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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第九十五話 飛んで火に入る……

7449年12月18日


 三人の奴隷を引き連れてグリンフ亭を出た俺は、まず最初に商会に行こうとベイル通りに向かって歩を進めた。

 レイノルズたちに「予定より二日早く着いた」と言っておいた方がいいだろうというだけで、他には特に大きな理由はない。

 強いて挙げるならば、今日は昼にサンドイッチを一つ齧っただけだし、久々に会うんだし、都合が付くのなら今晩は一緒に飯でも食おうと思ったくらいだ。


 何故か姉ちゃんの顔が思い浮かび、同時に言いたいことも山のように出てくる。

 が、何か言うにしてもそれは今日じゃない。


 そう言えば、アンナとハンナ、それにカンナもだいぶ大きくなっている。

 特にアンナは今年成人を迎えているはずだ。


 そろそろ土産に飴玉って年でもないなぁ。


 そんな事を考えながら歩いていると、香料を使った高級な飴玉なんかを作っている王家御用達の菓子店、グレンの前を通りかかった。

 王家御用達とか偉そうな事を言っても、サクマドロップスの方が断然美味いんだけどな。


 ま、カンナは今年で一〇歳だからまだ飴でいいだろ。


 店で作っている二〇種類以上の飴がアソートされている奴を一袋買った。

 買っている時に、アンナだけは成人したんだから、特別なお土産を用意した方が良さそうだな、と思い直して、また少し遠回りをする。


 ギベルティたちは少し不思議そうな顔をしながらも何も言わずに付いて来ている。


 そうこうしているうちに見えてきた。


 グリード商会の本店だ。


 ハンナが冷たい冬空の下、手に息をかけて温めながら店の前の掃き掃除をしている。

 そろそろいい時刻なので、開店前と閉店前にいつもしている掃除だろう。


 ふと気が付くとベンが少し伸びてきた髪を撫で付けていた。

 みっともないからそろそろ切らせないとダメだな。

 紫色の髪が掻き上げられ、耳がよく見えるようになった。

 歩きながらズボンに付いた泥や埃を払っている。


 それをエリーが微妙な顔で眺めていた。


「ハンナ、元気だったか?」


 丁度ちりとりを使って砂粒やゴミを集めているところだったので、後ろから声を掛けるとハンナはすぐに振り返った。


「あ、会長!」


 そして、俺の顔を認めるとにっこりと笑う。

 いい笑顔だ。


「お早いお着きですね! ハンナは元気です!」


 箒を横にして両手で柄を持ち、ぴょこんとお辞儀をしながら言う。

 頭を上げた時に、肩くらいで切り揃えられた茶色い髪がふわりと広がり、頭の上の猫耳がピクピクッと動いた。


 えーっと、一三歳か。

 成長期ってのは大したもんだ。

 一年近く会わないだけですっかり女らしくなっている。


「ああ、ちょっと色々あって、早めに出たんだ。レイノルズたちは?」


 ベンが腰のショートソードの柄に手を掛けながら鋭い目つきで周囲を見回している。

 俺たちなんか誰も注目してないよ。何格好つけてんだよ……。

 ああ……そういうこと……でも、歳を考えたらハンナよりアンナの方が近いだろ。

 そういう問題じゃないか。


「皆さん中にいらっしゃいます。あ、サージさんはちょっと前に帰られました」

「そうか。土産があるからな。お前も掃除が終わったら来いよ」


 中に入るとレイノルズとサーラ、レイラが応接に座って何かを話し合っていた。


「アル様!」

「会長!」


 三人は立ち上がると次々に挨拶を送ってきた。


 俺も挨拶を返し、少し早く着いた事情などを説明する。


「アンナとカンナは?」


 二人の姿は見えなかったが、ついさっきゴムの作業場の掃除に行ってしまったそうだ。

 あっちはレイノルズの弟のエンベルトが夫妻で働いている。


「そうか。じゃあこれは後でアンナに渡してやってくれ」


 そう言ってさっき買ったばかりの土産をレイラに渡す。


「これは?」


 受け取りながらレイラが言った。


「アンナは今年成人だろ? ハンカチとか、スカーフとか、そういうのだ。ハンナとカンナには飴買ってきた」

「ありがとうございます、会長」


 頭を下げるレイラの次はレイノルズたちだ。


「レイノルズ。頼んどいた物は?」

「お待ち下さい。おい」


 レイノルズが妻のサーラに声を掛けると、サーラはすぐにバックヤードに向かう。


