第百四話 忙しい日々
7449年12月22日
食事の後、お茶を飲んでいる時。
「あ、ちょっとお手洗いに……あなた、ちょっと抱いてて」
姉ちゃんがマルツをお義兄さんに渡して席を立った。
トイレか?
チャンスだ。
「あ~、ごめん。先に……でかい方なんだよ」
リビングを出ようとする姉ちゃんの肩に手をやって少しだけ強引に体を入れ替えた。
「は? ちょ、あんた」
こんな事、したことがなかったので姉ちゃんは少し慌てている。
お義兄さんや親父さんから見えない角度になったところで姉ちゃんの手から燭台を奪いつつ、小さく折りたたんだ手紙を姉ちゃんのベルトに挟んだ。
「ごめんごめん、限界が近いんだ」
「もう、廊下の奥を右のところよ」
俺の行動に姉ちゃんは一瞬だけ顔色を変えたが、激発する前に俺が手紙を渡したために特に騒ぎ立てはしなかった。
「悪いね」
「早くしてよね、もう」
ふ~っ。
ちょっとした賭けだったけど、俺らしくない強引な行動について不思議に思ってくれたのが功を奏したな……。
トイレの扉を閉めたらすぐに生命感知を使った。
それから二〇秒おきくらいで連続して使う。
……家のすぐそばで全く動かない反応が三つ。
距離からいってこの家の壁にでも貼り付くようにしていると思う。
あと、家から少し離れた場所にも動かない反応が幾つもあるが、これは他の家の人の可能性が高いから何とも言えない。
魔法を使いながら二分ほど時間を潰した後でリビングに戻った。
「本当、伯爵になったってのに行儀悪いったらありゃしない……」
リビングに戻ると姉ちゃんが毒づきながら俺から燭台を奪うようにしてトイレに駆け込んだ。
我慢させちゃってごめんよ。
「悪い悪い。ごゆっくり~」
姉ちゃんが戻るまではお義兄さんに抱かれたマルツをあやしていればいい。
因みに、手紙に書いた内容は誤解の余地が無いように、要点だけを箇条書きだ。
1.この手紙は読んだらすぐに燃やして処分すること
2.マルツの魔法の修行について、まだ何も考えていないのであれば右手で鼻を掻く
3.貴女と同様に五~六歳頃から始めるつもりで、兄か父にそれを言っていないのなら左手で鼻を掻く。
4.同上、兄か父に報告済みであれば右手で顎を掻く
5.普通の人と同じように成人頃から始めるつもりであれば左手で顎を掻く
6.それ以外、もしくは詳しく話をしたいのであれば右手で頭を掻く
7.6の場合、数日中に商会の方に来て欲しい。右手で頭を掻いたのであれば私から適当な理由で話を振る
用を済ませて戻ってきた姉ちゃんは右手で頭を掻いていた。
そうか。
「あ、言うの忘れてた。姉ちゃんの鎧、いい加減サイズがきつくなってるだろ? 新しいの作るから近いうちに商会まで来てよ。サイズ測らせるからさ」
「え? マルツ産んだからお腹も引っ込んだし、先週着てみたらまだ着れ……」
アホか!
こ、高価な鎧を恵んでやろうと言うのに断るだと!?
じゃない、話をしたいんだろうがよ!?
「まだ暫く騎士団に行かないんだろ? それに、来年には北に行くんだからおニューの方がいいと思うんだけど……」
表情に表さないように多大な努力を必要とした。
「ミルーさん。折角のお申し出だし、ここは伯爵閣下に甘えてもよろしいのでは?」
ほれ、親父さんも言ってるじゃないか。
「ミルーさん。ご自身でも流石にくたびれてきたと先日……」
お袋さんも言ってる。
それに、自分でもそろそろ限界だって分かってたんだろ?
何しろ今使ってるのって姉ちゃんが一八の頃に作ったやつだからもう七年だ。
妊娠を別にすれば体型自体はそう変わっていないみたいだったから、今までは誤魔化しながらも使えてたんだろうが、いい加減くたびれてきてんだろ。
製品としての世代も古いし。
「でも……」
「ミルー。鎧が新調されるのであれば俺も新しく陣羽織を作るよ」
「え? そう?」
おお、お義兄さんも良い事言うね!
