第二百三十六話 人はパンのみにて生くるにあらず
7447年7月11日
「ふぅ……」
十一層の中心部にある転移水晶の間に到着した。
近くまで寄って判ったが、この転移水晶の間がある柱は、やはり八、九、十層の中心の柱と同様に一辺が五十m位の四角形をしていた。
時刻はあれから五時間以上も経っている。
すっかり朝だ。
ほぼ丸一日寝てない。
走ってない分、黒黄玉救出の時よりは楽だったけど、なんとなく日光の迷宮行を思い出すハードな一日だった。
あの祭壇が光線の発射源である可能性が高かったため、急いで破壊して回っていたのだ。
合計で二十以上も破壊していた。
グィネによると全ての祭壇は外周からきっちり五百m程離れた場所に一定以上の間隔をおいて円状に配置してあった。
つまり、外周から平均二百m程は森。
そこから平均二百m程は草原。
これらドーナツ状の森と草原の境目か、せいぜい草原の真ん中あたりにライトニングボルトの檻が出来ていた。
今までの階層と比較して何十倍どころではない巨大な檻だった。
で、草原を越えて再び森だの林だのに入るのだが、更に百m程進んだところにまたもやドーナツ状に数百mの間隔を置いて点々と祭壇が設置されていたということだ。
従って、祭壇が円状に配置されている円周の総延長は約二十八㎞といったところだろう。平均三百m間隔で並んでいたと仮定しても九十以上の数がある筈だ。せめて五分の一は壊しておきたかった。勿論、迷宮の自動修復作用が働く可能性は大いにあると思われたが、それにしたって修復にはかなりの時間が必要になるだろうと思われたためだ。
とにかく、急いで可能な限りの祭壇を破壊して回っていた為にこれほどの時間を要してしまっていた。何しろ十一層に来たのは今回が二回目だ。通路が無いとは言え、僅かそれだけの経験で階層守護者を打倒することになるとは思っていなかったし、今回の件は本当に予想外だった。
前回見た内容から十一層を通り抜けるのは今までの階層よりは時間は掛からないと予想していたが、たった二回目の今回で、とは思ってもいなかったのだ。
ほぼ初めての階層だし罠に対する用心だって怠る事は出来なかった。
流石に今日は気力も尽きかけている。
乾パンを齧りながら話をする。
「皆、疲れているところすまんがあと少しだけ我慢してくれ。多分、守護者であるワイヴァーンが復活するのは前回の二十時間後、明日、いや、今日の十時頃だろう。あと五時間もない。このあとすぐに睡眠を取る。ズールーとエンゲラは交代して見張りだ」
悪いがお前ら二人は二時間くらいの睡眠で我慢しておいてくれ。
奴隷だし、魔法も使えないし、そこは貧乏籤だ。
特にズールーは「これは更にご主人様に箔が付きます!」と言ってワイヴァーンの頭部を切り離して、糞重たいそれをエンゲラと二人交代で担いでいたのだ。
荷物になるから止せと言ったのにさ。
他の皆も賛成したからそのまま好きにさせていたが、あんだけ鱗がありゃ充分じゃねぇか。
「ワイヴァーンが復活する場所だが、幾つかのパターンが考えられる。まずはいつも通り、そこの通路の出入口を守るように目の前に復活する場合。この場合は一番楽だ。全員で一斉に殴りかかればいい。
図体もでかいから、こちらに気が付かれて魔法が使えるようになったら同士討ちを気にせず魔法も使える。殴れる距離での魔法なら流石にあの光線も飛んで来る暇も無いだろうし、位置関係から言って森が盾になってくれるからそもそも光線が発射される事すらないと思う」
皆は疲れた顔で乾パンを囓り、干し肉のスープを啜りながらじっと俺を見て話に集中している。
「ゴーゴンが寄ってくるまでの間に始末は充分に可能だろう。ゴーゴンについてもこの柱の周囲は一面荒れ地で視界もいいから、それこそ魔法や弓で安全に戦えると思う。場合によってはこの部屋に逃げ込んじまえばいい。
