第二百五十九話 反撃
7447年12月16日
ドォォォン!!
エンゲラを噛み殺そうと地上に突っ込んだシャドウドラゴンは、その勢いの大部分を地表によって殺された。
そしてエンゲラを咥えたまま素早く方向転換を果たし、俺と正対する格好になっている。
視野狭窄を起こしたのかと思うほどに視界は狭まり、俺の目にはシャドウドラゴンに啄まれたエンゲラしか映っていない。
ゆったりと頭を持ち上げているシャドウドラゴン。
エンゲラは頭を右にした仰向けで咥えられており、こちら側に見える左肩の肩当ては無い。
あの爪に挟まっている奴がそうなのだろう。
あいつ、ドラゴンの突撃を紙一重で躱してたんだな。
エンゲラは地上から六、七mもの高みで咥えられたまま藻掻くように動いている。
まだ生きてる!
風魔法を背中に纏い、エンゲラへと急加速する。
攻撃魔術よりもまず、生きているうちに治癒魔術、それもキュアーオールやリジェネレートが必要だろう。
左の手袋を外す時間はないので風魔法を使う直前に火魔法を使って焼き、掌を剥き出しにしている。
それじゃ左手が火傷する?
短時間だから大したことないし、どうでもいい。
この程度の火傷なんざ、俺の精神力に掛かりゃあ精神集中の妨げにならん!
彼女の状態を確認するために【鑑定】を発動し……え!?
エンゲラは自由になる左手で左腰に佩いていた炎の剣を引き抜いた!
「エメロン!」
コマンドワードを叫ぶエンゲラ。
剣の刀身が炎に包まれる。
同時にシャドウドラゴンの鼻先に突き!
でも、そもそも何で剣が抜ける?
ガッチリと咥えられていたように見えた。
いや、咥えられている。
腰? いや、腹に牙が突き立ち、派手に出血しているじゃないか!
炎の剣の一撃にもシャドウドラゴンは怯んだ様子を見せず、更に咬筋に力を入れたように見える。
だが、どうした訳か一定以上に口を締めないようにも見える。
エンゲラまで直線距離であと二〇m。
あ……ライフル銃をつっかえ棒にしているのか!?
それを掴んで支えにしているから右手が使えない?
ドラゴンにしてみれば口の中に金属製の爪楊枝みたいなものが刺さってるのに近い状態な訳か……。
だが、それ自体は致命的と言う訳でもない。
口に咥えた獲物が振るう炎の剣の方が余程致命的なものだ。
だったら吐き出せば良さそうなものなのに……俺の勝手な願望か。
あと一〇m。
「がはっ!」
エンゲラは血を吐きながらも何故か笑みを浮かべて剣を振るっている。
でも、碌に力も入っておらず、ぽかぽかと殴り付けているだけに近い。
あ、突き刺した炎の剣を叩いてより奥に突き入れようとしているのか。
あっ!?
俺がすっ飛んできたのを見ていたシャドウドラゴンはぼーっと待っているような愚かな真似はせず、エンゲラに到達する寸前に首をかしげて俺を素通りさせた。
飛んでいる間にリジェネレートの魔術の精神集中(慣れていないので時間が掛かるのだ)を始めていた俺は、可能な限り早く風魔法を使い直してエンゲラに触れようとする。
だが、遅い。
彼女から二mも離れた脇を通り過ぎ……!?
「……初めて名前を呼んで下さった!」
エンゲラが叫びながら剣を叩いている。
くそっ!
それでももう一度風魔法を使い直し、エンゲラに触れようとする。
エンゲラも俺に気が付いたようで、炎の剣を叩くの止め、俺へと手を伸ばす。
歯を食いしばりながら泣き笑いを浮かべている。
俺もエンゲラへと手を……。
バギバキッバヅンッ!!
遂にシャドウドラゴンは口を閉じ合わせるのに成功した。
俺の目の前でエンゲラの上半身、胸から上辺りが噛み千切られた。
ライフルを支えるために、口の奥に突っ込んでいた右手も一緒に噛み千切られた。
おそらく下半身も……。
落ちていくエンゲラに手を伸ばし、再度風魔法を使って追いかける。
大昔、何かで読んだ事がある。
人は斬首されても数秒くらいは意識があるらしいと。
ならば、まだ間に合う筈だ!
