第六十六話 検地 1
7449年8月26日
今の時刻はまだ午前九時頃。
ラルファ達四人はミード村の外れにある、川の傍に開いた空き地に居た。
ミード村までの線路敷設のコース取りは、約束の期限である九月三日まで半分以上を残して決定されていた。
グィネはミード村からウィードの街を越えて続くバーラル街道沿いの地図を広げ、自分の頭の中に展開されている詳細な地図と突き合わせる。
今広げている地図はお世辞にも出来が良いとは言えないものだが、有ると無いとでは天地の差であることは確かだ。
「うーん。変な場所もないし、この調子なら来月一杯も掛からないでウィードまでのコースは決められそう」
「そうね。地面見るのも慣れて来たしね」
グィネの言葉にラルファは今朝から着ていた革鎧を脱ぎながら答えた。
昨晩まではべグリッツの宿を使っていたが、今日からはミード村を治めるジンケーゼ士爵の屋敷に部屋を借りるように話を付けている。
「時間もあるし、今日はミード村の……何て言ったっけ。そうだ『検地』をするつもりだけど、問題はないよね?」
検地についてはアルと会った日にリーグル伯爵としてのサイン入りの委任状を渡されているのでそれをジンケーゼ士爵に提示すれば問題はないと聞いている。
「『検地』とか言うからややこしいのよね。素直に村の地図を作るって言ってくれれば解りやすかったのにさ」
ラルファは口を尖らせながら硬革製の手甲を外し、革鎧と一緒にそれを袋に入れた。
「そうよねぇ。意味を聞いてみたら畑の面積とか調べるだけだしさ」
ラルファの軽口にグィネも腕部のゴムプロテクターのゴムベルトを外しながら返答している。
「グィネさん。もう少し屈んで下さい」
グィネの背中側に立つリンビーは会話には加わらず、グィネの背中側のゴムバンドを緩めながら言った。
ゴムプロテクターは一人でも脱着可能な作りになっているが、誰かに手伝って貰った方が圧倒的に早いのだ。
リンビーは慣れた手つきでグィネの背中上部と下部を接続するゴムベルトを緩めると装甲を外す。
肩の上と首の後ろはまだ外れていないので装甲はぶらついているが、そこをリンビーの隣に立つマールがすぐに持ち上げるように支えた。
「ああ、はい」
グィネが少し前傾姿勢を取るとリンビーは背中側にあって、腰部装甲を吊っているゴムベルトのバックルを外した。
あっという間にグィネの肢体を覆っていたゴムプロテクターはマールとリンビーの手によって剥がされていく。
「で、どんくらい掛かりそうなの?」
少しだけ汗ばんだシャツ姿のまま、上半身の革鎧を収めた袋を馬のサドルバックに収納しながらラルファが尋ねる。
勿論、ミード村の検地に必要な時間を訊いているのだろう。
「ん。来る時にざっと見てるからね。適当に畑の畦を回ればいいだけだから、早ければ今日中に終わるよ。長くても明日の午前中には終わるっしょ」
身長の低いグィネでも馬に乗ればそれなりの高さから周囲を眺めることは出来る。
それに加えて、村の周囲の森に生えている高い木にでも登ればミード村の全ての耕作地はグィネの視界に収められるだろう。
村から離れた森の奥に隠して開墾した耕作地でもない限りは。
「あそ。じゃあ明日はハロス村までのコースの下見になるってことね?」
腰回りにぶら下がる草摺の革ベルトを外して脱ぎながらラルファが言った。
「そうね。アルさんからは村を見る時間が短いから領主さん達は油断するだろうって聞いてるけど、どうなのかしらねぇ」
キルト製の鎧下を脱いで、リンビーに手渡されたシャツに袖を通しながらグィネが答える。
マールはグィネと少し距離を取って背を向け、外したプロテクターのパーツを丁寧に袋に収めていた。
「ま、普通はもっと時間を掛けて丁寧に測ったりするもんだと思ってるだろうしね。そんな事しないで適当に見て回ってるだけなら油断するだろうね。まぁ、油断しないと言っても、普通は縄なんかで測ると思うだろうからね。微妙に長い縄とかを用意してんじゃないの? わざわざさ。縄なんかウチらには何の関係もないんだけど。それに、線路用地の下見がメインだと思われるだろうしね」
ラルファは地面に座り込んで脹脛で結ばれている脛当ての革紐を解きながら、クスクスと笑いながら答える。
