表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

528/931

第百三十五話 青い悪魔 2

7450年1月14日


 捕虜達は広場の隅に数人毎に数珠つなぎにされて纏められている。

 この時期でもダート平原内の気温は一〇℃を下回ることはそうそうないが、一年を通して考えると低温の時期であることは確かだ。

 捕虜達は体温を逃さないよう、少しでも暖を取るべく百m四方にも満たない僅かな面積に集まり、身を寄せ合っている。

 捕虜は軍民合わせれば二〇〇〇人以上にもなるので、これだけの人数がくっついていればそれなりに暖かいのだ。


 そんな彼らを監視していた兵士達に別の兵士が慌てて駆け寄り、耳打ちする。

 すると、持ち場を交代する訳でもなく見張りはその数を減らしていった。


「何事だ?」

「援軍が来たんじゃないか?」


 捕虜達の間を囁き声が飛び交った。

 そうしている間にも見張りはどんどんといなくなり、ついには傍に立つ者は誰もいなくなる始末である。

 だが、近距離での監視がなくなっただけで、広場を囲む建物の屋根やその内部などに多数の兵が配置されたことは手に取るようにわかった。


「単なる再配置……にしちゃあ少し変だな」

「ああ。だが屋根や陰のクロスボウだけじゃない。家の中からも弓矢がこっちに狙いを……」

「下手な動きは出来んか……」

「やはり援軍か? 奪還に来てくれたんじゃあ?」

「バカ、はっきり判るまで動くな」


 捕虜達の中で希望的な声もあがる。

 しかし……。

 ロンベルトのクロスボウ兵達は一斉に視線を動かす。


「あ、あれは……!」

「ひいっ!?」


 それを追ってしまった捕虜達は見てしまった。

 見てしまった以上座り込んではいられない。

 慌てて立ち上がろうとする者も多い。

 捕虜達が押し込められていた区画は、一瞬にして蜂の巣をつついたように大騒ぎとなった。


「こっちに……」

「な、なんで!?」

「うわっ、うわっ、来るっ!」


 しかし、捕虜達は数人毎に数珠つなぎにされている。

 そのために、まともに走ることすらままならない。

 人の密度が高かった事に加え、ずっと座りっぱなしだった者が殆どであった事も混乱に拍車をかけている。

 更には暖の取りやすい中心あたりは小さな子供や老人が集められており、それを心配する者が多いことも最悪だった。


「おい、まずこっちだ! 子供達を……」

「阿呆! 構ってられるか! 逃げるんだよっ!」

「ミンス、ミンスゥッ!!」

「逃げろっつってんだよ!!」


 数珠つなぎの端と端で移動しようとする方向が異なるなど当たり前。

 更には力の弱い者が引き摺られて転んだり、それに躓く者も出る。

 人と人との間は丈夫な紐で繋がれているので、その間を無理に通ろうとしても自分と数珠つなぎになった者が引っかかって移動が阻害される。


「さっさと立てよ!」

「うわっ!?」

「そっちじゃない!」

「痛っ!!」


 そんな大混乱のド真ん中にドラゴンは突っ込んできた。

 それは、まるで青い雷でも落ちてきたかのようだ。


「ぎゃぶっ!!」


 ドラゴンに踏み潰され、一瞬にして絶命した者はまだ幸運だったのかもしれない。


「キャアアーーッ!!」

「グギャッ!?」


 翼の一振りでドラゴンの周囲で逃げ遅れた子供達が数人纏めて一掃される。


「エマ! どこだぁっ!?」

「逃げろよっ!」


 更にその周囲にいた大人達も大半が逃げられていない。


――ウハッ、たンのし!


 ゴルゾーンドクーリは今までの獲物達より良い反応をする様子を見て、大きな愉悦を感じた。


「今だ、撃てっ!!」


 この時までタイミングを見計らっていたロベイン卿は、上げていた右手を下ろすと同時に叫ぶ。


 広場を囲む屋根の上、建物の陰などからクロスボウの発射音が連続した。


「な!? ぐわあぁっ!!」

「ひいっ!?」


 何本かは狙いが逸れ、ドラゴンの周囲にいた捕虜に当ってしまう。

 とは言え、大部分は射手の狙い通り、青い爬虫類の喜悦に歪んだ顔や首、胴体、翼に命中した……が……?


