第百一話 あばら家にて 1
7449年12月20日
商会の税金処理についてなんとか終わったのは夕方になった頃だった。
昨日の朝から今まで、夜っぴて書類と格闘していたので目がしょぼしょぼする。
手代にしていたヨトゥーレンやその娘達のアンナとハンナを始めとしてレイノルズやその妻のサーラもかなり出来るようになってはいたが、まだまだ計算ミスも多いんだ。
バストラルがある程度進め、纏めてくれていなかったら、こんなもんじゃ済まなかったろう。
ロンベルティアには大店とでも言うべき、規模の大きな商会は沢山ある。
ウチもどうにかこうにかその一角に食い込め……ているかどうかは微妙なところだ。
売上はあるが利益率はまだまだ低いし、他の大手の商会とは従業員数も桁が違う。
規模が大きいとは言えないよな。
うちの場合、小僧(商会長が所有する奴隷のうち年少者)とか丁稚(奴隷ではない年少の従業員)が大部分を占めており……少し商会の仕組みを説明しようか。
普通、小僧とか丁稚は成人前の一五歳に満たない最下層の従業員を指す。
本当は勤続年数などで更に何階層かに細分化されているんだけど、面倒だからはしょる。
早いと五~六歳頃、遅くても一二歳くらいには商会に入って働き出す。
この階層は基本的に奴隷が多いので衣食住の面倒を見るだけで碌に給料を渡さない。
完全に無給というのは法律違反なので食事を出さない代わりに少額の給金で済ましていることが普通だ。
例外として丁稚は奴隷ではないのでそれなりの給料を払うことになるが、平民以上ならともかく、自由民だとそれだけじゃ自分の人頭税すら払えないことも多い。
そういった場合、給料が増えるまで自分の人頭税は商会長に前借りと言う名の借金をすることになる。
また、このレベルの従業員には奴隷だろうとそうでなかろうと、普通は休日なんかないので何があろうと一時帰省すら認められることはない。
このあたりは地球の中世の商家とあんまり変わりない。
食う飯を選べる分だけ当時の商家よりも恵まれているとすら言える。
仕事の内容は単純労働や子守、掃除などの雑用で、責任のある仕事などはまず任せてもらえない。
もしもそういう仕事を任せて貰っているならその小僧だか丁稚だかは相当な期待を掛けられていると言っても過言ではない。
彼らが成人する頃に、丁稚で実家がある者はこの時に初めて纏まった休日を貰って、帰省費用は商会持ちで実家に一時帰省することを許される。奴隷の場合や借金がある者には当然そんなものはない。
そして帰ってきたら手代になる。
ここから現代で言う正社員のような扱いになって、本当は従業員として行政府に届けを出さなくてはいけない。
俺はちゃんと届けを出しているが面倒臭くてやってない商会も多いと聞く。
手代は大きく三階層くらいに分けられている。
最下層は勤続年数によって何階層かに分けられているが、総じて若衆と呼ばれる。
給金も少しばかり増え、上着を着ることを許されるようになる事が多い。
また、金があるのなら飲酒も許されるし、月に一日くらいは休日も貰える。
夜には先輩などから読み書きを教わる人も多い。
場合によっては魔法を覚えるために同じ商会にいる魔法が使える人に修行をつけて貰う事もある。
仕事の内容は相変わらず雑用が主体だが、微妙に専門的なこともやらされ、職人系の商会など、メーカーであれば本人が作った商品の品質などについて問われるケースも出てくる。
ウチの商会だとジョンとテリーがこれくらいの立場に当たる。
