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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百三十四話 青い悪魔 1

7450年1月14日


 アル達リーグル伯爵騎士団がドレスラー伯爵領の領都であるデバッケンに到着した頃。


 タンクール村は相変わらず大忙しだった。


 まずは居留地の防備を固めなければならない。

 破壊した柵の修理は当然として、燃えた建物の取り壊しや修理も行う必要がある。


 土壁についてはアルが帰る前にかなりの部分を消してくれているため、仮に奪還作戦が実施されたとしても残った量では拠点としての役には立たないので、この方面に人手を割く必要はないのは救いだ。


 勿論、負傷兵の治療を始めとして捕虜の治療も必要なら行っているし、病気発生の元にもなってしまうので死体の処分も行っている。


 それだけではない。

 捕虜のステータスを確認し、駐屯部隊に属していた兵士か村の住人かで選別を行い、それぞれの名簿を作成しなければならないし、後の報奨の為に兵士達の手柄についても記録せねばならない。


 何よりも、それらの作業と並行して今朝程まで歩兵部隊毎に略奪を行っていたので、騎士達は碌に休息すら取れないスケジュールだったのだ。


 なお、キンケード村やデナン村から出されたと思われる物見は頻繁に発見されていたが、今のところは無視されている。

 対応する余裕もないし、物見程度の斥候などをいちいち相手していたら切りがないので当然と言えば当然だ。


 そんな中、司令部ではファイアブレイズ士爵とバルミッシュ士爵とが額を突き合わせて話し合いを行っていた。


「せめてどちらかの村に迫るくらいは……バルミッシュ卿はどうお考えか?」

「は。問題はどちらに向かうかですな……」

「捕虜はデナン村の方が近いと言っているが……」

「過去に斥候などから得た情報ではキンケード村の方が近い上に道の状態が良いと……」


 タンクール村を占領した際の部隊への被害が当初の想定よりも軽微であったため、ロンベルト王国の積極性を見せるためにも別の村に圧力を掛けるくらいはしておきたいとの考えのようだ。


「そうでしたな。捕虜は我が軍に負担を強いようとして嘘を……」

「確かに……しかし、司令官。既に当初の予定とは異なってしまっていますから……」

「それだ。まぁ、どっちに向かったとしても大した違いはないのでしょうが、接収した食料の量すらまだ調べがついて……」


 こうして二人が会話を続ける間も、伝令によってメモがどんどんと持ち込まれてくる。

 内容はどこそこで敵の物見を何人発見したとか、柵の修繕の進捗だとか、捕虜のうち平民以上のリストに加え、魔法が使える者のリストが完成したとか、デナン村の守備隊は先週まで三〇〇人だったが、今では一〇〇〇人は追加されている筈だなど、玉石混交だ。

