第百九十一話 悪木盗泉
7450年4月4日
根絶者には正騎士を一〇人に従士を四〇人配し、長は当面俺が兼任する事にした。
編成として正騎士二名に従士八名の班を作らせ、ここ数週間は一日交替でサミッシュ地方との関所に派遣する。
因みに、ラルファとグィネは騎士団員としては新人なので外している。
ホワイトフレイム以下、旧煉獄の炎の連中も同様だ。
彼ら、彼女らは戦闘では正騎士よりも頼りになるのは確かだが、今回は戦闘よりも取り締まりに重きを置いているためである。
まずは全員に簡単な教育を施した上で、サンプルのバックスとナックスを持たせた一班だけを関所に向かわせてクローたちと交代させる事にした。
その際には今回配属しなかった従士も十名程を伴わせ、その十名には関所から数㎞離れた南北に新設予定の監視所の候補地を選定しておくように申し付けている。
彼らにとってはとても慣れた作業とは言い難いが、候補地に定めた理由などをレポートさせる事は将来の正騎士として重要な資質になると考えたからだ。
また、関所で止められている隊商などがあれば、積み荷と身体検査を行って麻薬を所持していない場合に限り通行を許可しろと命じることも忘れてはいない。
なお、残った四班と配属されなかった正騎士たちには俺とミヅチで麻薬について知る限りの知識を教え込み、その怖さや撲滅への義務感を植え付ける。
そうしてこの日は暮れていった。
クローとマリーも今日中には戻るだろうし、明日からの先生役は彼らに任せればいいだろう。
さて、もう午後四時か……。
滞っている事務処理もあるし、俺とミヅチの結婚披露宴も数日後に迫っている。
行政府の職員たちもサビ残で俺の出仕を待っているだろうし、本音を言えばサボりたいけど行かねばなるまい。
・・・・・・・・・
『……と言う訳だ』
夜。
いつものドリングルで海胆をつつきながら、集めた転生者たちを前にしていた。
当然、ラルファやグィネの他、エセルやクローたちもいる。
そして、ドランの裏で生きていたトールも俺たちが思いつかない貴重な意見を述べる可能性があるために呼んでいる。
因みに、クローとマリーはこれからは両親と一緒に住むという。
親孝行だね。
今はクローとマリー、そして俺からバックスやナックスについて簡単な説明を終えたところだ。
『トール。お前はバックスとかナックスという名を聞いたことはないと言っていたが、似たような物についても知らないか?』
『すみません。知りません』
トールには昨晩のうちに聞いていたから答えは知っていたが、皆への説明の為にもう一度尋ねた。
『で、次に背景になるが、こちらは多分に推測が含まれている。まずは確実に本当だと確認出来ている所からいこうか……』
宗教を立ち上げた者たちが隣の領土にいることや、そのシンボルは十字架で祈りの言葉がナンマイダであることなどを話す。
このあたりはミヅチやグィネも知っているので彼女らも適宜補足してくれている。
『十字架にはニギワナのみしるしという名が付けられていて、それはステータスにも記されている。……うん、どうやってそれが出来たのか、また出来るのかは分からない。まぁ、それは置いておいても、祈りの言葉がナンマイダってのはな……。俺たちと同じ、生まれ変わった転生者と考えてもいいかとは思う。……エセル、これについて君はどう考える?』
『……その材料であれば、私もそう思います。……思いたくはないですけど』
少し考えてエセルは答えた。
ラルファも『そうよね。日本人なら麻薬の怖さは知っているだろうから、積極的に関わろうとする奴なんていないと思いたいけどな……』と深刻な表情で相槌を打っている。
他の皆も同じような考えらしく、海胆を前に眉根を寄せていた。
だが、トール一人だけは、平気な面で海胆をぱくついてビールを喉に流し込んでいる。
そして、平然とした顔で『皆、あれっすね。お人好しっすね』と言ってのけた。
『どういう意味よ?』
トールの顔を睨むようにしてマリーが問うが、それでもトールは海胆に舌鼓を打つのを止めない。
『多分ですが、俺と同じような事を思ってるのは俺だけじゃないっすよ……』
そう言ってクローを見、次いで俺の方を見た。
何だよ?
