第二百二十一話 鑑定1
7447年4月9日
ベルと話してからたっぷり二日ほど、引き続いて執銃についてしっかりと皆に叩き込む。その間俺は空き時間の度に「考え事がある」と言って一人で考えたりしていた。
その後、迷宮から戻り、魔石を換金して入り口広場に引き返すと丁度、他の皆も地上に戻ったところだった。いつも通りムローワの屋台まで移動して、戦果の情報を交換し終わると口々に次の入れ替え戦について訊かれる。
うん、予想してた。
「今月もう一回迷宮に入ってその後の休日に入れ替え戦だ。だから十八日以降になるな。それから方法だけど、もっと解り易くて簡単な方法にする」
入れ替え戦の条件については今回の迷宮行の最中に考えていた。前回はあまりにも過保護に過ぎた。
皆が次に俺が何を言い出すのか注目している。
「当然体力テストは今まで通りだ。これは迷宮から上がって翌日、と言うのもキツイだろうから十九日にやる。それを通過したらそれぞれの組毎に誰に挑戦するのか確認する。いいな、ここまでは同じだぞ」
皆、それなりに自信あり気な顔つきで薄笑いを浮かべている。
うん、相当頑張っているらしいからな。
ひょっとしたらカームとキムの組以外にも何組か、何人か通過するかも知れないな。
「ここからが違う。前回はいちいち時間を測ったり丁度良いオーガを探してゾロゾロ移動してたりして面倒臭かった。今後はこれから言うやり方を標準にする」
そこまで言って皆の顔を見回すと、「いいから勿体つけずにさっさと言え」と言っているようだった。はいはい。
「七層でオーガを相手にするのは変わりないが、今回からは一発勝負、試験内容は簡単だ。試験の期間は丸一日。その一日をどう使ってもいい。一日で七層からどれだけ価値のある魔石を持って帰れるかだ。勿論一個でもいいし、沢山でもいい。当然カウントするのは七層で得た魔石だけだ。魔石屋ダンヒルで換金して額面の多い方が勝ちとなる。な? 簡単だろ?」
んふ~、と溜息を吐くような音が聞こえた。小さな含み笑いも聞こえている。余程自信があるようだな。根絶者の方はともかく、虐殺者はあれで結構オーガとの戦闘経験も積んでいるようだしね。
勿論、それぞれの組には七層の地図も渡す。それに、不正防止の監視も兼ねて数人の護衛を付ける。だが、護衛は常に数十m以上の距離を空けて付き従う。コース取りや戦闘方法について確認はするが、挑戦者が決定した方法に口出しもしないし、意見を求められても答えることもしない。転移して来た最初の位置だけを地図上で教えるだけだ。また、モン部屋など危険過ぎる場所に突っ込んで行かないような安全装置の役目もする。
この護衛についてはそれこそ不正の無いように人選には気を使う。例えば、確実に挑戦されると目されるバストラル・エンゲラの組の護衛にはその時挑戦してない挑戦者からも最低一人は混ぜる。場合によっては挑戦される奴の試験順は一番最後に回して、護衛は挑戦者ばかりで固めてもいい。念の為に俺かミヅチのどちらかが混じっていればそう危険もないだろう。
「当然、普段使っている武器や防具を使ってくれ。誰かから借りたりするのは禁止する。試験の後に引き続いて使えないのはダメだし。あと、挑戦者は最初の体力テストの順位で指名権が優先されるからな。複数の挑戦者が同じ奴に挑戦して皆が勝っちゃったら色々面倒臭いし」
ここで何人か悲壮な顔つきをする奴が現れた。そこまで考えが及んでいなかったのだろう。現時点の挑戦者の最右翼は前回も挑戦権をもぎ取ったカームとキムだ。体力テストで彼女たちを上回らなければバストラルとエンゲラに挑戦出来そうにないからな。だけど、当たり前の事だけにすぐに納得はしてくれたようだ。
「当然丸一日をどう使おうが自由だ。途中で六層に引き返して休憩したり、睡眠を取ってもいいし、戻らなくてもいい。まぁ戻らないってのはあんまり推奨しないけどな」