「ギベルティ、荷物を下ろせ」


 その間にギベルティが担いでいた荷物を下ろさせる。

 行李の中には縦横三〇㎝、厚さ五㎜くらいの鉄板が一〇枚収められていた。


「これは……?」


 鉄板を見て不思議そうなレイノルズ。


「ちょっと待ってろ」


 机の上に鉄板を一枚置く。

 そこにサーラが箱を持ってきた。

 箱を受け取って開けると、中には確かに俺が頼んでいたものが入っていた。


 木枠だ。

 四方向から鉄板の周囲を覆えるようになっている。

 鉄板に合わせるとぴったりのサイズだ。


 これなら、既存の跳ね上げるタイプの窓に穴を開ければ取り付けやすいだろう。


「よし、やるか……」


 ふうっ、と息を吐きながら応接の椅子に座り、机に置いた鉄板を手に取った。


「……ふっ!」


 手に持った鉄板に意識を集中する。

 金属ガラス化(グラス・スティール)の魔術だ。


 鈍色の鉄板はその中心部辺りからすうっと透明になり、すぐにさあっと全体が透き通った。


「おおっ!? こ、これはガラスですか!?」


 レイノルズたちが感心した声を漏らす。


「次」


 慎重に机の上にガラス板を置くとギベルティに声を掛けた。

 すぐに新しい鉄板が用意された。

 同時にギベルティは鉄板の間に重ねていた木綿の布も差し出してくる。

 布はガラスに重ねた。


「……ふっ!」


 次々に鉄板をガラス板に変えていく。

 一〇枚の鉄板全てをガラス板に変えた後、紙を用意させた。

 そこに絵を描きながら説明する。


「今の扉を引き戸に作り直せ。戸にはこのガラスを嵌めるんだ。縦二列に五段並べた戸を四枚作れば丁度いいだろ?」

「は、はい……」

「本当はでかいガラス板がいいんだけどな。そのためには金属板もでかくしなきゃいけない。持ち運びの便を考えたらこの大きさにせざるを得なかった。残りは明日持ってくる」

「はぁ……」

「まずは通りの壁をぶち抜け。真ん中の柱まで切っちゃうとまずいから柱はそのままでいい」

「はぁ、は?」


 いきなり通りに面した壁をぶち抜けと言ったことに唖然とするレイノルズたち。


「扉と壁をぶち抜いたら壁があった場所より少し外側に新しく引き戸と雨戸を付けられるようにするんだ。雨戸用の戸袋は……あっち側にでも作れ」

「は、はい」

「引き戸と雨戸の下に桟を作るのを忘れるなよ。あと、一応、こんな物を用意させたから……」


 そう言ってギベルティの行李の中から袋を取り出す。

 中に入っているのは戸の下部に取り付ける車輪だ。

 勿論、戸車として使いやすいように取付金具もセットにしてある。


 戸車は合計で二〇個ある。

 引き戸とその外側に作る雨戸四枚にそれぞれ二個づつ、四個は予備だ。

 この戸車はベアリングを作る為の練習を兼ねて作っていたものだ。

 馬車なんかに使うでかい奴は幾つも作ったので問題ないけど、こういう小さいのは色々なものを作っておきたかったので、何種類か試していたんだ。


「この車輪の溝に合うように、桟には中央部にレールを付けろ」


 サンプルとして用意しておいた細いレールも取り出して、戸車をその上に合わせてコロコロと動かした。


「レールを金属で作れば桟の方はすり減らないからな」


 俺は、予てからこのグリード商会本店を開放的な店に作り変えたいと思っていた。

 同時にショールームも兼ねさせる。

 その為にはガラス戸を作って中が見えるようにすべきだ。


「多分だけど、このガラスを売ってくれと言う奴も出てくる筈だ。その時は注文を取って構わん。但し、納期は半年から一年は掛かると伝えるのを忘れるな」


 そう言いながら、行李からワイングラスとシャンパングラス、タンブラーを二つづつ取り出した。

 それらもガラスに変える。


「ワイングラスとシャンパングラスは一客三〇〇万Z、タンブラーは……四〇〇万Zってとこかな? グラスのデザインはこちらに任せてもらうことが条件だ」


 今作ったグラス類は売らずに販促用のサンプルとして棚に入れて店の中に飾らせる。


「それから……戸に嵌めるガラス板はこの大きさ一枚で五〇〇万Zだ。大きさを変えることも可能だが、面積が増えると高くなる」


 そう言いながら商品と価格について、レイラが書き留めているのを見ていた。


「今のところは大丈夫だが、恐らく二~三年もしたらガラス製品の贅沢税率が引き上げられる筈だからな。それまでに顧客の開拓を頼むぞ。贅沢税が上る前のが安いとか言えば買いたいと思った貴族なんかは飛びつくだろう」


