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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百八十九話 遅すぎる封鎖

7450年4月2日


 ヨーライズ子爵からは領内を横断する形での鉄道路線の敷設や、サミッシュ地方で産出する卑金属類と西ダートで生産される穀類との交換貿易についても概ねの了承を受けることができた。


「では、細かな点につきましては数週間内外で資料とともにそちらの担当者がべグリッツの行政府にお出で頂けるということで……」

「ええ。人数は三~四人になると思います。よろしくお願い申し上げます」

「首を長くしてお待ちしますよ」

「はは。しかし、一〇年以内に貴族を三人、従士も必要なだけ迎えて頂けるのですから頭を下げるのはこちらの方です」


 俺に頭を下げる、禿げ上がったヨーライズ子爵を見て、俺も軽く会釈をした。


 さて、一時間以上も話し込んでしまった。

 突然に来てこれ以上は流石に迷惑だろう。

 そろそろおいとますべき頃合いだ。


「それではそろそろ……」


 子爵が頭を上げるのを待ってカップに残ったお茶を飲み干すと暇乞いの声を掛ける。


「は。時に、閣下は今晩の宿をお決めですか?」

「ええ。私に同行した者も含め、既に……」

「では、お急ぎということもございますまい。我が領土の産品なのですが、面白い物がございまして……」

「はぁ」

「是非お試しいただければ、と」

「はぁ」

「専用の部屋がございますので、そちらに河岸を変えましょう」


 子爵と奥方が席を立ち、ついてこいと言う。

 クローと顔を見合わせるが、今日はこのまま宿に帰って晩飯までウダウダと時間を潰し、あとは寝るだけの予定だ。

 サミッシュの産品で面白い物ってのも気が惹かれるし、暇潰しにも丁度いいね。


 屋敷の別の部屋に通されたが、見た感じだとどうということのない部屋だった。

 が、その部屋に近づくに連れて濃くなる甘い匂いから想像していた通り、匂いの発生源はどうやらこの部屋であったと見える。


 部屋の広さは先程までいた客間と同じくらい、十畳程度だろうか。

 中心に据えられてあるテーブルの真ん中に煙草盆のような大きな灰皿らしきものが置いてあり、そのテーブルを囲むように数脚のソファがある。


「む。タバコですか?」


 タバコのような香りはしなかったので気が付かなかった。

 俺としては、タバコは爺になって釣り糸を垂れるくらいしかやることもなく、暇が出来るまで手を出すつもりはない。

 クローも眉根を寄せ、不安そうに俺を見ている。


「煙草と言えば煙草……いや、確かに似てはおりますが、少々異なるものでしてな」


 子爵は懐に手を入れるとキセルのような細長いものを取り出した。

 喫煙具の一種なのだろう。

 奥方もテーブルの傍に置いてある小さな棚から真新しい喫煙具それを取り出して「こちらをどうぞ」と俺達に差し出している。


「ええと。折角のお薦めですが、タバコは喫みません」


 俺とクローはソファに座ることなく突っ立ったままだ。


「そう仰っしゃらずに、お掛けください。是非お試しくださいな。何しろニギワナのお恵みですから、有り難いものなのです」


 奥方は上品な笑みを浮かべながら言う。


 ニギワナ……大地母神のお恵み?

 どういうことだ?


 一足先にソファに腰を埋めた子爵は煙草盆の下部に設えられている小さな引き出しを開け、中から茶色っぽい粉末状の何かを一つまみ取り出してキセルの先に詰め始めている。


 ん? あれって、なんかどっかで見たような……?


 興味をそそられて開いたままの引き出しの中に視線を向けた。

 引き出しの中には小さな壺が収められており、その中にあの茶色い粉が入っているようだ。


【バックス】

【カレッソ草】

【状態:良好】

【加工日:1/9/7450】

【価値:66/g】

【耐久:-】

【カレッソ草の子房より分泌される液体を乾燥させたもの】

【主に痛み止めとして使用されることが多い】


 バックス……お、思い出した!

 と同時に子爵にも鑑定の目を向ける。

 異常はない。

 奥方にも異常はない。


 目玉だけで素早く室内に視線を飛ばすが、十字架のようなものは見つけられなかった。

 ……関係ないのか?


