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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百三十八話 魔の薬

今回の話は

幕間 第二十八話 前後編

幕間 第二十九話 前後編

第二部 第百六十四話

第二部 第百六十五話

第三部 第三十八話

で語られた事に関連しています。

 薄汚れた手が差し出したのは動物の骨に見慣れない紋様が刻まれた、ペンダントのようなものである。

 それを汚れのないきれいな手が受け取った。


 オースに生きる豚人族オークは氏族ごとにシンボルを持つ。

 シンボルは氏族が分かれる度に追加の飾りや新たなシンボルが加えられ、どの系統の氏族であるかをも表すため、同じデザインのものは二つとない。

 それ故に、歴史のある氏族ほどシンボルはシンプルであると言われている。


 きれいな手の持ち主は犬人族ドッグワーの男だ。

 腰にはそこそこ高級な剣を提げている。

 ドッグワーは受け取ったペンダントをじっくりと検分し、満足そうな笑みを浮かべた。


 その骨に刻まれているシンボルは副月ネイタリと大きな牙という、単純な意匠のものが僅かに二つだけであり、古くから続く有力な氏族ものである事が分かったからだ。


「……ギィグ。良くやった」


 男は目の前で跪きながら報告をするオークを褒めた。

 褒めながらもその目つきにはどこか冷たい印象がある。

 が、確かに嬉しそうではあり、褒める気持ちに嘘はないようだ。


「ア、アリガトゴジャイマズ(ダンダウドーイリャー)


 オークは畏まっている。


――ふん。やっとガメずに届けることが出来るようになったか……。こいつらを薬漬けにするのに二年……広めるのに二年。意のままに出来るまで長かったが、ようやく……。


 ギィグと呼ばれたオークが命じられていたのはバックスという薬品の真の使用法を近隣の別のオーク氏族に広める事だ。

 因みに、バックスという薬品はカレッソという草の花の一部を潰し、出てきた液体を乾燥させて作る痛み止めだ。

 普通は乾燥粉末を水で捏ね、患部に塗って使う(他にも蒸留を繰り返してアルコール度数を高くした酒に溶かし、チンキ剤として経口摂取するという方法もあるが、西オーラッドでは一般的ではない)鎮痛剤の一種なのだが、粉末を喫煙用のパイプに詰めて着火し、タバコを吸うかのように吸引することで精神に多幸感を齎す作用がある。


 この薬品は男が暮らす村で秘密裏に製造されている。


 販売先としてオークを選んだのであろうか?


「それで、ゾゥバ族はなんと言ってきた?」


 男はオークにもわかり易いようにゆっくりと喋った。


「ゾゥバノゾクチョウハモットクレト……」


 期待外れの答えに男は僅かに眉根を寄せる。

 だが、オークとはこういう種族である。


「もっととはどのくらいの量だ? それといつ迄に欲しいと?」

「ア……コノクライ。アト、アシタノアシタノアシタ……」


 本題に到達するまでにかなり遠回り且つ頭の足りない会話をしなければならない。

 しかし、男はオークとは何年も付き合っているので会話には慣れている。


「そうか。ブツは明日の夕方に持って来てやる」

「アリガトゴジャイマズ」


 ギィグは醜い顔を嬉しそうに歪めて笑った。


「渡さないで途中で吸うなよ?」

「エ!? ヤリマゼン! ゼッダイワダシマズ」


 男の言葉に、ギィグは少し慌てた様子で答えた。

 ギィグ達は過去に何度もバックスを広めるように命じられていたにもかかわらず、その途中で自ら使ってしまう事が多々あったのだ。

 そんな彼らに男は飴と鞭で根気よく指導し、ようやっとそれが実ってきたところなのである。


「……本当だな?」

「アイ。ワガッデマズ!」


 途中でバックスを使ってしまった事がバレる度に男はギィグ達を手酷く打擲したり、暫くの間バックスの供給を断つなどの罰を与えてきたため、ここ最近になってギィグ達は何がなんでも男の命令を守ろうとするようになっていた。


「よし、報酬だ。上物だぞ」


 男は懐から小さな布袋を出すとギィグに渡した。

 中身はノックスという名の、これも痛み止めである。

 バックスよりも少し精製度が高いために薬効が高く、従って本来の使い方をした場合、より強く、且つ長く多幸感に浸れる効果がある。


 男は意図的に効力が異なる数種類の薬品を作り、効力が低いものをばら撒いて中毒患者を増やし、それより効力が高いものを売人ばいにんとでも言うべきギィグ達に与えていたのだ。


