第百八十五話 錦 3
7450年3月27日
クローとマリーは、昨晩に引き続いてキールで仕入れた肉類や大量に買い込んだパンなどを朝食として提供した。
クローの両親は、たっぷりとラードを塗ったパンやハムなどを貪るように食べると、礼の言葉すら碌に口にしないまま農作業に出かけてしまった。
「なんかその……すまん。この辺りの奴隷だと、肉とか脂とか滅多に食べられないから……」
両親の態度に、情けない顔をしたクローはマリーに頭を下げる。
「ん……ご両親については予め話は聞いてたんだし気にしないで」
マリーは全く気にした素振りもなくサドルバッグから取り出したゴムプロテクターを身に着けている。
「うん。でもあの態度はないよ……」
クローもサドルバッグからゴムプロテクターを取り出しながら言うが、その顔には深い失望の色が浮かんでいた。
「……」
そんなクローにマリーは無言のままプロテクターを身に着け続けている。
「どうしたってお義父さんとお義母さんと較べちまうよ……息子ながら情けなくなる」
クローはベルトを締めながら言った。
「……クロー、貴方のご両親の態度についてはもういいわ。私は気にしてないから。でも、持ち主のマナドゥさんは何であんなに頑ななのかな? こう言っちゃなんだけど、あのご両親に一〇〇〇万は高すぎると思うの」
篭手に手を通しながらマリーが答える。
「確かにな。どう考えても高すぎる。これを機会にラクロワ士爵ともこの先良い付き合いが出来たらと思っていたけど……」
ブーツの上から脛当てを装着し、脹脛でゴムベルトを留めながらクローの表情は昏いものに変わっていく。
「あの様子だと一〇〇〇万Zが手切れ金になりそうね」
ヘルメットを被りながら、涼しい声で続けるマリー。
「いいのか?」
「一〇〇〇万Zは大金だけど、別に払えない程の額ってわけじゃないし、元々そのくらいは使うつもりだったんだから、構わないわ。それに、うちの両親はキールから離れたくないっていうからその分のお金は浮いてるしね」
「すまん。だけど流石に高すぎるし、俺は別に……」
「気にしないでって言ってるでしょ? それに、話しちゃったんだし、今買っておかないとこれからどんな扱いを受けるか……もう顔も知っちゃったしね。知らん顔は出来ないわよ」
「わかった。ありがとう。もう言わない。だけど……」
「ええ。他領の騎士とはいえ、誠実な態度ではないし、何より目先の小金にしか興味が無いってのは最悪よね」
「ああ。その通りだ。こんな村、金叩きつけて縁切りだ」
「そうね」
二人は完全装備でクローの生家であるボロ屋を出ると、土地鑑のあるクローの先導で走り出した。
・・・・・・・・・
兄貴や戦闘奴隷たちとランニングを終えると、他の家族たちは朝食を終えていた。
ゼットやベッキーは義姉さんに連れられて庭で木剣を振っており、従士達も集まって素振りや型稽古を始めている。
午前七時過ぎ。
村はもうとっくに活動を始めている時間だ。
「あ、しまった」
「どうした?」
「朝飯作るの忘れてた……」
昨晩、蕎麦パスタで朝飯作るって言ってたんだった。
「ああ。そう言えば変なもの持ってきてたな。パーシャは知らなかったんだし、まだ皆が寝てるうちに作り始めちまったんだろう」
「昼でいいかな?」
「いいんじゃないか?」
ところで、バークッドはもう動き始めているとは言え、まだ朝早い時間だ。
兄貴は、本来なら今日は女性の日なのだが、時間が早い事もあって特別にこの時間だけ男湯にしようと言って鎧を脱ぎ始めた。
俺と戦闘奴隷の鎧はキールに置いてきているので一足先に風呂場に向かう。
村の風呂当番は昼頃までは野良仕事やゴムの製造を行っているので、俺が風呂を入れるのだ。
風呂を入れ、お湯加減を見ている間に兄貴もやってきた。
すばやく服を脱いだ俺は、兄貴と肩を並べて丁寧に体を洗う。
早く湯船に浸かりたいが、日の出前から二時間も走っていたのであるからして、汚れは落としておきたい。
リンビー、割り込んでスマン。
さて、もういいだろう。
風呂を楽しみにしていたルビーたちも体を洗い終え、湯船から手桶でお湯を汲んで頭から浴びている。
魔法でシャワーを浴びた俺も戦闘奴隷と並んで湯を浴びる兄貴を他所に湯船に体を沈めた。