 いや、そんな訳があるか!


 歪みそうになる顔を意識して引き締め、肘でクローをつつく。


 あ、ばか……!


 クローのアホは何を勘違いしたのか、ソファに腰掛けようとしていやがる。


「子爵。お勧めは有り難いのですが、私はまだ戦場に出る事もあります。誠に申し訳ありませんがタバコは喫みません」


 俺の言葉にクローもやっと気がついたようで慌ててソファから腰を浮かせた。


 その間に子爵は着火の魔道具を使用してキセルの先に火を付け、煙を吸い込んでいる。


 奥方も早速キセルの先にバックスの粉を詰め込み始めた。


 ところで、さっきからキセルキセルと言っているが、日本のキセルとはちょっと違うようだ。

 上を向いた火皿がなく、単なるストロー状のパイプだし。


 しかし……俺たち双方が席にすら着く前、しかも喫煙を断ったにも拘わらずのこの行動。

 貴族にあるまじき品のない振る舞いだ。

 ステータスには現れていないが、中毒の禁断症状が始まっているのかもしれない。


「まあまあ、そう固いことを仰らずに……それにこれは煙草に似ておりますが煙草ではありませんから……」


 煙草とは異なる、色の白い煙を吐き出しながら子爵が言った。

 やはり甘い香りがする。


 ふむ……仮にミヅチが予想していた通りのアヘンか、それに近しい物だとして、吐き出された煙程度ですぐにどうこうなることはあるまい。

 付き合って麻薬かも知れないものを吸うつもりは更々ないが、情報を収集しておく必要がある。


 


・・・・・・・・・




「……」


 帰り道の馬車の中、俺は腕を組んで黙りこくっていた。

 子爵の屋敷を出てすぐに、俺の表情が固まって口を噤んだからか、クローも黙っている。


 宿にはあと数分もすれば到着するだろう。


 俺が黙りこくっていたのには理由がある。

 勿論、麻薬バックスの件もあるが、それどころではない情報を得たためだ。


 まぁ、順に説明しようか。


 まずは、このバックスという薬についてだ。

 子爵や奥方の説明や、バックスを吸った後の様子から判断するに、やはりこのバックスには向精神薬のような、精神を刺激する効果があると思われる。

 これについては予想されていた事もあるから俺に驚きはないが、多幸感に包まれて表情が緩み、思考も鈍くなった感じの子爵や奥方を見たクローは表情を押し隠すのにかなりの努力を要していた。

 今の所、麻薬のような常習性や中毒性があるかどうかまでは判断できないが、恐らくはあるものと推測される。


 次に産地だが、ザーラックスから二〇㎞程南にあるバルザスという村で作られていることが分かった。

 ザーラックスでは一昨年あたりから出回り始め、街の上流階級の人達の間で広まるまで一年程しか掛からなかった。

 それでも子爵やその奥方が愛用するのはかなり遅い方だったようで、初めて吸ったのは先月だという。


 末端での価格は一〇〇グラムあたり大体十万Zかそれを少し超える。

 一度の使用量は煙草と同様に、平均してキセルで五~六回くらい吸える程度の数グラムを使う。


 ザーラックスにはアヘン窟のような、バックスを吸わせる店も開店しているといい、今では上流階級だけでなく、平民やそれ以下の人々にもかなりの愛用者がいるらしい。

 何しろアヘン窟ではキセル一本分の量を五〇〇〇Zで販売しているらしいから、それなりの収入があればかなり気軽に吸うことができる。


 更にバックスを水に溶かし、本物の煙草の葉に浸したものが半年程前から出回っているという。

 ナックスという名のそれは、刻みタバコやバックスと同様に喫煙して使う。

 価格はバックスの半額以下の一〇〇グラム三万Z。

 薬効も半分以下だろうと思われる。

 普通の刻み煙草は同じくらいの量でその半額程度だから、葉巻には及ばないものの煙草としてはかなり高価な代物だ。


 そして最後。一番重要と言ってもいいかも知れない情報だ。


 出処のバルザス村に大地母神ニギワナを仰ぐ集団がいるという。

 大悟者とか聖女とか呼ばれる、マーガレット・ジーベックスという名の若い女が立ち上げた組織で、オースでもその名を知られているニギワナという大地母神を祀る、れっきとした宗教団体だ。

