第百三十二話 タンクール村の攻略
7450年1月11日
「おお、閣下。お戻りになられましたか」
アル達が帰陣の報告をすると、ファイアブレイズ士爵はそれまで話していた部下との話を中断して歩み寄ってきた。
「ただいま戻りました。それと司令官、勝手に部下を配置から離れさせたばかりか、こちらに向かわせてしまいました。どうかお赦し下さい」
アルはしおらしく頭を下げる。
これについては心からそう思っていた。
「いえ、後方の憂いが無くなったのであれば、少しでも本陣の陣容を厚くするは道理。問題はありません。それより、あれが?」
ファイアブレイズ士爵は少しだけ落胆した声で尋ねた。
彼は「魔法の使える奴隷」を生きたまま捕らえていると思って期待していたのだ。
「ええ。デーバスの戦闘奴隷です。残念ながら最後まで抵抗されたので殺してしまうよりありませんでした」
アルも残念そうに答えた。
「それならば仕方ありませんな。ですが、惜しいですな」
「全くです。それより一つ大切なご報告が。こやつらを捕らえる際、尋問を試みたのですが、どうやら東のキンケード村から増援部隊が接近中らしいです。こやつらはどうも、その増援の先遣隊のようですね」
アルが報告を行っている間、クローは黙々と四人の死体を馬から降ろしている。
今の情報はその死体のうちの一人、ソリンから得たものだ。
「ほう……やはり。規模はおわかりか?」
「おおよそ一五〇から二〇〇程度のようです」
「守備隊の半数から三分の二といった程度か……」
増援の報告を受け、ファイアブレイズ士爵の顔つきが変わった。
――タンクールに駐屯しているのは一五〇〇程度、一割強の増援というのはでかいが確実に来るということと方向が判明しているのであれば何程もない。
「……貴重な情報、助かります。すぐに軍議を行いますので、傍聴をご希望でしたら閣下はこのまま、部下の方には暫しの休憩をお命じ下さい」
「了解いたしました」
ファイアブレイズ士爵は今こそ虎の子の騎兵部隊の使い所だと考えたようだ。
・・・・・・・・・
短い軍議の後、アルは三人の部下を前にして軍議で決まった作戦を伝えていた。
「……という事で、私はまた別行動となる。そなたらはもう一度騎兵部隊の指揮下に入るようにとの事だ。右の出口から突撃して陣の前面に展開。村内への突入部隊となる第一・第三・第四中隊の突撃路を啓開、守護しろとの命だが、今、陣の前に居るのは弓兵と魔術師、それを守る盾兵くらいしかいないそうだからあまり大きな危険はないだろう」
アルは手早く説明する。
「その後騎兵部隊は先程の突入部隊の突入に合わせて適宜村内への突入を図るが、お前たちはそのまま突撃路の維持だ。これ以上の細かい部分は指揮官であるバルミッシュ士爵から伝えられるだろう」
部下達の顔には疑問は浮かんでいない。
「では行け。武運を祈る」
アルに命じられた三人は返事をするとそれぞれの馬に向かって走った。
「さて……」
暫しの間、部下達の背中を見送った後、アルは一度だけ剣を鞘から引き抜いて状態をチェックする。
先程決定した作戦はこうだ。
まず、壁上に登ったアルが陣の前をうろついている手練の魔術師を倒す。
それを確認した後、弓兵及び魔術師が残っているデーバスの弓兵や魔術師に一斉に攻撃を行う。
同時に、突撃路の啓開、維持のためにバルミッシュ士爵が率いる騎兵部隊を陣の隙間から出す。
その後、ファイアブレイズ士爵が率いる第一・第三・第四中隊が切り啓かれた突撃路を通ってタンクール村に肉薄し、門を打ち破る。
