第八十話 接触者 1
7449年10月13日
十月にしては少し暑く感じられる日。
王都から手紙が来た。
それも二通。
持って来た隊商も同じだから殆ど同時に出したものらしい。
また、まだバルドゥックに居た頃からミヅチが個人的に注文していた服なんかも一緒に届いたようで、ミヅチは「これ、本当に一品物の特注だからすごく高いし、こんな行政府なんかに置いておけないから一回城に持って行くわ」と、なんだか大きな荷物を抱えてコートジル城に戻ってしまった。
俺としては「この行政府、言うほど汚いかね?」という気持ちがした。
ああ、汚い、とまでは言ってないか……まぁ、それほどまでに拘るほど思いを込めて作った服なんだろう。
それはそうと、手紙の一通は姉貴からのもので、長男が誕生したのでなんかくれというだけの物だった。
因みに名前はマルシリオと付けたそうだ。
愛称はマルツってとこかね?
確かに祝いの品を贈らないのもアレなのでべグリッツで作っている糸の中から上等なものを適当に贈ってやることにした。
王都なら良い布職人も居るだろうし、お義兄さんの仕事は仕立て屋だから良い服を作ってくれるだろう。
もう一通は商会の番頭であるレイノルズと、彼やその家族たちを教育しているバストラルからの報告書だ。
当然俺の家紋が入った封蝋がしてあり、開けられた様子はない。
まぁ、開けてみたところで変な事は書いていない筈だから商会の経営状況を掴む以外に得られるものはないだろうけど。
他人に見られてまずい内容であればバークッドの隊商に託すだろうしね。
こちらにも姉貴の長男誕生の報が書かれていたが、メインはあくまでも商売の内容だ。
ゴム製品の販売については、何かの用事で王都に来た領地持ちの貴族なんかからも色々と声がかかっているようで相変わらず順調だ。
やはり各領の郷士騎士団でもプロテクターを買いたいとの声も強く、今の生産ロットの一一着という数を一着でも増やせないかという要求も書いてあった。
俺としてはそろそろもう一着くらい増やしても良いかな、とも思うが、親父も兄貴も「大量生産をし過ぎることで他の鎧業者の恨みを買うのは得策ではない」という俺の意見に賛同してくれているため、難しいかもしれない。
何しろ、今の生産数でも国内の金属鎧や重ね札の鎧など、高級な鎧の生産者としては最大の製造数を誇っていると言っても過言ではないのだ。
まぁ、第一騎士団の希望者にも殆ど行き渡っているので、今後は僅かながら郷士騎士団に回す余裕も出てくるだろうから近いうちになんとかなるんじゃないかな?
その他のゴム製品も地方の貴族などからの問い合わせが増えてきているため、最近では納品を待ってもらったり、場合によっては断らざるを得ないケースも増えてきている。
こちらの方も俺の領地で進めているゴム園がバークッドへ生ゴムを輸出する事が可能になるくらいまで面積が増えればある程度は解決できるだろう。
遅くとも再来年中には領内の消費量よりもラテックスの生産量のほうが上回るだろうと推測しているのでその頃には解決できると思う。
とは言え輸送には金も人手も掛かるから、バークッドのライセンス生産という形で実家にロイヤルティを支払うのもいいかも……そこまでして焦らなくてもいいか。
また、キャシーに任せているバルドゥッキー事業も順調に推移しているようで重畳極まりない。
生産量はとっくに上限に達しているため、挽き肉機と奴隷の追加だけでなく工場の方ももっと広い場所に移転するか第二工場を作りたいとの要求が書いてあった。
生産量が上限に達した理由は王国第二騎士団への定期的な納入が決まったからだそうだ。
因みにこれはバストラルが掛けた売り込みが成功したからなのだが、七月頃の報告で第二騎士団への納入が決まりそうだとあった。が、その後の続報が無かったので、だめだったのかな? と思っていたのだが……頑張ったようだな。
