第五十六話 裁き
7449年4月20日
俺が立つ壇の前にコーヴ、フォロンゾ、ダーヴィスが猿轡を噛まされた上で縛られている。
なお、放火の実行犯であるロンザルの裁きについては先日の行政府内で臨時に済ましているが、刑の執行はこの後だ。
ロンザルの死刑執行を後回しにしているのは、コーヴたちが犯した罪は反逆という大罪ではあるものの、実行直前に捕縛したので記録上は未遂犯であり、同じくらい重罪である放火の実行犯よりは少し軽いだろう、というのが一般的な見解であるからで他意はない。
騎士団の係員が彼らの罪状が書かれた書状を差し出して来た。
書いてあることについては見ないでもわかる。
さぁて……。
「我が領地に住まう民草よ! そして、我が手足となって領地を統べる貴族たちよ! その目を開き、しかと見よ! 我が言葉の一言も漏らさずしかと聞け!」
今日何度目かの大声を張り上げる。
うーむ、バルドゥックの行政府で使っていた拡声器の魔道具が欲しいな。
年に一・二個は迷宮から得られるんだけど、俺達は一度も見つけられらなかったんだよ……。
あると便利なので買おうとしていたんだけど、拡声器は一〇〇〇万を超えるかなり高価な魔道具だし、すぐにバルドゥックの行政府がもっと割高な価格で買い上げちゃうんだよね。
大方、軍隊とか天領の各地にある大きな行政府で使うためなんだろうが、一個くらい俺にも回して欲しいものだ。
「これより反逆未遂犯、エストン・コーヴ並びにゲルダン・フォロンゾ、ジュスラン・ダーヴィスへの裁きを行う!」
この地の主権者である俺が現行犯で逮捕したので“容疑者”という言葉は使わない。
量刑の多寡はともかく犯罪者であることは確定しているためだ。
俺の宣言を聞いた民衆は僅かの間だけシーンと静まり返ったが、すぐにガヤガヤと話しだした。
反逆未遂というセンセーショナルな罪状に加えて、コーヴ士爵に対して爵位なしで呼んだ事など疑問が多いだろうから仕方ない。
「静まれぇいっ!!」
腹の底から声を出し、黙らせた。
お白洲のようになっている壇の前の広場に座る三人を見下ろし、威圧的な目つきを保ったままその後ろに座る群衆を見渡した。
「罪状を述べる! まず、エストン・コーヴ。この者の容疑は領主の館に対する放火教唆であったが、先日臨時の裁きにより士爵位の剥奪を申し渡した。しかしながら、我が意を不服として反逆を企図した」
先日、行政府内で行った密室裁判やその結果についても触れる。
ロンザルに対する放火教唆。
コーヴ男爵を准男爵に降格し、増税。
コーヴ士爵の貴族位の剥奪。
放火の実行犯であるロンザルには死罪。
これら全てについて本来はもっと重い刑罰が妥当だが、諸事情を考慮してこのレベルに留めただけでなく、親類縁者に対する連座も行わない事。
が、その諸事情である例の書類については一切触れていないので野次馬の中には妙に思った奴も多そうだ。
これは仕方ない。
「また、ゲルダン・フォロンゾ並びにジュスラン・ダーヴィスの両名はエストン・コーヴの命に従い、我がリーグル騎士団に所属する旧知の者に反逆を使嗾したばかりでなく、エストン・コーヴがヘイルーン・コーヴ准男爵の従士長の職位にあることを利用してゾンディール在住の従士供を謀り、我に対する反逆のために糾合した」
群衆の中、そこかしこからぼそぼそとした話し声も漏れている。
「反逆だって?」
「コーヴって言やぁ、ゾンディールの太守だろ? 男爵だったんじゃ?」
「阿呆。そりゃ親父の方だ」
「今は准男爵らしいがな」
「俺、あの人知ってる」
大して大きな声でもないのでわざわざ注意するほどではないだろう。
それはそうと、さっきの凶悪犯と違い、未だ誰一人殺めていない者に死刑の宣告か。
二人を殺し、財布を盗んだ奴には何の感傷を抱くことなく死罪を申し付けられた。
しかし、俺やミヅチの命を狙っただけで公開処刑か。
実行されたところで確実に返り討ちに出来ただろうし、その時は殺すことに躊躇いなど抱かないのではないだろうか?
