第百八十一話 素通り
7450年3月21日
「こちらになります」
副騎士団長のバリュート士爵が幾枚かの書類を差し出してくる。
書類には今季の騎士昇進の推薦者の名が記載されている筈だ。
「うむ」
受け取った書類をめくる。
書かれている名は三名。
従士オズマンド・キブナル。
従士リタ・ラヒュート。
従士サムラン・ドリストン。
全員が村を治める士爵などそれなりの有力者の子供だった筈だ。
「……三人か。前回も前々回も推薦が無かった割には豊作だな」
「ええ」
そういうこともあるか。
それはそうと、まずは従士オズマンド・キブナル。
彼の母親は港町ハッシュ村を治める中々に肝の据わった御婦人である。
書類には出身地や生年月日などのパーソナルデータのほか、正騎士への推薦理由が書いてある。
彼については一緒に視察に行ったこともあるし、それなりに知っている。
俺が赴任してきた時にも次の騎士候補だと聞いていた事もあるし、まぁいいだろう。
合格、と。
次は従士リタ・ラヒュート。
彼女の父親はクドムナ村の領主で、外見は冴えないおっさんだが機を見るに敏なところもある。
先のオズマンド・キブナルよりも一つ年上で、戦技もどうにかこうにか水準に達している、というレベルだ。
何にしてもオズマンド・キブナル同様に貴族の継嗣であるため、水準さえ満たしたのであればさっさと正騎士の位をやって箔をつけ、村に戻した方がいい。
合格、と。
そして最後は従士サムラン・ドリストン。
「キブナルとラヒュートは聞いていたし、力も知っているからいいとして、このドリストンはどうなんだ?」
バリュートに尋ねながら頭の中で彼の出身地の領主、ダモン村を治めるワズマール士爵の顔を思い浮かべた。
容姿は十人並みの虎人族だ。
外見的な特徴として、よく手入れされた口髭がまず最初に思い浮かぶ。
書類には母親はダモン村の従士長を務めていたこともある人物だとあり、彼はその次男だ。
現在入団六年目との記載もある。
入団したのが成人後の一五歳、現在二〇歳の彼は従士の中ではそこそこに高い白兵戦技術を誇っている。
我が騎士団には従士のまま芽が出ずに三〇を越している者も居るので、現行基準でもバリュートが推薦してくる時点でかなり優秀な人材だと言える。
「は。ドリストンは中々見どころのある奴です。少し早いとはお思いかも知れませんが、私は充分に騎士の資格あり、と考えます」
先のキブナルやラヒュートは貴族の継嗣なので、騎士としての力が足りなくても結局は領地を継ぐ人材だから箔をつけるためにも正騎士の地位を与えるのはいい。騎士団に残ったとしてもせいぜい二~三年がいいとこだし。
だが、貴族でも継嗣でなかったり、平民出身者はそう簡単にはいかない。
騎士団に残って中核を担う存在に足るような人物であると示さなければ正騎士の地位を与える訳にはいかないのだ。
俺の目から見て人格的には問題ないように思える。
記載事項から典範などの規則についての理解も合格点であることがわかる。
が、勤務態度や詩、礼儀作法はともかくとして算術についてはかなり苦手としていることもわかる。
その算術も現行基準では合格点だが、俺が四月から導入を考えている新基準でははっきりと不合格だ。
加えて言うなら新基準は現行基準と異なり、評価に占める座学の割合がすごく高くなるので、彼は総合点だと今よりもずっと低くなる。
まぁ、新基準で考えるなら現役の正騎士だって半分どころか大部分は従士に戻っちゃうんだけど。
うーん、どうしようか?
新基準を導入してしまえば当面の間、合格者は転生者かそれに近しいズールーなどの俺の戦闘奴隷くらいしか出ないだろう。
旧煉獄の炎?