そうそう、彼らは奴隷小頭だが、これは商会内の地位とは異なる序列だから混同しないで欲しい。
何年か若衆として雑用などの下働きをすると仲手代となる。
「お仲さん」とか、単に「仲」と呼ばれる。
大抵の場合二十歳前後でこの地位に昇進する。
ここまではとんでもないミスでもしでかさない限り、普通は誰でも昇進する。
多少働きが悪くても奴隷としてまともな値になるこのくらいまでは、余程経営状態が悪化でもしない限り、そう簡単に売り払われたり首になることもあんまりないからだ。
だが、ここからは働きが悪ければ奴隷なら簡単に売り払われるし、そうでないなら首を切られる可能性も充分にある。
任される仕事についても少し専門的なものが増える事が多いが、まだまだ雑用も多い。
とは言え、休日も増えて月に二日くらいは貰えるようになるのが普通だ。
購入する金さえあればだが、タバコを吸うことも許されるようになるし、外套を着たり、履き物を履くことを許されるようにもなる。
そういう意味ではウチの商会は従業員に甘い例外的な存在だと言える。
まぁ、宣伝も兼ねてるんだけどね。
この仲手代になる頃には人頭税が払えずに借金をしていた奴も払い終わっている事が多い。
そういう人は今まで碌に金を使えなかった反動ではっちゃけるやつも出てくる。
勿論、まともな商会であればそんな奴は首を切られるけど。
名無しを始めとする生まれついてのスラムの住人を除けば、ゴロツキなんかに堕ちる最右翼とも言える。
ウチの場合、警備員として冒険者をやっている時の殺戮者の面々はこの階層としていた。
因みに本当に警備員として働かせている戦闘奴隷たちも、この仲手代として登録している。
仲手代から上は実力で出世が決まってくる。
早い人は二五歳くらいで役付手代という、手代の中でも上の方に出世する。
世間一般に、単に「手代」と呼ばれるのはこの役付手代からだ。
このくらいになって初めて商会が用意した宿泊施設(長屋みたいな安い宿や住み込みなど)を抜け出すことが出来、結婚して所帯を持つことが許される。
休日も週に一度くらいに増えるし、給料だって低くても年間二〇〇万を超えるようになる。
仕事の内容もそれまでの雑用主体のものではなく、狭いが業務の一分野において責任を持たされるようになる。
ウチの場合、ヨトゥーレンや番頭を任せている従士の配偶者なんかがこの立場相当と言える。
その後は働きや能力に応じて支配役、いわゆる番頭に昇進する。
優秀なら三〇過ぎには番頭になれる人もいるが、永遠になることが出来ない人もいる。
仕事の内容についてもかなりの裁量を与えられ、いろいろな部分で責任を持つようになる。
当然だが、この番頭まで来ると給料は跳ね上がる。
流石に奴隷が自分を買い戻せるレベルにはならないが、数十人規模の中小の商会でも年間五〇〇万Zはかたい。
大店だと年収一〇〇〇万とか二〇〇〇万とか、それ以上、なんていう人も珍しくない。
また、本人が奴隷でないのならば個人的に奴隷を所有する事が許されるようになる。
この、手代とか番頭なんかは日本でも二一世紀まで商法に残っていたし、歴史のある会社ではなんとか事業部長の脇に「番頭」と併記されている名刺なんかもあった。
支配人なんかは一般の会社でもきっちりと生き残っていて、支店長なんかは登記簿に支配人と記載されていることが多い。
ホテルとか劇場なんかだと支配人という役職は一般的に認知されていると思うから聞いたことくらいあるだろ?