「オ、オオ!! アリガトゴジャマズ(ダンダウドーリャー)!」


 ギィグは渡された布袋を大事そうに受け取った。


――未だにそれか。礼くらいちゃんと言え、豚野郎が。


 男はそう思いながらも顔には出さず「アリガトゴジャマズ(ダンダウドーリャー)じゃなくて、ありがとうございます(ダンダクトーイラー)、な。慌てないで落ち着いてゆっくりと喋るといい」と丁寧に言葉の教育を行った。


「ハイ、ワガリマジダ。アリガトウ(ダンダク)ゴジャイマズ(ドーイリャー)


――ま、いっか。


「で、ギィグ。ゾゥバの族長の名は何といったっけ?」

「ダァジデズ。ダァジ・ドゥム・イル・ダン・ゾゥバ」


――ええっと……偉大なゾゥバの一員であるドゥムの子のダァジって意味だっけ?


「それで、そのダァジはもっとバックスをくれと言う以外になんと言った?」

「ア、ゾノ……」

「急がないから、落ち着いてゆっくり考えていいんだぞ」

「ハイ……」


 ギィグは考え込み、一緒に跪いているジェズと何やら話し合っている。

 その様子を見て男は内心でイライラしたが、表情には出さずに柔和な表情を保っている。


「ア……ゾノ……」

「どうした? 思い出したか?」

「バックスガ、センシノクスリガアレバ、キットカテルト」


――バックスもノックスもダウナー系なんだが……。別に気持ちが高揚するなんてことも無いはずだし……戦士の薬ってなんでだろうな? あ、痛み止めか。


「勝てる? 何に?」

「ジュムゾクデズ」

「ジュム族? ゾゥバと争っているのか?」

「ソウデズ。ジュムニカッタラ、クスリヲクレタニギワナニシタガウト」

「ふむ、そうか。ところで、ダァジはバックスを気に入ってくれたか? 戦士の薬じゃなくて、自分で吸う方でだが」

「ズゴクギニイッタヨウデズ。サイゴニアッダトキモスッテイマジダ」


 男は内心で快哉を叫んだ。

 ここらのオーク氏族では有力なゾゥバ族を傘下に加えられる公算が限りなく高まったのだから当然である。


「よし。じゃあギィグ。明日の夕方、またここに来るんだ。いいな?」

「ハイ、ワガリマジダ」


 ギィグは布袋を守るように背を丸めながら藪の中に分け入って行った。

 男はそれを見送ると照れたような苦笑いを浮かべながら振り返る。

 男の傍には男の警護でもするかのように槍を持った者が数人控えていたのだ。


「大主教猊下、このようなお仕事など我らに……」


 不満そうに言う獅人族ライオスの男。

 大主教と呼ばれたドッグワーの男は一度だけ肩を竦める。


「そうは言うがな。お前達は必要以上にギィグらオーク達を恐れたり馬鹿にしたりするだろう? それが改まったと確認できない限り、この仕事を任せる訳にはいかないよ」

「は……し、しかし、ヘイムダル猊下。相手はオークですよ? 猊下ともあろうお方が……」

「わかってないなぁ、お前は。大地母神ニギワナの教えでは生きとし生けるものは皆家族だ。家族を、兄弟、ん~、この場合弟か。弟を教え導くのにそんな気持ちはいらないんだ」


 猊下と呼ばれたウォルター・ヘイムダルは噛んで含めるように話している。


「ですが、ノックスみたいな高価な……私も使ったことがないのに……あの量ならザーラックスに持っていけば金貨はかたいのに……」

「リライ。勘違いをしてはいけない。教団は金儲けをするために薬を作っているんじゃない。皆に幸せになって欲しいという気持ちで作っているんだ。それを忘れてはいけないよ」