奴隷が必要なら増やすのもいいだろうし、作業場が必要なら工場の移転や新設もいいだろう。
返事は「年末に行った際に直ぐに諸手続きが出来るように用意を頼む」とでもしておけば、バストラルは奴隷や工場の手配を進めておいてくれるだろう。
年末に一度王都に行くつもりだが、一日は購入した奴隷の命名の儀式やなんやで潰れる事を覚悟しておいた方が良さそうだ。
しかし、バストラルよ……キャシーもか。
何回も言ってるけど自分で奴隷買えよぉ。金は充分にあんだからさぁ……とは言え、彼らには彼らの考えや価値観があるから、俺の都合でそれを曲げろと強制するつもりもない。彼らが自分の奴隷を買わない、というのはバルドゥッキーの商売で独立するつもりはないという心の表れだと受け取って欲しいとも言われているし……。
ラーメンの方はチャーシューの仕入れが頭打ちになっており、人気は上々で毎日行列が出来るものの、早い日には夕方前には完売してしまうようだ。
チャーシュー抜きというセンもあるがバストラルとしては完成形ではない物を売りたくないらしく、今のところ二号店の話には繋がっていない。
……チャーシューメンのないラーメン屋か……オースではいいんだろうけど、それはどうなんだろう? ラーメンという製品ではなく、ラーメン屋として考えると完全ではない気もするのは俺だけだろうか?
だが、どうも新しく付き合いを始めた牧場から優先的に食肉を回してもらえそうな雰囲気であることも書かれており、先行きは明るいようだ。
その他、幾つかトピックスも書かれている。
まずは新事業、と言うか、バルドゥッキー事業部での新メニューだ。
ある程度古くから付き合いのある牧場から、一日当たりにすれば一〇㎏程度という少量ながらも遂に牛肉の定期的な仕入れ契約を結べたという。
その為、満を持して温めていたハンバーグの製造販売に手を付け始めた。
因みにこのバルダーグというのはラグダリオス語で“バルドとかバルダとかいう土地にある何か”という意味の言葉を縮めたもので、転じて“バルド産”という意味で使われることが多い。
生産量も僅かなので単品売りはせずに工場前の屋台でハンバーガーとして売り出して大好評を得ているそうだ。
中でも一日一〇個限定のチーズバーガーは、それ目当てに開店前から客が並ぶほどらしい。
年末に行ったら食おうと心のメモに書いておいた。
また八月の半ば頃、先行で商会の店先に「挽き肉機売ります!」というポスターのようなものを貼り出して反応を見させていたのだが、張り出した翌朝には先行販売予定の一〇台全てに予約が入ったそうだ。
二台は王都の別の商会からのもので、七台は客として来ていた貴族。一台は何と第四騎士団らしい。
この先行販売予定の挽き肉機はトールが作った鋳型から作るものだ。
今、工場で使っている俺が自ら作った物より品質は落ちるうえ、口金も敢えて交換出来ない仕様にしたもので、価格も一台六〇〇万Zという結構な額に設定したのだが、欲しがる奴は多そうだと言うことを改めて確認できた。
売り先は別の商会が殆どになると思っていたのだが、貴族が買うってのがちょっと意外だった。なんでも、バルドゥッキーを買い出しに行かせていた奴隷が戻って報告し、即座に買いに来たという人ばかりだったようだ。用途としては全員が自宅のコックに使わせたいとのことで、大方、来客時やパーティーなどで自慢がしたいのだろうとの推測だった。
第四騎士団の方は戦場や駐屯地に駐屯している各部隊へ供給する食料の研究のためとのことで、これは納得できる。
因みに第四以外の騎士団では大規模に食材を加工するなどということはなく、部隊単位で煮込みやスープを作る程度で、彼らに干し肉やパンなど製造に時間と手間のかかる加工食品を供給する役が第四騎士団なのである。
なお自衛隊の野外炊具みたいな可搬式のパン焼き窯とかは存在しないらしい。そらまぁ、地球でもそんなの出来たの一九世紀だからねぇ。パンとか焼いてから運ぶのが普通なんだし。そういえばミドーラ村には馬鹿でかいパン焼き窯があったな。