『ん……俺はトールが言う意味、いや、言いたい事は解る。と言っても、皆がお人好し過ぎるとまでは思わないけどな……そんな顔するなよ』
トールの視線を受けたクローがそう言ってマリーを見、肩を竦めている。
『じゃあどういう意味なの? 私には、お人好しじゃないなら麻薬に手を染めるのも仕方ないとしか聞こえないわ』
ミヅチが低い声で言う。
その言葉にマリーを始めエセルやラルファ、グィネも頷いている。
なんか、怖いね。
それを見てトールは責任を感じたのか俺に意味ありげな視線を寄越した。
なんだか分からんが、言いたいことがあるなら言えよと頷いてやる。
時間に追われている訳でもなし、多少の脱線くらいはいいだろう。
『えー、誤解を与えてしまったようですみません。私は子供の頃に自分が奴隷だと知って、脱走しました。もう知っての通り、その後はしょうもないこそ泥やスリなんかの窃盗団を作っていたんですが……』
そんな昔のことから言うのかよ……。
少しげんなりするが、まぁいいか。
『奴隷から這い上がるためには何でもするつもりでしたし、事実大抵の悪事には手を染めました。なぜなら食っていかなければなりませんでしたし、手下を食わせなければいけませんでしたから……ね。金を手に入れるためなら犯罪だろうとなんだろうと選り好み出来るような状況ではなかったという理由もあります。言い訳臭いですけど……』
こいつは犯罪者だったが、なんだかんだ言って犯罪集団を構成するメンバー、特に年少の者を飢えさせてはいなかった。
俺に言わせれば、目つきも態度も最悪な糞ガキばかりだったが、ガリガリの栄養失調ではなかった。
それどころか、はしっこそうな奴もいて、総じて体格も悪くなかった。
あまり褒めたくはないが、アコギだろうがなんだろうが犯罪ではない真っ当な商売もやっていたと聞いている。
尤も、そうじゃなければ幾ら転生者だとは言え、拾い上げるにあたって流石に悩んだだろう。
『確かに麻薬は人を人ではなくさせます。ですが、すぐに死ぬ訳でもないですし、無理矢理使わせるのでもない限り、麻薬を使うかどうかは本人が選ぶことです。まぁ、そうは言っても麻薬についての知識がなけりゃあ拒否する奴はそう居ないでしょうが』
ラルファたちは捨てられた魚にたかるフナムシでも見るような目つきで聞いている。
『でも、他人に構っている余裕のある奴なんて、このご時世そう多くはないんですよ。特に私みたいな、存在自体が名無しの底辺だと。ですからあの当時の私が、麻薬を仕入れられたのなら……結局は扱っていたと思いますよ。簡単に大金が手に入るのは確実ですからね……。へっ、正直に言ってるんだし、そんな目で見ないで下さいよ……』
女たちの目つきは死体に湧いたウジを見るそれになっていた。
『皆さんはどうでした? 何日も何も食えない事ってありましたか? 飢えて死んでいく同年代の子供を眼の前で見た事は? 物陰で産み落とした我が子の首を絞める母親の顔を見たことは? やっと手に入れた汚れた芋に、今まさに齧りつこうとしている子供からそれを奪って腹を満たす大人の姿を知っていますか? そいつは、その子の親かも知れないんですよ?』
自嘲するような、ニヒルな笑みを口の端に乗せ、全員の注目を集めたままトールは静かな声で喋っている。
『そんな中、食い物を、それを手に入れるための金を稼ぐ手段を選べる程の余裕なんかありゃしませんでした。こそ泥だろうがスリだろうが……麻薬の売人だろうが、手っ取り早く金を稼がなきゃ明日は生きていないかも知れないんです』
トールはそこで言葉を切り、海胆を口に入れると旨そうな顔で目を瞑った。
『でも……麻薬だよ?』
しかめ面をしたマリーが言う。
その正面で、グィネはトールの言葉に頷いていた。
はぁ……溜め息が出そうになる。
『……そうだな。麻薬だ。さっきアルが言った通り、麻薬は人を破壊し、それに連なる社会をも荒廃させる。救いようがないほど碌でもない物だ。だけど……知ってる奴も多いから言うが、俺はマリーと出会うまで、本当にどうしようもないクズだった。固有技能がなけりゃトールみたいに村から脱走してただろう……』