その後は細々とした質疑応答が行われて話を終えた。
・・・・・・・・・
7447年4月12日
午前中の全体訓練を終えた。うんうん、今回模擬戦だけじゃなく攻撃魔術も練習させた甲斐があった。簡単に明日からの迷宮行について全員に訓示を垂れた後、昼食に向かおうとするロリックを呼び止める。
「ちょっと話がある。今のところあんまり周囲には聞かせたくない話だ。済まないが食事をした後、迷宮の中で話がしたい。ああ、念のため護衛にデンダーとカリムも連れて行こうか。と、言う訳で、今日の昼は悪いが酒は控えておいて欲しい」
ロリックは素直に頷いてくれた。元々昼間っから酒を飲むタイプじゃない。たまーに暑い日にビールを飲むくらいだし。追加で頼んだ氷浮かべてだけど。
あとは、予め話をしているミヅチと……ゼノムだろうな。
・・・・・・・・・
「どうしたんです?」
不思議そうな表情を浮かべロリックが尋ねた。
護衛のデンダーは一層に転移して来た転移水晶の辺り、カリムの方は水晶棒から四十~五十m程距離を置いた俺たちの更に四十~五十m先に配置してモンスターへの警戒に当たらせている。
「今回の休み中、ここ何年か取り組んでいた新しい魔術をついに完成させた。意見を聞きたくってな」
控え目に立っていたミヅチは自然な様子で俺を見つめている。
ゼノムは「ふーん」という表情だった。
「ああ……あれ。ステータスオープンの拡張でしたっけ。出来たんですか。良かったじゃないですか」
ロリックは、そうかいそりゃおめでとう、と言うように答える。少し気の抜けた様な返事だ。だからなんだと言うのか、とでも言い出しそうでもある。ゼノムの方も「ほう、そりゃあ良かったな」とこちらも少し拍子抜けしたような返事を返してきた。
尤も、元々の説明でも“手を触れずにステータスオープンを可能にすることを目指す”と言っていたからね。対象の名前や特殊技能の種類を多少離れたまま秘密裏に確認可能になるというのが売りなので、この反応はある程度予期していた。
「まず、この魔術は魔力を大量に消費する。今の俺でも五回使えるかどうかってとこだろうな」
「アルでもその程度の回数しか使えないって……どうなんだ?」
ゼノムが訝しそうな表情を浮かべ、髭をしごきながら尋ねる。
「うん。でもそれ以上の効果が見込める。少し時間をくれ。ロリックに使ってみる」
「いいですけど……手を触れないでステータスオープン出来るのは良いかも知れませんがねぇ。それ以上の効果と言ってもアルさんでも五回くらいって……」
少し落胆気味な返答を寄こしながらも俺から少し距離を取って迷宮の床に座り直すロリック。
ふふ、見てろ。
おもむろに精神集中を始める俺。
そう。
精神集中を始めたのだ。
実は新しい魔術を開発したのは本当だ。
この魔術を完成させるのには本当に時間がかかったのだ。
思い出した時に片手間でしか取り組んでなかったし。
名付けて「光る目」。
魔術の発動にはMAXレベルの無魔法に加えてこちらもMAXレベルの全元素魔法を必要とし、更にそれら各々を三十倍から三十五倍くらいで使う必要がある。使用MPは驚く無かれ1450だ。
なお、魔術の効果は読んで字の如く。目を光らせることが出来る。特に延長しなければ俺の肉体レベルに六十秒を掛けたくらいの持続時間があるが、これはいつでもキャンセル可能だ。魔術の効果を知って注意して見ていると薄暗い場所でなら俺の目が薄青く光を放つのに気が付く程度、という非常に優れものの魔術だ。
また、忘れちゃいけないのは使用MPが異常に多い為に見られたとしても誰にも真似出来ないだろうと思われることだ。よしんば真似出来る程の魔力があっても鑑定の魔術であると説明するため、効果と魔力の使い方が合っておらず光る目の習得すらも覚束ないであろう。
それ以外の効果は一切ない。
俺は魔術の発動のために全精神力を傾け、ロリックを睨みつける。
……。
…………。
完成した!