因みに陣羽織ってのは鎖帷子なんかの上に着るワンピースみたいな奴から金属鎧の上に羽織るようなコートやマントみたいな奴まで幾つかの種類がある。
軍馬に着せることも多い。
どうせなら格好いいのを仕立ててやってくれ。
「うん。今のは材質も良くなってるから同じような防御力でももう少し軽く作れる筈だし、何よりも今サイズ測っておけば来年の出征にも間に合うと思う。それに、姉ちゃんの鎧を作るとなりゃ、バークッドにいるテイラーだっていつも以上に気合が入るってもんだろ。まぁ、最新のタイプの広告にもなるからさ……」
何で恵んでやる方の俺がこんなふうに下手に出なきゃならんのよ?
まるで姉ちゃんの身を心配してるみたいじゃないか。
格好悪いなぁ、もう……って、そりゃいつも通りか。
「そこまで言うなら貰ってあげてもいいわ」
ねぇ胸そらすな。
ノーバスト・ノーライフだぞ。
次の奴は俺が作る訳じゃないから胸の大盛りは無しだかんな。多分。
「……まぁいいや。明日と明後日は用があるから明々後日に来てくれ。んじゃ、俺ぁ今日はもう帰るよ。ハミルさん、お義兄さん。ごちそうさまでした」
「碌にお構いもできませんで……」
「またいらして下さい」
「いえいえ。じゃあな、マルツ」
姉ちゃんの家を辞して、歩くこと数分。
今歩いている道には俺しかいない。
そろそろいいかな?
くるりと振り返った。
俺の後ろには予想通り数人のラッパが……いねぇでやんの。
だけど、わざわざ人通りの少ない寂れた道に行ったんだ。
おあつらえ向きに道の片側にはドブ川が流れていて、柳も生えているからなんだか雰囲気もある。
「えーっと、ザイドリッツさんですか? 少しなら時間がありますよ」
とか言ってみた。
これで本当にラッパが付いてきていなければ只の痛い奴だなぁ。
……。
…………。
物陰からすっと数人の人影が出てきた。
「……流石は噂に名高いグリード閣下ですな」
よ、良かったぁぁ! 出てきてくれて。
痛い子にならなくて済んだよ。
えーっと……。
うん、三人いるうちの真ん中の奴がジラード・ザイドリッツか。
「明かりを点けましょう」
足元の小石を拾い上げてライトの魔術を掛けると三人組と俺との間に放り投げた。
改めて見るザイドリッツの顔は先日の影武者と微妙に似ている。
微妙に似ているだけで違うけど。
髪型や髭型、体つきなんかはそっくりだ。
遠目でしか知らないのであればまず間違えるだろう。
「一応確認なのですが、貴方まで偽物ってことはないでしょうね?」
何しろ、このジラード・ザイドリッツのレベルは影武者よりも少し低い一四なのだ。
尤も、レベルなんかあんま当てになんないけど。
あの影武者は荒事専門なんかね?
ザイドリッツはゆっくりとライトの小石のあたりまで進み出て、右手を伸ばして甲を俺に向ける。
「昨夜は失礼いたしました……私が……本物のジラード・ザイドリッツです」
本物って……。
一応、昨夜の人もジラード・ザイドリッツという名前なんだから本物ではあるんだろうに。
ああ、俺が言ったからか。
「ステータスオープン」
彼の右手に触れながらステータスを確認する。
そう言えば、昨晩は鑑定だけでステータスは確認していなかったな。
「昨晩私が申し入れました件について、お返事が聞けますか?」
偽物には断られたけどな。
ま、一応、聞いておかなにゃならんだろう。
「その事ですが、私の返事も一緒です。お断りいたします」
ザイドリッツは硬い声で返事をする。
「そうですか。それは残念です」
「ご期待に添えず申し訳ありません」
はて?
それだけの為にわざわざ出てきたの?
だとしたら礼儀正しいんだねぇ。
「お気になさらず。しかし、どういった理由でそうご判断なされたかのかは別にして、そういう結論であれば仕方ありませんね。では、失礼します」
正直言って、お義兄さんのルートと手を組みたかったが、無理だと言うならしょうがない。
エンブリーの派閥に当たるか、陛下に頭を下げるかしかないな。
そして、宿に向かおうとする俺をザイドリッツが呼び止めた。
「お待ち下さい、グリード閣下」
もう、なによ?
ザイドリッツ派は俺と手を組みたくないんだろ?
「その、陛下には何と……?」
……。
呆れて声も出ないとはこの事か。
「えーっと、何をご期待かは存じませんが、一応今後の予定を話しておきましょうか。私は明日にも工場に出勤してくるであろう丁稚のヴィシャスという子を通じてエンブリーさんとの会談を取り付けたいと思っています」
ザイドリッツは表情を動かしていないように見える。
「それが上手く行けばいいのですが、そうでない場合、月末には陛下にお目通りする予定ですので、その際に直接陛下にお願いしてみるつもりです」
陛下がうんと言って、「お前ら、グリードの頼みを聞いてやれ」とか言ったらどうせ断れないんだろ?