 生きとし生けるものは皆家族であるという教義を押し立て平民以下に多くの支持者を広げており、最近では貴族にも信奉者が出始めているらしい。


 教義は平和的なものであり、貴族階級への反抗やその支配体制を邪魔する事も無いうえ、しょっちゅう付け届けが送られてきたり、教祖である聖女ペギー様や大主教である上級幹部などが挨拶に顔を出したりと友好的な付き合いになっているという。

 そのため、子爵らを含む貴族たちからは特に危険視されていない。


 とまぁ、こういう訳だ。


 だが、バックスは元々、ニギワナのお恵みとして紹介されている。

 バックスもナックスも出処はバルザス村。

 その村にニギワナを祀る教団がある。

 ニギワナの御印という十字架。

 その十字架への祈りの言葉が南無阿弥陀仏。


 大地の神(ニギワ)の奇跡で手を白く光らせ、病や怪我を治療してまわる聖女……。


 これは……もう確実だろう。

 一時は国教として保護してやってもいいとすら考えたこともある。

 だが、麻薬だけは駄目だ。

 どうあっても認めたり、見逃すことはできない。


 俺は、将来的に俺の作る国家を転覆させる芽を醸成する目的もあって、余程の凶悪犯でもない限り、犯罪者に対しても更生を期待している。

 犯罪者への縁座と連座刑すら国法に定められている一部の特殊なものを除いて全て廃止している。

 すなわち、人権に対するある意味で寛容な考えだ。


 だが、麻薬絡みだけはそんな事を言っている場合ではない。


 麻薬は人を破壊し、それに連なる社会をも荒廃させる。


 労力に対して簡単に莫大とも言える利益を手にできた者は、どんな罰を与えようとも、必ず同じ犯罪に手を染める。

 地球でもさんざん立証済みだ。

 更生など望めない。


 麻薬やそれに類するものの製造や販売に携わった者だけは、後続者や模倣者への見せしめや刑罰への恐怖感を煽るため、縁座と連座刑を適用すべきだろう。


 尤も、ここは俺の領土ものではなく、他人の領土ものだ。

 今の所、手出しはできない。

 合法的には。


 一応、聖女と呼ばれる教祖様には近い内に直接会ってみたいとは言っておいた。

 子爵も是非にと言ってくれ、会見については数か月以内には実現出来ると太鼓判を押してくれた。


 馬車が宿に着いた。




・・・・・・・・




 宿に戻った俺は、早速マリーも呼んで今の話をする。


『これがそれだ』


 そして、子爵からの贈り物、バックスが詰まった小袋をテーブルに放り出した。


『確かに麻薬なの?』


 マリーは恐れを含んだ表情で言い、バックスには手を伸ばさなかった。


『俺も見たが、確かにあれは普通じゃなかった……』


 クローも深刻な表情を浮かべて言った。


『確証はないから、それを今から調べるんだ。今から魔法を使うから暫く黙っててくれ』


 そう言って、シン・ライト・アイズの魔術を使った。

 二分程で魔術が発動し、それに合わせて喋り始める。


『カレッソという草の子房から採った液を乾燥させたもので、本来は痛み止めに使うとある』

『ちょっと待って。シボウってなんだ? 脂か?』

『理科で習わなかったか? ……雌しべの膨らんだ部分の事だ』

『簡単に言うと未成熟の実の事だと思ってもいいわ』

『いや、脂の脂肪かと思っただけだよ』


 嘘つけ。

 まぁいいや。


『何年か前にオークの懐から見つかった物と同じだな。因みに、その時ミヅチは阿片じゃないかと言っていた……カレッソというのが芥子ケシやその系統なら阿片なんだろうが……』

