第二十七話 小さな事件
7448年10月25日
姉ちゃんと話したあと、もう一度第一騎士団本部に行った俺は再度ゲンダイル団長と面会を果たすことが出来た。
しかし、そこで団長の口から語られた言葉は俺の想像とは全く異なるものだった。
姉ちゃんを含む第一騎士団の殆どは北にあるグラナン皇国との国境線の防備に行くんだと。
南のデーバス王国との国境線、ダート平原の方は王都に駐屯する第四騎士団の本隊と天領各地に駐屯している第四騎士団から人を引っこ抜いて、今の第二騎士団中心の防衛部隊の陣容を厚くすることで対応するらしい。
昼に会った時の団長は何やら覚悟を固めていたようにすら見えたし、どうにもおかしく思ったので突っ込んで聞いてみた。そうしたら、国王に行っちゃダメと言われ、その代わり北に行けとの命令を受けたそうだ。
コミン村を占領されたって聞いてたもんだからさ。あの国王、取り返しに行かせるのかと思ってたんだけどな。
それとも、グラナン皇国で何か大きな動きでもあったのか?
多分そうなんだろうなぁ。
冷静に考えてみればダート平原の方はいつもの紛争なんだから、村の一つや二つ、取ったり取られたりなんてよくある。
コミン村を取られたと言っても、国王として今更大きな失点とは言い難いし、どうせ国王の土地だし、今までダート平原の村を取られたからと言って、それを貴族たちが責めたなんて話も聞いたことがない。
でも、不戦協定を結んでいるグラナン皇国は別なんだろう。
俺も詳しく知っている訳じゃないけど、グラナン皇国の国力はロンベルト王国より少し劣るくらいで互角に近いと言っても良いそうだ。ジョージ・ロンベルト一世が王国を建国するまで、天領の北にあるアプサイド公爵領の北半分くらいまではグラナン皇国の領土だったらしいし、建国後暫くは領土を拡大しようとするロンベルト王国とそれを防衛しようとするグラナン皇国との間で激しい戦いが何度も繰り広げられたという。
姉ちゃんから聞いた受け売りだけど、グラナン皇国の軍隊もロンベルト王国同様に精強な軍隊らしい。勿論、徴兵された農民出身のやる気のない兵隊が半数以上を占めるデーバス王国軍なんかとは比較にならないほど精強なんだと。
なお、最後に団長からは「南方の……ダート平原の方は正式なリーグル伯が誕生したことでもあるので陛下もかなり期待をお寄せになっておられるようです」と言われた。
俺としては「微力を尽くします」としか言えなかった。
だって、俺の領地以外は本気で守るつもりねぇもん。すぐ隣のランセル伯爵領程度の近距離ならいざ知らず、東の方のエーラース伯爵領が攻められたりしても知らんよ。そりゃ、防衛部隊を出せと言われれば大貴族の持ち回りに従って一定数は供出するつもりだがね。それだってロリックかトリス、又はクローあたりを指揮官に据えて「無理はすんな」と言って送り出す程度だ。
ま、数年は俺に持ち回りのお鉢が回って来る事もあんめぇよ。
とにかく、今回のコミン村の件について俺や姉ちゃんが出征するという事態は避けられた。
そこそこの可能性で転生者が居るであろう事を考えると微妙な気持ちも湧いてくるが、転生者だとしてもそうじゃなかったとしても、デーバス軍でそれなりの禄を食んでいるであろうことを思うと今ぶつからない方が良い。
本当に極小だろうが、今直接ぶつからずに先延ばしにしたことで取り込める可能性は残されたのだ。
一度でも戦場でぶつかったら、殺し合いをしてしまったら、その可能性は限りなくゼロに近づくであろうことを考慮すると運が良かったと言うことも出来るだろう。
え? 戦時捕虜からの奴隷? そりゃあ無理だろ。
あれだけの魔法の使い手だ。もし捕虜として捕らえることに成功したとしても、デーバス王国が身代金を払わない、払えないなんてあり得ないだろう。例えば、ロンベルト王国は囚われた捕虜が軍隊内である程度以上の地位の人であれば身代金について国からかなりの補助が出るそうだし、デーバスだって似たような制度はあるんじゃないの?
何より今回は俺が行ったと仮定しても、俺だけが個人的に行く訳じゃないし、個人の手柄は軍隊全体のものだ。身代金の額を評価するのだって俺が噛むことはないだろうしな。
・・・・・・・・
昼飯を食いそびれていたのでラーメンを食って今日はバルドゥックに帰ろうと思ってラーメン屋に寄ったら、驚いたことに店の看板が降りており、扉も閉まっていた。
当然客の姿は一人もない。
バストラルからは客の入りは上々だと、新メニューだって開発中だと聞いていたのに……。
まだ夕方前だぞ?
