第百九十三話 新入り 2
7450年4月8日
アンダーセンら招待客との謁見を終えたアルとミヅチは宴会場に顔を出すまで二〇分程の時間ができた。
その時間を利用して、ミヅチは女中のアイーダに髪を梳き直して貰うために謁見室に残り、アルは手持ち無沙汰の無聊を慰めるために執務室の扉を開けていた。
少しでも決裁を進めておこうとの腹づもりだったのだ。
机の上に積まれた書類に目を通し始めて数分。
ノックの音が響く。
アルが誰何するとロリックであった。
『休憩に入られたと聞きましたので』
『ん。もうちょっとしたら俺も行くよ』
そう言いながらアルはロリックにソファを勧めた。
『聞きましたよ。例の事』
そう言いながらロリックはソファに腰を下ろした。
その顔は僅かに上気し、既に酒を飲んでいる事が分かるが、酔っ払ってはいない。
『ああ。もう聞いたか』
『……アルさん。その件ですが……』
『うん?』
『例のノブフォムって人も来ているらしいじゃないですか。その、フィオにも……』
『ああ、そのつもりだよ。フィオに手柄を立てさせるついでって事になるけど、ノブフォムの方も遊ばせとくのも勿体無いしな』
『あ、ありがとうございます!』
ロリックは腰を下ろしたばかりのソファから立ち上がって言った。
『礼はいい。約束だし、手柄には丁度良いんだから』
アルは肩を竦めながら答えるが、その目は手元の書類に向いている。
『でも、アルさん。麻薬を作ってるのって宗教団体だって言うじゃないですか。今から組織ごと潰せるんですか?』
『さて、それは判らんな。まだ碌な情報も集まってないし。だけど、麻薬市場が完全に出来上がっちまってからでは何をしても遅い。まだあまり広まっていない今しか撲滅のチャンスはないだろうからな。出来るだけの事はするさ、っと』
目を落としていた書類にサインをしながら答える。
そして、新たな書類に手を伸ばした。
『ウチの領内にはまだ入っていないんですよね?』
『ああ、今のところは確認出来ていない』
『それ、本当ですか? 隠されてたら……』
アルは顔を上げ、ロリックに視線を送る。
『今のゾンディールで使っている者がいたとして、禁止されていた訳でも、罰が与えられる訳でもないんだし隠す理由がないだろう?』
『あ、確かに……』
『だから、それらしい情報が全く挙がっていない以上、仮に入っていたとしても量はごく僅かだろうと思う』
『でも、ゾンディールだって八千人もいるから、まだ完全には……』
『ん~、それはそうだけど、平民以上の調査はほぼ終わったって言ってるし……』
『でも完全ではないんじゃ?』
『そうは言うけどな。残ってるのは山に籠もって木こりやってる奴らだけらしいからなぁ。普段は街にも滅多に顔を見せないって言っているし、街に住んでる家族も少なくとも去年の秋口までは誰も喫煙はしていなかったと言ってるしな……』
彼らが話題にしているのはゾンディールの北にある山でスギなどを切って木材に加工している者達の事だ。
彼らは三人の平民で、普段は山小屋に籠もりながらそれぞれ数十人程度の奴隷を使って木材を切り出している。
彼らのような木こりは、空気が乾燥し始める一〇月から三月の時期に街に顔を出すことはまずない。
この時期は材木となるスギなどの立木を切り出しているからだ。
切り倒した生木は一年ほどは枝葉を払わずにそのまま放り、葉枯らしで乾燥させる。
春になって先年切っておいたスギに枝打ちを行って丸太にしてから麓に下ろす。
要するに、彼らが街に顔を出すのは夏から秋にかけて材木商に商品を卸す時くらいだった。
食料など生活必需品は彼らの家族や奴隷の家族がゾンディールで仕入れて山小屋まで運んでいた。
『確かにそれじゃあ購入のしようがないですね……』
『うん。仮に彼らが煙草タイプのナックスじゃなくてバックスの方を買っていたとしても麻薬を始めた最初の頃から大量に買うとは考え難い。少量ならすぐになくなっちまうだろ』