まぁ、そうなると俺の方も結構な金を毟られると思うけど、そこは仕方ない。
勿論、その際にはこのザイドリッツとエンブリーの二人に袖にされたともお伝えするつもりだがね。
「……なるほど。ところで閣下はケンダクト・ダーガンとエズムンド・バケイラという名にお聞き覚えはございませんか?」
ほれきた。
「は? ケンダ、何ですって?」
ポーカーフェイスですっとぼけた。
「ケンダクト・ダーガンとエズムンド・バケイラです。ケンとエズミーでも結構です」
「うーん、知らない名ですね」
今頃はコートジル城からちょっと離れたどっかの地面の下(場所は俺も知らない)で腐乱してるだろうけど。
魔石はズールーが取って俺がディスインテグレイトで塵にしたから、たとえ死体が掘り返されたとしてもオースの科学力だと特定はできない。
「本当に?」
「本当です。そのお二方が何か?」
「いえ……隠しても仕方ありませんな。ケンダクト・ダーガンは私の手の者でした」
バケイラは国内諜報のマクダフ・エンブリーの配下だったっけ?
「先日、ある隊商の護衛として王国南部に向かったのですが、西ダート地方で消息を絶ちました」
「我が領土で?」
「ええ。西ダートのべグリッツまでは隊商の護衛として到着したことは確認が取れています」
あらら、疑われてるのかな?
まぁ、正解なんだが。
しかし、例の隊商が戻った事と奴らが居ない事が一日で知られるのか。
……大して複雑な話でもないし、隊商が戻ったのであれば聞けばすぐに分かる話だった。
「ほほう。べグリッツで……それは存じませんでした。いつ頃の話です?」
「……一〇月の半ば頃だと」
「ふた月前ですか……しかし、隊商の護衛が途中で消えるなんて珍しくもないのでは?」
実際、よくある話だ。
少し大きめの街で護衛費用を精算するのは往々にしてあるし、それでまとまった金が入って消えちゃう奴なんか冒険者には数多くいる。
「彼らは給料を精算しないまま消えたそうです」
ザイドリッツは落ち着いて言った。
「へぇ、そうなんですか? 珍しい事もあるものですね」
俺の方も毛の一筋ほどの動揺も浮かべていない。
「……そうですね。それに、彼らには任務がありました。それを途中で放棄して雲隠れするなどあり得ません」
「その任務についてお聞きしても?」
「伝言です」
「では、伝言がなされなかったと?」
「今のところ、そこまでは分かりません」
「誰への伝言ですか? その相手に当たってみるのが一番手がかりに近いのでは? あ、まさか、私?」
「いえ……閣下ではありません」
そらそうだろう。
「では、誰ですか? ああ、伝言相手がべグリッツの者ではない?」
ほら、助け舟だ。飛びつけ。
「ええ」
「ま、これ以上は妙な領域に入るようですから遠慮します。それで、なぜ私にそのお二人の事をお尋ねに? 確かにべグリッツは私の膝下とも言える街ですが、領外の隊商の護衛についてまでは流石に……」
「いえ、閣下が二人についてご存じ無いようであれば結構です」
ザイドリッツはそう言うが、その目つきからして俺の疑いは晴れていないようだ。
「そうですか、では」
再び宿に足を向けようとした。
「閣下が我々の事を陛下にお話しなされるのであれば、我々も二人の消息について陛下にご報告申し上げない訳には参りません」
なんだ。そういう事か。
そんなもん、脅しになるかっての。
わざと呆れた顔をして言ってやろう。
「陛下が直接ご管掌なされておられるという組織の構成員が消えたのなら一大事ですものね。ああ、年末まで陛下にアポイントメントが取れないのであれば私から陛下にご報告申し上げても宜しいですよ? そうそう、お名前とか忘れたり間違えたりしたら問題ですので後で私の商会の方にその顛末を書いたメモでも届けておいて下さい」
俺の言葉を聞いたザイドリッツは何か言おうとして言えない様子だった。
・・・・・・・・・
リーグル伯爵が去っていったのを見送った三人は、その姿が夜闇に消えると額を突合わせていた。
「お、お頭……」
「ケンとエズミーは本当に……?」
「わからんからカマを掛けてみたんだが……」
二人の部下達にザイドリッツは唸るように答えた。
