第七十三話 喜ばしい誤算
7449年9月20日
「うーむむむむ……」
残暑で未だ暑い執務室。
俺はラルファとグィネが提出してきた地図を見て唸ることしか出来なかった。
勿論感心の唸り声である。
彼女ら二人に、べグリッツからウィードまでの鉄道路線のコースを下見して貰うことと、途中にあるミード、ハロス、ダモンの各村の検地を行うように命じたのが丁度一ヶ月前のことだ。
それに対してグィネは十月いっぱいは時間をくれと言ってきた。
俺としても「そのくらいは掛かるだろう、妥当な期間だ」と思ったのでそのまま了承した。
何しろべグリッツからウィードまでの距離は優に五〇㎞を超えているのだ。
一目見て全ての地形を覚えられるとは言え、線路のコースを決めるには現地まで行って周囲を見る必要もあるだろう。
見ただけだと傾斜については完全に把握しにくいので、傾斜の調査の補助をさせる目的で矮人族の奴隷を貸して欲しいと頼まれたときは「それもそうだな」と思って、子守をやらせていた女を二人貸してやった。
だが、貸すことの出来た奴隷は二人には申し訳ないが足に障害を持つ女が二人だった。
しかもそのうちの一人はまだ小さな子供である。
にも拘らず、ラルファとグィネの二人は僅か四週間という短期間で線路のコースの下見から三つの村の検地まで終えてしまっていた。
それも、俺から見てもほぼ完璧に。
なお、ウィードの検地自体はラルファがバルドゥックから来た夏前にはグィネが一人で終わらせており、坑道内部の完全な地図まで出来上がっている。
各村の地図は必要十分な精度で書かれており、計算がし易いようにあちこちにちょこちょこと数字まで書き込まれている上、地図を作成した時点でその耕作地では何を育てているかのメモ書きも添えてある。
建物についても一つづつ番号が振ってあり、別の報告書にはその建物の住人が飼育している家畜もそれぞれ建物別にリスト化されている他、その村全部で馬が何頭、豚が何頭というように、合算してのリストも作成されていた。
惜しむらくは各耕作地を耕している平民が誰であるのかについてのみ、なんの情報もないところだが、俺が税を課すのは村の領主に対してなのでその情報はなくても別に困らない。
しかし、予想通りと言うか何と言うか、皆がみんな、税を誤魔化してやがったことが良くわかった。
耕作地を過小申告するくらいは想像していたが、世話をするのに手間が掛かって面倒くさい上に、村からある程度距離のある隠し畑まで持っていた村まであった。
「こんな離れた隠し畑、よく見つけたなぁ。線路のコースからも大分外れてるし……」
つい、口を突いてそんな言葉まで漏らしてしまう。
「ああ、ハロス村の隠し畑ね。なんか知んないけど向こうから白状してきたのよね……ま、言われた通り開墾には一ヘクタールあたり一年掛かったものとして考えるとは言っておいたよ」
ラルファが言った。
その気になって開墾すれば、大人一〇人の戦力で一年あたり一ha(一人一日、一坪に満たない)は開墾できる。
当然、木の生えている密度や生えている木の種類なんかも重要な要素になるから一概には言えないが、大体の目安だ。
なお、この開墾速度は無魔法と地魔法のレベルが五くらいの熟練した魔術師が何回も魔法を使って開墾する速度とあまり変わらないと言われている。
「ふぅん……」
適当に返事をしながら、この分なら今年中に領内各村の検地くらい、全部終わらせられるだろうか、とか考えていた。
「まぁ、そういう訳でさ、今日は私もグィネも何もしないでこのまま休む。なんかあったらまた明日聞かせて」
毎晩食事が終わったあと、グィネは地図を描き起こし、ラルファはシコシコとリストなんかを作っていたらしい。
グィネによると地図を描く事自体は慣れもあるのであんまり手間は掛からないらしいが、ラルファの方はそれなりに苦労もあったという。
昼のうちに家畜の数を書いたメモを作成していても、夜には結構ごっちゃになっていたりして、どの家のメモか分らなくなることもあったようだ。
それは本人の分類と整理の仕方の問題なので俺としても「あ、そう」としか言えないんだけどな。
