の言葉にはあの桜草から引き抜いた女魔術師なんかも含まれているのだろう。
そう言えば、あの女……ロックワイズといったか。
桜草の出身だけあって国王の間者なんだろうなぁ。
この前はいつも誰かと一緒だったし、確認するにしても質問内容が微妙すぎるから結局確かめてはいないが……。
アンダーセンは彼女が国王の間者だと知っているのだろうか?
ひょっとしたら俺ではなく彼女の監視の為に送り込まれた可能性も拭えないので、桜草の構成員の殆どが間者だったという事実は伝えていない。
言っちゃって変に意識されたり問い詰めたりされても困るから……まぁ、アンダーセンはそういう事はしそうにないけれど、アンダーセンについてそれ程深く知っている訳ではないからねぇ。
「……でも、大多数は親の代からアンダーセン子爵家に仕えていた者たちばかりです。私も先程は取り乱してお目汚しを致しましたが、それは急な話を聞かされた為です。アンダーセン閣下のご決定に異を唱える気持ちからではございません。これについては私以外の者共についても同様です。我々には閣下のご決定に背く者は一人も……おりません事をお約束いたします」
ヴィックスはそう言って俺の顔を見、トリスの顔を見た。
今は嘘看破を使ってはいないが、今迄ヴィックスが口にしてきた言葉は彼の本心であろう。
尤も、と言うことはあの桜草の草、ロックワイズとかいう女は余程上手に溶け込んでいる……最後に妙な空白があったから完全な信頼を置かれている訳ではないのかも知れないけど、それはまぁいいや。
そしてヴィックスは、
「今、グリード閣下は我々黒黄玉を殺戮者に迎え入れる、と仰られた。しかしながら、それについてどなたも反対意見を述べられない。まぁ、今がその確認の時なのかも知れませんが、私に対して問われている内容を鑑みれば反対するための質問ではなく、単なる確認であることは明白です。それと一緒ですよ」
と結んだ。
トリスは心から納得したような顔をすると隣のベルに小声で何か囁きかけている。
「いいですか?」
今度手を上げたのはミースだ。
ぽやんとした雰囲気を纏っているのはそのままだが、同時に今は落ち着きも感じさせる。
「ああ」
「えっと、そうなると私達みたいに契約は結ぶの、ですか?」
あ、契約ね……。
すっかり忘れてた。
言われて思い出したが、メンバーたちと結んだ契約について未だに破棄をしていない。
っつーか、ミヅチとも結んだままだ。
あれ、どこにしまったっけか……?
バルドゥックの行政府に預けていた写しを回収した記憶はある。
俺の持っているやつ、どこやったっけな?
当たり前だけど、捨てたりした記憶はない。
行政関係じゃないので自宅のどこかにある……コートジル城の机の隠し引き出しに入れたんだった。
「それは当然でしょ」
「当たり前ですよ」
ちょっとだけ考え込んでしまった隙を突くようにラルファとグィネが声を揃える。
こ、こいつら……もう書きたくねーんだよ!
しかも九人……一〇人? いや、戦闘奴隷が居たから九人か?
二七枚も?
つい、嫌な気持ちになってしまった。
ってか、それ以前に……とんでもない事を思い出した!!
伯爵になって上級貴族の教育が始まった頃「領地を持てば今よりももっと直属の部下も増える。そうなると古参となる部下との差を感じさせる意味もあるからいつまでも固定給無しってのはまずいな」と思って、全員の契約書に固定給部分の追加条項を書き足したんだ!
「あ……」
破棄していない以上、給料未払いのままじゃねーか!?
一人頭年間二四〇万Z……かける……何人だ?
そもそも最後に払ったのいつだっけ?