ちょっと長くなったけど、オースの商会について、今はこんなところにしておこうか。
「あー、やっと終わった……疲れたから俺はもう宿に帰って寝る。皆を連れて適当に食っといてくれ」
バストラルに銀貨を何枚か渡して俺は一人店を出た。
その足で不動産屋のギレアン商会に向かう。
後日の仕込みのためだ。
ん? 仕込みと言っても大した事じゃない。ロンベルティアの郊外に家を一軒借りるだけだ。
本当はバルドゥックの迷宮でもいいんだけどね。
あの街で俺を知らない人はいないし、流石にバルドゥックは遠い。
借りるにあたって「近くに民家がなく孤立していること」と条件を伝えると丁度良い物件があると言われた。
その家はロンベルティアの市街地から数㎞のところにある林の中にひっそりと建っているという。
何年か前まで野兎専門の狩人の一家が暮らしていたらしいが、めぼしい獲物も少なくなったために街中に引っ越して以来、誰も住んでいないとのことだった。
まぁ、あばら家だな。
「しかし伯爵閣下。あそこは傍に川がある以外、結構不便な場所ですよ……」
ギレアン商会の従業員である犬人族の男が興味津々、という顔で言う。
なぜわざわざこんな場所に家を借りるのか不思議なんだろう。
「商売上の密談の場所に丁度いいですからね」
そう答えると、なるほど、という顔をして頷いてくれた。
ついでに、安くするから買ってくれと来た。
一〇〇万Zだという。
まだ見もしないあばら家に一〇〇万は払えんわ。
でも一応、明日は下見に行くつもりだ。
場合によっては今後も何回か使う可能性はあるからね。
俺が購入することで人を遠ざけられるなら……。
……普段誰も住んでなきゃ遠慮する奴なんか居る訳がないか。
購入はないな。
・・・・・・・・・
7449年12月21日
午後に時間が欲しかったので、朝から一生懸命頑張ってガラスを作った。
俺の警護として付いて来たがるベンとエリーには「王都にいる間くらい遊んどけ」と言い、ギベルティには「バストラルにでも聞いて珍しい物でも食いに行って勉強してこい」と命じて遠ざけた。
バストラルは俺が一人になりたがっているのに気が付いたらしく、何だかいやらしい笑みを浮かべている。
どうも変な誤解をされているようだけど、説明するのも面倒なので放っておくことにした。
借りる予定の家を見に行こう。
尾行がないか定期的に生命感知の魔術を使ってみた。
感知対象が多すぎて分かりにくいが、根気よく頑張って一〇分くらいの間、何回も使ってみたが、俺の後を付けて来るような奴はいないようだ。
それさえ分かれば十分だな。
市街を抜けて暫くしてからも念のために数回使ったが、不審な生命反応はなかったので馬にムチを入れた。
ギレアン商会から昨晩渡された、しょうもない地図を頼りに向かったのだが、地図が分かりづらくて少し迷った。
やっと見つけたが、確かにあばら家だな、こりゃ。
まぁ、誰かを住まわせたりするつもりはないからどうでもいい。
家は裏手が森だか林だかに覆われ、その奥、一〇〇mくらいの場所に川が流れている。
家の前は開けているが、地面は高さ三〇㎝くらいの雑草に覆われていた。
街道からここまで、一応道らしきものがあるのが救いと言えば救いだろう。
家の中もチェックしたが、当然のごとくホコリまみれのあばら家以上のものではなかった。
この家、今月限り、四万Zだって高いんじゃないか?
とは言えこんな適度に王都から離れた、都合のいい場所に建つ家なんかを自分で探す手間を考えたら安いかも。
とにかく場所を確認したので急いでロンベルティアに戻る。
宿に馬を戻して次に向かったのは古着を扱っている店だ。
ボロいが少し大きめのローブを買った。
フードを下ろせば俺の顔を見ることは出来ない。
その足でギレアン商会に向かい、金を払う。
次に向かったのは姉ちゃんの家だ。
本来は明日の夜に行って、飯を食う約束をしているから、今日は姉ちゃんに会うつもりはない。
俺が会いたいのは旦那さんであるマーティーさんか、彼の両親だ。
そして、彼らに会ったことを姉ちゃんに知られたくはない。
しかし、姉ちゃんの家、立地が悪いな。
店を監視するような場所に飯屋はない。
物陰に隠れて監視するったって限度というものがあるしなぁ。
うーん、どうしようか?
あ。
そのまま姉ちゃんの家を通り過ぎた。
仕立て屋ハミル、という年季の入った看板が出ている。
看板は前の店から持ってきたのか。
因みに、店の周囲について慎重に窺ってみたが、店が監視されているような事はなかった。
二つ隣の街区まで歩いてやっと飯屋を見つけた。
この街区には色々な店がある。
ならば、あるんじゃないか?
