第十一話 新婚旅行 5
うわっ、予約投稿の日付を間違えてました。
ご心配をお掛けしたようで、申し訳ありません!
ごめんなさい。
7448年6月8日
「ハイ正解。よく出来ました」
ベルはしっかりと銃口をトールにポイントしたままだ。
トールの鼻に雷管の起爆薬の、ツンとした燃焼臭が届く。
トールはぽかんとしながらも「火薬の臭いだ」とすぐに気付いた。
「動くと撃つわ」
尻餅をつき、愕然としているトールを見下ろしながらベルは冷たく宣言する。
「さて……」
その様子を確認したトリスはトールに左手を向ける。
「何をっ!? 止めろっ!」
ひぃっ、と情けない叫び声を上げて両手で頭を庇おうとするトール。
トリスは一切頓着せずに精神集中を始める。
その掌に青い魔術光が凝集したかと思うと雪球のように真っ白い球体が発射され、トールはあっという間に頭だけを外に出して蜘蛛の糸に絡め取られてしまった。
更に膝下を氷漬けにされている連中にもウェッブを二回使って全員をしっかりと絡め取る。
全員トールよりみっともなく取り乱していた。
それから両手首を失った痛みで失神寸前のホグスの傍に寄ると、転がっている両手首から掴んだままの剣を外す。
息も絶え絶えで虚ろな目をして倒れているホグスの腕の傷口に手首の切り口を押し当てるとベルを呼んだ。
「まだ十分も経ってないから大丈夫じゃないかな?」
「ゴブリンでは十分くらいまでは大丈夫だったのよね」
「確かそうだ。だけど、タイミングが大事だからな。頼むぞ」
「うん」
そう言うとトリスは治癒の魔術を使う。
その魔術が効果を発揮するのに合わせてベルが重傷治癒の魔術を使った。
こうすると再接続の魔術が使えなくても欠損部の再接続は一応可能であることは迷宮内で捕らえたモンスターを使って実験済みであった。
但し、切り離されてからあまり長い時間が経つと再接続は無理だし、どうしても複数の治癒魔術の使い手が必要な上、そのうちの一人は最低でも重傷治癒が使えなくてはいけない。何より、二つの治癒魔術のタイミングをしっかりと合わせる必要もある。
もう片方の手首も同様にして繋げる。
「暫く手は使うなよ。まだ痛いだろうが、上手くいきゃまた使えるようになる。そうなるようにせいぜい祈っとくんだな」
潰れた鼻を押さえたまま悶絶しているジャクリーヌと、そこそこの傷を負っているキャロルについてはすぐにどうこうなるものではないので治療はされなかった。
それらを右肩の傷口を押さえたままのキャロルは唖然として見ていた。
――どれだけ魔力が……さっきのはウェッブ? 初めて見た……。それに、一度切り離された手がまた使えるようになる? あのバニーマンが使っていたのは治癒なんかじゃない? もっと上位の……?
彼女とて治癒の魔術は使えるが、それには一分以上もの精神集中が必要である。
また、炎の矢の魔術を使ってしまったからには治癒の魔術などそう何度も使えない。
せいぜい一回。
魔力切れ覚悟でも二回使えるかどうか。
次いでキャロルは思い至る。
彼らはまだ十代か、せいぜい二十歳に見える。
いくら三種の元素魔法を使えるからといって、普通ならウェッブのような高度な魔術を使いこなせるような年齢ではない。しかも三回も使った上にキュアーまで?
その上、バニーマンは突進しながら魔術を使い、私の毒爪まで子供相手のようにいなした。
トールの旦那と戦ったエルフも余裕たっぷりに相手をしているようにも思えたし……。
冗談じゃない!
格が違いすぎる!
それはそうと、トールの旦那はなぜあそこまであのバニーマンを、いや、バニーマンの持つ魔道具を恐れているのか?