恐らく今まで通り部屋の中には入れないだろうし、万が一入って来るようであっても通路は細いから一匹づつしか入ってこれない。そん時ぁ、部屋の両脇で待ち構えていればいい」
ああ、俺も疲れて頭が回らなくなってる。予め考えておいて良かった。
「で、それ以外の場合。この柱のずっと上の方に瘤みたいな出っ張りがあったろ? あそこがワイヴァーンの巣で、あの場所に復活した場合が厄介だ」
面倒臭くなって、残っているでかい乾パン三枚を一気に全部スープに浸した。
「ん~、それはどうかなぁ?」
「そんなことありますかね?」
ミヅチとベルが疑問を述べる。
「どういうことだ?」
俺の返答にトリスやラルファ、他の全員も不思議そうに二人を見た。
「確かにアルさんが言うようにそうなったら厄介なのは同感ですけど、階層守護者なのであればまずそこの入り口を護るように復活するんじゃないですか?」
「うん。私もそう思う。その後侵入者に襲撃がし易いように上の方へ移動することはあるでしょうけどね」
ベルもミヅチもこの件に関して疑問を述べただけでなく、同意見でもあるようだ。
「なるほど……確かにそうかもねぇ」
ラルファもしたり顔で相槌を打つ。
ふぅむ。
「最初から有利な場所に復活するのなら、九層のミノタウロスは固まって復活するのはなぜ? 柱の周りにバラバラに復活してもおかしくないでしょう? アンバー・ゴライアスだって地中に居たって良くない?」
ミヅチが納得するようなことを言った。
言われてみれば確かにそうかも知れない。
俺だけでなく他の全員も頷いている。
「ん……そうかもな。でも、今は少しでも多くの可能性を考えておきたい。この上に復活するなら魔法で狙うにも見えないから無理だし、見えたところで距離が遠すぎる。降りて来たとしても下から上に攻撃魔術を撃ち上げると例の光線が問題だ。
それに、守護者と言うことから可能性は低いだろうが、すぐには降りて来ない事も考えられる。『灯台下暗し』とも言うし、足元に居ちゃあ暫くはこちらに気が付かない可能性もある」
スープを吸って充分にふやけた乾パンを残ったスープと一緒に飲み込んだ。
「その場合は近寄って来るまでの間に試せることだけ試して十層に戻る。仕切りなおしだ」
場合によってはもう一回くらい十一層に来ることもあるだろうが、ライトニングボルトの檻が残っているのであれば、もうこれ以降の層への進出は諦める。アミュレットも高く売れそうだし、今回入手できたワイヴァーンの鱗だって負けず劣らずの価格の武具を作れる可能性が高い。十層迄だってかなりのお宝を得られるんだし、あと一年や二年、ひたすら稼ぎに徹しても充分な金を蓄えられるだろう。
とは言え、流石にそれはないと思う。
ライトニングボルトの檻は守護者か挑戦者のどちらかがこのフロアで生命活動を停止させるか、居なくなれば消えるだろう。そうじゃなきゃ最初から檻を作りっぱなしにしときゃいいだけの話だからだ。
「さぁ、もう休もう」
・・・・・・・・・
冷たい水で顔を洗って眠気を飛ばす。
装備に身を固め、転移水晶の間の通路から出ないように身を潜めてワイヴァーンの復活を待った。
そのうちに外の光量が急速に落ち、夕暮れのような茜色に戻る。
そして、復活の兆候である靄が渦巻き始めた。
「来るぞ!」
小声で警告を発する。
皆も再び武器を握り締め、緊張が伝わって来るのが分かった。
部屋の前か……。
ミヅチとベルの話を聞いていたにも拘らず、正直意外な気もした。
だけど彼女たちが言う通り、転移水晶への出入口を護るように復活するのは守護者として当たり前と言えば当たり前。
二人の予想が正しかったって事だな。
だが、いつまで待っても靄が渦巻くばかりでワイヴァーンは復活しなかった。
こりゃあ、九層の強いミノと一緒のパターンかなぁ?
あのワイヴァーン、レベルは二十八だったし。
はっきりとした確信までは持てないけど、モンスターのレベルによって復活までの時間が変わるのだろうか?
