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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 幕間

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閑話 ネルの冒険 2

 ベンケリシュの迷宮に挑戦すること一年余り。

 ネルは十九歳の春を迎えていた。

 もうすっかり迷宮での行動にも慣れてきている。


 彼女が所属するラビウスはベンケリシュでもかなり上位に位置する冒険者パーティーであった。

 慣れないネルが加入した当初こそ迷宮の一層や二層で活動していたものの、その本当の実力は三層から最前線である四層にも顔を出す事もある一流半くらいのパーティーだ。


 今日、たった今も三層の魔物の主が巣食う部屋を平らげたところである。

 この先五百m程の通路の脇が銀鉱石の良い採掘場であるため、どうしてもこの部屋は避けて通ることは出来なかった。

 十二匹にも及ぶノール・シルバーヘアードと二匹のグリーン・オウルベアの群れはラビウスにとっても強敵だった。

 しかし、彼女たちは数人の怪我人こそ出したものの、一人の犠牲者も出すこと無く倒すことが出来ていた。


 魔石を採ろうと武器を収めてナイフを取り出すメンバー。

 一休みしようと水袋の水を口に含むメンバー。

 そして、今の激しい戦闘によって傷ついた仲間の怪我を診始めるネル。


 重症であれば治癒魔術で治してやる必要がある。

 大腿部の骨折が一人。

 肋骨を三本骨折しているのが一人。

 右腕の開放骨折が一人。

 もう一人、手足にあまり大きくない手傷を負っているのが一人居るが、彼女は魔法使いでもあるので魔法を使って貰うためにも彼女の治療も必要だろう。

 その他はすぐに治療せず、後回しでも大丈夫だ。


 まずは右腕に開放骨折を負ってしまった槍使い(アタッカー)からだ。


「ちょっと我慢して下さい……」


 慎重に上半身の革鎧を脱がし、袖を捲り上げて二の腕の患部を露出させる。

 皮膚から突き出していた骨を接続しやすいように正しい位置に戻さねばならない。

 傷を確認すると腕を引っ張って一気に骨を戻した。


「んんっ!」


 痛みに顔を顰める槍使いの犬人族ドッグワーの女。

 それから治癒魔術のための精神集中だ。


 ポゥッ。


 掌に湧出した青い魔術光はネルがドッグワーの患部に触れた瞬間、スッと患部全体に広がった。

 同時に骨が接続された感じを受ける。


「動かしてみて下さい」


 ネルの言葉に脂汗を浮かべたドッグワーの女が頷き、ゆっくりと指を曲げ、手首を曲げる。


「肘を動かさないと意味無いですよ」


 それを見てネルは少し呆れたように声を掛けた。

 このドッグワーは骨折したのは初めてだっただろうか。


「あ、ああ。わかってるよ……ぐっ!」


 肘はきちんと曲がった。どうやら骨折は問題なく治療出来たようだ。

 ホッと一息ついて安心したような表情を浮かべるドッグワー。

 もう一回。

 今度は皮膚と筋組織である。


 ポゥッ。


 二の腕に開いていた傷口がみるみるうちに塞がり、出血も止まった。


「これで大丈夫だと思いますよ」


 ネルはにっこりと微笑み掛ける。

 その瞬間、目の前のドッグワーの顔面にスコッと矢が突き立った。


「え?」


 驚きの声を上げるネル。

 だが、いつまでもぼやぼやとしては居られない。すぐに横っ飛びに転がった。

 何しろ迷宮内では何が起きても不思議はない。

 他の冒険者パーティーによる襲撃だって今までに二回も受けている。


「ぐぅっ!!」


 しかし、別の矢が彼女の肩甲骨の脇に突き立つ方が僅かに早かった。


「襲撃だっ!」

「くそぉぉっ」

「痛っ!」


 大腿骨を骨折していた盾持ち(シールド・ホルダー)獅人族ライオスの女が、片膝を地に着けたまま巨大なタワーシールドを構える。

 肋骨を骨折していた普人族ヒュームの戦闘奴隷の男も丸盾ラウンドシールドを構え、矢への対処を開始する。


「おらぁぁぁっ!」

「死ぃねぇぇっ!」


 口々に野蛮な雄叫びを上げながら襲撃者たちがラビウスのメンバーに殺到してきた。


 先頭で駆けてくるのは大きな 逆三角盾カイトシールドに半身を隠し、片手に長剣ロングソードを引っさげ、黒く磨かれた革鎧を身に着けている大柄な虎人族タイガーマンだ。


「ええいっ!」


 ラビウスの熟練したリーダー、兎人族バニーマンの女性が弓を放つ。

 だが、その矢は虚しくカイトシールドに突き刺さるだけだ。


 ネルが「あっ」と思った時にはリーダーのバニーマンは男の持つロングソードにその身を貫かれていた。


「サーニー様っ!!」

「よくもっ!」


 リーダーであったサーニー・ラミュールが所有していた戦闘奴隷の男たちがタイガーマンに躍り掛かる。


(ふ、フレイムジャベリンを!)


 身を守るために痛みを堪えながらも攻撃魔術の精神集中を始めるネル。

 だが、背に刺さった矢から受ける痛みは激しく、とても魔術を具現化出来そうにない。


(ああ! 魔法を使うなんてとても無理! もっと、もっと時間があれば!)


 ネルが強く、強くそう思った瞬間。

 彼女の周囲の時間の流れが、いや、彼女だけの時間の流れが変わった!

