第百九十二話 新入り 1
7450年4月8日
朝から行政府前の広場や主要な通りには多くの露店などが出店し、昼前にはゾンディールなど近隣の街や村からも多くの見物人が到着してべグリッツの人口は倍ほどにも膨れ上がったような気さえする。
領内の各村を治める領主たちも行政府に入れ代わり立ち代わりで訪れ、祝辞を述べてくれた。
トリスなんかは昨晩遅くに到着していたようで、夫婦揃って朝の七時前に行政府に押しかけて来やがった。
「謁見室が整ってないとか、私とアルさんの間柄で、そんなの気にしないで下さい。なんならこれから手伝いますし」
「今日一番にお祝いを言いたかったんです!」
彼らが言う事もわかるし、その気持ちについては素直に嬉しい。
だけど、この時期の始業時刻は七時なんだし、少しくらいは人の都合ってものを考えられるようになって欲しい。
その証拠に、随行してきたジェルとミースは「一応止めたんだけど」とか「迷惑なら迷惑って言ってやった方が……」と言っていた。
自分たちと俺との間柄を特別な物だと捉えているのかもしれないが、それを快く思わない奴が現れたら面倒が増えるぞ。
まぁ、そんな事を言ったらラルファやグィネなんかどうなんのよ? って感じなので今更なんだけど。
それはそうとして、そういう特別な間柄を好まない人もいるかもしれない、くらいは考えて欲しい。
ナンバーツー不要論ってやつになるのかな?
尤もこれは配偶者や血縁以外のナンバーツーは要らないって理論なのでミヅチやそのお腹にいる子供は別になるけどさ。
俺としては家族以外のナンバーツーは何人でも欲しいくらいなんだけどねぇ。
第一、俺の部下たちの中でナンバーツー不要論を唱える者が出るとしたら、それはベル本人な気もしてたんだけどなぁ。
それはともかく、他の領主たちは皆常識的というか、招待状に書かれた時間通りの九時過ぎにぞろぞろとやって来たんだし、自ら会議室を臨時の謁見室にすべく模様替えの指揮をとっていた所に来られてもなぁ……率直に言って勘弁して欲しかった。
まだ着替えても居なかったしね。
その後、一〇時を回る頃になって新たな招待客も到着した。
俺の領土の東隣であるランセル伯爵領の代官のビーウィズ伯爵やドレスラー伯爵領の代官であるヘムリン伯爵、エーラース伯爵領の代官のバルトリム伯爵など、将来的に俺の領土が内定している土地の統治者も祝い金と併せて名代を派遣してくれた。
はるばる遠くから名代や祝辞、祝い金を贈ってくれた事については本当にありがたい。
尤も、この三つの領土については俺が兵権を握っている事と、わざわざ結婚披露宴をやるという連絡をしたから当然と言えば当然ではあるんだけど。
まぁ、三人の代官とは未だに直接の面識もないから何とも言えないが、中には俺の事を軽く見ている人もいるようだ。
と言うのも、ビーウィズ伯爵とバルトリム伯爵は名代としてそれぞれの長子を送ってきたのだが、ヘムリン伯爵の名代だけはどういう訳か一介の太守だったからだ。
同じ程度の立場同士の貴族の冠婚葬祭の場合は最上級の敬意や祝意、弔意を表すのは本人が直接顔を出すのは当然である。
しかし、上級貴族ともなればそれなりに忙しいので、余程の間柄か相応の出来事でもない限りは普通は名代を送る。
その場合、自分の長子か、子供が居ないか幼すぎるのであれば先代が普通である。
次は次子以降の子供か行政府の事務官長、もしくは騎士団長だ。
ついでに言うと、祝い金は送った名代や護衛が逗留する期間の飲み食いなどの費用の一〇倍程度とされるが、最低でも一〇〇万Z(金貨一枚)は贈るのが一般的だ。
その際に贈る金貨は鋳造してから碌に使われていない、傷一つない物の方が良いとされる。
当然、弔慰金の場合は傷のついた汚れた物だとされているが、貨幣の装飾が落ちる程の物は流石に駄目だ。
少なくとも、俺は王都での研修でそう習った。
「ドレスラー伯代マインクラー・ヘムリン伯爵の名代……」
そう習ったのだが、何故か今、ヘムリン伯爵の名代だと言って俺の前で跪いているのは伯爵とはなんの血縁関係もなく、また、行政府や騎士団の関係者でもない人物だった。
入り口を固めている騎士団の従士から伯爵代官の名代の中でも、最後の謁見者となった彼女の名を告げられた時は心の底から驚いてしまった。