……俺がバルドゥックを出て以降、払ってないな。
ざっと五〇〇〇万かよ……。
「まぁそうね」
「契約は必要ですね」
カームやビンスも言い出した。
「殺戮者はそういうとこしっかりしてるからな」
「ああ。あれがあるから安心して……」
ケビンやジェルまで加わった時には他の面々も口々に同じようなことを言い始めた。
こ、こいつら、ひょっとして給料未払いなの分かってて……そんな顔ではないか。
「なんにしても、あれは俺達とアルを繋げる大切なものだ。殺戮者の一員となるのなら、必要だろう」
ちょっと場が落ち着いた時に言われたロッコの言葉は宴会場内にやけに響いて聞こえた。
それを聞いた殺戮者の全員が頷いている。
ズールーなど俺の戦闘奴隷たちが羨ましそうな顔をしているのが印象的だ。
あー……。
そんなふうに思われていたのはちょっと意外だったけど……。
ふふ。契約は契約だ。これが終わったら未払いの給料についても耳を揃えて払ってやろう。
「契約……? そんなのがあるんですか? ならば私もその、す、スローターズに」
「ああ、今更言うのも恥ずかしいが私もお願いしたいな」
「それなら私も……」
カニンガム、フィオ、グレースの三人も契約を口にする。
フィオはあんなに不平等だなんだといちゃもんを付けていた癖に……。
まぁ、俺の方は昔も今も締結時の状況を考慮すればちっとも不平等だとは思っていないが。
「ああ、もう、分かったよ。後でな。……アンダーセン。後で人数分の契約書を渡す。だが、流石に条件は古株の奴らと同じという訳にはいかない。もう迷宮に入っている訳でもないからな。よく読んで納得が行ったならサインをさせてくれ」
そう言うとアンダーセンは少し嬉しそうな顔で「御意」と返事をして改めて跪いた。
新参者の給料は……普段から働いてる訳じゃないから、本音を言えばびた一文払いたくはないが……どのくらいが妥当かねぇ?
・・・・・・・・・
その後、サミッシュ地方で流行り始めた麻薬についてミヅチに説明をさせたが、麻薬素人の俺なんかより余程上手な説明を行って、あっという間に全員に麻薬への嫌悪と恐怖を植え付けた。
「……という訳で、マヤクは今は亡き悪神イューヅが齎した物なの。地上侵攻の為に作られた特別なものだから他の神々の目ではその存在を感知出来ないようにされているとも言われているわ」
こういう説明は俺には無理だ。
「ライル王国のリルス陛下は現人神なの。以前、陛下から直接お聞きしたから間違いないわ」
俺はミヅチに会うまでライル王国という名の小さな国がロンベルト王国の側にある、という事は親父や兄貴から聞いて知っていたが、場所も含めて内実なんか碌に知らなかった。
だが、ロンベルトの王国騎士団では周辺各国の情報についてもある程度の教育を行っている。
伯爵になった後だが、外交知識として俺も通り一遍の授業を受けたし。
その中に、ライル王国の元首は人ではなく神……らしい、という情報もある。
かつて、王国第二騎士団に所属していたアンダーセンがミヅチの話について肯定してくれた事も大きいだろう。
何にしても、迷信深いオースの人には下手に科学的な話をするよりこういう言い方をしたほうが余程有効なんだなと、改めて感じられた。
因みに、イューヅという神はかなり有名で、大昔に猛威を振るってどこかの国を滅ぼしただとか言われている。
この世に悪を齎し、あらゆる悪行を行い、人心を荒廃させた悪神で、「その悪、まさに空前絶後」だとも評されている程だ。
その昔、イューヅやその取り巻きの神々による悪逆非道を見かねた神々は対抗する連合を組んで大戦争の末、見事イューヅを倒す事に成功し、その死体はどこかの山だか湖だかに封じ込まれたという伝承もある。
いたずらをする子供なんかを躾ける時などに「悪いことする子はイューヅに食べられちゃうよ」と言うような感じで使われ、その名を知らない奴は居ない程、メジャーな神である。
「さて、今のマヤクだが、私が生まれ変わる前の世界にも同様な物があって、今ミヅチが説明したようにとんでもない被害を齎した。当然、世界中で問題視され各国は撲滅に力を入れた。だが、撲滅に成功した国は一つとしてなかった」
俺の生まれ変わりについて、頷いている奴もいればヴィックスのように眉唾な感じで聞いている奴もいる。
「これは、その毒性が広く周知され、違法だとされるまでの間に世界中に広まり、薬物中毒患者を大量に作り出してしまった事が原因だ。要するに、マヤクを手に入れられるならいくら払っても、何をしてもいい、と考えるような者がいたからだ。大金を払ってもらえるなら違法だろうがなんだろうが作って儲けようとする奴がいなくなることはない。絶対にない。誰の心にもイューヅは爪痕を残しているからな」
人に悪い心があるのは、イューヅが現役で暴れ回った時に呪いのようにそれを植え付けたからだとも言われている。
誰もが持つ心の弱さにイューヅはつけ込んでくるのだ。
