第二百六十七話 第一の座
7448年4月8日
謁見室を辞する前に次の打ち合わせと授爵の日程を聞かされた。来週の水曜、四月十四日だそうだ。その日は一日空けておけと命じられて「下がってよい」と言われた時、俺とリチャード殿下が口を揃える。
「陛下、もう一つご報告が」
「まだ続きがある筈ですよ」
「ん?」
僅かに不思議そうな顔をする国王と王妃殿下。
「すまないな、グリード君。陛下も殿下もこの直前まで別の謁見があってね。まだ耳にしていないんだ。かくいう私もほんのつい先程にチラと聞いただけでね……。さぁ、聞かせてくれ、君の偉業を!」
「はっ。では、恐れながら申し上げます」
ワイヴァーンの鎧で喜んでるとこ悪いね。
「過日にバルドゥックの迷宮の十二層と十三層の階層守護者を打倒致しました。その際に判明したのですが、かの迷宮は十三層が最下層であるものと思われます。以降の層への転移は叶いませんでした」
「ほう?」
国王は感心したように玉座から身を乗り出す。
「十二層の階層守護者からは剣が得られました。また、十三層の階層守護者からは指輪を得ています。あ、剣の方は王城の入り口で警護の方にお預けしております」
「ふん、どうせあれだろ、出来の良い剣ってとこだろうしそっちはいいさ。だが、指輪みたいなのは初めてだな」
「は。今嵌めております。ご覧になられますか?」
指輪を外し、差し出した。
この【多用途の指輪】だが、当然魔力感知には反応する。だが、地魔法と風魔法、そして無魔法の薄い反応があるだけだ。
その効果についても簡単に調べる方法は無いと思う。
あの筆頭宮廷魔術師、右大臣のダースライン侯爵の「特別な魔術」ならもう少し詳しい内容が判るのかも知れない。
しかし、例の【豪傑の腰巻き】の件でその「特別な魔術」の効果について大体の想像を付けていた。
「特別な魔術」とやらは、品物に掛かっている魔術の魔力の波(?)のようなものを検知するのだと思う。
品物に掛かっている魔術と似たような効果の魔術を知っている場合、その魔術に近い魔力波を感じ取ることが出来るのだろうね。
それで、知っている魔術と似たような効果が得られるとアタリが付けられるのだろう。
例えば【守護の指輪】について、すぐに本物だとある程度の確信を持ち、試すことが出来たのもそれが理由だと思う。
何しろかの侯爵閣下は既に同名の指輪を所持していたんだ。
全く同じではないんだろうけれど、非常によく似た魔力波を感じ取れたのだろうよ。
又は、「特別な魔術」の精度はあまり高くないのかも知れない。
既に効果とその魔力波を知っていた指輪に対して、ステータスへの影響がメインの効果である【豪傑の腰巻き】は、似たような魔術を知らないために見当がつかないんじゃないかな。
効果にアタリを付けられるとしても非常に低い効果の防護の能力が有る(ひょっとしたら効果が低過ぎて感知出来ないか、感知出来たとしても樹皮防御よりももっと低い効果だとしか判らなかったのではないかと思う)としか判らなかったのではあるまいか?