「レッド・アンダーセン女爵でございます。またお会いできて光栄ですわ。閣下、それに奥様」
アンダーセン女爵が臣下の礼をとりながら挨拶をしてきた。
「あ、ああ」
「と、遠いところ、ご苦労さまでした。ありがとうございます」
俺もミヅチも簡易的な謁見室で目と耳を疑っている。
なんとなく、彼女の前に会ったエーラース伯爵領の代官のバルトリム伯爵の名代であるエックルス・バルトリム子爵やランセル伯爵領の代官のビーウィズ伯爵の名代であるダリソン・ビーウィズ男爵の態度に落ち着きのないところがあったように思えた理由が判明した。
この子爵と男爵はそれぞれ代官である父親の長子であり、成人もしているので名代としてはこれ以上の人はない。
だが、アンダーセンの姐ちゃんは違う。
本当は国王の庶子なので代官の長子風情よりも名代としては余程良い人材ではあるが、公表されていないので、格としては事務官長や騎士団長にも劣る。
彼らは「え? そんな格下の女爵を送ってくるのでも良かったの?」とでも考えて動揺してしまったんだろう。
なお、祝辞と挨拶を済ませた謁見者は同じ階にある招待客向けの宴会場で飲み食いを楽しんでもらっている。
「こちらが我が主、ヘムリンに託されましたご結婚の祝辞とお祝いでございます。お納め下さいませ」
アンダーセンはしれっとして言った。
「……祝辞とお祝いについてはありがたく頂戴する。ヘムリン伯爵閣下にも宜しくお伝え頂きたい」
ひょっとしたらヘムリン伯爵はアンダーセンの出自を知っていたのかもしれない。
彼女が自分で言った可能性すらある。
でも、もしそうだとしてそれを簡単に信じたってのは少し解せんが。
ん?
この目つき、何か訴えるような……。
「タルカス、ナラヤ。少しはず……いや、隣に居るファイアフリード男爵と警護を交代しろ」
臨時謁見室の入り口を固める二人の従士に声をかけた。
「「はっ」」
二人の従士はすぐに退出していった。
「ヘムリン伯爵には陛下からの親書をお渡ししております。何が書かれているかまでは存じませんが、大方のところは閣下とのやりとりについては全て私にも伝えるように、そして私の要望に対して可能な限りの便宜を図るようにというところではないでしょうか……」
なるほどね。
そういう事なら、まぁ納得がいく。
「それで、本日罷り越しましたのは、先日の件についてご許可を頂戴したかったためです」
アンダーセンはそう言うと懐から更にもう一通の書簡を取り出して差し出してきた。
受け取って中を見ると、どうやら国王への報告書のようだ。
内容は先日のブルードラゴンとの戦闘についてが主体になっており、最初は彼女の目から見た事実について。
次にその事実について彼女なりの所見が記載されており、最後に現状の王国軍でドラゴンを相手にする場合の方策についてが簡単に纏められていた。
俺にしてみれば、不足している部分もあった。
だが、概ねは正しく分析されているようで、たったあれだけの時間見ただけでよくもまぁここまでというところまで書かれている。
やはり超一流の冒険者集団である黒黄玉を立ち上げて率いていただけの事はあるなぁと感心する。
「良く纏まっているな」
お世辞ではない言葉が漏れる。
「ご歓談中、失礼いたします」
ゼノムが入室してきた。
丁度いい。
ゼノムを呼んでアンダーセンの書簡を見せる。
「よく読んでみてくれ。その後、感想を聞かせてほしい」
書簡に目を通し始めたゼノムはすぐに顔色を変え、俺とミヅチを見るがゆっくりと頷いてやった。
「ご修正頂くような箇所はございますか?」
アンダーセンは、書簡を俺がゼノムに見せたことについては気にも留めていないような雰囲気で言う。
大して長い文章じゃない。
時間もあるしゼノムが読んでから答えてもいいだろう。
ゼノムが読み終わるまで彼女が治めるダスモーグの街についてなど世間話に興じた。
どうやらゼノムも読み終わったようだ。
「私としては閣下がこれで良いと仰るならあまり言うことはございません」
アンダーセンが居るのでゼノムも丁寧な口調で話している。
俺は肩を竦め、次いでアンダーセンの方を向く事で先を促した。
あまり言うことはない、という事はゼロじゃないんだろ?
