第二百二十四話 意外?
7447年4月27日
バストラルはまずゴブリンの魔石を取り出した。
数は八個。
価値の低いゴブリンの魔石の数なんか誤差だからこれはあまり大きな問題にはならない。
そして次に取り出すのはオーガの魔石だ。
試験初日のあの日以降、バストラルも、エンゲラにも変わった様子は見られなかった。
だからそれなりの数は得られている筈だ。
一つ。
二つ。
三つ……。
不安げな顔つきのまま一つづつ丁寧に取り出した、その数は合計七個。
……これはまた……なんとも微妙な……。
確かカームたちの記録は五百九十万二千二百Z。
ゴブリンの魔石で勝負が決まるか……。
とにかく、ダンヒルの親父の付ける買取価格が全てだ。
俺の【鑑定】でなら結果は計算すりゃすぐに判るし、実はさっさと暗算をしているので結果も判ってはいる。
しかし、魔道具の秤にはほんの僅かだが多少の誤差もある。
その誤差だって勝負のうちだ。
……。
…………。
ダンヒルの親父は十個の玉が四列、四個の玉が一列、その後は十個の玉が二列に四個の玉が一列という並びが交互に十列以上も並ぶ幅の広いソロバンを使って計算している。俺にとっては慣れてもあんまり使い易いものじゃない。だから俺も日本風のソロバンを作って普段はそっちを使っている。十二列しかない小型のものだが、やっぱ日本風の奴のが使い易いんだよね。竹が無いから作るのにはそれなりに苦労した。大昔、生前、ガキの頃に仕込まれた技術だが、体が覚えてるって奴だ。
昭和五十年代にガキを過ごした年代だと文公式やソロバン教室に通っていたガキはちっとも珍しくない。四十人以上いる小学校のクラスで半数くらいはどっちかに通っていたもんさ。
板に彫られた溝の石をコロコロと上下に移動させながら、ダンヒルの親父の計算が終わった。
「オーガの魔石七個に、ゴブリンのが八個か。……全部で五百九十万二千二百Zだな」
おお。という声が上がる。
ぴったり同額だ。
バストラルが出したオーガの魔石の価値の方がカームの物より僅かに高かったのだ。
足りないゴブリンの魔石を補うくらいには。
「同じか……」
俺もつい呟きが口を突いて出た。
魔道具ダンヒルのカウンターを覗き込んでいた全員が俺に注目したのが判る。
流石に同じというのは想像の埒外だった。
バストラルたちが勝利した場合、カームたちが勝利した場合。
その勝利度合いによって多少変わるが、それぞれに対しての案もあった。
勿論バストラルたちが勝利すれば大きく変わらない。
ただ、カームたちが負けたにしても惜しいようであれば(実はオーガの魔石一個か二個程度の差であれば、と思っていた)カームとキムについてはたまに殺戮者、もとい、救済者に同行させて経験を積まそうと考えていた。
その逆でカームたちが勝利したのであればエンゲラについては虐殺者の固定リーダーにして、バストラルにその補佐をさせようと思っていた。
流石に全く同じ金額として判定されるとは思っていなかった。
俺の脳内ソロバンにミスがなければだが、カームとバストラルでは魔石の価値の合計はバストラルの方が十二だけ多かったと思う。
買取金額に換算したら百Zにも満たない僅かなものだけど。
「このあと全員ムローワに集合だ」
そう言うと踵を返した。
俺の横には青い顔をして、ぐっしょりと冷や汗を掻いていたバストラルが泣き笑いの顔をして俺を見ていた。
無表情を保とうと思っていたが、苦笑が漏れてしまう。
完全に表情を消せるベルはすごいな。
店を出ると全員が外で立ち尽くして待っていた。
少しでも早く結果を知りたかったのだろう。
心配そうな表情を浮かべていたエンゲラは俺とバストラルの顔を見比べて判断がつかないようだ。
微笑を浮かべてエンゲラを見た。
エンゲラは目を瞑って少し俯いたあと、顔を上げた。
最近たまに見られるいい笑顔だ。
俺の後を付いてきた奴らも全員が俺の目の前に立った。
未だ青い顔のままのバストラル。
それ程ではないがやはり緊張した面持ちのカーム。それにキム。
自信があったのだろう、いつも通り、落ち着いた表情のミヅチ。
既に諦め顔ではあるが、どこか期待を隠せないでいるケビン。
期待に胸を膨らませていたジェルとミース。
彼らはジンジャーの表情を見て結果を想像してしまったようだ。
相変わらずこんな時にバルドゥッキーを食っているラルファ。