検地の方はいいとして、問題は線路の方だ。
ついつい夢中になって地図を見ていたら、いつの間にかラルファもグィネも執務室から消えていた。
その夜、コートジル城に戻ったあと、線路の敷設工事を監督していたズールーと話をした。
やはり今のペースのままだと、べグリッツからミード村まで線路が開通するのは年内一杯くらいは掛かりそうな進行具合らしい。
検地を含む線路コースの下見があまりにも予想を上回る速度で進んでいたので僅かに不満を感じてしまったが、この速度だって元々聞いていた予定通りなのだ。
あまり贅沢を望んでもバチがあたると言うものだろう。
それに、ズールーに限ってそんなことはないと思うが、変に対抗意識を燃やされたりしても困る。特に最初に開通する、後の手本となる区間において手抜き工事など絶対にあってはならないのだ。
「焦る必要はない。むしろ、今のうちに工事を行う際に出てくる問題を全部洗い出すつもりでもっと時間をかけたっていいんだ。その上で予定通りなら俺には何も言うことはない」
地図の話を聞いて申し訳なさそうに報告するズールーにきっぱりと言ってやった。
・・・・・・・・・
7449年9月21日
昼飯を食い終わって行政府に戻ったら、闇精人族の傭兵、カルスロンとギジェラルスの二人が俺を待っていた。
「伯爵閣下、ご報告を行うお時間はござりまするか?」
ござりまするよ。
グィネとラルファが来たのが昨日だからそろそろ来ると思ってたしね。
二人の報告によると、ミード、ハロス、ダモン村の領主たちは検地についてかなり異なる印象を抱いているらしいと言う。
ミード村のジンケーゼ士爵は、適当な手抜き検地で拍子抜けして安心しているようだ。
しかし、ハロス村のゲーヌン士爵からは全く反対の印象を受けたと言う。
何でも、彼らが調査に赴いた時には村の従士たちからも奴隷を徴発し、村を挙げての大規模な普請として新規農地の開墾に熱を上げていたとの事だ。
そして、ダモン村を治めるワズマール士爵は調査した限りではそれまでと様子の変わったところはないとの事だった。
「そうか、ご苦労。ところで二人共、君たちはライル王国を出たのは初めてだと聞いているが……」
そう尋ねると二人の若いダークエルフたちは揃って肯定の意を表した。
「ここ暫く領内を歩き回って貰ったが、何か不都合はなかったか? 不便に思ったことは?」
オースでは何千年も前から多人種が入り混じって生活していたからか、人種によって差別するだのされるだのという話は聞いたことがない。王国が単一民族で構成されているので排他的なイメージを受けるダークエルフも、国外に全くいない訳でもないから、少なくともライル王国以外の国々がダークエルフを珍しがりこそはすれ、忌むという話も聞かない。
なので、今した質問は文字通りの意味だ。
旅慣れていないであろう二人の若者を慮って言った発言である。
「いえ、特に不都合もありませんでした」
カルスロンが答えた。
「隊商の護衛として各国を巡ったことのある者から必要になる物などは聞いておりましたので……」
ギジェラルスにも特に問題を感じた点はないようだ。
しかし、あれだね。
日本人の面影が混じっているトリスやミヅチは別にしても、殺戮者にはロッコという生粋の精人族が居たし、実家の従士にも一家族エルフは居たので見慣れているとは言え、男性のエルフは本当に惚れ惚れするほどの美男子揃いだな。
黒い肌が地球に居た黒人を彷彿とさせるが、黒人の肌は茶系の黒であるのに対し、ダークエルフの肌は青紫系の黒なので受ける印象は全く異なる。
顔の造作も繊細でシャープ、言うなれば中性的とでも言えばいいのだろうか。
「そうか。ならいい。ところで、二人には明日から全く別の仕事をしてもらう。いずれまた領内を巡って貰うつもりだけど、それは暫く忘れてくれ」
ラルファ達が調査する後を付いていってもらうのを基本にするつもりだから、これからの仕事はそれとは全く性質の異なる仕事になる。