 関税は国内なので関係ない。

 因みに国外と接続する全ての街道には国境あたりに関所のような物があって、そこには役人と小規模な軍の部隊が詰めている。

 そこを通る商人などの通行者から通行税や関税を巻き上げているのだが、小規模な商人なんかは街道を逸れて道なき道を進む事もある。


 その分、速度は勿論、安全性が大きく犠牲になってしまう。

 また、それを知った同業から密告されることも多いので大抵は捕まる。

 道なき道とは言え、人が通る、通れるような場所など大体は決まっているものだし、街道に合流出来るような場所など殆どお見通しだからだ。

 捕まれば当然重加算税の支払いが待っている。


 従って、隊商を組むような商売人たちはおとなしく関所を通るのが普通だし、関所破りをするような奴はそう多くないと聞いている。


 ベルくらいだな。俺が知ってるのは。


 そうやって話しているうちに日が暮れた。


 飯に行こうと誘おうとしたら、俺の腹が鳴った。

 レストランだと料理が出てくるのに少し時間がかかる。

 当初考えていた通り、皆とローキッドに行ってもいいけど、腹はぐるぐると鳴っているから待てそうにない。

 どうすっかな?


「腹減ったから何か食いに行くわ。さっと出てくる店って近所にある?」


 幾つか飯屋を教えてくれたが、レイノルズたちは「すぐに出てくるならラーメンです」と言う。

 確かに細い博多麺はすぐに茹で上がるが、繁盛しているらしいから俺が行って席を占領するのは気が引ける。

 今は稼ぎ時だろうし。


 いや、本音を言うとラーメン食うのに一〇分も歩きたくないし、並びたくもない。

 並ばなくても俺なら優先的に座れるだろうが、そういうのもあんまり好きじゃない。


「いいよ、すごく腹減ってるし、そのバイヨンって店に行く。あの角曲がったすぐなんだろ?」


 今年の夏に出来たばかりだという、商会からほど近い飯屋に決めた。


 店を出たらベンがハンナと何か喋っていた。

 エリーは少し離れてその様子を見ている。


 ったく、しょうがねぇな、こいつは。


「おい、飯に行くぞ」


 少し残念そうな顔のベンと、無表情を装うエリー、二人を見てニヤつくギベルティを連れて教えて貰ったバイヨンという店に向かった。


 が、バイヨンは席が埋まっていて入れなかった。

 しょうがないので一街区隣にあるダーグという飯屋に入ることにした。

 ここは以前からちょくちょく来ていて、ピカタとスープがお気に入りなのだ。

 ここも一杯だったが、別の店に移動するのも戻るのも面倒くさくなっていたのでそのまま待つことにした。

 この時間帯で空いている飯屋など、まず美味くない店で、潰れるのも遠くはないからだ。


 店の外で待つこと二〇分。

 やっと座れたダーグでそれぞれ飯を頼み、暫し待つ。

 しかし、注文した豚のピカタは中々出てこない。


「ピカタにしなきゃ良かったな……」


 隣のテーブルで食べられている煮込み(作り置きの大鍋からよそうだけなので早い)を見ながら呟いた。


「でも、ピカタは好物ですから嬉しいです。待つのも楽しみですね」


 隣りに座ったエリーが微笑みながら慰めてくれる。

 良い奴だな、お前。


 飯が出て来たのは注文してから二〇分近くも待たされた後だった。

 頼んだメニューに対する待ち時間としては標準的な物だったが、少しいらつき始めていた。

 俺は腹が減っているのだ。

 そして、さぁ、食い始めようとナイフとフォークを握った時。


「あ、アル様! アル様!」


 慌てた様子のレイノルズが店に入ってきた。

 かなり汗を掻いているので俺を探し回ったのだろう。


「ミレイユがラーメン屋から来ました!」


 ミレイユってのはラーメン屋で使ってる奴隷のガキだ。

 しかし、だから何だと言うのか?

