第二百二十三話 入れ替え戦
7447年4月15日
結局九層の守護者であるミノについては、最初に正面から戦う時に限って引き続き網撃ち銃を使用して倒していた。まだ入れ替え戦もやってないし。多分あの実力の飛び抜けたミノは混じってはいないだろうが、やはり不安だったのだ。ミヅチもゼノムもトリスも何も言わなかった。
その後は十層に行ったり、九層のミノを背後から襲って倒したりして過ごしていた。
皆の関心事は迷宮から上がって一日おいた来週月曜日、十九日から行われる入れ替え戦だ。
「サージ、ズールー。お前らどうなんだ? 自信はあるのか?」
トリスがバストラルとズールーに尋ねている。今回エンゲラは根絶者へ出向しているのでこの二人が話のターゲットになっているのだろう。
「何言ってんすか、トリスさん。大丈夫に決まってんじゃないですか。さっきのグレートトロール仕留めるとこ見てなかったんですか!?」
「仮に挑戦を受けてもいつも通り、やれることをしっかりとやるまでです。ご心配には及びません」
バストラルは自信満々に、ズールーは淡々として返答していた。確かにバストラルは前回の入れ替え戦時よりもオーガやトロール相手の戦闘には更に慣れてきており、他のメンバーと同様な気持ちで見ていられる。昔みたいにはらはらともせず、必要以上に注意を払う事もなくなって来た。
ズールーはズールーで相変わらず己の仕事を全うすることに全力を傾けている。やることをしっかりやっている奴はそう簡単に動じないし、負けた時は悔しいがそれも仕方ない、更に精進してまたひっくり返せばいいだけだ、という境地にあるように見える。
俺の目から見ても今の彼らであればそう簡単に打ち破られるなんて事はないだろう。結構高い壁になってると思うよ。
「それはそうと、アル、ちゃんと魔力残ってるんでしょうね? 早く見てよ」
ラルファが尋ねてきた。
全く本当にこいつは……。
「ああ、お前、二レベル」
「ええっ!? そんなっ!? ……に、れべ……そんなぁ……」
目を見開いてかなり大きなショックを受けている。
「そんな訳無いだろ、ばか。そもそも即答してるし。こんな短時間で発動出来る訳無いだろ」
トリスがやれやれとでも言うように苦笑いを浮かべながら言う。ゼノムやグィネも何でこいつはすぐに気が付かないんだろうと言うような少し呆れ気味の表情を浮かべている。昨日まで一回あたり二十分以上の時間を掛けていたのだ。
本当に光る目の魔術を一瞬で発動出来るようになるにはあと千回くらいは使わないと無理だろう。昔のように毎日複数回の魔力切れまで頑張ったとしても何ヶ月も掛かるわ。
「くっ、この……」
言われてから初めて気が付いたようだ。
かなり恥ずかしそうだが、悔しそうに俺を睨んでいる。
「からかうのもいい加減にしなさいよ。可哀想じゃない」
ミヅチが呆れたように俺を窘めた。
ラルファがあんまり期待を込めた目つきで見るし、生意気な口の利き方するし、ちょっとしたいたずら心だよ。
その後、結局二十レベルと聞いて少し安心したような顔をしたものの、悔しそうだったのには変わりがない。と、言っても、それはゼノムはともかく、既にレベルの判明しているミヅチやエンゲラよりも低いことに対してのようだ。
この日はズールーとギベルティのレベルについて鑑定した。ズールーは二十一レベル、ギベルティは六レベルだ。
明日以降は魔法の品を鑑定しなきゃね。
・・・・・・・・・
7447年4月19日
今回、体力テストである一次試験の突破者は当然ながら増えていた。
前回にひき続いてカームとキムの組。
これは余裕のクリアだ。
前回は惜しかったジンジャー、ミース、ジェルの三人組。
またミースが足を引っ張ったが、引っ張り度合いがかなり減ったのとジンジャーとジェルが記録を伸ばしたために少し余裕を持ってのクリアとなった。
そして、一人で挑戦するビンス。
閾値ギリギリでの通過だが大したものだ。
意外なところではロッコとケビンの組だった。
ケビンの記録は閾値に十五分近くも及ばなかったが、ロッコが異常な早さを見せて結局本当にギリギリだが通過したのだ。ロッコの健脚具合は閾値を決めた時のミヅチをも上回る。
凄いな、こいつ。
実のところ、以前から思っていた。