「べグリッツのこの辺にザイドリッツという獅人族の夫婦が住んでいる。俺の従士で平民だ。普段はタバコを作っていて、奴隷は……何人だっけな? ああ、二〇人くらい持ってるが、それは全員俺の奴隷を貸してるから正式に所有している奴隷はまだ居ないはずだ。このザイドリッツ夫婦をバレないように監視しろ。接触してきた者が居たら、接触後に捕らえて俺に引き渡せ」
簡易なべグリッツの地図を見ながら、二人は俺の言うことを一言一句噛みしめるように聞いている。
「ああ、これじゃわかりにくいな。簡単に言うと、このザイドリッツという夫婦は国王から送り込まれた間者だ、と思われる。他にもそう思わんでもない奴が数人いるが、一番可能性が高いのがこの夫婦だ。だから他への監視は後回しにする。で、それでまぁ、間者なら二つの仕事を請け負っていると考えられる。一つはこの領内で知った情報を国王に流すこと。もう一つは国王からなんらかの指令を受けてその命によって情報収集なんかを行うことだ」
うむ。二人は少し納得顔になった。
「正直に言うと俺は別に隠し事なんかしてないので知られて困ることはないんだが、先方が何を知りたいのか、どういったことに興味を持っているのかは知っておきたい。また、当然、何か命令を受けたのであればその内容を知りたい」
まぁ、隠し事がないってのは大嘘だがな。
と、言っても、銃などの火器だけだ。
それ以外のことなら聞かれたら何でも答えるつもりでいる。
将来独立したいと志向している事すら知られているんだから、銃火器以外に隠し事をするつもりは、ハナからない。
それだって一度戦場で使用したらもう隠しようがないから期限付きの隠し事でしかない。
表立って敵対するつもりもないしな。
本音を言えばコートジル城の傍に作った射撃練習場を使っても大丈夫か確認したいだけだ。
かなりの高確率で国王の間者であると思っているから、どう転んでも大丈夫な筈はないんだけどね。
だって、経済的な情報や収穫高の情報を掴むことがメインの仕事だとしても、普段からバンバン派手な音を立ててればすぐに興味を持たれると思う。
その上で銃という強力な飛び道具が実用化されていると知ったら、報告しないバカはいないだろう?
今んとこミヅチ専用の弓道場と化しているので勿体無いのだ。
ん? 実はコートジル城の裏手に聳えるベロス山に横穴を掘って、その中で射撃練習をしようと思ったこともある。でも、穴の中だと風雨の影響を受けないから実戦的な練習には不向きなことに気付いてしまった。
単なる射的場ならそれで充分なんだけどねぇ。
しょうがないので、ビンスが治めるミドーラ村に射撃練習場を作るしかないと思っている。
あそこは深い森に包まれたダート平原のど真ん中なので銃声なんか一㎞も届かないだろうし、誰も見ていないだろうからね。
でも、半日もかからずに行けるとは言え、あそこまで行くの、面倒じゃんか。
鉄道も無いし、疲れるし、何より時間が勿体無いしさ。
「あと何日かしたら、またファイアフリード准爵の調査隊が出発するが、次はガルソロスとダルゾロスに付いていって貰う。その間、君たちは彼らと入れ替わりで騎士団の稽古に参加しろ。だから、それまではお遊びのようなものだ」
勿論お遊びなんかじゃない。
「ザイドリッツも間者の任を受けているくらいだから隠形の技術に通じている可能性もあるし、それ以上に監視の目には注意を払っていると思う。君たちがミヅチのように暗殺の訓練を受けていないことは知っているが、それでも厳しい訓練をくぐり抜けて戦士として任命されたんだろう? 相手に悟られずに監視したりするなら普通の兵隊なんかよりは余程優れていると聞いている」
褒められたのが理解できたのか、少し笑みが浮かんだようだ。
「だから、この仕事を任せられるのはダークエルフの戦士階級である君たちしか居ない。今後はガルソロスとダルゾロスの二人とは交代でザイドリッツの監視を行ってもらうから、そのつもりで居てくれ。ああそうそう。念のためにもう一度言っておくが、接触者は接触後に、ザイドリッツに気付かれないように拘束しろ。また、接触者は絶対に殺すな。殺すくらいなら逃げるか逃がすかした方がマシなんだ」
場合によっては俺に突き出された後で殺す可能性はあるけどな。




