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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百八十二話 親心

7450年3月24日


 トマルグ村を朝早く出発した俺達は、正午丁度にキールへと到着した。


 見覚えのある街並みを抜け、なんとなく懐かしい感じのする行政府とその前に広がる広場を通り抜ける。

 そして、グリード一族が定宿としているビンス亭に向かった。


 一族の定宿云々はたった今俺が決めたのだが、兄貴は反対しないだろう、と思う。

 いや、そんなことわざわざ言ったりはしないけどさ。

 伝統とはこうして作られてゆくものなのだ……なんてね。


 宿の小僧に尋ねると部屋は幾つか空いていたが、全員が宿泊するには少し足りなかった。

 仕方ない、奴隷は別の宿にするしかないようだ。


 予め予約をしていた訳ではないのでどうしようもないことだが、なんとなく幸先の悪い思いがする。

 小僧に馬の面倒を見て貰える宿を訊いてからルビーに幾枚かの銀貨を渡し、戦闘奴隷の四人はそこに泊まれと命じた。


 一泊二万Zという最上位の部屋で素早く着替えを済ませると、同じく着替えたクローとマリーの二人だけを伴ってウェブドス侯爵の屋敷を目指して歩く。

 役人たちの出番は何日か後だ。


 因みに、恐らく侯爵本人は在宅ではない事は承知している。

 この時間なら行政府か、そうじゃなければ傍の飯屋で昼飯を食っているところだと思う。


 ウェブドス侯爵領の運営に関わるような案件であれば堂々と行政府に赴くのも良いが、今回の主題は「誰か貴族か、貴族たりえるような者や従士となる人材を送って(移民させて)欲しい」というもので、侯爵領の運営に関係はない。

 勿論、直接の関係はない、というだけで間接的な関係はあるが、それはそれ。


 貴族やその関係者のポストに悩んでいるはずの上級貴族に対して、俺の申し出は歓迎されると思われる。

 だからこそ、どこに耳があるか知れたものではない行政府で話をしたくはない。


 屋敷で話ができるのであれば、話す内容については誰にも漏れないだろうし。

 そして、話が纏まった後、侯爵は役人たちや騎士団、はたまた配下の領主たちに対して「自分がリーグル伯爵を呼びつけて人材の売り込みをした」と言い張ることが出来る。

 実際にそうするかどうかは俺の与り知るところではない。

 だが、俺としては侯爵が多くの選択肢を持つようにしたいだけだ。


 屋敷の門には警護の騎士だか従士だかが槍を持って立っているのがわかる。


「知った顔か?」


 クローとマリーに尋ねたが双方ともに首を振った。

 彼らがウェブドス騎士団を辞めてから採用された者たちなのだろう。


 とすると騎士ではなく従士だろうな。


 丁度屋敷の門の前で足を停めたために、警護の従士たちが駆け寄ってきて誰何された。


 その言葉遣いは俺たちがかなり上等な服を着ていた事を見て取ったらしく丁寧なものだったが、三人揃って剣を腰に提げているからか用心深そうな雰囲気もある。


 ちょっとだけ、クローかマリーの言うことを聞いて彼らのどちらかを先触れとして送っておけば良かったなと後悔の気持ちが頭をもたげる。


 だが、これでいいのだ。

 俺は未だ伯爵、相手は侯爵。

 まして今回の俺は、形式上とはいえ頭を下げて先方にお願いする立場である。


 昨年末やドラゴン退治の結果報告などの折に国王陛下に直接謁見したが、先触れなど必要なかったのと同じ理屈である。


 偉そうに先触れを送り、歓待の用意をしておけと主張する立場ではない。

 何より、侯爵は兄貴の義祖父なのだ。


 嘗てシャーニ義姉さんに貰ったウェブドス侯爵のプレートを懐から取り出して警護の者に差し出した。

 クローとマリーは俺の斜め後ろに立っている。


 ところで、従士たちは差し出された侯爵のプレートを目にした瞬間に胡散臭げな目を向けてきた。

 何しろ傷があるだけならまだしも、ちょっと曲がっちゃってるからね。

 いや、俺も一生懸命元に戻そうと頑張ったんだよ?

