第三十七話 騎士団の掌握
7449年3月27日
ゾンディールの街。
時刻は早朝と言うよりも未だ未明の深夜と言った方がしっくりくる。
あと二・三時間もすれば日が昇るだろうが、未だ周囲は主月のカルタリが照らす薄明かりが無ければ真っ暗闇であったろう。
「で、お前が下手人だとはバレていないんだな?」
古く、壊れかけて光量も満足にない灯りの魔道具で照らされた小さな部屋に低い男の声が漂う。
囁くような小さな声だが、その声は跪いて聞く者の耳には鋭く届いた。
「も、勿論です、若。掃除してた奴隷達もガキが火の不始末をしでかしたと思い込んでまさぁ」
慌てたように返答をする声は、こちらも中年の男の声だった。
「お前がそう言うのなら……。しかし、もう一度確認するぞ。本当に代官の家……いや、モルグ宰相の家は焼けたのだな? 肝心のモノが燃え残ってました、半焼けの状態の中から発見されましたじゃ取り返しがつかんのだ。それなら火を点けない方が良かったということになるからな?」
念を押すように問い掛けているのはこのゾンディールの領主であるヘイルーン・コーヴ男爵の長男、エストン・コーヴ士爵であった。
この部屋は男爵の屋敷の一室である。
「は、はい。それもはもう。きちんと確認しました。お屋形様や若が仰られておりました部屋は完全に焼けてます。それはついさっき、この目でしっかりと確認しておりますから間違いはございません」
コーヴ士爵の前に平伏して報告しているのは村の従士の一人、ヨシフという男だ。
「……ならば、良かろう。ヨシフよ。良くやってくれたな」
満足そうに言うコーヴ士爵の声を耳にしてヨシフはホッと胸を撫で下ろした。
コーヴ家やヨシフのロンザル家の悲願が達成されたのだから当然でもある。
「ありがとうございます、若。若にそう仰って貰えるだけで……ああ、それと代官ですがね。代官にはそれとなくガキの火の不始末が原因だと伝わるようにしてましたんで、夜が明けたら掃除の奴隷達には気の毒ですが、四人ともコレになるって話です」
ヨシフは自分の首を掻き切る真似をしながら言う。
「そうか。ならば安心だな。……それはそうと、夜明けまでにミード村まで行けるか? ジンケーゼ殿にもお伝えしろ。その後はゲーヌン殿やミーズ殿、ラヒュート殿にも……皆も早く安心させてやりたいからな。頼んだぞ」
そう言うとコーヴ士爵は返事も聞かずにそっと扉を開けて部屋から出て行った。
平伏しながらそれを見送った男はボソリと呟く。
「若も人使いが荒いなぁ……。ま、今に始まった事じゃねぇか」
よっこらせと立ち上がった男は、つい数時間前の出来事を脳裏に思い出して薄笑いを浮かべた。
――ふふふ。知らぬは代官ばかりなり、か……。今度来るって言う新しい伯爵はどんな人なんかねぇ? あんまり堅物だと結局ラノクス殿や代官達のように……いや、冒険者だったと言うから案外話のわかるお人かも知れん……。
リーグル伯爵領の歴史は僅か一〇〇年余りしかない。
ロンベルト王国が領有を宣言して入植を始める前、この地にはハミットと言う名の小さな王国があった。
ハミット王国は南に広がるダート平原以外の大部分を支配下に収めていたものの、国力としてはロンベルト王国の下で領土を治めるどの大貴族にも及ばない、文字通りの小国であり、傍にロンベルト王国が無ければとっくの昔に滅んでいてもおかしくはなかった。
有り体に言えばロンベルト王国に隷属していた。
表向きこそ国と国で対等なように見えはするものの、その実態はロンベルト王国の軍事的・経済的な援助が無ければやっていけない、実質的な属国であったのだ。
国を治める王族もどちらかと言うと目の前の事しか見えない者が多く、将来を見据えて大きな事業を起こそうという動きもしていなかった。
尤も、これは些か言い過ぎでもある。
そこまでの余裕はなく、王族としての権威を保つだけでもギリギリだっただけだ。
何しろ当時の人口は全部で三万人程しかいなかったのだから。
どんな世の中でもそうだが、権威は国を治める正当性を表すものであり、疎かにすることは出来ない。
で、あるからしてまず足場となるそれに力を入れるのは当然のこと。
あまり責められる類の話でもない。
とにかく、ロンベルト王国としてはハミット王国など、辺境に並ぶどうでもいい小国の一つでしかなかった。
そんな折、蒼炎を名乗る冒険者の一団がダート平原に巣食う緑竜、ベルゴーフロクティを打倒したのである。
目の上のたんこぶと化していた緑竜さえいなくなれば、当然のことにダート平原に人の手が入れられる、土地の開発が出来ると大きな期待を掛けられた。