 命中した太矢クォーレルのうち、鱗を貫いて肉に突き刺さったものは一つとしてなかった!


 弾かれたのであればまだ納得も行く。

 命中したものの、鱗に弾かれてしまった矢も少なくはないのだ。


 しかし、真っ青な鱗に覆われた表皮に対してほぼ垂直に近い角度で命中した物も多い。

 それらは鱗に弾かれた訳ではない。

 命中した瞬間に慣性エネルギーが完全に失われたかのように、跳ね返りもせずその場でポトリと地に落ちたのだ!

 いや、僅かに何本かは確かに鱗に突き刺さったかに見えたが、体内から押し戻されたかのようにひとりでに抜け落ちると、穿った筈の孔もすっと元に戻った。


「ば、ばかな……!?」

「なんで……!?」


 その様子を目にした全員が目を見開いて呆気に取られる。


 竜種はそもそもが特殊な存在であり、オースに生きる生命体の頂点に君臨すると言って良い。


 通常の武器ではダメージを与える事さえ出来ないのだ。


 この、【非魔法武器による攻撃無効】の能力は、大抵の植物が持つ炭酸同化作用(光合成)や食肉目犬属が持つ優れた嗅覚などと同様に爬虫類竜目に生まれつき備わっている能力であるが、広くは知られていない。

 過去に通常の武器のみでドラゴンに挑んだ者達は尽く帰って来なかったからだ。


 ごく僅かに居る、幸運にもドラゴンを斃す事に成功した者達も、元々高い実力を兼ね備えた冒険者や高名な武者であったので、例外なく魔法の武器防具で身を固めていた。


 そのためにこれを知る者は殆ど存在しない。

 また、この能力がステータスの特殊技能には現れる事がないのも、この知識が広まらなかった一助を担っている。


「ひ、怯むな! 攻撃魔術自由射撃! クロスボウ射撃も継続せよ!」


 ロベイン卿は先程下げた右手を横に振りながら、再び叫ぶ。

 その声は捕虜達から湧き上がる怒号や悲鳴をも貫いて、攻撃魔術を使うことの出来る全員の耳に届いた。


「……!」


 ギリギリとクロスボウの弦を巻き上げる音や捕虜達が上げる叫び声を耳にしながら、魔術師達は魔力を練り始めた。

 その間にもゴルゾーンドクーリは殺戮に酔いしれている。


 丈夫な後ろ脚で小さな肉袋を踏み潰し、その感触を愉しんだ。

 鋭い鉤爪の生えた前脚で肉を引き裂き、苦痛に塗れた叫び声や恐怖に濁った悲鳴に聞き惚れた。

 強靭な翼を振るい、彼方まで飛んで行く様子にほくそ笑んだ。

 丸太のような尻尾を打ち付け、獲物を血煙に変えて悦に入った。

 そして、重機のような大きな顎で獲物を噛み砕き、口中に噴き出す血の味に興奮した。


 その間にも犠牲者は増え続け、その数は既に五〇人を超える。

 そして、まだまだ増え続けるかに思われた。


 しかしその時。


「っ!」


 誰かがオレンジ色に輝く炎の矢を放つ。

 炎の矢は射手が狙った通り、ゴルゾーンドクーリの胴体に命中した!

 その角度は表皮に対してほぼ垂直、理想的な角度だ。


 だが、一体どうしたことなのか、炎の矢が命中した瞬間に魔術弾頭は煙のように掻き消えてしまった!


「……!!」


 それを目の当たりにしたロベイン卿達は思わず息を呑む。

 たった今、目の前で起きた出来事について俄には信じられなかったのだ。


「アンチマジックフィールドか……?」


 彼女の脇でバルミッシュ士爵が掠れたような声で呟いた。

 その間にも何発かの攻撃魔術が効果を発揮しないまま消えていく。


「そうは見えな……」


 ロベイン卿が返答しかけた時。


 ズブッ!!


 誰かが放った一発の攻撃魔術、石の矢(ストーン・アロー)が真っ青な鱗を貫通し、確実なダメージを与えた。

 魔術弾頭は先程とは全く異なり、通常通りすうっと透き通るように消え、鱗に穿たれた孔からぴゅっと真っ赤な血が噴き出した。


「オオッ!!」


 あちこちから歓声が上がる。


 ドラゴンが生まれつき持つ【魔法抵抗マジックレジスタンス】が尽きたのだ。

 ゴルゾーンドクーリはまだ幼いので抵抗可能回数も少なかったために、あっという間に打ち破られてしまったのであった。




・・・・・・・・・




――いっ!? 何だ!?


