第十三話 叙任式
7448年8月21日
まだ燦々と日光が照りつける午後三時くらい。
ドランの騎士団の敷地の隅っこにはトール(ロズラル)を除いて二〇人の暁が勢揃いしている。
こいつらの罰金である六千二百万Z(罰金も負けて貰えた)はトリス達が支払い、全員揃って目出度くトリスの奴隷となったのだ。
平均すると一人頭三百万以上の値になっている勘定で、手に職がある訳でもない一般奴隷としてはそこそこに値段が高いと言えるだろう。
魔法が使えるという従士出身者も混じっているらしいから一概にそうとは言い切れないけど。
騎士団に借りた一室の窓からそれを見下ろす俺以下の五人。
メンバーは俺の奴隷であるメックの他は当然ながらトリスとベル。それと先月トリスが購入したビルサインという元騎士でトリスの奴隷頭である。
ズールーを連れて来なかったのは元騎士のメックの方が騎乗しての戦闘に慣れているからってだけで、他に理由はない。
俺のいない間にズールーに羽を伸ばさせてやろうだなんてこれっぽっちも思っていない。
本当だよ。多分。
暁たちは全員、憔悴した表情を浮かべており、その一角には暗い雰囲気が漂っている。
完全武装した下っ端従士数人に囲まれていることだけが原因じゃない。
今日の午後に行われた裁きの場において彼らは三回~六回程の鞭打ちの刑を受けた。
但し、鞭打ちの威力自体は予め領主であるウィリアム殿下の指示によってかなり手を抜いたものになっている。
とは言え、かなりの人数が痛みのあまり物凄い絶叫を上げていた。
気絶するほど強くなかったという所が逆に苦痛を増してしまったとも言える。
その後は一緒に連れて来ていたトリスとベル、俺の三人で手分けをしながら傷の治療をしてやっていた。
その治療では傷だけを治し、完全な治癒はさせていない。
痛みは大分軽くなっているだろうが、あえて残している。
「じゃあ、アルさん。我々はお先に……」
トリスがそう言うと、ベルとビルサインの二人も俺に会釈をする。
「本当に今日行くのか? もう結構な時刻だし、もう一晩くらいドランで……」
そう言って止めようとする俺。
「まぁ、それでも良いんですがね。でもロンスライルさんのとこの番頭さん達も待たせちゃってるんで……」
奴隷が大量に増えることになったので、再教育のためにロンスライルに二ヶ月くらい預けるというのは聞いていた。
今回は奴隷護送車とも言うべきロンスライル奴隷商会ご自慢の大型馬車までチャーターしている。
チャーター料金はお得意様でもあるので大幅に値引きされて一晩十二万Z、往復三週間くらいの予定で借りている。
また、再教育費用は大体三、四百万Zになるだろうと見積もられていた。
でもね。
本当の理由は違うと思うんだ。
え? 街から離れたらまた治癒魔術を掛けるんだと思うよ。
ベルとトリスが手分けすれば全員にもう一回くらいキュアーを掛けられるだろうし、傷の深い奴にはキュアーライトを掛けるくらいは出来るだろう。
それでも痛みは少し和らぐだけだから馬車に乗っているだけでも揺られて痛いだろうけどね。
「そうか。解った。俺もすぐに追うから、くれぐれも気を付けてな」
最後の一節を強調して言うとトリスは苦笑しながらも重々しく頷いて三人共部屋を出た。
六頭立ての大型馬車に暁の連中を詰め込んでいるところを見下ろして彼らが出立するのを見送った。
これから日が暮れるまでの間に十五㎞程東にある村まで移動するのだそうだ。
日照時間の長い夏場だから夕暮れまでには到着できるだろう。
「失礼します、閣下。トールの用意が整いました」
騎士の一人がノックの後、扉を開いて伝えてくれた。
「ああ、ご苦労さまです」
さて、俺の方の準備も済んだようだ。思ってたより早かったな。
下に降りると簡素な衣服のみを身につけたトールが首に縄を掛けられて立っていた。
こいつにも他の暁のメンバー同様に傷の治療だけはしてあるからHPは回復し、傷も塞がっているがまだまだ相当な痛みは残っている筈だ。
「この靴を履け」
