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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第七話 新婚旅行 1

7448年6月4日


 バルドゥックの街には三つの神社がある。

 一つは街の北東の外れにある小さなもので、正式な神官も一人しかおらず、二人の職員と合わせても全部で三人の小さな所帯である。

 もう一つは街の東方にある小さな湖畔の近くに建つ、こちらも然程規模の大きくないものだ。


 そして、最後の一つ。

 街の中心から南西に一㎞程離れた場所に建つ、四人もの神官を擁する少し立派な神社。


 六月最初の木曜日の午前中。

 昨晩からしとしとと降り始めた小雨がぱらつく中、この神社を訪れる人影があった。


 人影は複数だったが、そのうちの一人はトルケリス・カロスタラン。

 今やバルドゥックの街でその名を知らぬ者は少数派となった精人族エルフの冒険者。

 もう一人はベルナデッド・コーロイル。

 こちらも有名な兎人族バニーマンの冒険者だ。


 他にも二十人程の人影が彼らの周囲を固めるようにしているが、それは二人が購入した奴隷達が殆どだ。

 奴隷以外は僅かに二人。狼人族ウルフワーの男女、ジェルトード・ラミレスとミーフェス・ランスーンも混じっている。

 彼ら二人も名の通った冒険者である。


「では、ご主人様、行ってらっしゃいませ」


 奴隷の中から一人の男が進み出てエルフとバニーマンに頭を下げる。

 この男は今年の冬にエルフのトリスが購入した戦闘奴隷で、暫定的な奴隷頭を務めている。

 正式な奴隷頭は来月の中旬に納品されるという元騎士の戦闘奴隷にする予定だからだ。


「ああ、行ってくるよ。ジェル、ミースも雨の中休みを潰してまで来てくれてありがとう」

「うん。それにお祝いまで……本当にどうもありがとう」


 トリスとベルがジェルとミースに礼を言う。

 彼らの結婚に際して、所属する冒険者パーティーのリーダーを務めているアレイン・グリードからそれぞれに二十万Zずつ、また、他のメンバーからも五万Zずつの祝い金が寄せられていた。その祝い金に加えてジェルとミースからは二人に揃いのガラスのカップが贈られていた。


「そんなに気にしないで。私は従士なんだし、お館様のご結婚にお祝いも出さないなんて訳には行かないわ」

「ああ、そうだ。俺達からのささやかな気持ちだから……これから世話になるんだし、堂々と受け取ってくれ、下さい」


 ジェルのぎこちない喋りに苦笑いを浮かべたトリスはベルの肩に手を回すと彼女が濡れないようにストールを掛け直して神社の境内に足を踏み入れていく。


「……でも六月に結婚すると幸せになるなんて聞いたことないよな」

「そうね。でも、ニフォンではそうらしいわよ」


 トリスとベルを見送りながらジェルとミースは小声で話している。


「ラミレス様、ランスーン様。このままお待ちしますか?」


 奴隷頭が二人に声を掛けたことでジェルとミースは少し離れた飯屋へと移動する。

 神社は新生児の命名や、彼らのように結婚に際しての命名、元服のように成人を祝福して貰う人もいる(単なる祝福であり、特別何が変わる訳ではない)し、単に商売や恋愛の行く末について祈祷して貰う人もいる(こちらも文字通りの儀式の域を出ない)。はたまたロッカーを使っている人など、多くの人が訪れる。

 三万人以上の人口を抱えるバルドゥックの街に僅か三つしかない施設であるため、いつもそれなりの人数が順番待ちをしている。

 当然、用のある人以外は入ることを許されないので当人以外の付き添いは別の場所で待機する必要があるのだ。


 一方、神社の中では順番待ちを終えたトリスとベルの二人に結婚の儀式が行われていた。


「天におわす神の代行者として名付ける、命名ネームド、トルケリス・カロスタラン……確認願います」


 結婚に際してトリスのステータスの所属はカロスタラン士爵家三男からカロスタラン家当主に変更された。貴族家の者ではあるが、跡継ぎではないトリスは結婚に際しては新たな平民家の当主となってしまう。当然、平民なのでその収入から一割の税を納める必要が発生するが、元々ベルが一割税を収めていた(ベルも貴族ではあるが外国人であるためにその収入に平民同様の一割税が課されていた)ためにあまり抵抗はない。

