第百四十九話 対抗策
7450年2月15日
俺と黒黄玉はロンベルト王国の天領、バーグウェル公爵領を南北に縦断し、ダート平原へと向かうコリドーク街道上を進んでいる。
しっかし、全員がドラゴン退治に付いて来るとは……少し意外だったな。
俺は愛馬の背に揺られながら、彼女が持つ求心力に感心していた。
昨日昼食を摂ったタミールの街の飯屋でドラゴン出現の報を耳にした後の事を思い出す。
その時、アンダーセンは黒黄玉のメンバーに言ったのだ。
「皆、今まで隠しててごめん。実はドラゴンが出たっていうのは少し前に陛下から聞いていて知ってたの」
彼女とは王都を発った翌日頃かな? ある程度は打ち合わせていたんだ。
あの時は(正直言って今もだけど)、国王のスパイとしての任を帯びていると堂々と打ち明けて来た事や、にも拘わらず俺に都合の良い報告をするとか言ってきた事もあって、俺としても少し混乱していた。
彼女の狙いは一体なんだろう、と思って、色々なケースを想定して頭を捻ったが、そう簡単にこれだという結論には至らず、結局今日まで彼女の狙いは判らずじまいだ。
どういう聞き方をしてもアンダーセンは、ドレスラー伯爵となる俺に対する忠誠心からだ、とか、バルドゥックの迷宮で助けて貰った恩は忘れないとかしか言わねぇし。
それに、いきなり聞かされて少々びっくりした俺が、なまじ関心を見せてしまったからか、俺の聞きたい件についてはのらりくらりと言を左右にして、イラつく俺の逆鱗に触れるか触れないかのところで俺を試している……ような気もする。
気もするだけで確信からは程遠いんだけどね。
そのくせ時折見せる何やら意味ありげな目つきが癇に障る。
俺の顔を見るのはいい。鑑賞に堪えられるのならだけど。
だが、俺の手や指? 飯を食っているところなんかを妙な目つきで見られるのはなんだか背中がムズムズする。
はっきり言って気に食わない。
気に食わないが、だからと言って国王のスパイだと言う者を放っておく訳にも行かず……。
あまつさえ彼女は女爵という立場であり、将来的には俺の配下でもかなり高い地位となる事が決定しているから無視も出来ない。
俺としてはミヅチ達がデバッケンに集合したまま大きな動きをしていない以上、ゆっくり行ったところであまり害はないから少しでも情報を引き出すために歩調を合わせていたようなものだ。
尤も、一昨日の夜に【部隊編成】で移動だけしておく、という連絡が来た為に何かしらの動きがあったのは確かだと思うので、すこしばかり焦りに似た感情を抱いてはいた。
まぁ、それでもあまり心配はしてないんだけどね。
何しろドラゴンと言っても体長は五m程度らしいし、王都で得た情報だと少なくとも八レベルの人は咆哮の影響を受けていなかったからレベルは大したことがないのは解ってるし。
ミヅチやゼノム達なら大丈夫だろう。
あ、バストラルはレベルは十分に満たしていたが、どうしても必要な戦力という訳でもない上、国王に転生者であるとバレている可能性もあるから連れては来なかった。
ちょっと考え難いけど、妊娠中でキャシーが移動出来ない以上、残された彼女が人質に取られたら悔やんでも悔やみきれないだろうし。
どんな未来が待っているにせよキャシーの傍に居た方がいい。
最悪の場合、バストラルさえ彼女の傍に居たのなら身隠しの指輪で逃げることも可能なんだし。
それに、奴には転生者は俺だけじゃないと思われているというフシが有ることは既に伝えているから、例えあいつの希望でもそんな折にキャシーの傍を離れるという断を下したくはなかったんだよ。
最悪の場合だけど、あの時俺が安易に許可してなけりゃ、とか言われたくねぇしな。
ま、そんな事を言う奴じゃないが、妊娠中の女房をほっぽってまで行くような用事じゃねぇだろ、ドラゴン退治なんて。
ちょっと脱線したね。
とにかく、驚いた顔つきの皆を見回してアンダーセンはすぐに言葉を継いだんだ。
「ドラゴンが襲った村は私が賜ったダスモーグの街から五〇㎞くらいしか離れていないわ。空を飛ぶという魔物だし、領主としてはすごく心配。当たり前よね」
そりゃそうだと頷く者や、隣りにいる者と小声で言葉を交わす者もいた。