HPを回復するとかダメージを軽減するとか、そういった魔術は結構普通に知られている。
HPの回復はともかく、ダメージを軽減する魔術ははっきり言って碌に使い物にならない。樹皮防御なんて本当に無いよりはマシ、かも知れないという程度のもので、俺だってそうそう使う気になれないでいたんだ。
まぁ、それでも魔法の効果が“あるらしい”と思えばこその三千万Zなんだろうけど。
「ステータスオープン……ふぅん……何だかよく判らんが一応は魔法の品のようだな……」
思い切り期待はずれ、という顔で国王が言う。
「は。仰る通りです。効能もはっきりしませんし、魔法の反応も薄いのですが、最下層まで到達した記念に、我が家の家宝にしようと考えております」
「それがよかろう」
念の為に指に嵌めて、それをみていた国王は指輪を外すと返してくれた。
「それでですね。十三層の階層守護者なんですが……」
「うん?」
「ドラゴンでした。正確にはシャドウ・ドラゴンですね。あ、生意気にロンガルザムリュゾルファレンなんて名前も持っておりました」
……。
国王と王妃殿下は揃って目を見開いている。
リチャード殿下はそれを楽しそうに眺めていた。
「何だと? ドラゴン!?」
「は、こちらが十二層の守護者の、そしてこちらが十三層の守護者、シャドウ・ドラゴンの魔石にございます。そして、本日は切り落とした頭部もお持ちしてございます」
さも、なんでもないことであるかのように涼やかな表情を浮かべてさらりと言う。
「ドラゴンとな! 是非見たいのう! 何処にあるのじゃ!?」
王妃が興奮して口を挟んできた。
魔石は興味なしですか、折角持ってきたのにそうですか。
「は。三の丸の馬留にて馬車に……」
「リチャード! 持ってこりゃれや!」
王妃に命じられたリチャード殿下は一つ頷くと大股に謁見室を出て、廊下の衛兵になにやら言っている。
国王は「ぐむぅ……ドラゴンだと? ……本当かよ……くっそ」と何やらぶつぶつと口の中で呟いていた。
相変わらず俺が持っている魔石には興味もくれていない。
暫くして幌を被ったままの氷漬けのドラゴンを乗せた馬車が二の丸の庭園脇に運ばれて来たと連絡があった。
早速表に出ると、馬車の周囲は大勢の人が遠巻きにしていた。
ドラゴンの頭が乗っているとの噂を聞いてお披露目に立ち会いたいのだろう。
だが、国王と王妃殿下が姿を現したことによって一斉に臣下の礼を取った。
「では……」
馬車の傍に行くと勿体つけながらゆっくりと紐を解いて幌を外した。
「「おお……!!」」
周囲のそこここから感嘆の声が漏れる。
春の日差しに氷がきらめきを放っている。
その内部で影のように黒いドラゴンの頭部が周囲を睨んでいた。
「ううむ……」
国王はすぐ傍まで寄って、唸りながら見ている。
「流石は、ドラゴンかえ。大きいのぅ」
王妃も扇子で口を塞ぎながら目を丸くして周囲を見て回っていた。
「これ程とは……」
リチャード殿下も彼の部下らしい第一騎士団の人に合流して腕組みをして頷いている。
「ん? これは……? おい、グリード。これは何の跡だ?」
国王が何かに気が付いたようだ。
興味をそそられたのかリチャード殿下も部下を置いて寄って来た。
国王が指差したのはドラゴンの目の周囲や額なんかに幾つか空いている小さな丸い穴のようだ。
エンゲラが放った銃創だ。
鼻先の炎の剣による突き傷は無視されていた。
ま、突き傷の方は派手な分、攻撃魔術か何かだろうと思われているのだろう。
銃弾が貫通した穴の周囲の鱗はひび割れたり、鱗自体がボロボロだったので剥がしてしまっていたりもしている。
あ、当然盲管になっていた銃弾の弾頭は除去済みだ。
「ああ、矢傷です。私の戦闘奴隷が放った弩によるものですね。このロンガルザムリュゾルファレンとの戦いで彼女は惜しくもその生命を散らしてしまいましたが……。彼女の援護があってこそ倒せたようなものです」
「ほう、弩の……」
俺の返答を聞いた国王と王子殿下は、
「リチャード。ワイヴァーンの鱗は未処理の状態でも弩の太矢を弾いたと言ったな」
「はい。確かに。私もこの目で確認しております」
「……早まったと思ったがホッとした……」
「鱗自体はドラゴンよりもワイヴァーンの方が上のようですね」
「そのようだな」
とか小さく囁き合っていた。
安心したろ?