きっとそうだ。
根拠など無きに等しいから多分だけど。
ライトニングボルトの檻についても発生せず、七色の光の柱が立ち上ることもなかった。
ミヅチの部隊編成も解除されない。
念の為用心して転移水晶の間に篭ったまま戦闘態勢を整えて待機を続けたけど、無駄になりそうな……。
思い切って外に出てみても特に変わった事は起きなかった。
更に上空に向かって適当な攻撃魔術を放ってみたが光線も放たれて来なかった。
ライトニングボルトの檻が発生していないから、残っている祭壇型の砲台も沈黙を保っているのだろうか?
疲れているところに無理を押してまで祭壇を破壊したの、無駄だったかな?
ま、いいか。
その後もじりじりと神経を削りなら待っていたが、靄が渦巻き続けるだけで何一つ変化は無かった。
充分に休息を取れていないこともあって、流石に疲労も限界が近い。
このままここで休息を取り、その後続けて探索を行ってもいい。
そもそも明日一杯までは迷宮で過ごす予定だった。
一度十層へ戻ってしっかりとした食事を取った上で休息することにした。
その後また来るときは、無駄かも知れないが念の為にまず祭壇を全部壊す。
丸一日くらいは必要だろうが出来なくはない。
それに、今回壊した祭壇がどの程度修復されているかを調べれば祭壇が元通りになるまでに必要な時間だって推測出来るだろう。
あの祭壇が砲台だとして、全部壊しておけばワイヴァーンが復活したとしても、その脅威はかなり落ちる。
それでも念のためたっぷり二時間。
お昼まで待機を続けてから上層へ戻った。
次回は戦鎚でも持って来ようかね?
カリムは貸してくれるかな?
でも、順番に魔法で攻撃したっていいんだ。
昨晩だって俺やミヅチだけでなくベルも相当数の祭壇を壊してた。
それを考えると、戦鎚は重い荷物になるだけ嫌だな。
・・・・・・・・・
十層に戻ってきた。
転移水晶の間には食欲をそそる良い匂いが漂っていた。
「ご主人様! それに皆さんもご無事なようで何よりです」
まだちゃんとしたコンロの魔道具を持ち込んでいないので、簡易的な竈で煮込みを作っていたギベルティが転移して来た俺達に気付いて声を掛けてきた。
うん。今回も何とかなった。
しかし、それにしても旨そうな匂いだな。
ああ、牛肉か。
今回の目玉食材だったな。
「あ! シチューだ!」
一生懸命ワイヴァーンから剥ぎ取った鱗を放り出したラルファが鍋へと駆け出した。
この野郎……もっと丁寧に扱えよ。
「待ちなさい、ラル。まずあいつらの始末をしてからよ」
「いたっ! いたっ! いたっ!」
鍋を覗き込んだラルファの耳を引っ張って引き戻しながらベルが言う。
そうそう。
外に復活してる二匹のクワガタ巨人を始末してからだ。
「そんな顔すんな。もうひと働き、頑張ろう」
ワイヴァーンの鱗の詰まった袋を丁寧に部屋の隅に置いて銃剣を確認しながら言った。
ズールーは一抱えもあるワイヴァーンの頭部を丁寧に部屋の隅に置いている。
ちゃっちゃと始末してから安心して腹一杯飯食ってゆっくり寝ようぜ。
シャワーはまだ無いけどさ。
・・・・・・・・・
7447年7月12日
夕方、日の暮れる間際に地上に戻ってきた。
空はどんよりと曇っている。
風が強く吹いていたが、湿っぽいためかさほど埃は舞っていない。
一雨来そうな感じだ。
だが、予想外ではあったものの、首尾よく十一層の守護者であるワイヴァーンを仕留め、魔法の品とも言える鱗を大量に持ち帰ることに成功していた俺たち救済者の表情は明るい。
大した収穫が無かったらしく、シケた顔付きのゼノムが率いる、これまたシケた顔揃いの虐殺者と、特に収穫らしい収穫が無かったと言う割には満足そうなバストラルが率いる、こちらもシケた顔付きの根絶者がムローワの屋台の傍でバルドゥッキーを噛じりながら思い思いの飲み物を飲んでいた。
彼らに対して、何故か自慢気なカームやキムが十一層が突破目前になったことを告げる。
それを聞いた皆は、予想外の事にたいそう驚いた様子だったが、同時にぱあっと表情が明るく変わって喜んでもくれた。
さっきまでシケた顔をしていたのが嘘のような豹変ぶりだ。
ああ……。
直接自分達の稼ぎになる訳でもないのにな……。
そうか……こんなに喜んでくれるのか。
そこに満を持して声を掛けたのはズールーだ。彼はサンタクロースのように担いでいた馬鹿でかい袋を降ろすと口を少しだけ開けて「驚くなよ、大きな声も出すな」と声を掛けて一人ひとりに見せて回る。
「っ! ドラ「しっ! ワイヴァーンだ。流石はご主人様だろう?」
って感じだ。
最終的に仕留めたのはエンゲラなんだけどな……。
彼女も一緒になって袋の口を持って俺を称えてくれている。
これやりたかっただけかよ……。
早速、今回の迷宮行で得たワイヴァーン以外の魔石を換金しに行く。
「どうしたの?」
俺の隣を歩くミヅチが少し不思議そうに言う。
「ん? 何が?」
「嬉しそうよ」
そうか?