ロンベルト王国もそれを見逃す程には間抜けではない。
一気に南部に並ぶ小国に対して併合の脅しを掛けた。
何しろ軍事力が大きくモノを言う世の中である。
中には現在のエーラース伯爵領にあったラムヨーク王国のように抗戦の構えを取る向きも見られたが、あっという間にラムヨーク王国が征服されてしまうのを見て、殆どの国は戦わずして白旗を上げ、併合を受け入れた。
勿論、併合にあたってはハミット王国の王族や貴族もロンベルト王国の内情に合うように新たな貴族位を与え、領地や家族の安堵を約していたというのも大きい。
こうしてハミット王国は滅び、この地には初代の代官であるコートジル伯爵が赴任してきた。
コートジル伯爵はハミット王国の宰相が領有していた街、べグリッツを首都と定めるが、これは、それまで首都であったゾンディールの街については領地の経営の中心ではないと宣言したも同然の行いであったため、旧貴族階級を中心に反発の動きもあった。
しかし、この方策が不満分子を炙り出すためのものであったことは当時の旧貴族の誰一人として気付かなかった。
有志達は夜な夜な旧宰相家に集まっては反抗の相談を行い、来る日の再起に向けて謀を巡らせていた。
詳細な計画書も認められ、反抗部隊の編成表まで作成された。
そんな折にそのごく一部の書類が漏れ出してしまったために、幾人かの中心人物が反逆罪の名目で逮捕、拘禁され、相次いで処刑された。当然の如く、その家族諸共である。
強引ながら詳細な調査が行われたが漏れ出た以上の証拠は現れず、少なくとも名前が判明している不満分子だけでも処分しておいた方が後顧の憂いがないと判断されたためである。
こんな程度の話はオースにはゴロゴロしているので珍しくもなんともない。
隣のランセル伯爵領、その隣のドレスラー伯爵領などは併合後に本格的な反抗戦も行われたこともある。
過去の話は置いておいて、こういった事情により、現在のリーグル伯爵領に住む民のうち、半分以上はハミット王国時代からこの地に住み着いている者達の子孫である。
因みに、ゾンディールの街はハミット王国時代の首都であり、その領主であるコーヴ家は王家の末裔であった。
ロンベルト王国に併合された際にロンベルト王国の男爵(元は公爵位を名乗っていた)となり、ゾンディールの街のみの領有を許されたのである。
彼らは、どうしても先祖が犯した反逆の証拠を消し去りたかった。
一連の計画書は宰相の邸宅の一室の隠し棚に収められていると伝わっていたが、宰相の邸宅は事件の直後に接収されて代官の屋敷となってしまっており、おいそれと手が出せないまま時だけが過ぎていったのだ。
しかし、昨夜、ようやっと代官の屋敷の警備が緩む時が来た。
新たな代官、ではなく、正式な叙任を受けたリーグル伯爵が王都から赴任してくるタイミングである。
今までの代官の交代の折には家財道具などはロンベルト王国の所有物(=リーグル伯爵領の所有物ではない)なので大半はそのまま引き継がれることが多かった。
しかし、今回は事情が異なる。
代官の屋敷(かつての宰相の屋敷)は一時的にほぼ完全に空になり、場合によっては無人かそれに近くなる時間が出来るのだ。
これを狙って証拠の隠滅を図ろうとするのはある意味で自然な成り行きといえる。
ロンベルト王国に限らないが、オースの一般では反逆など重大な罪は家族にも累が及ぶため、ハミット王国の貴族の生き残り達は今まで気が気ではなかったし、子孫にも機会があれば必ず処分するようにと言い伝えてきたのだ。
それは従士ヨシフも同様である。
彼の家も元は士爵家であり、ロンベルト王国に併合されるに当たって士爵から平民となっていた。尤も、他の貴族同様に士爵とは言っても実質は平民並みの生活であったし、生活レベルもほとんど変化は無かったが、ヨシフはそこまで歴史に興味は無い。
勿論、以前は貴族であったのだから士爵位は正当な権利だと主張して貴族に返り咲くなどという無理を言うつもりもない。
単に先祖の大逆罪が暴かれた上、一族郎党が揃って断罪されることを避けたい一心であったことは言うまでもない事である。
後は古くから続く名家として、旧貴族として税を多少軽くして貰えさえすれば大きな不満は無かった。
因みに、その分は領主であるコーヴ家が補填するのではなく、代官に対し税を誤魔化して過少申告することで補っていた。
これはリーグル伯爵領の領主達の大部分が行ってきた、半ばこの地の伝統とも言える行為であった。
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7449年3月28日