こいつばかりは譲れんよ。
その後は頭部に直接触れるように氷の一部を消してやり、存分にステータスを改めさせてやった。
国王だけでなく、周囲で遠巻きに眺めていた人たちも代わる代わるドラゴンに触ってはステータスを見て感心の声を上げている。
「しかし……確かにドラゴン……ううむ、見事だ」
「陛下、角が立派ですね」
国王と王妃がドラゴンの頭の前で会話をしている。
この頃には残りの王妃連中も集まってきてしきりと感心していた。
「グリードがドラゴン・スレイヤーになるとはねぇ……」
「私、最初は単なるゴム職人だと思っておりましたのに……グリードの弟だけはあるようね」
「私の弟も一緒だったのかしら? ねぇ、グリード…………え? 奴隷と二人だけで!? ……チッ、あいつ……」
「まぁまぁ。でも、我が国にドラゴン・スレイヤーが出るとはね」
「グリード、そなた……このような巨大な怪物をよく倒せたのぅ」
「ええっ!? 一度飲み込まれたのですか? ……それは」
「グリードはバルドゥックで一番優れた冒険者らしいですよ」
「なるほど、それなら道理で……」
会話が落ち着いた頃を見計らって国王に声を掛ける。
「陛下、一つお願いがございます」
「ん? 何だ? 申してみろ」
「このドラゴンの頭ですが、暫く氷漬けのままにしておく訳にはいかないでしょうか?」
「構わんが、何故だ? 骨も見てみたいし、剥製にした方が良くないか?」
「は、実は今月末頃に私の家族が鎧と鞘の納品に王城まで参ります。是非生のドラゴンを見せてやりたいのです」
「それはグリードも可愛いところがあるのぅ。良いではないですか、陛下」
モリーン王妃殿下のフォローもあって、当面の間は氷漬けのまま王城の門の脇にて展示されることになった。
ところで、このドラゴンの騒動もあってか、今日は例の三人の庶子については言及されなかった。
諦めてくれたのであれば重畳なんだけどな。
なんにしても授爵が決まったのでやることをやっておこう。
因みに、授爵は神社で命名の儀式のバリエーション(?)の一つとして行われる。
だが、これは日本で言う結婚の際の婚姻届を役所に提出するようなもので、授爵にあたって必要な儀式とか形式に過ぎない。
叙任式は別の日にちゃんと王城にて執り行われるとのことだ。
ここ二十年程、後継者としての襲爵以外に上級貴族が誕生したことは無い。
まぁ、それ程滅多にない事なので叙任式には結構な貴族が参列するのだ。
彼らの都合もあるから結婚で言う披露宴に当たる叙任式は今年の秋くらいになるそうだ。
この日の夕方、バルドゥックに戻った俺はしっかりと財布の残金を確認の上、ミヅチと二人でやることをやりに行った。
一人じゃ出来ないからね。
・・・・・・・・・
7448年4月14日
王城に登城してきた俺を見た門番は通り一遍の身体検査だけで通してくれた。
何しろ今や俺の名声は最高潮なのだ。
それに伴ってかなり高位の貴族家からも縁談の申し込みが来ているくらいだ。
貴族の端くれとはいえ単なる一介の冒険者には過分であり、釣り合いが取れないと全て断っているけど。
門の脇には未だにドラゴンの頭が氷漬けのまま周囲に縄を張られて展示されている。
門番の騎士だか従士だかは俺に憧れの視線を注いでいた。
午前中はリーグル伯爵領について国王が把握している内容の講義だ。
勿論、講義と言っても大した内容じゃない。
ここ数年の税収や、郷士騎士団の人員構成、領主の交代に伴って何人の下級貴族が引き揚げることになるのか、そしてそれはいつごろになりそうか、なんてことだ。
それから、俺が領主になってからの安全保障費の取り決めだ。
少しでも安くしようと頑張って交渉したが、現行の安全保障費である税収の三十%以下にするのであれば駐屯する兵力を相応に減らす、と言われてはどうしようもなかった。
いずれは独力でなんとかしなければならないが、それまでは第二騎士団の部隊に駐屯して貰って治安の維持や外敵からの防御について任せなければならない以上、仕方のない事ではある。
この辺りの細かいことはどうせ近いうちに話すことになるだろうから、その時でいいだろ?