あんなもの、幻の音の魔道具か、それに類するものとしか思えない。
大きな音と小さな火を噴く程度の、脅し以外に使用用途のないものだろう。
「えーっと、これで全員か? じゃあ自己紹介だな。俺の名はトルケリス・カロスタランと言う。トリスでいい。で、こいつは俺の女房でベルナデットだ。ベルでいい。で、お前……ステータスオープン。名無しかよ。碌なもんじゃねぇな……。おい、お前、名前は?」
脂汗を流しながら頭だけを外に出したトールに尋ねるトリス。
なお、暁の構成員のうちでゾーイなど騎士団に囚われている者を除く主要なメンバーはここに揃っているが、ミイナなど末端の構成員はいない。
「……トールだ」
苦々しげな口調で答えるトール。
「ああ、お頭とか言われたもんな。お前が三百万Zの賞金首のトールか」
「俺をどうするつもりだ? 騎士団に……」
「さてね。そんな事よりもまず言う事があるだろ? 俺が勝ったらどうなるんだっけか? それとも、最初の取り決め通りどちらかが死ぬまでやんなきゃダメか?」
「……」
トールは悔しそうにトリスから目を逸らす。
トールとしては「まだどちらも死んでいない以上、決着はついていない」と屁理屈を言いたい気持ちもあるが、そんなことを口にしたら最後だということも理解している。
しかしながら、ここで素直に負けを認めるというのも癪に障る。
彼にしてみれば銃で脅されて動きを封じられたことがこの状況の原因だと思っている。
いや、思いたかった。
当然そこには一対一と言う条件を自ら破ったことについては考慮されていない。
「……おいお前、この状況だと俺が勝ったと思うのが普通だが、異存があるのか? あるなら言え。俺がそれを認めるかどうかは別だが聞くだけは聞いてやる」
「……勝負は俺の負けだ。勝ったのはお前だ」
ぼそぼそと小さな声で呟くように言うトール。
「声が小さくて聞こえないぞ。もう一回、大きな声で言え。ここにいる全員に聞こえるようにな」
「……」
トールは悔しそうに顔を歪める。
この期に及んで口にすることをためらっているかのようであった。
「言いなさい。しっかりとね。それとも、もう一回死ぬ?」
座ったままミノムシのように拘束されているトールの正面に回りこんだベルが額に銃口を押し当てながら静かに言った。
底冷えがするような冷たい目を見たトールは心の底から恐怖する。
この目……駄目だ。
この女、言わなきゃ本気で俺を!
「俺の負けだ!」
やけっぱちになったように大声で言うトール。
「……そうね。それで、彼が勝ったらどうなるんだっけ?」
「あ、暁の頭目はこの瞬間からお前だよ! ……くそぉ……」
トールは衆人環視の中、宣言をする。
しかしその瞬間。
パン!
トールの顔面に激痛が走る。
トールは撃たれたのかと思った。
しかし、実際はベルがトールの頬を張っただけである。
「ねぇ、お頭に対してお前呼ばわりはおかしいんじゃない?」
叩かれて内臓がはみ出しながらも逃げようと藻掻くゴキブリを見る目つき。
霜が降りたような冷たい声音。
しかしその顔に浮かんでいるのは嫌悪の表情ではなく、薄い笑いだった。
目だけが笑っていない。
「あ……う……」
トールは一連の件についての全てを後悔する。
なぜこんな奴らに手を出してしまったのだろう。
魔剣らしきものを別にしてもあれだけの剣の腕、強力な魔術、おまけに拳銃……。
おそらく、その戦闘力の半分すら引き出させることなく敗北した。
相手が悪かったなんてレベルじゃない!
どうやっても勝てる相手ではなかった。
勝てる可能性など、最初から全く無かったのだ。
ゾーイ達のケジメを取るなんて考えなきゃ……。
そもそも、こんな奴らに手を出したゾーイ達が元凶だ。
「ちゃんと言い直しなさいな」
ベルは幾分声のトーンを落とし、再びトールの額に銃口を押し付けながら優しい口調で命じた。
怖い!