すぐにリジェネレートを使って心臓以下、重要器官を再生、連続してキュアーオールを使えば或いは……!
勿論、風魔法を使う余裕が無い俺も地面に叩きつけられるだろうが、エンゲラを上手く庇い、俺も頭部から落ちる事さえなければ即死ではないだろう。
即死じゃなきゃ何とでもなる!
しかし。
ゴアッ!!
ガッと口を開き直したシャドウドラゴンは空中から地上へと方向転換をする俺を捕まえた。
その大きな、たった今エンゲラを上半身と下半身、それと口の中にあった腹部とに分けてしまった凶悪な牙の並ぶ大顎で俺を捕らえたのだ。
頭を下に向け、エンゲラを追う形だった俺は足先から食われた。
血液と内臓を撒き散らしながらエンゲラが地面に落ちていく。
クッソォォッ!!
目の前で顎が閉じる。
思わず彼女が鼻先に突き刺していた炎の剣へと手を伸ばす。
伸ばしていた左手だけでなく、両手を使って剣を確保したかった。
炎の剣はまだ炎を纏っている。
伸ばしていた左手が剣の何処かに触れ、炎の熱を感じた。
が、しかし、顎は閉じ、左腕は噛み切られた。
いや、右手もか。
つい今しがた、エンゲラの胴を噛み切ったようなエボナイト装甲が割れる音がして俺の両腕は籠手の半ばから噛み切られてしまう。
文字通り両手ともに前腕部の中程から食い千切られたのだ。
かろうじて肘より先が残っている状態。
激痛が走り、同時にシャドウドラゴンの顎が閉じたことで目の前が真っ暗になる。
そのためエンゲラが地面に叩きつけられるところは目に入らなかった。
首を噛み切られなかっただけマシだが、絶体絶命。
……でもないか。
相応に痛いが、既にアドレナリンとエンドルフィンがだぷだぷと放出されているようで、子供の頃から自傷を重ねて治癒魔術を練習していた俺にとっては然程でも……。
……やっぱ痛いもんは痛いわ。
身体欠損なんか初めてだし。
リジェネレートで再生を図りたい所ではあるが、今はここから逃れる事の方が先決である。
ぬるり、という感触と同時にざらりという、気持ちの悪い感触を顔に感じた。
おあつらえ向きにシャドウドラゴンの【魔法抵抗】は残りが無いか、あってもせいぜい一か二の筈だ。
ぐうぅぅっと体全体が持ち上がるのを感じた。
完全に俺を口の中に入れたドラゴンが上を向いたのか。
俺を飲み込もうと舌らしきものが強く蠕動すると同時に、足の方は喉の奥の肉がきゅっとすぼまって嚥下運動が行われる。
口腔に突き刺さっているライフル銃の成れの果てに右の脇を引っ掛けられたのは、勿論俺の反射神経のなせる技でもあるが、その功績の大部分は幸運と奇跡の範疇に属すると思う。
しかし、殆ど意味は無かった。
嚥下の勢いが強く、すぐに抜けちゃったんだよ……。
だが、口を開かないのであれば無理矢理にでも開かせてやるさ!
勿論、最初の一発や二発がムダになるのは覚悟の上だ。
ストーンカノン!
手がないから眉間辺りから出すことを意識して魔術を発動……魔力が練れない?
落ち着け。
目の前でエンゲラがあんなことになってしまって気が動転し、一時的に集中力を欠いているだけだ!
それに、両手が共に欠損した激痛だってある。
もう一度!
大体、エンゲラが感じていた痛みは俺の比ではない筈!
食いつかれたエンゲラを救おうとして俺まで食われるなんて、ミイラ取りがミイラになるを地で行ってる。
……このまま俺も食われちまったらだけどな。
そうは行かん。
よし、最初から魔力を練り直す。
行くぞ!
落ち着いてもう一度。
ストーンカノン!
……と思った瞬間にキャンセルした。
【魔法抵抗】が残っていたとして、それを削る事は可能だろう。
だが、【魔法抵抗】が無くなったその次は?