『それもそうですね』
麻薬の使用域の把握のためには住民全員について完全に調査しなければいけないのは当然だが、調査に割ける人数も限られているし、調査対象となる人間は街なかの方が圧倒的に多い。
また、バックスもナックスも他領から運ばれてくる。
それなりの量を運ぶためには馬車などを利用した隊商が使用されている可能性が高い。
それ故に、アルは麻薬に触れる可能性が高いのは半年も山に籠もっている木こりではなく、街の住民の方が圧倒的に高いと考えていた。
『それに、バックスもナックスも価格から言ってまだまだ奴隷が気軽に買うことも出来ない高級品だ。安い方の煙草タイプにしても、奴隷たちには元々喫煙の習慣なんかないしな。市場が形成されて評判も高まらないうちから、喫煙一回分程度の量にいきなり週給全部を注ぎ込む程の金額を払うとは思えん』
『ん……確かに』
アルは手にしていた書類を机上の書類入れに戻す。
『更に言うと、ザーラックスにアヘン窟みたいなのが出来ているからある程度の量は作れるようになってはいるんだろうが、生産量はまだ大したことはないんだと思う』
『何故です?』
『麻薬を流行らせるには需要が増えないとだめだからだ。大量に作れるなら誰にでも気軽に買える程度の値でバラ撒かなきゃ需要はなかなか増えないよ。最初は只で配ってもいいくらいだが、それにはそれなりの種銭も要るだろうし、余程の金持ちじゃない限りそれは流石に無理だろう。……何にしても本格的に儲けるのは需要が増えたその後だ』
『あ、そうですね。ヤクザだって最初は只でシャ……麻薬を打つって言うし』
『……似てるけどちょっと違うぞ、それ』
アルは水差しからコップに水を注いだ。
『違う?』
『違うさ。ヤクザは不特定多数に只で配ってる訳じゃない。特定の人物を食い物に、薬物依存にするためにそうしてるんだ』
『そりゃそうでしょうが、一緒じゃないですか?』
『一緒じゃない。変な喩えだが、お前が言ってるのは俺がコンドームの市場を作った時と同じだよ』
『はぁ?』
彼にとって少し意外な言葉が飛び出したため、ロリックの目は僅かに大きく開かれた。
『コンドーム、と言うか、避妊具は元々あった。豚の腸を使ったとんでもなく低品質のものだが、避妊具自体はあったんだ。だから、当然市場も形成されていた』
『それで?』
『豚の腸よりもゴム製のコンドームの方が圧倒的に優れているのは確かだが、使って貰えないことには広まらない。だから俺は、まず大口のユーザーである娼館に無償でサンプルを提供した。これが、ヤクザが情婦を作る時に相当する。まぁ、そんな事しなくても高級品のゴムを使っているから物珍しさから使ってくれたとは思うが、何にしても一度使えば虜になる。後は使った奴が勝手に宣伝してくれる』
そこまで言うとアルはコップの水を一口飲んで喉を湿らせた。
『ああ、なるほど。解りました』
『ん、そうか。だから今回のケースには当て嵌まらない。今までオースには依存性があるような麻薬は存在しなかった。少なくとも、そういった物の存在を俺は聞いた事がない』
王都で大貴族としての教育を受けたアルが聞いた事がないのであれば、ないのであろう。
最低限、ロンベルト王国には存在しなかったと言っても良いと思われる。
ロリックはそう考えた。
『そうですね。以前、確かミヅチさんでしたっけ、仰っていましたね。魔石を使った痛み止めもあるし、治癒魔術もあるから麻薬に類するような物は発展しなかったんだろうって……』
『そうだな。お前も知っていると思うが、金さえ出せばほぼ完全に痛みを感じなくさせる薬も買える。尤も、そこまで強力な痛み止めは軍隊が全部買い上げちまって、冒険者にはそうそう回ってこないがな』