「うあ~、生き返るな。やっぱでかい風呂はいいわ」
べグリッツの家の何倍もある大きな風呂桶は、外壁がない露天ということもあって開放感は抜群だ。
「そりゃあ良かった。ところで伯爵閣下よ」
浴槽に片足を入れながら兄貴が尋ねてきた。
「ん?」
「ちょっと熱すぎないか?」
「そう? 俺はいつもこのくらいなんだけど」
江戸っ子という訳ではないが、俺は風呂は少し熱めが好きなのだ。
ミヅチとはよくそれで喧嘩をする。
「まぁいいけど……」
「熱いなら少しうめる?」
「いや、たまにお前が帰った時くらい好きな温度で入れよ……。うむ、これくらいの温度も悪くないな」
「だろ? 血行も良くなるしね。でも、親父やお袋は心臓に悪そうだから勧めない方がいいかも」
ふつふつと顔面から噴き出る汗を拭って空を見上げた。
抜けるような真っ青な空の所々に白い雲が浮かび、自然と溜め息が出る。
ルビーたちは風呂を知らないのでこの温度が普通なのだと思っているらしく、特に気にした風ではないが、マールの顔は既に真っ赤に染まっている。
そんな俺達を見ながら兄貴も機嫌が良さそうに俺と並んで空を見上げていた。
「あ、そう言えばアル」
「ん?」
「今日なんだが、実はパトロールの日でな。従士連中を連れて行かにゃあならんのだが、バルドゥックの迷宮を制覇したお前の腕を見せてくれないか?」
パトロールか。
戦闘奴隷も四人連れてきていることだし、勿論構わない。
それに、そうそう来れないし、どうせなら今後のバークッドに対して少しでもプラスになることをしたい。
そう、屠竜の能力を使ってでも、バークッド近郊のモンスターを……。
この辺りならダート平原よりは魔物の総数は少ない筈だから、あの時程の負担ではあるまいし、場合によっては兄貴や村の従士たちのレベルアップに繋げることもできる。
「……駄目か?」
俺が即答しなかったからか、兄貴は僅かに落胆したように言った。
「ああごめん……是非手伝わせて貰いたいな」
しかし、ふふ……パトロールね……。
俺自身パトロールという奴は未体験だ。
だが、今回はパトロールをするつもりはない。
「……やり残したこともあるし」
つい、口に出してしまった。
「やり残したこと?」
当然ながら兄貴が反応した。
バークッド周辺の魔物退治のついでに、この際だから昔取り逃がしたあのホーンドベアーの父親の方もしっかりと殺しておきたいのだ。
まぁ、ホーンドベアーは美味いし、丁度いいよね。
「ん、こっちの話。ところで、どうせだから本格的にやりたいな。連れてきた戦闘奴隷も使ってね」
俺たち兄弟から離れ、湯船の隅に固まっているルビー、ジェス、マールを親指で指し示す。
三人の戦闘奴隷は気持ちよさそうにバークッドの風景や空を見上げていたが、自分たちが話題に出たことが分かると一斉にこちらを向いた。
俺はニヤリと笑いかけると「おい、お前ら、最近実戦から遠ざかってるだろ。今日は久々に絞ってやるからな」と声を掛けた。
「おお、そうか。実は期待してたんだ」
両掌にお湯を掬って顔を洗い流す兄貴は嬉しそうだ。
成人して二年、一七歳とまだ若いマールはともかく、ルビーは俺より四歳年上の二六歳。俺より一つ下のジェスも二一歳と、どちらも騎士団の従士なら中堅の年代だ。
わざわざ俺が連れてきた戦闘奴隷ということもあって、兄貴としては村の従士に俺や彼らの戦闘方法を見せたいという狙いもあったのだろうか。
「それなりに鍛えてるから期待してくれていいぜ。だけど、あいつらの鎧は貸してくれよ」
「勿論だ。ちょっと古いが予備のやつがある」
「うん。それで充分だよ。ありがとう」
「でも、お前はいいのか?」
「うん。俺はいらない。重いし」
先月の時とは異なり、俺の周りは戦闘奴隷が固めてくれるし、何より兄貴がいる。
鎧なんかデッドウェイトだ。
「重いって、お前、鎧くらい身に着けろよ。危ないだろ」
「大丈夫だよ」
「いや、駄目だ。どうしてもと言うならお前は外す」
「ちぇっ、わかったよ……」
心配性だな、兄貴は。
だけど、領主として大切な資質だ。
「おい、お前ら。今日は気合い入れて行けよ。俺に恥を掻かせるな」
戦闘奴隷たちは真っ赤な顔で「はい!」と返事をした。
少し熱すぎたかな?