「私はドレスラー伯爵の臣下としてダスモーグの太守を拝命したわ。だから、今後を見据えると退治した方が高評価を得られるので駆け付けたい。でも、ドラゴンなんて強力な魔物、そう簡単に退治しに行こう、一緒に行って欲しいなんて言えなかった……」
話していた者も押し黙った。
「まぁ、そんなこんなで諦めていたと言ってもいいかもね。でも、領地への出立の挨拶を終えて、準備を済ました所でとんでもない幸運に出会ったの」
おい、とか、まさか、とか言う小さな声が皆から漏れた。
そのタイミングで俺は打合せ通りに「実は陛下からドラゴン退治を仰せつかっている」と告白し、「ドラゴンは軍隊みたいな大人数より、少数でも鍛えられた一流の冒険者であたる方が与しやすい。本当は私一人でも充分だと思っていたのだが、アンダーセンさんに同行を希望されて今までずっと交渉を受けていた」と言って口裏を合わせた。
そして余裕の表情を浮かべながらゆっくりと豆茶を啜り、全く恐れを見せなかった。
だって、俺を含めて殺戮者の誰にも咆哮は効かないだろうし、ミヅチによれば電撃のブレスへの対抗策も有るらしいから、幾ら空を飛ぶと言ってもそんなに怖くはなかったしね。
「交渉は纏まったわ」
そんな風に余裕をかましている俺を見ながら、アンダーセンは言った。
「自分一人でいいなんて言うのは強がりよ。そりゃあ確かに烏合の衆が幾らいたところで役には立たないってのは頷ける。でも、私は……そんなんじゃないわ!」
黙ったままの皆は続きを待った。
細かいセリフなんかまで打合せていなかったので、俺としてもこういう事を言うとまでは思っていなかった。
「今から私は伯爵閣下と先行する。バール、あんたはサブリーダーとして皆を纏めて……」
アンダーセンがそこまで言った時、バールが叫んだ。
「姐さん! 俺も行きます!」
このバールという獅人族は熱血漢として通っている。
まさにそのままの言いようだな。
ロールも続く。
「姐さんともあろうお人が私を烏合の衆だと言うの!? 長年ブラック・トパーズを支えてきた私を?」
次いで立ち上がったヴィックスは皆を見回して叫んだ。
「俺達は烏合の衆か!? そうじゃないだろ!!」
そりゃあ、あの言い方だと「自分は違うけどお前らは烏合の衆、戦力外だ」と言っているようなもんだし、ロールみたいな古株は侮辱されたと思うだろうよ。
「俺達は何だ!? 誰だ!?」
ヴィックスは吠えるように大声で叫んだ。
俺は苦笑いを浮かべるくらいしか出来ることはなかった。
ヴィックスの問いかけに皆は「ブラック・トパーズ! 伝説の黄玉の名を冠する者!」と口々に唱和していた。
うるせー。
飯屋にしてみれば、真っ昼間からいい迷惑だよな。
こうして、ドラゴンが出現した村からそう遠くない街の領主となったアンダーセンの立場や、狙いを聞かされた黒黄玉のメンバーは、ほぼ全員が即座に同行を希望した。
同じテーブルで薄ら笑いを浮かべて様子を窺っている俺に対する対抗心もあったのかも知れないけど。
なお、当然と言うべきか、冷静なのか、転生者のノブフォムは最後まで判断を保留していた。
彼女にしてみれば、固有技能を使えばどんな状況でもあっという間に身を隠せるだろう。
例え彼女の固有技能を知っていたとしても用心してなきゃ接近戦で無類の強さを発揮されるかも知れない。
そんな彼女だけど、アンダーセンから冷徹そうな声音で「じゃあ、ネルは皆の荷物を見ながらゆっくりと後を追って来て」と言われるに及び、同行を決意した。
尤も、彼女の様子を見ればわかる。
きっと、馬車を御する技術も無ければ、ダスモーグまでの道すら碌に知らなかったのだろう。
先の苦労を思いやったんじゃないかな?
それとも、以前にドラゴンを退治した経験者である俺が余裕をかましたままで居るという事も躊躇する背中を押す材料になったのかも知れない。
あ、こいつが余裕かましてるなら大丈夫そうだ、とかね。
違うかも知れないけど、俺にしてみればどうでもいい。
ま、デーバスの転生者だ。同道している間、用心を怠るような真似だけはしていないけど。
美紀に言われた事は忘れていないさ。
ベル? あいつもデーバス出身だったね。
だけど、ベルが俺の敵に回るというなら、蟻の這い出る隙もないほど綿密な計画を立てているだろう。
その時は「裏切ったな!」とか言いつつ精一杯の抵抗はするだろうけど、どうしようもないんじゃね?