村内への突破口が切り啓かれた時点で騎兵部隊の一部をそこに突っ込んで押し広げ、次いで各中隊の歩兵部隊も雪崩れ込むという作戦である。
ファイアブレイズ士爵は司令官でありながら突入の陣頭指揮を執る事になるが、村内に雪崩れ込むという作戦のため臨機応変に判断しなければならない部分も多いため、この時代、この規模の戦闘では当然のことだ。
「俺も行くか……バルさん、人使い荒いんだから、もう」
剣を鞘に収めながら独りごちる。
因みに、アルは先程の敵魔術師部隊への対処で魔力の余裕が少ないと主張し、戦闘への参加については難色を示したのだが、バルミッシュ士爵にどうしてもと押し切られたのだ。
その意見を正当化するため、バルミッシュ士爵は帰陣したアルを見るなり、魔力は自然回復不能領域にまで落ち込んでいるのか尋ねてきた。
アルとしてはそこまで見境なく魔力を使うような男に見られたくないという見栄もあるので「そこまで落ち込んでいない」と返事をしてしまった。
それを確認したバルミッシュ士爵はアルの功績でもあるデーバスの魔術師達の死体に触れると、全員の体温がそれなりに低くなっていることを確認して言ったのだ。
「この程度まで冷えているなら魔力も多少は回復しているでしょう」
と。
最初に見栄を張ってしまったアルとしては「この程度の相手ならあと一人くらい何とでもできる程度には」と答えてしまっていた。
その言質を取られてしまったのだ。
壁上への階段を登りながらアルの顔には苦笑が浮かぶ。
ともあれ、彼にあてがわれた任務は敵に残っているという凄腕の魔術師がたった一人だ。
その後は特等席から攻略戦を眺めていられる。
――まぁ、考えようによっては悪くないかもな。
アルはもう少しで階段を登りきるあたりで一度振り返って陣を見下ろしながら思った。
まん丸に輝く月だけでなく、篝火もふんだんに焚かれている。
予想通り、高い位置から眺めた事によって、陣内の様子は手に取るように分かる。
作戦が伝達され兵士が動き始めている。
その人の流れが余すところなく見渡せる。
――こりゃあ、文字通りの高みの見物だ。いいねいいね~。
少しだけ機嫌を直したアルは壁上に登った。
「お待ちしておりました、閣下」
顔見知りの第一騎士団員が声を掛けてきた。
既に作戦は伝達されていたようだ。
アルを守護するため、選りすぐりの盾兵をつけてくれるという。
「目標は今どのあたりです?」
気持ちを切り替えたのか、アルは鋭い目つきをして尋ねた。
・・・・・・・・・
――くそ。まだか? 本当にもう限界だ。
トーニは額に浮かぶ脂汗を拭った。
脂汗は魔術の連続使用による精神的な疲労だけが原因ではない。
その顔には、多分に焦りの表情が浮かんでいる。
保有する魔力もかなり減っている。
普段の魔物狩りならとっくの昔に引き上げている量しか残っていない。
最初に敵陣で騒ぎが起こってからもうかなりの時間が経過している。
それ以来、似たような騒ぎは一切起きていない。
「っし! んま、まだか?」
トーニを守る盾兵の一人が大盾で矢を弾くと言った。
「もう少しだと思うのですが……」
トーニも内心で同じことを思いながら答えた。
「ふんっ! 幾らなんでも遅すぎないか? ひょっとして回り込んでいる途中で……」
もう一人の盾兵が不吉な予想を口にした。
確かにそういう事も考えられる。
トーニとしてもそういう考えが浮かばなかった訳ではない。
が、彼がよく知る面々が六人も束になって敵わないなどという事は考えにくいと無理やり脳内から消していた考えだ。
「よせ。今そんな事を言っても……っと!」
最初に口を開いた盾兵が相方を窘めながら再び矢を弾いた。