柔らかい笑みを残して早歩きで先行したミヅチは魔道具ダンヒルの扉を開けてくれた。
嬉しそう?
そうか、嬉しいのか、俺は。
それから一度宿に帰ってシャワーを浴び、着替えてから改めて報告会を行った。ワイヴァーンの頭部は腐るといけないので氷漬けにしてくれと奴隷たちにねだられた。仕方ねぇな。
なお、ワイヴァーンの鱗は加工することで強靭さとしなやかさを両立出来、高級な武具として仕立てられることは何人かが知っていた。金属鱗鎧か重ね札の鎧のように仕立てるのが普通らしい。なかなか手に入らない貴重な物らしく、そんじょそこらの武具屋だと持て余すこともあるようだ。
「第一騎士団の人にそういった武具を仕立てられる伝手を紹介して貰うのが早いかな?」
そう言うと、「高級な武具なら王都のカーリムって鎧工房がいいらしいぞ」とか、「盾の表面に貼り付けて貰うのもいいんじゃない?」とか言われた。そう言えばカーリムって鎧工房、ウチが第一騎士団御用達になる前は第一騎士団の隊長クラスの注文を受けていたと聞いたことがある。一流の工房なんだろうな。そこに頼むのが良いだろう。
ふむ。
ゴム鎧の納品は今月下旬の予定だが、どうせ明日から三連休に入るし、王都の商会の方へ行く用事もある。
明日にでも国王に報告(自慢)がてらアポ取りに行ってみるか。
月末の納品時に少しでも時間を貰うならこの休み中に話を通しておかないと会えないしな。
いや、【原種ワイヴァーンの鱗】はそれ自体が魔法の品っぽい。
捌く時にはサンダーク商会経由で捌く事になるのだからまずはサンダーク商会に……。
いやいや、サボらずにしっかりと稼いでいる所をアピールする意味でも……。
・・・・・・・・・
7447年7月13日
はるばる王城に登城したものの、今日いきなり国王にも第一王妃のモーライル妃殿下にも会える筈もない。そりゃアポも取ってないし、彼らだって俺みたいな一介の出入り業者と会うほど暇じゃないだろう。いや、勿論今日会えるなんて思ってはいなかったよ。第一騎士団経由でアポを取りに来ただけだ。第一騎士団なら団長であるローガン男爵はともかく、副団長のビットワーズ准男爵ならまず会ってくれるからね。
でも、折角来たんだ。ダメ元で第一騎士団長のローガン男爵に姉ちゃんの様子でも聞いておきたいなと取次を願ったら、返事が来るまで三十分近く待たされたけど許可が得られた。いつもながら思うが、第一騎士団御用達の商会のプレートの威力は本当に凄いな。それとも、王室御用達の方の威力だろうか? 珍しく二の丸にある第一騎士団の本部まで来いとの事だったので一々衛兵が誰何してくる中、ペコペコ「御役目ご苦労さまです」と頭を下げながら第一騎士団本部の建物まで行った。