今俺の目は薄青い光を放っている筈だ。
「ロートリック・ファルエルガーズ、7444年11月11日改名。ロートリック・ファルエルガーズ、7428年12月7日改名か命名」
直後に当然【鑑定】を使い、鑑定ウインドウに記載されているロリックのステータスウインドウを読み上げ始める。
「男性、7428年2月14日誕生、普人族、ファルエルガーズ伯爵家長男、ファルエルガーズ伯爵騎士……」
ここまでは通常のステータスオープンで見ることの可能なウインドウからも得られる情報だ。
ロリックとゼノムは手も触れずに日付まですらすらと喋り始めた俺に少し呆れたような目を向けている。自分ではどの位時間が経過しているのか、大体のところしか解らない。発動に手間取ったか? それでも五分以内には発動出来るように練習はしてたんだがな。
極度の精神集中で俺の額には汗が浮かび、流れ落ち始めている。
「状態、良好」
「「え?」」
二人は少し驚いたように声を上げた。
ふふん。
「年齢、十九歳」
二人は少し落胆した顔になった。
あら。
「レベル、十四」
二人はよく解らない、というような顔になった。
「肉体レベルかしら?」
すかさずミヅチのフォローが入って理解したようだ。
十四という数字が高いのか低いのかについては彼らに解る筈もないが、ロリックの顔はどことなく満足そうで、少し鼻の穴が膨らんだのがわかった。
魔法の特殊技能のレベルと比較してあまりにも高い数字だからだろう。
因みに、もう解ってくれているとは思うけどトップチームに所属するメンバーとしては低い方と言えなくもないが、恥ずかしい程低い訳ではない。
むしろ当初のレベルを考えると、ここ二年で相当頑張ったと言えると思う。
「固有技能、耐性、括弧ウィルス感染括弧閉じ。レベル無し、横棒、いやハイフンか?」
「ええっ!?」
「むっ?」
レベル情報が無いという事については聞いていたものの、それがどういう表記になっているかは聞いていなかった、と思うしな。
「特殊技能、地魔法、レベル三、火魔法、レベル三、増えたようだな。魔法の特殊技能がレベルアップしたら言って来いよ。忘れんなよ。風魔法、レベル二、ウインドカッ、じゃねぇ、エアカッター使えって言ってるだろ。無魔法、レベル四」
「あ、ああ? ステータスオープン……っ! これは……」
「ふぅむ」
既にかなり感心した顔つきになっている。
忙しそうだね。
ミヅチはそれを横から見て少し微笑んでいる。
少し驚くことにしてたじゃんか、もう。
「……経験」
「はぁん?」
「あん? ああ」
「ええっ!?」
ミヅチの顔も驚いた表情を貼り付けている。
時期尚早としてまだ黙っていようと決めてたし。
お前が落ち着いてるからいたずらしたくなったんだ。ごめん。
「これは嘘。でも何かあるんだろうな。不自然な空行が幾つもある」
「アルさん「まぁ待て、もう少しある。ファルエルガーズ伯爵家、勃興、ロンバート・ファルエルガーズがロンベルト王国設立時の資金調達の報奨として下賜されて興す。現在の家督者はヴァリッシュ・ファルエルガーズで二十代目」
俺がファルエルガーズ伯爵家のサブウインドウを読み上げるとロリックの顔は目を見開いて口をあんぐりと開きっ放しとなり、驚愕に歪んだ。
そこまで驚く程かね?
俺もミヅチも信じられないと疑われることを避けるため、これを含むある程度までは話そうと決めていたが、これだって本気で調べればそう時間をかけることなく調査出来る内容だろう。何しろファルエルガーズ伯爵家は王国内でも結構有名だし。勿論、面倒臭いし、そもそも【鑑定】を持っている俺は調査なんかしてない。能力値については完全な信用は置けないが、こういった情報については信じるに足るものだろうとは思っている。調査なんかする訳ない。
「あ、その、アルさん、今の言葉は本当に……?」
「うん。書いてあることを読んだだけだけどな。調べた上で尤もらしく言った訳じゃないぞ」
「……」
「なんだよ?」
ロリックは真剣な顔で俺を見詰めたまま黙している。
「今の件についてはこの場の人以外には黙っていて貰えませんか? 出来れば忘れて頂けると有り難いです」
いきなり変な事言うね、こいつは。
「お前がそう言うなら別にいいけどさ。でも隠すような内容じゃないだろ?」
不思議に思って尋ねてみると、答えは簡単だった。ファルエルガーズ伯爵家は表向き現在の当主を十九代目としており、伯爵位を賜った理由もロンベルト王国設立後のある戦争で軍功を上げた報奨としているのだそうだ。これを知っているのはロンベルト王家と伯爵家の中でも家督相続の最上位者くらいであり、それ以外には秘密とされているものらしい。