ラーメン屋は夕方から夜が稼ぎ時じゃねぇの?
どうなってやがる!
中から人の気配はするので俺の奴隷たちが居ることは確かなようだ。
ガラリと扉を開け「おい! なんで閉めてるんだ!?」と怒鳴った。
「ヒエッ! か、会長! いらっしゃいませ!」
「「いらっしゃいませ!!」」
ガキの奴隷たちが一斉に唱和するが、全員突然現れた俺に驚いたような顔つきだった。
しかし、悪びれたところは見えない。
あれ? サボってるのかと思ったんだけどな?
看板を下ろしていた理由について年嵩の奴に聞くと納得がいった。
夏に開店したラーメン屋だけど、当初はそれ程売れていなかった。
夏で暑い時期だからしょうがないとバストラルも言っていたし、俺もそうなんだろうなと思っていた。
正直言って失敗したかな? と思ってすらいた。
ところが、一月も経って秋口に入ると次第に客足が伸び、今月に入ってからは更に爆発的に伸びて夜八時くらいにはスープが無くなることも度々だったと言う。
そして、更にラーメンの売れ行きは鰻登りの勢いで衰えることを知らず、先週あたりから夕方前にはスープが切れてしまうのだそうだ。
今日も午後三時くらいにはスープが切れてしまい、店仕舞いをせざるを得なかった。
昔良く見た、“閉店時間・スープが無くなるまで”ってのを地で行ってるのか。
「え? じゃあ、もう今日は食えないの?」
「はい、これを御覧下さい」
開店に当たって三つも用意していた大型の寸胴は全部空になっていた。
今は仕入先の肉屋から届いた豚の骨を皆で洗い、ハンマーで割り、明日の仕込みを始めようとしていたところだったようだ。
えーっと……寸胴一つで三〇〇杯分くらいのスープが作れるって聞いてたんだけどな……。
一日で九〇〇食も出てるの?
それって、一日の売上で……八〇万超えてるじゃん!
替え玉も出てるなら九〇万とか一〇〇万とか……。
ってことは、魔石や仕入れの経費を差っ引いて利益は三〇万くらいあるって事だ。
なにそれ、月に九〇〇万以上の儲けかよ!? 事によったら一〇〇〇万?
キャシーをウハウハにして、俺もウハウハにしてくれているバルドゥッキー事業に迫るな。
しかし……うーむ。とんこつラーメンがここまで人気になるとは……。
前世でも外国でとんこつラーメンって売れてたんだっけ?
東南アジアで食った現地の奴が経営していた糞不味い醤油ラーメンの思い出が蘇る。
先月の帳簿にすらまだ目を通していなかったので気が付かなったわ……。
ここは王都の目抜き通りとも言えるグルド通りだし、商会のあるベール通りに二号店を出してもいいかも知れん……。仕入先が確保出来るのなら、だけど。はっきり言って豚骨だの鶏ガラだのはその気になりゃ幾らでも買える。ゴミみたいなものだったし。だけど、キクラゲと卵はともかく、チャーシューになる豚肉はなぁ……今だって仕入れ量はギリギリ最大限まで交渉してるんだ。これ以上増やしてくれなんて言ったら他の飯屋に回らなくなって苦情が出るだろう。
とにかく、飯が食えないのならここにいても仕方ない。
今日のところはバルドゥッキーでも齧りながら戻って、飯は向こうで食った方が良さそうだ。
ソーセージ工場に行ったらキャシーが奴隷たちと一緒にソーセージを作っていた。
一本焼いて貰いながら話をした。
「ラーメンの方はすごい勢いで売れてますねぇ」
キャシーは挽肉機のハンドルを回しながら言った。
「このところはお昼時に五人くらい応援を送ってますよ。ですからもう少し人を増やしてくれると有り難いんですけど……」
遠慮がちに言うキャシー。
いや、それは別に構わんよ。
でもさ、折角だからキャシーも奴隷を買ってみたらどうかと言ったんだ。
そのくらいの金、余裕で溜まってる筈だしね。
何しろ今や、キャシーはかなりの高給取りなのだ。
それどころか運悪く魔石以外のボーナスを得られない時の殺戮者よりもずっと高い収入を得ている。
現在の月の販売数量は二〇~二一営業日で約一二万本、売上高にして大体二八〇〇万Zだ。粗利益は二〇〇〇万Z程もある。俺は貴族なのでこの商売で税を取られないこともでかい。
販管費を差っ引いたあとの純利益、一二〇〇万Zからキャシーには六割に当たる七〇〇万Z位を毎月渡している。キャシーの年収は八〇〇〇万Zを超え、九〇〇〇万Zに迫る。でも五十人程もいるガキ共の親、と言うか姉役をして貰っている上に教育もしてくれている。それを考慮に入れても一ヶ月の収入としては流石に多いような気もするけど最初に約束したのは俺だし、そもそもバストラルや彼女がいなかったらソーセージを作って売ろうなんて考えなかったんだからこれでOKだ。
