幕間 第三十三話 吉田徹(25)の場合
今日はなんの日か?
世の中にはバレンタインデーなるものが存在するらしいことは知っている。
だが、そんなの俺には関係ない。
今日は超人気ゲームソフト「ときめき幼馴染み☆アイドルぷろじぇくとⅤ」の発売日だ!
チョコレートなら画面の中に住んでいる天使、キョーコ様に貰える筈だからどうでもいい。
俺はこのゲームのシリーズが好きで、この五作目についても予約特典を目当てに通販ではなく、リアル店舗に予約を入れているくらいだ。
アパートから秋葉原まではそれなりに時間が掛かるが、予約特典は秋葉原のお店でしか貰えないので仕方がない。
なお、開店と同時に並ばなかったのは今朝方までゲームをしてしまい、寝坊したからだ。
大学六年生ともなるとついついね。
電車の椅子に腰掛けて少し型遅れのスマホのブラウザを立ち上げる。
このソフトを既に手に入れた奴らのレポートがないか探すつもりなんだ。
そして、発見した自慢話ブログを見入っているうちに昇天してしまった。
・・・・・・・・・
俺が生まれ変わったのはロンベルト王国の大きな街、ドランという街の外れだ。
そこにある紡績を営む商家が所有する奴隷の次男として生を受けた。
生まれてから暫くして自分に尻尾が生えていることを知った時には仰天したものだが、このオースに住む人類は半分くらいが尻尾の生えた亜人だということが解った時には納得した。
因みに俺の種族は獅人族。
亜人の中でもそこそこ身体的に恵まれた種族だ。
親父やお袋は毎日毎日飽きもせずに紡績に必要な荷運びや作業を行っている。
綿を煮る燃料のために別の商会から購入した薪を受け取りに行ったり、持ってきた薪を斧で割ったりしているのだ。
牛馬は高価なので、薪を納品して貰うと運賃として余計に金がかかる。
だから、買う方が受け取りに行くのに奴隷を使っているだけなんだけどね。
俺たち一家の持ち主である商会の会長は金回りが悪いようだ。
俺も七歳になる頃には紡績工場(工場と呼ぶのもおこがましい建屋と設備だが)で働かされた。なお、そんな面倒なこと、一々やってられないのでよくサボったんだが、見付かると商会長だけでなく、他の奴隷からもぶん殴られた。
子供を殴るなんて、人権侵害も甚だしい。
その頃には紡績工場の経営は上手く行っていなかったんだと思う。
暫くすると親父もお袋も、成人前の兄貴も売られてしまったからだ。
俺だけはまだ幼いので買い手がつかなかったらしい。
そんなある晩のこと。
「ロズはどう?」
「ロズか……」
工場にくっついている母屋の裏の井戸で水を飲んでいるとこんな話し声が聞こえてきたのに気付いた。
商会長のおかみさんと商会長の声だ。
なお、ロズってのは俺の名前だ。
因みに、ステータスオープンは知ってるよ。
【 】
【男性/14/2/7428】
【獅人族・ダムル家所有奴隷】
【固有技能:超器用(LV.4)】
【特殊技能:瞬発】
【特殊技能:夜目】
俺には特殊技能として瞬発と夜目ってのがあるほか、固有技能として超器用というのがある。
この超器用って便利そうに思うだろ?
でもそんなにいいもんじゃない。
技能を使っても道具の使い方が上手くなる訳じゃないんだ。
文字通り指先が器用に動かせるだけで、道具を使う彫刻なんかそれまでと同じようにしか出来ない。だが、葉っぱで船を作ったり、葉っぱの折り紙なんかはものすごく上手に出来る。
最初の頃は使っても何かが変わったということにすら気付かなかった。
そればかりか、使えば異常に腹が減ったりする。
余計な飯なんかくれないから自分が辛いだけだ。
それでも何度か試しているうちにだんだんと使い方も解って来たんだけどね。
その頃は五歳くらいだったかな。
「七歳だと言ったら奴隷商のカムルの奴、それじゃ百万Zにもならんと言いやがったんだよな……」
「七歳ならそれでも十分でしょ」
俺を売ろうという話だろうか。
正直言ってこんな辛い作業から逃れられるのであれば売って欲しかった。
親父達がどこに売られたのかなど知る由もないが、売られて行く彼らを羨ましいと思うことすらあったのだ。
「もう少し大きくなってりゃ戦奴としても売れたかもしれないのに……」
「戦奴なんて兵隊でもやってなきゃ無理でしょ」
「まぁそうなんだがな。あいつの一家だって誰一人戦奴としては売れなかったからな」
そりゃそうだ。
こいつら商会長一家は俺達に対する食事は他の奴隷と同じくらいの量しか与えなかったのだ。
親父もお袋も、兄貴もライオスとしては少し小柄で肉付きが悪かったのはそのせいだ。
体の頑健さが重要だと思われる戦闘奴隷になんかなれるもんか。
大体、槍の使い方一つ知らないんだし。
「鉱山奴隷にしかならなかったんだっけ?」
「そうだ。今頃はどっかの鉱山で穴掘りでもしてるだろうよ」
俺の両親達はどっかの鉱山に居るのか……。
鉱山だとここの仕事と比べて楽なのだろうか?