そもそもベルなら裏切りを気づかせないうちに俺を始末してるだろうな。
御託はともかく、その後、俺とアンダーセンが先導する馬車隊は速度を上げて進み、昨日のうちにタミールから二五㎞も離れたビョルンの街に到着した。
到着して早々に二台の馬車を引いていた四頭の荷馬を売り払うと、新たな荷馬を四頭買い、夜明けと同時にビョルンを発った。
そして、昼前には更に二〇㎞以上も南のダーカイルという街に到着し、そこでも馬を買い替えると簡単な食事だけで街を後にしたのだ。
しかし、アンダーセンの姐ちゃんも大概だよな……。馬を売り買いする毎に一頭あたり一〇〇万くらいやられてるんじゃねぇの?
そよ風の蹄鉄を履かせているから、ウラヌスは全く疲れを見せていない。
それについてアンダーセンから感心や少しの嫉妬と共に尋ねられた際には「良いでしょう? こいつは優秀な軍馬ですから。こいつと出会えたのは本当に幸運でした」と煙に巻いている。
何にしても転生者でそれなりに腕に覚えもあるらしいノブフォムはともかく、俺から見て新人のネッシだのゲイリーやロットの弟だの何だのまで来るとは本当に意外だった。
まともな迷宮冒険者なら、戦闘は可能な限り避けるものだし。
いや、俺がいるからかな?
それなりに金になりそうな鱗とか、おこぼれに与ろうという算段なのかも知れないけどさ。
ま、だが、お陰さんで相当に速くなった。
ミヅチ達の様子から見て、何かしらの動きはあったみたいだけどドラゴンもまだ大人しくしているようで緊急事態の発生という訳でもないようだし、楽勝で間に合いそうだな。
・・・・・・・・・
7450年2月16日
ダービン村の領主の館。
漸く到着したミヅチ達は居留地の中心に近いこの館を本拠と定めた。
村の郊外に駐屯し続けていた斥候部隊の長は昨年の夏頃まで王都に配属されていたために、ドラゴンを退治したアルが殺戮者と呼ばれる冒険者を率いていたことは知っていた。
そのアルの第一夫人というステータスを持つミヅチに「ドラゴンについては我々にお任せください」と自信たっぷりに言われて隊長を始めとする斥候部隊の面々は揉み手をせんばかりの歓迎をした。
なにしろ、隊長も含めて生き残っている斥候部隊の半数が先日の襲撃でドラゴンの恐ろしさを目の当たりにしたばかり、人員にも大きな被害を受けていたために囮を買って出てくれるのは渡りに船である。
それだけではない。その囮がドラゴン退治の勇者が率いていた殺戮者だというのである。
殺戮者は戦闘奴隷だというライオスの大男とベテラン冒険者らしい風格を漂わせたエルフの男を除いた全員が第一騎士団の騎士達が身につけるような黒染めの金属鎧に身を包んでいた。
中にはまだ真新しい物を着込んでいる者も何人かいる。
そんな高級装備に身を固めた凄腕連中が勝手にやってきて、ドラゴンへの囮を申し出てくれたのだから隊長にとっては有り難い限りであった。
そして、ミヅチが指揮する殺戮者の面々は、領主の館の前、村の居留地の中心に広がる広場を中心にある細工を始めていた。
「あれ、何やってんですかね?」
遠目にその様子を見た斥候部隊の隊員が隊長に尋ねた。
「さぁ……? 杭かな? それにしても細い上に大して数も多くはないようだし、何の意味があるんだろうな?」
隊長も首を捻るだけで答えられなかった。
殺戮者の皆は広場のあちこちに細長い棒のようなものを立てている。
棒は地面だけでなく建物の屋上などにも取り付けられているようだ。
村に到着早々、訳のわからないことを始めた殺戮者の行動は誰の目にも不可解なものに映っていた。
不思議に思った隊長が尋ねてみたところ、ミヅチはどう言ったものかとでも言うかのように言いよどんだ。
――なんて言えばいいのかしら……? 伝導体なんて言葉を言っても伝わらないだろうしなぁ……。
苦肉の策でそのまま言うことにしたようだ。
「えー、これはドラゴンのブレスから身を護るための準備です。ヒライシンと言うんですが……すみません、うまい言い方が分からなくて……ラグダリオス語はまだ完全ではございません故……」
隊長は「言葉のアクセントも少し変だな。まぁ伯爵夫人はダークエルフだし、お国訛りが抜けない上に、まだ知らない言葉もおありのようだ」と思って納得した。
ドラゴンのブレス攻撃への対策であるということが判れば、彼としては充分だったのだ。
なお、避雷針については雷撃のブレスを吐くというブルードラゴンの情報を聞いたミヅチが即座にトールやダイアンに命じて作らせたものだ。