「そうやって人を壊すマヤクは国家間の戦争の火種に使われる事もあったし、戦場においてビビる兵士たちを人為的に高揚させ、簡単に死ぬような作戦に従事させるために使われたことも多かった。要するに、後にマヤクを撲滅しようとする国家自体が中毒患者の大量生産をやっていたような時期もあったんだ」
覚醒剤なんかは、それで広まった部分も大きい。
尤も、麻薬だろうが覚醒剤だろうが悪い事だけではなかったのも事実だ。
麻薬がなければ外科的療法はなかなか発展しなかっただろうし、癌などの末期患者やもう助かる見込みのない重傷者は死ぬまで痛みにのたうち回るハメになっていた。
覚醒剤にしても一時的に作業や生産の効率を高めるにはそれなりに有効だし、戦場での効果だって認められている。
「ここまで話せば理解してくれると思うが、全ては知識不足が招いた結果と言うこともできる。私が生まれ変わる前の世界と、この世とで全く異なる点だ。今なら撲滅も可能な範囲だと思う。何しろマヤクを求めている人達の数はまだまだ少ないし、広範囲にわたってもいない、それに、今はその恐ろしさについて良く知っている私のような存在がいるからな。同じ轍は踏ませない」
麻薬に取って代わるような痛み止めがある以上、麻薬の存在はオースに取って害でしかない。
先に述べたように長所が全く無い訳ではないが、巨大な短所はそれを損なって余りある。
そんなもの、気がついてしまった以上、俺の領地だろうがなんだろうが絶対に許す訳にはいかない。
勿論ここで撲滅できたとしてもオースにあるカレッソ自体の撲滅なんかできっこない。
でも、製法の撲滅が出来ればいい。
何年か、何十年か、何百年か、はたまた何千年かは知らないが、再び麻薬の製法に気づく者が出るまでの時間稼ぎにしかならないであろうことは承知している。
それでも、やらねばならない。
放っておいたらあれは必ず領地を、国家を超えて伝播する。
水際で食い止めるなんて、まさに焼け石に水であり、必ずこの地を荒廃させる。
出来るできないじゃない。
俺は伯爵としてこの地を治める宣言をしたが、麻薬が蔓延する土地に幸せはない。
俺が支配する土地で生活する者は誰もが幸福に、満足できる生活を送ってほしい。
俺のあとを継ぐであろう息子か娘に、そんな土地を残す訳にはいかないからだ。
だから、やることはやらねばならない。
前進に手を貸さねばならない。
そして、今危機感を持って対処が可能なのはオースでは俺一人だけだ。
何より、ミヅチの腹の中で育っている子が誇れない父親になりたくはない。
どうせなら誇れる存在でありたい。
「それから、マヤクを作っている者やその周辺には必ず私と同じ世界から生まれ変わった者が居る。簡単に言うと、もう一人私が居て、マヤクを作って広めているようなものだ。討つのは疎か、近寄るのも容易ではないと思う。だが、先程も言ったように必ず討ち果たすか捕らえねばならん。そして、製造法を知る者や製造拠点を滅ぼさねばならん」
……ふふ。
フィオの目つきが変わっていくのがよく分かる。
「しかしながら、私はこの地の領主だ。数週間程度ならともかく、それ以上の期間この地を離れることはできん。まぁ、昨年からこっち、色々あったので仕事が溜まってるだけなんだけどな」
何か言いたげなトリスやベル、カーム、ビンス、ロリックなんかに向けて言った。
仕事が溜まってるとか溜まってないとかじゃない。
そう。
お前らも領主だ。
いつまでも一兵卒みたいに逸らないでくれ。
「そこで、有志を募る。我こそはと思う……」
フィオの目つきが鋭くなった。
「ヒーロスコル。やりたそうだな?」
一本気な彼の性格からして、麻薬は大嫌いだろう。
加えて、ロリックに言われている「手柄」にもなると考えた、というところか。
「閣下。拙者にこそお任せあれ! 某は『ヒロ……』も使ったことがございます故、その功ざ……恐ろしさは他の皆さんよりよく存じております。必ずやマヤク組織の長を捕えるか撃滅してご覧に入れましょう! そして、組織の全貌の解明に努めます! ここまでの情熱と意識をもって任務に当たれるのは某を除いてここにはおりますまい!」
背筋を伸ばし、喋りに緊張が含まれつつも、いい感じに落ち着きのある態度だ。
これが自分に用意された試練のような言い草もなんとなく気に入った。
何より、俺が何か言う前に自ら志願したことも大きい。
流石は大先輩なだけある。
口だけじゃない。
それに、今は一兵卒に過ぎないという自分の立場をよく理解しているとも言える。
「よし。ヒーロスコルに任せる。他に志願者……」
「私も行きます」
「うむ。しっかりと補佐をしてやってくれ」
当然というべきか、グレースも名乗り出た。
「お、俺も!」
「俺も行く」
ジェルとケビンだ。
お、おう。
全く予想してなかったと言えば嘘になるが、正直なところ少し意外だ。
まぁいいかな?