前の俺の父親は鉱山技師だった。
日本ではなく海外の鉱山に単身赴任して働いていた。
たまに会った時に仕事内容について聞いたことがある。
基本は坑道の設計や安全確認なんかが仕事だそうだ。
肉体労働などは殆ど無いらしい。
だが、オースの鉱山と、進んだ機械を備えている地球の鉱山では何もかもが違うだろう。
昔、学校の授業で聞いた言葉が蘇る。
――昔の鉱山で働く人は劣悪な環境に置かれ、過酷な重労働を課された。落盤事故が多発するばかりか、ガスによる窒息死も多かったそうだよ。だが、それも昭和に入ってくると大分改善されたんだ。機械も増えたし、何より終戦後は人権についての考え方が大幅に変わったからね。軍艦島に代表される、大鉱山で働く人たちは当時の平均よりもかなり給料も良く、その家族は物質的には恵まれた暮らしを送って――
つまり、もっともっと時代が進まない限りは最悪の労働環境で、まして奴隷は給金も雀の涙ってことだろう。
「じゃあロズはどうするの?」
「鉱山奴隷として売りたいがなぁ……」
最悪だ。
何故か碌に考えることもしなかった俺はそのまま脱走した。
・・・・・・・・・
ドランの街外れ、人通りの少ない場所を選んで潜んだ。
追っ手が掛からないかと他人に対していつもビクビクと怯えていた。
何日も裏通りを巡り、元々僅かにしか出ないゴミを漁って過ごし、もう限界だと思ったある日。
俺はハタと気付く。
【固有技能:超器用(LV.4)】
これ使えばスリが出来るんじゃね?
今では一日に数回は使えるんだし、道行く金持ちから少しくらい頂いても、それはあれだ。
放っといたら俺は死ぬんだし、緊急避難って奴だ。
慎重に獲物を選択する。
あのおっさんがいい。
どっかの奴隷なのか知らんが、背負い籠にはサク芋が溢れんばかりに乗っている。
その上に布を被せているが、俺の器用さにかかっちゃ、あのおっさんに違和感を与えることなく、芋の一つくらいは盗めるだろう。
そっと後を付け、こちらに注目しているような奴が居ないことを確かめる。
……。
…………。
…………今だっ!
スッと布の端をめくると籠が揺れるのに合わせて芋を一つ。
素早く布を元に戻す。
脱兎の如く路地裏に駆け込み、周囲を見渡す。
盗んだ芋は泥塗れだ。
出来る限り泥を落としたかったが、腹が減りすぎているため、泥が付いたまま齧りついた。
本来、カスカスのジャガ芋より不味い筈のサク芋はすごく甘く感じられた。
・・・・・・・・・
それからの俺は固有技能のおかげで飢えることもなく、充分に栄養を摂ることが出来た。
勿論、ドジこいて見付かり、声を荒らげて咎められた事も何度もある。
だが、スリを行う場所については入念に選択し、逃走経路についてもしっかりと頭に叩き込んでいたために一度も捕まることはなかった。
また、超器用の技能レベルが上昇するにつれて、より困難なスリも成功するようになったことにも気付いた。
今では懐やボタンの掛かっていないポケットの中にある財布ですらスリ取れる。
流石に硬貨しか金が存在しないので、それなりに重い財布をスリ取ると一発で気付かれるけど。
だから獲物については慎重に見定める必要がある。
一番いいのは銀貨を二、三枚にせいぜい大銅貨を数枚しか持っていないような奴だ。
下手に金朱なんかが入っていると、金は重いから一気に軽くなるので気付かれやすいのだ。
最近では獲物の服装や格好などから、その懐具合についても大体目処が付けられるようになった。
因みに、技能レベルがMAXになったら、道具すら器用に扱えるようになった事にも気付いた。
よく切れるナイフを使って財布を切り、銀貨だけを一枚か二枚頂戴する事が可能になったわけだ。
そうなるまでに三年近い時間を要したが。
いつの頃からか、俺はドランの裏町の一角を牛耳る窃盗団の頭になっていた。
この街には二つの顔がある。
一つは風光明媚な観光都市。
もう一つは俺やその他のリーダーが仕切る犯罪都市。
ナイフや剣を扱わせたら俺の右に出る奴はいない。
後で少し書き足すかもしれません。
また、明日も更新する予定ですが、明日から本編に戻ります。