太さ三~四㎝程の先の尖った銅製の棒を地中に一五〇㎝程打ち込むように埋め、地上には三〇㎝程しか頭を出さない。
だが、その頭には適度な硬度のゴムパイプを嵌め、その上には同じような銅製の棒が挿してある。
ゴムパイプによって接続された上下の棒は、パイプの外側でたるませた複数の銅線で繋がれている。
ゴムパイプの硬度はこの状態で強い風が吹いたらしなるくらいで、あまり硬くはない。
つまり、ぶつかっても大きな怪我をする程ではなく、振り回した武器が当たってもそう簡単に切れたり倒れたりはしない。
ドラゴンが降りてきて翼を振っても、余程低く振られない限りはまず大丈夫だろう。
棒の太さは適当に決定したが、ミヅチが最大限に威力を上げたライトニングボルトの魔術でも二〇m程の距離があれば棒から二m程離れた人には当たらず、避雷針に吸い込まれていた。
また、ライトニングボルトと目標の間に避雷針があれば、電撃は確実に避雷針にとらわれ、地中に逃されていたので、それなりの効果はあるだろうと思われた。
ミヅチはこの避雷針を広場のあちこちに打ち込んでブレスに対する盾にするつもりだったのだ。
電気の特性に詳しくないゼノムやロッコ、ズールーも転生者達が口を揃えて電撃には有効な筈だと言うので作業には精力的に協力していた。
・・・・・・・・・
7450年2月18日
「そうですか。まだドラゴンはタンクール村に……」
タンクール村へ偵察に出ていた斥候が戻って来たために、斥候部隊の駐屯地に出向いていたミヅチは、ドラゴンについての動向を聞かせて貰っていた。
斥候によるとドラゴンは時折大きくて恐ろしげな咆哮を放つだけで、一日のうち殆どを寝て過ごしているという。
たまに起きた時には村の北の耕作地を中心に倒れている者を食っているか、死体や建物から取ったと思われる建材などを積み上げて作った巣に引き込んで何かしているそうだ。
そんな時には人が放つ断末魔らしき絶叫が聞こえて来るので、巣の中で一体何が行われているのか……。
口にするのもおぞましい程の残虐な行為であろうという事が想像されるだけだ。
――定期的かどうかまでは分からないけれど、咆哮を上げているということは村の北に倒れているという沢山の人は生き餌……? でも、巣を作っているとなると……。
領主の館までの帰り道。
ミヅチは考え込んでいた。
「ミヅチ、どうする?」
隣に立つゼノムがミヅチに声を掛ける。
ゼノムも真新しいゴムプロテクターに身を包んでいる。
アルは貴族位を与えた者にゴムプロテクターを用意していたのだ。
因みにラルはそれを決定する前に購入したのでなしだ。
尤も、彼女は何度かフィッティングを行った上で自分好みのデザインで発注しているので悪いことばかりではない。
なお、戦闘奴隷や貴族位を与えていない者にもちゃんと用意はしているが、貴族や騎士団の正騎士が優先されているだけの話で、ズールーやロッコに渡されていないのは単なる順番の違いである。
「せっかく用意もしたし、ここで迎え撃ちたいところなんですが……」
ミヅチはまだ考えが纏まっていない様子だ。
「ですね。アルさんも結構速度を上げ始めた様子ですし、あと二〇〇㎞ちょっとくらいですかね? あの速度なら数日で到着するでしょうし……」
トリスもぴかぴかと磨かれたような、新品のゴムプロテクターに身を包んでいる。
これらのゴムプロテクターは遅れてきたミヅチが避雷針の材料と共に馬車に満載してきたものだ。
「でも、巣を作っているとなると……根拠はないんだけどそう簡単には動かないかも……」
眉間にシワを寄せたまま答えるミヅチ。
「動いたとしても、こっちに来なきゃ意味がない……か」
トリスも難しい顔をした。
「誘い出すにしても、その方法が問題だな」
ゼノムが溜め息を吐きながら言う。
「だが、まぁ、来なきゃ来ないで準備は出来るし、訓練も出来る。それは無駄じゃない。昼も夜も盛大に焚き火でもしておきゃあ気がついて、興味を持ってやって来るかも知れん。ミヅチの案は悪くはないんだからな。今のうちに出来ることは抜かりなくやっておこう。まだ杭は全部打ち込んじゃいないだろ?」
そう言うと、ゼノムは腰から魔斧を抜いてクルリと回した。
冷たく輝く魔斧の刃は、澄んだ冬の陽光を反射して美しく煌めいた。
来月の初旬ですが、海外出張が決まってしまいました。
ひょっとしたら一回くらい休むかも知れません。
でも、週一のペースだけはなんとしても維持したいなぁと思う今日このごろです。