 が、面倒臭がって「こんな情報はいちいち持ってくるな」と言う事はない。

 高々千人を少し超える程度の軍隊で指揮官が情報をシャットアウトさせる意味は低いからだ。

 ともあれ、それら雑多な報告によって軍議は遅々として進んでいない。


「輜重隊は今朝には出発しているはずですから、夕方には到着するでしょう」

「……と、すると、捕虜の後送が終了するまでは情報を集めた方が良さそうか」

「そうですな。後送は輜重隊に任せ、柵の修理を急がせましょう」

「うむ」


 当初は予想だにしていなかった勝ち戦だが、二人はそれに驕ることはなかった。

 棚ぼたの勝因について思い当たる事があり過ぎたからだ。

 足かせや反乱の原因にもなりかねない捕虜を後送し、部隊の再編成を済ませるまでは占領地の維持に努めるべきだとの結論に達するかに思える。


「……おっと、すっかり話し込んでしまいましたな。もう一四時ですよ」


 机に置いておいた時計の魔道具に触れながらバルミッシュ士爵が言った。


「道理で……私も腹が減りました。食事にしましょうか」


 二人は軍議を中断し、食事を運ばせようと声を上げかけた。

 その時の事だ。


 外で大勢の叫び声が上がった。




・・・・・・・・・




 僅かに時は戻る。


 修繕を終えた居留地内の物見櫓の上で、数人のロンベルト兵が周囲に鋭い視線を送っていた。

 耕作地を取り囲む森の中にちらほらと見えるデーバスの斥候は恐らく六組、合計二〇人前後だろう。


「……敵集団ツェーは東に移動中。他に動きなし」

「待て、アーも東に動き始めた……ビャーと合流するつもりかな?」

「一応報告に行ってくる」

「待て、哨戒部隊の見回りを避けただけだろう……ホラ」

「あ、あの兜、五中隊のベインズさん達か。騎士様は大変だね」

「本当にな。俺らはあと一時間もしないうちに休憩なのによ」

「けっ、普段から馬に乗って楽してんだから、あんくらい当然だろ」

「そらそうだ」


 互いに軽口を叩きながらも、基本的には各々の持ち場となっている方位の監視を怠る事はない。

 彼らは部隊内から選りすぐられた優れた視力の持ち主であり、一般の兵士達とは異なって、物見や斥候として特別教育も受けているという自負もあるのだ。


 そして、遂にそのうちの一人が気が付いた。

 耕作地外周を取り囲む森の中にばかり視線を送っていたので、見落としていたと言うのが本当のところだが、森の上を飛ぶ鳥なども多いのでもっと前に気付けと言うのも無理がある。


「お、おい。何だあれ?」

「ん?」

「どこ?」


 男が指をさす方向には、特に異常は見受けられない。


「この指をまっすぐだ……何だよ、あれ?」


 指をさす男の周囲に仲間達が集まり、一斉にそちらに注視する。


「あれか?」

「鳥にしては変だな」

「俺、知ってる。蝙蝠ってやつだ」


 彼らには妙な羽ばたき方をする鳥のようなものが西の遥か彼方を飛んでいるように見えた。

 森の上空すれすれに近い、かなり低い位置だ。


「……お、おい。あれ、結構でかくないか?」

「……だな。相当でかいぞ!」

「あの形……ひょ、ひょっとして、わ、わ、ワイヴァーン!?」

「……え?」

「う、嘘だろ? なんでこんなところにワイヴァーンが!?」

「ダート平原に居るなんて聞いたことないぞ!?」

「じゃあ、ありゃあ何だよ!?」


 兵士達は初めて見る生き物に釘付けとなっている。


「お?」

「向きを変え……」

「近づいてくる!」

「し、報せろ!」

「はいっ!」


 大急ぎで物見櫓を降りた若手の兵士は大声で「ワイヴァーン接近中!」と叫びながら司令部へと走り出す。

 ファイアブレイズ士爵が率いる王国第二騎士団第三大隊には、ワイヴァーンに対する実戦の経験は疎か、生きたワイヴァーンを見た事のある者すらいない。


 ワイヴァーン接近の報に司令部を取り囲む広場は一瞬で騒然となった。

 部下達が休んでいる宿舎に向かって怒鳴りながら集合をかける者、司令部に駆け込む者、騒ぎに乗じて捕虜が反乱を起こさないか警戒する者でごった返す。


「ワイヴァーンだと!?」


 司令部に転がり込んできた伝令の報にファイアブレイズ士爵は目を剥いた。


「はい! 物見が言うには西の方からこちらに向かって飛んでくると……!」


 伝令は直立不動を保ったまま叫ぶようにして答える。


「全部隊に通達。只今を以て休息終了。合戦準備だ。鎧装着の時間は無いと思え!」


 司令官が命じると伝令は即座に回れ右をして部屋を出ていった。


「……バルミッシュ卿。卿はワイヴァーンを見た事は?」


 ファイアブレイズ士爵は壁に立てかけてあった自分の剣を剣帯に装着しながら尋ねた。


「私がまだ一三・四の頃……ローダイル侯爵騎士団に入団したばかりの頃に一度……ですが、ロベイン卿は一〇年くらい前、リーンフライト伯爵騎士団でワイヴァーン退治に参加している筈です」