ラフリーグ伯爵に取って貰った宿だけど、領主が宿泊するということで最上級の部屋が用意されていた。
格としてはバルドゥックのボイル亭より落ちるが、それでもボイル亭の部屋と比較して大きな遜色はない。
適当な飯屋に入って朝飯を食ったらギベルティを筆頭にマールとリンビーに命じて空になった三台の馬車を戻させる。
ウィードでベルと合流した後はベルの指揮の下で王都まで行き、第二陣となるラルファたちを載せることになる。
さて、まずは騎士団だな。
ミヅチ、クロー、マリー、それと警護のズールーを伴って騎士団まで出向いた。
騎士団長のゴッシ男爵には既に伝えてあるので彼は知っているが、クローとマリーを騎士団員として押し込み、新たに俺が団長を引き継ぐことを騎士団員たちに正式に伝える必要があるからである。
「……ウェブドス騎士団のご出身ですか」
副団長の任にあるバリュート士爵はクローとマリーのステータスを確認して、全く素人ではないと一安心のようだ。
この人は地元出身の人で、ほぼ代々に渡って副団長を襲名してきた家系でもある。
因みに年齢は三〇。レベルは一三。
魔法は無魔法のレベルが四に近い三、火魔法が二、水魔法が三になったばかりか。
魔物との戦闘もある領地だし、常識的に判断すればまぁ悪く無い人材だと言える。
「……しかし、閣下ご自身が団長とは……」
でも、俺の団長就任には渋い顔だ。
予想はしてたけどね。
ミヅチやクロー、マリーは涼しい顔で聞き流しているが、ズールーが身動ぎをしたのが解った。
「何だ? 意見があるのか?」
わざとにこやかに聞いてやった。
「いえ、意見というほどでは……。しかし、閣下はお忙しいお体ですし、団長は適任者に任せた方が……」
言葉を濁しているが、適任者ってのはあれだろ? 自分だと言いたいんだろ?
ゴッシ男爵にもそういう人物だと聞いていた。
「ん~。適任者が居ればな。でも、まず第一に私の騎士団では強い者が団長を務めるべきだと考えていてな。一定以上の強さがありさえすれば誰でも良いとは思っているのだが……」
俺がそう言うとバリュート士爵は目を輝かせる。
「ほう! 閣下は強さをお求めなさるか! やはり冒険者のご出身ですな! 解りやすい判断基準をお持ちのようで、何よりです」
腕には相当な自信を持っていて、事実なかなかのものだと報告を受けているから、当然の反応だ。
「うむ。貴卿の言う通りだ。何をするにしても判断基準は解りやすいほうが良いと思う。だから、まずは領内で一番強い私が団長を務めるべきだと思ってな。……ん? どうした?」
俺が話している最中、何か言いたげにしていることにたった今気づいたという体を装う。
「……いえ。確かに閣下はドラゴンを退治したご経歴の持ち主。領内一をご自称するのも頷けます」
ちっとも納得していなさそうな顔で言う副団長。
「ですが、やはり閣下はお忙しい事に間違いはございますまい。そこで臣には案がございます……」
あとは予想通り、領内二番手である自分が団長となり俺の手足として動くとかなんとかほざいていた。
いつまでも彼の独演を聞いて時間をムダにする訳には行かない。
この後だって領主の引き継ぎもあるし、建て直す家の件もある。
当面の住処となるコートジル城だってさっさと見に行きたい。
ここまで長広舌を振るうとは少し意外だった。
面倒くさくなったので、「いや、二番手はそなたではないぞ」と口を挟んでしまった。
「なんと! それでは一体どなたが!? まさか彼ですか?」
クローを指して言うバリュート士爵。
「いや」
即座に否定したことでクローも苦笑いだ。
「では、彼女ですかな?」
次に聞いてきたのは言わずと知れたマリーだ。
「いや」
マリーも肩を竦めるとプッと噴き出した。
「私などとてもとても……」
すぐに表情を改めて謙遜するマリー。
「ま、まさか、彼ですか!? ドラゴンを倒したのは閣下の他は一人の戦闘奴隷だと……その戦闘奴隷もその時に死んだと……」
続いてズールーを指した時点でもう本当に面倒くさくなった。
「私の妻だ。ん~、そなた、バリュート卿よ。得心が行かぬのなら模擬戦でもするか? 妻の魔術のレベルは無魔法が八に他の元素魔法は全て七だが、魔法は無しでもいいぞ?」
「は、はち? 八!? ……ご、ご冗談がきついですな、閣下」
信じられないとでも言うように目を剥いたものの、どうにか返事をしてきた。
「うむ。私は全て九だ。しかし、魔法は無しでもいい。魔法も使って良いのであれば私も妻も騎士団ごと相手にしても勝てるだろうしな」
「きゅ? え? きゅう……? そ、そんな……」
おいおい、目ん玉がこぼれ落ちそうだぞ?
