第二百六十二話 送り火
7447年12月18日
さて、差し当たって必要な事は行った。
あと一つ、やるべき事はあるが……。
言わずと知れた十四層だ。
この十三層の転移水晶の間は、壁は砂岩のような岩で覆われており、床は細かい砂が積もっている。
いつかミヅチと過ごした時の事を思い出すな……。
部屋の中心には転移水晶が鎮座しており、その表面には黄色く明滅する「我らを戻せ」という上層への転移の呪文が浮き出ているのは他の階層と全く一緒だ。
しかし、下層への紫色に明滅する転移の呪文は浮き出ていない。
そう言えば十四層(?)の転移水晶には上へ転移する呪文すら浮かんでなかったなぁ。
……握ったり撫でたり叩いたりしてみたが何の意味もなかった。
ここからはあのデス=タイラント・キンが居た階層には行けないのだろうか?
あそこに行くには上層から壁の落とし穴に入るしかないのか?
確実に行けるであろう落とし穴は一つしか知らない。
壁の落とし穴自体は今までに百を大幅に超える量は見付けてるけど。
いっか、別に。
あれだけのお宝がありゃ、どう考えても充分だ。
デス=タイラント・キンなんて以前ミヅチが言ったように、考えようによっちゃドラゴンよりも危険な相手だ。
これ以上、わざわざ危ない橋を渡りに行くのも嫌だ。
持てるだけの量の鉱石を持って一度帰るか。
帰ってもやることは多いよな……。
まずエンゲラの葬式。
次に持って帰った鉱石を保管する為の倉庫の借り入れ。
盗まれることは考慮に入れていない。
貴金属鉱石や魔法鉱石は最後まで持って帰るつもりはないからだ。
泥棒が入ったとしてもステータスを見るだろうから価値が低い割りに重いタングステンなんか誰も好き好んで持って行きはしないだろう。
暇を見つけてこれらの鉱石からインゴットを作る。
もう既にかなりの純度だと思われるが念のためだ。
それと……あとは帰ってから心配すればいいか。
皆に「一度戻ろう」と声を掛け、ドラゴンの鱗をこの転移水晶の部屋に運び入れるために外に出る。
また、エンゲラの遺体は氷を小さくして何とか三人が片手で持てるくらいにしないといけない。
片手を空けておかなきゃ転移水晶を握れないからね。
洞窟から外に出ると出入口からかなり離れた場所で霧がうずまき始めていた事に気が付いた。
……あー、やっぱドラゴンも復活するんかねぇ……。
あれから丸一日どころか四十時間は経っている。
作業や調査に夢中だったことと木立に囲まれた場所だったことに加えて、霧の規模が今までのモンスター復活の霧と然程変わらないために見落としていたんだろう。
とても全長三十mに達するモンスターをカバー出来るような大きさじゃない。
スカベンジクロウラーやオーガ、ミノタウロスなんかと同じくらいの規模だ。
それはそうと、高レベルのミノタウロスとか未だに復活しないからドラゴンもすぐに復活しないとは思う。
だが、いつ復活するか知れたものではない事も確かだ。
もう一回あいつと戦うのなんて御免被る。
そりゃまぁ、経験値は何十万と入ったし、更に鱗を剥ぐ事が出来るのは魅力的だ。
でも、不意打ちしようにも【魔法抵抗】も一緒に復活しているだろうからかなり厳しいものがある。
手に入れたばかりの【屠竜】を使ったって厳しいだろう。
復活してすぐに巣穴に篭ってくれるのであれば転移水晶の間との洞穴内部から攻撃魔術を連射するという手もあるが、守護者の認識が及ばない範囲がどこまでか解らない以上、色々と問題がありすぎる。
巣のすぐ脇まで認識が及ばないのであれば大丈夫そうだけど、途中までだったりしてこちらを認識されたら目も当てられない。
【精力減衰吐息】を洞穴に向けて吐かれたら……考えるだけで恐ろしい。
……となると、今のうちに運べるだけ運ぶしかないだろう。
この分だと十二層の階層守護者であるドラゴニアンも復活が始まっているだろうし、レベルが低い分、実体化まで終わってる可能性もある。
ざっと頭のなかで計算する。
まず、ドラゴンの巣穴で得た鉱石類は軽い小型のものは十㎏程度。
重い大型の物だと優に百㎏は超える。
巣穴から転移水晶の間までは僅かに傾斜しており、転移水晶の間の方が低い。
これはミヅチとカームが言っていたので正しいだろう。
この通路内に氷でレールを作ってそこを転がすなり滑らすなりすれば手間は最小限度で済む。
三十人でやれば長くても四、五時間というところで済むだろう。