 ぽかんとして見上げる俺に、レイノルズは続ける。


「麺の固さを指定する客が来たそうです」


 レイノルズは声の調子を落とし、屈んで俺の耳に口を近づけて言う。


「何? バストラルは?」


 刺した豚肉からフォークを引き抜いて、ナイフも皿の脇に置いた。

 俺の様子を見た奴隷三人は一瞬だけ顔を見合わせる。

 ギベルティが頷いたと思ったら慌ててナイフをキコキコやり始めた。

 細切れになった豚肉を二つ三つ、フォークに刺して急いで口に運んでいる。


「サージさんの方はダロンが連絡に行っているそうです。ミレイユは工場に向かわせました」

「この時間の工場警備は誰だ?」

「ヴァスルか……ジョアンナに交代の頃の筈です」


 ヴァスルとジョアンナは以前、工場警備の為に購入した戦闘奴隷だ。


「そうか、わかった。ミレイユはどのくらい前に来た?」

「アル様が出て一〇分もしないうちです」


 息せき切って走り込んできたミレイユに俺が来ていることを言ったら、俺に命令されていた事なのですぐに伝えて欲しいと言われたそうだ。

 麺の固さがどうこうなど事情を知らないレイノルズだが、俺がバイヨンに居ると思っていたためにすぐにバイヨンに向かったらしいが、俺は既に居なかった。

 すまん。


 財布兼用のポケットに手を突っ込んで銀貨を一枚取り出すとレイノルズに握らせる。


「勘定を頼む。おい!」


 この短時間のうちにちゃっかりと何口か豚肉を頬張った奴隷たちに声を掛けて店を飛び出した。


 きゅるきゅると情けない音を上げる空きっ腹を抱えながらラーメン屋に到着した時には店の扉は閉まっており、その脇に用心深そうにヴァスルが立っていた。

 扉には店で使っている奴隷のガキが「本日終了」の垂れ幕の看板を下げているところだった。


「あ、ご、ご主人様!」

「ヴァスル、中の様子はどうだ?」


 ヴァスルは中には入っていないらしく、ガキの方が答える。


矮人族ノームの女性が一人です。今、サージさんが応対しているところです。ワインを召し上がられて話し合っています」

「武装は?」

「多分剣を持っていると思いますが、定かではありません」

「わかった。おい」


 ベンに向かって顎をしゃくり、戸を開けろと命ずる。


 ベンは扉を開けた。


「ベ! い、いらっしゃいませ!」


 店の中から店員たちの声が響いた。

 彼ら店で働く奴隷にとって、マールやリンビー、ベン、エリーといった先輩たちは憧れなのだ。

 格から言えば小頭のジョンとテリーの方が上なのにね。


 その間に俺は店仕舞いの垂れ幕を掛けていたガキに尋ねる。


「おい、今日のラーメンはもう終わりか?」

「いえ、店仕舞いはサージさんのご指示ですのでまだあります」


 よっしゃ!


 ほくほく顔で頷く俺。

 やっと飯が食えそうだ。


 ベンに続いてエリーが中に入り、更にギベルティも入口を潜った。


「イ、中頭イムギャンガー! いらっしゃいませ!」


 ベンやエリーに対するものよりもずっと畏れを感じさせる。

 ギベルティは食い物を作るときの指導にはかなり熱を入れていたからな……。


 異常はなさそうなので俺も入口を潜った。


『アルさん!』


 入り口の脇のテーブルに座っていたバストラルが立ち上がって声を上げた。

 さんって、日本語かよ。

 彼の前には一人の女が座っており、俺の方を見ている。

 あの顔は、そうねぇ、やっぱ日本人だろうな。


【ネイレン・ノブフォム/3/4/7429】

【女性/14/2/7428・矮人族・ノブフォム家次女】

【状態:良好】

【年齢:21歳】

【レベル:10】

【HP:126(126) MP:178(178) 】

【筋力:19】

【俊敏:25】

【器用:21】

【耐久:21】

【固有技能:時計(Lv.MAX)】

【特殊技能:傾斜感知インクリネーションセンシング

【特殊技能:地魔法(Lv.3)】

【特殊技能:水魔法(Lv.4)】

【特殊技能:火魔法(Lv.4)】

【特殊技能:風魔法(Lv.3)】

【特殊技能:無魔法(Lv.4)】

【経験:137216(150000)】


 時計とな?