そして、午前十時。
いよいよ授爵に必要な命名の儀式だ。
質は良いが地味で目立たないローブを羽織り、目深にフードを被った国王と、護衛の第二騎士団の数人の騎士と一緒に王城の脇にある神社へと出向いた。
既に神社に話は通っているらしく、待ち時間ゼロで儀式が執り行われる。
「ステータスオープン」
【アレイン・グリード/14/4/7448 アレイン・グリード/8/4/7448】
【男性/14/2/7428】
【普人族・リーグル伯爵家当主】
【固有技能:鑑定(MAX)】
【固有技能:天稟の才(MAX)】
【特殊技能:地魔法(MAX)】
【特殊技能:水魔法(MAX)】
【特殊技能:火魔法(MAX)】
【特殊技能:風魔法(MAX)】
【特殊技能:無魔法(MAX)】
確かに所属が変わっていることを確認した。
なお、苗字の方は後で新しい家名に合わせて勝手に改名してもいいし、そのままグリードで居続けても問題はない。
爵位とは本来、領有する土地の方にくっついて来るものであるからだ。
領地を持たない貴族も居るから絶対じゃないんだけどね。
王城に戻ると今度は内務省の傘下である紋章長官が手ぐすねを引いて待っていた。
家紋についてだそうだ。
現在のリーグル伯爵家の家紋は俗に言う「丸に違い矢羽」である。
このままで良いか、それとも別の意匠にするのかという確認だ。
グリードの家の家紋は「丸に三つ引両」だ。
因みに、前世の川崎家の家紋は「花藤車」という藤の花の房が八方に広がっているものだ。
別に急いで決めなければならない物でもないが、こんなもので悩んでも仕方ない。
とは言え、俺の旗印になるものなので安易に決めるのも気が引ける。
ドラゴンを倒し、ドラゴン・スレイヤーになったことを誇って竜を意匠に取り込むのも良いのではないかと言われた。
それもそうかと思ったが、俺の原点を思い出した。
ゴムだ。
だからゴムノキ、それもパラゴムノキの花にした。
パラゴムノキは少し釣鐘形をした小さな黄色い花を沢山咲かせる。
花弁は五枚だ。
実は三色パンみたいに卵が三つくっついたような形をしている。
それを合わせて意匠化した。
中心で繋がった三つの円状を縁取りに真ん中に正面から見たパラゴムノキの花を置く感じ、といえば良いのだろうか?
まぁおとなしい意匠だけど、俺は満足している。
帰る前に早速指物屋に寄って旗を注文しておこうと思った。
あ、今行ってもいいか。
ミヅチを待たせてるんだよな。
丁度良いし今行っておこう。
紋章長官に「旗指物を多めに注文しておくので出来上がったら一枚進呈する」と言うと引き下がってくれた。
注文ついでに昼食を摂って来ると言い置いて外出した。
但し、午後からは別の役人との打ち合わせが目白押しだ。
すぐに戻って欲しいと言われてしまった。
これから数ヶ月、かなり忙しくなることが予想される。
王城から馬を飛ばして商会の工場で待機していたミヅチと合流し、ホットドッグで簡単に昼食を済ませる。
そして、早速やることをやる。
王城に戻り、宮内省の役人からリーグル伯爵領のレクチャーを受け、やっと今日の分が終わった時には夕方だった。
王城を出ようとした時、リチャード殿下が俺を待っていたらしく声を掛けてきた。
どうも国王が呼んでいるらしい。
謁見室に行ったところ、国王は爆弾を投げつけてきた。
予め覚悟を決めていなければ即答を避けるので精一杯だったろう。
「来月辺りにしようかと思ってたが、こういうのは早いほうが良い。おい、グリード。一応希望は聞いてやる。三人のうち、誰がいい?」
遂に来たか。
この“三人”ってのは庶子だというあの三人だろう。
「……はて? 三人のうち? どういうことでしょうか?」
「とぼけるな。ジーベクトとレファイスとフォーケインのとこの娘だ。聞いてるぞ。顔は合わせてるんだろ?」
「……ジーベクト……レファイス? ……フォーケイン? ああ、あの……」
難しそうな表情で返答する。
「そのお三方について、陛下には常々申し上げたい儀がございました」
俺の顔つきと返答の内容について意外だったのだろう。国王は少し興味深そうに玉座から身を乗り出す。
「ん? なんだ? 言ってみろ」