『何とも判断がつけづらいな……』


 俺の言葉にクローが言う。

 その通りだ。

 万が一、違ってたら阿呆を通り越してピエロにすらなれないだろう。


 だが、俺としては例えそうなっても何とかしなければならないと思っている。

 それでも、こいつの正体を探る努力を怠るべきではない。


『まずはこいつが本物の麻薬かどうかを調べなきゃならんが、俺にはどうやって調べたらいいのか見当がつかない』


 わざとそう言ってみた。


『だよなぁ……あ、舐めてみればいいんじゃ? ちょっとなら大したことないだろうし』

『お前、味知ってんのかよ?』

『苦いらしいじゃん。昔、刑事ドラマで見たぜ。ぺろって舐めて、苦いから本物だとか言ってたような……』


 昔の記憶を掘り起こすようにクローが言う。

 こいつは本当に馬鹿だな。


『それ、覚醒剤じゃ?』

『一緒だろ』


 マリーも突っ込むが、クローはにべもなく返答した。

 無知からくるバカさ加減はラルファとどっこいかも知れん。


『近いけど違うよ。効能も違う。まぁ、麻薬の一種が覚醒剤という方が適切だな』

『じゃあ味も違うのか?』

『……知らん』


 知らんがそこまで言うなら手前ぇで舐めろ。

 止めるけど。


 しかし……うーん……。


 クローもマリーも俺と同じようにバックスが詰まった小袋を眺めて眉根を寄せるばかりだ。

 しょうがない。ヒントでもやるか。


『仕方ないな。野良犬かなんかに舐めさせてみるか? 普通の摂取方法は喫煙らしいが、麻薬なら経口摂取でも効果はあるだろうし……』


 まぁ、アヘン窟みたいな場所もあると言うから、手っ取り早いのはそこに行って手当たり次第に鑑定し、麻薬中毒の症状が発生しているか確認するというものがある。

 いや、鑑定に現れるかどうかはわからないけどさ。


 鑑定はともかく、アヘン窟に行けば常習性があるかどうかは確認が出来るだろう。

 金もないのに買いに来ようとしている奴や、重症の中毒患者、強度の薬物依存症を発症しているような奴が出入りしている事が確認できればいいんだし。


 クローでもマリーでもどっちでもいいが、これを言って欲しいものだ。


『それってすぐに分かるのか?』


 クローが言った。

 そんなん、専門家じゃないんだし俺が知るかよ。


『向精神薬……精神刺激薬としての効果ならもう分かってるが、習慣性や依存性、中毒性の効果が確認できるのは早くても何か月かは必要だろうな』

『そうなると、流石にこの一袋じゃ足りないんじゃないの?』


 そうだね。足りないだろうね。

 入手するにはどうしたらいいんだろうね?


 黙っていたら、マリーがはっとしたような表情を浮かべた。


『……そういうこと……買いに行くしかないでしょうね。吸わせてくれる店があるんでしょ?』


 俺に試されていることに気がついたようだ。


『あ、そうか』


 あ、そうか、じゃねぇよ……アヘン窟のような店の存在を直接聞いているクローが気付けよ。


『店に行けば客もいるでしょうから、様子も観察できるわね』

『ああ。出入りしている客の後をつけてもいいかもな』


 できればヒント無しで気付いて欲しかったが、ま、いいか。


『そうだな。調査のために数日滞在しても良いかもな。何日か観察してりゃ大体分かるだろうし』


 今回の予定には含まれていない時間のため、これは俺が許可を出さなければいけない事柄だ。


『え?』

『いいの? だって、来週には……』


 予定外の滞在で時間を食うことについて、二人は驚いた顔をしている。


 実は、来週の四月八日に、俺とミヅチの結婚披露の宴を開催する予定になっていた。

 実際に結婚したのはその日の二年前だが、その時は披露宴みたいな事はしなかった。

 当時はリーグル伯爵位襲爵の直前であり、同時に国王の娘との結婚を迫られることが予想されていたために、派手な事はできずたった二人だけで秘密裏に神社で結婚の儀式を行って貰っただけで済ませていた。

 当然、その件については今回の旅に出る前に、領内各地の領主宛に親書を送っているし、催行委員長としてインセンガ准女爵を指名しているから、領民に振る舞う酒や食べ物の手配も進めている筈だ。


