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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百十話 辺境にて 3

 カンビットの隊長とエノーグとの間で行われた話し合いはすぐには終わらなかった。


 話し合いが行われている隊長の部屋からは、時折怒鳴り声のような不穏な雰囲気も漏れており、聞き耳を立てていた騎士団員にはどちらかが納得せず、二人の隊長同士は相手の意見に反対であったように聞こえていた。


 しかし、数時間後にはぶすっとした顔つきのエノーグが顔を出して酒と料理を二人分要求してきたので、話し合いは終わったか先が見えてきたのだと想像された。

 料理はともかくとして、酒が要求されたというのはそういうことであろう。


 そして翌朝。

 隊長同士で話し合われ、合意に至った内容が発表された。


 ロンベルト側の増援を待たずしてワイヴァーンの退治を行うという事である。


 増援が来る迄は消極的に護衛に注力しようとしていたロンベルト側とは異なり、カンビット側は少し前から近隣の貴族や従士などが充分に集まっており、退治の体制が整っていた事が大きい。


 今迄は軍人の足りていないロンベルト側との足並みを揃えるために隊商の護衛に専念していたのだ。

 だが、ここ数日で本格化してきたワイヴァーンの襲撃によって、徒に被害が拡大することを恐れたためである。

 直接的には昨日今日と相次いで、カンビット側において隊商護衛の際にアーバレストの射手が二人も失われてしまった事だろう。


 アーバレストの射手はそう簡単に替えが利かないのだ。

 勿論操作要員は射手を代替できるように訓練はされているが、射撃の腕はセンスがその大部分を占める。


 本来、標準的な大きさのワイヴァーンを退治する為の最少人数は一〇名前後とされる。

 内訳は、アーバレスト一基の操作に射手が一名、分解・組み立て・再装填などに追加で四名の五名。

 少し離れた場所で狙い撃つアーバレストの操作要員は生き残る事が多い。

 なお、あたり前の事だが、アーバレストは訓練を受けた者にしか扱えないため、相対的に軍人の被害は少ないのが普通である。


 囮には牛馬などを充てるが、そばに誰もいないと最初の一撃で一頭は死んでしまうので、それを逃がすための管理要員として最低一~二人は必要だが、これが最も危険な任務である。

 そして、追加の目標となることで足留めし、アーバレストによる射撃を行いやすくすると同時に、傷ついて飛行出来なくなったワイヴァーンを直接仕留める者が四~五名前後。


 これだけの人数で仕留められたという記録も多いし、中には人的被害無しで退治出来たという記録すらある。

 だが、アーバレストを外したりすれば当然仕留めることは難しくなり、歩兵や囮が全滅したという記録もまた無数にある。


 何にしても、この一〇名前後という数字は「最低限の人数でワイヴァーンを仕留めるなら」という話である。


 アーバレストも狙いが外れることを考えたら一基だけでなく複数が欲しいところでもあるし、直接矛を交える人数ももっと多い方が良い。普通はこの数倍の人数を揃えて罠に掛けるのだ。

