第百八十七話 錦 5
7450年3月28日
今日も屠竜の能力を使ってモンスターを集めて全滅させた。
場所は昨日よりもだいぶ南の方であり、これでバークッドの西側は当分の間、安全になったと見ていいだろう。
今日は昨日みたいに大物の海棲モンスターは現れることはなかった。
あんなのがそうゴロゴロといる訳無いだろうから当然と言えば当然なんだろうけど。
海から接近して来たモンスターのうちで陸に上がって来られたのは、半魚人みたいな奴ら程度だった。
それも出来るだけ俺が斃すのではなく、従士たちや戦闘奴隷に経験を積ませる事を念頭に置いていたから、俺自身は鮫を斃した以外は碌に働かず、かなり楽をさせて貰った。
一つだけ気がかりなのは昨日に引き続いて、今日もホーンドベアーの姿が見られなかった事だが、時間はまだあるんだし、ホーンドベアーについては明日にでも村の北でもう一度屠龍を使えばいい気もする。
昔、最後にホーンドベアーを斃した辺りも含んでいるしね。
だけど、明日も剣の能力を使っちゃったら、一月はお預けになるから、万が一の時……いや、この際だから剣の能力の回復周期を掴んでおいた方がいいか?
因みに、ベルに預けてある頑丈な剣の能力は日の出とともに回復する。
俺の屠竜の場合はどうなのだろうか?
一回能力を使ったら、一か月後に回復するのか。
それとも、一回だけだろうが三回全部使い切ろうが、月が変わる時に一気に全部回復するのか。
知っておくべきだろう。
なお、未だ午前中のため、昨日斃したクラーケン(?)の死体詣でに行ってみた。
クラーケンについてはショーンの宣言のおかげで、ゼットやベッキーにも話していなかったのが何となく勿体無い気もしてたんだよね。
それに、昨日は魔石採って終わりにしちゃったし、どうせなら海底の様子なんかについてもよく観察しておきたかったんだよ。
ここではないだろうが、将来的に港なんか作っちゃうかも知れないからさ。
……いや、釣り人としてはゆっくりと海底の地形を観察できる機会を見逃す訳には行かない、と言う理由もあったんだけどね。
ま、あくまでついでであって、メインの理由ではない。
うん。メインの理由ではないよ。
昼過ぎ頃に昨日の崖までやってきたが、予想通りバカでかい氷はバカでかいまま残っていた。
流石に角やエッジは丸くなっており、溶け始めている感じだが、それでも大体の形状は昨日と大きな違いはない。
雨でも降ればもっと早く溶けるだろうな。
尤も、海水に洗われたためか、水に浸かっている下部の外周は数十㎝もえぐられて削れたように溶けており、このまま放って置くといずれはキノコみたいな形になるような気もする。
横穴も当然のような顔をしてそのまま空いていたが、位置は昨日よりメートル単位で低くなっており、手前に作った足場の氷で入り口の大部分が塞がれていた。
開口部は僅かに五〇㎝も残されているかどうかといったところである。
アンチマジックフィールドで足場を削って内部に侵入すると、床面や壁などは溶け始めていて平らではなくなっていた。
滑ると危ないので、改めてアンチマジックフィールドで床面や壁面を均しておく。
氷塊は天面が溶け始めているからか、内部の通路は流石に昨日よりは暗い。
が、まだ充分に日の光を通しているから明かりの魔術を必要とする程ではない。
入ってしばらくすると、奥に進めば進むほど冷え込んでいることに気がついた。
体感だが、横穴内の温度は昨日よりずっと寒い。
一晩でかなり冷え込んだと見える。
昨日はアンチマジックフィールドで穴を開けた際に外気が大量になだれ込んだことで、冷えるまでにはそれなりの時間が必要だったのだろう。
……ま、いっか。
この際だ。多少溶けてしまうのは仕方がないだろう。
火魔法と風魔法を組み合わせて夏場くらいの温度の空気を作り出しながら進む。
そして、クラーケンの死体の傍まで来た。
昨日、攻撃魔術を通すために幾つか開けた穴は、半分くらいの高さ(周囲の海面と同じくらい?)まですっかり氷で埋まっていた。
当たり前だが、死体はまだ残っている。
生きている間は体色が目まぐるしく変わっていたが、死んでしまった今は白色に固定されている。
ここらへんはやはり烏賊と一緒だなぁ。
アンモニア臭くて食えたもんじゃなかったけど。
再びアンチマジックフィールドを使って、クラーケンの上の横穴を丁寧に広げて部屋のようにする。
どうせなら広い範囲で海底を見たいからね。
ん?
んんん?
これは……?