 ネルの固有技能、【時計タイムロード】のレベルMAXによって解放される追加能力が発動したのだ。


 肉体レベルの平方根の秒数、ネルの活動や行動を肉体レベルの平方根だけ倍加させるのである。

 現在ネルの肉体レベルは九。

 つまり、三秒間だけ三倍の速度での行動を可能とする。

 当然使用する魔力(MP)は僅か一に過ぎない。

 因みに、ペナルティはある。

 使用し、行動した時間だけ肉体年齢が加齢することがそれである。

 今のネルであれば、一度使用する度に寿命が九秒間縮まる。


 当然の如く彼女はこんなことは知らない。


(! これ! 【時計】の固有技能!?)


 彼女の視界にはいつもの時刻表示が右上に、スケジューラーやセットしたアラームのメニューが下の方に表示されていた。

 そして、左上の方には新しく「残り 2.87秒 3.00倍速行動中」との表示が時刻表示同様の黄緑色の文字で浮かんでいた。


 周囲ではラビウスのメンバーも襲撃者側もやけにスローモーに動いていることにはすぐに気が付いた。


 表示を認めたことで瞬間的に「固有技能だ!」と直感したネルは急いで立ち上がる。

 その時点で残り一秒。

 ネルが立ち上がった事に気が付いた別の襲撃者が「うお~~~~らぁ~~~~」と間延びした声を上げながら彼女へと突撃してしてきた。


 スパッっと腰の後ろからナイフを抜き、再度固有技能を使うネル。

 残り時間の表示は3.00秒に戻る。


 背中の痛みは敢えて無視し、小楯バックラー手斧ハンドアックスを構えた襲撃者へ走る。


 右手にハンドアックスを振り上げ、左手にバックラーを構えて襲撃してきた男はネルを細身の小娘だと侮っていた。

 勿論、ついさっき魔法を使う所を見たばかりだが、その背中に矢が命中していた瞬間も見ていたので魔法は怖くなかった。

 むしろ、魔法が使えず、手傷を負った与し易い相手だと舐めて掛かっていた。


 立ち上がる所作は怪我を負っているとは思えないほど素早く、腰の後ろからナイフを抜いた速度もかなりの手練であると匂わせた。

 しかし、ラビウスは一流に近いパーティーだ。

 そのメンバーであればあの程度の芸当が可能であることも頷ける。


 僅かに気を引き締め直した男は我が目を疑う。

 小娘はとても信じられないような速度の踏み込みであっという間に男の懐に飛び込んで来たのだ!

 幾らなんでも疾過ぎる!


「ぐっ!」


 思わず唸り声を上げ、左手にしたバックラーで小娘の頭を叩こうとする。


 ぱん、と男の左腕は内側から払われ、ほぼ同時に首に灼熱感のような痛みを感じた。


「げっ!」


 ハンドアックスを取り落とし、反射的に喉に手をやってしまう。

 少し屈み気味になった男の目に映ったのはぎらりと光るナイフの刃先。

 あっと思った時には男の意識は絶たれていた。




・・・・・・・・・




 ぜえっ、はぁっ……。


 ネルの吐く荒い息が迷宮の部屋に木霊する。

 ラビウスは奮戦したものの、強力な魔物との戦闘直後という所にいきなりの襲撃を受けたためにネルを残して全滅していた。

 また、襲撃者である別口の冒険者パーティーも全員がその屍を晒していた。


「う……痛っ……」


 矢傷を負った上に疲れた体を酷使したネルは痛みを堪えて背中に突き刺さっていた矢をどうにか引き抜いた。

 それから、気の遠くなるほどの時間と集中力を使って、ようやっとキュアーの魔術を自分自身に掛ける。

 本当はキュアーライトどころか更に強力なキュアーシリアスすら使えるのだが、痛みのせいでそこまで複雑な魔術を使うだけの集中力を維持出来なかったのだ。


 一応、傷口を塞いだ時点でラビウスのメンバーに生き残りが居ないか確かめるネルだったが、結局それは徒労に終わった。

 仕方がないので再び自分の傷の治癒のため、精神集中を始める。


「うっ、ぐすっ……」


 しゃくりあげながらも親しかったラビウスのメンバーの骸にナイフを突き立てて魔石を採るネル。

 彼ら、彼女らをこんな陽の光も届かない地面の底に放り出しておく訳には行かないとの思いだけがネルを突き動かす。

 勿論、襲撃者の魔石も金になることは理解していたが、こいつらを陽の光の当たる地上に連れ出してやることはしたくなかったのでそのまま放っておくことにした。


 魔石を採った後、食べられるだけの携帯食糧を腹に詰め、襲撃者の分も懐を漁って現金を掻き集めた。

 売れそうな武具を一纏めにロープで括り、持ち手まで付ける。


 リーダーの腰にぶら下がっている地図ケースは中身を確かめてそのまま自分の腰にぶら下げた。

 当然襲撃者側の持っていた地図も拝借し、纏めて地図ケースに突っ込んでいる。


 襲撃者が居なくなったとはいえ、安全を確保出来た訳ではないのだ。

 それに魔力量は自然回復が可能なだけは残っているが、恐らくは最大回復時の数%という、枯渇寸前の状態だ。

 いつ魔物が近寄って来るのか判らない以上、ここに長居をする事も出来ない。


 ……すぐに移動しなくては。


 ここで、皆の傍で休みたい気持ちを捻じ伏せてネルは立ち上がる。


 最低でもあと数時間は気が抜け無い、過酷な行程となるだろう。

 

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