……あった。代書屋だ。
ここなら紙と筆記具はあるだろう。
紙を買って筆記具を貸してくれと言ったら快く貸してくれた。
さらさらと簡単に手紙を書く。
ついでに地図も修正した。
手紙の宛名は本来マーティーさんになるんだろうが、書かなかった。
彼も、彼の両親も騎士団相手に軍装の商売をしていたから読み書きは出来る。
――私はあなたの秘密を知っている。それについて話がしたい。今日の真夜中、別紙の地図の場所までジラード・ザイドリッツのお頭と一緒に二人だけで来るように。家族を含めてこの件について他言した場合、どうなるかは想像に任せる。また、読み終わったらすぐに地図を覚えてこの手紙は焼却すること。
これでいい。
街をうろついているどこかの丁稚の中から適当な奴を捕まえて、仕立て屋ハミルを知っているかどうか確認した後、銀朱を渡して言う。
「あの仕立て屋までこの注文書を持って行って欲しい」
「そんなの自分で持っていけばいいじゃないか」
「うるさいな。世の中にはしがらみというやつもあるんだ。あそこにウチの騎士団が発注、おっと、今の言葉は忘れろ。とにかく、王国騎士団御用達の店だからな。変に目をつけられたくないんだ」
「ああ、そういうことか。お安い御用だ」
注文書と言えば店で仕立て作業をしている人にしか渡さないだろう。
要するにマーティーさんか親父さんのどっちかだ。
どっちに渡ったっていい。
正直言って姉ちゃんに伝わる可能性は……高いか低いか判断できないな。
とにかく手紙には「ザイドリッツのお頭」と書いている。
それでも姉ちゃんに伝わったのであれば、姉ちゃんは最低でも間者組織であるラッパについてそれなりの知識があるということになる。
その場合は、つまるところ……納得ずくか強制か、何らかの脅迫を受けたのかは知らないが、とにかくラッパ組織に取り込まれたと言うだけの話だ。
ああ、姉ちゃんの性格から言って脅迫の結果、というのだけは考えにくいけどね。
そもそも脅迫材料なんか何にも……赤ん坊か。
それに手紙自体、無視される可能性もある。
ま、そん時はそん時か。
・・・・・・・・・
深夜。
借りた家を監視するため裏手の森に少し入った所に草木でシェルターを作り、その中でローブにくるまって待機していた。
何しろこの時期だ。
寒いからねぇ。
勿論、多用途の指輪を嵌めているから手がかじかんで動かないとか、そういう事にはならないんだけど、寒さは感じるからさ。
あばら家の軒下の柱に馬を繋ぎ、家の中ではランプに明かりを灯している。
そして俺は昔懐かしい鳴子の魔術を使って侵入者を警戒しながらうたた寝だ。
うとうととまどろんでいた時。
俺の頭の中で鳴子が警報を上げた。
目を開けるがシェルターの中は真っ暗だ。
そのまま生命感知の魔術を使う。
流石にもう知っているんだけど、兎なんかを始めとして昆虫みたいな小さな生き物はこの魔術に引っ掛かる事はない。
感知した生命反応は七つ。
家まではまだ一五〇m程もあるからか、今のところは全員が一塊になっている。
それはそうと、一体何を想像してこの人数なのか。
そっと上体を起こし、シェルターから顔を出して家の方を見た。
窓の隙間からランプの明かりが漏れている。
月は一つしか昇っていないが、足元を見るくらいは充分な光量がある。
俺から見て真正面五〇mくらいの場所に家があり、右手が家の裏の森、左手が家の前の草原だ。
生命反応があったのは、勿論草原の方だ。
……いた。
早速鑑定を使う。
姉ちゃんが混ざっていないかドキドキする。
一人目、シャイーラ・カムジーグという普人族の女……。
二人目、ミラーレ・ベイスという虎人族の女……あれ?