彼らは現行基準でも不合格なんだぜ。
年食って頭も固くなってるし、一年やそこらでパスする訳ねーじゃん。
それはそうと、ま、これも運だよな。
その分は後で苦労することになるだろうが、一人くらいこういう奴がいてもいいだろ。
合格だ。
「よし、この三人は私が戻り次第叙任の儀を行う」
「分かりました」
「それと、退団希望者はいるか?」
「おりません」
ちょっとホッとした。
昨年は綱紀粛正を兼ねた不正の摘発もあったので、例年よりも少し多く人が減ったから心配していたんだよ。
「ああ、それと、明後日からの随員だが、騎士バラディーク夫妻に任せる事にした」
「は。あの二人なら戦力的な問題はないでしょうが、今回は行政府からの役人も二人随行するのでしょう? 護衛が二人だけでは不十分ではありませんか?」
尤もな意見だ。
「いや、他に私の戦闘奴隷から四人同行させる」
メンバーはルビーとジェス、マール、リンビーだ。
因みに彼らも全員、帰ったら騎士団に放り込むつもりでいる。
なお、今回はグィネを伴わない。
ゾンディールまでの詳細な地図や、ヨーライズ子爵領も途中からなら地図があるからだ。
グィネ地図で空白になっている場所だってバークッドの隊商は何度も通っているから、グィネの地図ほど正確ではないにしろ、それなりの地図も持っているし。
本音を言うと、今の所あまり重要ではない場所の地図を書いてもらうくらいなら、グィネには騎士団で頑張って欲しいという気持ちの方が強いだけなんだけどさ。
それはそうと、クローとマリーにはキールで休みをやろう。
望むならクローの故郷であるバフク村まで行ったっていいさ。
・・・・・・・・・
7450年3月23日
インセンガのおばはんの陰謀で、今回のキール行きの人数は俺を含めて合計一〇名になっていた。
うち六人は、騎士団からの護衛であるクローとマリーに加えて俺個人の戦闘奴隷が四人だが、行政府からの随員が一人増えてしまっていたのだ。
この機会に若手の役人にも見聞を広めさせてやりたいとか言われちゃ俺としても頷くしかない。
因みに新たに加わった若手ってのはサミュートなんだけどね。
「行ってらっしゃい」
行政府の前でミヅチが言う。
それに応えながら俺は愛馬ウラヌスの背に跨った。
「よし、出発だ」
俺の声で馬車を御しているマールが馬に鞭を入れた。
同時にクロー、マリー、ルビー、ジェス、リンビーも乗馬の腹を蹴る。
「お気をつけて」
「行ってらっしゃいませ」
インセンガを始めとする行政府の職員達も頭を垂れて見送ってくれる。
まだ早朝の、朝焼けなのになんだか夕焼けみたいな陽を浴びながら広場を後にした。
パカパカという足音を立ててゆっくりと馬車隊は北のダスリン街道に向かい、数分で市街地を抜けると耕作地に足を踏み入れた。
真緑色の葉が茂り始めたタバコ畑を通り抜ける道はゾンディールの街まで続いている。
タバコ畑ではガロンとマーサのザイドリッツ夫妻が奴隷と共に農作業に精を出しており、俺達に気がつくと腰を曲げ、頭を下げて見送ってくれた。
ダークエルフの傭兵たちによると、あれ以来彼らに接触してきた外部の者はいないという。
居たとしても正直どうでもいいんだが、頻度くらいは知っておきたいから四人組の傭兵は交代で張り付けているままだ。
そのせいもあって、彼らは騎士団での座学の成績があまり良くないんだよな。
耕作地を外れ、林に入って暫く進んでから速度を上げた。
馬車の荷台の上で役人たちが情けない声を上げているが無視だ。
三〇分でゾンディールの耕作地が目に入る。
ゆっくりと速度を落とし、市街地に入る。
市街地を縦断するダスリン街道をそのまま進むとダズール伯爵が治めるバーク地方に向かってしまう。
そのため、バシュケル山を最高峰とするラモーヌ山脈を越えるザンバス街道へと続く道を曲がった。
曲がって少し行くとゾンディールの悪所とも揶揄されるスラム、ダノークス街に差し掛かる。
まだ朝も間もないというのに、道端には汚い身なりの老若男女が座り込んでいる。
どろりと濁った目で俺たちを見上げる目つきは死人のそれだ。
何一つ生み出すことのないスラムの住人は、予想した通り“名無し”が多い。
ゾンディールの統治者はコーヴ准男爵だが、統治責任を委託しているだけで本来は俺の土地。
ここもべグリッツのケンドール街同様、大掃除をする必要がありそうだ。
こいつらだってまともに稼げる職があれば人以下のゴミから人に戻ることも出来るだろう。
コーヴ准男爵が持つ戦力を思い出しながら、本格的な大掃除をするには騎士団からもそれなりの人数を送らなきゃだめだろうなと考えている間に市街地を抜けた。