先日トールとの面会の際に履いていた安物のブーツを放り投げ、姿勢を変えたことでトールが痛みに顔を顰めつつもいそいそとブーツに足を通すのを見ていた。
連行してきた騎士に礼を言って騎士団を後にする。
今日はトールの命名を行い、夕食は領主のウィリアム殿下、代官のバイルーシ侯爵との会食も予定されているのでドランに一泊。
明日の朝、殿下の護衛隊(第二騎士団の殿下の小隊の一分隊と別の大隊に所属する歩兵小隊だ)と一緒にバルドゥックへ向けて出発の予定である。
ぶっちゃけた話、今回の件がなければウィリアム殿下はともかく、バイルーシ侯爵とは知り合えなかったろうからそれだけでも来た価値はあろうってもんだ。
代官を任されている侯爵は俺の叙任式典には参列しないらしいからな。
……そうでも思わなきゃやってらんねぇよ。
係の騎士と一緒に神社に出向き、一時間ほどの待ち時間の後いよいよトールの番が回ってきた。
「名はトオル。姓はギーンです。この度私の奴隷となりましたのでそちらも併せて命名をお願い致します」
正式な領主であるロンドール公ウィリアム・ロンベルトの署名入りの譲渡証明を提出しながら係の騎士が犯罪奴隷であることを証明する証書(トールの罪状や刑が済んだこと、俺が罰金を肩代わりしたことによる持ち主遷移の経緯などが簡単に説明された公的文書)を提示した。
俺のステータスを確認されグリードとリーグルのどちらの家名の所属にするのか聞かれたのでグリードでお願いをしておいた。そうじゃないと俺の奴隷全てに命名をし直さなきゃならんので面倒臭、もとい、かなりの費用が掛かるからだ。本音を言うとリーグルという家名は通過点だと思っているに過ぎないからなんだけど。
因みに、名前について元のロズラルにしなかったのは長年トールで通して来たこともあるが、本人がトオルがいいと希望したからだ。
明日の朝は出発前にトール(俺もまさか日本人の頃の名前だと思っていなかったので、呼び慣れてしまっているトールと呼んでいる)の傷の痛みも完全に治してやるつもりではいる。
但し、馬車はないので歩きになるから、バルドゥックまではかなり苦しい道程になるだろう。
・・・・・・・・・
7448年8月27日
バルドゥックの街に入る外輪山の麓でウィリアム殿下一行と別れ、まずは外輪山の頂上を目指す俺たち三人。
出発日の晩にはのろのろと移動するトリス達に追い付き、同じ街の宿に投宿した。
彼らの足では俺達より二、三日到着が遅れるだろう。
ドランを出発して五日。
かなり綺麗に整備されている街道とはいえ、平均で一日あたり四十㎞もの距離を両手を縛られたまま己の足で歩かされたトールは息も絶え絶えだ。
あまりの疲労により、途中で投宿した宿で逃げ出すようなこともなかった。
「ほら、このくらいの坂道で音を上げるな!」
メックが両手首を縛られたままのトールを引き摺りながら罵声を飛ばしている。
ウィリアム殿下たちと別れた事もあって、外輪山を登り始めた直後からトールは不平を漏らし始めた。
軍隊が離れたことで気が緩んだのか、単に俺とメックが舐められているのか、きっと後者だろうけど。
「まぁいいさ。ここらで少し小休止をしよう」
外輪山を登る途中の岩場で小休止を取ることにした。
「おい、トール。この程度でへばるな。そんな事じゃこの先が思いやられるぞ」
そう言いながらもメックが腰の水筒を外し、魔法を使って水を満たした。
それをトールに渡すと「焦らないでゆっくり飲むんだ」と言っている。
メックも結構面倒見はいいんだよな。
「ん……んぐっ、んぐっ、んぐっ」
トールはメックの言葉に頷くとゆっくりと飲み始めた。
【トオル・ギーン/21/8/7448 】
【男性/14/2/7428・獅人族・グリード家所有奴隷】
【状態:衰弱】
【年齢:20歳】
【レベル:9】
【HP:68(68)(105)(139) MP:7(7) 】
【筋力:16(22)】
【俊敏:20(26)】
【器用:15(21)】
【耐久:13(21)】