「どういうお考えかは存じませんが、あのお三方はちょくちょくバルドゥックにいらっしゃっておられたようです。昨年など長年に亘って私と親交のあった冒険者にガイドを頼んで迷宮に入っておられましたな」
「そうだろう。元々は俺のアイデアだからな。将来魔物の討伐もするだろうからやってみろと勧めたんだ」
得意顔の国王の脇ではリチャード殿下もうんうんと頷いている。
「……そのご様子では正確なご報告がなされておられないようですね」
「なに?」
国王は驚いたように答える。
「バルドゥックでは冒険者の真似事をしたがって、色々とかき回して下さいました。その結果、冒険者たちの足を引っ張って何人も人死が出ています。元はと言えば迷宮内の居住環境にご不満をお持ちだったことが遠因です」
迷宮内での不潔さや他の冒険者からの視線に耐えられなかったこと。
その御蔭でベースキャンプを移動せざるを得なかったこと。
そして、冒険者のパーティーのリーダーを始めとして多数の死者が出たこと。
あまつさえ彼らはアンデッドとなり、救出に行った俺の手で、改めて殺さざるを得なかったこと。
「……おい、リチャード。お前、今の話は知っていたか?」
「いえ、存じませんでした……」
リチャード殿下は苦虫を一気に百匹くらい噛み潰したような顔で答えた。
「……そうか」
ヴィルハイマーは死んじまってるし、アンダーセンは今更詳しい事情なんか報告していなかったんだろう。
国王の方は既に平静を取り戻しているようだ。
「だが、それがどうだと言うのか? 迷宮で犠牲者が出るのは当然のことではないか」
「然り。犠牲者が出るのは当然のことです。ですが、私が申し上げたいのは犠牲者が出たことそれ自体ではございません。本来出さなくて良い犠牲者が出たことです。そして、その原因がお三方の我侭に端を発しているという事にございます」
「貴様……俺の娘を愚弄するか?」
国王は怒りの表情を浮かべつつある。
「まさか! とんでもございません。ここで問題なのは彼女たちの育てられた環境にあると愚考いたしますが、如何でしょうか? 殿下?」
今まで能面のような顔で話に参加していなかったモーライル妃殿下に意見を求める。
俺に話を振られたモリーンはすぐにハッとしたような表情をするとニンマリと笑った。
「陛下、グリードの言う意味がお解りになります? きちんと躾けられておらず、あなたの子だからと我侭一杯に育てられた弊害が出ている、と言っているのですよ?」
オースでは、いや、少なくともロンベルト王国では男女は殆ど平等だ。
女性も家督者になれるし、女性の軍人も多い。
それに、貴族だからと言って我侭放題が許されるなんてこともない。
実際にはある程度、そう、あの三人の言った程度のことは許容されるけどね。
だが、その辺りの事について理解させる意味もあるから貴族の子弟は若いうちに軍隊に放り込まれる事が多いのも確かである。
そういう意味では、あの三人は貴族の子弟が騎士団に入団するよりも時期が遅かったのは確かだし(一番下の子だけはそうでもないけれど)、ましてや実家の従士が既に居る環境なんてなぁ……。
甘えすぎだろ。
とにかく、前線で多数の部下を預かる者としてはあの三人は失格だ。
王宮内で政治に関与する才能があるかどうかは知らん。
「それに、今回は冒険者でしたが、あれが王国の騎士だったと仮定してお考えくださいな。戦地で言う我侭のせいで戦況が不利になったら? あたら有能な騎士や従士が命を落としたら? そういう点についてグリードは指摘しているのですよ」
王妃殿下はむずかる小さな子供を諭すように丁寧に優しく言った。
「ぐ……む……」
「は、母上、それは……」
「私も……私も彼女らが……そう、ビアギッテ殿下のような聡明且つ思慮深い、魅力的で素晴らしき女性であったのであれば求婚された時には天にも昇る気になったでしょう」
そうそう、王族であるあんたが産み育てた訳でもない庶子なんぞ、並外れて有能じゃない限り枷を填められるようなものだ。そんなんで恩を着せられ、首輪を付けられちゃあたまらん。
「そうかえ。ビアギッテはおっとりし過ぎていると言われておるが、見るものが見れば見抜くものよの……。じゃが、ビアギッテはバーグウェルのところへ嫁いでもう九年。貴族は離婚出来んからの。グリード、そなたがいくら懸想したところで残念なことよな」