 バルミッシュ士爵も剣を装備しながら答える。


「彼女が? 分かりました。ここは彼女に指揮を執って頂きましょう」

「当然です。我々では心許ない」


 その頃、物見櫓に残っていた兵士達は兜の目庇に手を当てながらワイヴァーンに注視している。


「お、また方向を変えたな」

「なんだかよくわかんねぇな」


 ワイヴァーンはまだ遥か遠くに居る。

 数㎞は距離があって、発見してからも碌に縮まっていないように思える。

 そして、その飛び方は少し高度を上げたかと思うと急旋回して方向を変えて高度を落とし、また少し高度を上げるというような、奇妙なものだ。

 時には森の中に突っ込むような飛び方をする事もある。


「ワイヴァーンってあんな飛び方しか出来ねぇのか?」

「下っ手くそだな」

「怪我でもしてんのか?」


 当初は獲物を狙っているのだろうと考える者もいたが、それにしては妙な動きであるし、移動してもいるようなので何をしているのか全く理解できなかったのだ。


「だけど、少しずつ近づいて来てる」

「ああ。えーっと何て言ったっけ?」

「ん? 何が?」

「西にある村」

「デナン村か?」

「そうそれ。あいつらも気が付いてるんかね?」


 兵士はワイヴァーンを見つめながら言う。


「さあな。まぁ気が付いててもおかしくはないと思うけど、気が付いていなくてもおかしくはねぇな」




・・・・・・・・・




「分かりました。指揮権をお預かり致します。まずは大至急、クロスボウを扱える者を集めてください。それに攻撃魔術が使える者を加えて迎撃主体とします」


 ファイアブレイズ士爵にワイヴァーン迎撃の指揮権を預けられたロベイン卿は、表面上落ち着いていた。

 しかし、その内心は穏やかではいられない。


――弩砲アーバレストも無いのに無茶振りをされても……。と言ってもワイヴァーンと戦った経験があるのは私だけと聞いたら仕方ないか。


 ロベイン卿は第一騎士団に入る以前、リーンフライト伯爵騎士団の従士二年目の春にワイヴァーンと戦い、見事に撃破した経験がある。

 当時は直接攻撃部隊の一員として槍を何度も突き入れた。

 その際の戦闘で生き残ったのは彼女を含めて僅か三割に満たなかった。


――あの時と違って今は第一騎士団みんながいる。人員の数も、質も比べ物にならない程多い。だけど、装備は……。


 ワイヴァーンに対して有効な対空装備は攻撃魔術を除けばクロスボウだけだ。

 普通の弓ではダメージすら与えられないのだ。


 が、クロスボウの数は接収した物を併せても四〇に満たない。

 四〇という数は通常のワイヴァーン狩りであれば充分過ぎるが、それはアーバレストがあってのもの。

 一撃で大ダメージを与えることの可能なアーバレストが無い今、貴重な対空火力をどこにどう配置するか、指揮官の資質が問われている。


「騎兵はスピアーかランス装備の上で隠れていて。建物を上手く使うんだ。ワイヴァーンが接近して来るのとは反対側に隠れろ! その他の歩兵は邪魔になるから家屋内で待機。捕虜は囮になるから放っておけ!」


 どうやらロベイン卿は肝を据えたようだ。

 てきぱきと指示を飛ばす。


「お前ら、お前ら六人は物見櫓に上がれ。射程に入ったらガンガン射掛けるんだ。ああ、何人かは物見を残しておけよ」


 クロスボウを担いだ若い兵士達に命じた。

 物見櫓は二層になっており、合計で一〇人近くも登ることが可能である。

 少しでも命中率が良さそうな物見櫓に配したのである。


 ワイヴァーンは、まだひょこひょこよろよろと奇妙な飛び方をして中々接近してこない。

 また、タンクール村を観察するデーバスの斥候部隊も何事かが発生したらしい事は理解できたが、何が起きているのかまで知る術はなかった。




・・・・・・・・・




――よし、このくらいならいいだろう。


 ゴルゾーンドクーリは満足感に浸る。

 生まれてから暫く過ごした湿地帯を離れ、空中で素早く位置をずらす練習をしていたのだ。

 飛びながら獲物を見つけた場合、獲物に身を隠されるより先に捕らえなければ腹は膨れない。


 身を隠すものが少ない湿地帯とは異なり、森の中は獲物にとって身を隠す場所が多い。

 木々をすり抜ける飛行技術の体得は必須と言えた。


 腹が減って目を覚ました後、適当な動物を食べてからふと気が付いたのだ。

 こいつ、前に食った時はもっと腹が一杯になったのに、と。

 自らの成長に気が付き、もうこの場所では餌場たり得ないと考えたゴルゾーンドクーリは新たな餌場を求めて移動することにした。


 今はそれに先駆けて、少し高度な飛行法を学んでいたのであった。


――そろそろもうちょっと高く飛んでみようか……。


 ゴルゾーンドクーリは初めて高度を上げてみた。


――おお、遠くまでよく見えるな。


 眼下にはどこまでも続く森の中、あちこちに少し開けた場所が散らばっていた。

 自らが生まれ育った湿地帯に似た場所だけでなく、単なる草原などもある。

 また、今迄よりも高度を上げたことで木々の間を逃げる獲物なども見付け易くなった気もする。


 だが、まだまだ完璧と言えるほど飛行が上手になった訳ではない。

 あまり高く飛ぶのは躊躇われた。


――まだちょっと怖いな。


 折角上げた高度を落とす。

 その際に左右の翼の角度を調整してやることで楽に旋回が可能なことはもう学んでいた。


――ん? あれは何だ?