「しかし、伯爵は全く動揺していませんでした」
「ああ。お頭は本当にあいつらが伯爵に情報を漏らしたと……?」
「わからん。本当にわからん。材料が少なすぎて判断ができん」
ザイドリッツの顔に深い苦悩からの皺が刻まれる。
「でも、昨晩会ったザイドリッツの兄哥やハミルなんかは嫁さんの伝手だって……」
「それはそれで問題だ。我らについての情報がライルのデュロウ達にだだ漏れだったって事になる」
「うむ……今までライルにそういう兆候は見られなかったからな……油断があったか。こちらも何度も探りを入れているがあの国については表面的な事以外何も分かっていない」
「でも、奴らは五〇〇〇人も居ないって話じゃないですか。しかも大半が山奥に篭って出て来ないし、陛下もライル王国にはあまり手を出すなって……」
「そこが不思議なところだよな」
「我等がロンベルト王家とライル王国には大昔に何らかの繋がりがあるとは聞いている。なんでも初代ジョージ陛下まで遡るほどの昔からの繋がりらしい。陛下もそれ以上は教えては下さらなんだ」
ザイドリッツはどこか諦めたかのような顔つきで言った。
「で、でも、このままじゃ我らの存在について伯爵に知られた事が陛下に……」
「ライル王国に我等の事を握られていたのだとしたら、それはお頭や俺達が生まれるよりも前の事なんじゃ?」
「おお! だとしたら……」
「責任逃れの発言は止せ。我等の父祖に責任を擦るようなみっともない事を言うんじゃない」
「は、はい……」
「すみません、お頭……」
「しかし、伯爵がライルから情報を得たというセンは充分に考えられる」
「ですね」
「ああ。あの様子じゃあ直接陛下に申し上げるだろうな……もうこれ以上引っ張る意味はないだろう。お怒りを覚悟して今晩にでも奏上しておいた方が良さそうだ」
苦虫を噛み潰したような表情でザイドリッツは言う。
彼ら乱波の、少なくともお頭連中はアルの予想に反して強固な一枚岩であった。
また、保身の為に報告すべき事を怠るような真似もしない。
当然、勝手にアルから裏のアルバイトを請け負うなどという選択肢もない。
それは国王もよく理解しており、だからこそなんだかんだ言いながらも彼ら乱波には信頼を寄せているのだ。
・・・・・・・・・
7449年12月23日
またもや朝飯に三段カゾット・バルダーガーを食べ、その足でまず工場に行った。
ヴィシャスとかいう丁稚の顔を覚えておきたかったからだ。
バストラルに言ってダーベン・クーリスってガキを呼び出した。
……何度見ても見事に偽装するもんだな。
本名は【ヴィシャス・エンブリー】。
勿論*印がついている。
「キンバリー牧場からは良い品質の肉を仕入れられていると聞いている」
「は、はい! こちらのご要求品質に適うよう、牧場をあげて……」
右手を上げてそれ以上御託を述べるのを黙らせると、小さく折りたたんだ紙をそっと手渡した。
紙片にはあのあばら家の地図を書いている。
「今日一日、暇をやる。親父さんに渡してこい。そして、この場所で明日か明後日の真夜中、話がしたいと俺が言っていたと伝えろ。いいな?」
ヴィシャスは俺がラッパについて知っていると聞いていたのだろう。
ゴクリと唾を飲み込んで紙片を受け取った。
「明日の朝までにどちらの日がいいか返事を聞かせろ。それから、わかっているとは思うが、そこに来たのがお前の“本当の”親父さんじゃなかった場合、どうなるかよく考えろよ? 行け」
ヴィシャスは転がるように走っていった。
その後は上等な服に着替えて商会に向かった。
今日はグラナン皇国、バクルニー王国、カンビット王国の大使館だか領事館だかに赴いて、伯爵就任のお祝い品のお返しを贈る日なのだ。
この三国からは軍馬と奴隷を貰ってるから、それなりの物をお返ししなければならない。
ま、俺が考えているのはガラスなんだけどな。
因みに、商会のガラス戸について、工事は始まっているがまだ終わっていない。
今は壁のぶち抜きが終わってガラス戸や雨戸を作り、レールなんかを設置しているところだ。
なので、商会の通りに面した壁の代わりに毛布を広げてぶら下げている。
板くらい用意して欲しいもんだよな?