 二人はその日の用意などについて心配になったのだろう。

 が、こいつら、何か勘違いをしてやがる。


『麻薬と来ては仕方ないだろう』

『それはそうかも知れないけど……』

『そうよ。今でなくったって……』

『そうかもしれないが、こればかりはな。早い方が良い。あ、俺は予定通り明日帰るから。勿論クローの両親もな。お前らは二人だが頑張れよ』


 二人は微妙な顔になるが、諦めたようだ。


『うん。頑張れば一日で決定的な場面を見ることが出来るかも知れないし。何日か掛かったとしても、宴会には間に合うだろ』


 仕方ないという諦めの表情で頷く二人。


『それで、依存性があることが判ったら……』

『ええ。どうするつもり?』

『どうするもこうするもねぇ。組織ごと叩き潰……したいのは山々なんだけど、ここは他人の土地なんだよなぁ……どうすべ?』




・・・・・・・・・




7450年4月3日


 一夜明け、俺達はクローとマリーを捜査に残してザーラックスを後にした。

 クローの両親は、とりあえず俺の奴隷長屋に突っ込んでおくことにしている。


 また、麻薬の件は結局、聖女様やらと言う転生者らしき女を会見を餌に俺の領内におびき寄せて、有無を言わせずにぶっ殺すか、適当な理由をつけて捕らえた後で組織の全容を吐かせ、秘密工作部隊の名を借りた暗殺集団を送り込んで組織の壊滅を図るくらいしかないとの結論に至った。


