第五十九話 蠢動
7449年7月2日
王都ロンベルティアのとある民家。
数人の男達が集まって額を突き合わせていた。
「やっと豚が揃った。これで牧場の方は何とか格好をつけられたぜ」
「思ったより時間がかかったが、許容範囲だろう。しっかし、手間が掛かるな……」
「従業員として入り込めないんだから仕方ないさ」
男達は不平を零しながら誰かを待っている様子である。
「それもそうだが、豚を揃えるのにかなり金を使っちまったよ……」
「でも今回、お頭は金は幾らでも使えると言ってたし、いいんじゃないか?」
丁度そのとき扉を開けて二人の男が家に入ってきた。
「待たせたな。首尾は?」
家に入るなり口を開いたのはジラード・ザイドリッツという名の中年の獅人族だ。
「あ、お頭」
「上々ですよ。豚も一〇〇頭以上集められました」
家の中にいた男達が口を揃えて答える。
「商会設立の手続きはどうなっている?」
ザイドリッツと共に家に入ってきた四十絡みの男が尋ねる。
こちらは猫人族の男で、マクダフ・エンブリーという名だ。
「そっちの方も手続きは終わってます。商会長は一応俺の名前で出してますが……。ですが、登録番号が降りるのはいつになることやら……」
肩を竦めながら家にいた男の一人が答えた。
返事を聞いたザイドリッツは「そっちは俺の方で何とかする」と返事をしながら男達のテーブルの輪に加わった。
「しかしまぁ、イミュレーク牧場を丸々連れて行くとはな……あのおっさん、引っ越す前に牛も馬も豚も、全部処分しやがったから……」
エンブリーもブツブツ呟きながら輪に加わる。
「本当にねぇ……。ですが、牧場ごと引っこ抜くなんて、誰もご存知なかったんで?」
「ああ。鎧鍛冶のカーリム商会にコナを掛けてたのは掴んでたんだが、イミュレーク牧場にまで声を掛けていたなんて誰も想像すらしとらんよ。全くもう……」
エンブリーは渋い顔をしながらそう言うと、差し出されたカップに口を付けた。
「旨いビールだな。どこのだ?」
一口飲んで感心したように尋ねた。
「はて、どこでしたっけな。ギールんとこで買った奴ですが、なんでも外国からの輸入品だそうで。売れ残りそうだってんで、買い叩いた奴ですけどね。でも、旨いですか? 俺にゃあ味が薄くて……。飲んだ気がしないんで、もう二度と買わねぇと思ってたんですけどね」
カップを差し出した男が答える。
周囲の男達も口々に「薄いですよ」とか「あんまり旨くねぇと思うけどな」とか言っている。
「どれ……確かに薄くてあんまり旨くねぇな。おい、マクダフ。お前の舌、どうかしてんじゃねぇのか?」
ザイドリッツも一口飲んで顔を顰めて言った。
彼らは国王子飼いの間者集団であり、通称をラッパと呼称している。
ラッパは表には出しにくい国王からの指示を遂行する組織であり、構成員以外でその存在を知る者は王国の上層部のごく一部だけに限られている。
国王から発せられた指示は頭と呼ばれる四人のリーダーが合議を行って遂行の方針を立て、実行に移される。
実行の際には小頭と呼ばれる下級管理職が現場の指揮を執るのが普通だが、今回は珍しく頭達が現場に顔を出していた。
「……どうせ俺の舌は上等なもんじゃねぇよ。だが、このビールは気に入った」
そう言いながらカップをテーブルに戻したエンブリーは表情を改めると、言葉を継ぐ。
「ま、ビールはいいとして、三年も四年も掛かって潜り込めたのはザイドリッツんとこの小僧が一人だけだ。それも陛下に動いて頂けたから入り込めたようなもんで、この件について、俺達は今んとこなんの手柄も上げられてねぇ」
エンブリーの言葉を聞いた全員が俯いた。
今回の件に連なる事について彼らラッパに国王が命じたのは、今を遡ること四年も前の事だ。
その時命じられたのは「バルドゥックの冒険者、アレイン・グリードのパーティーに潜り込め。今、奴は自分のパーティーを追い出されて一人になっている。うまいことおだてて取り込め」という内容だった。
当時は不可思議な命令だと首をひねったものだが、今となってはラッパ集団の下部構成員にも理解できる。
とにかく、即座にバルドゥックの冒険者に潜り込ませているラッパの構成員に連絡を取り、相場よりも多めの報酬を提示させたが、けんもほろろに袖にされてしまっていた。
その後、対象がパーティーを出たのはライバルチームを陥れて吸収するための擬態であった事は調べが付いたのだが、これすらも国王が別口で飼っていた間者から齎された情報が主であった。