多種多様な魔物から採られた魔石の粉末をその他の材料と共に秘匿された割合で混ぜ合わせて作られる秘薬には、大怪我を負っても殆ど痛みを感じさせなくする物もある。
冒険者時代のアルでさえ僅かに二本しか購入出来なかったその秘薬の効果は、腕を切り落とされた魔術師に再び魔法を使わせる事さえ可能にするものだ。
原料には、滅多に現れないゴールデンスライムの魔石を必要とするため、非常に高価であるばかりか、希少性もそれなりに高い。
また、秘薬の作成には練達した職人も必要である事が価格にも反映されていた。
因みに、購入された二本の秘薬はミヅチとベルが今でも肌身離さず持ち歩いている。
『確かに。それはそうと、今回の件、私にも読めてきました』
『ほう?』
『サミッシュの宗教団体はやはり私達同様の転生者なんでしょう。歴史のある団体で昔から作っていたのならもっともっと蔓延していた筈です。我々は今二二歳になったばかりですから、旗揚げして数年、一〇年はまず超えていないでしょう』
『うん』
『そして、彼らの目的は、ズバリ、金儲けです』
『何故そう思う?』
アルは少し楽しそうに尋ねた。
『そりゃ知れたことです。教義までは知りませんが、真面目に布教する気がありゃ十字架にナンマイダなんてふざけた念仏……念仏じゃないか……言葉は使いません。それらしい、適当な教義をでっち上げて、これまた適当な経文を唱えさせてるだけでしょう』
『ふふ、そうだな』
『麻薬の製造法を知ったのは最初からか教団を立ち上げてからかはわかりませんが、少なくとも現時点ではそれを柱にしようと思っているのは間違いないと思います。説教をする時はトランス状態に置いた方がやりやすいってのも理由かも知れませんし、薬中にして精神的な奴隷にしようって考えかも知れません。とにかく、今はサミッシュ中に中毒患者を作ろうと種を蒔いているんでしょう』
『なるほどな』
『そして、安価にバラ撒かないのには理由があると思います。アルさんの言うように、まだそこまで大量生産が出来ないから製造設備や麻薬畑の開墾の資金稼ぎからスタートせざるを得なかったのでしょう』
ロリックの推理はかなりの部分が的中してはいるが、これだけでは不十分である。
聖女と呼ばれる教主のペギーや最高幹部のウォーリーとしても生産量を増やしたいのは山々なのだが、それ以前にもっと純度を高め効果を上げた薬を作って、サミッシュの領主であるヨーライズ子爵を完全な傀儡とする事を第一に考えていた。
勿論、それと並行して市場の開拓に努めてもいる。
その道徳的な是非はともかくとして単純な事業として考えた場合、生産量や資金、そして人的資源が限られているうちはそれなりに有効な策であろう。
何しろ彼らが本拠を置くバルザス村の支配については裏から固めてはいるものの、税は誤魔化せない。
ある日突然、収める税のうち現金が占める割合が急激に跳ね上がれば、バルザス村の領主の更に上に立つヨーライズ子爵も不思議に思って調査しかねない。
信者でもない大貴族にバックスの原料が農耕で得られると知れてしまえば軍隊を派遣されて取り上げられてしまう恐れもある。
考えうる最善の結果でも強力なライバルを作り出しかねないのだ。
従って、カレッソだけを栽培する訳には行かない。
今のところはカレッソの栽培面積をそう広く取ることは出来なかった。
もっと資金をため、人材を集め、隠し畑を少しずつ増やすか、それこそ新たな村を切り拓く事ができるようになるまでは適当な野菜を栽培しているように見せかけるしかない。
又は、サミッシュの支配者であるヨーライズ子爵を完全無欠な中毒患者に仕立て上げるか。
その時、再び執務室のドアがノックの音を立てた。
宴会場にアルが顔を出す時間が迫ったのだろう。
・・・・・・・・・
アルとミヅチが臨時の宴会場に顔を出したのは、予定通り一一時丁度だった。