トリスの表情を見て結果に想像がついたようなズールー。
その他、一次試験で足切りされ、護衛として二次試験について行ったものの、未だ結果について不明そうなメンバーを思いやって口を開かない皆の前に立った。
「おめでとう、カーム、キム。それからバストラルとエンゲラ。同額だし四人とも救済者だ」
そう宣言すると一気にざわついた。
「それから、ジンジャー、ジェル、ミース。惜しかったな。ビンスも残念だった。ロッコとケビンは……相手が悪かった」
更にざわめきが大きくなりそうなところでもう一言。
「カームもキムも安心するなよ? 次は挑戦を受ける側になることを忘れるな」
そう言うと、すっかり忘れていたのだろう他のメンバーの顔付きが少し変わった。
「じゃあ全員でムローワに行くぞ。昼飯でも食いながら今後の体制について話そう」
・・・・・・・・・
殺戮者の新体制は次のように決めた。
まず、救済者。リーダーは基本的に俺。迷宮の最前線、下層部が主な担当だ。そして、メンバーは荷運びのギベルティを別にしても今回カームとキムが加わった事で戦闘要員は十二名となる。
勿論、全員一度に転移することは適わないのでここから最低二人、可能であれば三人が常に出向する形になる。相変わらずグィネ以外は持ち回りに近い形での当番のようなものになるだろう。
次に虐殺者。普通の冒険者パーティーなら主力も主力、迷宮の六層を通り抜けられる程の実力を備えている。殺戮者だと中層担当になっちゃうけど。今回ここから二人抜け、そのままだと陣容が薄くなる。従って補強を行う必要があるのだが、今回弓使いのカームと槍使いのキムが抜けたため、それを補う意味でポジションが重なるジンジャーとヒスを移籍させた。
ジンジャー、ロッコ、ケビン、ジェル、ミース、ビンス、ヒス、ヘンリー、ルビーの九人体制で、ここに救済者からの出向リーダーが一人加わる形になる。
そして、根絶者。一流の冒険者パーティーとまでは行かないが、二流から一流半程度の力と見て良く、実績も出始めている。四層までの上層担当だ。今回、ジンジャーとヒスが抜け、戦力ダウンが著しい。
固定メンバーはサンノ、ルッツ、ロリック、デンダー、カリム、メック、ジェスの七人になってしまった。可能であれば救済者から二人出したいところだ。戦闘奴隷を一人二人、補充することも考慮に入れるべきだろう。半分以上その気にはなってるんだ。
そして、お楽しみのゴールデンウィークの発表だ。
明日か明後日、バークッドから隊商もやって来る。ひょっとしたら昨日か今日あたり、既に到着していてボイル亭で待っていてもおかしくはない。それに、可能であればサンダーク商会にも行って例のアミュレットがどういう状況であるか話も聞いておきたい。また、トゥケリンのところに出向いて防腐剤についての話もしたいし、当然グリード商会だって放っておけない。勿論、ミラ師匠のところへ行く事だって忘れちゃいけない。
今日、これから来月五日迄休みにし、六日に全体訓練、七日から迷宮に行くことを発表した。
また、同時に今回得た魔石の販売額、合計六千八百万Z弱についても俺の戦闘奴隷を除く全員に救済者相当の二%、今回は特別に端数切り上げで136万Zを支給した。二十一人に支給したので二千九百万くらいがボーナスで消えた。
ここで、ケビンがデンダーとカリムの分も受け取ったロリックを羨ましそうに見て言った。
「俺も戦闘奴隷買おうかな……ヘンリーくらいの腕がありゃ相当役に立つし」
勿論構わんよ。
ちゃんと働いてくれるならその分も払うさ。
「ケビン、あんたねぇ、ちょっと考えなさいよ。奴隷は食べさせるだけでも結構大変よ? 戦闘奴隷ならそれなりにちゃんとした休息場所も必要だから最低でもあたいと同じ、シューニークラスの宿も取った方がいいし、食事もちゃんと食べさせなきゃ。それに給料だって必要だし装備も揃える必要があるんだよ?」
キムがケビンを小馬鹿にしたように言った。
確かにそりゃそうだ。
他にも結構気を使うしね。
「はは……まぁ確かにそれなりに出費は嵩みます。デンダーとカリムだって何もしなくても毎月それなりに必要ですからね」
少し控え目にロリックが言う。
今回、往路でしか戦闘しておらず、試験中はずっと誰かの護衛兼監視だったために同じ分け前を貰うことに心苦しいのだろうか?