ロッコは体力テストさえ通過すれば単独で挑戦して敵わないのは俺、ミヅチ、ゼノム、それから微妙なところだがラルファくらいだろう。魔法があるから短時間での勝負ならベルやトリスにも負けてしまうだろうが、魔力の回復について心配はいらないからそれなりの長丁場であれば彼らに対して優るところも多い。勿論敵わない部分も多いけど。
少しいい加減でちゃらんぽらん。オツムも緩いお調子者に見える。しかし、長年日光で強襲前衛として第一線を張ってきた実力は本物だ。
年齢も冒険者として脂の乗り切った三十一歳。
そろそろ下降線に入りつつあるが、各種能力値は今が一番高い時期でもある。
惜しむらくは得物が長剣だから決定力に欠けるという点だ。
それに、一撃でもまともな攻撃を貰えばそこで終了だし。
流石に一人では辛いだろうな。
挑戦についての指名権はこの一次試験の順位で決まる。
前にも言ったが同じ奴への挑戦は出来ない。例え挑戦を受ける側が最初の挑戦者を跳ね返したとしても、次点の奴が同じ相手に挑戦する事は出来ない。丸一日の試験なので休息も必要だし、連戦させる事は控えさせた。相手によってペース配分などの作戦も変わるだろうから一回の試験結果を他の相手に適用することもしない。不満なら一次試験の順位を上げればいいだけの事だしな。
カームとキムは当然ながらバストラルとエンゲラへ挑戦すると宣言した。
バストラルとエンゲラは元々覚悟が定まっていたので、彼らには何の動揺も見られない。
ここがロッコとケビンなら彼女らよりも高い確率でひっくり返りも……。
とは言え、一番ひっくり返る可能性は高いと思う。
ジンジャーら三人組はズールー、トリス、ラルファへの挑戦を表明した。
ベルやミヅチは弓も上手に使うし魔法もあるから避けたのだろう。
挑戦を受ける方の三人は胸を貸してやるくらいの面持ちでいた。
誰かが油断してオーガの攻撃を受け、トリスとラルファの魔力が治癒で尽きるようなことでもあれば可能性はある。
ビンスは散々迷っていたが、ベルとミヅチではベルの方が与し易いと踏んだようだ。
ゼノムを相手にすることは最初から眼中にはないみたい。
ベルは無表情で挑戦を受け入れた。
ここは厳しいだろうなぁ。
そして、ロッコとケビンはゼノムとミヅチに挑戦状を叩きつけた。
半ば破れかぶれの雰囲気だったがもうそれしか残ってねぇしな。
ここは絶対に断言出来る。
ひっくり返りはあり得ない。
明日明後日は十分休養して疲れを抜き、明々後日、二十一日から二次試験の開始だ。
今回は七層に行くのに挑戦者たちに加えて護衛と監視者も居るから殺戮者全員で向かう事になる。勿論、一緒には行動出来ないから、六層の転移水晶の部屋まではパーティーを分ける必要がある。挑戦者と挑戦を受ける側が同じ組にならないようにして、八人づつ分けた。
それぞれをトリスとミヅチに指揮を任せた。特例で被挑戦者から免除されているグィネはトリスの組、ギベルティとヒスはミヅチの組だ。
俺はサンノとルッツ、そしてロリックに彼の戦闘奴隷二人に加え、俺の戦闘奴隷四人の組を指揮して六層の転移水晶を目指す。彼らにとっては五層はともかく六層は初めての経験となる者が多い。俺がつかなきゃ誰がつくってなもんだろう。
こうしてみると虐殺者は全員挑戦権を手にしたんだな。
・・・・・・・・・
7447年4月27日
二次試験を終え、丁度お昼に迷宮から戻ってきた。
四日間に亘って行われた二次試験だが、全ての結果はまだ判らない。
得た魔石については未だそれぞれの袋の中であり、俺も見ていないから魔道具屋で換金するまでは本当に判らないんだ。護衛と監視の意味も含めて、試験の際にはどちらかのチームには同行していたものの、片側、しかも半日くらいしか見ていないからね。
結果が判明しているのは一組。試験開始から数時間でオーガの棍棒を腰に受けてしまったビンスだけだ。彼がそれまでに得ていた魔石はオーガから一つ、ゴブリンから三つだったので流石にベルが負けるというのはあり得ないだろう。
全員が興味津々のようだ。今回、往路の三層と六層で合流を果たしたものの、やはり前回同様に挑戦者と被挑戦者はそれぞれ集まってヒソヒソやっており、途中で結果が判ってもつまらないだろうからと試験が終了しても魔石の販売が完了し、結果が完全に判明するまでは緘口令を敷いたのだ。