立食形式が採られている宴会場は大して広い訳でもないので、ゆっくりと食事を楽しむ場としてはあまりふさわしくない。
中央と壁際のテーブルには軽いツマミ類と乾杯用の高級なワインを除いてはアルコール度数の低い酒しか用意されていない。
この場所は宴会場と呼ばれてはいるものの、集まった貴族達がゆっくりと親交を深めるための場として提供されているからだ。
部屋は貴族達でひしめき合っていたが、二人の姿を認めた者達から万歳の声が沸き起こり、その声はすぐに全員に伝播する。
空気を震わせる程の万歳の雨の中、アルとミヅチは悠然と上座まで進むと用意されていた空のワイングラスを掲げることで返礼し、そのまま唱和の声が小さくなるまで待つ。
「ありがとう」
グラスを胸の高さまで戻したアルが礼を口にして目礼を送ると、その隣でミヅチもグラスを持っていない左手でスカートの裾を摘み会釈する。
そのタイミングで二人は、空だったグラスにゼノムからワインを注いで貰った。
「既に顔を合わせていた者にはなんとも面映い気持ちだが、今日は初めて顔を合わせた者も多い。皆の者にはよく集まってくれたことを感謝する」
ここでアルとミヅチは再びグラスを掲げ、微笑んだまま口を噤む。
出席者達が互いのグラスに新たな酒を注ぎ始めたのだ。
「それでは、私、ファイアフリードが乾杯の音頭を取らせて頂きます。伯爵閣下、奥様。改めまして、ご結婚おめでとうございます。また、ご列席の皆様方も、遠路はるばるお越し頂きまして誠にありがとうございます……」
アルを始め、全員の顔には笑みが浮かんでいる。
「お集まりの皆様にはもうご存知の方も多いとは思いますが、ここで簡単にお二方についてご紹介をさせて頂きます。まずはリーグル伯爵アレイン・グリード閣下ですが……」
半分以上の者のグラスは新しい酒で満たされたようだ。
「……ブルードラゴンを倒したばかりか、デーバス王国の拠点を新たに三つも占領いたしました。また、奥方のリーグル伯爵夫人ミヅェーリット・グリード様は……」
ゼノムが話しているうちに、ようやっと大部分の者のグラスが満たされる。
「……と、伯爵夫人の作戦と指揮によって我々は閣下の到着までドラゴンを引きつける事に成功したのであります……!」
貴族達はまだ空のグラスを持った者がいないか、近くの者が持つグラスに視線を送る。
「……皆様に於かれましてはご存知の通りではございますが、お二人はこの西ダートの地に封ぜられて以来、いえ、伯爵位を頂戴して以来、非常に忙しい毎日を過ごされておりました。そして今、この時になって漸く多少の時間が取れるようになったのです! また、二年前の今日、お二人は王都ロンベルティアにございますカグノミヤ神社にてご結婚されました。そして、それから丁度二年後の今日、領内に住まう我々に対し、改めてご成婚の……」
どうやら全員に酒が行き渡ったようだ。
宴会場にいる全員は改めて笑みを浮かべ、ゆっくりとグラスを掲げ始めた。
「えー、私が初めて閣下の知己を得ましたのは今を遡ること七年、いや、八年前の事でして……」
アルの笑みを浮かべた口の端が僅かに引き攣るように震えた。
「……それは見事な技でオーク共を蹴散らしたのです。当時、娘はともかく私は冒険者として二〇年以上の経験を積んでおりました。その私をしてこの男は只者ではない、と思わざるを得ない魔術の腕でございました。ですが、当時の私と閣下は行きずりの関係。せめてその日だけでも閣下のお役に立ちたいと、次の村までの護衛を買って出ました……」
ミヅチの笑みも硬くなる。
「……そうして辿り着いたバルドゥックの街で、我々はかの大迷宮に挑戦する事にしました。そしてすぐに出会ったのがカロスタラン士爵夫人であります。この出会いは私達同様、偶然の神のお力によるところが大きかったのですが……」
ゼノムは興奮したように喋り続けている。
「男爵」
このまま放って置くといつまで経っても乾杯ができない。