ビールで口を湿らせたクローが、トールの後を引き継いだように喋りだす。
『トール程じゃないが、俺も底辺に近いところで生きてたこともあったからな……。当時の俺が麻薬の存在を知ったら……悪い事だと、使った奴を殺すよりも酷い人生に叩き込む事さえ理解しながらも扱っていただろうと思う。だから、俺はトールの言いたい事は解る』
そう言ってクローはまたビールを一口飲んだ。
『そうは言うけど……』
『だからと言って……』
『屁理屈じゃん』
『でも……』
ミヅチを始めとする女性陣が何か言い掛けた。
『ああ。でも、だ。勘違いしないでくれ。だから麻薬を扱ってもいいとか、許されるだなんて言うつもりはないよ』
それに対し、ビアジョッキをテーブルに戻しながらマリーを見てクローが答える。
『そっすね。仕方がない、と言うのが一番近いかも知れませんが、それも違います。悪い事だと思いながらもそうしないと殺される、という訳ではありませんから。このまま野垂れ死ぬくらいなら、腹が減って動けなくなるくらいなら、これ以上眼の前で情けなく死んでいく奴らを見るに耐えないから、それなら悪事に手を染めてでも生き残るって感じですかね』
そこにトールがダメ押しのように言った。
『『……』』
全員が押し黙る。
ちったぁマシな反論をしたラルファですら言葉を失ったように黙ってしまった。
それでもミヅチとマリー、エセルは何か言いたそうにしていて、言葉が出ないって感じかね?
何にしても言いくるめられてんじゃねぇよ。
揃いも揃ってバカどもが。
渇すれども盗泉の水を飲まず、熱しても悪木の陰に息わず。
そして、鷹は飢えても穂を摘まず、武士は食わねど高楊枝だ。
クローやトールは、文字通り貧すれば鈍するを地で行ってるだけじゃねぇか。
それこそさっきトールが言ったように、殺されるような状況ならばいざ知らず、そうじゃないんなら単に意志が弱いだけだ。
どんなに同情を引くような表現をしようが、緊急避難っぽく言おうがなんだろうが、意志が弱いだけだ。
トールは自分が奴隷だと知った瞬間に脱走したのか?
違う。
クローもそうじゃない。
奴隷階級から脱しようと知恵を振り絞って考え抜き、その結果として脱走を選んだのならいいが、そうしたとは聞いていない。
要するに、脱走にあたって計画性もなく何らかの切っ掛けに乗っただけだ。
別にそれが悪いとは言わない。
だが、その後も何らの計画を立てることもせず、従って本当に奴隷階級から逃れ、その後も這い上がるための準備や努力すらしないままだったってだけなのはいただけない。
ズルズルと悪い奴らと一緒に悪事に手を染めちゃったってだけの話だ。
お涙頂戴もいいが、毒を食らわば皿までという気概を持って裏社会でのし上がろうとしていた訳でもない……トールはそうなのかも知れないけど。
尤も、そうやって言いくるめられた女どもはまぁいいとして、本当にタチが悪いのはトールとクローの方だ。
目の前で飢え死ぬ?
それを救うため?
バカ言ってんじゃねぇ。
単なる格好つけの言葉なだけじゃねぇか。
悪いとまでは言わないが、物を言うなら時と場合を考えろ。
『クロー、トール。それ以上、碌でもない事を抜かすなら舌を引っこ抜くぞ』
二人を睨みつけて言った。
何が“使った奴を殺すよりも酷い人生に叩き込む事さえ理解しながらも扱っていた”だ。
何が“それなら悪事に手を染めてでも生き残る”だ。
クローもトールも、社会の底辺や裏で生きていた。
そして、麻薬という、手っ取り早く大金を得られる物は知識としてあった筈だ。
と言うより、俺と同じ日本人だったのだから無い方がどうかしてる。
抽出方法を知らなかったのかも知れないが、適当な女のヒモをやっていたり、窃盗団を作ってブイブイいわせていたような奴らが、覚醒剤のように化学合成しなきゃ作れない薬物はともかくとして、それこそアヘンやコカイン、マリファナのような自然の植物から得られる薬を思い出せない、思い出さない訳がない。
アヘンやコカイン、ヘロインみたいなものは別にしても、マリファナなんか麻の葉を乾燥させただけのものだし、麻なんざ適当な村を最悪でも二~三見て回りゃ絶対にどこかで栽培してる。