それに、彼女の収入にバストラルの収入を加えてもボーナス込みの救済者の奴らよりは少ないから、これはこれでバランスが取れてるっぽいし、バストラルも不満には思っていないようなのでまぁいいかと思っている。
ついでに、残った俺の取り分で商会の維持費や商店会費などを全部賄い、更に金貨のお釣りも来るから俺としてはバルドゥッキー様々だよ。
この状況について誰かから不満でも出るかと思っていたんだけどね。
キャシーもバストラルも自分たちの収入については誰にも話していないようで、誰も何も言って来ない。
皆はどうもキャシーの給料は基本給の月二〇万Zかそれに多少色を付けている程度だと思っているような節も見られる。
まぁ、それ以前にバルドゥッキーが月にどのくらいの数売れているかなんて知らないんだろうけど。
王都に工場を新設して以来、奴隷も少し増やしているけれど、普段王都に居て俺の商会に張り付いているか、工場に納入されてくる豚肉の量でも観察していない限り推測するのも難しいのは確かだからねぇ。
「ん~、でもウチの人が必要ないって……」
へ? バストラルがそう言ったの? 意外だ……。
奴隷欲しいみたいな事言ってたと思うんだけどな。
ああ、自由民で人頭税が高いから諦めたんだっけ。
でも先日、バストラルは俺の従士として命名し直したので今は平民になってるんだよね。
「それに、遅くても来年中にはご領地に行くんだ、って言ってますから。奴隷は向こうに行ってから買おうという話をしているんです」
にっこりと笑ってキャシーは言う。
でも、少し影のある笑顔だ。
そう言えば先日、バストラルからこんな話を聞いていた。
――なんかねぇ、ウチの奴が「皆いい子だから連れて行く子なんて選べないよ」って言うんですよ……仕方ないので俺が選んじゃいましたけど。いいですよね?
俺もソーセージ工場やラーメン屋で働かせているガキ共についてはあんまり良く知らないので「ん。任せる」と言っただけなんだけど。
普段彼らと触れ合う時間の多いキャシーにしてみればそう簡単に選べるようなものでもないんだろう。
キャシー本人も農奴だったから奴隷は財産だということは転生者以上に理解している。でも、奴隷だって生きているんだし、長年付き合いがあれば情も湧く。ましてその相手が幼少時から両親とも碌に縁がないなんて気の毒な境遇で育ち、周囲の顔色を窺うような子供ならなおさらだ。
ま、俺の従士とは言え、財産形成に関わるような人生設計に対して口を出すつもりもない。
好きなようにやってくれ。
・・・・・・・・・
7448年10月26日
バルドゥックに戻っても殺戮者の皆はミヅチも含めてかなりの人数が迷宮に入ってるし、残っている少数の人たちも自分の奴隷を鍛えたりするので忙しいだろうから、昨晩はバルドゥックに戻らずに姉ちゃんを誘って一緒に晩飯を食って酒飲んで一人寂しく宿で寝た。
で、夜明け前の今、眠い目を擦りながら起きたところだ。
朝飯どうしようかな?
昨日食えなかったラーメン……朝からかよ……ん? 多分食える。
若い体とは何と素晴らしいものだろう!
ラーメン食おう、そうしよう。
ランニングをして一汗流せば若い体とか関係ない気もするが、起きてすぐにラーメンを食う気になるかどうか、精神の問題なのだ。健全な精神は健全な体に宿るってなもんだ。
まだ暗い空の下、王都の河川敷まで準備運動を兼ねて軽く走りながら向かった。
鎧を着ていない分、全力ダッシュも交えて何往復かして念入りに走っているとバストラルがやってきた。
朝の挨拶を交わし、バストラルも朝飯はまだだというのでこの後着替えたら一緒に食おうと約束をして別れる。
空きっ腹を抱えた胃袋はすっかりラーメンモードになっている。
ラッセグやミリー、爺さんのラフィットはともかくとして、ハリスはラーメンがお気に入りらしいから朝から食いに行っている可能性もある。
アンナやハンナだってラーメンが好きだと言ってたし。
……まぁ、彼らも朝飯は食うだろうがとっくに食い終わってる時間だった。
会える訳ねぇか。
どうでもいいことを考えながら宿に戻った。
シャワーを浴びて昨日買った新しい下着に着替えたらバストラルと待ち合わせをしている俺のラーメン屋へと行こう。
そう思って宿に戻ったら、宿の前にジョンが立っていた。
……ん? 泣いているのか?