そう思ったアルは小声でゼノムに呼びかけた。
「……よらば斬るぞとばかりに襲い来るオークやホブゴブリンを冴えた剣技で切り捨てるのです! そう、閣下は優れた魔術師であるばかりでなく、素晴らしい戦士でもあられたのです……」
「男爵、ファイアフリード男爵……!」
アルの呼びかけは少しずつ大きなものになる。
同時に焦りをも含んだ声音になっていた。
何しろ、貴族達の中にはグラスを掲げていられなくなり、そっと腕を降ろし始めた者も出始めていたのだ。
「……そして遂に我々はバルドゥックの迷宮、その第三層へと……」
ゼノムの音頭はいつ果てるともなく続いている。
「ゼノム。おい、ゼノム……くそ、酔っ払ってんのか? ラルファは何を……チッ、広場の警備に回してたんだった」
どうにかこうにか、大部分を口の中だけに留めることに成功したアルだが、その顔はかなりヒクつき始めている。
アルはなんとか表情を取り繕いながら貴族達を見やるが、ゼノムと同格以上の者は自分達二人を除いては重要な招待客であるエックルス・バルトリム子爵やダリソン・ビーウィズ男爵、レッド・アンダーセン女爵しかいない。
しかしながら幾ら同格以上とはいえ、招待客という立場である以上、彼らには酔って長広舌を振るうゼノムを諌めることなど出来る筈もない。
仕方なく自分の左腕に右腕を絡ませているミヅチを肘の先でつついた。
ミヅチはそっとアルから腕を外すと、優雅な仕草でゼノムに近づいていく。
僅かに遅れてアルもゆっくりと歩き出した。
「は?」
ゼノムのすぐ隣にミヅチが立った事で、漸くゼノムの注意を惹くことが出来た。
全員の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「うおっほん! 奥様の出番はもう少し先ですので……」
赤らんだ顔で遠慮がちに言うゼノムの手に自分の手を重ねたミヅチは、ニュートラライズポイズンの魔術を使った。
ミヅチの掌から青い魔術光がゼノムの手に移り、体内に溶け込むように消えた。
と、ゼノムの顔からすうっと赤みが薄れていく。
「男爵。恥ずかしいから紹介はもうその辺で勘弁してくれ」
ミヅチとゼノムを挟むように横に立ったアルが微笑を浮かべて頼んだ。
「あ……こ、これからなんですが……いや、分かりました。それではこの辺でご紹介を切り上げさせていただきます。では、お二人のご健康、そしてご領地の発展を願いまして――乾杯!」
その後、宴会は和やかな雰囲気で進み、時刻は昼食の時間になった。
食事は行政府前の広場に専用のスペースが、ギベルティの立ち働く臨時の厨房と共に準備されている。
専用のスペースとは言っても、真っ白いテーブルクロスを敷いたテーブルが幾つか固まり、警護の騎士団員や並べられた椅子が境界として他の一般スペースとを隔てているだけのものだ。
貴族だけならともかく、その家族や従士達にも開放されるため、屋内ではどうしても手狭になるためにやむを得ない処置である。
供される料理もバルドゥッキーを始め、バルダーグやきしめんパスタ、特別な飼料を与えて丁寧に育てられた仔牛のステーキやロースト、べグリッツ周辺で栽培されている野菜類やハッシュ村から取り寄せた魚介類など、無償と出来たてである以外はこのスペース以外でも販売されているものだ。
当然、壁などで仕切られている訳でもないので周囲で飲み食いを楽しむ人々と会話することも問題なく可能である。
「こ、これは美味い!」
「バルドゥッキーと言う豚を使った料理ですよ、ミーズ閣下。なんでも伯爵閣下がバルドゥックでご活躍の時分にお作りになられたとか……」
「ほう、これがバルドゥッキーか。ステータスオープン……なるほど。しかし豚肉もこうなれば美味いものだ。む、ジンケーゼ閣下のバルドゥッキー、私のと少し違いますな」