穴の位置が昨日より低くなっていたのである程度の予想はしていたが、これ程とはな。
氷には圧力をかけると融点が低くなって溶けるという特性がある。
小学校の時に復氷とか実験したろう?
もっとわかりやすく言うと、氷の欠片を口に含んで、ゆっくりと噛むと歯型がつくように溶ける現象だ。
勿論、俺の氷はマイナス三〇℃なので、そのままならどんなに圧力を掛けたって溶けることはない(確か、二万気圧くらいで融点はマイナス二一℃くらいになるが、そこが限界の筈だ)。
だが、海底や海水、空気と接触し、更にほぼ丸一日が経過したことで氷塊自体の温度はかなり高くなっていたのだろう。
そこに自重が加わることで、海底面の氷は溶け、海底とぴったり密着した形になっている。
流石に九〇〇万トンの重量なだけはある。
尤も、海底面の氷塊に接触した海水が凍りついた部分もあるのだとは思う。
とにかく、温度の上昇もあるがこの程度の重量で溶けるということは、魔法で作る氷は化学で言うところの氷Ⅰh(普通の氷)であろうことがはっきりした。
そもそも水に浮かぶし。
だが、そうなるとちょっとだけ疑問も湧いてくるが、今はいいだろう。
ところでこれ、このまま海底まで消しても大丈夫じゃないか?
クラーケンから少し外れた所に縦穴を掘ってみた。
……うむ。
恐らく海底まで到達したが、穴の底に海水が滲んでくる様子はない。
思い切って穴の径を大きくしてみても問題は見られなかった。
場所によってはそうではないのだろうが、少なくもこの場所であれば問題はなさそうだ。
ふぅむ。
これなら港を作る際の浚渫工事の労力はン千分の一になると言ってもいいか?
はっきり言って、鉄道路線を敷くよりも楽な工事で済むと思われる。
海底面を掘るだけで済みそうだし。
あ、虎魚の氷漬け発見!
綺麗な体をしたのはこいつ一匹しか見つからなかったが、奇跡的に海底の割れ目に居て潰されなかったのだろう。
あ! あれは鮑か!?
貝殻ごと粉々になって、体もぐちゃぐちゃになっているが、あの貝殻は鮑に違いない……勿体ねぇ。
とにかく、今は将来について少し明るい予想が立てられた事と、ウォコーゼの氷漬けを得られた事に満足しておこう。
なお、このクラーケンを斃した一連の件についてだが、高価な魔石は当然として港の工事法など得た物は非常に大きかった。
得た物しかないと思っていた。
・・・・・・・・・
バフク村から北西に二〇㎞ほど行くとドーラッドという街がある。
そこから北東に伸びる街道の上に、二頭の軍馬とそれに跨る四人の男女がいた。
「だけど、痛いんだよ……」
一頭の軍馬の後席で中年の女が涙の混じった声を上げた。
クローの母親、カルメン・バラディークである。
「わかった。次にいい場所を見つけたら休憩にしよう」
クローは仕方がない、という顔で休憩を提案するが、今日の休憩はこれでもう九度目にもなる。
予定では今頃はもうこの先にあるダブス村で宿を取っている筈であった。
「お義母さま、すみません……」
マリーは後ろに乗せた義母に詫びる。
その言葉には自分の乗馬技術が未熟なせいで、義母に負担を強いている、という意味が込められている。
「馬ってのは疲れるんだな……俺もケツが痛ぇや」
クローの父親である、ロビン・バラディークもクローの腰に手を回しながらブツブツと不平を零していた。
――畜生、一生感謝し続けろとは言わないが、たった半日でこの態度かよ!
クローは大枚をはたいて購入したにも拘わらず、両親の感謝の念が足りないと思い始めていた。
だが、同時に彼の両親は昔からこんな性格だったような気もするので何も言わなかった。
程なくして休憩をとると両親はマリーの目を憚ることなく、草地に大の字になる。
そんな彼らを見たクローの顔が歪み、何かを言いかけるが、マリーはそっとクローの前で顔を横に振った。
――ちっ……この様子だとキールに着くのはギリギリか……。歩かせた方がまだ早いんじゃないのか?
心の中で悪態を吐きながら、クローは無表情に両親の下まで行くと二人の臀部に治癒魔術を掛けた。
僅かだが痛みが和らいだことで両親の表情も緩む。
「クロー。あんたの魔法は凄いもんだねぇ」
「ああ。流石騎士なだけはあるな」
二人は口々にクローを褒めそやした。
だが、今までの休憩の際にはマリーが彼らに治癒魔術を掛けていた事もあるのだ。
その時には「あまり効果が感じられない」とか「魔術の腕はクローに及ばない」などと言い続け、ついに堪忍袋の緒が切れたクローは、それまで交代で使っていた治癒魔術についてマリーにはもう治癒魔術は使わなくていいと言っていた。
「なぁ、親父、お袋。いい加減にしてくれないか?」
治癒魔術を掛けた後でクローは厳しい表情を浮かべながら両親に言った。
「いい加減って、何が?」
「それが十年ぶりに会った親に言うことか?」
両親は大の字に寝転んだままクローに答える。
「……」
クローは黙って振り返ると馬の手入れを始めたマリーを見つめた。
――そうかよ。あくまでそういう態度なら俺にも考えがある。べグリッツで解放しようと思ってたけど、止めるぞ?