確かにグィネの固有技能である地形把握について理解がなければ村の耕作地を目にしただけで詳細な図面が作成できるなどとは思えないだろう。
また、ミード村にも線路を通して駅を作る予定なので、その候補地を定めて開けておいて貰わねばならない。
当然、耕作地はその分減るので税は減るが、この地の領主であるアルの決定に異を唱えることは出来ないだろう。領主の館を潰すような羽目にでもならない限り。
「ありがと。後は出来るからもういいわ」
残っているパーツは脚部だけになったので、グィネはマールとリンビーに礼を言って自ら残ったパーツを外し始めた。
鎧を脱いで完全に普通の服装になった二人は、護衛という仕事のため、村の中でも鎧を脱ぐことの出来ないマールとリンビーを従えてジンケーゼ士爵の屋敷に向かって歩き出した。
・・・・・・・・・
夜。
ジンケーゼ士爵邸の食堂。
「御役目ご苦労でしたな」
士爵は柔和な笑みを湛えてラルファとグィネを見て言った。
マールとリンビーは伯爵直属とはいえ奴隷という身分のため、この食堂にはいない。
今朝早く、「『検地』を行う」と言って伯爵のサインが入った委任状を見せられた時に士爵は「ついに来たか……しかし、たったの四人とはいかにも少ない」と思っていた。
その後、四人は士爵の息子に案内されて村内を一巡りし、士爵が経営する店で昼食を摂った後、山人族の女が村はずれの木に登って村を外側から眺めていたと聞いていた。
――わざわざ長めに結び目を作った綱も用意していたのに、全く使わんとは……。
士爵は四人が行った“検地”とやらが通り一遍の物らしいことを知ると、ホッとしていた。
耕作地などの長さを測るのに綱が必要だろうと声を掛けても「見れば充分なので必要ない」と断られて拍子抜けした事もあった。
加えて、昨年収めた税について確認もされたが、こちらは誤魔化しようもないので、納税した分をそのまま申し伝えたのだが、彼女ら二人は一言も疑いの声を上げることもなく、メモを取るだけで済ませていたからである。
また、彼女ら二人は“鉄道”という聞き慣れない道を通す為の調査に来たとも言っていたこともある。
“検地”自体はそのついでのようなものだと漏らしていた。
しかし、士爵は数カ月前に行われた伯爵との顔合わせの状況から厳しい検地を予想していたこともあって、確かにホッとはしたものの、同時に少しだけ気を引き締めてもいた。
何しろ伯爵は“検地を行って耕作地の面積や収穫高、建物や家畜の数を調べる”と言っていたが、全てを一度の調査で終わらすとは言っていなかったからだ。
建物や家畜の数はすぐに判るから、今回の調査は農地の面積の調査ではなく、そちらの方なのかも知れない。
この後に本格的な調査団の一行がやって来る可能性についてどうしても考えてしまったのである。
「これ、美味しいですね」
長い金髪の普人族の女准爵が人好きのする、屈託のない笑顔をしながら料理を褒めた。
確か、ウィードの領主となったファイアフリード男爵の養女だと言っていた。
貴族であるとステータスを確認しているので士爵としてもそれなりの対応をしているのだ。
「でしょう? その鶏は我がミード村の名物でしてな。普通の鶏より尾が長いのが特徴なんですが、尾が長いほど肉の味が良いとされています。今日のは尾の長さがこんなにある奴を〆めさせたんですよ」
士爵の息子が少し自慢気に語る。
「へぇ、そうなんですか~。確かに美味しいですねぇ」
黄緑色の髪をしたドワーフの女が感心したように言う。
食事をしながら話を聞くと、明日は村のど真ん中を通す予定の“鉄道”とやらのコースを決めるという。
“駅”となる、少し開けた場所が必要だと言われ、幾つか候補地を挙げて欲しいと頼まれたので、士爵家の農地からは離れた場所を言っておいた。
どうしても時間がなくて今回の話は予定外の前後編となってしまいました。
できるだけ無いようにしますが、今後もこういったことが有るかもしれません。
何も言わずに更新日に穴を開けるよりは良いかな、と思っての事ですが、中途半端な更新はやめろ、と言うご意見があればメッセージで苦情を頂けますと幸いです。
その数によっては考慮いたします。