 ダークエルフを使いたいのは山々だが、今俺の領地にいる四人はミヅチみたいな暗殺技術を修めた一位戦士階級じゃないしなぁ……目立つし証拠もバリバリに残すだろう。

 それを考えれば目立たないように俺が一人で行って、村ごとキルクラウドで覆い、畑は完全に焼き払うのが一番かも知れない。


 だが、バルザスとかいう村にも麻薬に関わっていない人もいるだろう。

 子供や赤ん坊だって……。


 それに、バルザス村は麻薬製造の一大拠点かも知れないが、製法が他に漏れている可能性を考慮するといたちごっこになるだけだ。

 勿論、いたちごっこになろうが追い続けなきゃならんのは確かだが……。


 それ以上に、隣の領地、それもこんなに近い場所で麻薬を作られていたという事に大きなショックもある。

 既に俺の領内にも入ってきている可能性も高い。


 サミッシュとの関所には今よりも多くの騎士を派遣し、絶対に通過を見逃さないようにしなければなるまい。

 関所の増設も考えに入れるべきだ。

 人材的に言って、最低でもその怖さを知っている正騎士、つまりクローかマリーのどちらかを張り付かせなければいけないだろう。


 騎士団員の教育や彼ら自身の成長もあるから今彼らを取られるのは痛いが、麻薬はなぁ……そうも言ってられないよなぁ。


 まだ完全な証拠が挙がっている訳でもないのに完全に麻薬扱いをしているのには理由がある。


 実は昨晩遅く、一人でアヘン窟まで出向いてみたのだ。

 勿論、場所の確認という意味もあるが、子爵によれば堂々と営業しているらしいし、今では誰かに聞けば分からない者はいない程に流行っているというからそっちの意味は薄い。


 依存性中毒患者が発生しているのであれば、夜中だろうが吸いに来る奴もいるだろうし、そういった完全な中毒患者のステータスを見ておきたいという理由だ。

 夜中でも来るような完全無欠な中毒患者もステータスに現れないかどうかの確認という側面が強い。


 果たして、アヘン窟はすぐに見つかり、中毒患者らしい者も数人鑑定することが出来た。


 【状態:精神障害】


 薬物中毒や薬物依存症ではなかった。

 だが、薬物中毒や薬物依存症は、どちらも精神障害の一種だから間違ってはいない。

 因みに、生まれついての精神障害者はこういった表記にならないことは知っている。

 恐らくは治療可能か不可能かで分けられるのだと思われる。


 とにかく、重症者の見分けだけは付けられるのは一つの救いでもあった。


 お蔭で昨晩はベッドの上でまんじりともせずに朝を迎えてしまった訳だが。


 あまりにも眠れないので日課のランニングだけはこなしたが、どうしても足がアヘン窟に向いてしまい、その度に重症患者を鑑定して気が滅入り続けていた。

 だけど、この分ならクローとマリーは早々に捜査を終え、後を追ってくるだろう。


 昨日の昼までは結構いい気分だったのに、今ではそんな気持ちなんかどこかにすっ飛んでしまっている。


 そして、来る時に通り抜けてきた関所に到着した。

 サミッシュ側の関所については愛想笑いで通り過ぎ、西ダート側の関所に急ぐ。


 到着後、すぐに馬から降りると駐屯している兵隊を全員集めさせた。


「あー、この中でタバコを吸っているものは居るか? もし居たらちょっと見せてくれ」


 そう言うと、隊長の正騎士以下、全員が喫煙しているという。


「団長、ひょっとしてサミッシュで良いタバコをお知りになられましたか?」


 いい笑みを浮かべて隊長が言った。


 やはりか。


 心の中に冷や汗が垂れたのを自覚した。


「ああ。何と言ったか?」


 せめてバックスではありませんように……!


「ナックスでは? 我々も先月の頭くらいに向こうさんに教えて貰って分けて貰ったんですがね」


 隊長は遠くに見えるサミッシュ側の関所に視線を向けて言った。

 バックスでなくてちょっとだけホッとした。

 俺が黙っていると、隊長は更に言葉を続けた。


「いい気分になりますから、最近の休憩時間は専らこれですよ」


 腰の物入れから小袋と腰にぶら下げていたキセルのような長いパイプを取り出した。


「見せてみろ」


 小袋を開けると細長く刻まれてヨレヨレになった茶色い葉っぱが出てきた。


「ステータスオープン」


【ナックス】

【コーミタバコに加工したもの】

【状態:良好】

【加工日:2/17/7450】

【価値:22/g】

【耐久:-】

【乾燥させたコーミタバコの葉にカレッソ草の子房より分泌される液体を染み込ませ、再び乾燥させたもの】

【喫煙用に加工されたタバコの一種】


 糞ったれ!!


 整列している全員を順に鑑定したが、ステータスは全員が良好だった。

 まだ今のうちなら離脱症状も軽い可能性がある。

 それに、任務がある騎士団員だから汚染状況はまだ軽いのかも知れない。

 ゾンディールの街にまで広まっているとしたら……!


 今度こそ背中を冷や汗が流れ落ちた。


「これ、いいタバコですよね」


 のんびりとした隊長の顔が癇に障る。


「他にも持っている者はいるか?」


 予想通り全員が持っていた。

 うーむむむ。

 致し方ない。


「緊急事態だ。全員、只今を以て関所詰めの任を解く。私と一緒に本部まで帰還せよ」


 いきなりの言葉に唖然とする団員たち。


「聞こえなかったか? 一〇分以内に荷物を纏めろ!」

「で、ですが団長、ここはどうしたら……?」

「ルビー! ジェス!」


 戦闘奴隷に呼びかけた。

 二人は返事をしながらさっと進み出てきた。


「そなたらは遅行している騎士バラディーク夫妻と一緒に別命があるまで関所を死守し、封鎖せよ。我が領の隊商もサミッシュの隊商も絶対に通さずここで待機させろ。交代要員と次の命令は可能な限り急いで送る」


 どうせ一日かそこらでクローとマリーも来るから、奴らとこの二人の四人なら余程の事でもない限りは大丈夫だ。


 俺の言葉に隊長はヨーライズ子爵との関係悪化を懸念する言葉を発したが、緊急事態という言葉と騎士団長を兼ね、ドラゴンスレイヤーでもある領主の威厳で黙らせた。


 関所の騎士たちは合計一〇人。

 馬車の荷台を詰めさせて六名を押し込み、二名は御者台。

 隊長と副隊長はルビーとジェスの軍馬に跨がらせる。

 移動速度は落ちるが仕方がない。


 関所の封鎖も遅すぎるくらいだが、やらないで済ます事は出来ない。


 

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