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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第三十話 諸井久(16)の場合

(そう言えば今日はバレンタインデーだったな……)


 諸井久もろいひさしはバスの車内で姦しく話す女子高生の言葉を聞いて思った。女子高生たちは制服から見て久の通う初台学園高校の上級生らしい事はすぐに判った。本当はその中の一人の顔と名前を知っていただけなのだが、久は彼女の事など意識していない。そう思いたかった。


(雪乃さん……俺には全く気付いてくれないんだな……)


 小学校に上がる前、家が近かった頃には幼稚園も一緒だったのでちょくちょく遊んで貰った、一つ年上の幼馴染と言える間柄だ。小学校に上がる頃に久の引っ越しで別れてそれっきりだった。しかし、高校に入学した直後の部活動オリエンテーションの時にサッカー部のマネージャーとして勧誘をしていた彼女を見た久はすぐに幼馴染である雪乃だと気が付いた。雪乃の方は入部して自己紹介する久の名を聞いても微動だにしなかったために今まで言い出せなかった。


 パッとしない一年生の補欠のことなど雪乃の眼中になかったと言えばそれまでだ。


(あのチョコレート、やっぱり杉井先輩に……)


「私もサッカー部には頑張って欲しいんだよねぇ。隆史先輩ってさぁ、前のキャプテンだっていう責任感から今でも皆の面倒をしっかり見て、個別に指導もしてるんだよ。凄くない?」


 雪乃が隣りに座ってる同級生らしい女子生徒に語り掛けているのを聞きながら久は更に落ち込むのを自覚した。


(そのサッカー部の下級生がこの時間にこんなバスに乗っているのにすら気付かないなんて……)


「杉井さん、まだ学校に来てるの? 進学先決まったの?」

「うん、城南ミュージック学院に行くんだって! で、バンドやりたいんだってぇ! 格好良くない? 今日だって後輩の指導があるから学校来てんの! 偉くない?」


 いちいち語尾を上げて喋る雪乃の声はバスの中でよく通った。


(こっちはそのお陰でいい迷惑だよ……今日だって杉井先輩達の追い出し会の贈り物を買いに行かされてんだから……まぁ、じゃんけんに負けた俺が悪いんだけど)


 杉井の次代の主将も、引退後もちょくちょく個別指導という名目で顔を出す杉井に嫌気が差し、追い出し会を企画することになったのだ。


(くそ、ゲームにも集中できない)


 雪乃達が乗車して来てから目立たないようにと目を落としていたスマホでつまらないゲームをやっていた。クラスの友人から勧められた人気のある作品らしい。さっきから遊んでいるが面白さが全く理解できない。


 左から派手なスキール音が響き、雪乃達の後ろ側の壁と窓ガラスが弾け飛んだ。

 座っていたベンチごと雪乃が飛んできた。




・・・・・・・・・




(何とか助かったんだな……)


 列車が突っ込んできたことまではどうにか覚えている久だったが、その後のことについては何ひとつ覚えていない。体中が締め付けられるような、息苦しいような事があったことは覚えていたが、救助される時に列車とバスの構造材に挟まれていたのだろう。


 大怪我だったらしく、目もぼやけてよく見えないが、なんとなく白い壁ではないように見えるので結構洒落た病院なんだな、と思っていた。強い痛み止めでも打たれているのか、僅かな刺激にも反応して泣き喚くが、叱られたりするようなこともなかった。なんとなく頭もぼんやりとしているのか、看護師さんや医者らしき人物が喋っていることも全く頭に入ってこない。それどころか外国語か何かのようにすら聞こえる。


 しかし、数日もしないうちにどうにも様子が変だと気が付いた。


 そして、注意深く周囲を観察し、体中を弄って色々と理解が進んでくる。


(どこだここ? 誰だ俺?)


 これが話に聞く幽体離脱だとか憑依だとかなのだろうか。

 喋ろうにも口がうまく回らなかったことは、結局久にとって良いことだったのだろう。

 混乱したのはせいぜい一日程度で、あとはゆっくりと考えることができたのだ。




・・・・・・・・・




 何ヶ月か経つと久はかなり多くの情報を得ていた。

 英語に近い言葉であったからか、誰かが喋っている内容も多少理解できるようになっていた。

 当然目もはっきりと見えるようになっている。

 雑誌の写真だとか紀行番組で見ることがあるような凄く田舎、それもどこかの発展途上国並みの、便利な電化製品など存在しない田舎のような風景であった。

 あまり起伏のない草原や林の中に人力で開墾された畑が広がっている。


 そして自分は赤ん坊だった。

 両親は西洋人のような容貌だが、妙に若く見えた。

 名前も知ってる。マーシュというのが久に新しく付けられた名前だ。

 生後半年ほどで活発に動き回っていたため、かなりの長時間を勝手に動きまわらないように腰紐を柱に結び付けられて過ごしている。

 家族は農業を生業としているようで原始的とも言えるような簡素な農機具を担いで畑に行っているようだ。


 別段やることもないし、考えても解らないことばかり。


(どうしたらいいんだよ……)