でも、ロリックの言うことは尤もな事で、ケビンの言うヘンリーを例に取ると、宿代で毎月六万Z、朝晩の食費でそれ以上。これは俺が無制限にしているからというのもあるけど。その他給料なんかも入れて毎月二十万くらいはかかっている。
普通の、一層を主な仕事場とするようなうだつの上がらないパーティーに所属する冒険者だと毎月そのくらい稼げるかどうかだ。一人前の冒険者程度の費用を掛けているお陰で迷宮ではヘンリーのパフォーマンスが落ちることはないが、扱いが酷いと宿や食事のランクも落とされてるから、戦闘奴隷は十全なパフォーマンスを発揮出来ないだろう。
「それにもし死んじゃったら終わりだしね……」
ミースも追随して話に参加した。
「ヘンリーは元々騎士らしいから二千万したって言うし、装備だって結構お金掛かってるんだよ?」
それを聞いてケビンは納得顔になった。ロッコは隣で黙って聞きながら指を使ってテーブルで筆算をしているようだ。そして、おもむろに口を開いた。
「ふっ、ケビン、よく聞け。ここんとこ俺たちは毎月二百近く稼いでる。百九十万以上はあるだろう。今年に入ってからへーきんすると二百十万だ」
それを耳にした全員、頭の上に?マークが浮かぶ。毎月二百万「近く」であれば平均は二百を超えることはない筈だ。まぁ、実際のところは今年に入ってから虐殺者はゼノムが指揮する時、偶にオーガの魔石を得る事もあるので、平均すると確かにそのくらい稼いでる。でも、やっぱりこいつが入れ替え戦で勝たなくて良かったと少しだけ思った。
「ここから自分自身の生活費として四十万を引く。残りは百七十万。ヘンリー並みの戦闘奴隷を購入するとしたら、だいたい一年くらいかかる。装備品も考える必要はあるが、ま、いいだろ」
ここは合ってるだろう。毎月の生活費が四十万ってのは一流冒険者だと最低クラス、二流冒険者並みだけど。
ま、日光時代の彼らもそんなもんだった筈だし。
「一年後、戦闘奴隷を買う。そうすると使える金は……二百十万の二倍から四十万と二十万を引いて三百六十万だ。だが、それまでの一年間、あんまり贅沢もせず、ハニーコレクションにも行かずとの差し引きになる。その後、更に半年も同じくらいの生活で我慢をし続けて、やっと戦闘奴隷を買った分の回収が済む勘定だ。お前の二十代最後の年がそれで良いなら構わんが」
本当の最初以外は意外にちゃんとしてた。ついでに結構理路整然とした説明になっていた事に俺を含む全員が驚愕していた。
「いいか? 一年半も遊ばずに迷宮でシコシコ頑張って、やっと元が取れる。それまでに自分が死にでもしたら目も当てらんねぇし、うまく行ったとしてそれ以降、半年とかで奴隷が死んでみろ。そうなったら俺はお前のことをアホと呼ぶだろう」
思いっ切りケビンを馬鹿にしたような顔つきでロッコは締めくくった。
う……む。
戦闘奴隷の例に元騎士のヘンリーを出すのは如何なものかとは思うが、元々ケビンの要望でもあるからこれはいいだろう。
だが、あのロッコがねぇ……。
ケビンもぽかんとしてロッコの顔を見つめているばかりだ。
「ロッコ、あんた、変なものでも食べたの?」
ジンジャーも驚いた顔で言う。
「あん? 変なものってこいつか?」
香草を練り込んだバルドゥッキーを先の割れた舌で舐めまわしながら下卑た顔つきでジンジャーに返答するロッコ。
ジンジャーは「死ね!」と言ってヒスと別の話を始めた。
「ジェル、貴方も今のロッコの言うこと解った?」
少し離れたテーブルでミースがジェルに聞いている。
「ああ、解るぞ。当然だろ?」
事も無げに答えるジェル。ミースも満足そうな顔をしていた。
「じゃあ、救済者に行った時と虐殺者に留まった時とでどのくらい違うか今晩説明して。お金以外もお金に換算してね」
「おう、きっちり説明出来ると思う、ぞ?」
あ、それ俺も聞いてみたい。
でも何で疑問形よ? まだ自信ないのかな?