建物に入ろうとした所に、丁度何かの用でローガン男爵に話をしようとやって来たリチャード殿下と鉢合わせになる。合計で三つの守護者の魔石と適当に数枚の鱗を入れてあるだけのほとんど空っぽの【二重の工具入れ】をぶら下げた俺は会釈をして(王城の中、相手は王子と言えど、軍務中であれば臣下の礼を取る必要はない)、先を譲ろうと脇に退いた。
「やぁ、グリード君。納品はもう少し先じゃなかったかい?」
少しばかり世間話をご所望のようだ。急ぎの用事でもないみたいだし、俺も急いでいない。
少し付き合っていたら、俺の提げている袋に注目された。
「ん? ……それは、ひょっとして階層守護者の……?」
そう言えばこの人は階層守護者の紋様を知ってんだよな。王城に入るのに小汚い表側じゃ憚られるから、高級そうな裏側にひっくり返しておいたんだった。新たな階層守護者撃破の報告もあって国王にアポイントメントを取りに来たと言った。
「十層の突破か! 流石だな」
と非常に感心したように言われ、
「君たち冒険者が持ち帰る魔石が無ければ王国は回らん。その中でも最高峰がグリード君の率いる殺戮者だと聞いている。その実績を称え、広め、後続となる者を増やすのも王家の大事な使命だ。急いだ方が良いだろう、陛下にはこれから私がお伝えし、お目通りが叶うようにしよう。中で待っててくれ」
と言うとどこかへ行ってしまった。
王国が回らない云々は流石にリップサービスだとは思うが、今日国王に会えるならそれはそれで問題ない。仕方ないのでローガン団長にはそこらをうろついていた人に伝言を頼んだ。するとすぐに団長が騎士団本部入り口の椅子に腰掛けていた俺の前までやって来た。
「よう、今日はどうしたんだ? 応接に行くか?」
団長は気さくに話しかけて来る。
「お忙しいところ申し訳ありません。ちょっと所用で近くに来たものですからご挨拶をと思いまして……」
それに、カクカクシカジカでここに居ないとまずいものでして、と事情を説明した。
その後少し話をしたが、姉ちゃんはまた先週からデーバス王国との国境紛争に駆りだされて遠征しているとの事だった。聞いてなかったよ……。
それから、噂には聞いていたがローガン団長は今年一杯で勇退するらしい。
「俺ももう四十五になるからな。体力的にそろそろ厳しくなってきた。タークもヴィッシュもセーガンも充分に成長しているし……」
タークと言うのは第一中隊長のタクラード・ゲンダイル子爵のことで、ヴィッシュというのは第二中隊長のヴィシュール・バルキサス士爵の事だ。そして勿論、セーガンは第三中隊長のセーガン・ケンドゥス士爵の事である。
「それに組織の若返りも必要だろう」
第一騎士団は若返りが必要というほど年寄りばかりではないと思うけどね。
小隊長や中隊長への競争にあぶれた人は第二以降の騎士団に移籍する人もいるし、それ以前に出身地や別の郷士騎士団の隊長職に引っ張られて退職する人もいる。それらの退職者が出て減った分は毎年十人前後、新たな従士だって入団してくる。平均年齢は二十代後半から三十くらいなんじゃないか?