また、購入する商会の方は単にウチの後追いでバルドゥッキーを作りたいだけらしい。
常から「軍事に関わるような余程重要なものでない限り、通常品の商売の独占は避けるべきだし、そもそも永遠に独占なんか出来っこない。ライバルが出てきても応援してやるくらいで丁度いい」と言っていたためか、バストラルは挽き肉機の販売の際に簡単なバルドゥッキーやバルダーグの作り方の説明書などを添付したらどうかとも書いていた。
うん、それがいいだろう。
その他、仕入れる際にウチの商会で使い易いように予め食肉を加工しておくための研修や、購入する品の衛生状態の指導という形で取引先の牧場や肉屋などから数名の下働きを受け入れたりもしているそうだ。
うん。予め使い易く切り分けられているというのは重要だし、取引先にウチの製造ポリシーや衛生管理方法を知って貰うのは良いことだ。
こうして衛生観念なんかも自然と周囲に伝播させられれば最高だろうな。
姉貴の方には長男誕生への祝辞と西ダート産の上等な糸を贈ると書き、商会へは大まかな指示などを返事に書いておいた。
持ってきた隊商はあと二日、べグリッツに逗留したあと、東のランセル伯爵領を巡ってからまた王都へ戻るらしい。
彼らに言付ければ大丈夫だろう。
届くのは来月の半ば頃かね?
・・・・・・・・・
その日の晩。
コートジル城の天守二階の居間として使っている部屋。
まぁ、居間として使ってるとは言っても、二階にはこの部屋と寝室、それにひっついたウォークインクローゼットくらいしかないんだけどさ。
シャワーを済ませた俺とミヅチは久々にゆっくりとした時間を過ごしていた。
今日来た隊商からお茶っ葉を買った(買わされた)ので、たまには二人でお茶でも啜りながら寝るまでの時間を過ごそうと思っていた。
「やっぱりレイダー産の葉の香りはいいね」
カップから立ち上るお茶の香りを嗅ぎながらミヅチが目を閉じてうっとりとした表情で言う。
勿論、淹れたお湯はちゃんと井戸水を沸かしたものだ。
「ん……確かに悪くはないな……でもこれ、一〇〇gで四万Zって結構な値段なのな」
俺は豆茶派なのだ……。
「良いお茶の葉は日本でもかなり高かったし、そういうもんじゃない?」
片手で髪を掻き上げながら言うミヅチ。
少し伸びているが、まだ纏めて縛れる程ではない。
「ああ、言われてみればそうだな」
そろそろ今夜のお楽しみを始めようかと言う時刻。
俺たち二人しか居ないコートジル城の小さな小さな天守の扉を叩く音がした。
「ご主人様、奥様!」
あれはベンの声だ。
俺の奴隷はズールーも含めて天守ではなく周囲の兵舎で寝起きをしている。
そして、普通なら夜も更けたこんな時間に無粋に扉を叩くような真似はしない。
二人共寝間着に着替えていたがベッドに入る前でよかった。
「ミヅチ!」
「ええ!」
防具は無理としても武器だけは身につけるべきだろう。
素早く明かりの魔道具を消すと屠竜を鞘ごと掴み、跳ね上げ式の窓を少しだけ開けて下の様子を窺った。
が、一人ベンが居るだけで特に異常は感じられない。
思い切ってもう少し窓を大きく開くとベンに声を掛けた。
「あ、ご主人様! カルスロンというダークエルフの男が至急ご報告をと参っております!」
ベンは俺の方を見上げて答えた。
ふむ。何か動きがあったようだな……。
しかもこんな時間にもかかわらず、俺のところまですっ飛んでくるほどの。
ミヅチは……どこ行った? 部屋を暗くしたせいもあるが、どこに居るか分からない。
そもそも、既にこの部屋には居ないような気もする。
まぁ良いか。
「今降りる。中庭に通しておけ」
返事をするとベンは「はい!」と言って駆け出していった。
掴んでいる屠龍の柄にライトの魔術を掛けて光源を確保し、再び明かりの魔道具を灯す。