因みに、この際に彼らラッパが国王に報告した内容は「殺戮者内で不和があり、リーダーである対象が求心力を失って殺戮者から放り出されたが、強力なリーダーを欠いた殺戮者のメンバーが頭を下げて戻って貰った。また、その際に移った先の日光のリーダーの不正を暴き、メンバーの信頼を得たために残ったメンバーを丸ごと取り込むのに成功した。これが偶然の産物であるのか、狙った行いであるのかについては材料が少ないために判断不可能」というものであった。
内部事情について何一つ知らないために無理も無い話ではあるが、別口の間者の報告の方が対象本人からの話も聞いた上での情報であったために圧倒的に信憑性も高く、ラッパの報告は一笑に付された。
長年国王に仕えてきた間者集団のメンツは丸潰れであり、構成員達が揃って臍を噛んだのは言うまでもない。
その後、メンバーの数が増え、管理が難しくなったであろうグリードのパーティーに対してドサクサに紛れて構成員を潜り込ませようと、何度も接触したが全て断られ続けた。
ならば戦闘奴隷として潜り込ませようと、バルドゥックで最大手と言われている奴隷専門の商会にコンタクトを取って、息の掛かった奴隷を送り込もうとした事もある。
最初の時は特定の商会からしか奴隷を購入しないという事を調べられず、金を掛けて宣伝したにも関わらず見向きもされなかった。
次回は反省して、取引しているらしい奴隷商会に戦闘奴隷を送り込み、格安で売ろうと試みたが面通しの段階で断られてしまっていた。
これが数回も続くと諦めざるを得ない。
冒険者として入り込むのが難しいのであれば、対象が経営する商会に従業員として入ろうとあの手この手を使って接触を持ったが「今人手は足りている」とこちらも取り付く島もなかった。
番頭に接触しても「自分に人を採用する権限はない」と相手にすらされない。
そうかと思って外部から様子を窺う事しか出来なかったが、あれよあれよと言う間に大量の子供の奴隷を仕入れたグリードは彼らを使って新たな事業まで興す始末で、これも国王の不興を買う材料となってしまった。
“何故たったの一人すら入り込めないのか。揃いも揃って無能者が!”
四人の頭は詰られた。
そして、消沈する彼らの前で
“グリードの奴も大言を吐くだけのことはあるということか……。成り上がりを目指すだけあってなかなかに用心深いと見える。……すまんな、そなたら。そなたらが一介の冒険者に及ばない事すらわからんとはな……俺が愚かだったようだ。過分な仕事を与えてしまったことを許せ”
と言い放った。
わずかに残っていたプライドは粉々に打ち砕かれた。
とは言え、国内・国外の情報収集など、このアレイン・グリードに関する件以外では着実に成果を上げており、その部分ではお褒めの言葉を頂戴したこともある。
しかし、つい先年、対象は上級貴族として叙せられ、領地を賜ることになった。
その領地は王国にとってそこそこ重要な場所である。
ジンダル半島のような外国と接していない本当の田舎ならいざ知らず、デーバス王国との小競り合いが続くダート平原だ。
そんな場所の内情を知らずに済ます訳にはいかない。
もうグズグズしていられないとばかりに国王自らが動き、対象にラッパを送り込むことに成功する。
だが、たった一人(正確には夫婦なので二人)では心許ないのは確かであり、対象の経済事情の一端を掴む為にも再び商会に潜入させる事が計画される。
正攻法では難しいことは既に判明しているので、搦め手としてまずは原材料の納入業者として近づくことが決まった。
その後、付き合いの過程で従業員なり下働きの奴隷なりを送り込めば良いのである。
しかし、問題がある。
対象の商売は非常に限定的で、メインの商材であるゴムは対象の実家でしか製造できないためにこちらの方面で近づくのは無理だ。
次点の食品だが、豚肉を大量に仕入れているために近づきやすいと思われていたが、王都周辺の食肉牧場は買収が難しい。
何しろ対象の商会以外にも卸している先は多いし、商売自体は上手く行っているので牧場ごと売る者などいる訳もない。
手詰まり感がラッパ組織に充満したが、捨てる神あれば拾う神あり。
高級食肉を主に生産している牧場が売りに出されたのだ。
調べると牧場主は対象の従士として任地に移転するとのことである。
国王に相談して金を出して貰うと早速牧場を買い取った。
しかし、元の牧場主は家畜の大部分を処分しており、単なる居抜き物件であった。
肉を卸せなければ付き合うことは出来ないため、あちこちに手を回してやっとそれなりの数の豚を揃えたのである。
「だからという訳じゃないが、商会の登録番号が降り次第、俺が直接行く。商会長はラルソイユ・キンバリーで届け直せ」
マクダフ・エンブリーはそう言うとザイドリッツを見た。