だが、それを口にしてしまえば両親と同レベルに堕してしまう。
クローはマリーと並んで馬にブラシを当て始めた。
横顔を盗み見ると、妻は義両親の態度などどこ吹く風といった表情で馬の首を掻いてやっている。
クローは心の中で盛大に感謝の言葉を述べながらも、どこまでも沈む気持ちを持て余していた。
・・・・・・・・・
7450年3月29日
昨晩、ようやっと乾麺を振る舞うことができた。
評判もなかなかに良く、これから村の隊商がべグリッツを通る時にはある程度の量を渡してくれとまで言われたのは嬉しい。
同時に、ゼットとベッキーにブルードラゴンの鱗を埋め込んだガラスのペンダントもあげたことで、喜んで貰えた事も俺としては非常に嬉しい。
そして、今日は村の北に聳える山まで出かけて屠竜の能力を使った。
皆も流石に慣れてきたのか俺が構築した陣地を守って戦い抜き、今日も数百になんなんとするゴブリンやコボルドの死体を前に気勢を上げている。
だが、今日もホーンドベアーはやって来なかった。
期待していただけに落胆も大きい。
しかし、ホーンドベアーは危険なモンスターだ。
取り逃してしまったからには言わずにはおれないだろう。
「兄貴、聞いてくれ。実は、やばいのが最低でも一匹残ってる」
昔、村を出る前に仕留めたホーンドベアーの親子の話をした。
母親がいるなら父親も居る筈、という俺の論理に抜けはない。
兄貴は眉に皺を寄せて俺の話を聞いてくれている。
そして、俺が話し終えると今日も同行してくれていた狩人のケリーとミーアイルのドクシュ夫婦を呼んだ。
「最近、ホーンドベアーを見かけた事はあるか?」
兄貴が尋ねたが、返答は否であった。
ケリーによると、あれから一度も目にしたことはないという。
木の幹に刻まれた傷や、食い荒らした死体などの痕跡すら見掛けた事はなく、勿論、大型肉食獣のもののような毛皮や砕かれた骨の混じった糞も発見されていない。
どこかに流れていったのだろうか?
だとしたら一安心なのだが……まぁ、十年近くもの長きに亘って見掛けられていないのであれば、そう考えるのが妥当だと言える。
村の東部以外の大掃除も無事に済ませ、心配の種であったホーンドベアーについてもまず危険域にはいないということが解り、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
夕方前には村に戻り、ゴム製品の製造工場にも顔を出してみる。
かつては小さな作業小屋だったのだが、今では領主の館をすら超える大きな建物が三つも並ぶほどに増築されており、恒常的に働く者の数も八〇名を超えている。
ゴム製造に携わる従士の奴隷たちの中では、この工場で働けるのは非常に名誉な事だとされているようで、普段はゴムの採取やゴム園の整備、硫黄の採取、木炭の製造など外郭の作業に携わっている者でも暇を見つけてはゴム製品の製造を覗きに来ている者も多いという。
ミュンもすっかり幹部になっているようで、ラテックスで汚れた前掛けを付けながらてきぱきと指示を飛ばしていた。
ちょっと興味を覚えたので夜にミュンを呼び出した。
果たして深夜。
と言っても、二二時頃。
いつもの場所にミュンがやってきた。
アイラードも連れている。
「やあ、ミュン。元気にしてたか?」
「おかげさまで、この通りですよ。アル様も奥様がお世継ぎを身ごもられたそうで、何よりです」
ミュンはいつかと同じく、にっこりと微笑んで俺を抱きしめてくれた。
「あ、そうだ。これ……」
家族に渡したものと同じ、ブルードラゴンの鱗を埋め込んだペンダントを取り出した。
「それは……?」
月の光を反射してよく中身が見えなかったのか、ミュンは不思議そうな声を出した。
「あ! そ、それ……!」
横で見ていたアイラードには正体が分かったのだろう。
そう言えば、ゼットとベッキーは今日の稽古の時に従士の子供たちに自慢したと聞いていた。
「ああ。お前の分もあるぞ。ほら」
そう言ってもう一つペンダントを取り出すと首に掛けてやる。
嬉しそうに礼を言って笑う顔を見て、俺も嬉しくなった。
ついでに、ここには連れてきていない、彼の弟の分も渡してやった。
「これはさ。この前斃したブルードラゴンの鱗を埋め込んだペンダントだ。別にどうという物でもないけど、記念の贈り物だとでも思っておいてくれ」