充分に若者揃いの組織だと思うけどねぇ。
まぁ、他の騎士団と比べれば平均年齢は七、八歳は高いかな。
「誰が俺の後任になるにしても暫くはジェフにサポートさせるし、ジェフが退いた後は残りの誰かがジェフの後を継いで副団長になるはずだ。お互いに知らん仲じゃ無いから上手くやってくれや」
寂しくなりますね。儀礼的な上辺だけの言葉だが便利な言葉だ。でも、俺はこのローガン団長のことは好きだった。姉ちゃんを庇ってもらった恩もあるが、何故か好きだったんだ。
「俺も田舎に引っ込んでのんびりとやりたくもなってきたのさ、女房には苦労させ通しだったからな」
ローガン団長の本来の領地であるカソイデルという街は王都から東に五百㎞も離れたザーム公爵領にあって、更に東のリーンフライト伯爵領との境に近い場所らしい。それに加えて天領であるゴルッツ侯爵領に団長昇進と同時に改易された領地、ハムラという街もある。飛び地の領地なので騎士団長を退いたとしてもしょっちゅう移動しなきゃならんだろうから“のんびり”とした生活とは言えないだろうがそれでも精神的に楽になるのだろうな。
そんな折にリチャードが戻ってきた。殿下は団長と二言三言、会話を交わすと俺を伴って二の丸から本丸を守護する三階建の櫓に来いと言う。団長に挨拶をして殿下の後に続いた。
・・・・・・・・・
「よく頑張っているようですね、グリード。褒めてつかわします」
「はっ、有り難き幸せでございます」
臣下の礼を取って跪く俺の前に居るのは第一王妃のモーライル妃殿下だ。当然、四人の妃殿下の中では一番年上であり、リチャードの実母に当たる。階層守護者について知る数少ない人の一人でもある。流石に国王陛下の都合までは付けられなかったようだ。
階層守護者の紋様の入った【二重の工具入れ】を差し出して検分して貰う。
「ステータスオープン……この袋、武具とは異なりますが確かに階層守護者のもののようですね。……ん? 中に何か? 魔石か?」
あ、魔石出すの忘れてた。
それにワイヴァーンの鱗も。
「中には十層の階層守護者であったグレート・アンダーグラウンド・ヴォジャノーイの魔石と、十一層の階層守護者であったと思われるワイヴァーンの魔石と鱗が入っております」
「なんと! この短期間に二層もか? ほう、大きいな」
長径三cm、短径二㎝程の鱗を見てモリーンが言う。
それ、結構小さい奴じゃんか。
彼女の脇に控えていたリチャードも目を丸くしている。
「ステータスオープン……これは!」
ワイヴァーンの鱗のステータスを見て驚くモーライル妃殿下。ワイヴァーンの鱗自体は貴重品だし、それに伴ってかなり高価だが王族が驚くに値するようなものでもない。ロンベルト王国内だって僻地にはワイヴァーンだって生息しており、十年に一度くらいはその土地の郷士騎士団に倒されているのだから。
「……」
ワイヴァーンの鱗を見つめたまま沈黙された。
「この鱗は魔法の品でもあるようですね。全元素の魔力の反応があります……。原種ワイヴァーンだから……?」
沈黙してたのは魔力感知でも使ってたのか。
ワイヴァーンの鱗が貴重品だというのはもうとっくに知ってんだし、最後に公告を出すというお褒めの言葉でも賜ってそろそろ終わりにしてくんねぇかな? サンダーク商会に持ち込みたいんだよ。
「グリード。このワイヴァーンの鱗は一頭分あるのかや?」
モリーンはスッと目を細めて尋ねた。
「は。一頭分、丸々ございます。念の為、頭部も切り離して持ち帰ってございます」
「ほう! 尻尾や爪は?」
尻尾はともかく、爪かよ。誰も売れそうだなんて言わなかったから何もせずあの場にうっちゃってきたわ。
「いえ、そちらは……肉も臭かったので……回収はしませんでした」
「そうか……見てみたかったのじゃがな……しかし、頭を持ち帰ったのは素晴らしいな。公告を出す時には頭を横に置いたら良いと思う。妾も一度見てみたいしの」
うん、俺もそう思ったから頭はズールーに担がせたんだよ。
嘘だけど。
ありがとうな、ズールー。
「それと、この鱗じゃが、どうするつもりか?」
「は、まだ特に決めてはおりませんが、大手の商会に持ち込むか……どこか鎧専門の工房に持ち込んで鎧と盾を仕立てようかと……」
「ほう、てっきりそなたの商会で鎧に仕立てるのかと思うたぞ」
それが出来りゃそれもいいけど、鱗の処理法も知らんし、ゴムプロテクターには使えないだろうから最初から選択肢にない。餅は餅屋だろう。それを説明した。モーライル妃殿下は何事かリチャード殿下に囁いた。それを聞いたリチャード殿下は大声で衛兵を呼ぶ。
現れた衛兵の一人にモーライル妃殿下が自分の指から外した指輪を渡して国王を呼ぶように命じた。
はん?