……小せぇな、俺。
気が付いているだけマシか。
顔の半分が少しだけ引き攣ったのを自覚した。
何故かは解らないが、生前、遅刻や無断欠勤が直らない社員の解雇を上申し、それが認められた後で本人に宣告した時の気持ちを思い出す。
ふん。あんなの死の宣告に比べりゃ……。
「従って……反逆の主犯であるエストン・コーヴには磔刑及び獄門晒し首を申し渡す! また、従犯のゲルダン・フォロンゾ並びにジュスラン・ダーヴィスには磔刑を申し渡す! なお、本件については先日の裁きに関連するものと見做し、量刑の範囲は犯罪者本人に留めるものとする。
そなたらは己の罪を認め、刑に服するや?」
続けてコーヴたちの腰縄を持っていた騎士団の係員に猿轡を解くように命じた。
三人は、当然のように罪状を否認する。
この期に及んで往生際が悪いとは思うが、まぁ、当然だろう。
素直に認めたところで磔にされた上で両脇から槍で刺し貫かれるのだから、その結果は死以外はあり得ない。
ゼロに近い可能性だとはいえ、反論することによって刑罰が軽減されたら儲けものだ。
「認めぬか。では、証人を喚問する! 呼べ!」
人数が多いので、裁きの場の脇に固まって座らせていたゾンディールの従士たちが騎士団員に呼び立てられて進み出てきた。
勿論、重要な証人たちでもあるが大半はある人物が紛れていることを隠すための壁要員だ。
従士たちの中には先日の俺のように頭からローブを被った者が三人。
今や完全にこの西ダート地方においてナンバー2となったゼノムとゼノムの従士、そしてコーヴ准男爵だ。
三人がローブのフードを取る。
ゼノムとゼノムの従士はともかくとして、コーヴ准男爵の顔が現れた時には広場に詰めていた野次馬だけでなく、三人が三人とも目を見開いて絶句した。
そしてすぐに何もかもについて諦めたような、絶望した表情を浮かべ、項垂れる。
コーヴ准男爵が証人の席に立っている以上、どうしようもないと思ったのだろう。
と、思ったのも束の間、エストン・コーヴは期待に満ちた目で父親を見つめた。
その視線を受けてコーヴ准男爵がどう思ったのかは知る由もないが、すぐに判るだろう。
証人に宣誓させ、質問を行っていく。
「……ファイアフリード男爵。一八日の夜、そなたが見聞きしたことを申せ」
「はっ。私はコーヴが父親であるコーヴ准男爵を無力化するためにフォロンゾに麻痺薬を買い付けに行かせる所を目撃いたしました。またその後、同じくコーヴがダーヴィスに命じてゾンディールの従士達を呼びに行かせる現場も目撃いたしました」
ゼノムはすらすらと、そして男爵らしく堂々と答えた。
昨日、初めて裁きで証言をすると聞いて一生懸命練習していたんだけどその成果が発揮された形だ。
続いて証言を命じたゼノムの従士も主人の言葉を首肯する。
「では、コーヴ准男爵。同じく一八日の夜にそなたが見聞きしたことを申せ」
俺に命じられたコーヴ准男爵はしっかりと俺を見上げて口を開く。
「はっ。私の従士長であったエス……コーヴは同日に行われた臨時の裁きの結果を受け入れることが出来ず、私にグリード閣下への叛旗の旗印となるよう願い出てまいりました……。それに対して私は……素直に閣下のお裁きを受け入れ、無益なことは止めるよう申しました」
父親の証言を耳にしたエストン・コーヴの目が大きく開いた。
猿轡を外されてはいるものの後ろ手に縛られたままであるため、歯を食いしばったような顔で身を乗り出す。
すぐに何か言おうとしたのだろう。
大きく息を吸い込むように見えた。
「親父!」
コーヴ“元”士爵が公式の場にあるまじき言葉を吐くが、すぐに騎士団の係員に髪を掴まれて仰向けにひっくり返された。