 刺すような鋭い痛みがゴルゾーンドクーリを驚かせる。

 あんまり驚いた拍子に口に咥えて振り回していた獲物を放してしまったくらいだ。

 今の今まで飛び道具に対して無敵を誇っていた青い鱗を貫かれ、ゴルゾーンドクーリは驚愕すると言うより、あっけにとられた。


 生まれてこの方、まともに「痛み」を感じたのは今が初めてだったのだから当然である。


――うっ!! ツッ!? 痛い!?


 石の矢だけではない。炎の矢や槍なども飛んで来て、弾くことが叶わなかった何本かがゴルゾーンドクーリに突き刺さり、消える。

 魔術弾頭が消えた場所には孔が残され、そこから血液が流れ出す。


「行けるぞ! 撃て! 撃ちまくれっ!」


 明らかに怯むドラゴンを見て、ロンベルトの軍人達は勢いづく。

 だが、数十人もの魔術師が攻撃魔術を放ったにも拘らず、大きな傷を与えたとは言い難い。


 とは言え、一時は無敵かとすら思われた青い竜に対してダメージを与えたという事実は、ここにいる全員を大きく勇気づけた。

 それは、なんとかドラゴンから離れる事に成功した一部の捕虜達も同様だ。

 強大な魔物に対して人類が戦えているという、その一点において彼らの気持ちは同じだったのだ。


 ロベイン卿は士気の上がった瞬間を見逃さない。


騎兵キャヴェール! 馬上槍突撃ぃぃ(ランス・チャージ)っ!」


 命令が発せられた瞬間、騎士達はランスを構え直しながら乗馬に拍車をかけ、建物の陰から躍り出るようにして青い竜を目掛けて加速を開始した。


――痛い! 痛い! 痛い!


 ゴルゾーンドクーリは体のあちこちから痛みという危険信号を受け取った。


――何とかして防がないと……こうか!?


 そして、遂にある特殊技能の使い方を学ぶ。


 その技能の名は【低位魔マイナー・グローブ・オブ法無効・インヴァルネラビリティ】である。


 ゴルゾーンドクーリは自分に危害を与える魔術へんなものを嫌うように意識することで完全に無効化できることをった。


 今この瞬間、まさにゴルゾーンドクーリは無敵の悪魔となった。




・・・・・・・・・




「くうっ! 何故だ!?」


 ロベイン卿は歯噛みしながら愚痴を零す。

 だがそれも被害を考えれば無理もなかった。


 ドラゴンが舞い降りた広場では、逃げ遅れた一〇〇名以上の捕虜に加えて突撃を敢行した騎兵の大半が屍を晒していたのだ。

 生きていたとしても虫の息だろう。


「……かくなる上は……退却すべきです。このままでは我ら全員この地でドラゴン相手に討ち死にです。ファイアブレイズ卿……」


 バルミッシュ士爵は司令官のファイアブレイズ士爵に声を掛けた。

 その表情や目つきはまだ落ち着いている。


「……だろうな。ロベイン卿、ここまでだ。指揮権を返して貰うぞ」


 ファイアブレイズ士爵の方も落ち着いていたが、こちらの方は単に血の気が引いているだけに見えなくもない。


「……了解……しました。指揮権をお返しいたします」


 ロベイン卿は一度だけ目を伏せだが、すぐにキッとドラゴンを睨みつけながら言った。


「よし、退かせよう。まずは家屋内の歩兵からだ。とにかくダービン村まで退却させなければ……」


 ファイアブレイズ士爵が答えた、その時。


 ゴルゾーンドクーリはある方向を見ていた。

 禍々しい翼を生やした青い悪魔から少しでも距離をとろうと、数珠つなぎになった捕虜達が逃げる背中だ。

 五人が数珠つなぎになっているが、真ん中の一人は何か叫ぶだけで引き摺られている。

 その左側の者は叫ぶ者の襟首を掴んでおり、右側の者は脇腹を蹴っていた。

 両側のうち一方は真ん中の一人に何やら怒鳴りつけており、反対側の一人は無言である。


――フヒャッ、おンもしろ!