・・・・・・・・・
「もう一度確認しますが、価格についてこれ以上値が下がる余地はないのですね?」
両親の持ち主であるマナドゥの目を見ながら、クローが言った。
「申し訳ありませんが、あれで彼らはウチの主力でしてね……」
テーブルの上でクローが手にしている金の詰まった小袋に、粘つくような視線を向けながらマナドゥが答える。
「ご存知の通り、このバフク村はそれ程余裕がありませんので、マナドゥも必死なのですよ。お気を悪くしないで下さい」
そんな二人をとりなすようにラクロワ士爵が口を挟む。
クローは士爵に視線を向け、その目をじっと見つめた。
――あんな年食ったおっさんとおばちゃんが主力の訳ないだろ!?
士爵は居心地が悪そうに姿勢を変え、クローから目を背ける。
――ま、何年も前に村を飛び出した奴隷のガキが騎士になって戻ってきたんだ。やりにくかろうよ。
「士爵閣下が仰る通り、私も必死でしてね……バラディーク卿」
マナドゥは厭味ったらしく敬称をつけて呼んだ。
クローは一瞬だけマリーの顔を見たが、すぐに士爵に視線を戻す。
「……ラクロワ閣下。念の為、最後にお訊ねします。私の両親は確かにマナドゥさんが所有しておられますが、どう考えてもこの価格は相場を無視した値付けだと言わざるを得ません。閣下からマナドゥさんに対してご意見はないのですね?」
クローは最早、嘗ての己をすら所有していたマナドゥなど眼中にない。
その目が見つめるのはバフク村の領主、ラクロワ士爵のみだ。
「意見と言われましても……持ち主はマナドゥですし……」
額の汗をハンカチで拭いながらラクロワ士爵が答える。
「そうですか。わかりました……一〇〇〇万Zあります。確かめてください」
そう言うとクローは手にしていた小袋から金貨を取り出し、テーブルに積み上げた。
「へっへ。こりゃどうも……」
マナドゥはさっと手を伸ばして金貨の山を攫うと一枚一枚ステータスを検め始める。
部屋にはマナドゥが唱える「ステータスオープン」と言う言葉と、金貨が立てる澄んだ金属音のみが響いた。
「……確かに。一〇〇〇万Z、頂戴いたしました。販売証明の宛名はそちらさんで? それともラ、ロ、リーグル伯爵騎士団ですかい?」
マナドゥは阿るような目つきでクローを見る。
騎士団の名を言い間違えた事にクローは腹を立てるが、内心でぐっと堪えると「私宛でお願いします」とだけ言って、販売証明が差し出されるのを待った。
イライラするほどゆっくりと指にピンを突き刺して血液を絞り出すマナドゥを横目に、マリーは冷淡な顔でラクロワ士爵を見やる。
心中では大いに彼らを軽蔑しているが、そんな様子はおくびにも出さない。
差し出された販売証明を丁寧にしまうと、クローとマリーは一礼して士爵の屋敷を後にした。
「へっへっへ。お陰様で大儲けですわ」
マナドゥが金貨をしまいながら言った。
「……そうだな。だが、借金は返せよ」
士爵はまだしまわれていない金貨を四枚掴み取ると、懐から金朱と幾枚かの銀貨を取り出してマナドゥに渡す。