係員は重要な証人の発言中に言葉を差し挟むのを見過ごした事を糊塗するかのようにバツの悪そうな顔をしている。
その程度のことでいちいち咎めたりはしないから、そんな顔をしなさんな。
父親である准男爵は肩越しに息子をちらりと見たが、すぐに俺の方に向き直って言葉を続ける。
「その後暫くは特に何事も起きる様子がございませんでしたので、私の説得を受け入れて意味のない行動を控えたのだと思っていました。しかし、私の部屋に現れたコーヴは殊勝にも茶を淹れると称して私に麻痺薬入りの茶を飲ませたのです。恐らくは事を起こした際に私が顔を出すことで場をかき回されないようにするためでしょう……私は麻痺し、何一つ行動が出来ませんでした」
コーヴ准男爵は何かを断ち切るような、決然とした表情で俺を見つめながら言った。
「その後、閣下の奥方様に救われるまで身動きすらままならず、恐ろしい計画が実行されつつあることもご報告出来ませんでした」
ここで准男爵の証言は終わりのようだ。
続いてゾンディールの従士からも幾人か証言をさせるがわかりきった内容だった。
では、判決を下さねばなるまい。
……あいつ、何て言ったっけ?
ああそうだ。渡辺だった。顔はよく覚えているが、どうしても下の名前が思い出せない。
「改めて判決を言い渡す」
コーヴ准男爵は俺の言葉を聞くと目を瞑った。
親の目の前で息子に死刑を宣告か。
だが、コーヴの家族だけではない。
ここにはフォロンゾやダーヴィスの家族も居るだろう。
……あの凶悪犯にも家族は居たのだろうか?
あいつは名無しだったからなぁ……。
この場に居たとしても自分の縁者だとは気が付いて居ないかも知れない。
これからもこういう事はある。
慣れろ。
「エストン・コーヴには罪状否認により鞭打ち一回。しかる後に磔刑及び一週間の獄門晒し首とする!」
予想がついていたのだろう。
准男爵はゆっくりと目を開けると肩越しに振り返った。
エストン・コーヴは命乞いを始めた。
騎士団の係員が三人がかりで無理やり猿轡を噛ましている。
「また、ゲルダン・フォロンゾ並びにジュスラン・ダーヴィスには罪状否認により鞭打ち一回。その後磔刑とする!」
俺から二〇mくらい離れた処で女のものらしい悲鳴が上がる。
他の場所でも……。
悲鳴が上がった場所から一番近くに居た騎士団員がそちらの方へ歩み寄るのが見えた。
駆け出さない者もピリピリと神経質そうな様子をしている。
フォロンゾとダーヴィスの家族なんだろうなぁ。
キールやバルドゥックで証人だの野次馬見物人だので裁きを見守っていた時には気が付いていなかった。
そう言えば何年か前、自ら息子に死刑を宣告したおっさんがいたな……。
「以上、次! 刑を執行せよ!」
反逆罪に対する刑罰は通常十字架刑又は磔刑、もしくは串刺し刑である。
十字架刑はとても即死なんか出来ず長い間死なない上に直接の死因は呼吸困難だし、串刺し刑はグロテスク過ぎて俺の趣味じゃない。
俺の趣味は別にしても未遂犯に使うには残酷過ぎると思う。
騎士団には予め絞首台の傍の三箇所に穴を掘らせていた。
また、大きな十字架を三つ用意させていた。
準備が整うまでにはもう少し時間が掛かるので、先にロンザルの絞首刑を執り行うことにした。
絞首台の前に行くと、既に縄が用意されている。
その前に後ろ手に縛られたロンザルが引き出されて来る。
さっきの名無しの殺人犯同様に野次馬から歓声が上がる。
ロンザルの罪状は放火とその罪を無実の奴隷になすりつけて口を拭ったことであり、一般的に見て卑劣な犯罪であることは誰が見ても明らかであるからだ。