「ええ、カゾット入りです。これもビールに合って、何とも乙なものです……」
「ベ、ベグリッツに近い閣下が羨ましいですな」
「そなた、この細長い料理、何と言ったか?」
「はい、ラーメンと言います。王都で大人気の料理です!」
「なるほど、王都でな……くっ、フォークだと食べにくいが……ちゅるっ、何とも言えん食感と……癖になりそうな味だ……。うーむ。このスープがまたとても旨い」
「げっ、な、なんだ、この気味の悪いものは?」
「ウニといいます。センノの卵だとか。このタレにちょっとつけてお召し上がりください」
「そうか……む……どうも私の口には……」
「癖が強いですからね。実は私もあまり旨いとは思えません。ですが、こちらをお召し上がりください」
「これは?」
「今のウニをバターと混ぜてパンに塗って軽く焼いたものです」
「いや……ちょっとウニは……」
「まぁまぁ、お試しあれ。ファイアフリード閣下も大好物だと仰られましたよ」
「そうか。なら……おい、もう一つくれ」
「ほ!」
「こ、これは……!」
「大した肉ですな。我が領土で育てられている肉牛よりも柔らかく、味もいい。……いや、甘い。比較にならん」
「ええ、脂身が多かったので、失礼ながら上等なものではないと思っておりましたが、東ダートにはこんな素晴らしい味の牛はどこを探してもおりません……」
「皆様! シャブシャブのご用意が整いました! この料理は他では食べられません! 本日この場でのみのご提供となっております!」
「うおおおっ、シャブシャブか!」
「ちょっ、ロッコ、ケビン! 走らないで!」
「なんですの? シャブシャブ?」
「さぁ? でも、ワズマール士爵夫人、あの様子ですと……」
「そうね。私達も頂いてみましょうか」
参加者達が二時間ほど食事と歓談を楽しんだ後、頃合いを見てスペースを隔てる椅子が撤去された。
・・・・・・・・・
俺はミヅチを伴って、再び行政府の宴会場に戻ってきた。
「待たせたか?」
宴会場には、ゼノム、ラルファ、トリス、ベル、ロリック、ビンス、カーム達子飼いの貴族の他、彼らの従士で殺戮者のメンバーが集合していた。
当然だが、武装しているのはクローを始めとする騎士団員のみだ。
また、アンダーセンもヴィックスとノブフォムを伴ってちゃっかりと隅に居場所を確保していた。
そう言えば、彼女の目の前でゼノムに言ったんだった。
アンダーセンと目が合った。
ふ。
まあいい。
「さて、アンダーセン女爵」
「は」
「この場に居るという事は黒黄玉は解散か?」
「そう取って頂いて構いません」
室内が一気にざわついた。
ヴィックスとノブフォムは微妙な顔をしている。
聞いていなかったんだろう。
「そうか。では、どういうつもりで足を運んだのか私と皆に説明してくれないか?」
こういうのは本人の口から直接話すべきだ。
「私、レッド・アンダーセン女爵は主家であるドレスラー伯爵にのみ仕える者です。従いまして、私の忠誠心はドレスラー伯爵号の襲爵を内定された閣下にのみ向けられます」
アンダーセンがそう言うと、ドレスラー伯爵号の襲爵について知らなかった者は驚きを隠せない様子になる。
本当はこういうの、発表されてからじゃないと言うべきじゃないんだが、言わないと理由について説明のしようがなかったのだろう。
尤も、知っている者も多いから今更と言えば今更なんだけど。
「……この件につきましては私の家臣である元の黒黄玉のメンバーにも周知してございます」
「あ、姐さん! それは聞いてるが解散だなんて……!」
ヴィックスが口を挟む。
が、アンダーセンは冷たい目で彼を見ると手の甲で頬を張った。
「黙りな、さい……閣下。お恥ずかしい所をお見せして申し訳ございません。お許しが頂けますのでしたら、只今この時を以てレッド・アンダーセンとその家臣共を殺戮者の一員としてくださいませ……!」