【固有技能:超器用(LV.Max)】
【特殊技能:小魔法】
【特殊技能:瞬発】
【特殊技能:夜目】
【経験:106060(110000)】
能力値やHPが減るほどの衰弱状態で引っ張り回すと、多少は多目に経験値が得られるようだ。
なお、適切な休息(一時間に五~十分程度)さえ取っているのであればHPは耐久値と同じ㎞数を歩く程度では減らない。これは耐久値の熟練度は関係ないようで、大抵の場合鑑定で見えるくらいであれば問題はない。
但し、走るとその速度にもよるが減らないで済む距離は大分短くなる。こちらは耐久値への熟練度も関係しているようで、同じ能力値をしていても個人差が見られる。
勿論走らなくても、坂道を登ったり、重量物を運んだりなどした場合には、同様にHPが減り始めるまでの距離は短くなる。
十分な休憩を取らずにそれ以上の距離を歩くと、段々と現在の上限値ごと減り始めるのだ。
この場合、上限値ごと減ったHPは休息時間に応じて結構簡単に回復する。
でも、元の最大HPの半分くらいにまで減ってしまうと、他の能力値まで減少が始まり、休まない限りはもう歩くことが出来なくなる。
そこまでになってしまうと数時間休んだ程度だと減った能力値も回復しない。
それはそうと、トールの状態であればもう少しは頑張れるだろう。
「さて、トール。お前は随分と俺を舐めているようだな?」
「別に舐めてなんか……ただ、もう少し速度を……あと休憩を」
そう言いながらも不満を顔に表すトール。
「おいメック。こいつこんなこと言ってるが、やっぱり俺、舐められてるよな? どう思う?」
俺がメックに言う前からメックは少し怒ったような表情でトールを見ていた。
「そうですね。ご主人様に口答えをするとは呆れて物も言えません。あまつさえ新人奴隷の分際で聞かれてもいない自分の要求を口にするなど……ご主人様、今からでも遅くはないと思います。カロスタラン様のように、奴隷としての躾を教育させた方が宜しいのでは?」
うん、まぁそれも考えないでもなかった。
だけど、トリスを新しいお頭だと言って納得しているらしい暁のメンバーと一緒だとどうもね。
教育の期間をずらした方がいいと思ってるんだ。
あっちの方が人数も多いから先に教育した方がいいだろうし。
それに、その前に確認しておきたいこともあるからさ。
「おいトール。二度は言わないからよく聞いとけ。自分の立場を弁えろ。お前の持ち主で、尚且つ貴族である俺に口答えするな。それから許可もされていないのに無駄口を叩くな。文句が言いたきゃ俺に聞こえないところで好きなだけ言え」
そう言うと、両親家族を人質に取られているような立場であることを思い出したのか、それとも、改めて奴隷であることを思い出したのか、トールは「……わかり……ました」と言って項垂れた。
だが、心から納得していないことは明白だ。
近いうちに心から納得させてやる必要があるだろう。
とにかくまずはバルドゥックでこいつを回復させ、超器用にどの程度の使い道が見い出せるのか調べる方が先だ。
さ、バルドゥックはこの外輪山を越えたところにある。
もう少しだ。
精根尽き果てる寸前のトールをメックに任せて宿に押し込み、ボイル亭に戻ったら悪い知らせが待っていた。
九月の半ばに予定されていた俺の叙任式について、来週の月曜日、つまり九月一日に簡単なリハーサルを兼ねて手順の確認を行うとの連絡が待っていたのだ。その際には当然俺の配偶者となっているミヅチも出席をせねばならないし、俺が貴族位を与えようと考えているメンバーも列席が求められている。
ミラ師匠のとこに行けなくなっちゃったよ、畜生。
でも、実は俺もミヅチも誘発の魔術について未だにマスター出来ていないのでその点のみを考えると助かったとも言えるんだけどね。
・・・・・・・・・・
7448年9月16日
王城にある謁見の間。
今まで俺が国王と顔を合わせていたような二の丸櫓や三の丸櫓の一室ではない。
本丸の下層部分にある、体育館みたいな立派で大きな部屋だ。