それこそ、一般的な布はほぼ麻なんだし、麻の実は炒っておけばかなり長期保存の利く重要な食料でもあるし。
輸入オンリーの絹や綿花から作られる高級品の木綿、動物の毛から作る毛織物は、その価格から貴族や富裕層しか使えないので、そちらについてなら見たこともないと言うのはともかくとして触ったことがないとか知らないと言われてもまだ納得がいくが、麻を知らない奴はいない。
逆に、貴族は麻布を使った衣服を着てはいけないとされているので、麻を知らない人は貴族になら居るかも知れない。
要するに、大麻に限れば大した手間もいらずに幾らでも手に入れられる。
尤も、麻はステータスには【キャナビス草】って書いてあるから、前世で大して長生きも出来なかったクローは何とも言えん。
が、腐っても日本の大学に何年も在籍していたというトールの方は衣服にも使われる一般的な植物の英語名を知らない、というのは不自然だ。
ましてや、マリファナなんて不真面目な学生の方が詳しそうだし。
俺も詳しい方じゃないから正確かどうかはよくわからんが、マリファナは麻薬程に強い効果でもないし、従って毒性もそこまでではないだろう。
扱うにしろ自分や周囲で使うにしろ、麻薬ほど心理的なハードルは高くないだろう。
にも拘わらず、クローもトールも大麻を作ったとか使ったとかいう経験は無かった。
俺としては、悪事に手を染めるにしても一線は画していたのか、と思っていた。
これが俺の考え違いなら、なんだか惨めになる。
まぁ、奴らを見りゃあ単に格好つけただけだと思うけどさ。
しかも、言ってることは“俺も昔はワルだった”ってのとあんまり変わらない。
みっともないから止めて欲しいよね。
『碌でもないって……』
『そりゃ確かに良くはないけど……』
『俺は黙れと言ったんだ』
そう言ってビールを飲み、海胆を食べた。
美味い。
『でもアルさん。クローたちが言ってることも……』
すっかり絆されてしまったお髭さんが何か言い掛ける。
『だからしょうがねぇってか? 目の前の飢えた子供を助けるのに麻薬を売ってでも金を作る? その為なら他人がどうなろうと仕方ない、と?』
『そうですよ。私、わかります。それに、クローもトールも他人の事に構う余裕は無かったんですから……』
こ、こいつは……。
チョロすぎるだろ。
分かってはいたが、こりゃあ男にはモテるよ。
『アルさんは大体いつも正しい事を言いますが、場合によってはそれが人を傷つけることもあるんですよ?』
ほう?
『どうせ今回も、そういう状況にならないように予め備えておくべきだとか言いたいんでしょうけど、いつもいつも備えられるとは限りません。クローだって、トールだって、備えておくような余裕なんか無かった。それでも目の前の気の毒な人を救いたかった。そういう状況に置かれたら私だってそうするかも知れません』
『……』
勘違いしないでほしい。
俺は呆れて物も言えないだけだ。
周囲では、珍しくグィネが俺に突っかかっているところを見て成り行きを見守っている感じがする。
『みんな、アルさんみたいに完璧じゃないんですよ。それを分かって欲しいです』
俺だって完璧からは程遠いが。
『グィネ。よく聞け。眼の前で飢えて死にそうな子供を見たら、俺だって助けたく思うし、そうできるなら助けるだろう』
『そりゃそうでしょう』
『ああ。だからよく聞けって。その時、たまたま麻薬の入手ルートを知っていたとしても俺は仕入れて売ろうとは思わない』
『だからそりゃそうでしょうね。アルさんなら』
『……なぜなら、麻薬を欲しがってる奴なんかいないからだ。中毒患者を作るにはそれなりの時間がかかる。ちんたらとそんな事をやってたら子供は飢え死にしているだろうよ』
『あ』
あ、じゃねぇよ。
クローもトールも少し恥ずかしそうな顔になっている。
『いいよ、もう。クローにしてもトールにしても何としても助ける、その為なら何でもするという気概を言ったんだろうしな』