殺される!
悔しいが、言わなければもう一回死ぬ羽目になってしまう!
「……暁の頭目はと、トリス様に代替わりしたぁ! ……うぅ」
涙を滲ませながらトールは大声で宣言した。
「最初からそう言いなさいよ」
ベルは立ち上がると右手に拳銃を手にしたまま腕を組み、満足そうな表情で周囲を見回す。
「さて、お前ら。もう一度聞くぞ。暁のお頭は誰だ?」
今度はウェッブに絡め取られた一団に向かって尋ねる。
「「トリス様です!」」
「うん。俺の命令は絶対だ。いいな?」
「「はい! お頭!」」
結構良い返事であった。
「よし。なぁに、心配するな。悪いようにはしない。さて……おいお前」
さっきまで剣を突きつけていたカッツェに声を掛けるトリス。
「へ、へい」
何を言われるのかと少しだけ心配そうな表情で答えるカッツェ。
「名前は?」
「カッツェと申します。トリス様」
「そうか。ではカッツェ、一つお前に尋ねる。お前らが俺達を狙った理由は何だ? どうして狙ってきた?」
何の気もないような、長年仕えてきた奴隷にでも尋ねるような口調と顔つきであった。
「へ……? あ、その……」
カッツェとしては先程襲撃の際に話した事をもう忘れてしまったのかと思ってしまった。
「なんでだ?」
「ゾ、ゾーイ達を騎士団に突き出されて、その仕返しと言うか、ケジメと言うか……すみません」
「違うだろ?」
「え?」
カッツェはトリスという男が何を言っているのか、言い出したのかさっぱり解らない。
「それを命じたのは誰だ? 先代のお頭じゃあないのか?」
微笑みながら静かに語るトリス。
「え? あ! はい! そうです! その通りです!」
ようやくカッツェにもトリスの言わんとするところが理解出来たようだ。
「そいつに命令されて……!」
ウェッブで体を拘束されている為にトールの方を顎で指しながらカッツェが言う。
「カッツェ! お前!」
同じく最初はぽかんとして聞いていたトールは憤然として言う。
「お前には聞いてないぞ、トール。黙れよ」
トリスはそう言うとまたトールに向かって左手を向ける。
「ひ……」
トールに一つ頷き、手を下ろすトリス。
「お前、名前は?」
「ガ、ガムランといいやす。お頭」
「ガムランね。で、お前も無理やり命令されたのか?」
白々しくも今度はガムランに尋ねるトリス。
「へいっ。何しろ、お頭に言われちゃ逆らえないもんで……」
「そうか、愚かなお頭を持つと気の毒だな。だが俺が頭目になったからには安心しろ」
「ええ、そりゃあもう!」
「あとな、暁はここにいるので全員か?」
「いえ……。まだあと十人くらい居ますが、そいつらは全員がまだガキなんで物の役に立ちぁしません」
ガムランはトリスから視線を外して答えた。
「野次馬の中に居るか? 居るならここに呼べ」
ガムランが野次馬に向かって呼び声を上げると、数人の子供達が進み出てきた。
中にはまだ七、八歳程度の小さな子まで含まれている。
その中に見覚えのある顔を見つけたトリスは手招きをした。
「ステータスオープン。お前も名無しか……まぁいい。聞いていたな?」
「は、はい、お頭」
ビクビクしながら答える小人族のミイナ。
「名前は?」
「ミイナです」
「よし、ミイナ。暁の頭目として命じる。残りの子供達を連れて……そうだな、あそこに見える赤い看板の店の前で待機していろ。俺が行くまで動くな」
ミイナは他の子供達を連れてその場を離れた。
その後も一人ずつ確認を続けるトリス。
「……お前も無理やり襲わされた口か?」
悶絶したままのジャクリーヌを除いて最後の一人となったキャロルにも同じように尋ねる。
「……ええ、そうですわ。あの……助けて頂けるのですか?」
痛みを堪えつつ尋ねるキャロル。
「当たり前だろう? 俺はお前らのお頭だぞ」
ニコリと笑って平然と返事をするトリス。
その後、念の為に全員のステータスを確認した。
トールを含めて十六人もの暁がこの場に居るが、ステータスに名前があったのはキャロルの他は自由民階級の四人と奴隷階級に僅かに二人であった。
トリスとベルは小声で相談する。
『こんなに命名もされないまま……これじゃ流石にまずいな……』
『持ち家の名前が残ってるから、それを何とかしないと』
『だな。仕方ない。一度全員騎士団に突き出すか』
『お、おい! そりゃあ幾らなんでも……!』
それを聞いたトールは慌てて口を挟む。
暁の頭目になった途端に全員を騎士団に売るとは酷すぎる!