 こういった理由もあって、ワイヴァーンの被害が起きる可能性のあるこの関所には、ロンベルト・カンビット両国とも普段から三〇名前後の軍人を詰めさせている。


 が、このところの襲撃で両国とも一〇名近くの死者が出ており、このままだとあと数日でまともな部隊行動すら難しくなる事が確実視されていた。


 エノーグとしても部下達をむざむざと目減りさせたくはないし、出来ればさっさと退治してしまいたかった。

 とは言え、自ら増援を依頼した手前、積極的な行動は躊躇われる。

 また、エノーグ自身がワイヴァーン退治を指揮した経験もなかったために自信がなかったという理由もあった。


 それはそうとして、とにかく新たな方針が定まった以上、編成も組み直す必要がある。

 これから二日間に亘って、両国の関所は隊商の護衛を止め、街道の通行も禁止する。

 商人たちは最寄りの街などで足止めを食うことになるが、それも致し方ない。


 全てはワイヴァーンを退治しなければどうしようもないからだ。


 誰もがワイヴァーンの退治を念頭に置いて行動しなければ退治など覚束ないのだ。


 退治の大まかな作戦は以下の通り。


 まずは退治を行うための場所の策定である。

 これは隊長同士の話し合いによって、ここからほど近いカンビットの領内に丁度良い場所があるため、そこを使うことが決まっていた。

 そこは、カンビット側で昔からワイヴァーン退治に利用されてきた直径五〇m程の、円形をした少し開けた平地だった。


 その広場の真ん中に、ワイヴァーンを誘引する餌として、牛馬を一頭ずつ繋ぎ、それぞれの管理者として二人が待機する。

 広場を取り囲む森の中には武装した兵士や冒険者達が潜む。

 また、ロンベルト、カンビット双方の関所にある合計四基のアーバレストを全て持っていき、こちらも周囲の森の中に据え付けて牛馬の辺りに照準を合わせておく。


 ワイヴァーンが現れ、牛馬に狙いを定めたら襲い掛かられる寸前に囮の牛馬を解き放ち、同時に周囲に隠れていた兵士達が一斉に襲いかかる。

 それと同時に四基のアーバレストを連続して発射して、ワイヴァーンに傷を負わせて飛行能力を封じるのだ。


 規模の大小は違えども、大昔から続くワイヴァーン退治の基本を踏襲したオーソドックスな作戦である。


――ワイヴァーンが一匹ならこれで仕留められるだろうが……。


 エノーグが心配し、相談を持ちかけてきたカンビット側と口論になったのは、複数のワイヴァーンが目撃されていたからだ。

 エノーグとてただ消極的に手をこまねいていた訳ではないのである。


 カンビットの隊長としても、当然そんなことは知っていたが「一匹ずつ仕留めればいい」と主張し、結局エノーグが折れる形になっていた。


「騎士スピンドル。第一アーバレストの射手を」

「はっ!」

「従士ミズードと従士ガムランはその装填手を」

「はっ!」


 エノーグはキビキビとした口調で班を分けていく。


「それから貴様と貴様も装填手だ」

「はいよ」

「了解です」


 冒険者や付近から馳せ参じた従士も当然のように割り振られる。

 当初に宣言されていた「護衛のみ」という内容に反するが、元々ワイヴァーンを退治して高額な報奨を手にするのが目的であるため、誰一人として尻込みするものはいなかった。

 むしろ欲望に目をギラつかせているのが殆どだ。


「従士コライル。貴様は囮の馬を逃がす役だ」

「は、はいっ!」


 一番危険な囮役は騎士団に所属する若い従士に割り振られた。

 従士コライルは緊張の面持ちで返事をする。


 そして、フィオとグレースは一番人数の多いワイヴァーンに対する直接攻撃要員となった。


――ワイヴァーン……何程のものか!