ジョンは鼻をすすってしゃくりあげているように見えた。
「おい、ジョン。どうしたんだ?」
まさか、イジメか?
俺が声を掛けるとジョンは顔をくしゃくしゃにして地面に手を突いた。
よく見ると怪我もしているようだ。
「あ、ああ! ご主人様! もうじわげごじゃいまぜん~!」
イジメかと思ったら違うようだ。
最初はしゃくりあげるばかりで何を言っているのかよく解らなかったが、治癒魔術を掛けてやった上、落ち着かせて話を訊いてみると大変な事件が起きていた。
今日の未明、工場に強盗が侵入したのだ!
宿直であったジョンとテリーは当然強盗の侵入に気が付き、追い払うべく立ち上がった。
までは良いのだが、強盗は大柄な大人の男が四人組であり、ランニングしかしていないジョンとテリーでは相手にすらならなかったそうだ。
勿論、強盗たちはステータスを見られないよう、手袋を付け、靴を履き、顔まで覆面だったんだと。
計画的な犯行だよねぇ。
しかも、強盗の狙いは仕入れ用に置いてある僅かな現金ではなく、多少残っていた在庫でもなかった。
もっと致命的なものであった。
そう、挽き肉機だ。
万力でテーブルに固定していたために外すのに手間取ったのか、それなりの大きさであるために案外重量があったことに驚いたのか、工場から運び出すのに時間を食ったため、出勤してきた別の奴隷に見咎められ、四人は既に取り外せていた一台だけを担いで逃げたそうだ。
奴隷は追い掛けたが見失ってしまった。
その後、キャシーが来て顛末を話し、昨晩は王都に滞在していた俺に報告に来たとのことであった。勿論、商会の方へ行っているバストラルにも連絡は送っているらしいがこちらは俺と同様に行き違いになっていた。
工場を任されていたのにこんなことになってしまって申し訳ないと泣きじゃくるジョンだが、人がいれば泥棒よけくらいにはなるだろうと高をくくっていた俺にも責任はあるだろう。
今までソーセージであれだけ成功していたのだから真似をしようとする奴が出てきても不思議はない。
真似しようにも機械無しで挽き肉を作るのは非常に手間が掛かる。大人が一生懸命包丁で豚肉を叩いても、まともな挽き肉にするには少量でもかなりの時間を必要とするのだ。
それが、ガキばかりの俺の工場では造作もなく大量生産が出来ている。
数日も様子を覗えば挽き肉機という秘密兵器が大活躍しているのは誰だって気が付くはずだ。
どういう構造なのか、分解清掃の際に見ていたとしてもそう簡単に再現は出来ない。
なら、盗んでしまえとなるのはある意味で自然な流れかもしれない。
過去には何度も挽き肉機を売ってくれという交渉を受けたこともある。
だから、販売用の挽き肉機を作るためにトールに型を作らせる気にもなったんだから。
でも、挽き肉機を販売するという発表はしていなかった。
あれだけの型を作れることを確認していたんだから発表しておいた方が良かったのか……。
とにかくテリーも怪我をしているらしいし、急いで工場に向かわなきゃね。
腹減ったなぁ……。
バルドゥッキーの商売ですが、月間の販売量12万本というのは多いようですが実は大したことありません。
ロンベルティアの人口は20万人を大きく超えているので、一人あたり消費量で考えると二ヶ月に一本食べているかどうかでしかありません。
バルドゥックやライル王国に卸している分もありますし。
人口の大多数を占める奴隷にしても然りです。都会の奴隷はちゃんと給料を貰っていることが殆どなので、普通に給料が支払われているのであればたまの贅沢として標準バルドゥッキー一本300Z(太さ3~4㎝、長さ15㎝くらいもあります)はそんなに高くはないでしょう。
それに羊の腸を使ったウィンナーサイズの物も販売し始めています(第二部第百七十六話で思い立っています)。
安価な物の種類も増えていますし、卸販売が中心なので、チーズ入りやチレ入りなど高価なプレミアム商品があっても一本あたりの平均売価は200Z代前半かなぁという計算です。
なお、安い食事一食がだいたい100~200Zくらいなので一杯900Z、替え玉まですると1000Zもしてしまうとんこつラーメンの方が余程高価です。