トールに対して掌を返した、あんな手下共であってもトールには“前”頭目としての意地も、矜持も残っていた。
『おい、必ず正直に答えろ。嘘を吐いたら殺す。お前ら、貴族階級を傷付けたことはあるか?』
トールの声に気がついたトリスはしゃがんで、彼に顔を近づけて言った。
『ない。いや、ありません。それだけはまずいから。確実に貴族だと思われる相手に対する盗みもしていない、です。そこは徹底して命じていました』
それを聞いたトリスはベルに目配せをする。
ベルもすぐにトリスの意図を察し、別のメンバーに対して同じ質問をし始める。
『本当だな?』
トリスの目は嘘は断固として許さないと語っている。
『本当です』
瞳を通して心の奥底までをも見抜こうとでも言うのか、真剣な顔付きをしてじっとトールの目を見つめるトリス。
『そうか。もし嘘を吐いていたらお前は確実に死ぬだろうし、あいつらの中からも死人が出るだろう。それでも嘘ではないと言えるな?』
『は、はい』
カクカクと首を縦に振るトール。
彼は間抜けだが愚かではないので貴族階級への犯罪だけは厳に戒めていた。
また、ヤクザ同士の抗争以外では表立っての殺人を犯したこともない。
この妙な方針を気に入って暁に居るメンバーも少なくはない。
普通のヤクザ組織だと抗争等の場合には相手の組織は勿論、周囲の別の組織などへの威嚇の意味も込めて、相手が奴隷であれば、わざと自由民以上の構成員に衆人環視の中で殺させることさえも珍しくない。
たとえ通報されて捕まっても、自由民以上の階級を持つ者が奴隷を殺しても殺人罪は適用されない。
器物損壊の罪だけである。
実行者はせいぜい一~二回の鞭打ちか、数百万Z程度の罰金で箔を付けて娑婆に戻れる。
最初にトリスとベルに襲撃を掛けたゾーイ達にしても、彼らなりに慎重に狙いを定め、殺しても足のつきにくい旅行者を狙っていた。また、目撃者のいない状況での犯行であった。
『お前に掛けられている三百万Zの賞金、その容疑と罪状は?』
『みかじめの強制徴収と恐喝、スリ、平民への傷害です……。あとはそれらの教唆といった所だと……』
『殺人は入っていないんだな?』
『目撃者のいる状況での殺人は絶対の掟で禁止しているから多分大丈夫だと……それを破った奴はこっちに足がつく前に始末していましたし……』
『そうか』
これを聞けばトリスも納得の賞金三百万Zである。
貴族階級への殺人の容疑者で、逃げ続けているのであればこの賞金額は非常に低い。
また、奴隷同士の殺人などでは賞金などが掛けられるような事にはならない。
『あの、質問してもいいですか?』
話題が途切れたと思って遠慮がちに問うトール。
『何だ?』
『あの、あなた方はどこかの街の組織の方ですか? ドランへの尖兵?』
『はん?』
意外な問に思わず妙な声で答えてしまうトリス。
『ああ、勘違いしないでくれ。俺達は単なるヴァーサタイラーだ。だが、それなりの力は持っていると自負しているよ。……そうだな、お前らの罪を帳消しにするのは、そりゃ幾らなんでも無理だが、はっきりしない程度の罪を無かった事にしてその分の刑罰を減らすくらいは可能だと思う。
まぁ、それも正確には俺達の力じゃなくて、別の人に骨を折って貰う必要があるんだけど、頼めばそのくらいの事はしてくれる筈だ』
『そ、そんな大物がバックに……』
トールは少しだけホッとする。
それだけの大物が我儘を聞いてやるくらいに可愛がっている手下を傷つけてしまったら全力で付け狙われた筈だ。