・・・・・・・・・
昼食の後、宿に帰る。
着替えてシャワーを浴び、神社のロッカーに金を預けて戻ってきたら丁度バークッドからの隊商が到着していた。今回、隊商を率いて来たのはなんと、従士長のショーンだった。
ミヅチと親しげに話をしていた。
一晩バルドゥックに泊まり、明日の朝王都へと向かうと言っている。
特別反対する理由はない。
殺戮者も大型連休に入るので王都へ行く奴も何人か居るだろう。
気の早いラルファ、グィネ、バストラルなんかもう着替えを持って乗り合い馬車へ駆け込んで行くところだ。
付き添ってきた若手の従士たちにせがまれて迷宮での話なんかをして日が暮れていった。
ロンスライルに戦闘奴隷を注文するのは……明日以降暇な時でもいいや。
夜寝る前に、部屋に来ていたミヅチが「明日はちょっと驚くことになるかもよ?」とか言っていたのでなんのこっちゃと聞き返したが教えてくれなかった。
・・・・・・・・・
7447年4月28日
朝起きて皆でいつものようにランニングをした。
昨晩王都に行ったのはラルファたちだけじゃないようで、殆ど救済者と俺の戦闘奴隷くらいしか居なかった。それ以外で一緒に走ったのは救済者入りが決定して気合の入っているらしいカームとキムだけという有り様だった。ま、いいさ。他の皆は大型連休の初日だし単に寝坊しているだけかも知れん。特にロッコとケビンは一昨日から昨日にかけて徹夜でオーガを相手にしていたのだ。それなりに疲れも溜まっているだろう。
ランニングから戻ったら、ショーンたちは既に出発の準備を終えていた。それを見て、俺とミヅチは急いでシャワーを浴び、着替えて軍馬に跨ろうとした。待たせて済まんね。すぐに出発しようとしたら、ミヅチが朝飯食ってないとか抜かしやがる。でも、それもそうだ。朝飯くらい十分で食える。隊商には少し待っていて貰って二人で朝飯を食いに行った。
ミヅチはしっかりとお茶まで飲んで余裕かましてやがった。
俺もだけどさ。
トリスとベルも今日の午後あたり二人一緒に王都に行くそうだし、ゼノムは明日ゆっくりと焼酎と燻製を仕入れに行くと言っていた。俺の戦闘奴隷たちとギベルティも、カームとキムが遊びに行くついでに一緒に王都に連れて行ってくれるそうだ。ズールーだけは別口で王都に行くようだ。ははぁん、ムローワの姉ちゃんか。
ま、俺とミヅチは隊商の護衛の従士に歩きも居るので二~三時間掛けてのんびり行くさ。
王都のグリード商会には昼前に到着したが、驚いたことに殺戮者の殆どの奴が居やがった。しかも、皆結構いい服まで着ている。
ここに居ないのは……ラルファとグィネ、キャシーと後は俺の奴隷くらいのものだ。
トリスもベルも、バストラルもゼノムまで居た。
カームもキムもジンジャーたちも居る。
のんびり飯食って、てれてれと来る間に先回りしていたのか。
それどころかロッコやケビンまで似合わない服に身を包んでいた。
「おい、なんで皆居るんだ? それにあの格好……?」
思わずミヅチに尋ねた。
「ふふっ、驚いた?」
驚いたよ。