街の北西に広がる耕作地を進んでいた時、一台の馬車が前方からやってきた。
マリーが馬を走らせて先行し、その馬車を畦道に誘導する。
すれ違う時にちらりと荷台を見ると、所々、泥が落ちた場所が銀灰色に鈍く輝く赤鉄鉱がゴロゴロと幾つか乗っている。
銀灰色は鉄の純度が高い上等な鉄鉱石の証。
あの分なら泥をきれいに落とせば全部銀色をしているんじゃないかとすら思えるほどだ。
昨日掘り出されたものを運んでいるところだったのだろう。
馬車の御者は地に降りて頭を垂れながら見送ってくれたが、頭を下げる前に遠目に見た限りでは面倒臭そうな顔つきをしていた。
そりゃそうだよね。
俺があのおっさんでも忙しい時に面倒臭いのが来て時間を取られたと思うだろうし。
とは言え、俺も人の子。
そんな顔を見てしまえばいい気持ちはしないけど。
ま、仕方ない。
せいぜい偉そうにふんぞり返って通ってやるさ。
この時間はまだ鉱山で働く者(時間から言って奴隷ではなく監督者である持ち主の平民だろう)がまばらに歩いているが、彼らはどんどんと脇道に逸れていく。
それぞれが権利を持つ坑道を目指すのだろう。
そんなこんなでザンバス街道が上り坂となって一〇分も経った頃。
俺たちの周囲にはとっくに誰も居なくなっていた。
そろそろ街道はつづら折りのように蛇行を始める。
が、それには付き合わず、クローが操る軍馬を先頭に馬車隊は本来の道から外れた。
おまけに速度も増す。
先導するクローもそれなりに馬車が通りやすそうな、できるだけなだらかな地面を選んでいたようだが、すぐに木の根が浮かび凸凹も多い地面しかなくなった。
流石に全速力は出していないが、それでも速度は時速一〇㎞を超えているようだから、ショックアブソーバーがあろうが馬車はとんでもなく激しく揺れる。
馬車を牽く馬にしてみれば魔法の蹄鉄のおかげでどんな急坂だろうが凸凹道だろうが、手入れの行き届いた平らな競馬場を走るのと同じ。
俺としても今日はランニングをしていないからいい運動になるのでこういうのも歓迎だ。
程なくして随員のサミュートらの顔が真っ青になった頃、ザンバス街道では最高度らしき場所に着いた。
ここで冷たい水を飲んでトイレ休憩だ。
木々の間から見下ろせるぽこぽこと盛り上がったチョコレート・ヒルズのような景色は、兄貴も絶景だと言っていたから見てみたかったんだよね。
下りは馬車があるから上りとは異なり道沿いにゆっくりと進むので、麓に着く頃には彼らの体調も多少はマシになるだろう。
そして、麓に降りてまた一休み。
それからはそこら中にあるお椀を伏せたような丘の間をくねる街道を走る。
途中でオークの一団に出会ったが鎧に身を固めた者が何騎もいることを見て取ったらしく、あっという間に遁走していった。
二〇分も走ると、サミッシュ地方との境に立つ関所に着いた。
この関所には我が騎士団の騎士を隊長に、一〇名の従士が詰めており、関所自体は周囲よりも一際高い丘が二つ並んだ間にあるので、本当の領境よりは少し手前側にある。
その両脇の丘の頂上には関所破りへの監視のため見張り小屋が建てられており、常に二名が監視して、異常があったら下の関所からしか見えないように赤いプレートで示される事になっている。
因みにこちらから見て右側の丘が我が騎士団の管轄だ。
今は両方の監視小屋に接近者ありの黄色いプレートが示されている。
サボってないな。感心感心。
そう思ったのも束の間。
関所の建物の傍で数人の従士たちが煙管に詰めたタバコを吸って休憩し雑談に興じていた。
接近者ありなんだから休憩時間中だろうが切り上げて持ち場につけや……。
しかし、先触れのクローが俺の名を叫んで近づくと、全員が転がるように簡易な柵の中で整列し、直立不動になって胸の前に剣を立てて敬礼を送ってきた。
ま、いいか。うるさいこと言わなくても。
関所破りは多くないと聞いているが、こんな場所だとどうせザルなんだし。
馬車を使うようなでかい隊商以外は道なき道を進む危険とトレードの上、人が担いで運べる荷物なんか所詮は雀の涙だからねぇ。
隊長の騎士はここで一休みしたらどうかと言ってきたが、時刻はまだ昼前、一一時なので休憩は昼食の際に摂ると言って通り過ぎた。
馬車の上からサミュートら役人どもが恨めしげな視線を送ってくるが気付かないふりで黙殺する。
そして、ヨーライズ子爵麾下の騎士団員が詰めるサミッシュ側の関所も通り過ぎた。
因みにサミッシュ側の関所でも兵士だか従士だかがタバコを吸って休憩している。
よく考えたら娯楽なんぞ何にもないんだから責める気にもならない。