 でも完全に戻すことはできなかったんだ。


 ……胡乱げな視線を向けられるのも無理はないか。


「私は西ダートを治めるリーグル伯爵アレイン・グリードと申します。ウェブドス侯爵にお目通り願いたく、我が領土よりはるばる罷り越しました」


 プレートを受け取って貰うと「お検めください」と言って差し出した右手の甲を相手に向ける。


 従士たちは俺のステータスなんかより、伯爵だと名乗ったことに驚いたようで顔を見合わせている。

 それはそうと、礼儀なんだから見ろや。


 辛抱強く待つこと三秒、無事に俺のステータスも見て貰えた。


「侯爵閣下もお忙しいでしょうし、お話ししたい用件についてしたためて参りましたので、まずはこちらを閣下にお渡ししとうございます。お屋敷の家令か執事にお取次ぎ願えますか?」


 そう言うと従士の一人が屋敷へすっ飛んでいった。

 程なくして一人の初老の男性を伴って帰ってくる。


 俺は改めて名乗ると、


「この書状を侯爵閣下にお渡し願います。私共は市中のビンス亭に宿を取っておりますので明日か明後日にでも日程についてご指示頂ければご指定の日時、場所までお伺いさせていただきます」


 と言って、手にしたブリーフケースから予め要点を纏めておいた手紙を取り出して差し出した。

 本当は「突然の訪問で申し訳ない」くらいは言いたかったが、それを言うと侯爵が俺の来訪を知らなかった証明にもなるから口にしはしなかった。

 騎士団の従士もいるしね。


 男性が手紙を受け取ってくれたことに頭を下げ「それでは……」と踵を返した。


 クローとマリーにはそのまま明日一杯まで休暇をやる。

 二人はまずマリーの実家であるビンスイルの店に行くと言ってすぐに別れた。

 明日は古巣のウェブドス騎士団に顔を出すという。


 俺はと言えば、特にやることもないのでそのまま宿に戻ると役人どもと戦闘奴隷を引き連れて飯を食いに行き、その後はウェブドス商会に顔を出しに行った。


 ウェブドス商会ではグリード商会の商会長が来訪したということで思わぬ大歓迎を受け、予想外に時間を食わされてしまった。

 俺としても彼らには世話になった事もあるし、現在進行形で実家も世話になっているから無下にも出来ない。

 接待である夕食の誘いについても断るのにかなり苦労した。


 そして今、キールの街は夕暮れを迎えている。


 晩飯はそれぞれ適当に食っておけと言っているので役人と戦闘奴隷どもはそれぞれよろしくやるだろう。

 クローとマリーもビンスイルの店で食事をするはずだ。


 ところが、俺にはまだやることが残されていた。

 そう。ジャバの店、リットンで遊……べたらどんなにいいだろうか。

 出発前にジャバに土下座の勢いで頼まれた手紙を届けに行くのだ。


 本音を言えば、ウェブドス商会の接待についても受けたかったのだが、約束を果たしてからでないとどうにも落ち着かない性分ってのは貧乏性って言うんだろうなぁ。


 俺が歩く表通りの先の方からどこかの馬車が近づいてきている。

 もうすぐ日も暮れるだろうにご苦労なこって。


 さあ、あの角を左に曲がれば少し先の左手にリットンが見えるはずだ……。


 キールの表通りから僅かに逸れた場所に建つ建物は、何年か前に見たままで特に変わった様子はない。


 初めてこのリットンを目にした時の気持ちを思い出す。


 ……こんな田舎の娼館の癖して、とびきりいい女がいたよなぁ。

 ソフィー・マルソーとブルック・シールズを足して自乗したような。

 あの美貌は当時の俺にしてみれば、痩せ型が多く耳の尖ったエルフなんざメじゃなかった。


 ごく僅かな時間だったろうが、夕暮れ迫る街角で娼館を眺めながらぼうっとしてしまった。


 道行く人たちはそんな俺の事なんか気にせず歩いている。


 と、その時、正面から歩いてくる女が目に入った。


 あ、あれは!?

 まさか……あの女はあの時の!?