自らが産んだ長女を褒められて王妃殿下は有頂天だ。
だけど、ビアギッテ殿下――もう殿下ではないけど――は流石にトウが立ちすぎてるし、言うほど聡明じゃない。ぽやんとした美人らしいけど、俺は顔も見たことないよ。
「それに、陛下。何よりも重要な事ですが……庶子とはいえ、陛下のお嬢様をお迎えするに第二夫人では些か外聞が宜しくないのではないかと……」
俺が言ったことを耳にした三人は三者三様の表情を浮かべて驚いた。
「何? 第二……だと?」
「そなた、結婚しておったのかえ?」
「い、いつの間に……?」
拙速は巧遅に勝るってね。
授爵が決定した日の晩、バルドゥックの神社でミヅチと結婚し、家督者でない俺は【グリード家当主】として平民になった。
そして今日、リーグル伯爵として授爵した後、昼飯の時にミヅチのステータスも書き換えさせたのだ。
で、上手いことに王妃殿下の言うようにロンベルト王国では貴族の離婚は認められない。
リーグル伯爵家の当主であるアレイン・グリードが、【グリード家第一夫人】のステータスを持つ女を伴って「伯爵になったので女房のステータスも新しく命名してくれ」と言って来たら神官だって断る言葉はない。
まして俺は今日の午前中に正式に伯爵になったばかりで記憶に新しい。
別に第二夫人や第三夫人が悪い訳ではない。
だが、一般的に家庭内の序列として数字の若い方が権力を持つことが多く、それが当たり前とされる事が多い。
これは男性側にも言え、第三夫君より第二夫君が、第二夫君より第一夫君の意見の方が優先されやすい傾向にある。
特に理由がある訳でなく、単に文化としてそうなっているだけなんだけどね。
そんな事もあって、俺はかの三人の庶子との婚姻についてはきっぱりとお断りを申し上げることが出来た。
めでたしめでたし。
さて、その後なんだけどさ……。
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二十一世紀も後半戦に突入して久しいある晩。
いつもの時間になってもアルからの連絡がない。
こんな事は初めてだが、私は慌てはしなかった。慌てるにはまだ早い。
彼だって、忙しいのだろうから。
充電ケーブルを接続した携帯端末を机の脇に置いたまま、家に持ち帰った仕事を先に片付ける事にした。こんな日もあるだろう。
――しかし、その日以降、一週間以上経っても彼からの連絡は途絶えたままだ。
既に私はかなり慌てていた。
これでは続きを記録する事が出来ないと思ったのだ。
いい加減、慌ててもいい頃合いでもあろう。
連絡はアルの魔術によるもので、殆ど偶然の産物だと言っていた。
時空の隙間だの捻じれだの何だのかんだの話し合ったが、結局理由は解らないままだ。
私の端末には何の異常も見られない。
家族や友人、会社関係の人相手でも通話に支障は無い。
発信も受信も全く問題なく可能である。勿論、メールやウェブの閲覧にもおかしなところは見当たらない。契約している通信キャリアのショップに持ち込んでもみたが、やはり異常は無かった。
彼の身に何かあったのであろうか?
心配だったが、私に出来ると思われる事は全てやってみるしかない。
藁をも掴む思いで、全く同機種の端末を購入しなおして個人認証をやり直す事までやってみた。
だが、相変わらず連絡は来なかった。
そして、時間だけが過ぎ去っていった。
私も自分の生活に追われ、いつしか彼の事を思い出す回数も減っていった。
・・・・・・・・・
十年以上が経ち、探しものがあって自宅の机の引き出しを漁っていたある夜。
昔使っていた携帯端末が転がり出てきた。
あれ? ああ、これ……。
買い直す前の古い方の端末だ。
とっくに放電し、電源が入らない携帯端末を見つめていると、以前にあった不思議な出来事を思い出す。
そう言えば、あれは何年前だったか……。
一時は夢だったと思い込もうとしていた。
だが、携帯端末の会話録音機能によってOLCフラッシュメモリに刻まれたデータが夢ではないと告げていた。
当時はあまりの不思議さで受信記録を取り寄せるような事までやったっけ……。
結局不審な受信記録は無かったんだよな……。
久々に彼の声を聞いてみたい。
録音データを再生してみようか。
この当時のコネクタの充電ケーブル、何処にやったっけ?