 腰に長剣を佩き、右手に掴んだ槍の柄を握り締めながらフィオは獰猛な表情を浮かべていた。

 彼と肩を並べるグレースはフィオと同じ班になったことに胸を撫で下ろしている。


――この人と一緒なら……行ける。


 グレースにとってフィオは最強という座に一番近い戦士なのだ。


 なお、カンビット側のエセルも兄やヘジェック村の従士達と共に直接攻撃要員に班分けがなされていた。




・・・・・・・・・




 広場の周囲の森の木に登った物見の兵達がワイヴァーンの接近に目を光らせている。


「見えた!」

「いたぞ!」


 もう何度目かわからないが、その度に周囲に隠れて待機を続ける全員が緊張する。


 持ち場についた者達は指揮官であるエノーグも含めて全員が武器を手にし、唇を舐めて湿らせている。

 山頂の方から吹き下ろす冷たい微風が顔を撫でるが、つい先程まで寒いだの腹が減っただのと不平を零していた者達も、今は誰も喋っていない。

 誰かが飲み込んだ、ゴクリという唾を飲み込む音すらも聞こえてきそうなくらい辺りがシンと静まり返る。


「よし、こっちに食いついた!」

「急降下!」

「南東からだ!」


 ワイヴァーンを観察していた物見達が声を上げ、続いて彼らが木を滑り降りる音が辺りに響く。

 地面に設置された四基のアーバレストの射手達が引き金に手を掛けた。

 狙いは今繋がれている二頭の馬の少し上。

 既にきっちりと定められている。


「……」


 広場の周囲で身を潜めていた者達は無言で槍を持ち直すと、いつでも飛び出せるように中腰になった。


「……来るぞ! あと五〇〇!……四五〇!……四〇〇!……」


 危険を押して一人だけ木に残っていた物見が、接近してくるワイヴァーンの距離を報告する。

 なお、彼が報告する距離は、勿論あてずっぽうだが、物見を仰せつかっているだけあってさほど大きな誤差はない。


 兄達と森に潜んでいたエセルの目に、囮にした馬を繋ぐ縄に対して剣を振りかぶる二人の男の姿が映る。

 一人はロンベルト側の軍人、鎖帷子チェインメイルに身を包んだコライルという若者であり、もう一人は身軽そうな格好をしたカンビット側の壮年の冒険者だ。

 二人の顔は緊張のあまり大きく歪んでいる。

 高価な牛馬だが、ギリギリまでワイヴァーンを引き付ける餌とせねばならない。


 木立すれすれで襲撃を掛けて来るワイヴァーンの行動は、大抵の場合は一つに絞られる。


 目標の寸前で急激に勢いを殺して、体の下側から先が槍状に尖った尾を突き出して、それを目標に突き刺すのだ。

 その瞬間を狙ってアーバレストは放たれるし、牛馬は解き放たれ、尻を叩かれて遁走するのだ。

 フィオやグレース、エセル達はそれに合わせて襲撃を掛ける。

 そうしないと馬を逃がす役の者達が大変危険な目に遭う。

 首尾よくアーバレストが命中し、飛べなくなったとしても巨体を誇るワイヴァーンが地表で暴れたら……。


「三〇〇!……二五〇!……部隊復帰します!」


 ついに最後の物見も木から滑り降り始めた。

 森の中の木に登って目立ちにくいとは言え、万が一彼が目を付けられて目標が変更されでもしたら罠の意味がなくなってしまうからだ。


「行くぞっ!!」


 タイミングを見計らったカンビットの隊長の号令が響いた。


「「うおおおっ!!」」


 号令一下、フィオ達も一斉に広場中央を目指す。

 本来であれば数人で分けた班ごとに順番に走り出すのだが、この時は全員が一斉に走り出した。

 囮となる牛馬が寸前で逃されるため、早目に走り始めた班の方が危険度が増すと言って、エノーグが強硬に反発したためである。


 ざああっ!!


 木立すれすれに飛行してきたワイヴァーンが風を切って現れた。

 ワイヴァーンは広場中央の牛に目を付けていたようだ。


「うおっ!」

「でかい!」

「でかくねぇよっ!」

「やっちまうぞ!」


 走りながらも飛来してきたワイヴァーンを認めて口々に叫ぶ兵士や冒険者たち。


「イヒッ……!」


 急速に迫りくるワイヴァーンを見上げて恐怖のあまり涙を浮かべてしゃくりあげながらも、従士コライルはその仕事を放棄しなかった。

 牛を繋いでいた縄に剣を振り下ろすのはもう少し先でないといけない。


 年末近くの冷たい空気を裂きながらワイヴァーンが飛んでくる。


 その距離は、もう僅かに数一〇m。

 目と鼻の先だ。


 背中は群青、腹や翼の被膜は青灰色をした空飛ぶ巨大なトカゲ。


 恐らくは五mになんなんとするその全長よりも、余程幅のあるであろう翼長。

 翼はコウモリのように腕が変形したもののようであるらしく、翼の中ほどには大きな爪が一本。

 残りの指は翼を拡げるためだけに残っているのだろう。


 大きな蛇のような頭部はスラリと伸びた首の先。

 かっと開いた大きな口にはナイフのような歯がずらりと生え揃い、その胴からはかなり太くて丈夫そうな鉤爪付きの脚が左右に生えている。


 ワイヴァーンは、その尻尾の先が広場に達するか達しないかというところで体を引き起こし、翼を大きく前に振ると急減速した。


 空気抵抗を減らすように後ろに流していた脚が持ち上げられ、鶏の脚のように三本も生えた鉤爪を広げる。

 尻尾が丸められて足の間から錐のように先の尖った尻尾の先が見えた。


――今だっ!!


 コライルは隣で怯えて前足を上げている馬の綱を切るとすぐに剣の平で馬の尻を叩く。

 そして地面に転がった。


「撃てっ!!」


 エノーグの号令が響く。

 周囲からはアーバレストから放たれた、槍のように太い巨大な矢が唸りを上げて飛来してきた。


 ぞぶぞぶぞぶぞぶっ!!