 あれから数年が経っている。

 正確には知らんが、あの当時の彼女は二十歳かそれより少し下に見えた。

 今は二十代後半と言ったところだろう。

 少しとうが立ち始めたきらいもあるが、同時に円熟味も増している様に見える。


 ゴクリと喉が鳴り、下腹部がムズムズし始めたのを自覚した。


 と、女はリットンとその向こう隣の建物の間を曲がってしまった。


 ありゃ、違ったのか。

 肩を落としたのも束の間、リットン程の高級店の従業員が正面口から入る訳はないだろうという事に思い至った。


 ヨロヨロと一歩、足が動いてしまった。


 い、今なら……。

 今なら誰も見てない。


 知り合いもいない。


 娼館が客の情報を漏らすなんてこともない……だろう。

 このあたりでは最上級の店なんだし。

 更に言うなら、あの店には鞘を卸している筈で、病気を感染うつされる可能性も低い。


 行くか?

 行っちゃいますか!?

 だって、来年には二人目の嫁さんも貰う予定の大貴族様なんだし!

 少しくらい旅先で遊んだっていいだろう。


 それでも一分くらいは逡巡した。


 心の中でミヅチに手を合わせ……。

 優しい微笑みを浮かべるミヅチと、彼女が抱く顔に輝く靄のかかった赤ん坊が思い浮かんだ。

 思い浮かんでしまった。


 ……やめとこう。


 素直にジャバの手紙だけ渡して飯食いに行こう……。

 せっかくキールにいるんだし、久々にダックルトンにでも行くか。


 小さく頭を振り、溜め息を吐いたその時。


「ご主人様?」

「え?」


 振り向いたら不思議そうな顔をしたリンビーが立っていた。


「どうされましたか? こんなところで……?」


 髪留めを買ったらしく、頭の左脇で揺れる髪の房の根本に赤い飾りが見える。

 いや、夕日を浴びて赤く見えるだけで、白、かな?


「あ、ああ。ハ、ハリタイドに頼まれた物を届けようとしてな……」


 そう言って手に提げていた薄い革製のブリーフケースを持ち上げた。


「そうですか……」


 俺の答えを聞いてもリンビーは不思議そうな顔をしたままだ。

 いつから見られていたんだろう、と少しだけ疑問が湧いてくる。


「では、お供いたします」


 リンビーはにっこりと笑った。

 真横に近い斜めから夕日の当たった顔は転生者の彫りの薄い顔と異なり、陰影がくっきりとつく。


「ん。んんっ、そうか。ところでその髪留め、センスいいな」


 咳払いをすると何故だか自分でも驚くほどに柔らかい顔になっている気がして、ちょっとだけ照れた気持ちになった。

 そして、俺の脇に歩み寄ってくるリンビーを待ってリットンの方へ振り向いた。


「ありがとうございます! さっき買ったんです」


 リンビーは嬉しそうに微笑んでくれた。

 こいつも戦闘奴隷なのでそれなりの給金はやっている。

 いい金の使い方をしてくれたようで、俺も少し嬉しくなった。


「お届け先はどこでしょうか?」

「ん、すぐそこ……あそこだ」


 俺が顎でしゃくるようにリットンを示すと、それを見たリンビーはまた不思議そうな顔になる。

 きっと、こんな近くにあるのに何を躊躇っていたのか、とでも思っているんだろう。


 自然と浮かんだ苦笑いを誤魔化すように歩き出す。


 当然だが、すぐにリットンの入り口の前に着いた。


 上品な装飾が施された入り口の上には紺地に金色のレリーフで「紳士の社交場 リットン」と書かれた看板が掛けられている。

 因みに文字のフォントは意匠化された鞘なので、俺の感覚だと看板は下品なんだけどな。


 何年か前、里帰り途中でジャバに会った際に、最初に訪れた時にはなかったこの看板を見上げて変な声が漏れた事を思い出す。


「ここですか?」

「そうだ」

「ここは……?」

「読めないのか? 紳士の社交場だ」

「いえ、読めますがどういう所なのか……?」


 リンビーはここが娼館だとは思っていないようだ。


「いいから少し待ってろ」


 おもむろに扉を開けた。

 すると、予想していた通り扉のすぐ奥のフロントに姿勢良く立っているセバスチャンと目が合った。


「ようこそいらっしゃいませ。グリード閣下」


 幾分老けた声でセバスチャンが言う。

 片手でも余る程度しか来たことがないのにセバスチャンは俺の顔を覚えていたらしく、口にするセリフに全く淀みはない。

 おまけにちゃんと閣下という敬称まで付け加えられている。

 田舎とはいえ、やはりリットンは一流の店だ。


「……?」


 セバスチャンの顔に少し妙な表情が浮かんだ。

 ああ、閉まる扉の向こうで立っていたらしいリンビーを見られたのかな?