「頼んだぞ。潜り込ませる奴隷の方はどうする?」
ザイドリッツは重々しい仕草で頷くと言った。
「ダービスを使う。偽装を持ってるからな」
それを聞いた全員が少し慌てた。
「おい、跡取りじゃないか!? 入り込んだら戻るのは……女はいないのか?」
ザイドリッツは早口に尋ねた。
「この際だ。跡取り云々は仕方ない。頑張ってもう一人生ませるさ。それに、ダービスも今年で成人だし、頭としての教育も始めている。能力的には充分だ」
・・・・・・・・・
7449年7月13日
「確かに受け取りました。いつも有難うございます」
王都のグリード商会本部の応接でサージは荷物を運んできた闇精人族の男に頭を下げる。
このダークエルフはサージも前に一度会ったことのある男で、数少ないダークエルフの隊商を率いている中年の商人である。
ダークエルフ達は幾つかの隊商を定期的に周辺各国へと派遣しており、ロンベルト王国の首都であるロンベルティアへ赴く隊商がグリード商会に防腐剤を納める事になっていた。
防腐剤は一㎏当たり二万Zという値であり、これは同重量の小麦の二〇倍に相当する程の金額だが、食肉加工品に使うと五〇〇〇本くらい作れるので、価格としては微妙なところである。
「ところで、皆さんはお昼は摂られましたか?」
代金を渡しながらサージが尋ねた。
ダークエルフの商人は内心で、そら来た、と思って喜んだ。
グリード商会に防腐剤を納める時には、決まって隊商の全員にバルドゥッキーを振る舞ってくれる。
彼はまだ当たった事はないが、稀に商品化前の新作が出されることも有ると聞いている。
今回もそれが楽しみの一つでもあったため、もう十四時を回るというのに食事は摂っていなかった。
「いえ、昼食はまだなのです。これから適当に済ませようかと……」
商人の返事を聞いたサージはにっこりと微笑む。
「では、宜しかったらバルドゥッキーをどうぞ。案内を付けますので生産工場の方で出来立てをお召し上がりください」
そう言うと店の前で一人遊びをしていたカンナに彼らの案内を申し付けて送り出した。
カンナはダークエルフの馬車に乗れるので大喜びで引き受けている。
サージは番頭のレイノルズ・アイゼンサイドと一緒にダークエルフの隊商が見えなくなるまで見送ると、応接に戻って羊皮紙を広げる。
経理関係の授業を再開するためだ。
レイノルズとその妻で手代のサーラ、古株従業員でこちらも手代のレイラ、その娘のアンナとハンナの五人が彼の生徒である。
その中でもアンナとハンナの二人は十代で頭も柔らかく、非常に覚えがいい。
サージとしては大人で番頭のレイノルズにさっさと理解して欲しいところであるが、焦らずゆっくりでもいいから、確実に理解させるように心掛けている。
途中、ゴムサンダル等の商品を購入に来た客の相手をしたりして何度か中断することもあったが、授業はサージが計画していたくらいのペースで進み、三時間程が経過した。
「今日はこの辺にしておこう」
良い頃合いになったので羊皮紙を片付け、店を後にするサージ。
彼が店を出て数十分後、一人の男が商会に入ってきた。
穏やかな顔つきをした壮年のキャットピープルだ。
「番頭さんはいるかい?」
店番をしていたアンナに声を掛ける男。
「はい。居りますが、どういったご用件でしょう?」
「豚肉を卸したくてね……その件で話をしたいんだが、いいかな?」
「えーっと、申し訳ありません。そういうご用件でしたら担当がおります。ですが、今日はもう帰っておりまして……お手数ですがまた明日、おいで頂けませんか? ご予定のお時間をお伺いさせて頂ければ明日の朝、話しておきますので……」
申し訳無さそうに話すアンナ。
「そうか。なら明日また出直すよ。時間は……そうだな。九時くらいでもいいかい?」
穏やかな顔のまま答える男。
「分かりました。明日の九時ですね。では申し伝えておきます。あの……お名前は?」
「や。これは失礼。私はキンバリー商会の商会長をしているラルソイユ・キンバリーと言う」
「キンバリー商会……? 失礼ですが、牧場の場所はどちらですか?」
聞き覚えのない商会名に小首を傾げるアンナ。
「ああ。出来たばかりの商会でね。イミュレーク牧場の後釜だよ」
「ああ、イミュレークさんのところですか! なら私、知ってます! あ、存じております」
知った名が出たのでアンナは少し嬉しそうな声で答えた。
「じゃあ、明日また」
男は店を後にした。
次回の更新ですが、今週末から来週末に掛けて夏休みを頂きますので24日になると思います。
それ以前に更新しようと思っていましたが諸般の事情で無理でした。
……それどころか24日も怪しいです。