「ドラゴンの……貴重な物なのではないのですか?」
「ん~、貴重といえば貴重だけど、小さな鱗だし、武具に使う事も出来ないから飾りくらいにしか出来ないんだ。だからあまり気にしないでくれよ」
「そうなのですか……ありがとうございます。大事にしますね」
受け取ったペンダントを胸の前で抱きながらミュンは笑ってくれた。
こうしてみると、アイラードはやはりミュンの息子なんだろう。
笑顔がよく似ている。
「さて、アイラード。稽古は続けているか?」
少しだけ雰囲気を変えて尋ねてみた。
アイラードは昔俺が作った銃剣を持ってきていたからね。
「はい。ご覧いただけますか?」
「うん。見せてみろ」
アイラードは銃剣の先から鞘を外すと、幾つかの型を演武した。
「……」
暫く見ていて長所も欠点もわかってきた。
「それな、こうするんだ」
アイラードから銃剣を受け取って手本を示す。
「それからこうして突く時は左足はもっと広げろ。次の動作が早くなる」
幾つか欠点を指摘し、修正してやることが出来た。
「いいか。この武器は突くだけじゃない。使い方によって斬る事もできるし、普通の槍よりも大きくて丈夫な石突き側で殴ることもできる。リーチは槍ほどじゃないが、握る位置や振り方によっては剣よりも長く使うこともできるし、握る位置を変えることで剣よりも小回りの効く攻撃法や防御法もある」
説明しながら幾つかの連続技を披露する。
「わかったか?」
「はい!」
良い返事だ。
「よし、忘れないうちにちょっとやってみろ」
アイラードが俺の真似をし始めたのでミュンの方を向いた。
「ありがとうございます」
「いいんだよ。このくらいしかしてやれないし。それより、ちょっと聞きたいんだけど……」
早速、尋ねたかった事を訊いてみた。
兄貴のバークッド村の経営についての感想や、待遇などだ。
ミュンによるとゴム以外の農業に携わっている三家は以前とあまり変わりがないそうだが、農地が飛躍的に増えた事で収入も増えて生活にもかなりの余裕ができているという。
勿論、所有する農奴の数も飛躍的に増えてはいるから支出も増えているのではあるが、農地面積と農奴の数の関係を表すグラフは以前と角度がかなり異なっているようで、農奴一人あたりの耕地面積は牛馬の導入もあって五倍くらいになっているという。
それに伴って、農奴に支払う給金も四倍くらいになっていた。
俺が貰い受ける予定の従士長を務めるティンバー家など、子供も含めて五〇人を超える奴隷を所有しているが、一億Zを超える収入があるので、兄貴に六割税を支払い、奴隷に給料を払った後でも可処分所得は二〇〇〇万Z以上になっている。
ゴム製品の製造に関わっている残りの五家も、提供する労働力の数に応じて兄貴から給金が支払われており、充分に満足が行っているという。
例えば、ミュンのトーバス家は成人している者だけで三〇人の奴隷を抱えており、ミュンを入れて三一人の労働力を提供している。奴隷全体の数としては三八人いる。
兄貴は一人頭年間八四万Zを給金として支払っており、働きに応じて多少の上乗せもあるという。
それもあって、トーバス家の年収は三〇〇〇万Zを上回り、三四〇〇万Zに迫るそうだ。
彼らの税は農業ではないから一割なので可処分所得は一七〇〇万Zを超えている。
奴隷への給金は成人している者の最低でも週給四〇〇〇Zを超え、多い者は週給一万Zにも達する。
俺がいた頃は、平民のメイドのミュンの給料ですら週給四〇〇〇Zだった。
奴隷なんか二〇〇〇Zも貰えてりゃ良い方だった。
以前とは比較にならない豊かさも納得だね、こりゃ。
しかし、ショーンのティンバー家の可処分所得が二〇〇〇万Z以上ねぇ。
ま、いい場所を充てがってやるつもりだから、それ以上の保証はするさ。
読者の皆様。
新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
また、誤字報告フォーム実装以来、幾つかのご指摘を頂戴しておりますが、全てのご指摘をそのまま受け入れてはおりません。
場合によってはご指摘を頂戴したにもかかわらずそのままにしている箇所もございますし、せっかくなのでご指摘のままではなく多少改変して修正している箇所もございます。
しかしながら、大変に助かっていることは確かです。
今後共、お気づきの点がございましたら是非ご指摘をお願いいたします。