次にドラゴンの鱗と氷漬けの頭、エンゲラの遺体を転移水晶の間まで運ぶ時間だが、こちらも往復で六、七時間と言ったところだと思う。
休憩を入れても半日か。
そして、全ての獲物を十二層の転移水晶の間に転移させるのに必要な時間だが……。
転移可能なように片手を空けて一人で持ち運べる最大重量は、人によるだろうが平均して五十㎏程度だろうか。
荷物を持っていなければいけない時間はせいぜい十秒あれば充分だろうし、このくらいは見込んでも構うまい。
百㎏超の大きな物でも二人や三人で同時に持ち上げればなんとでもなる。
全員で運ぶなら……大体十往復くらいと見積もっておけば充分だろう。
一往復に必要な時間は……十三層にモンスターは居ないみたいだし、十二層のドラゴニアンを無視して運ぶのであれば五時間程度を見込んでおけばいい。
十二層の転移水晶の間に運ぶのだけで延べ五十時間……五日……いや、詰めれば三日でなんとかなるか。
きついスケジュールになるが、ここは皆に頑張って貰うところだな。
きょろきょろと辺りを見回し、少し前に目星を付けていた金鉱石をズールーに命じて持って来させた。
重さにして優に二十㎏超はある、純度の高そうな金鉱石だ。
ライトの魔術の光をキラキラと反射して美しく輝いている。
それを見た誰かの喉がゴクリと鳴ったのが聞こえた。
「皆。あと数日、食事はドラゴンの肉で我慢してくれ。今回の戦利品を運ぶ必要があるんだ。いつもの迷宮探索と違うから今回の戦利品運搬だけ特別ボーナスを出す。帰ったらこいつを全員で頭割りしろ」
歓声が入り乱れる。
まぁ、三十、いや全部で二十九人か。
俺を抜いて二十八、じゃねぇ、ズールーを始めとする俺の戦闘奴隷も抜いて二十三人で頭割り。
一人当たり一㎏近い金塊が分け前になるんだから当然と言えば当然か。
その価値は四、五〇〇万Zはかたいだろうし。
よし、まずは鉱石を全部移動させるか。
・・・・・・・・・
十二層に転移した俺達は、念のため転移水晶の間から外を見てみた。
すると、予想していた通りドラゴニアン共が復活していた。
だが、今までの階層の守護者とは異なっている点が一つ。
こいつら、俺達が何もしていないのに動いてやがる。
見える範囲で数えたら十五匹しか見付からない。
確か二十匹以上居た筈だ。
どうしようか……。
勿論、十二層と十三層を往復している最中なので今のところは放っておくという手もある。
だが十一層に獲物を運ぶ時には、また十二層を端っこから中心まで歩かなくてはならないのだ。
今までの階層守護者打倒の経験上、ストック(?)が無くなるまで倒し続ければ復活はしなくなることが予測されている。
ついでにドラゴニアンたちの装備は見るも無残なものに成り果てているので相当な回数シャドウ・ドラゴンに倒されて来ていると思える。
ストックを減らせるだけ減らしておいた方が良かろう。
……いやぁ、守護者に見つかる前でも魔法が使えるってのは楽でいいな。
・・・・・・・・・
7447年12月21日
こうして合計七十五時間も掛けて全ての獲物を十二層の転移水晶の間に運ぶことに成功した。
その間にドラゴニアンは延べで五十匹くらいは倒している。
ドラゴンが復活して来なかった事については予想はしていたが、それでも復活しなかった事は運が良かったのだと思う。
さて、今後の問題だが……。
今すぐに十二層から十一層へと運び上げるのであれば次にドラゴニアンを全滅させたタイミングで運搬を開始すれば大丈夫か……。
地上に戻っちゃうと、次は二十匹以上のドラゴニアンを正面から相手しなければいけない。
流石にそれは何とも……出来なくはないだろう。
防御を考えると極少人数、且つ俺混じりで来る場合に限ると思うけど。
でもそれだと、頭数が少ないから荷物運びにはあんまり意味が無いんだよなぁ。
かと言って大人数だとドラゴニアンには魔法が得意な奴も居るから、万が一のことを考えるとなぁ……。
今までのように転移水晶の間を隠れ蓑に魔法を使って撃ち減らしたいところではある。
いや、復活の周期は今までよりも長くなっている。
極論を言えば、俺一人かミヅチと二人で十二層に来てドラゴニアンを全滅。
しかる後に十一層へ戻り安全を報告し、揃って十二層を踏破して転移水晶の間に行く、という手もあるか。
俺だけすっげぇ面倒だけどこれなら大丈夫だろう。
十一層まで運び上げたらあとはゆっくりと運べばいいし。
ともかくも、今は地上に戻って一休みすべきだろう。