月の明るい夜ではあるが、やはりこの二人は相当に腕の立つ兵士なのだろう。
「ん? また一人上がってきたようだな」
「くそ。ロンベルトの奴ら、一体何人いるんだよ!?」
倒しても倒してもキリがない。
彼ら三人組だけでもう一〇人近くもの兵士を仕留めているが壁上の人数は常に補充され続けている。
しかも、ロンベルト側の迂闊な行動が減った分、仕留めるペースは落ちているのが現状だ。
「そう言うな。奴らが多いのはわかってたことだろ?」
「まぁな。だけど、こう入れ代わり立ち代わりだとゲンナリして来るぜ」
彼らがぼやく言葉を聞いてトーニは決心した。
「何かあったのかも知れません。それで裏からの攻撃が遅れているのかも……もう一人始末したら一度後退しましょう。お二方も神経を張り詰めてお疲れでしょうし」
きっぱりと言い切った。
だが、二人の盾兵はお互いに顔を見合わせるとニヤリと笑って言う。
「バカ言うな。もうすぐなんだろう? ここで戻ったら裏に回り込んでいるのが気づかれるかも知れねぇ」
「そうだ。こっちに注意をひきつけているからこそ、お仲間も回り込めるって言ったのはお前さんだろ?」
二人の言葉を耳にして、トーニは胸の奥が熱くなる。
――確かにその通りだ。裏からの攻撃が始まればこちらからも打って出る。そうしたら休めるんだし……。
新たに壁上に登ってきた男を見ながら考えた。
胸のあたりまでしか見えないが、どうやら兜だけで鎧は付けていないようだ。
が、二人の盾兵がその脇をガッチリと固めている。
指揮官クラスの大物かも知れない。
――よし。あいつを……。
弾頭の飛翔速度を高速化したフレイムアローはまだ数発は撃てる。
「あいつをやります」
その言葉だけで盾兵達はトーニの意を汲んでくれた。
少しだけ移動すると片膝をついて精神集中を始めるトーニ。
彼の両脇を熟練の盾兵が固める。
僅かに空けられた盾の隙間から目標を睨みつけ、右手の指先を伸ばす。
――よし、やるぞ!
指先に蒼い魔術光が凝集していく。
と、相手もこちらに気がついたようだ。
こちらに向かってさっと手を向けてきた。
――遅い!
トーニは、彼に数段遅れて手を向けてきた相手を嘲笑う。
あと三秒と掛からずに彼の魔術は完成するだろう。
――え?
壁上の男の掌に魔術光を認めたかと思った瞬間、それがパッと散った。
気が付くと、トーニは天に輝く月を見上げていた。
相手に向けていた筈の右腕から激痛が走る。
右腕に目を移す余裕すらなかったが、彼の腕は倍近い太さにまで膨れ上がっていた。
手の先から肩の付け根まで槍状の何かに貫かれていたのだ。
「……!」
彼を守護していた盾兵たちが何か叫んでいるのが聞こえた。
――すぐ両脇に居た筈なのに。
トーニは盾兵達から三mも後ろにまで飛ばされていた。
「そ……ん……」
振り仰ぐ月の中、小さな黒点を見たトーニは突然に理解した。
壁上の男はトーニより後に精神集中を始めたにもかかわらず、彼よりも早く魔術を完成させ、そして、その弾頭はトーニが使うそれよりもずっと高速化されていたのだ。
黒点はあっという間に大きくなる。
――ミサイルか?
トーニの意識はなくなった。
・・・・・・・・・
アルの眼下では騎兵部隊が陣地の前に突っ込んでいる。
すぐに第二騎士団の歩兵部隊がその後を追って駆け出した。
デーバスの方も戦闘の用意だけはしていたようで、村の居留地を囲む柵の内側から散発的に矢を放っている。
しかし、しっかりと鎧を身に纏っている精強な騎兵部隊はその程度の攻撃など物ともせずに突き進んでいた。
――おお、あれはバリュートか!? ナイスお手柄!