と思って了承しようとしたら、ロッコが
「お前ら、止しとけ」
と言って引き止めた。
思わず唖然とする。
次に志願の声を上げるところまで幻聴が聞こえていたからだ。
「なんでだよ!?」
「手前ぇ、ロッコ。この前のドラゴン退治に行ったからって、余裕かましてんのか?」
当然の如く反論する二人。
「いいから止せ。ここはフィオに任せるんだ」
ロッコのどことなく含みのある言い方に、二人は顔を見合わせて黙った。
それを確認して、ロッコは俺の方を向いて薄笑いを浮かべる。
――俺の予想じゃ最初の奴らは地味な囮役だ。いずれ大暴れの命令が下るんだろ?
そんなことを思っているのが伝わってきた。
「ふっ」
目が合ったので肩を竦めて鼻で笑う。
それはどうかな?
フィオはヤル気満々なんだぜ?
そんな俺を見て、ロッコもニヤリとした。
その目は「お前さんと同じ転生者じゃなきゃやりにくいんだろ? 俺達は後で暴れさせて貰っておこぼれの褒美が得られればそれでいい」と言っていた。
ふむ。
どうやら俺は思い違いをしていたようだ。
まさか、ロッコがそのような思考をするとは……。
転生者以外でズールーに次いで高い肉体レベルを誇っているのは伊達ではない、というところだろうか?
いや、全部俺の妄想みたいなもんだからなんとも言えんが、いの一番に行くと言いそうだった男が血気に逸ったらしい二人を止めたのは事実だ。
「二人共、取り下げるか?」
「ああ」
「そうします」
結構素直に従ったな。
まぁ、ロッコがああいう言い方をするなんて意外すぎるし、何か裏の事情でもあるのかも知れないと考えたのだろう。
その証拠に、他に立候補をしようとしていた奴らも難しい顔をし始めている。
さて、
「他には……」
と言いかけたところ、やはり立候補者はまだいるようだ。
「アルさん、私も……」
「ちょっと! 私を忘れてる訳じゃ……!」
ラルファとグィネが声を揃えてアピールしてきた。
「いや、その気持ちは嬉しいけどだめだ」
「どうしてですか!?」
「なんで!?」
「だっておま、そなたら、揃って騎士団の従士教育中だったはずだが? 責任者の許可を得てから申し立てろ」
最高責任者である騎士団長は俺なんだけどね。
これで黙ると思った俺が甘かった。
「クロー、じゃない、騎士バラディーク卿、ご領主様の檄に応えるためマヤク組織の壊滅に立候補致します! ご許可願えますか?」
グィネは大声でクローに言う。
「あ? なんで俺?」
クローは即答出来ない。
当たり前だが。
「騎士バラディーク卿、私も立候補します! 武器を選ばない白兵戦なら団長を除いて私が騎士団内で一番なのはよくご存知かと。他領で活動する同行者の安全のため、危険の排除のため、そして、いざという時の切り札として私以上の人材はいないと自負します!」
ラルファもグィネに負けないほどの声量でマリーに言った。
「え?」
マリーも面食らっている。
「正式に我がリーグル伯爵騎士団に所属している人材のうち、最強なのは伯爵閣下です。そして、次点が私です。異議はございますか?」
次点はミヅチだろ? と言いそうになったが、実はミヅチは正式な騎士団員ではない。
しょっちゅう騎士団の訓練に参加し、指揮まで執っているから忘れがちだが、彼女は領主兼騎士団長である俺のスペアなのだ。
後継者となる子供が生まれ、十分に成長するまでは。
「ま、まぁ、うん。確かにあなた、従士ファイアフリードが強いのは認め……」
そこで認めんなや!
「従士教育が終わり、正式な騎士としての叙任を受けるまで二人はだめだ。これは騎士団長としての決定である」
仕方ないのでそう言って黙らせようとした。
が、ラルファはキッとしてこちらを向いた。
「何か言いたいことがあるのか?」
「いえ……ございません。団長の命に従います……」
そうそう。正式な騎士として叙任を受けるまではそっちに集中していてくれよ。
それはそうと、流石にフィオとグレースの二人だけってのは少なすぎる。
ノブフォムは成り行きを見守ることに徹しているようだ……し?