絶対に捨ててはいない筈だ。
引き出しの中にあるかな?
片手に携帯端末を掴んだまま更に引き出しを漁ろうとしたその時……、
手に持った携帯端末が……、
着信音を鳴らして……、
震えた。
電源が無い筈の……、
ディスプレイには……、
「着信中」
の表示だけ。
相手の登録名も、電話番号も、公衆回線の利用の有無も、一切の情報が表示されておらず、ただ「着信中」の表示だけ。
私は雷に打たれたように衝撃を受け、ただディスプレイを見つめていた。
そして、震える指先で「通話」ボタンをタップする。
――よう、昨日は悪かったな――
一時は聞き慣れていた懐かしい声がスピーカーから漏れた。
「アルか!?」
――おう、俺だ。たった一日でもう声を忘れたのか?――
忘れる訳が、忘れられる訳がない!
「おま、お前!! アル!! 無事だったのか!?」
――はぁ? 無事ぃ? 何を言ってるんだ? ピンピンしてるよ――
「今迄一体……何年経ったと思っていやがるっ! あれから十年以上だぞ!」
――あん? 一晩連絡出来なかっただけだぞ?――
「一晩? どういうことだ?」
――俺が知るか。だが、そうか。そんなに時間が経っているとはな……――
どうやらアルはたった一晩連絡を怠っていただけらしい。
――すまんすまん。こっちにも色々あってな――
「相変わらず悪びれないな」
――だから謝ってるだろ。でも、そうか。十年か……――
彼から着信があった初めての晩以降の出来事が目まぐるしく脳裏を駆け巡る。
彼がおぼろげに覚えていた彼の当時の住所から調べ、一人残された筈の彼の奥さんは、当時勤めていた会社を定年退職後に実家に戻り、九七歳の生涯を終えていた。
あと数ヶ月彼からの連絡が早ければ何とかして会話させてやる事も可能だった筈だと悔やんだものだ。アルも残念そうだった。
それを報告した時の端末のスピーカーから漏れる、残念そうに声を詰まらせて沈黙する彼の吐息と深い溜息は生涯忘れる事はないだろう。
彼の二度目の人生についての話を聞き始め、当初俄には信じられない思いでいたものだが、いつの間にか続きを期待するようになっていた。
了承を得た上で録音し、それを記録し始めたのはいつの頃からだろうか。
彼の話を記録する事はいつしか私の楽しみになっていた。
それが絶たれた時、かなり焦ったものだが、またあの続きが……。
――おい、どうした? 黙りこんで。聞いてるのか?――
「ああ、すまん。ちょっと思い出してたんだ」
――何をだよ? ああ、そっちじゃ十年経ってるって言ってたな……なんでだろうな――
「そんなの俺が知るかよ! 大体魔法を使ってるアルの方に原因があるんじゃないのかよ!」
――んな事言われてもな……皆目見当もつかん――
「そうだったな……でも、そうだよ、十年だよ。心配したんだぞ」
向こうの一晩がこちらでは十年も空いてしまった件についてはもう考えても意味がないので棚上げにして放っておくしかあるまい。
――それはすまなかったな。しかし十年とは長いな……それよりあんたの方はどうなんだ? 何か変わった事でもあったか?――
「ああ、結婚して子供も出来た」
――ほう、そりゃおめでとう――
「ああ、有難う。それと、今度一念発起して独立する事にしたよ。今はその準備中だ。お前には負けるかも知れないけどよ。それでも独立開業に向けて頑張れたのはお前の話を聞いていたからだ。もう大口の注文の約束も何件か貰ってる。いずれ日経225に入ってやるぜ」
――日経225とか何十年ぶりに……でも、そうか。そりゃ凄いな……――
「嫌味か。でも、まぁ、あれだ。男なら……そう、男なら一国一城の主を目指さなきゃね!」
これで第二部は終了です。
読者の皆様におかれましては今まで長い間この物語とお付き合頂き誠に有難うございます。
次回から暫くの間少し別の話を挟み、その後に第三部の開始となります。