「ああ、私の奴隷だ」

「そうでございますか。当店にご売却をお考えで……」

「いや。これを渡しに寄っただけだ」


 変な勘違いをしないでくれ。

 だいたいあいつは、ああ見えても戦闘奴隷なんだから。


「それは……」

「ハリタイドからの手紙だ。今後の指示だそうだ」


 そう言ってブリーフケースから取り出した手紙を差し出す。


「これは大変お手数をお掛け致しました」


 セバスチャンはフロントから出てくると丁寧に、押し戴くように頭を下げて受け取った。

 その後、お茶を勧められたが断って、数分だが領地でのハリタイドについてなど世間話がてら話した。


「ではな。たしかに渡したぞ。失礼する」


 踵を返そうとしたところでフロントの脇に垂らされている幕が妙な揺れ方をしていることに気がついて、視線をやってしまった。


 俺の視線に気がついたセバスチャンは再度深々とお辞儀をするとバッと幕をめくった。

 その奥ではこの店で働く嬢たちが聞き耳を立てていたらしく、片耳を突き出した姿勢で何人か固まっていた。

 そして、そのうちの一人はあの女だ。


「盗み聞きは良くないと常々言っている筈ですが」


 セバスチャンは厳しい声で嬢たちを叱責する。


「あ、その……」

「ぐ、グリード閣下と聞こえたものですから……」

「閣下がいらっしゃったのであれば是非にと……」


 三人の嬢はすぐに姿勢を正して口々に言い訳を……グリード閣下? お、俺の事か!?

 流石に上級貴族に叙せられたうえ、ドラゴンスレイヤーともなると、俺の名声もキールに届いているんだなぁ。

 あの女も俺の来訪を耳にしてすっ飛んできたと見える。

 や、やっぱ少しくらい遊んで行っても……リンビー? 奴隷なんざ待たしとけばいいさ。


「申し訳ございません、閣下。彼女らにはあとできつく……」


 心から申し訳なさそうに言うセバスチャン。

 だが……。


「あれ?」

「違うじゃない」

「グリード閣下じゃ……?」


 嬢たちは俺の顔を見て口々に言う。

 勿論あの女もだ。


 グリード……あ……兄貴……なの……か?


 追いつき、追い越したつもりでも、いつも俺より一歩も二歩も先を行く背中を幻視し、大きなショックを受けて店を出た。


 後ろ手に扉を閉めた時、風が強く長く吹いた。


 今の俺の心にはよく似合った吹きすさぶ風だ。


 知らず涙腺が緩くなるのを感じた。


 涙は、死の荒野を夢見て走る時のように輝いていたと思う。

 

「ご主人様、どうされました?」


 外で待っていたリンビーが驚いたように尋ねた。


「ん、ちょっとゴミが目にな……」


 袖口で涙を拭い、空になったブリーフケースを手渡して歩き出す。


「ちょ、駄目ですよ。目をお見せください」

「ありがとう。でももう大丈夫だ。それより飯は食ったか? ルビーたちは一緒じゃなかったのか?」


 そう言えば、知った街ならいざ知らず、キールみたいな初めて訪れた街なのになんでリンビー(こいつ)だけ一人なんだ?


「あ……そ、それは……」


 リンビーは下を向いて言葉を濁す。

 ルビーやジェス、マールに限って虐めなどという幼稚な理由ではあるまい。

 リンビーが言いたくなければ言わなくてもいいさ。

 それとも、逸れたかなんかで恥ずかしくて言いたくなかったのかな?