間抜けな騎士団だけならまだしも、暁以外のドランの裏組織にも手を伸ばし、ドランの街全体が暁の敵に回ってしまう可能性すらある。
質問を終えたベルが戻ってきてトリスに「この人が言った通りみたいね」と報告する。
「わかった。……じゃあお前ら、俺が今から言うことをよく聞け!」
トリスは暁に対して説明を始めた。
まず、奴隷階級の名前のない者について。
主家の所在がはっきりしているものについてはトリスが同行して買い取りの交渉を行う。
買い取れたらその足で神社に行って命名の儀式を行う。
これで別人になることが可能だ。
次に、奴隷階級でも名前のある者。
こちらも同様に本来の持ち主に対して買い取り交渉を行う。
命名の儀式を経れば個人名はともかく、所属だけは変更が可能だ。
そして、自由民については全員、騎士団に逮捕させる。
当然、次回の裁きの日に於いてその罪状について裁かれる。
だが、裏から手を回すことで可能な限り罪を減免する。
トールや小頭はともかく、平の構成員であれば鞭打ちが数回~十回程度の刑罰になる。
明確な殺人を犯していないのであれば死ぬようなことはない。
これらを聞いて浮かれて大喜びをする者、自分だけ刑罰を受けるのは理不尽だと憤る者など様々であった。
「黙れ。文句が出なければ大筋はこうしたいと思っていた。だが、今のお前達の反応を見て別の方策をとることに決めた」
シンと静まった暁のメンバーを前にして、トリスは無表情に宣言する。
実はこうなるだろうと見越してはいたのだが。
「公平じゃない、か。ならば公平にすることにした。全員一度騎士団に突き出してきちんと罪を償わせてやる」
絶句する暁。
「だが、ムチ打ち回数の減免工作は行ってやる。それでも罰金だけは無くす事は出来ないだろう」
鞭打ちを伴うような犯罪での罰金なんか、安くても百万Zを超えるのが通例だ。
大部分の連中はそんな金などないと絶望の声を上げる。
本来の主家が出てきたとしても罰金の支払いなど拒否するに決まっている。
罰金が支払えなければ金額に応じて鞭打ち回数が増える上に、行政府=領主預かりの借金奴隷になってしまう。
「……それは俺が払ってやる。お前ら全員を公平に、且つ合法的に綺麗にするにはこうする他はない」
相変わらず絶句したままの暁に対して、更にトリスは言う。
「お前らがこのやり方に不満があろうがなかろうが、俺がこうすることに決めた以上、もう覆らない。暁の頭目である俺を主人にしたくない奴もいるかも知れんが、それも知らん。勿論、裁きの後で逃げ出すのも自由だ。だが、逃げない奴も居るだろうし、裁きの日までに残りのメンバーは俺が掌握するからな。逃げられると思うのなら逃げてみせろ」
モンスターに相対する時のような、凄みのある雰囲気を纏わせながら言うトリス。
「それから、参考までに教えておいてやる。俺とあいつはバルドゥックの冒険者集団、殺戮者の盾持ちと魔法使いだ。ドラゴンをすら倒せる俺達から逃げ切れるという自信があるなら挑戦してもいいぞ」
騎士団で聞いた殺戮者の噂を存分に活用するトリス。
ベルも感情を感じさせない冷たい目つきで全員を見つめていた。
「ス、スローターズ……!」
「道理で……」
「あんなに若いのに……」
「いま、盾持ちって言ってたよな? 盾もないのに……」
「あたい、聞いたことある」
「バカ、通告されてるのキャロルさんに読んで貰ったろ?」
「去年は無茶苦茶でかいワイヴァーンも倒したって……」
度肝を抜かれて唖然とする暁達。
キャロルも去年と今年、行政府前にデカデカと通告されていた殺戮者の偉業については目にしていた。