妙な方向に少し格好つけただけでボコボコに言われるのも少し気の毒になったのでフォローを入れてやる。
『いいか、麻薬ってのは皆が思ってる通り確かに恐ろしいものだ。でも、一回や二回使った程度じゃ重度の中毒にはならない。何回かバックスを使っていたと思われるヨーライズ子爵も見た感じや態度も普通だったし、貿易関係の交渉にもきちんとした答えを出していたからな』
何人かは俺の言いたい事を理解してくれたようだ。
『要するに、今話し合いたいことは、流通し始めた麻薬をどう取り締まり、どうやって撲滅するかであって、麻薬を流通させているなんとか教団に情状酌量の余地があるかどうか議論する事じゃない』
忘れてしまった者もいたようなのでもう一度言う。
まぁ、脱線したと言っても一〇分やそこらだし、あまり目くじらを立てるような事でもない。
『麻薬に限らないが、商売をするには市場が必要だ。需要と言ってもいい。新しい品物を提供するにはそこに価値を作り出す必要がある。麻薬で商売をすれば莫大な利益を得られるだろうが、そこまで行くにはある程度の時間が必要になることは解るよな? と言う事は、流通させた奴らには計画性があったという事になる』
なんかもう、グィネ一人に説明している気がしないでもない。
『奴らは計画を立てたんだ。情状酌量の余地など一切ない。唯一あるとすれば、誰か他の奴に脅されてやったとかになる。それについては捕まえる段階で判明するだろう』
だとしても脅される前の段階で麻薬の製法や効果などを説明した、という事になるから大した酌量ではないだろうが。
改心するならギリギリ殺さないかどうか、という程度だろう。
『それでも情状酌量を考えたければその時に言ってくれ。別に怒りはしないからさ』
その後は創設した根絶者の布陣の説明や、関所近辺の地理についてなど、細部についての相談をした。
また、実際の中毒症状を確かめるため、もっと多くの麻薬を手に入れた上で、ゴブリンなんかに与えて経過を観察してみるという案も出された。
これについては保留にしている。
元々意思の疎通が出来ないゴブリンなんかを中毒にしたところで欲しがる以外の反応をするとは思えないし、かと言って、死罪が確定する程の犯罪者を実験台にするというのもどうかと思うんだよねぇ。
別に人体実験を否定する訳じゃなくて、死罪確定とは言え、それ以上の罰(?)を与えるのもなんか違う、と思ったからだ。
まぁ、腕だの足だのの切断刑の際に麻酔の代わりに使ってみてその効果を確認するくらいならいいかも知れないけど。
だって、本来は痛み止めなんだし。
そんなこんなで、話は麻薬の撲滅についての具体的な方策に移る。
『バルザス村だっけ? 何人かでそっと行って焼き払えばいいんじゃない?』
やはりラルファはどこまで行ってもラルファか。
『それで済みゃそうするさ。だけど、他に拠点があったら大事な伝手を自ら焼き払ったことになるぞ』
『ん~、そりゃそうだけど、その時に何人か上の奴らを捕まえればいいじゃん』
どうやってだよ。
そりゃあウェッブなんかで簀巻きにして攫うって方法もあるけどさ。
信頼性のある情報を得るならトップを含む組織の上層部と言ったって一人二人じゃ足りないだろうし、誰の目にも留まらないように何人も攫って移動なんてそう簡単に出来る訳がない。
ほれ、ミヅチも無理だと言ってるし。
『やるなら正式に国と領主の許可を得て、大人数を投入して一気に片をつけなければならない。その方策として、少人数で根拠地に夜襲なりを掛けるというのはアリだとは思うけど。何にせよ情報が少なすぎるからなぁ』
領主のヨーライズ子爵は俺より下の立場だとは言え、あそこは彼の土地だし、バックスだのナックスだのいう阿片の出来損ないについてもどうやら気に入っている様子だ。
そう簡単に麻薬撲滅の許可が貰えるとは思えない。
それに、国の方は許可してくれるだろうか?
俺にそれなりの地位を与えていることや娘を始めとする人質すら送ろうと思っている以上、俺に対してそれなりの価値を認めているのは確かだろうが、今回は余所の土地だ。
それ以前に、あの国王に麻薬の恐ろしさを喧伝して、納得させられるか?