「一緒じゃないならお前だけでいいや。晩飯食いに行くぞ。近くに旨い店があるんだ」


 ダックルトンで何か旨いものを食おう。

 昔食べたデザートの話なんかをしながら少し歩いた。


 途中で、ごてごてとした飾りつけも下品なピンク・モンスーンという娼館の前を通りかかる。

 こうして見ると、リットンの看板はあれで結構上品なんだな、とも思う。

 そう言えば、この店にも鞘を卸していたんだったよな。


 横目でピンク・モンスーンを見たことに気付いたのか、リンビーは湿っぽい目つきで俺を見上げた。


「ご主人様もああいう店にご興味がおありですか……?」


 おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るぜ。

 そりゃあ、俺も健康体の男だからして、全く興味がないと主張するつもりもない。

 だが、俺には理性というものがあるのだ。

 女房の目の届かない土地だからと羽を伸ばすなんてあっちゃいけないのだよ、チミィ。


「昔、商品を卸していた事がある店なだけだ。今は兄貴が引き継いでくれてるから、もう俺の客じゃあないがな」


 俺的に渋いと思う声で無感情に言えたと思う。


「ですよね! ご主人様はやっぱり立派なお方です!」


 すでに成人して久しいとは言え、リンビーは幼子のような一片の曇りもないキラキラと煌く素直な目で俺を見上げる。

 ふ……その目を向けられている限り、一時は転びそうになった俺だって理想のご主人様を演じられるのさ。


 その時、ピンク・モンスーンの扉が開いた。


「あざっす! ゴチっした!」

「おうよ」

「いんや~、流石はルビーさだ。ルビーさの目は確かだなや~!」

「うはは。んだろ? 良がっだべさぁ」


 リンビーの目から急速に光が失われていく。

 俺は俺でだらしなくニヤけて大騒ぎする戦闘奴隷たちから目を背け、リンビーに「放っとけ。行くぞ」と低い声で命じて歩き出した。


 下の者(マール)におごってやったのか。

 あれはあれで、ルビーも良い金の使い方をしていると言えなくもない。




・・・・・・・・・




7450年3月25日


 午前八時。


 ランニングを済ませた後、皆で朝食を摂ってビンス亭に戻ってきた。

 すると、食事の間に報せが届けられていた。


 当然、ウェブドス侯爵からのものだ。


 それによると、今日の午後か明日の午後に屋敷に来て欲しいとある。


 流石、早いね。


「そなたら、今日一日は休みでいい」


 サミュートら役人たちに休みを言い渡し、ついでに奴隷たちにも今日は休みだと伝えておけと命じた。


 そして、午後まで適当に時間を潰すと、一人で屋敷に赴いた。


 屋敷の門には昨日のメンツとは異なる警護の従士が立っている他、家令も立っていた。


 ゆっくりと近づいて家令と目を合わせる。

 家令はすぐに頭を下げ、身を引いて敷地に俺を招いた。


 屋敷の応接間に通されて数分。


 すぐにウェブドス侯爵が姿を現す。


「久しぶりですな、グリード伯爵」


 一年半ほど前、ロンベルティアで行われた俺のリーグル伯爵の叙任式で一言二言、祝辞を貰って以来だ。

 俺も掛けていた椅子から立ち上がるとお辞儀をして挨拶する。


 侯爵が椅子を勧め、自ら掛けたので俺も腰を下ろした。

 それを見計らったかのように茶器を盆に乗せたメイドが入室してきた。

 茶の用意が終わるまで、沈黙が部屋を支配する。


「お忙しい折に急なご面会を許可していただき、ありがとうございます」


 メイドの退室を待ってお礼を述べた。


「可愛い孫の義弟に対して閉ざす扉はありませんよ」


 俺が楽になるように気を遣ってもらったことに、軽く頭を下げて謝意を表する。


「さて、手紙これに書かれていた件ですが……」


 侯爵の手には昨日渡した手紙がある。


「疑う訳ではありませんが、あの人数は本当ですか?」

「はい、勿論です」

「そうですか……」


 侯爵は一瞬だけ目を瞑り宙を仰ぐとすぐに俺を見直した。


「お気を遣って頂いたようで、感謝します。ありがとう」


 そう言って俺に頭を下げた。


「いえ、頭をお上げください。私の方こそ、いきなりで不躾なお願いをしております。頭を下げてお願いをするのは私の方です。この通り、何卒お聞き入れ下さいますよう、そして、良きお取り計らいを頂けますよう、伏してお願い申し上げます」