 一体何が琴線に触れたのか、ゴルゾーンドクーリは上機嫌になったが、すぐに苛ついた。

 周囲に折り重なる死体が邪魔になったことと、それなりに距離が開いてしまったために即座にその五人の背中に尻尾の一撃を入れられなかったからだ。


――ああっ、もう、イライラするっ! 一息に死ねよっ! ……息? 息か。


 ごっ、と風鳴りがするくらい大きく息を吸い込んで……。


 バリバリバリッ!!


 雷鳴のような音とともに、気の毒な捕虜達の背中を目掛けて吐き出した。


 ゴルゾーンドクーリの口からは青光りがする稲妻が幾条か束のようになって放出され、一瞬にして捕虜達の真ん中に到達した。

 そして、第一の犠牲者を貫通するとその先で逃げようと走っていた者達をも貫く。


 犠牲者達は一度だけバッタのように跳ねたが、すぐに真っ黒に焦げたようになって落ち、それきり動かなくなった。


「……」


 その有様を見て、ファイアブレイズ士爵以下三人は絶句している。


「退けっ! 全員、ダービン村まで退却っ! 全速力で逃げろっ!」


 いつまで経っても何も言わない司令官を見て、バルミッシュ士爵が大声で下達した。

 勿論、越権行為だ。


「何を……!?」


 ロベイン卿が咎めるような口調で問い質すのを遮ってバルミッシュ士爵は続けた。


「ロベイン卿、残兵を指揮して退却しろ。これは先任小隊長としての命令だ」

「は、はっ!!」


 第一騎士団の小隊長ではバルミッシュ士爵が最先任である。

 従って、今回の派遣部隊では第一騎士団内の最上級者はバルミッシュであり、近代的な軍制が浸透しているロンベルト王国では上位者に逆らう事は許されていない。


「ファイアブレイズ卿。越権行為をお許し下さい。ですが……」

「いや、いい。気にせんでくれ。すまなかった。私では、もう……」


 ファイアブレイズ卿はすっかり肝を潰してしまった有様である。


「ロベイン卿。司令部で貴様だけでも生き残って全てを陛下に報告し、今後の対応策を練れ! さぁ行けっ!」


 バルミッシュ士爵は背中の後ろ、北を指差して言った。

 その口調には断固たる決意が込められている。


 ロベイン卿は一度だけ頭を下げて命令を首肯する様子を見せると馬首を返し、退却を叫びながら馬に拍車を当てた。


「司令官、我々にはやらねばならぬ事があります。お判りですね?」

「やらねばならぬ事……?」

「ええ。このまま退いてしまえば我が国の名折れです。一人でも多くの捕虜を逃してやらねばなりません。それは部隊の全責任を負っている我々の仕事でしょう?」


 今更なセリフを吐きながら、バルミッシュ士爵は手にしていた槍を放り投げると腰から長剣ロングソードを引き抜く。


 手入れの行き届いたフッグス剣商製の長剣は、冬の日の光を反射して美しく煌めいた。




・・・・・・・・・




 引き摺られていた真ん中の者が黒焦げになって死んだことでロープまで焼き切れたのだろう。

 数珠つなぎは五人一組から二人二組となった。


――おおおっ!? 気ン持ちいいっ!