【固有技能:時計;使用者は視覚的に時刻や時間を感知できる。時刻などの表示形式は使用者が理解可能な形式で視界の端の方に投影される……】


 おっと、こういうのはちょいゆっくり読んでおきたい。

 折角の転生者なのですぐにでも話をしたいのはやまやまだが、腹が鳴っていては格好がつかない。

 丁度店仕舞いだから他の客も居ないので都合がいい。


 すぐに彼女から視線を切り、バストラルに「悪い、少し待ってくれ」と言って隣のテーブルに座った。

 勿論顔を上げれば彼女を見ることが可能な位置だ。


「ラーメン持って来い」


 いらっしゃいませ、ご主人様! という声に消されないボリュームで手近なガキに命じた。


「はいっ!」


 ガキは気持ちの良い返事を言うと「特製ラーメン一丁!」と厨房に叫ぶ。

 客が居るのに“特製”とか言うなよ……。


 なお、特製ラーメンはチャーシューが大盛りになっている他、別皿で煮玉子が二つついてくる俺専用のメニューだ。当然麺は固麺である。

 替え玉を一つ追加して食うのに丁度いい。

 因みにラーメン屋をやり始めた時に手伝いに来ていたジョンがまかないで食い始めたのが最初だ。

 それを見て、生意気な、と思いながら俺も食い始めたのだ。


 切なそうな顔で俺の座るテーブルの傍に立つギベルティたちに気が付いた。


 お前ら……さっき肉食ってたろうがよ……。


「立ってないで座れ。おい、こいつらの分もラーメン追加しろ」

「はいっ! 特製ラーメン三つ追加、都合四丁!」


 こいつらも特製かよ。まぁいいけど。


 ……さて。


 ノームの女は少しだけこちらの方を窺う感じでチラチラと見ていたが、バストラルが何か話し始めたようで俺から視線を切った。

 いいぞ、その調子だ。


 嘘看破ディテクト・ライだの人物魅了チャーム・パーソンだのは飯食ってからでもいいだろ。


【固有技能:時計;使用者は視覚的に時刻や時間を感知できる。時刻などの表示形式は使用者が理解可能な形式で視界の端の方に投影される。表示内容はレベルに伴って増加する他、レベル六からはスケジューラー機能を備えたカレンダーも表示される。スケジューラーへの記入はスケジューラーの使用を意識すると、視界の中央にこちらも使用者が理解可能な形式で入力用のデバイスが表示される。また、レベル七で本人だけに感知可能なアラーム機能が追加される。その際には過去に聞いたどんな音声もアラーム音として使用可能である……】


 あ、おい、動くなよ、見えないじゃんか。

 俺の前に座るギベルティやその後ろで背を向けて座っているバストラルが動いた拍子に彼女の顔が見えなくなってしまった。

 また【鑑定】しなきゃ。


【なお、アラーム音を感知する時間やスヌーズ間隔も指定可能。更にレベル八に達すると一〇〇〇分の一秒単位のストップウオッチ機能も追加される。そして、レベル九では任意の対象一人にアラーム機能の適用が可能となる。但し、適用する相手の固有名を知っていなければならない他、対象者を視界に収めている必要がある。しかしながら、一度設定してしまえば対象者を視界から外しても問題はない。MAXレベルの拡張能力は……】


 クソ、バストラルの野郎、こっち振り向くな。

 また見えなくなっちゃったじゃんかよ。


【……拡張能力は自己を周囲の時間軸から切り離し、加速しての行動を可能にすることである。自己の肉体レベルの平方根の秒数、自己の活動や行動速度を肉体レベルの平方根だけ倍加させるが、身に着けている衣服や荷物などは元の時間軸のままであるため、その重量などは相応の負担となる。加速倍率と自意識における残り稼働時間も視界に表示される。その間、他者からは加速したようにしか見えない。但し、使用する度にその自意識時間だけ肉体年齢が加齢するため、能力使用直後に一気に老化が進んでしまうことで大きな倦怠感に襲われる】


 へぇ。


 お、ラーメンが来た。

 流石に早いね。


 ああ、空きっ腹にラーメン!