先日用意しておいたグラスなどのガラス製品を丁寧に布で包み、ギベルティに持たせると出発だ。
えーっと、一〇時からグラナン皇国の大使館。一三時にバクルニー王国の大使館、一五時にカンビット王国の大使館だったな。
なお、デーバス王国の領事からは何も貰ってないのでデーバスの領事館はシカトする。
いずれ本国を切り取って行くつもりだから変に交流が発生しなかったのはもっけの幸いだね。
因みに、ライル王国の領事、じゃない、外商長であるトゥケリンのおっさんにはしょっちゅう物をあげているので今更だ。伯爵就任の時も何もくれなかったし。
「おお! 美しい!」
グラナン皇国の大使、カーマイン伯爵はうっとりとした目つきでワイングラスを眺めていた。
「こ、これは……なんという……!」
バクルニー王国の大使、ダディゲイル伯爵は言葉に詰まったまましばらく固まっていた。
「うーむ……うーむ……うーむ……うーむ……うーむ……素晴らしい……」
カンビット王国の大使、ミミルーゼ伯爵はうんこの我慢でもしていたらしく、唸りっぱなしだった。冗談だけど。
三人共、近々グリード商会で売り出すことを伝えると目の色が変わった。
うん。
外貨を稼ぐのは重要だ。
来年の四月くらいには俺も政務や事務のかなりの部分を下の役人共に割り振るつもりだから、時間的な余裕もできるだろう。
透明なガラスくらい、幾らでも作ってやるわ。
それに、今のところは俺の領土内の需要を満たすので手一杯な井戸の手押しポンプも来年の春くらいには余裕ができ始めるからな。
もっともっと金を用意しておいてくれ。
・・・・・・・・・
7449年12月24日
朝飯にラーメンを啜っていたらヴィシャスが戻ってきた。
会見は明日の夜を希望するらしい。
まぁ今日はクリスマスイブだから真夜中にあんな寂れた場所まで出歩くのは少し抵抗がある。
バストラルが奴隷たちになんか振る舞うらしいしな。
飯のあと、新工場として使う建物を見に行った。
今までのソーセージ工場から一〇〇mほど離れた場所に建つ、少し大きめの建物だ。
ギレアン商会の犬人族に金を払ってすぐに買い取ることにした。
バストラルはコンロの魔道具や明かりの魔道具についても魔道具屋スプレンダーと話をつけていたようで、今日の午後には運び入れる手はずが整っているという。
什器の運び入れの監督をするバストラルを置いて、俺とキャシーはその足でバルドゥックに向かった。
勿論、ギベルティが御する馬車でだ。
懐かしい「奴隷の店 ロンスライル」の前に馬車を停める。
また一〇代から成人前のガキの奴隷を四〇人ほど頼んでいたので購入するためだ。
「これは伯爵閣下。お待ちしておりました」
相変わらず艶のある声でマダムが応対してくる。
もういい年なのにいつまでも若々しいのは何人もの夫がいるからだろうか?
「頼んでいた奴隷ですが、用意はできていますか?」
「勿論ですわ。閣下。全員よく仕込んでおきました。どうぞお選びください」
マダムは四〇人という俺の注文に対して五〇人ものガキを集めてきたらしい。
……困ったな。
キャシーなら全員買いたいと言うだろう。
ま、いっか。
ジョンとテリーの負担が増えるだろうが、奴らも小頭なんだから、それくらいの苦労はしておいた方がいい。
「キャシー、君がいいと思ったら多少は増えてもいいよ」
「わかりました。話をしても?」
「ああ、ゆっくり選んでくれ。俺はお茶でも飲んでるから」
結局、予想通りキャシーは全員欲しがった。
まぁ、ガキは安いから誤差みたいなもんだ。
合計六三二〇万Z也を支払って五〇人ものガキを買った。
王都への帰り道、キャシーに尋ねる。
いつかの時と同様にガキどもは歩きだが、これは仕方ない。
「なぁキャシー。こいつらを仕込むのにどのくらいかかる?」
「半年もあれば単独で売り物のバルドゥッキーを作ることはできると思います」
「そうか。読み書きや計算は?」
「それは……人それぞれですから……でも、今はジョンもテリーもちゃんと教えられるようになっていますし、それ程はかからないかと」
なお、以前から王都で使っている奴隷のうちでもジョンとテリー以外の年長の奴隷についてはバストラルが八人見繕っているので、今回一緒に領地に連れて帰る予定だ。
「キャシー。バストラルが言うには商会の書類や計算の仕事について、仕込みが終わるのはあと半年くらいらしい。その後は二人揃って領地に来てほしいと思ってる。向こうにも馴染みの奴は多いし、彼らを使ってバルドゥッキー……だけじゃなくてそれ以外の、色々な物を作って欲しい。来年の夏前にはべグリッツに引っ越して貰うからそのつもりでいてくれな」
キャシーは少し寂しそうな顔をして聞いていた。
だが、向こうでも似たような事ができると聞いてパッと晴れやかな表情になった。
バストラルはこの表情に惚れたのかな?