あれ?
アンダーセンに何か囁かれている。
と、カニンガムが手を上げて発言を求めてきた。
了承してやると、
「あの、すみません。私も現在行政府で勉強中なので今回についてはフィオさんたちにお任せしたいと思います」
と言って申し訳無さそうな顔をした。
いや、志願しないならいちいち言わなくても……ああ、さっきの相手に転生者がいるという発言、ロッコたちの件で転生者の志願を狙っていると思っていたのか。
そこにラルファたちの件があって、転生者でも教育中ならだめだと思ったのかな?
正直、彼女には立候補を期待していたんだが、行政府の仕事の把握についても非常に大切だから仕方ない。まぁいいや。
彼女にわかったと言おうとした時、ノブフォムがおずおずとした様子で手を上げた。
・・・・・・・・・
その後、皆には再び宴会を楽しんでもらい、俺もミヅチと一緒に広場に戻って領民たちと触れ合い、会話を楽しんだ。
そして夜も更けた今、予め伝えておいた者が行政府に集まっている。
自分自身も含めて、彼ら全員から酒精を抜いた。
結局、麻薬組織の調査についてはフィオ、グレース、ノブフォムというメンバーになった。
が、流石に三人だと心もとない。
小間使い兼連絡要員としてマールとリンビーの戦闘奴隷を二人つけてやった。
ついでに、フィオを呼び出してこの前ブルードラゴンの住処を漁った時に拝借した魔法の剣、【揺動の剣】と魔法を反射する(かも知れない)盾、【マジック・リフレクター】を貸し与えた。
『三人共、無理はするな。まずはトップか幹部に近づいて情報を集めるんだ。くどいがそれも無理する必要はない。最悪、組織の内偵なんか出来なくても、どの程度の広まり方をして、供給量は十分にあるのかの調査に終わったっていいんだからな。今更言わなくていい事はわかっているが、無茶な戦闘なんて以ての外だと肝に銘じておいてくれよ』
そう言うとフィオは『あの時は勇ましいことを申し上げましたが、今回の件の任務内容についてはしっかりと理解してはいるつもりです。連絡の為の奴隷もつけていただきましたし、閣下のお気持ちについても気付いているつもりです。生産拠点のバルザス村を根絶やしにするかの判断について任せられたと思って宜しいのですよね?』と答えてくれた。
そうね。
難しい判断になるし、できればもう少し穏便に事を運びたい。
だが、そうしたトリガーをいつでも引ける、というのは心の拠り所になると思う。
『極論を言えばな。こちらはこちらで他領についての物事だし、王国中央に……相談? いや、通告もしなきゃいけない。とにかく、二〇日頃まではあまり大きな動きは控えてくれ』
王国中央やヨーライズ子爵にはデーバスの間者組織の情報を得たと伝えるつもりだ。
本来ならそれがある地の領主が責任を持って壊滅させなければいけないが、ヨーライズ子爵領はウェブドス侯爵領との間にある交通の要衝なので俺が責任を持って壊滅させると言うことにした。
これについて、国王は多分何も言ってこない。
子爵の方も自分の戦力を割く必要がないのだから、ありがたいと思ってくれる……といいな。
とは言え、自分の領内についての件だけにどういう反応が返ってくるかは全く予想がつかない。
まぁ、こちらは伯爵で彼は子爵なのだから、表立っての反論は難しい。
余程不満なら国王へ文句を言われるかも知れない。
ある意味で時間との戦いでもあるね。
尤も、そうならそうで、大部隊を送っての介入が出来にくくなるだけで、子爵は自分の騎士団を使って領内の捜査を開始する筈だ。
とは言え、先方の騎士団だけでは人手が不足するのは自明の理なので、多少の人数ならこちらの騎士団員も受け入れざるを得なくなる。
それに、騎士団が動いたからといって麻薬組織の方も慌てたりはしないと思われる。
ヨーライズ子爵領内での通行速度は検問などの影響で落ちるだろうし、そうでなくともサミッシュ地方でのモノの動きもある程度は分かってくる。
製造拠点が一箇所だけなのか複数あるのか程度はすぐにわかる。
『あの、意見を申し上げても……?』
ノブフォムが発言を求めてくる。
ああ、あんまり話が出来なかったからね。
いい機会だ。