 遠くの方に何かを見た。

 興味を覚えたゴルゾーンドクーリは再び高度を上げてみる。


 今まで見た開けた場所とは少し様相が異なるようだ。

 何しろ中心部はよくわからないものでごちゃごちゃとしている。

 こんな場所を見たのは初めてだ。


――遠いな。もう少し近づいてみるか。


 かなり近づいて観察した後、ゴルゾーンドクーリにもやっとわかった。


――獲物が沢山いる。一匹一匹はケンタウロス(やつら)よりも大分小さいが、比べ物にならない程の数がいる!


 少しだけ嬉しくなる。


――食い放題じゃないか!


 嬉しくなってぐるぐると喉が鳴った。




・・・・・・・・・




「お、今度は少し高く飛んだな……あれ、で、でけぇぞ!」

「ふん、大したことないだろ。俺、リーグル伯爵が討ち取ったってドラゴン、見たしな。頭だけだけどすげーデカかったし」

「ンなもん、ラーメン食いに行きゃまだ見れるから自慢になんねぇよ」

「剥製じゃんか。俺が言ってるのは氷漬けの奴よ。剥製は少し縮むんだろ?」

「そうなんか?」

「縮まねぇよ」

「へっ、俺なんかワイヴァーンも見たぜ。ドラゴンよりは大分小さかったけどな」

「おい、こっちを向いたぞ」

「またすぐ曲がんだろ?」

「いや、こっちに向かってきてないか?」

「一応言っとくか……ワイヴァーン、接近してきます!」

「速いぞ!」

「青いワイヴァーンだ!」




・・・・・・・・・




――ん? 足元にも居るじゃないか。まずは味見だな。


 タンクール村に向かって飛行していたゴルゾーンドクーリは村の耕作地の外に広がる森の中に何匹かの獲物を発見した。

 間抜けな獲物たちはまだこちらに気が付いてはいないようだ。


――そらっ!


 少し翼を縮めて急降下する。

 木々の間をすり抜けるため、体も傾けた。

 正面から見ると左に九〇度傾いている。

 見る間に梢が接近した。

 その隙間に体を通しながら、僅かに翼を広げ制動する。


――間抜けが!


 器用に翼を広げ、速度を殺す。

 獲物たちの手前でふわりと着地をした。


 その音に気が付いたのだろう。

 獲物たちが一斉に振り返った。


 翼の一振りでデーバスの物見達三人は同時に絶命した。


――なんだこいつら……?


 以前に食べたケンタウロスですらもう少し生きていた。

 尤も、当時のゴルゾーンドクーリには今ほどの力が無かったし、そもそも体の大きさからして違うのだ。

 若いドラゴンはここでも自らの成長を実感した。


――強過ぎる(ゴルゾーン・ドクーリ)! オレはゴルゾーンドクーリだ!


 食いでの有りそうな胴体を噛み潰しながら新たな味を知る。


――美味い! もっと食うぞ!


 ゴルゾーンドクーリは一口だけ食べると再び飛び上がる。

 脚力だけで梢の上数mも飛び上がると翼を広げ、上昇を始めた。


 目の前には大量の獲物がひしめいている筈だ。




・・・・・・・・・




「で、出てきました!」

「上に……!」

「構えろ!」


 櫓の上では兵士達が口々に何か叫んでいる。


 中には「青いワイヴァーン」という台詞もあった。


――私の知るワイヴァーンに青はいない……。


 ロベイン卿は背中に冷や汗が流れ落ちたのを自覚した。

 今までに退治されてきたワイヴァーンのうちの半数以上は灰色や青灰色をしている。

 数は少ないがもっと濃い色である茶色系統や黒褐色をしている事もある。

 近年ではリーグル伯爵がバルドゥックの迷宮で討ち取ったものが透き通った黒である。


――青灰色と見間違えたのか? ……まさか!


「まだ遠い! 引きつけるんだ!」


 ロベイン卿には物見櫓の上で叫んでいる声がどこか遠くから響いてくるような、非現実感を伴った意味のなさない音に聞こえた。


――まさか、まさか、まさか……!