 久、改め、マーシュはそう思うがやはりやること、出来ることなんか何一つない。


(やっぱ俺、死んだんだなぁ……)


 暇だったのでもう何度も現状について考えてきた。その結論は決まって同じ。


(親父とお袋……どうしてんのかなぁ……)




・・・・・・・・・




 ヴォン! ヴォン!


 野犬の吠え声がする。

 いつもは野犬の声が聞こえてもせいぜい遠吠え程度である。

 それがこんなに近くから聞こえるのは珍しいことだった。


 マーシュが暮らすゲンビル村はベルグリッド公爵領の中央付近の内陸部にある。

 治安はそこそこ良い方で、魔物による被害なども滅多に無い土地であった。


 それだけに村を治める士爵やその従士たちの危機意識も低下していたのだが、これは責められるようなものでもない。


(結構近いな)


 声の大きさから家のすぐ傍にいることが推測された。

 感情が制御できずにマーシュは大声を上げて泣き出してしまう。

 夜中に泣きだしたマーシュを抱いて母親が家から出る。

 たまに夜泣きをするマーシュだったが、抱いて家を一回りする頃にはすぐに泣き止むことが多かったのだ。




・・・・・・・・・




 そうして何日か経過した。

 或る夜、いつも通り夜泣きをするマーシュを抱いて家を一回りしようとした彼の母親だったが、この日は大事件に発展してしまった。


 野犬に襲われたのだ。

 だが、幸いにもすぐに追い払うことが可能だった。

 野犬が襲いかかってきたことで火の着いたように泣き始めたマーシュと自分を呼ぶ妻の声を聞いた父親がすぐに家を飛び出してきて、事なきを得たのだ。


 とは言え、野犬の数は四、五匹もいた。

 マーシュを含め両親も軽い咬傷を受けていた。

 だが、傷は本当に軽いものであり、赤ん坊のマーシュにしても大したものではなかった。

 勿論骨に異常もない。

 マーシュ自身も(二、三週間もすれば綺麗に治るだろう)と高をくくっていた。




・・・・・・・・・・




 二ヶ月ほどが経ったある日、まずマーシュに異常が現れた。

 朝から軽い風邪のような気だるさが感じられ、咬傷も完治しているにも拘らず傷を受けた膝がむず痒かった。

 理由も不明な強い不安感もあった。


(あー、赤ん坊に戻ってるから仕方ないけど、勘弁してほしいよなぁ)


 今までも度々感情が制御できなかったマーシュは病魔に侵されていることに気付かなかった。

 病気の名前は狂犬病レイビーズ

 古来より地球でも多くの命を奪い、未だに根絶されず、発症後の治療法も確立されないままに現代でも毎年万単位で死者の出る恐ろしい病気である。

 人から人への感染がないことが唯一の救いだろうか。




・・・・・・・・・




 それから僅か数日でマーシュは水を飲み込めなくなった。

 水やスープを飲もうとすると喉に強い痛みが走るのだ。

 そしてすぐに、水を見ただけで痛みを思い出し、怖くなって半狂乱になるほど泣き叫ぶ。


 マーシュの両親にはどうすることもできなかった。

 村の治癒師のところに連れて行くと恐水病と診断され、手の施しようがないとまで言われる始末だった。


 心当りがないか治癒師に質問された両親には何一つ思い当たることは無かった。この田舎の領地では犬猫に噛まれるなど日常であったし、何より魔物という、それ以上に恐ろしい存在が居たために病原体を犬猫が媒介するという知識は治癒師にもなかった。


 結局気休めの治癒魔術を一度掛けただけで一家は自宅に戻ることになった。


 恐水病を発症した患者は長くても数日で全身の筋肉が麻痺を起こして死に至る。

 両親は嘆き悲しんだが、二人共、息子の後を追うように相次いで恐水病を発症することになるとは夢にも思っていなかった。


 

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