三人目、エミレイス・ザレイドロンという精人族の女。
思い出した。こいつら……桜草じゃねぇか。バルドゥックの迷宮冒険者の。
たまたまか? だとすると残りも……
四人目、マーティン・グリード。マーティーさんだ。
どういう事だ? なぜ一緒に……?
五人目、ジラード・ザイドリッツ。獅人族の男。こいつがお頭か。
六人目、ゼロイ・ハミル。マーティーさんの親父さんだ。
七人目、祈るように鑑定した。どうか姉ちゃんではありませんように……って、よく考えたら生まれて数ヶ月の赤ん坊を放って来るとかありえないだろ。うん。ファミーユ・ケルン。ヒューム。桜草のリーダーだ。
桜草はラッパの下部組織だったと言う訳か……。
時間が時間だし、急いで呼んできたんだろう。
そう言えば以前、黒黄玉が桜草から魔法使いを引っこ抜いていたな……。
黙って見ていると家から一〇〇m程の場所で三方向に別れた。
女冒険者が二人一組になり、姿勢を低くしながら左右に散り、残った三人はそのまま家に向かって歩いている。
予想はしていたが、手紙に書いた要求について、お頭を連れてくるという部分以外は無視されたようだ。
ま、俺も無視するとは思うけど。
三人の男たちが家に向かって歩く間に、二手に分かれた女冒険者たちは家の左右から近づいていった。
そのうち一人がそうっと剣を抜き放って壁に近づいた。
壁に耳を当てて中の様子を探っている。
当然何も聞こえなかったようで、少し家から離れると大きく手を振って男たちに合図らしきものを送った。
俺の馬は軍馬として調教されているので、知らない人が近づいてきても慌てて暴れたり、嘶いたりはしない。
家の正面に男が三人、そこから数m離れた両脇に女冒険者が二人づつ。
魔法が使えるのはザイドリッツの他は女冒険者のうちの二人だけだ。
全員魔法のレベルは最高でも四と、俺にしてみればたかが知れているレベルであるし、全元素の技能持ちもいない。
つまり、アンチマジックフィールドを使える奴はいない。
んじゃ、やるか。
全員を首だけ出して土で埋めた。
マーティーさんや親父さんがいなければ氷にしたところだ。
彼ら、彼女らは突然の埋葬(笑)に驚いている。
オーディブルグラマーの魔術を家に掛けて音を鳴らすと、当たり前だが全員が家を注視し始めた。
その間にゆっくりと彼らの後ろに回る。
何回かオーディブルグラマーを使っているので、俺に対して彼らに気を回す余裕はない。
すぐ後ろまで近づいた俺は足元に転がっていた小石を拾い上げる。
効果時間を延長したライトの魔術を掛けてそれを彼らの前に放り投げた。
石は家の方まで転がって扉か何かにぶつかって止まったようだ。
急に大きな明かりが灯されたことで驚きの声をあげる奴もいた。
ローブのフードを目深に引き下ろしたまま彼らの前に出て、声を掛けた。
「こんばんは」
明かりは俺の後ろにある。
「誰だ!?」
右側で埋まっている女冒険者の一人から誰何の声が上がった。
「いい夜ですね」
問いかけには答えずに言った。
ザイドリッツはモミアゲに繋がる白髪の多い顎髭が格好の良い、苦みばしった中年の男だ。
その年齢はもう五〇を超えているというのに体格も中々のものに見える。
オースではステータスが確認出来るので影武者のような代役なんかあんまり役に立たない。
戦争なんかの時に指揮官誤認を狙って影武者が使われる事もある、という程度だ。
「手紙を書いたのはあんたか?」
マーティーさんが尋ねたので、ゆっくりと頷いた。
「なぜこんな事を!?」
親父さんや女冒険者たちが口々に言う。
「さて、これは異なことを。私は話がしたいので二人で来るように、と書いた筈です。こうして来てくださったということは、まさか字が読めないなどということもないでしょうに、なぜ条件を破ったのですか?」
俺の返答に対して、今度はマーティーさんが口を開く。
「誰とも知れない者の呼び出しだ。用心は当然だろう」
うん。
奇遇だね。俺が同じ立場でもそう思うだろう。
「なるほど、用心は必要ですね。ですが、剣を抜くのはやり過ぎではないですか? 私は彼女が剣を抜いているのを見ていますよ」
先程家の様子を窺っていた女冒険者を指して言った。
と、それとほぼ同時に反対側で埋まっている女冒険者の額に魔術光が凝集するのが判った。
攻撃魔術だろう。
魔術が放たれると同時にアンチマジックフィールドを張って防いだ。
多分フレイムボルトの魔術だったと思う。
どの時点から精神集中を始めていたのかは分からないが、何にしても僅か数十秒で額から放てるってことはそれなりに修練を積んでいたと見える。
「うそ……」
「な、なんで?」
女冒険者たちから驚きの声が上がる。
恐らくは俺の使ったアンチマジックフィールドが瞬間的に展開されたからだろう。
いや、普通なら額から攻撃魔術を放つなんて、不意打ちもいいところだからそれに反応できた事に感心したのかな?