勿論試験に関係のない事については自由に喋らせた。特にオーガを初めて見たサンノとルッツを始め、ロリックと俺の戦闘奴隷たちは興奮を隠し切れない様子だった。
「じゃあ換金に行こうか」
ぞろぞろと大人数を引き連れていつもの魔道具ダンヒルへと向かう。店に入るのは俺と各組の代表者一名のみだ。結構狭いからね。
往路、六層までに得た魔石をまず換金する。採取の時に誤魔化されないよう、ちゃんとそれぞれのパーティー内で共同で管理していた。魔石は結合しない限り採取した日付が確認出来るが、それは俺の【鑑定】でしか判らないし。
その後はいよいよ試験結果となるそれぞれの魔石の販売だ。
まずは挑戦者側からだろう。席次が主席であったカームとキムの組の袋だ。
「ステータスオープン……ふむ。オーガの魔石七個に、ゴブリンのが十、いや十一個か。……全部で五百九十万二千二百Zだな」
ダンヒルの親父の言葉が妙に静かな雰囲気の漂う店内に響く。
彼女たちの護衛と監視には俺も半日付いて行った。流石に連続して丸一日の護衛と監視は無理だ。俺が見ていた時は慎重に一匹だけのオーガに狙いを定め、たった二人で確実に倒していた。その戦闘は危なげのない安定したものであった。
でも、合計で七匹とはそれなりに頑張ったようだな。
俺が同行したのは初日の夜中十二時から翌日の昼迄の半日だが、彼女たちは一日探索を行って疲れていただろうに、僅か五時間程の休息でシャワーも浴びずに七層への転移を行っていたのだ。
食事も基本的にはギベルティに作らせた弁当を移動中に食うという念の入れようだった。
後ろに控えているバストラルの顔については敢えて見ないように努め、ダンヒルの親父の手元に集中した。
次はジンジャーたちの組。これは俺は見ていない。
獲得していた魔石はオーガの物がなんと十一個! ゴブリンのは十八個だ。
合計九百二十八万四千五百Zと判定された。
幾らか溜息も聞こえる。
空になった袋を畳みながらジンジャーが咳払いをしたのが聞こえた。
そしてビンス。さっき言ったけど仕方ないね。
合計八十三万三千六百Z。
そう落ち込むなよ。一人だし、本当に仕方ない。運も大切だよ。
最後にロッコたち。俺も見てたがやはり大したものだったよ。
彼らが獲得していた魔石はオーガの物が九個、ゴブリンのは十四個だ。
なんとカームの組より多い。
俺の横に進み出てきたロッコの横顔はどこか自慢気に見えた。
合計七百五十三万六千八百Z。
結構な驚きの声が上がる。
「へっ。俺達は寝てねぇよ」
寝ろよ!
さて、次はいよいよ挑戦を受けた側の魔石だ。
まずはゼノムとミヅチ。
どうなのよ?
ゼノムは無造作に袋を逆さにする。
ゴロゴロと魔石が転がり出てくる。
その数、二十一個。ゴブリンのは無い。
買い取りを待つまでもなく彼らの勝利については疑いの余地はない。
ロッコの顎は床に着くかと思えるくらい大口を開いていた。
「三時間しか寝なかったからな」
あらら、それでこの数か。ゼノムも人使い荒いなぁ。ミヅチが「肌に悪かった」とかぼやいてた訳だわ。
そして、ベル。
相変わらず能面のような無表情で進み出るとこちらも無造作に袋をひっくり返す。
七個か。ベルの戦果にもゴブリンの魔石は無い。
これも買い取りを待つまでもないな。
ベルは定期的に生命感知を使い、効率よく一匹だけのオーガを探していたと思われる。そして、魔法と弓、接近戦になっても頑丈な剣を頼りに一気にカタをつけていたんだろう。
「一人で七個か……」
カームがぼやくように呟いた。
次は当然トリスが進み出た。
几帳面な彼らしく丁寧に魔石を取り出している。
数はオーガの魔石が十九個。ゴブリンのものは三十個以上あるように見える。
これも買い取り金額なんか意味ないだろう。
ラルファは殆どの魔力を生命感知に使っていた。
こいつら、三匹のオーガ相手にもラルファが「折角見つけたんだから」と言って立ち向かっていたんだぜ。
ついでに、六層の転移水晶の間に戻ることもせずに図太く七層の通路で野営しやがった。
俺がハラハラしてたわ。
「くっ……」
呻くようなジンジャーの声がした。
最後はいよいよバストラルだ。
青い顔をしている。
おい、まさか!?
でも、あり得る。
バストラルは袋に手を入れ、魔石を取り出し始めた。