この部屋には壁際に立つ数十人の衛士を除いて合計二百人ほどの貴族や招待客が集合し、爵位や格、地位などの順に従って整列している。
その中にはウェブドス侯爵も居るし、本当に末席だがバークッドの領主である兄貴も居る。
また、招待客の中にはグラナン皇国、バクルニー王国、カンビット王国など近隣諸国の領事や大使とでも言うような人達も居る。
王都で治療院を営んでいるダークエルフのトゥケリンも招待されていると聞いている。
部屋の外で係の人に呼ばれるまで待ってるんだけど、手持ち無沙汰だよね。
まぁ、リハーサルも経験しているので手順も解っているし、ミヅチを始めとして殺戮者の奴らもいるから心に余裕のある俺は小声で雑談くらいは出来る。
因みに、ミヅチ以外でここにいるのはゼノム、ジンジャー、トリス、ロリック、ビンス、カームの六人だ。
トリスとロリック以外の四人は物凄く緊張しており、カチコチになっている。
中でもゼノムとジンジャー、ビンス、カームらの緊張度合いは気の毒になる程だった。
他の皆は、俺を含めてロリック以外着たことも無いような貴族然とした衣装に身を包み、お互いに似合ってないなぁと笑い合うくらいの余裕はある。
因みに、男性は相変わらず袂のない前開きの着物の出来損ないのような上着に帯を締め、カボチャみたいな半ズボン、それに絹で作られてぴっちりとした真っ白いタイツを穿いている。
靴は室内用の底に硬い木の板が張ってある半長靴のような革靴だ。
女性の方はやはり着物みたいな上着に帯を締め、下はなぜか知らんが派手にフリルの付いたスカートを引き摺っている。
そうこうしているうちにまず俺が呼ばれた。
配偶者であるミヅチは俺の左後ろでスカートをつまみ上げ、しずしずと付いてくる。
玉座にふんぞり返った国王に祝福を受ける。
それから、迷宮から持ち帰った戦利品であるワイヴァーンの鱗で作った鎧を献上したというと外聞が悪いらしいので、バルドゥックの治安維持に多大な貢献をしたという理由でリーグル伯爵の地位を禅譲する旨が宣言される。
それに対して畏まりながら有り難く頂戴するとか定型文を言って、ついでに王国の領地を任されたからには云々かんぬんとこれまたお決まりの文句を言う。そして、形式上、玉座の前から退出を命じられた俺はミヅチの手を引いて玉座の下に並ぶ伯爵達の列の先頭に並ぶ。
周囲からは、
「異種族の第一夫人とは珍しいな」
「冒険者らしいですよ」
「ほう? ひょっとしてあのドラゴンも?」
「そうらしいですね。グリムソン子爵のようなものでしょうね」
「なるほど」
「私はゴムを扱う商会を営んでいると聞いておりましたが」
「ゴムか。あのベッドは素晴らしいな」
とかボソボソと囁く声も僅かに耳に届いている。
その間、国王は現在のリーグル伯領の代官であるラフリーグ伯爵以下の主だった貴族の解任について宣言を行っている。
それが済むと今度は俺の出番だ。
玉座の前にハの字型に並んでいる大臣たちの真ん中まで進むと玉座に向かって臣下の礼を取る。そして、解任された小領主たちの代わりの人員について心当たりがあると奏上する。
それに対して国王は俺と定形のやり取りを行い、最後に顔が見たいのでここに呼べと言う。
で、やっとゼノムたちが呼ばれる。
俺の後ろで横一列に並び(人数が多いと数列になることもあるらしい)同様に臣下の礼を取るゼノムたち。
またもや定形のやり取りを行って、それぞれに対して俺から爵位を与える。
最後に領主である俺に忠誠を尽くすと宣言して終わりだ。
その後、一時間程度の休憩を挟んで国王主催のパーティーが催される。
パーティーの開催までは中庭に出て食前酒を片手に挨拶回りや、俺に興味を持っている人なんかから挨拶をされる時間だ。
ウェブドス侯爵や兄貴と話したいが、そんな暇はとても取れない。
で、いよいよパーティーが開催されて僅か数分。
会場の雰囲気が一気に変わる。
ダート平原から急ぎの伝令が凶報を携えて到着したのだ。