 俺も頭を下げる。


「しかし、流石ですな、伯爵は。ドラゴンを退治したのみならず、デーバスへの侵攻をも果たすとは……私も伯爵の縁者として鼻が高くもなろうというものです」

「いえ、そんな……」


 そういえば侯爵には「将来はバルドゥックを制覇するかも知れん」とも言われていた事を思い出す。

 期待を裏切る事にならなくて良かった……。


「あの時……あの時、褒美に金や品物を要求するようであればすぐに忘れていたでしょう。しかし、伯爵は知り合って間もない自由民を騎士団に入れて欲しいと仰られた。彼らに自らの人生を切り拓かせたいと仰られた。そのために全ての褒美を差し出したい……当時の若い身空でそう仰られた貴方に私は心から感心したものです」

「それは買いかぶりというものです」


 中身まで若い訳じゃないから……。


「息子からも聞いていましたが、子供にそれだけの事を言わせる教育をしたグリード家に嫁いだシャーニは本当に幸せ者です」

「……ありがとうございます」


 兄貴……しっかりと確認した訳じゃないが、娼館通いは……貴族ならまぁ、よくある話か。


「それにしても、リーグル伯爵を襲爵して僅か一年余りでランセル、ドレスラー、エーラースの伯爵号までも手にするとは……」

「いえ、その、そちらは手紙にありますようにまだ先の話で……未発表でもありますし」

「いえいえ、もう決定している訳ですから」

「……」

「加えて、我が領土の貴族や民を受け入れて下さる。本当に頭が下がります」


 やはり当初睨んだ通り、貴族やその従士の子弟のポストについては頭が痛い問題だったのだろう。


「どうぞ頭をお上げ下さい。私の方こそ閣下のお力添えを頂けなければ領土が立ち行かなくなる立場です」

「御冗談を。国内に三伯爵の襲爵が布告されたら、王国各地の貴族は皆、貴方の前に行列を作り、頭を下げてお願いするでしょう」

「……」


 その光景は想像に難くない。

 何しろリーグル伯爵を襲爵しただけで各方面から陳情に来られたのだから。


「ところで、今回の件、一つお願いがございます」


 侯爵は居住まいを正してまた頭を下げた。


「何でしょうか?」

「こんな事を申し上げる事をどうかお赦し下さい。私もいい年です。近々息子に侯爵位を引き継ぎたいと考えておりました。つきましては今回の件、センドーヘルめが伯爵にお願いしたことにして頂けないでしょうか? 年寄りの我儘だと思って、どうかご寛容なお心でお赦し頂ければ……!」


 しまった!

 その件について考えが及んでいなかった!

 確かに侯爵の年齢はもう七〇を超え、息子の騎士団長も五〇を超えている。

 八〇歳を超えて生きる人もいない訳ではないが、七〇歳ともなれば普通は自分の寿命に敏感になる。

 爵位を引き継ぐに当たり、領内に響く手柄を挙げさせてやりたいと考えるのは当然の親心。


 本当に俺もまだまだだな。

 まぁ、自分で自分を擁護させてもらえるならば、俺はまだ子供を持っていない。

 だから子を思う親の気持ちってのは完全にはわからない。

 今後に期待だな、こりゃ。


「勿論です。閣下の宜しいようになさって下さい」


 表情筋の一筋すら動かすことなく、即答出来たことだけは自分に満点をやりたい。


「おお、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 その後は侯爵の息子であるセンドーヘル・ウェブドス男爵を呼ぶ間、世間話に興じた。

 そして、三人で大体のシナリオを作る。

 要するに、センドーヘル男爵が領内の貴族や従士の子弟の身の振り先を俺にお願いし、俺がそれに応じた、というものだ。


 そして、明日からは行政府の役人と俺が連れてきた役人とでどの程度の人数を送り、また受け入れるにあたってどの領地が相応しいのかなど、細かい部分の打ち合わせを開始する。


 因みに俺はその間四人の戦闘奴隷を伴って実家に行く予定だし、クローとマリーはクローの実家のあるバフク村に行くだろう。


 何にしても、ウェブドス侯爵家には当初予想していた以上の恩を売れたのはでかい。


 

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