次発が来そうもないことを確認してアンチマジックフィールドを解除した。
「問答無用で攻撃魔術ですか……平和的に行きたいんですがね」
ぼやくように言ったが本音でもある。
「正体を隠したまま全員土で固めておいて言うことか!」
初めてザイドリッツが喋った。
俺もそう思わんでもない。
ところで、マーティーさんや親父さんは俺の声を聞いて……何ヶ月も前にちょこっと話した程度じゃ分かる訳ないか……。
「解放してもいいですよ。ですが、その後私に対して不穏な動きを認めたらこちらも自衛せざるを得ませんけど」
「解放しろ!」
はいはい。
もう一度アンチマジックフィールドを使い、それを大きく展開すると彼らを拘束していた土を消した。
やっぱり女冒険者の一人は剣を抜いていた。
「剣を収めろ」
ザイドリッツが命じるが、彼女は「で、ですが」と躊躇している。
「そろそろ正体を明かしましょうか……」
俺はそう言ってゆっくりとローブのフードを上げた。
「……」
「……」
皆黙ったままだ。
あ。
月明かりがあるとは言え、俺の後ろで小石が強く光っている。
逆光のままだから見えにくいのだろう。
「明かりをつけましょう」
ズバン!
彼らの後ろを半円状に囲むようにファイアーウォールの魔術を使った。
今度は俺から見て彼らの方が逆光になる。
「っ!」
「ぐ、ぐり、スローターズ!」
「は、はくしゃ……」
「リーグル伯爵……」
全員それなりに驚いたようだが、ザイドリッツだけはまだ落ち着きを残している。
流石はお頭といったところか。
火事にならないように、数秒でファイアーウォールをキャンセルした。
このくらいじゃ生草に火は点かないからね。
点いたら点いたで何とでもできるし。
深呼吸でもするように大きく息を吸って、吐く。
「そろそろ厳しいですね……でももう少しは頑張れますから、余計な人は帰らせてください。どうせ他にも大勢連れて来ているんでしょ?」
俺がザイドリッツならこの家を大きく取り囲むように何人か配置する。
それに、桜草は俺の知る限り九人パーティーだった。
一人はアンダーセンに引っ張られたから、その後補充されていなければ今でも八人いるはずだ。
迷宮でドジこいていなければ、だけど。
「行け」
ザイドリッツが女冒険者たちに命令した。
「で、でもお頭……」
「いいから行け。他の奴らも撤収だ」
「……わかりました」
女冒険者たちは四方に散らばるように消えていった。
ハミル父子が二人共残っているがこれはまぁいいだろう。
彼女たちが消えてから数分、誰も口を開かなかった。
「さて、家の中で話しましょうか」
ホコリ臭いあばら家の中に河岸を移し、全員がランプを囲んだところで俺が口火を切る。
「姉はラッパのことを知っているのですか? はいかいいえで答えてください」