 嫌な音を立てて矢はワイヴァーンの体を貫いた。


「グギャアァァァァッ!!」


 苦痛の咆哮を上げ、ワイヴァーンは地に落ちた。

 その時にはフィオを始めとする直接攻撃要員達も到着しており、突撃の余勢を駆った強烈な攻撃がワイヴァーンの体に突き刺さる。


「尻尾に気をつけろっ!」

「おうさ!」


 頭部や尾部の方から近づいてきた者達は慎重に距離をはかってワイヴァーンの攻撃が届かない場所から牽制する。


「おらぁっ! うおっ!?」

「飛べないだけで翼も振ってくるからな! 慎重に行け!」


 怒号が飛び交う。 


 その間、森の中ではエノーグが大声を上げて号令している。


「第二射用意!」


 その声はエノーグと反対側の森の中に設置されているアーバレストを操る者達にも届いていた。

 彼らもエノーグに命じられるまでもなく、アーバレストにクランクを取り付け始めている。


 体中から血飛沫を振りまいてワイヴァーンが立ち上がる。

 感情を感じさせない筈の爬虫類の目には憎悪の炎がちらついているようにも見て取れ、ワイヴァーンを取り囲んでいた人垣は少し広がった。


「ゴギャアァァッ!!」


 一つ咆哮すると、ワイヴァーンは両足を踏ん張って尻尾を振り回す。

 エセルを含め、そちらの方に居た者達は一斉に散らばって攻撃を避ける。


「ゲギャアァァッ!!」


 飛翔するには足りないが、それでもまだ兵士や冒険者達には致命的な威力を保った翼が振るわれる。

 その被膜に対して槍が突き込まれ、見る間に穴だらけになる。

 槍の扱いに長けている者は穂先だけを突き込んで槍の刃を上手に使って翼の皮膜を切り裂くことすらしている。


 フィオの槍が右足の付け根に突き刺さった。

 即座に槍を捻り、傷口を拡げると同時に引き抜いた。


「ギシュアアァァッ!!」


 他の者の槍も次々とワイヴァーン目掛けて突き出された。

 僅かにいる魔法が使える者も攻撃魔術を叩き込む。


「ギエエェェッ!!」


「くそっ! まだ死なねぇのか!?」

「しぶといな」


 数十人が殺到したワイヴァーンは息も絶え絶えになっていたが、まだ立って動いており、危険がなくなった訳ではない。


「おい、背中は鱗がでかいからな、気を付けろ!」

「あ、ああ、すまん」


 だが、報奨の心配を始めているあたり、かなりの余裕が生まれているようだ。

 慎重に攻撃を重ねていけば、仕留めきるのも時間の問題だと思われる。


 バシュッ!


 どこかのアーバレストがいち早く装填作業を終了したらしい。

 新たな矢を放った。

 が、その瞬間にワイヴァーンが頭を下げてしまったようで、大威力を秘めた矢は虚しく梢の向こうに消えていった。


「撃つな!」


 無駄を悟ったエノーグが命じた時には他にも矢を放ったアーバレストがあったようだ。

 手柄を逸ったのだろうか?


 ワイヴァーンを囲む戦況はこちらに有利に推移している。

 アーバレストが当たらずともワイヴァーンが弱ってきていることは火を見るよりも明らかである。



――死者どころか大きな怪我を負った者もいなさそうだ。大勝利か。


 そう思ったエノーグが積極性に欠けていた己を恥じた時。


「新手だ! 急降下してる!」


 誰かの叫びが広場に木霊した。


「何だと!?」

「どこだ!?」

「あっちだ!」

「全員散れっ!」

「ちょ、待って」

「お、囮が!」

「元の場所に戻るんだ!」


 エノーグは苦い思いを噛み締めて命じる。


「全アーバレスト用意!」


 だが、そこで大きく士気を挫く声が……。


「あっちだろ!?」


――ま、まさか二匹同時!?


 エノーグを含め、全員に戦慄が走った。


「おい貴様っ!」

「あっちですよ! ほら」


 男が指差す方を見た者は、急降下どころか、こちらに向かって一直線に飛んでくるワイヴァーンを認めた。

 まだ遠くてよく判らないが、今倒したワイヴァーンよりも少し大きい感じがした。


――く、こうなることが一番……! 今度こそ犠牲者が、いや、碌な準備もないところへ二匹……全滅もありうる。アーバレストを置いて分散後退させるべき……。


 エノーグがそう思った時。

 彼と反対側のアーバレストの方から叫び声が上がった。



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