なお、サミッシュの隊長はヨーライズ子爵への面談を求めるのであれば同行すると言ってくれた。
勿論関所を放って領都まで行くなんて出来っこないだろうからリップサービスだろうが、隊長さんは心から同行したがっている様子だ。
こんな雑草と木、丘しかない不景気な場所には余程飽きが来ていると見える。
とは言え、領地を通り抜けるのだから挨拶くらいはしておいた方がいいのも確か。
お隣さんということもあるし、近所まで来て素知らぬフリもできないよな。
俺の領地を治める貴族はともかく、従士となる平民はお願いしてもいいかもしれない。
どこの領地だって次子以降の身の振り方に困っている領主や平民は居るはずだから、恩を売る事にもなるんだし。
だが、隊長さんには申し訳ないが、まずは目的地であるキールに急ぎたいと同行については丁寧に断った。
そのかわり帰りに寄らせて貰うと言って名残惜しそうな隊長さんを背に関所を後にする。
何しろ俺の目的地はキールであってサミッシュの領都ザーラックスではないのだ。
本音を言えばバルドゥック以来の偏見が多分に含まれて申し訳ないが、領土持ちの上級貴族のくせに貧乏くさくて貧相な騎士団しか持っていないヨーライズ子爵に用はないというのもある。
加えて、やけにザーラックスに行きたがる隊長の目つきもなんだか気持ち悪くて気に入らないとは言えないじゃんよ。
その後は人通りの多そうな街道は避け、未踏の地であるチョコレート・ヒルズの丘の間を可能な限りの速度で通り抜けて距離を稼いだ。
おかげで夕暮れの少し前にはヨーライズ子爵領であるサミッシュ地方を抜け、ジンダル半島のウェブドス侯爵領に入ることができた。
ん? サミッシュ地方は領主が抱える騎士団に似て貧相な土地なので、途中に幾つかあるしょっぱい村や街なんかは全部迂回してやったので通ってない。
ヨーライズ子爵領とウェブドス侯爵領との領境にあった関所にいた騎士に、帰り道にヨーライズ子爵にお目通り願いたいと言ったのだが、案内に同行するとは言われなかった。
なお、ウェブドス侯爵領側の関所にいた騎士はクローやマリーとは顔見知りだったようだが、そこで話し込んだりはしていなかった。
まぁ、帰りに時間があれば一時間位休憩してもいいかもね。
ところで、関所を出る前にふと思い出したので詰めていた兵士に「この近くにバールって沼がある筈だが、そこは遠いのか?」と尋ねてみた。
兵士には「ここから数㎞北、ボード山地の南の麓あたりにあるが、一年を通して靄や霧が立ち込めて景色も悪いうえ、魚も取れないし、うまい肉が得られる動物もいない。おまけに沼の周囲は非常に足場が悪く、初めて行ったら底なし沼に引き込まれるから行くのはよしたほうがいい」と忠告された。
かつて俺が掴んだ情報ではこのバール沼の畔でキールに巣食っていた悪党、ベグルの一味は攫った娘をデーバスの人買いに売っていたのだ。
どんなところなのか一度くらい見てみたいなと思ったんだが、どうやら碌でもない場所らしいから見てみるのは諦めた。
そして、侯爵領で最東端に位置するトマルグ村へ着くことが出来た。
とにかく、ここまで来れば高低差も丘の迂回も殆ど無くなるから明日の昼にはキールに着ける。
領主のバーラン士爵に挨拶をして今夜の宿を取る。
このトマルグ村は兄貴達バークッドの隊商も通るが、ジンダル半島とサミッシュ地方との境に近いから簡素だが宿はあるんだよ。
空いてて良かった。
今日一日、昼からゲロを吐きまくって死んだような顔になった三人の役人に「お前らが居なきゃ本当は今日中にキールに着いてた」とかグチグチ言っているクローとマリーをまぁまぁとなだめる。
奴隷じゃない素人さんが乗った馬車があると遅いからねぇ。
ましてや山越えのために速度を落とさざるを得なかったし。
キールで実家や古巣のウェブドス侯爵騎士団にも顔を出したいだろうし、折角だから出奔して以来一度も戻ったことのないというバフク村にも錦を飾りたいだろうし、彼らにしてみれば一日だって惜しいというのは本音なんだろうけどな。
全員で村に二軒しかない飯屋に晩飯を食いに行くことにした。
この辺は特別な名物のような食べ物はないが、それでも久々に故郷の料理を口にするのだ。
美味いか不味いかで言ったら、大抵の人は「不味いとまでは言わないが、決して美味くはない」と評するだろう。
だが、俺やクロー、マリーにとっては塩胡椒の薄めな、ウェブドス風に味付けのされた煮豆が忘れられないのである。
感想欄にてご指摘をいただきましたが、誤字脱字報告フォームというのが実装されてたんですね。
全然気が付きませんでした^^;