 体中を貫くようなあまりの爽快感に、ゴルゾーンドクーリは我を忘れて興奮した。

 嬉しさのあまり身震いをし、その場で身をくねらせながら転がりまわった程である。

 今まで見たどんな光景よりも心を躍らせたのだ。


 その脇を二騎の騎馬が通り抜けるのにも気が付かない。

 勿論、精悍な軍馬を操るのはファイアブレイズ士爵とバルミッシュ士爵の二人だ。

 ファイアブレイズ士爵は薙刀グレイブを、バルミッシュ士爵はロングソードを携えている。


 彼らは逃げ惑う捕虜の群れに飛び込むと手にした得物で数珠つなぎを断ち切りながら叫んだ。


「逃げろっ! 逃げろぉぉっ!」


 悪鬼のようなドラゴンに飛び込まれたことでパニックを起こしていた捕虜達の中には転んで踏み潰される者も居たが、二人の士爵の技倆は確かだ。

 縱橫に刃を振るい、捕虜達はみるみるうちに自由を取り戻していく。


 とは言え、捕虜達の数は膨大だ。

 恐らくは全員を解放する事など到底覚束ないであろう。

 しかし、それでも解放された者の数はあっという間に一〇〇を超す。


「走れ! 一歩でも遠くに逃げろ!」


 スパスパとロープを断ち切りながら大声で避難を促す二人。

 そんな彼らに触発されたのか、逃げずに一緒になって捕虜の解放を手伝う兵士や騎士も出てきた。

 捕虜の中にも死亡した騎士達から刃物を拝借して仲間達を解放するものが出て来る有様だ。


――はっ!? 喜んでいるうちに随分と減って……よし、今度は……。


 ひゅごっ。


 ゴルゾーンドクーリは再び大きく息を吸い込む。


 バリバリバキーン!!


 呆然と真っ黒焦げになって死んだ者を見つめていた者達に向かって吐き出した。


 幾条も束になった稲妻が彼らを貫き、更に遠くにいた者達をも巻き込む。

 だが、今回はそれだけでは終わらなかった。

 電撃の息を吐き出しながらゴルゾーンドクーリは()()()()()のだ。


「ギャアアーーーッ!!」

「!」

「なにいっっ!?」


 大した角度ではなかったが、直線状だった電撃の吐息(ライトニング・ブレス)が扇状に振るわれたのである。


 たった一息で五〇人以上もの命が失われた。


「逃げろ、逃げるんだっ!」

「振り返るな、走れぇっ!」


 運良く雷撃を免れたファイアブレイズ士爵とバルミッシュ士爵は喉を枯らす程に大声で叫び続けている。


 扇状に薙ぎ払うようにしたことで更に素晴らしい光景を目にすることが出来たゴルゾーンドクーリは、喜びのあまりまた転げ回った。


――むほっ、なんだか漲るねぇ!


 今までに何度か感じた充実感にゴルゾーンドクーリはまた少し嬉しくなった。

 今の一撃でレベルが上ったのだ。


――いよぉぉし! も一発ぅ!


 ごおっ。


 また盛大に空気を吸い込む。


「身を低くしろっ」


 叫びながらゴルゾーンドクーリの頭に向かって駆け込むのはバルミッシュ士爵である。


「ぬうあぁっ!!」


 鋭い気合と共に手にした長剣で掬い上げるように一撃を与えた。

 その打撃はドラゴンに対してダメージを与える事は叶わなかったが、頭の向きを変えるには充分な力が篭っていた。

 勿論、ゴルゾーンドクーリにしてみれば油断もあった。

 虫けらのような存在が、既に効力を持たない攻撃を繰り出して来るとは思っていなかったのだ。


 絶妙なタイミングで放たれた一撃はブレスを吐く瞬間を測っていたのだ。

 吐き出されたブレスは空気を引き裂いて斜め上方に放たれた。

 その御蔭で捕虜や兵士達に被害を出すことはなかった。


――なんだ、こいつぅっ!


 ゴルゾーンドクーリは器用に前足を振るって、一撃のもとにバルミッシュ士爵を粉砕しようとした。

 が、士爵はその攻撃を読んでおり、熟練の手綱捌きを見せてすんでの所で躱すと再び距離を取って新たな捕虜を解放した。


――こいつぅぅっ! 生意気だぞ!


 尻尾を振り回し、場外ホームランで勝負を決めようとするものの、乗馬ごと飛び越えられる。


――くっそ、こいつめぇっ!


 翼を振るって細っちい体を断ってやろうとしても、またもタイミングを読まれて剣で弾き上げられ、躱されてしまう。


 ゴルゾーンドクーリはいい加減に苛つきを抑えられなくなってきた。


 そうしているうちにもうかなりの人数が広場から離脱し、居留地を囲む柵から外に逃げ出してしまっている。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 だが、バルミッシュ士爵の方も大きな緊張を強いられて疲れも見えていた。


 士爵は走り去っていくロベイン卿に思いを馳せ、次いで領地で暮らす妻と二人の息子を思った。


 そして、目の前のドラゴンが放つ咆哮を耳にする。


 それは、ゴルゾーンドクーリが生まれてから初めて放つ声であった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