全員最低限の睡眠で働いていたから結構疲れてるし。
十一層の転移水晶に戻る。
勿論エンゲラの遺体と戦利品の魔法の品、氷漬けのドラゴンの頭、鱗と持てるだけの鉱石は一緒に運んださ。
予定より大分遅くなっていたためにギベルティは相当心配していたようだ。
当初は食事の用意をして待っていたようだが、いつまで経っても戻って来ないため大半は無駄になってしまったらしい。
そして、彼はエンゲラの遺体を見てかなり動揺していた。
そうか……すまなかったな。
「あの……ご主人様……マルソーは一体……?」
ギベルティがおずおずとした様子で声を掛けてきた。
「ああ……お前には話していなかったな……。あいつな、厄介な強さを持っててよ」
親指でドラゴンの頭部を指しながらギベルティに話す。
ギベルティは氷の中で眠るエンゲラの顔を見つめている。
「そのせいで俺とエンゲラの二人だけで倒したんだ……俺は……俺はエンゲラの最期を一生忘れない……あいつは立派な戦闘奴隷だった」
エンゲラの魔石をギベルティに見せる。
ギベルティは震える手を伸ばすとそっと魔石を撫でた。
顎がわなわなと震えている。
「すまん。エンゲラは葬儀が済むまで俺が預かる」
「いえ、そんな! 滅相もありません」
「いいんだ。葬儀が終わったら……お前が葬ってやれ」
ギベルティの肩を一つ叩き、皆に今回地上に持って帰る鉱石の指示を始めた。
ドラゴンの頭については部屋の隅に大き目の氷漬けにしておいた。
放っておいても一ヶ月くらいは溶けないだろう。
ワイヴァーンは未だに復活していなかったので、十層を通る時に行き掛けの駄賃とばかりにクワガタ巨人の番を後ろから不意打ちして殺し、九層を通る時にはミノタウロス七匹もぶっ殺した。
ミノタウロスも例の二匹は相変わらず復活していない。
・・・・・・・・・
地上に戻ったのは夕方近かった。
皆一様に疲れていたがエンゲラの葬儀だけは早めに執り行いたい。
大八車を借りてこさせ、それにエンゲラの遺体を載せて河原まで行く。
葬儀台は特急料金を弾んで注文した。
元々幾らするのか知らなかったが、言い値のまま無感情に金を支払ったような気がする。
用意が済むまでやることもないので全員が河原でぼーっとしていた。
程なくして葬儀台と大量の薪が運ばれてきた。
氷を消し、エンゲラの遺体を慎重に台に乗せた。
ゴムプロテクターの残骸を脱がせてやり、全員でソトム油を遺体に塗り込んだ。
合掌する習慣がなくなって久しいからか、誰一人として手を合わせる奴は居ない。
「じゃあな、エンゲラ……お前は良い戦闘奴隷だった」
そう呟いて火を点ける。
炎はソトム油のお陰もあってあっという間に葬儀台全体に広がる。
あとは順次薪を追加するだけでいい。
ただ、エンゲラを天に送る炎が揺れるのを見つめていた。
途中、ふと気が付くと視界が滲んでいた。
他にも涙を零していた奴が居たのかは知らない。
俺にはこれが終わるまでエンゲラ以外に視線を送るつもりは無かった。
最終的に焼け残った遺骨は皆で順番に木槌で砕きながら川に流した。
そうやってエンゲラの肉体が自然に帰る手伝いをする。
エンゲラを送ったあと、最後に彼女の魔石をもう一度強く握り締め、その感触を記憶に刻み込んだ。
そして、ギベルティにエンゲラを渡してやる。
周囲はもう真っ暗だ。
「さて、遅くなったな。飯にしようか。その前に着替えたい奴はいるか?」
数人から手が上がったので一度宿に戻り、着替えてから改めて食事にすることにした。
・・・・・・・・・
7447年12月22日
一夜が明ける。
いつもより少し早く目が覚めた。
まだ暗いうちに装備を整えて宿の前に行くと既に結構な人数が屯していた。
「「お早うございます、ご主人様!」」
俺の戦闘奴隷五人とその見習いの二人が挨拶をしてくるのに応え、準備運動を始める。
その間に残りのメンバーも集合してきた。
「よし! 行こうか。バストラル、景気付けに歌うぞ!」
「はい! んんっ、はっこねっのやっまはぁ~てんかのけん!……」
歌詞を知っている転生者は一緒に歌い、知らない者もすっかりと覚えた節をそれらしく歌っている。
そう言えばエンゲラも適当に歌ってたな……。
この日と翌日は休みにしている。
倉庫を借りたりしなきゃいけないし、やることはそれなりにあるからだ。
連休が少なくて詰まっているが、残っている鉱石だけでも年内のうちに十一層に運び上げておきたかった。
こうして俺達の七四四七年は暮れていった。