 それに、秋にはアルに士爵に叙して貰う予定であるため、数ヶ月程度の税などどうでもいいという気持ちもあった。

 二人にとってはその間に支払う税よりも六月に結婚する方が大切だと思ったに過ぎない。


「天におわす神の代行者として名付ける、命名ネームド、カロスタラン……確認願います」


 そしてベルの名前はベルナデッド・カロスタランに変更され、所属もカロスタラン家第一夫人となる。


「天地に遍くおわす八百万の神々が認め、今この時よりベルナデッドはカロスタラン家当主のトルケリスに最初に嫁ぎ、夫婦となった」


 二人が互いのステータスを確認しあうのをにこやかな顔つきで見守っていた神官は、表情を改めると厳かに宣言する。

 それを聞いたトリスとベルはお互いに顔を見合わせ、どちらともなく唇が重なる。


「長かったね……」


 トリスの首に両腕を回しながらベルは感極まったように言う。


「ああ」


 答えるトリスも感無量といった表情を浮かべている。


「もう私、四十超えちゃったよ」


 ベルの目にキラキラと輝く液体が溜まる。


「ごめん」


 そっとハンカチを取り出して嬉し涙を拭いてやるトリス。


「でも、前よりも若いから許す」


 そんな二人を「まだ二十歳の筈だが……?」と、不思議そうに見つめていた神官は次が詰まっている事を思い出す。


 命名の順番待ちが居るため二人はさっさと境内から追い出されてしまうが、これは普通のことなので、雰囲気を壊されたと怒るには値しない。

 ベルの腕を取ったトリスは新妻をエスコートして神社を後にした。




・・・・・・・・・




 午後には雨も上がった。


「じゃあ、アルさんにも宜しくお伝えください」


 そよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシューを履かせた二頭の馬に跨ったトリスとベルが馬上からミヅチに声を掛ける。

 今日の午前中に結婚の儀式を終えた二人は昼食を終えた今、新婚旅行に旅立つのだ。

 ボイル亭の前には王城へ行っているアルを除いた殺戮者スローターズのメンバーが勢揃いしている。


「やっぱさぁ、『缶』が欲しいよね」

「だよね~、ハネムーンに行くときは『缶』を引かないとねぇ」


 ラルファとグィネが勝手な事を言っているが、いつものことなので誰一人取り合わない。


「気を付けてね」


 ミヅチが二人に返事をするが、トリスは笑って請け合っている。


「ゆっくり行っても明日の夕方にはドランに着いていますから、大丈夫ですよ」


 ドランはバルドゥックから西南西の方角に二百㎞ほど離れたところにあるかなり大きな街だ。

 王家が支配する天領の南西部、ロンドール公爵領の首都でもあり、人口はバルドゥックよりも多く、六万人を超すと言われている。

 切り立った断崖やその脇に広がる砂浜、特徴的な形をした岩や季節によって咲く花が異なり一年を通して同じ景色を見ることがないと言われるミスモッチ山など、風光明媚な景色で知られ、国内で余裕のある生活を営む者は一度くらいは訪れたいと思っている観光都市でもある。

 数年前、アルがゼノムとラルファと出会った後、バルドゥックに向かう途中で数日間滞在したこともあった。


「ま、確かにね……」


 今年の頭にミヅチもトリス達も魔法の品(マジック・アイテム)であるそよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシューの威力については目の当たりにしている。