ロリックが語るにはファルエルガーズ家の初代とされているのはロンバートではなくコービッシュという彼の息子である。ロンバートはその昔ジョージ・ロンベルト一世と共にロンベルト王国設立に協力して称揚されたが、彼の死後暫く経った後に王国を裏切ってグラナン皇国に資金提供をしていたことが判明した。当然国王は激怒し、ファルエルガーズ家の取り潰しも視野に入る。このスキャンダルは当時のファルエルガーズ伯爵を継いでいたコービッシュが多額の金を王室に献上したことで赦され、公にはならず闇に葬り去られた。
それを介添えし、取りなしてくれたのが当時のクラヴェル侯爵という人で、王国建国の功臣と言われている。
同時に当時老いてはいたものの未だ玉座に就いていたロンベルト国王ジョージ一世の受けも悪くなったことで、コービッシュは「自らの代よりファルエルガーズ家は新たに始まる」と宣言し、“新生”ファルエルガーズ家の初代当主と名乗ることにした。丁度良く戦争で手柄を上げていた事もあってその功績をも差し出したのだと伝わっている。その後、コービッシュは自らの父親であるロンバートの記録について徹底して消去することに努め、それはほぼ成功していたと言って良かった。
だが、伯爵家の当主や継嗣にのみ口伝で言い伝えられて来ており、家の取り潰しを避けるよう尽力してくれたクラヴェル侯爵家が危急の際には、昔の恩を返すために粉骨砕身してかの家に仕えるよう伝わっているそうだ。長男のため、ファルエルガーズ伯爵家を継ぐ立場にあったロリックにも騎士の叙任を受けた際に伝えられていた。許可を得てロリックが家を出た今は彼の弟が伯爵本家を継ぐ継承者一位らしいので記憶の底に封印していた事らしい。
何しろ王家であるロンベルト家に忠誠を誓っているはずの上級貴族が同じ王国内とは言えど、同時に他家に対しても忠誠の対象を持つなんてあまりにも外聞が悪い。貴族の道徳にも反している。勿論、そんな事を縛る法などある訳もないが、軽侮の対象ではあるし。
因みに、クラヴェル侯爵家は天領の北方にそこそこの領地を持ち、安定した経営が成り立っているので危急なんて事態には陥ったことは一度もないそうだ。
とにかく、狙った訳ではないが一族のトップのみで秘中の秘とされている事をつらつらと喋ったお陰で鑑定の魔術は有用なものであると認識された。ロリックの火魔法のレベルが上昇したことに言及したことも大きかった。
今回喋った内容だが、目新しいのは数値による【レベル】の確認、【状態】と【固有技能】及びレベルのある技能のレベルが確認出来る事の四つだ。【年齢】とかあんまり重要じゃないし。あと、忘れちゃいけないのは空行があり、他にも情報がありそうだと匂わすこと。今後様子を見て段階的に言う事が出来ればいいだろう。
特に【固有技能】の有無が確認出来る事についてはロリックもゼノムも感心してくれた。これで転生者を探すのに有利になると思ったのだろう。
「でも、五回くらいしか使えないんじゃ、それなりに転生者であるという高い可能性を疑って、自ら隠している相手に最後のダメ出しをするとか、最終的な確証を得られるような使い方しか出来ないね」
ミヅチが残念そうに言って締めてくれた。
手当たり次第に使えるようなものではない事を印象づけた感じだ。
当然ロリックもゼノムも、他の人のレベルを知りたがった。取り敢えず現場に居るミヅチ、ゼノムのレベルをそれぞれ二十二と二十三レベルであることを伝えるとロリックが落ち込んだ。俺? 三十一レベルになったばっかだけど結局白状させられたよ。
地面にのの字を書き始めたロリックの肩に手を置いて励まそうとしたが、止めておいた。嫌味過ぎるだろ。だが、ゼノムが、
「やはり深い階層に行けば経験を得易いようだな。アルが前に言っていた通り固有技能みたいに経験値があると思った方が良いと思う。……おい、ロリック、そんなに落ち込むなよ。頑張るしかないだろ?」
とロリックの肩に手を置いた。
思わずミヅチと顔を合わせる。
勿論ゼノムに悪気なんか微塵も無いんだろうけど。
ほら、ロリックが死んだような表情で「あれだけ頑張ってるのに……」とかブツブツ言い始めちゃったじゃんか。
低階層しか行っていないのでロリックはなかなか経験を得にくいです。
それでも、異常とも言える速度で経験を得ています。
出会うモンスター全てを殺している殺戮者の面目躍如と言えます。