仕方ないのでひたすら跪きながら畏まっているしか出来る事は無かった。
妃殿下と殿下は何やら深刻そうにぼそぼそと話をしている。
妃殿下は何処か楽しそうで、殿下は辟易としている印象を受けた。
そうこうしているうちに国王が現れた。
「何事か?」
ちらりと俺を一瞥しただけで玉座に着いた。
妃殿下が耳打ちする。
「なに! ザームがいつも自慢してるアレより凄いのか!? どら、ステータスオープン……ふぅむ、原種ワイヴァーンか……」
だから何さ。
「おい、グリード。この鱗、一枚あたり十万Zで買ってやる。どうだ?」
え? ええぇぇっ!?
「は?」
絶句した。
だって、数千枚じゃきかない程大量にあるぞ?
剥ぎ取るのに十人で六時間以上も掛かったんだ。
一万枚だとしても十億Zだ!
す、すげぇ!
勿論鎧に仕立てたらもう少し値は張るだろうし、二、三着は作れるんじゃないか?
だが、作成には半年や一年は掛かるだろうし、工賃が追加される程度じゃないかね?
とは言え、流石に全部は買ってくれないかな?
「あなた、グリードも一流と言って良い冒険者ですよ。価値ぐらい知っておろうに。のう?」
「はっ」
危ねぇ。騙されるところだったらしい。
「冗談だよ。冗談」
嘘こけ。
「一枚二十万で買う。これなら文句ねぇだろ? どんくらいあるんだ?」
倍かよ!
凄ぇ!
「は。そちらはかなり小さい方ですが、大きさを無視すれば全部で一万くらいはあるかと……」
ホクホクだな、こりゃ。
「あん? おい! ふざけんな! これで小さいって……最大クラスの鱗だぞ、これ!」
国王だけでなく妃殿下も殿下も非常に驚いていた。
普通のワイヴァーンの全長はいいとこ七、八m程度で、鎧に使える程度の大きさの鱗は二千枚、一着分を取れるかどうか、という程度らしい。盾まで考えると無理というのが常識なんだそうだ。ある程度サイズの揃った鱗でないと格好も良くないし、あんまり小さいと流石に加工も無理なんだと。一定以下のサイズになると防具ではなく剣や槍の鞘などにしか使えないし、未加工になってしまうので強度も落ちるそうだ。
今見せた鱗の倍以上の大きさを指で作って「一番大きいのはこのくらいでしょうか」と見せたら、あんぐりと大口を開けたばかりでなく、目がぎらつき始める始末だった。
結局、急いでバルドゥックに戻って、切り落とした頭部と鱗を全部持って出直す羽目になった。価格については王室が懇意にしている職人を招いて精査させるらしい。俺としてもそこまでの価値の物だとは思ってもいなかったので、急いでバルドゥックに戻ることに面倒さなどいささかも感じなかった。
ご感想にてローガン男爵の領地の「改易」についてご指摘を頂いております。確かに江戸時代であれば所領を没収されたりなどのことを「改易」と呼びます。しかし、ロンベルトの初代国王は江戸よりもずっと前の時代の人という設定です。この時代の「改易」は領主の変更を意味します。
第一騎士団長であるローガン男爵は、平騎士からいきなり団長に抜擢された訳ではありませんので、中隊長時代には士爵として小さな村を領地として貰っていました。その後団長職に昇進した時に、元々持っていた男爵とは別の(二つ目の)男爵位を授爵し、それに伴って相応しい街を領地として貰います。その際には当然、中隊長昇進時に貰った士爵位とその領地であった村については返上する形になります。
従って、中隊長時代の領地から団長時代への領地に転封された形に近い状態になります(本来の領地についてはそのままなので転封とは違いますが)。ですので、改易が適切だと判断しています。
頂いたご感想は全て拝読させていただいております。
大変失礼ですがお返事は活動報告の方でさせていただいています。
全てについてお返事できないのは心苦しいのですが、どうかご容赦くださいませ。
たまに活動報告の方にも目を通していただけると幸いです。
また、大手通販サイトで三巻の予約販売が開始されたようですね。
是非この機会に既刊の一、二巻もどうぞ宜しくお願いします。