当然もう一発使う。
額から発現する魔術弾頭は、最初の勢いなんかは弱い。
と言ってもそれなりに強力だから、最悪でも口を開かせ……いや、今は喉(?)を破ることは可能だろう。
でもその時、俺の頭はどうなる?
魔術弾頭と食道に挟まれて……。
ヘルメットは被ったままだが気休めにもなるまい。
なら元素魔法の直接使用はどうだ?
最悪、このまま地魔法や水魔法、ことによったら火魔法や風魔法を使うのも手ではあると思う。
発生する元素は大量だ。
ドラゴンだろうがなんだろうがそんなのがいきなり体内で発生したら破裂するだろ!
で、俺の頭も元素とドラゴンの内壁に挟まれて潰れるだろ。
……そもそも何も見えない。
使えたとしても僅かな量が出て終わりだ。
ライトを掛けてから使ってもいいが、出せる量が多かれ少なかれ内側から破裂させる程の量であれば結局は潰れるだろう。
風魔法という手もあるが、破裂させるよりも前に俺の鼓膜も破れ、ドラゴンの内臓よりも弱いだろう俺の体の方が先に潰れると思う……。
【鑑定】で弱点を……!
読んでいる間に窒息する未来しか思い浮かばない。
待て! 風魔法、空気……口を開かれたら破裂させることは出来ないかも知れないけれど、破裂しないまでもかなりのダメージだろうし、呼吸も確保出来る……あ、その上で……!
瞬時に脳裏に浮かんだ事を実行する。
まずは【鑑定】、それで見えたヘルメットの目庇にライト。
視界を確保したら風魔法だ!
レベル六くらいでも充分だろ。
多すぎる気がしないでもないが、【低位魔法無効】に阻まれたら意味無いからな。
鼓膜は捨てる覚悟だ。
上に伸ばした腕を曲げるようにして少しでも顔の前の空間を大きく取る。
よし。
風魔法を使う。
ばごっ! という音がして耳がツンとなった。
目は魔法を使った瞬間に閉じたことで大きなダメージは受けていないと思う。
だが、大したダメージは無い。
まだ【魔法抵抗】が残っていたのだろう。
確かめるとこれで残り回数はゼロになっている。
よし、行くぞ!
今度も風魔法。
だが、元素魔法はゆっくり使うことも出来るんだぜ。
昔、クローとマリーの目の前で氷をゴロゴロと出したこともあるし、迷宮の三層で落とし穴を捜す時に水魔法をゆっくりと使って通路にチョロチョロと水を流した事があるから知ってるだろう?
ぐぐぅっと食道全体が膨張する。
乾いた空気を吸いながら、一定の速度で空気を発生させていく。
どんどんと食道が膨張していき、足を広げて突っ張る必要すら出てくる。
そして、その時はすぐにやってきた。
ごおえっ、とシャドウドラゴンがゲップをした。
瞬時に空気圧は減少する。
上を見上げると僅かに俺のライト以外の光を感じる。
だが、そこでも手は緩めない。
チラリとエアブレードでも使ってやろうかと思うが、そんなもんじゃ何回も使わなきゃ死なないだろうことを思い出し、当初の通りもっともっと空気を出す。
口が開いているだろうことで食道の大きさももうこれ以上は広がりそうにない。
ゆっくりと息を大きく吸い込む。
まだ風魔法を止めず、両足を殆ど水平にするようにして突っ張っている。
ドラゴンの体全体が大きくかしいで下降に移った感覚がする。
余程苦しかったんだろう。
すぐに着地した事を感じた。
今だ!
風魔法の維持を止め、別の魔術のために魔力を練り直した。
ぐ……。
結構練習したがまだ完成には五秒近く掛かる。
おまけに両腕切断の痛みや心的ショックも重なって、複雑な魔術の完成には永遠とも思える程の時間が経過し……。
ジャキン!
俺の頭を中心に数十本もの魔法の剣が発現した!
数カ月前にミラ師匠に習ったばかりのブレード・バリアは唸りを上げて回転を始め、目の前に聳える小さな逆棘の生えたピンク色の肉壁を切り裂き始める。
死ね!