「は、ははっ! このリライ・スフェーズン、心洗われました!」


 リライは畏まって頭を下げた。


――本当、馬鹿こいつはちょれぇな。リライは腕っ節だけはあるからこいつさえしっかり抑えときゃ後は右へ倣えだし。


「では戻ろうか。イリーナ、少し時間が押しているから急いでくれ」

「はい、大主教猊下」


 イリーナと呼ばれた精人族エルフの女は馬車へと向かった。

 そして、二頭建ての馬車に揺られること二時間弱。

 彼らは拠点としているバルザス村へと戻った。


 すると、帰投地である屋敷の前に人だかりがある。

 六頭建ての立派な馬車のほか、軍馬や兵隊らしき姿も見える。

 この地方の村としては規模の小さなバルザスではまずお目にかかる事の出来ない、豪華な馬車だ。

 村の屋敷では急な来客を迎えているようだ。


「あれは……ご領主様の馬車ですね」


 御者台で手綱を握るイリーナが言った。


「……そのようだな。急ぎますか?」


 イリーナの声に反応したリライはドッグワーの男に尋ねた。


「お待たせするのも申し訳ない。そうしてくれ」


 ウォーリーはリライに答えると夜のように昏い笑みを浮かべた。




・・・・・・・・・




 来客は現ヨーライズ子爵であるヴァッヘンの長子、ヨーライズ男爵ウィーバンであった。

 迂遠な挨拶や時候の話でかなりの時間が費やされてしまったが、要するに「ここでバックスを吸わせてくれ」という要件でしかなかった。


 これについて、ウォーリーは「少し遅かったが計画通りに運んだようだ」と安堵した。


 バックスという薬は、ウォーリーがパートナーの女を教祖とする大地母神ニギワナ教団を立ち上げるにあたって開発したものだったのである。

 尤も、バックスについてメインで開発したのは彼のパートナーで、教祖(教団内では大悟者と呼ばれている)のペギーの方なのだが。


 ペギーはその昔、そこそこ大手の製薬会社で医薬情報担当(MR)として働いていた。

 それも、よくある医薬品の営業と揶揄されるような単なるMRではなく、薬学部を卒業した国家資格を持つ薬剤師MRとして、非常に優秀な成績を修めていた。


 その時に培った知識と経験を活かした形だが、いろいろな偶然が重なったこともあって、その方向がろくでもなかったというだけの話である。


 とにかく、バルザス村を拠点と定める際に、バックスを使ってバルザス村の領主を任されていた士爵一家を籠絡し、村の実権を握ることからスタートした。

 今では士爵一家は完全に教団の傀儡であり、何をするにしてもいちいちお伺いを立ててくるようにまでなっている。


 その士爵の紹介でこの地の領主であるヨーライズ子爵に取り入るのに少し時間を要したが、一度会ってしまえばこっちのものであった。

 会う度に高価な贈り物を渡し、季節の変わり目にも付け届けを怠らなければ向こうの方から声を掛けてくれるようになるものである。

 頃合いを見て、バルザス村の士爵一家を使って領都ザーラックスにバックスを広めた。


 バルザス村の領主である士爵が広めたため、バックスを吸うようになったのはヨーライズ子爵領でも上流に属する人々が中心となる。

 多少時間は掛かったものの、領主である子爵やその息子がバックスの虜になるのは時間の問題でしかなかったと言えるだろう。

 何しろ、こういった向精神的な効果を齎す薬物は、取り扱いを間違えると非常に危険であるという知識など全く無いのだから。


 一度吸引させてしまえば、それが齎す多幸感の虜にしてしまうまでにそう長い時間を必要としなかった。


 その証拠に、領内ナンバーツーと言えるウィーバン・ヨーライズ自らがバックスのおねだりに来たのである。

 家臣を代理に立てず、また、領地の首都であるザーラックスに呼びつけないのは、別の理由があった。

 教団の本部で吸うと、全く違う薬であるかのように多幸感が増大するのだ。


 これは、教団本部ではバックスではなく、精製度を高めたノックスを与えているからに他ならない。

 この、教団本部で吸引すると更に大きな多幸感に浸ることが出来るという情報についてもウォーリーの指示で傀儡の士爵が「秘密の情報」と称して吹き込んでいた。


 今回はヨーライズ子爵に連なる一族が初めてバルザス村に足を運んできただけのことだ。


 ノックスを吸っていつも以上に大きな多幸感に浸っているウィーバンを豪華な馬車に詰め、土産のバックスを渡して丁重に送り返す。


 一行を見送るとウォーリーは屋敷の中に向かいながらペギーに話しかけた。


『これで男爵はハマるかな?』

『今までバックスばっかりだっただろうし、ハマるでしょ。違いはもう解ってるだろうし』


 ペギーによるとバックスは粗悪品とでも言う出来で、ノックスと比べると薬効成分の純度は数分の一だとの事だ。


 因みに、ノックスよりも更に純度の高い、改ノックスとでも言うべき薬品も開発中だ。


『ここでしか味わえないとなりゃここに来るしか無い訳で、信仰心が足りないと言ってバックスを与え、たまにノックスを味わわせる。よくこんなこと考えついたな』