そして、薄くなって折り畳まれた羊皮紙も取り出すとテーブルの上に放るように渡した。
借金の証文であろう。
「えっへっへ。こりゃどうも」
マナドゥは証文を懐に突っ込むと立ち上がった。
ラクロワ士爵は長年返されていなかった借金を取り戻し、マナドゥは借金を白紙に戻せただけでなく、くたびれた奴隷夫婦と働き盛りの奴隷を交換出来るだろう。
だが、せいぜい数百万Zと引き換えに失ったものがあることには未だ気付いてはいない。
・・・・・・・・・
兄貴にどのあたりの魔物が居なくなったら良いかを尋ねたら、村の南西にある海岸までを間引くのがこのところ力を入れているポイントだと言われた。
海岸にはコンドームに使う海藻採取や海綿を採りに行くために、奴隷たちを送っているのだが、稀に警備の従士に怪我人が出てしまうからだという。
加えて、今は北に向かって拡張しているゴム園も将来的には村の西の方にも広げたいというのがその理由だ。
これを聞いてちょっとだけ悩んだ。
村から南西にある海岸までは四~五㎞程もある。
屠竜の能力は半径五㎞以内のモンスターの注目を集めることだ。
結果として、半径五㎞以内にいるモンスターは全部剣の使用者めがけて殺到してくる。
要するに、剣の使用者である俺から半径五㎞以内に村があってはいけない。
正確には、半径五㎞からはみ出すように村があってもいいが、村がすっぽり収まってはまずい。
村の先にいるモンスターの注目を集めると、村を蹂躙しながら俺を目指すだろうし、その過程で村の誰かや家畜を見てしまえば、まずはそちらに襲いかかってしまうからだ。
それらを考慮した結果、村から真西に向かった海岸で屠竜を使うことにした。
そこならば村からは充分に離れているだろうし、よしんば屠竜の効果範囲内に村があったとしても、流石にすっぽりと収まる程近くはないからだ。
すべての事情を兄貴に話してはいないが、現役の従士連中と、戦闘可能な若手は全員参加させ、親父やお袋など引退者は万が一に備えて村の防備を固めてもらうことにした。
なお、こういう事になってしまったので、俺が作ると言っていた食事は昼食ではなく夕食に回された。
「これで全部?」
武装を整えて集まってきた人たちを見回して兄貴に尋ねる。
集まっているのは従士長のショーンを筆頭にした正従士が五人のほか、彼らの子弟の若手が一〇人、加えて村の狩人であるケリーとミーアイルのドクシュ夫婦だ。
リョーグ家は爺さん婆さんを残してべグリッツに移住させてしまっているし、レイノルズが家長のアイゼンサイド家は王都にいるからね。
ミュンの旦那のボッシュも気合が入っているのがわかる。
因みに、当然だがゼットやベッキー、アイラードなど未成年者は加わっていない。
全員がバークッドの黒光りする鎧に身を固め、完全武装だ。
「皆、よく集まってくれた。今日のパトロールはいつもとは趣向を変えて、リーグル伯爵閣下に指揮を任せた。では閣下、一言」
え? 指揮?