部屋の扉は開いていた。
相変わらず物音一つ立てないやっちゃな。
威厳を出そうと購入したものの、若い俺には大して似合わない高級なガウンを引っ掛けて中庭に行くと、ダークエルフの傭兵、カルスロンが跪いて俺を待っていた。
「閣下、夜分に申し訳ありませぬ」
「いい。気にするな。何があった?」
相方のギジェラルスはここにはいないようで、報告に来たのはカルスロン一人のようだ。
「は。ザイドリッツなる者の家を監視して御座いましたが、一時間ほど前に接触者があり申した。ご命令通り、接触中は一切の手出しをしませぬ。今はギジェラルスが監視を続けている筈です。私は一足先にご報告に……」
やはりそういうことか。
しかし、一時間ほど前って二一時くらいか……。
バルドゥックやロンベルティアのように商店が多くないべグリッツでは夜更けと言ってもいい時間だ。
「わかった。相手の正体はわかるか? 拘束はできそうか?」
「いえ、べグリッツでは見掛けない者達で、旅装でした。また、二人組なので流石に生きたままというのはギジェラルスにも骨が折れると存じまする……」
カルスロンがそこまで言った時。
「私が行くわ」
いつの間にか俺の後ろに来たミヅチが言った。
ちらとだけ振り返ると、いかなる早業で着替えたのか、黒っぽい服に身を包んで腕を組んで立っている。
ミヅチの早着替えはいつもの事なので今更驚きはしないけどさ。
「それもいいかも……んんっ!?」
カルスロンに視線を戻しかけてもう一度振り返り、良く見て目を剥いてしまう。
目の前に跪いているカルスロンは、初めてミヅチと会った時のような忍者装束に似た格好だったが、彼の服装はまだ平服と言い張れば通用しそうなデザインだ。
しかし、ミヅチが着ているのは……何それ?
そんなん、いつの間に作ったんだよ?
エボナイト製らしい小さな肩当てはまだいいとして、二の腕は丸々、他にもちょこちょこ地肌が覗いているようだし……む、胸元だって結構開いているのは何なんだ!?
それに、なんとなく全体的にタイトな感じでいやにぴっちりとして、体のラインが出ている部分が多過ぎやしないか?
両手の前腕には少し無骨なデザインの手甲が嵌まっている。
靴は……戦闘靴の脛や甲の部分に手甲のようなプレートが装着されているようだ。
膝にはごついスパイクの付いた膝当てが嵌り、太腿部分にはこの服(?)で唯一ゆったりとしたデザインだが腰の両脇に大きな切り欠きのある袴っぽいズボンで、股間を隠すように前垂れのような布が下腹のあたりからぶら下がっている。
袴は膝当ての部分で絞られており、そのまま戦闘靴の中に裾を入れているようだ。
上半身は前開きっぽいノースリーブの服で、その下には鎖帷子らしいものは着ているようだが、それじゃ胴体くらいしか保護できていないぞ?
今気が付いたけど、だぶついた袴を始めとして服の各所に何か暗器のようなものが仕込まれているような……。
「……おい、何だそれ!?」
風に吹かれて前垂れが少しだけはらりと揺れた。
その拍子にちらりと内腿が見えてしまった。
袴は両腰の脇だけでなく、股間部分にも切り欠きがあるらしい。
ガーターみたいだな。
って感心してる場合じゃない。
ま、まさか、穿いてないんじゃ……?
絶句しつつも確認せねばと目を凝らす。
『んふ。セクシーでしょ』
はい。
じゃない。
『ちゃんと穿いてるから』
腰の後ろに斜めに固定してあるらしい、魔法の曲刀の柄に手をやりながら何故か自慢げな顔でミヅチが言う。
『そ、そうか』
ホッとした。
じゃないよ!
そんな事はどうでもいい!
伯爵夫人がそんなはしたない格好をするのはいただけないでしょ!?
『本当の凄腕美人がどういうものか……なによ?』
二本の鬼の角でも生やしたかのような、おどろおどろしい不気味な鉢金に月明かりが反射した。
なんだか頭が痛くなってきた気がするが、本当に気のせいだろうか?