『そう? やくざとか実際にやってたと……』

『へぇ、それも大学で勉強したのか?』

『Vシネで見た』

『……まぁいいや。で、子爵家を完全に手下に出来るのにどのくらいかかるかな?』

『長くても一年くらいじゃない?』


 二人は玄関を素通りして屋敷の外周を歩いている。


『一年……そんなものか。ずいぶん短いな』

『これでも長い方だと思うけどね。一回の摂取量なんかすごく少ないし、そう簡単に依存症にはならないわよ』

『そうみたいだな。でも、さっきの男爵、涎まで垂らして気持ち良さそうな顔だったな』

『そりゃあ、ノックスは濃いから』


 屋敷の東側に面した部屋は応接を兼ねた簡易的なアヘン窟として使用している。

 その部屋の外に面した引き戸をすべて開放し始める。


『いつも思うけど、この部屋の空気、吸っても大丈夫なのか?』

『濃縮された煙をパイプから直接吸ってる訳じゃないから大丈夫よ。今までラリったことないでしょ?』

『無いけどさ。でもアヘンだと思うとちょっとな』

『こんな薄くなっちゃえば煙草の副流煙より害は少ないわよ。麻薬成分は最初に入った肺で殆ど吸収されちゃうから、ほぼ無害だと言ってもいいわ』


 確かにペギーはバックスやノックスを吸引している者のいる部屋に何度となく出入りしていた。

 勿論、中毒症状など全く起こしていない。


 二人は玄関まで戻ると、履いていたゴムサンダルを脱いで屋敷に上がる。

 居間兼食堂でくつろぎ始めた。


『それはそうと、西ダートの方はどうなの? 何年も大した成果は無いみたいだし……オークみたいなのを使ってるのもどうかと思うわ』

『オークを使うのは我慢してくれ。教義の証明にもしているから。でもな、今日は大きな進歩が見られた』

『大きな進歩?』

『やっとギィグ達もガメなくなったんだよ』

『へぇ! それは確かに大きな進歩ね』


 ペギーは水差しをコップに傾けた。

 少し茶色がかった液体が流れ落ちることから、中身はお茶のようだ。


『だろう? で、これを見ろよ』


 ウォーリーはゾゥバ族の骨ペンダントを取り出して見せる。


『なにこれ?』


 指で摘んで鼻先で眺めた後、ペギーはそれをテーブルに戻した。


『ゾゥバ族のペンダントだ。オークの間では自分の氏族のシンボルを刻んだペンダントを贈った相手は同じ氏族と見なすという習慣がある。バックスの力もあるだろうが、ギィグは見事にゾゥバ族の族長の心を掴んだ証拠だ。そして、それを俺に渡したという事はゾゥバ族に取り込まれた訳でもない』

『なるほどね。で、そのゾゥバ族っていうのは何匹くらいの集団で、どのあたりが縄張りなの?』


 ペギーの問いにウォーリーは即答せず、自分も水差しからお茶を注いでいた。


『まず数だが三〇はいるらしい』

『え? 多くない?』


 普通のオーク氏族は核家族が多い。

 族長は大抵の場合、男性のオークで数匹の女性のオークを従えている。

 小さな子供は巣に篭もらせているが、ある程度大きくなった子は狩りや他の氏族、他のヒト種との争いに投入される。

 その過程で死んでしまったりすればそれまで、死なずに何度も活躍した子は一人前の戦士として認められて現在の族長の後継者になったり、別の族長として独立するのだ。


 従って、多くても大人のオークが一〇匹もいることは本当に稀だ。


『ゾゥバはかなり歴史のある氏族だからな。族長候補の数も多いらしいからその数なんだろ』

『ふうん』

『あと、縄張りだけどな』


 ウォーリーはニヤリと笑った。


『ゾンディールの北あたりだそうだ』

『へぇ。領境を超えてバックスを広められるのね』

『ああ。西ダートの領主はどうも俺たちの同族らしいけど、その頃にはノックスよりももっと強力なヤツが出来るんだろ?』

『そうね。手間は掛かるけど、強いからね。今までよりもずっと少ない回数でいけると思うわ』


 ウォーリーはコップに注いだままのお茶を飲むとペギーの意見に頷いた。


『そうなると注射器も欲しいな』


 注射器による血管への注射ならば吸引よりも余程高い効果が望める。


『そうねぇ。でもガラスは高いし、針なんか作れっこないし……』

『あんだけ細くて鋭い針、どうやって作ってんだろうな?』

『そうよねぇ……』


 プレス機について考えが及んでいないが、プレス機の用法で「抜き」(穴を開ける)や「曲げ」しか想像がつかないだけだろう。

 因みに注射針のような細いパイプは「絞り」とか「深絞り」に近い加工法で細長いリボンのような金属板をパイプ状に加工して作るのだが、トールの作ったプレス機でもまだ流石に無理だ。


『ま、注射器は置いておいて、サミッシュ地方と西ダートの領主を骨抜きに出来れば……』

『うん。二つの領地をまたげるならかなり安心だよね』


 その後も二人はテーブルの上で話し合いを続け、それは夕飯を摂っても終わらずに夜遅くまで続いた。


 

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