聞いてないよ。
兄貴はニヤニヤしながら俺を見ている。
仕方ないか。
皆の端っこに立っていたが、兄貴の隣に進み出た。
「只今グリード士爵閣下のご紹介に与りました、リーグル伯爵アレイン・グリードです」
数年前、王都の貴族で流行っていた気障な仕草でお辞儀をして言った。
誰一人として感銘を受けなかったようだ。
寒い。
「皆、久しぶり。兄貴の命により、今日は俺が指揮を執ることになった。今日限りで西の海岸までの魔物を全滅させるから、そのつもりでいてくれ」
大外しをしてしまったので取り繕うように言い放った。
「全滅ってお前……」
兄貴は冗談だと思ったらしい。
「冗談じゃないよ。本気で言ってる。ドラゴン・スレイヤーの実力をしかとごろうじろってね。尤も、それには皆の協力が不可欠だ」
腐っても(腐ってないけど)ドラゴン・スレイヤーの俺が言うと違うようだ。
ダブル・ミーニングなんだけどな。
全員、しゃっきりとした顔つきになったのがわかる。
「よし、行こうか」
移動は徒歩だ。
兄貴を始め、俺の戦闘奴隷も含めて合計二二人を率いて揚々と歩き出した。
グィネはいないが、兄貴や従士たちには勝手知ったる土地。
一切迷うこともなく二時間後には西の海岸に到着した。
海岸と言っても砂浜ではなく、海に面して切り立った崖の上である。
海面までは一〇m以上あるだろう。
そして海藻採取の砂浜から海岸線沿いに一~二㎞程北に離れている。
ここは高さ三十㎝ほどの下草に覆われており、うまいことに平らで足場も良さそうに見えたので選んだ。
景色もいいしね。
お昼まではたっぷり一時間以上ある。
「少し早いけど飯にしよう、と言いたいところだけど飯は後にする。さあ、やるぞ。おい、そこをどけ。全員俺の後ろに行くんだ」
邪魔な従士をどかせると、俺達の左右に幅五m、高さ五m程の壁を作った。
長さは一〇m程で両方共内側に階段も備えている。
ついでに壁の上には更に薄い壁も張り巡らせ、簡易的なトーチカのようにした。
ここにはケリーとミーアイルを乗せて上から矢を射掛けてもらうのだ。
地魔法のレベルが七になっている兄貴にだって楽に作れる量だが、整形もあるし、兄貴には魔力を温存しておいて欲しかったので俺が作っただけだ。
勿論、先月ミヅチたちに戦わせたように、巨大なパンケーキみたいな陣地を作っても良かったのだが、従士たちや戦闘奴隷には戦争のような連携した戦いをさせたかっただけだ。
パトロールをする時には兄貴も土壁を出したり、場合によっては埋め殺す事もあるようだが後始末が手間なので滅多に使わないらしい。
何度か目にしたこともあるという正従士たちは大して驚かなかったが、若手は驚いていた。
これでいいだろう。
「最初の一〇分くらい……ん~、キリが良いところまでは俺が一人でやる。まぁ見てろ」
しゃらんと腰から屠竜を引き抜いた。
エメラルド・グリーンの刀身が太陽の光を受けて宝石のように煌めいた。
俺の脳内に超高精細なレーダーが展開する。
あそこに固まってるのは……蛭かな?
この速いのは……マンタレイか!
なんだこの動き……多分ブリンクドッグだと思うけど……。
っつーか、やっぱ数は大したことないけど海にもいるんだなぁ……。
サメみたいなモンスターかねぇ?
それなら上がってこれないだろうから無視しても……二〇くらいの集団か。
他のぼっちのモンスターよりは遅いみたいだけど何だろう?
……しっかし、ダート平原と比べると大分少ないな。
道中で生命感知の魔術を使って大体の数にアタリをつけていたのだが、バークッドの近郊は予想以上に魔物の影が薄かった。
全部で一〇〇〇もいない。
しっかりと数えた訳じゃないが、恐らくは六〇〇~七〇〇という所ではあるまいか。
そして、そのうちの半数以上、六~七割は蛭かスライムのように殆ど動かないモンスターだと思われる。
要するに、それなりの速さで近づいてくるモンスターはせいぜい二〇〇程度だ。
しかも、更にその半数は結構速いのでマンタレイみたいな飛行するモンスターか、ブリンクドッグみたいな瞬間移動をするモンスターだろうし、直径一〇㎞の感知範囲の半分くらいを占める海なんて、全部で五〇もいないみたい。その上そのうち一〇匹くらいは動いてすらいない。