鎧を着ていないからか、手前の方を担当させられていたらしいバリュートが、手にした槍で逃げ遅れたデーバス兵を貫くところを見てアルは笑みを浮かべる。
そんなアルの左右では百人近くもの弓兵が並び、村内に向けて矢を曲射していた。
斜め上空に放たれた矢は、ちっとも当たった様子はない。
が、柵の向こうでは米粒のような兵士たちが右往左往しているのがわかった。
なお、弓兵のうち一〇人程だけは指揮官が異なるようで、手近な建物や柵に火矢を撃ち込んでいる。
――うーん……この距離でもベルなら当てられるのかなぁ? 無理だろうなぁ。
アルは愚にもつかない事を考えながらもその効果を確認している。
――しっかし、火矢を撃ち込んだらすぐ燃えると思ってたんだけど、意外と燃えねぇのな。でも、相手の人手は思ったより割けるんだな。
藁葺き屋根でもない板葺きの屋根(保温性が高くメンテナンスが必要な藁葺き屋根は従士以上の家屋に使われるのが一般的であり、そんな家屋は居留地外周にはない)だし、火炎瓶のように可燃性の液体ごと投射する訳ではないのだから当たり前である。
そもそも、火炎瓶は地球ですら第二次世界大戦中に作られた武器だ。
原油の油井を発見して喜んでいる程度の時代にある訳がない。
――それにしても、弓矢ってのは陣形を崩すには最適だよな。っつっても、平原や森林の会戦じゃないからあんまり意味があるとは思えない……って訳でもないのか。
弓兵達の指揮官が狙いを指示し、号令と共に一斉に放つと矢は塊のようになって飛んでいき、指示した周辺に降り注ぐ。
月が明るいのと矢を放つ位置が丸見えなので、その頃にはデーバス側も着弾位置周辺から退避していたり頭上に盾を掲げて防いでいたりするのだが、それが防御行動を大きく妨げているのが手に取るようにわかるのだ。
――お? おお! あれ、何て言ったっけ? ああ、猫だ。
陣を大きく回り込むように三角屋根を付けた台車のようなものが一台、陣内から出ていった。
この台車には太い丸太が固定され、それを内部で歩兵たちが押しているのだ。
要するに破城槌である。
居留地を囲む柵の手薄なところに打ち付けて破壊しようというのだろう。
大きな壁に隠れて作業できたため、デーバス側に邪魔されることなく完成していた。
普通は現地で材料を調達して作るものだが、今回は比較的小型のものを分解して運んでいたので僅か数時間で組み立てられており、これもデーバス側の予想を覆している。
なお、真ん中に搭載されている丸太だけは現地調達である。
三角屋根のついた台車が柵の手前から勢いをつけ始めた。
――うっほー、あんなもん打ち付けられたら木の柵なんか一発で木っ端ミジンコ……あら? そうでもないのね。
流石に最前線を預かる村だけあって、木製の柵とは言え一撃で破壊されるような事にはならなかったが、大きなダメージを与えたようだ。
アルは興味津々で見ている。
村内から柵の隙間を通して矢が射掛けられたりもしているようだが、猫はそれなりの防御力もあると見える。
二撃目で柵は壊された。
歩兵たちが一斉に突破口に群がるかと思われたが、先陣はバルミッシュ率いる第一騎士団の仕事だった。
「……!」
バルミッシュ士爵らしき人影が何か叫んで手にした剣を振っている。
まず、柵の向こう側に待機しているデーバス兵を蹴散らさなければ話にならない。
「ようし! 柵の向こう側、猫の右二〇mだ!」
弓兵の指揮官が大声で部下達に命じる声がアルの耳に届く。
同士討ちを避けるため、破城槌で柵を破壊した後、どのあたりを狙って矢を放つのかは予め取り決めてあるのだ。
「っかぁ~、すげぇ!」
柵に空いた突破口から出てくる敵兵の群れに向かって突撃するバルミッシュ達第一騎士団員を見て、アルは思わず声を上げる。
僅か一〇人に満たない程度の数で群がる敵兵をばったばったとなぎ倒している。
今のアルにはとても真似のできない、非常に高度な騎乗戦闘技術の博覧会だ。
バルミッシュ士爵率いる先陣が素晴らしい働きを見せたため、デーバス側の勢いが弱まった。
その瞬間を見計らってファイアブレイズ士爵が歩兵に突撃を命じる。
デーバス側も必死で抵抗を試みてはいるようだが、兵士の質は如何ともしがたいようで、程なくして村内への突入に成功した。
そして、その僅か数分後にデーバス側は降伏してきた。