ついでに、少し憧れてもいた。
リーダーが普人族の男である事はそれなりに有名なので知っていたが、メンバーの種族や人相についてまでは知らなかった。
とは言え、自らがそのメンバーと矛を交えることになるとは……道理で簡単にあしらわれてしまった訳だ、と納得した。
また、それを聞いたトールも非常に驚くと同時に、トリスに敵わなかったのも当たり前だったと得心した。
それとは別に、暁のメンバーはともかくとして自分自身はどうなってしまうのか、急に不安になってしまった。
・・・・・・・・・
「……と、言う訳でですね、彼らはリーダーのトールに命じられて無理やり悪事を働かされていたそうなんですよ!」
「彼らの身元は私達が、いえ、リーグル伯アレイン・グリード閣下が引き受けます。罰金もちゃんと支払います……と思います」
トリスとベルに言われた騎士団員は困ってしまう。
トールを除く彼らの罰金の合計は金貨で七十四枚(七千四百万Z)程に上るという。
また、基本的には窃盗や恐喝、暴行、傷害の罪だけなので刑罰も鞭打ちのみで済むそうであった。回数は別にして。
「しかしですね、それを判断するのは我々騎士団ではなく、お代官様です。バイルーシ侯爵閣下がご裁断されることなので私にはなんとも」
トリス達にしてもこの返答は予想の通りである。
「解りました。では、本来のご領主であらせられるロンドール公爵ウィリアム・ロンベルト殿下にお願いしてみます」
国王であるトーマス・ロンベルトの次男、ウィリアムは第二騎士団の小隊長を務めている。
昨年には小隊長への昇進祝いと称して国王からバークッドのゴム・プロテクターが贈られていた。
勿論、販売したのはアルだ。
当然王族であるウィリアム王子とも良好な関係を保っていた。
勝手な、しかも先走った判断ではある。
しかし転生者が絡んでいるので、この話を聞いたアルは例えウィリアムに借りを作ったとしても必ず動くとトリスとベルは考えていたのだ。
しかもアルの好みそうな、「刑罰は受けさせ、罪を償わせる。その上で助けるか助けないかの判断が可能」という状況が作り出せたのだから首尾は上々だろうと思ってさえいた。
万が一、この程度で借りを作りたくないと考えたのならば、犯罪者であるトールなどそのまま切り捨ててしまえばいいだけである。
暁のメンバーの方は、さっき聞いた罰金なら少し苦しくなるが何とか払えない金額ではない。
最前線の村を預かるカロスタラン家の窮状を見て見ぬふりをするアルではないから、金の心配は最初からしていないけれども。
「先走った処分が実行され、それを後で知ったウィリアム殿下がどうお考えになるか、それについてはどうかご一考下さい」
「何も私達は無罪放免をしろ、などと無理を言っている訳ではありません。バイルーシ侯爵閣下へのウィリアム殿下のご評価、引いてはそれに伴う侯爵閣下から騎士団に対するご評価を熟慮して頂きたいと申し上げているのです」
騎士団員は考える。
彼らが本来の領主であるウィリアム殿下(本当は息子に公爵位を貸しているだけなので真の領主は国王である)に対する何らかの伝手を持っているのはまず本当だろう。
ここで嘘を言う意味がないからだ。
ウィリアム殿下ご自身のご裁断を望んでいるに過ぎない。
本来であれば頭目であるトールは別にして、暁の構成員への裁断程度は正式に委任された代官の仕事である。
だが、彼らの言うようにウィリアム殿下がご自身でのご裁断を望んだのであれば、侯爵は殿下のご不興を……そうなれば侯爵も騎士団に対して……。