 最高じゃんか。




・・・・・・・・・




 店に入ってきた男は店員にボロいインバネスを預けた。


 店員達は男を見て口々に「いらっしゃいませ、ご主人様!」と言っている。


 幾つかツギの当てられたインバネスの下の服は小綺麗なものだったが、ネルがイメージする上級貴族が着るような豪華なものとは言い難い。


 男はすぐにネルの目の前に立つサージに声を掛けると、唖然とするネルにはちらりと注意を向けただけで碌に見向きもせず、ラーメンを注文する。

 単に「ラーメン持って来い」としか言っていないのに店員たちは“特製”ラーメンと言っていた。


――あの人が伯爵アウルか……あのドラゴンを斃した……。


 ネルが男に視線を向け続けていたからだろうか、再び腰を下ろしたサージが声を掛けてきた。


『えーっと、あの人がオーナーのリーグル伯爵コーントです。予定より早く着いた理由はわかりませんが……』

『そうですか、あの人が……』

『それから、一緒にいる三人はコーントの奴隷です。犬人族ドッグワーの大人は私と一緒にポーターとして迷宮にも入っていました。そのソーセージやラーメンを作るのにも協力して貰った人で、ローレンス・ギベルティという名です。私達はラリーと呼んでいます。また、若い二人は二人共戦闘奴隷で、男の方がベンジャミン・ファーレ、ベンで、女の方がエリール・バジェックス、エリーといいます。彼ら二人は元々ソーセージを作っていましたが迷宮で働く我々に憧れて戦闘奴隷を志願したんです』

『ふぅん……』


 ネルがちらりと男の方を見ると、男もネルを見ていたようだ。

 ネルにしてみれば品定めでもされているようで、何となく面白くない。

 だが、上級貴族に対して見返すような真似は出来ず、ネルはサージに視線を戻した。

 よく見たら男はネルとは少し違う方向を見ているように思えたことも理由だ。


『えーっと、どうやら長旅でお腹が空いていたみたいですね……』


 サージは少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべると身じろぎをする。


『すぐにお話ししたいでしょうが、少しだけお待ち下さい』


 居心地が悪そうにサージは言った。


『いえ、別に……』


 ネルとしては伯爵だのオーナーだのという者と特に話したい訳ではない。

 サージに言われたようにこの店で店員として働くつもりもサラサラない。

 そう希望するような事を言ったつもりもないが、あの伯爵の従士だというサージにしてみれば彼を抜いて話し続けるのも憚られるのだろう。


『ははは……』


 愛想笑いを浮かべながらサージは背中の方が気になっているようだ。


『領地は西ダート地方だと言っていましたから、かなり遠いんでしょう? それなら到着が二~三日ずれることくらいはあると思います。まして、早く着いたのであればお疲れなのも頷けます』