あー、これ、俺が出るまでもないんじゃ……。
ま、言っちゃったし、いいか。
最初に近づいてきたのは森の木々を縫うように飛んできた一匹のマンタレイだった。
一番近くに居たやつだろう。
森を抜けたマンタレイは、俺目掛けて一直線に飛んでくる。
こちらに正面を向けて接近してくる空飛ぶイトマキエイ。
長い尻尾が生えているはずだが、空中を泳ぐように体の後ろでうねっているのだろうか。
「あれは……」
「マンタレイだ。でかいぞ!」
俺の後ろで従士たちが口々に警戒の言葉を発する。
「ここを中心に周囲の魔物を呼び寄せた。もうすぐ海の方からも来るからそっちにも注意しとけよ。どうせ上がっては来れないだろうけど、一応な。それと、ケリーたちに空から魔物が来ないかよく見とけと言っておけ」
マンタレイごときにかったるいし、魔法はいらんね。
低空飛行のまま近づいてきたマンタレイが俺に飛び掛かって来たのを見計らって剣を振る。
マンタレイの体は綺麗に左右に両断された。
「アル様、お見事です!」
「流石はアル様!」
従士たちは口々に俺の剣技を褒めそやしてくれた。
「おらっ!」
「こうなっちゃ飛べねぇもんな」
内臓をぶちまけ、右半身と左半身で泣き別れにされたマンタレイに若手の従士がトドメを刺しているようだ。
「ご主人様、次が来ますだ!」
ルビーが叫び声を上げた。
「ふんっ!」
新たに接近してきたマンタレイも真っ二つにしてやる。
と、今気がついたのだが、短くワープでもするかのように接近してきていたブリンクドッグと思われるモンスターのワープが止まっており、普通に接近してきている。
……ワープの魔力が切れたらしいな。
これならあまり危険はないだろう。
そうこうしているうちにマンタレイを一〇匹ほど仕留めた。
脳内レーダーによるとまだ何匹か残っているようだが、ここに来るまでにはもう少し時間がかかるだろう。
あ、そうだ。
「兄貴」
能力を使用中の屠竜を誰かに渡したらどうなるのか?
キャンセルされてしまったとしてもあれから一ヶ月経ってるし、屠竜の能力はまだ二回使えるはずだ。
「どうした? そろそろ交代か?」
兄貴はすぐに俺の横に並んで剣と盾を構えた。
「いや。ちょっと剣を交換して」
「え? いいのか?」
「うん。実は、魔物を呼び寄せたのはこの剣の力なんだ」
「ほう?」
「俺の頭の中では周囲から近寄ってくる魔物の位置が見えるんだけど、兄貴に渡したらどうなるのかと思ってね」
「そうか。ちょっと見せて……なるほど、こりゃすごい」
ふぅむ。
兄貴にも見える、か。
魔剣だから使用法が理解できるのは当然だが、やはり能力使用中に装備者が変わっても有効なのか……。
前回、途中で鞘に収めたりもしてみたが、能力はキャンセルされなかったから、もしやと思っていたのだが、やっぱりね。
因みに、トリスが使っている炎の剣は能力使用中に手放しても炎は消えないが、柄を握る人が変わると使用中の能力はキャンセルされ刀身に纏った炎は消えてしまう。
対して、ベルが使っている頑丈な剣は能力使用中に柄を握る人が変わってもバークスキンの魔術はキャンセルされない。
一定期間中の使用回数が決まっているものはキャンセルされないようだな。
……だから何だって話だけどさ。
「そろそろ返して……」
「もうちょっと使わせてくれよ」
「駄目。返して」
「ちぇっ、それで戦ってみたかったのに」
「ごめん」
未練のある目つきで剣を見ながら兄貴は手に持った屠竜を返してくれた。
柄を握った瞬間、脳内にレーダーが展開され、剣の別の能力についても使用法が理解できる。
さぁて、もう一暴れしたら交代するか。
それなりの覚悟は決めていたが、今回は楽勝だな。
怖いのは、ホーンドベアーくらいだろう。
海の魔物も何匹かはもうすぐ崖下にやってくる。
マールが「背鰭のようなものが見えます」と言っているから、やっぱりサメかなんかだろうな。
でも、集団で遅い奴もいるし、サメほどではなくともそれなりの速度の奴もいる。
油断は禁物だ。
海で動かないのはイソギンチャクとかシャコ貝的なモンスターとかです。
双方とも生存に必要な栄養素の多くを海中に沢山いる魚類や共生する褐虫藻の光合成に依存しているため、あまり沿岸には近づきません。