「ウィリアム殿下も年に数回はこの地を訪れ、その際に凶悪犯をお裁きするでしょう? それまで処分をお待ち下さいと申し上げているだけです。または、こういう話があった、と侯爵閣下に一言お伝え頂けるだけで……侯爵閣下はご聡明だとお聞きしていますから、きっと……」
ま、この程度、騎士団長を通じて侯爵閣下のお耳に入れたとしても問題はないだろう。
「……閣下のお耳に入るようにはします。ですが、そこから先は……」
「「ありがとうございます!」」
揃って騎士団員に頭を下げる二人であった。
・・・・・・・・・
「きちんと待ってたな」
ミイナを始めとする暁の下部構成員達はトリスが命じた赤い看板の店の前で所在無げに佇んでいた。
「じゃあ、一人ずつステータスを見せてね」
トリスとベルが手分けして確認したところによると、ミイナを含めて名無しが八人に名有りが二人。
「デムザ家ってのは?」
半数以上がデムザ家所有奴隷となっている。
大人の構成員にも何人か居た所有者である。
奴隷商の中には在庫する奴隷が産んだ新生児を売れる程にまで食わせる経費が無駄だと捨てる者も珍しくないのだ。
万一生き残ったとしても、自分の所のステータスを持つ子供を捕らえられたら、奴隷としての振る舞いの教育費用のみで殆ど経費を掛けずに百万Zくらいでは売れるから万事OKである。
勿論、奴隷の遺棄は、まして子供の遺棄は立派な犯罪である。
「ドランで一番大きな奴隷商です」
新しいお頭に返事をするミイナ。
「ふうん、なら話は早そうだ。そこまで連れて行け」
奴隷商が相手であれば、犯罪の証拠を突き付け、端金で解決できる可能性は高い。
・・・・・・・・・
7448年6月15日
一週間ほど前にベル一人だけが新婚旅行を中断して戻ってきた時には心底吃驚した。
マリッジブルーとは一番縁がなさそうだったと思っていたし。
話を聞いてもっと吃驚した。
新たな転生者だとさ!
しかし、けち臭い犯罪者の処罰に手心を加えて欲しいなんて、ウィリアム殿下に頭を下げに行くのはどうにも納得が行かないよね。
だけど、一緒に話を聞いたミヅチが「私達で犯罪者を更生させたいからって言ったらどうかな?」と言ったので彼女の案を膨らませることにした。
「犯罪者の更生を兼ねて、危険なダート平原最前線の開墾に従事させようと思ってるので、どうか一つ……」とリチャード殿下に言ったら、快くウィリアム殿下に話を通してくれた。
でも、次のドラン行きは八月くらいになるそうだ。
ついでなので俺もそれに同行させて貰う事になった。
だって、一度くらいはそのトールって奴に面通ししたいと思ったし。
ドランの騎士団の地下牢でなら裁きの前に少し話をするくらいはOKだって言うしね。
で、当初の予定より数日遅くなったが、今日はトリスが十人ものガキを連れて戻ってきた。
ガキどもは口々にトリスのことを「お頭、お頭」と呼んでいる。
俺が「よう、ご苦労なようだったな」と出迎えたら「お前、お頭への口の利き方に気を付けろよ!」とかハーフリングのメスガキが偉そうに言いやがった。
トリスは「バカ! この人がリーグル伯爵閣下だ、謝れ!」と怒鳴ると可哀想になるくらい凹んでいた。
ドランからバルドゥックまで、わずか数日の行程とはいえ、トリスの性格からしてこういう部分についての躾を忘れていたとは思えない。
って事は、ありゃ相当に慕われているってことだろう。
こんなことで凹むトリスってのもなんだか新鮮だ。
面白いし、このガキどもはトリスが奴隷として身請けしたそうだから放っておこうっと。