 あれを使えば馬は全く疲れないので移動距離はかなりのものになる。


「じゃあ、来週の金曜には戻りますから」


 ベルは楽しそうに言うと馬の手綱を巡らせた。




・・・・・・・・・




7448年6月5日


 トリスとベルは用足し休憩のついでにお茶を飲んでいた。


「あのでっかい岩が海岸との間に見えるってことは、あと十kmもないな……」


 グィネが作った地図を広げてトリスが言う。


「……見て! あそこ! いい眺め! そろそろ景色も変わってきたんだね」


 ベルが指差す先には中学校の校庭三つ分くらいの湿地が広がっており、可愛らしい小さな花が咲き乱れ、風に揺られていた。

 夕暮れ近い陽の光とも相まって一種幻想的な光景が広がっている。


「おう。綺麗だなぁ……」


 湿地を指差すベルに寄り添うトリス。


 五分ほどカップのお茶を飲みながら肩を寄せあって美しい風景を堪能する。


「行こうか。さ、あと一息、ダッシュさせりゃ十五分くらいだ」


 くるりと振り返り、馬に向かって歩くトリス。


「もう、あと十kmなら普通に行ったって一時間も掛からないんだからゆっくり行こうよ」


 ベルもカップを背嚢リュックサックに収め、後を追う。


「いやぁ、温かいお茶飲んだら冷たいビールが飲みたくってさ」

「ビールは冷えてないと思うけど……」

「ぬるくたっていいさ。がぶがぶ飲みたいんだよね」

「もう、最初からあんまり酔っ払わないでよ? 役に立たなかったら……」

「何が?」

「知らない!」

「はは、こやつめ」

「うふふ」


 乳繰り合いながらも再び馬上の人となった二人は、せっかくなので美しい景色を楽しみながらゆっくりとドランの街を目指す事にしたようだ。


「……モンスターが出てくるとか無粋な事が起きなくて良かったね」


 花が咲く湿地を眺めながら、その脇を通りつつベルが言う。


「うん。でもグィネもファーンさんも言ってたろ? このザリドール街道はドランから王都までの間はまずモンスターが出るようなことは無いってさ」


 グィネは幼い頃から行商で散々通った道だし、ファーンもバークッドとの往復で何度も通っている。その彼らがドランまでの間にモンスターが襲撃を掛けてくることは殆ど無いと太鼓判を押していた。


 それ故に二人は鎧も着けず(尤も、普段から鎧を着用しているのは軍人である騎士や従士、あとはせいぜいが隊商の護衛を請け負った冒険者くらいのものだが)最低限の武器だけを装備して旅行に出たのだ。


 勿論、奴隷頭を始めとして、たった二人だけで旅行に行くことについて反対した者も居たが、一流冒険者、殺戮者スローターズの古参メンバーであり、同時に強力な魔術の使い手でもある二人に王都周辺で出るようなモンスターの脅威を説いても効果は薄かった。


 何よりせっかくの新婚旅行を同行者に邪魔されたくはない、というのが二人の本音であり、そもそも安全度が高いとされているドランまでの間である。滅多なことでは危機に陥るとは考え難かった。


 そして、予想通り何事も無くドランまで目と鼻の先に到着している。


 浮かれた二人はすっかり物見遊山の気持ちでいた。




・・・・・・・・・




「おい、二人来るな……」

「ああ、見えてる」

「馬に乗ってる。騎士じゃないのか?」

「へっ、鎧を着てるようにゃあ見えないねぇ」

「……そうだな。男と女か?」

「いい加減大きく稼がねぇとトールの旦那に合わせる顔がねぇ。騎士じゃなきゃ行商人だろう。たった二人だし、やっちまうか?」


 湿地が切れるあたりの灌木の茂みに身を隠した男女が五人。

 のんびりと馬を歩かせるトリスとベルを遠目に見てよからぬ相談をしていた。

 距離はまだ二百mは離れているだろうか。

 身を隠す五人から見て左手は灌木が防砂林のように砂浜までの二百mを埋めている。

 右手、街道を挟んで陸側には二十m程先までトリス達が眺めている湿地が広がっており、その手前側は左手のように灌木が生い茂っている。


 馬に乗った二人は時折湿地の一部を指差しながら、整備の行き届いた街道をゆっくりと近づいてくる。


「お前ら、見つからないうちに持ち場についときな。やるなら弱そうな女の方からだからね」

「おう!」

「あいよ!」


 リーダーらしき虎人族タイガーマンの女に命じられた矮人族ノームの男と普人族ヒュームの女が身を低くしたままサッと街道を横切り、数m程の距離を置いて反対側の茂みに隠れた。