あのおっさんなら根気よく説明すれば理解出来るような気もする。
だが、他国や俺の領地の勢いを削ぐための道具になると思われてしまう可能性もある。
どうなるか、どのような感想を持たれるか、全くわからない。
故に、俺としては存在すら知られる前に撲滅したいところだ。
それも時すでに遅しかも知れないが。
今、この時にでもバルザス村以外の根拠地を作られている可能性もある。
王都に向かって麻薬を満載した馬車が出ている……いや、王都やバルドゥックあたりにアヘン窟が開設されているかも知れない。
そうじゃなくても観光都市のドランとかキールとか手頃なうえ、それなりに近い場所は幾らでもあるだろう。
『要するに、バルザス村以外に作っている場所があるならその位置と数、規模の情報。製法を知っている者の正確な居場所が判ればいいのよね?』
マリーが言う。
『そうだけど、それが分かりゃ苦労しないよ』
クローが答え、ミヅチやエセルもそれに同意する。
正直言って、俺も同意見だ。
『潜入捜査が必要ね』
マリーが言う。
それについては俺も考えんでもなかった。
だが、そういう事、ほいほいと言わないでほしい。
ほれ、約二名、目を輝かせたバカがいる。
『人さえ選べばこっちの領土の手の者だとはそう簡単にバレることはないでしょうけど……』
エセルも奴らの事をよく知らないからってそういう事を言うなよ。
『『凄腕潜入捜査官……ゴクリ』』
あー、もう。
お前らなんか、しょうもないドジこいて正体がバレた上に捕まって、出来の悪いAVみたいな性的な拷問を受ける予想図しか描けねぇよ。
『ちょっと待ってよ、アル。本気で……?』
ミヅチが心配そうな顔をしている。
『ああ、駄目に決まってる』
ミイラ取りがミイラになったらシャレにならん。
『そうよ。それに、私達はべグリッツで知らない人はいないでしょ? ちょっと調べられたらすぐにバレちゃうでしょ』
その通り。
俺やミヅチは勿論、騎士団に所属しているクロー、マリー、ラルファ、グィネなんか一瞬でバレる。
そもそも俺とミヅチ、ラルファ、エセルは貴族だし身元調査は容易なんてもんじゃない。
まぁ、ステータスなんかは適当な理由をつけて平民や自由民にでも落としてやりゃあ簡単に偽装は可能だが、流石にそれはな……。
ん?
エセルは貴族と言っても外国出身……それにべグリッツに来て日も浅……いやいや。
トールなら奴隷から解放してやれば……ステータスの日付が近いしそんな奴きな臭い匂いしかしない。
それに、こいつこそミイラになる可能性が高い気もする上、軍事や警察として何の訓練も受けていない。
『でも、私達の誰かが行った方がいいと思うんですよ。日本人なら日本人の価値を知っているでしょうし、入り込み易いのでは? 日本人がトップじゃないにしても、上層部まで麻薬をやっているとは思えません。特に効能を知っているなら自分では絶対に手を出さないでしょうし……』
『ああそれ、聞いたことがありますね。麻薬の売人は自分では使わないとか、メキシコの麻薬カルテルなんかでも上層部は絶対に麻薬をやらないとか……』
エセルとトールが言っているが無視だ無視……?
日本人に拘らなければいいのか?
例えばズールーやギベルティなら?
あいつらならきちんと言い含めておけば何があっても麻薬への手出しはしないだろう。
いざという時の力ずくでの脱出を考慮すればギベルティは駄目だが、その点ズールーなら……。
いや、俺の奴隷頭だ。
それなりに知られていると見てまず間違いない。
加えて、やはり元日本人ではないズールーの場合は首尾よく潜入出来たところでそう簡単に上層部と話が出来るような立場になれるとは思えない。
そういう意味では確かに日本人の方が適任ではあるんだよな。
調査されてもそう簡単に他領の貴族や警察機構である騎士団の紐付きだと思われない立場の日本人。
そして、尚且ある程度自己で身を守れる程度の力。
更には勧められても軽々しく麻薬に手を出すような事もなく。
欲を言えば責任感があり、任務達成に使命感を持てるような人物であれば……。
んー、誰か……いたような……。
あ。
三人も思い浮かんじゃった。
まぁ、そのうちの一人は何とも言えんが、三人なら……。
いや、三人もいれば相手の日本人が一人か二人だけなら主導権を握られるのを恐れられるか?
……だからと言って、貴重な人材になり得るような人物をみすみす見逃すだろうか?
取り込むために薬を使う可能性は?
騎士団員だったステータス?
それもその気になりゃなんとでもなるし、トールの一味にだって元騎士団員はいた。
箔になるとそのまま悪事に手を染める奴だっているんだしな。