なら本人に言ってやってくれ。
「あれっぽっちでここ迄書けるとは大したものだ」
ゼノムは静かな顔でアンダーセンに言った。
アンダーセンは目礼で返す。
「強いて挙げるなら一つだけだな」
そう言うとゼノムは確かめるように俺の方を見た。
「私もファイアフリード男爵と同意見だ。最後のところだろう?」
そう言いながら、他に見落としは無かったようなのが確認できてちょっとだけホッとする。
「どの部分でしょうか?」
アンダーセンは一言も聞き漏らすまいとでも言うように尋ねた。
ゼノムは俺の返事を聞くと書簡を折りたたみ、封筒に戻しながら喋り始める。
「苦労して考えたんだろうが、あの戦い方だと現状の王国軍では恐らく……七~八割の犠牲を出してやっと撃退出来るかどうかと言ったところだろう」
ふむ。
俺は全滅する可能性が五割、僅かな人数だけが生き残って撤退できる可能性が四割、残りの一割で相当な深手を追わせることに成功して撤退に追い込める可能性があり、更に極小の可能性で勝てるかもしれないと思ったが、ゼノムはオブラートにくるむか。
「対抗不可能と書いた方が良いんじゃないか?」
俺の言葉にゼノムも頷いてくれた。
またドラゴンが出てきたとして、この前の奴程度なら行ってやるからさ。
鱗はとんでもなく貴重品だからわざわざ俺が出向いたとしても元は取れるだろ。
話を戻すが、アンダーセンが記載していた作戦案は大きく分けて二つあり、一つは殺戮者が行った待ち伏せである。
避雷針についてもミヅチが作ったもののコピーのような図面まで記載されており、装備も含む人員配置などの案も複数書かれていた。
だが、待ち伏せを行うには相手に陣地まで出向いて貰わなければならないので呼び寄せる方法が確立されない以上、偶然に頼る部分が大きいともある。
ここまではいい。
問題だと思ったのは攻勢の作戦である。
当然、ドラゴンの塒を突き止める必要があるが、待ち伏せよりは積極的であるため、ドラゴンの存在が確認されたのであれば作戦に持ち込める確率は幾分高いであろうと書かれている。
肝心の内容については二〇名程度の手練の兵士に強力な飛び道具と避雷針を持たせ、同数程度の凄腕の魔術師で寝込みを襲うという方法を記載していた。
書かれていたのは単にそれだけでなく、ドラゴンの姿から導かれた死角であろう方向や、有効な打撃を与えられるであろう距離までの接近方法についても書かれている。
そればかりか、飛び道具や避雷針を持った兵士は完全な捨て駒と割り切り、本当の狙いは避雷針を地面に突き刺す事だともあった。
その避雷針についてもある程度詳細な図面のようなものも書かれていたばかりか、避雷針自体の狙いはともかく、効果については現時点では不明だが、期待大だとの注釈もある。
避雷針の狙いについては、恐らくはダービン村に駐屯していた王国軍から聞き取ったものだろうと思われ、効果については実際に目にしていたのは殺戮者の面々しかいなかったために推測しか書けなかったのであろうと思われた。
なお、避雷針を設置するのに一々穴を掘ってはいられないだろうとの見解から、避雷針はミヅチが作ったような上下セパレート型ではなく、下部に台となる銅板を取り付けた単なる銅の棒だった。
その銅板から何本かの銅線を伸ばし、銅線の先は同じく銅製の細長い釘のようなものにつながっている。
これなら設置に穴を掘る必要はない。
釘なので訓練さえ積めばハンマーの一撃で深さ二〇㎝程度には打ち込めるだろうし、下部に台があるので倒されたとしてもすぐに起こすことも出来る。