 サージにフォローを入れるネル。


『そう言って頂けると助かります』


 サージとしてはそよ風の蹄鉄という特別な魔法の品を知っているのでアルが領地を出てから数日も経っていない事は予想がつく。

 なんらかの事情があって早めに出たのだろう。


 サージは頬を掻きながらアルを振り返った。

 丁度店員がラーメンをお盆に乗せて運んでいるところだった。


――うえ、煮玉子別皿……替え玉まで食うのかよ……。


 サージはアルが食べ終わるまで適当な話で引っ張らねばならない。


『話を戻しますが、ネルさんはバルドゥックの迷宮に行かれると仰っていましたね。先程も言いましたが、迷宮の一層くらいはご案内できますが……』


 迷宮に行くのであればこの話には食いつくはずだ、サージはそう思った。


『でも、ガイド料の相場も知りませんし……』


 サージの予想に反して、ネルは食いついては来ない。


『ああ、そんなの気にしないで下さい。戦闘奴隷の訓練も兼ねますからね』


 しかし、サージもめげずに言う。


『それに、私達は詳細な地図も持っています。通路や部屋だけでなく、罠やその位置まで正確に記された地図をね』


 これにはネルも心を動かされ、ついついどの程度の地図を所有しているのか確かめたくなる。

 迷宮を踏破するにあたって地図は大きな戦力だ。

 それに、ネルにしても知らない迷宮の情報は少しでも得たいのは本音である。


――そう言えばあのドラゴン、迷宮の最深部で斃したと言っていたわ……。さっきはドラゴンが本物だと言うからつい聞き流してしまったけど、最深部って……。


 ネルが知るベンケリシュの迷宮はトップチームですら五層を覗く程度だ。

 彼女自身も四層までしか知らない。

 しかしながら、ネルにしてもベンケリシュの迷宮では一流パーティー(本当は一流半)のラビウスで魔法使い(ブラスト・バック)を務めていたという自負もある。


 ネルは思う。

 バルドゥックの迷宮とベンケリシュの迷宮では同じ階層でも出てくる魔物まで同じとは限らないではないか。

 バルドゥックの五層に出現する魔物がベンケリシュだと四層程度に現れる事もあるだろう。

 それに、最深部と言ったって、そこが何層かなのはまだ聞いていない。


『地図は何層までお持ちなの?』

『通路なんかの地図は一〇層までですね』


 サージは平然とした顔で答えた。


――じ、一〇層ですって!?


 ネルは瞠目した。

 サージは余裕の笑みを浮かべている。


――か、各階層の広さがベンケリシュよりも狭いんだわ、きっと。


 一流冒険者(本当は一流半)として舐められたくないと思ったネルは努めて平静を装う。

 迷宮の冒険者とは舐められたら終わりなのだ。

 一度舐められれば迷宮内で一息ついているところに襲撃を受けてしまうこともある。


『へぇ、一〇層ね。一層当たりの広さってどの位なのかしら? 因みにベンケリシュの迷宮は直径一二~三キロはあると言われているわ』


 本当は直径一〇㎞程度だろうと言われているが、舐められたくないばかりに少し盛った。

 尤も、あの辺りでは、ベンケリシュは他に類を見ない広さの大迷宮だと言われている。

 人によっては直径一二~三㎞だとする意見があるのも確かなのだ。

 バルドゥックも大迷宮だと言われているのは耳にしているが、ベンケリシュ程ではない筈だ。

 ネルはそう思った。


『ああ、バルドゥックはそこまで広くないですね。一層から最深部の一三層までどれも直径は一〇キロくらいですね』

『へ、へぇ……そうなの……』

『一一層から最深部の一三層までは行ってみれば判りますが地図は無くてもそう困りません。尤も、私も十三層には一度しか行ったことはないんですが……』


 ネルは驚いた。

 本人は「少し驚いたわ」と思っただけだが。


――あ、そうだ。


『ところで、階層の移動なんですけど、ベンケリシュは少し特殊なの』

『特殊、と言いますと?』

『迷宮各層の真ん中と言われている小部屋に水晶の棒があって……』

『ああ、転移の呪文が浮かぶやつですよね?』


――そこまで同じなの? ……でも。


『その呪文なんだけど、ラグダリオス語の他に』

『英語と日本語も浮かび出てるんじゃないですか?』

『え?』


 ネルにはベンケリシュの迷宮にある転移水晶に浮かび上がっているのはラグダリオス語の他にはスペイン語かポルトガル語のどちらかのように見えていた。


『英語と日本語ですって?』

『ええ。違うんですか?』

『ベンケリシュではスペイン語かポルトガル語だったわ……アクセント記号とかサーカムフレックスとかウムラウトもあったし』

『へぇ、何ででしょうね? ご存知ですか?』


 ネルにはサージの目つきが変わったのが分かった。

 元素魔法を全種使えると知った時のような目つきだ。


『知らないわ』

『そうですよね……』


 鋭かったサージの目つきは柔らかくなった。


 こうして迷宮について、情報交換をしているうちに伯爵の食事も終わったようだ。

 ネルの前で男が席を立ったのが見えた。


 微笑んだ男はサージの隣に腰を下ろした。


『えーっと、お名前は……?』


 男はサージに尋ねた。


『ネイレン・ノブフォムさんです』

『そうか。ノブフォムさん。私はアレイン・グリードと申します』


 ネルと男の視線が交錯する。

 すぐにネルは内心の驚きを隠すのに必死になる。


――あ、あれ? 私、この人のこと知ってる……? なんで……? それに、何だか……。



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[良い点] 佐久間のドロップ飴は懐かしいですね私は大家さんへお家賃を支払いに行って御釣りで買いましたが未だ残ったお金を溜めてクッキー缶へ入れて居たらおじいちゃんが此奴はお金を残すと言ってゆうちょ口座を…
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