 西の梢の上に魔物が現れた。

 上昇しているようだ。


 大きなトカゲのような姿だが、もっとがっしりとした太い胴体。

 背中に生えた蝙蝠のような一対の翼。

 腹側以外の全身を覆う、妖しくも美しい青い鱗。

 みっしりと詰まった筋肉を感じさせる太い脚には大きな鉤爪が生えている。


 そして、翼とは別に……脚よりも大分小さいがしっかりとした腕があった。


「出たぞ!」

「ワイヴァーンだ!」

「小っちゃくねぇ?」

「でかいぞ!」

「小せぇな」

「五mないだろ、あれ」

「充分でかいだろ!?」

「ワイヴァーンにしちゃあ小さいってこったよ」

「なんだ、そういう意味か」

「こんだけいるんだ、あの程度なんとでもなんだろ」

「ワイヴァーンって鱗がスゲぇ金になんだろ?」

「その筈だ」


 魔物を目にした騎士達が囁き合う。

 音に聞くワイヴァーンにしては小さいその姿に、建物の陰から出て来る者も出る始末だった。


「あ、あああ、あれは……」


 ロベイン卿は青い魔物を目にして硬直している。

 それを見たファイアブレイズ士爵は即座に彼女の異常に気が付いた。


「どうしたロベイン卿? 指揮を……」


 梢の上に現れた魔物は確かに恐ろしい姿形をしているが、随分と小さいようだ。


「バルミッシュ卿、一体どうしたと……?」


 ファイアブレイズ士爵はバルミッシュ士爵を見上げて尋ねる。

 が、すぐにバルミッシュ卿もものすごい形相で魔物を睨んでいる事に気が付いた。


「おい! そなたら!」

「あれはワイヴァーンではありません。ドラゴンだと思います」


 バルミッシュ士爵は静かな声で言った。




・・・・・・・・・




――居るな、居る居る。おお、あんなところに物凄く沢山の……!


 ゴルゾーンドクーリはまたもや喉を鳴らして喜んだ。

 金色の目が嬉しさで歪む。


 そして、大量の獲物を目掛けて急降下を始めた。

 まずは大量殺戮を愉しむのだ。




・・・・・・・・・


 


「しゃんとしろ! ロベイン卿!」


 バルミッシュ士爵は大声で同僚に気合を入れ直す。


「は、はい。すみません。驚きのあまり少々取り乱してしまいました。ですがもう大丈夫です!」


 ロベイン卿は即座に己を取り戻した。

 ドラゴンとは言え、あんなに小さいのだ。

 恐らくその全長は五mにも達していまい。


 対してこちらには一個中隊と同等の第一騎士団員に加え、一個大隊以上の第二騎士団がいる。

 更に、その全員が先日の勝ち戦に乗って意気軒昂だ。


「リーグル伯爵がいないことが心配なのか?」


 バルミッシュ士爵はこの場にはいないドラゴン・スレイヤーの名を口にした。

 ロベイン卿の脳裏に、先日の彼の姿が浮かんだ。


 初陣の空気に当てられ、眠れなくなったという恥ずかしそうな顔。


――彼は戦闘奴隷とたった二人で全長三〇mにも及ぶドラゴンを倒したと……。ふ。私もヤキが回ったか? あんなドラゴン、あの剥製よりも小さいじゃないか!


 確かに体積は王都のラーメン屋に飾られている頭の剥製よりも小さいか、せいぜい同じくらいだろう。


――囮も充分、クロスボウも沢山あるし、何を恐れる必要があるの? 


「ドラゴンはともかく、ワイヴァーンとの実戦経験があるのは貴様だけだ! 行けるな!?」

「勿論です! クロスボウ! 充分に引き付けて撃て! 撃ったら移動しろ!」


 ロベイン卿は大声で指示を飛ばした。

 ドラゴンは高度を取って羽ばたきながら空中に停止しているが、ふらふらと揺れている。


「それから、物見櫓! すぐにそこから降りろ!」


 もしあれが本物のドラゴンなら、物見櫓にいる者達は非常に危険だ。


「大丈夫ですよ!」

「近づいてきたら蜂の巣にしてやりますわ!」

「相手は空飛んでるんだし、ここの方が!」


 だが、危機感を抱いた彼女の意向に反して、若者達は櫓から降りようとしない。


「貴様ら! 命令を聞け! 抗命罪でしょっぴかれたいか!?」


 ファイアブレイズ士爵が怒鳴る。

 そして、恥ずかしそうに「教育が至りませんで、申し訳ない」と頭を下げた。


「来ます!」

「降りてる暇ないっす!」


 叫び声にドラゴンを見上げると急降下に移っていた。


 どうやら目標は広場の隅で数珠つなぎのままにしてある捕虜達のようだ。


――ひとまず物見櫓は大丈夫そうか。それに、捕虜に食いついてくれたのは御の字ね。


 ロベイン卿はそれ以上物見櫓の心配はせず、槍を小脇にしたまま右手を上げた。


 広場の周囲の建物には第一騎士団の騎士だけでなく、第二騎士団の騎士達も多数配置している。 


 彼らは固唾を呑んで上空から急降下する青いドラゴンとロベイン卿の右手に注目していた。


 

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