釘と避雷針を結ぶのは銅線以外に丈夫な紐なんかもあれば、地面に固定されていない棒であればそうそうぶっちぎれる心配も低い。
そして、各避雷針の設置間隔も五m程度と先日の陣地のコピーを作ることを目指している。
同時に、避雷針を設置する過程で二〇名の兵士は大多数が殺されるだろうが、縦横三本づつの九本の設置が叶えば一〇m四方の陣地が築け、生き残った兵士がその陣地内で飛び道具で注意を引いている隙に攻撃魔術で仕留めるという。
何にしても、白兵戦については全く考慮しない上に、半数程度の犠牲についても許容するという、ある意味での潔ささえ感じられる戦術である。
惜しむらくは有効な打撃を与えられる魔術について「最低でもジャベリンクラスは必要で、安全性を鑑みればアーバレストクラスが最低線であると思われる」との記載がある程度だ。
まぁ、これについてはほぼ正解に近いが、アーバレストクラスの攻撃魔術を瞬時に行使可能な人材ともなると選択肢はかなり狭められるし、彼らが殺されてしまった場合、戦力の立て直しは一朝一夕には行かないのでこの記載方法だと不十分だと言わざるを得ない。
何しろアーバレストクラスだと、確かに有効打は与えられるだろうが、一〇発かそこらを命中させたところで倒せはしない。
「そうですか……まだ見積もりが甘かったようで……え? そこだけでいいのですか?」
アンダーセンは書簡に記載されている情報のうち、かなりの部分について削除や書き換えを命じられると思っていたようだ。
「大部分は見られてるし、隠したところで益もない。そして、どうせなら無駄な死人を出すべきじゃない。まぁ、絶対に倒せないとは言えんから、どうしても書きたければ止めないがな。その場合、避雷針設置の人員に薙刀のような武器くらいは持たせて羽を切り裂かせれば多少はマシかも知れん」
魔法の武器しか効かないってのは知ってるみたいだし、そこまで言う必要はないだろう。
また、咆哮についても既に知られているし、手練を揃えるとあるのは対抗策なのだと思われる。
それどころか、避雷針についてその効果も碌に確認出来ていなかった筈なのに全ての作戦に取り入れているのは恐れ入った。
大した時間も無かった筈だが、余程興味を持って丁寧に観察されていたのだろう。
本質は掴まれていた。
うん、まぁ、決死隊みたいなのは俺の趣味じゃないからあれだけど、絶対に生き残れないと言う訳でもなし、それなりじゃないの?
あ、そうそう。
聞いておきたいことがあった。
「ところで、今日の随行者に私の知る者は居るか?」
「ヴィックスとネル……ノブフォムでしょうか」
連れてきたか。
「ゼノム。すまんが昼食後に殺戮者を全員集めてくれ。ああ、変に思われてもあれだから、他の領主たちには気が付かれないように声を掛けて欲しい。ロリックんとこの新入りも忘れずにな。集合場所はここだ」
今日は俺とミヅチの結婚披露宴なので、開拓村で従士を務めているメンバーなど俺の戦闘奴隷を除く全員がべグリッツに来ているからね。
クローやマリー、ラルファ、グィネなど騎士団に入団している奴については予め集合を伝えているから問題はない。
まぁ、正直言ってアンダーセンやノブフォムが今日来た事は完全に計算外だったが、ノブフォムは早々に召喚するつもりだったし、手間が省けて丁度いい。
ん? 酒飲んで酔っ払っていたら?
そん時ぁ、リムーブかニュートラライズポイズンで無理矢理にでも正気に戻してやるさ。