 街道のこちら側から、二人が位置に付いたあちら側までの間には丈夫な綱で作られた目の大きな網が埋められている。

 網のこちら側は角から綱を伸ばし、その先は少し奥まった樹の幹にしっかりと結わえ付けられている。

 街道に埋められたまま反対側にまで伸びた網は、やはり角から二本の綱が伸びており、街道からは確認しづらいが高さ二m程の丁度良い位置にある枝に掛けられており、隠れた男女が綱の端を引くと街道の表面に浅く埋められた網が持ち上がる仕組みになっている。

 目の大きさは八十㎝程もあるので、馬が網の上を通ったタイミングで綱を引き下ろして網を持ち上げて馬の足を絡めることは容易だ。

 綱に付いている金属製の杭を樹の幹に開けてある穴に突っ込むことで罠は完成する。


 馬が暴れ始める数秒以内に杭を突っ込みさえ出来るのなら、網が切られるまでの数十秒は確実に稼げる。

 網はピンと張っている訳ではないので相当切れ味の良い刃物でないとなかなか切り難い。

 鋳鉄製のあまり切れ味の良くない剣や槍がメインのオースでは有効であると言えよう。


「……ありゃいい服だ。馬も上物のようだしお貴族様か?」

「貴族なら供くらい付けるだろ」

「だな。ってこた王都あたりのいいとこのボンボンか?」

「あいつらの後ろには誰もいないか?」

「……いねぇみてぇだ」


 粗末な服装に全員が裸足。

 数人はボロっちい革鎧を身に着けている。

 得物は槍が三人と弓が二人。

 罠の係の二人とリーダーの女が槍を使っているようだ。

 また、全員がナイフを持っている。


「へっ、女連れですっかり油断してやがる、やるぞ」

「焦るな。確実に後ろに誰も居ないのを確認してからだよ」

「おう」

「馬には絶対に矢を当てるなよ? ありゃ相当高く売れそうだからね」

「わかってるって」


 そうこうしているうちにトリスとベルの二人はだんだんと近づいてくる。


 彼らの後ろには後続は見えなかった。

 それを確認したタイガーマンの女はニンマリとほくそ笑む。


 息を殺し、身を低くして姿を消している。

 それと解っていてよく観察しない限り見付けるのは困難だ。


「さっきの馬車が行って三十分。後続は無し。……よし、やるよ」


 リーダーは街道の反対側に潜む仲間にも決行の合図を送った。




・・・・・・・・・




「湿地も終わっちゃったね」

「そうだな。でもまだあるかも知れないぞ。日暮れまでもう少しあるしゆっくり行くか?」

「うん」


 ゆっくりと馬を進めるトリスとベル。


 二頭の馬はかっぽかっぽとのんびり歩いている。


 そして、網が埋められた場所を通る。


「今だっ!」


 急に発せられた合図によって地面からざあっと網が持ち上がり、馬の足を通り抜けて腹にまで達した。


「うおっ!?」

「なにっ!?」


 トリスとベルは驚きの声を上げるが、二人共その手は即座に腰に佩いた剣に伸びる。


「エメロン!」

「ガブバド!」


 驚いた馬が嘶き、網から逃れようと後ろ足で立ち上がるようにするが、腹にまで持ち上げられた網から逃れることは出来なかった。


「いいぞっ!」

「上々っ!」


 しっかりと杭を差し込めたらしい合図が発せられた。


「それっ!」


 リーダーが合図すると同時に、弓弦が鳴ると二本の矢がベルを目掛けて放たれる。


 

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