当番らしいマリーがロンザルを高さ七〇~八〇㎝程の簡単な作りの絞首台に登らせ、首に縄を掛けた。
絞首台の傍にマリーが控え、俺の合図を待っている。
俺はゆっくりと右手を上げ……立ち入りを制限したロープに乗り出すようにして手を伸ばしている母子を視界の隅で見てしまった。
彼女らは必死な様子で何かを叫んでいる。
子供は泣いているようだ。
ロンザルもそちらを見ていた。
そう言えば日光のハルケイン・フーミズが絞首刑に処せられるとき、俺の隣に立つジンジャーは恋人を見ていなかった。
視線を切ってマリーの目を見つめ、何かを叫んでいるロンザルに目を移す。
何を叫んでいるのか歓声が邪魔で聞き取れない。
すっと手を下ろす。
マリーの反対側に立っていた騎士団員が慣れた動作でロンザルの膝の裏を棍棒で叩き、体勢が崩れた瞬間、間髪入れずにマリーは絞首台を蹴り飛ばした。
ロンザルはぶら下がる。
周囲は大歓声に包まれ、俺は次の磔刑の準備が整うまで行政府の建物内で待機だ。
ちらりと振り返るとマリーは無表情で蹴り飛ばした絞首台を拾っていた。
俺なんかより余程死刑執行人として場数を踏んでいる顔をしている。
・・・・・・・・・
「お疲れ様」
ミヅチがお茶を用意して待っていてくれた。
「うん」
返事をしながら椅子に腰を下ろし、カップを受け取る。
「すごい歓声ね」
窓を開け放っているので広場の歓声はよく聞こえる。
「そうだな」
それから暫くの間、ミヅチは黙って俺の隣に座っていた。
おかげで何もかも整理がつき、成長することができた。
「さて! 次だ。行ってくる」
膝を打って立ち上がり、再び処刑場に向かった。
処刑場には刑の執行を待つ三人が地面の上に建てられた十字架に縛られていた。
十字架はそれなりに大きなもので、地面から二m弱の高さには板があって受刑者はそこに立つ形になる。
足首、両膝、太腿を十字架ごと縛られ、両手は広げて肘と手首を十字架に縛り付けられている。
また、首にも軽く縄が巻きつけられている。
俺が姿を現したことで先ほどの絞首刑よりも大きな歓声が上がった。
滅多に見ることの出来ない磔刑が実行されるとあって、興奮は絶頂に近い。
磔刑と十字架刑は似ているようでまるで違う。
手足を十字架に杭やでかい釘で打ち付けて放置する十字架刑と異なり、磔刑は槍で突き殺す。
十字架の両脇に立つ死刑執行者は罪人の肋骨の下から同時に斜めに槍を突き上げ、反対側の肩から穂先が飛び出るまで突かねばならない。
その後一回捻って抜き、今度は首と顎の間から斜めに槍を突き上げることで止めを刺すのだ。
三つの十字架それぞれの両脇には槍を持った騎士が直立不動で立っており、俺の合図を待っている。
まずは右端のジュスラン・ダーヴィスの十字架を見て右手を上げる。
俺の手が上がったのを認めた群衆は、息を呑むように黙る。
視線を迷わすような事もなく、手を振り下ろした。
「ぐああっ!!」
ダーヴィスの絶叫が広場に響き渡る。
直後に大歓声が巻き起こった。
頸部から反対側の頭部まで刺し貫かれたダーヴィスはビクビクと痙攣して絶命した。
同様に泣き叫ぶフォロンゾも刑場の露となった。
そして、真ん中の十字架に縛られたコーヴの番になる。
当番はクローとキブナル士爵の息子、オズマンドのようだ。
コーヴのレベルは今日の罪人では唯一の二桁だから、経験値は多目だろう。
ふん。
こんな事を思えるくらいなら慣れてきた証拠だ。
「ハ、ハミット王国に栄こぎゃああぁっ!!!」
ご苦労さん。
勿論、クローとオズマンドに向けた気持ちだ。