気が付くと同じ部屋に居たゴッシ男爵もあんぐりと大口を開けていた。
だが、流石に嘘か冗談だと判断したようだ。
本邦初公開。騎士団本部脇の練兵場に行くと皆が見守る中、大量の土を出してやった。
ミヅチにはその土に対してわざと大きくカーブを描かせるようにファイアーヘビーカタパルトミサイルの魔術を使わせた。
幻でない証明にちょっとだけ触らせてやった後、すぐに消したけど。
「この程度、私も妻も朝飯前だ。それから、不意を打たれないような魔術も常に使っているし、私の魔力量をそこらの魔術師と同等などと思わないようにな」
ゴッシ男爵よ。
王都に帰ったらせいぜい派手に触れ回ってくれ。
因みに不意を突かれないような魔術ってなんだろうね?
まぁハッタリなんだけどさ。
間者への牽制になればそれでいい。
あ、嘘看破を使えるから嘘吐いても意味ないぞとは言わなかった。
魔法の修行をしたい奴ら(そう簡単にコツを教えるつもりはないけれど)や、俺の騎士団で名を上げたいと考える奴ら、俺が居る限りこの領地は安泰だと考える奴らがやって来てくれれば儲けもんだし。
正式な従士(従士には耕作地を与えるのが一般的だ)に取り立てなくても平民は欲しいからね。
なお、結局ミヅチとの模擬戦自体は行われた。
魔法は魔法で凄いけど、白兵戦の方はそうでもない可能性に賭けたようだ。
結果は当然のようにミヅチの圧勝に終わった。
こんな僻地に王国第一騎士団員並みの凄腕なんか居る訳がないしな。
もし居たら、第一じゃないにしてもとっくに王国騎士団に入ってるだろ。
特にバリュート士爵みたいに地位に固執するような人がそれだけの腕を持っていたのであれば、リーグル伯爵騎士団のようなしょっぱい騎士団になんかいつまでも拘っている訳がない。
ミヅチは最後に「伯爵閣下は私より強いですよ」と微笑んで言っていた。
それを見ていた騎士団の団員たちは完全に俺とミヅチに憧れの視線を送ってきている。
ついでに、クローとマリーも俺に鍛えられたと言うことで尊敬の眼差しを受けていた。
ま、これでこいつらもやりやすいだろ。
そして午後。
役人に先導されて丸焼けに近い状態の屋敷を見に行った。
「うえ、もうこれ完全に更地にして新しく建てるべきね」
「……だな」
微妙な顔で俺とミヅチの会話を聞いていた役人はベグリッツの街で二軒あるという工務店を紹介すると言ってくれた。
少しだけ高いけど腕が良いと評判の方に頼むとしよう。
「間取りはお前の好きなようにしろよ」
「いいの?」
「いいさ」
「ありがと」
「水回りは俺がやるから、トイレと風呂、台所は可能な限り近くしといてくれな」
「あ、じゃあ少し掘り返した方が……」
「高床でもいいけど、柱は深く埋めたいよな」
「うふ。『日本』じゃあるまいし、そうそう『地震』なんて……」
「うん。無いだろうけど、なんとなくそうじゃないと落ち着かないだろ? 放っときゃ柱なんて石に差し込むだけだぞ?」
「う……それは嫌かも」
「だろ? 家にケチるのは止そうぜ。長く住むんだし」
女房と話をしているのを聞いた役人は不思議そうな顔だった。
「あの、地面を掘り返すんですか? わざわざ? 一体……?」
ま、普通はそんな事しない。
地震も滅多にないし、あっても大したことはない。
勿論下水なんか王都にだって無いから理解なんかされない。
せいぜいが肥用にトイレの下を深く掘るくらいだ。
・・・・・・・・・
7449年4月9日
二週間の引き継ぎが終わり、代官であったラフリーグ伯爵と騎士団長を務めていたゴッシ男爵の一党が王都に引き揚げる日が来た。
あ、俺が作った馬車なんかはとっくの昔にベルに率いられて王都に出発しているから、彼らは自前の馬車なんかでのんびりとした移動になるだろう。
伯爵たちを見送った後、俺がまずやることは……。
鉄の収集である。
可能な限り大量の鉄が欲しい。
クロムとかも欲しい。
もう、ゾンディールとウィードの税、今年は物納にさせようかな?




